キッチンで会いましょう
これは、転生を繰り返す1人の男と料理が壊滅的な女性が繰り広げる愉快なお話。みなさん準備はいかがですか? それでは始まり始まり……
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転生って本当にあるんだなとは思いつつ、受け入れ難いこのボディ。うん、まさか米粒に転生するなんて夢にも思わんわ!
シンク下の米入れで他の米粒に埋もれそうな俺は、もがくこともできず心の中でツッコミを入れた。
「えーっと、1合ってどのくらいなんだろう?」
光とともに髪の長い女性が見えた。彼女は俺を手で鷲掴んでお釜の中に入れる。伸びてくる手の恐怖よ……。
「お米を洗う……」
彼女のつぶやきに嫌な予感がした。彼女は洗剤を手に取ると躊躇いなく俺の上にかける。
嫌ァァァァァァ!!!
そこで意識は途絶えた……
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目が覚めると俺はこんがりふわふわのロールパンになっていた。袋の中には同じ工場で焼かれたであろうロールパン達がいっしょに収まっていた。どうやら他の食材と会話することはできないみたいだ。
「ふわぁぁ……。んー」
見覚えのある女性がパジャマ姿であくびをしながら俺の入った袋を開けた。袋からは俺ともう二つのロールパンが取り出される。
「えーと、トースターに敷くもの…は……」
彼女は戸棚をゴソゴソと漁り、クッキングシートかアルミホイルを探していた。そう思った俺は前回のリンゴ転生でまともな料理姿を見たことにより完全に油断をしてしまっていたのだ。
「これでいっか」
彼女が選んだのはクッキングシートやアルミホイルではなくラップ。そう、ラップである。いやいやいやいや、流石に冗談でしょ? やめてっ、トースターにラップを敷いてはダメよっ!! あぁっ、ブラザーが連れて行かれた!!!
「お腹すいたなぁ。一個はそのままでいいか」
結果、俺だけがその場に残され、トースターのタイマーが回されてしまった。そんなことを言っていたら俺の下半身がむしり取られた。
「いただきます」
自分の下半身がむしり取られたことよりも、彼女の背後で一筋の煙が立ち上っていることの方がゾッとする。
バカっ! 俺を食べるのは後でいいから、後ろ後ろ!!!
「あれ? なんか焦げ臭いような.…って、ああ!」
俺の必死な念が届いたのか、彼女はトースターの中を見て慌ててタイマーを止めた。トースターの中は黒い煙がもくもくと立ち上り炎が揺らめくという地獄絵図。同じ袋を共にしたブラザーたちの見るに耐えない姿に、俺はパン粉をほろりとさせた。
「どどど、えっ、水? 消化器?」
彼女は慌てふためいているが、炎自体は徐々にに鎮火してきているので放置しても大丈夫だろう。それよりも大変なのは……。
「うぇ? あ、火災報知器!!!」
ジリジリジリンと大きな音が家中に鳴り響き、天井に設置されたスプリンクラーから水が放出される。
「まっ、えっ、ちょっ!?」
俺は水をかぶったことにより意識が遠くなっていった。全く、とんでもない朝である……。
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目が覚めると俺はゴツゴツしたじゃがいもになり、どこか見覚えのある台所に鎮座していた。
「じゃがいもの皮をむく」
聞き覚えのある彼女の声に結露が伝う。恐る恐る目を開けると恐ろしい刃先と、それを危なっかしく握っている彼女がいつものごとく目の前に現れた。
俺はふと視界に入ってしまったものを見てゾッとする。それは皮をむかれたものとは程遠く、最早実を含めた皮をカットされたと言っても過言では無い多角形のじゃがいもたち。
「なんかピーラー使ったら負けって感じがする」
何その恐っろしい不屈のチャレンジ精神と謎理論!!
切るではなく振り下ろすような包丁さばきに悲鳴が上がったが、意識がとだえることは無かった。いっそ意識が途絶えた方がマシな気もするが。
「次は、具材を炒める」
アホみたいな強火で炒めようとしている彼女を誰か止めてくれ!
「あっ」
俺の気持ちが届いたか!?
「お肉切るの忘れてた」
…………デスヨネ。
彼女は冷蔵庫から鶏肉を取り出すとじゃがいもを切る容量で包丁をふるった。もちろんすんなり切れる訳もなく潰れるというか文字通りぶった切られる。
「あと忘れてるものないよね?」
彼女は随分と年季の入ったノートを確認した。レシピ持ってるのにこの調理かい! いや、一人暮らしを始めたばかりであのレシピは親から貰ったものかもしれない。そうだと信じたい!
「あっ、中火で炒めるって書いてある」
ナイス親!
「私が火加減が分からないことが想定されてる……」
よく見るとレシピの細かい部分は新しく付け加えられたように書き込まれている。随分と丁寧な文字からは彼女への愛情が感じ取れた。
「あわわっ」
彼女は油がはねた事に驚きつつも不器用に炒めていく。まあ、次は俺が炒められる番だけどな! 正直すっげー怖い。デンプンをチビりそう。
「えいっ」
鍋へ向かって投入された俺は、あまり熱を感じないことに驚く。そういえばさっき切られた時も痛みはなく、分裂しても意識はひとつだった……。
そんなことを思いつつ(焦げた)カレーへと俺は進化した。無事に盛り付けられた時は思わずほろりと体が欠けたものだ。
「へへっ、出来たっ」
彼女の満足気な笑顔に思わず調理工程の全てを許してしまう。そんな単純すぎる自分に思わず苦笑いをした。
「いただきます」
スプーンの上に乗せられて口の中へと運ばれる。一度咀嚼された瞬間に俺の意識は途絶えた……
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目が覚めると俺はリンゴになり見覚えのあるまな板の上に乗せられて、入刀される瞬間だった。
タイミングぅっ!!!!
「えいっ」
思わずグハッならぬシャリッという悲鳴をあげてしまう。あらまぁ、新鮮な音だこと! って、リンゴは好きだけど切られたくはないのよっ!
「んーんん〜」
彼女の楽しそうな鼻歌とともにちょっと不器用だが丁寧にリンゴが剥かれていく。じゃがいもをあの姿にした彼女とは思えない。まさか、別人案件!?
「蜜が入ってて美味しそう」
俺の意識がある部分はうさぎ型にカットされた。俺はなんともキュートな姿で、ガラスの器に盛り付けられる。
彼女はリンゴを一口ほおばるとふふっと微笑み、誰かに語りかけるように言った。
「今年のリンゴは美味しいよ。圭介」
兄弟かなと思ったが深く考える間もなく、彼女が俺を手にとりシャクっと食べた時点で俺の意識は途絶えてしまった……
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目が覚めると俺は卵になって冷蔵庫に並んでいた。
さて、ここまでの転生結果をまとめると見えてきたことが大きく分けて三つある。まず、俺は調理または食べられる直前の食材として転生をしているということ。二つ目は、転生場所は彼女の台所であるということ。三つ目は、食べられた場合や、口にすることが不可能になった場合に俺の意識が遠のいていくこと。……しかしなぜこんな転生を繰り返しているのかについてはさっぱりわからない。
「タマゴ、消費期限近いや」
そうこう考えていると冷蔵庫が彼女の手によって開けられた。まんまるボディの俺を手にとった彼女は何やら調理方法を考えているようだ。
「うーん、ゆで卵入りのサラダにしよ」
今日こそは失敗しないで欲しい。間違っても時間がないからってレンジに入れるようなマネはしないでくれよ?
「レンジ……」
おいっ!!!!
「……はダメって書いてある。えっ、タマゴって爆発するんだ」
俺を爆発の危機から救ったのはそう、例のレシピノート。どうやら作り主は彼女の圧倒的料理スキルを見越した上でこのノートを作成したようだ。神かよ。んでもって、そのレシピノートを読んでいるにもかかわらず数々の珍技を繰り広げる彼女は何者だよ。
「えぇっと、タマゴは水から火にかけて沸騰したら……」
彼女は俺と水を鍋に入れて火にかけた。まあ、ここまできたら失敗はないだろう。俺は安心した。
「洗濯物干さなきゃ」
彼女がそう言って立ち去るまでは……。
やばいやばいっはち切れそう! 何分放置プレイされたよ!? ああ、もう限界っ。
ボムッ
結局俺は鍋の中で爆発することとなった。
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目が覚めると俺はホットケーキミックスになっていた。粉なのでどっからどこまでが俺なのかさっぱりわからない。
「牛乳150とタマゴ一つ」
「あぁ。こういう時に圭介がいてくれたらいいのに」
彼女はそう呟きながらボウルに混入したタマゴのカラを取り除く。牛乳と俺を追加してぐるぐるかき回した。あぁ、なんか俺の体積が増えた気分……。
「バター……適量ってどのくらい?」
俺の入っていたホットケーキの箱と睨めっこをする彼女。そうだよなぁ。あの彼女に適量が伝わる訳ないよなぁ。こういうのはビシッとグラムで表してあげなくちゃ……。
「まあ、半分くらいかな?」
ほらみろ。ホットケーキが実質ドーナツと化す不思議現象が起きたじゃろ? カロリー爆弾を生み出す気満々じゃないですかお嬢さん。
「あれっ、多い? まあいっか」
ぴちぴちと跳ねる油の中に俺は容赦なく投入される。まあいっかじゃねーよ! これは最早、ホットケーキじゃなくて新たなる料理なんだよっ!! と訴えるも、表面に気泡がプツプツ浮くだけで彼女には届かない。
「あっとっとと、セーフ」
焼き上がった俺は皿の上に乗せられたが、火力が強いせいで表面のみ焦げ焦げの生焼け状態というセーフとは程遠い仕上がりだ。
「味見」
彼女はそう言って俺を一口齧った。
「ま、まあ、うん。私にしては……」
そうだね。君にしてはよくやった方だと思うよ。なんとも言えない彼女の顔を見ながら俺はそう思った。ほんと、出会った頃と比べれば……。
「もっと、頑張らないと」
意識が段々と遠のいていく中、俺はふと彼女との出会いついて想いを馳せた。確か…あの時……は………。
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目が覚めると俺はコップに注がれた水だった。いよいよ雑な転生になってきたな、おいコラ。
「……」
そう思っていたのも束の間で、いつもと様子の異なる彼女がキッチンへやってきた。今にも泣き出しそうな暗い顔で、例のレシピノートをいじっている。
「……圭介の、嘘つき」
彼女は絞り出すような声でつぶやいた。
「この本の通りに作ったら美味しくなるなんて、嘘じゃん」
何故かズキンと心が痛んだ。
「独りで食べても、何にも味しないよ……」
その時俺は初めてはっきりとレシピノートを見た。タイトルは『100%美味しくなる魔法入りレシピ』。このタイトルには覚えがあった。だって、これを書いたのは、俺だから。
「でも、頑張らないと。頑張らないとっ、圭介が心配しちゃう。約束、守らなきゃ、いけないのにっ!」
彼女はわっと泣き出した。
なんで、なんで、こんな大切なことを忘れていたのだろう。俺は、自分の意思でこの転生を選んだというのに……
一度気がつくと、この転生に至るまでの記憶が一気になだれ込んできた。
「山田くんの料理すっごく美味しい!」
「ハイハイ、お世辞で褒めても何も出ませんよ」
「お世辞じゃないってばぁ」
「えー、酔っ払いの言うことだからなぁ?」
会社の先輩だった彼女と仲が良く、こうして2人で食事をする機会が多くあった。会社ではキッチリとしている努力家の彼女だが、時折見せる子供っぽさに母性(男だけど)がくすぐられ、つい世話を焼いてしまうのだ。
「ねぇ、山田くん」
「ハイハイ、おかわりならセルフサービスですよ」
「はーい。じゃなくて……」
「なんですか?」
「お嫁に来てよぉ」
「お婿ではなく!?」
ロマンも雰囲気もあったもんじゃないこの告白。
「だめ?」
「……いいですよ。ただし、嫁じゃなくて婿ですからね」
でも、嫌いじゃない。
こうして俺と彼女は結婚を前提に付き合い始め、半年後に籍を入れることとなった。この時が人生で1番楽しい時期だったと思う。
それからしばらくして俺の体調が悪くなり始めた。初めは食欲が出ない夏バテか何かだと思っていたが、診察結果はがんだった。しかも手遅れのタイプ。あまりの呆気ない余命宣告に悲しむ間もなかった。
死ぬ1ヶ月前まではまだ動けていて、この時期にレシピノートを作り始めた。料理という料理を一切してこなかった彼女の為に、火加減やら注意事項やらを具体的に細かく記入した。
彼女に初めて褒めてもらったハンバーグ。
彼女の料理オンチを思い知ったカレーライス。
彼女が好んで食べた卵入りのポテトサラダ。
彼女は朝食パン派だから食パンのアレンジ。
彼女が嫌いな人参のグラッセとカボチャの煮付け……
俺は最後のページにイタズラをしてこの本を書き終えたんだ。
そこからあれよあれよという間に時が過ぎ、がん発見から3ヶ月で死んでしまったのだ。その間も彼女はずっとそばにいてくれた。そういえば、体の自由が効かなくなった頃から彼女は俺が好きなリンゴを剥いてくれたっけ。
あぁ、だからリンゴだけ……。
嬉しいような寂しいような、なんでジャガイモは剥けないのだろうかと言いたいような。
とにかく、俺は死んだ。でもやっぱり心残りがあった。
せめて、彼女が1人で料理できるようになるまで、側で見守りたい。悲しい時や疲れた時は、美味しいものをいっぱい食べてしっかり寝てほしい。
そんな願いが、まさかこんな形で叶うとは思ってもみなかった。しかもこんな大切な記憶を無くしてしまっていたなんて……。
「圭介……せめて料理ができるようになるまでは、そばに居てくれるって言ったじゃん」
そばにいるよ。
「嘘つき」
ごめん。
彼女は立ち上がってコップに入った俺をごくりと飲み干した。
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目が覚めると俺は薄いベーコンになってまな板の上に乗っていた。隣にはかなり不揃いにカットされたほうれん草が積まれている。もう転生もこれだけ繰り返してると慣れたもので彼女の包丁を体で受け止め……
うん、やっぱ怖いものは怖いわっ!!
と、まあ、無事にカットされました。
「バターをフライパンに入れて、ベーコンとほうれん草を……」
立ち直った様子の彼女を見ることができて、ひとまずホッとする。まあ、料理をしている彼女を目の前にして一切安心はできないのだが。
「……あれやってみようかな」
フライパンに乗せられてほうれん草と一緒に焼かれている中、不穏な発言があった。
「それっ」
フワッと体に浮遊感がやってきて空中に投げ出される。いわゆるフライパンを振るってヤツですね。って、着地着地っ!!
ペロン
辛うじてフライパンのヘリに掴まることができたが、四分の一くらいが減っていた。
「あぁっ……」
彼女の悲痛な声が聞こえたが、悲観に暮れる前に火を止めてほしい。そう思った矢先、どうやら他のベーコンが落ちた場所が悪かったらしく、小さな火が上がった。
「えあ、わ、ちょっ!?」
二度目の炎上事件でパニックになった彼女は何を思ったのか、フライパンを火から下ろして調理台、しかも、レシピノートの上に置いた。まあ幸い小さな火だったのですぐに消えたが、開きっぱなしのノートはちょっと焦げた。
「なんで、私ってこうなんだろう……」
我に返った彼女は片付けをしながらぼやく。
俺も付き合った当初はここまで壊滅的だと思ってなかったよ。仕事が完璧だからこそ、ギャップがグランドキャニオンって感じ。得意不得意のレベルじゃないもんね。
「あれ?」
彼女はふとレシピノートを見て何かに気が付いたようだ。開いているのは、先程焦がしたほうれん草のバター炒めが書かれたページ。つまり、最後のページだ。
あーあ、バレちゃったか。
「圭介のバカっ、君の愛は分かりにくいんだよっ」
『これを焦がしたって事は、料理をやっているんだね。独りじゃ味がしないとか、君なら言ってるんだろうな。でもさ、俺は死ぬ時にサヨナラなんて言った覚えはないよ? いつも通り、キッチンで待ってるね』
一定以上の熱を加えると文字が浮かび上がるインクで書いたイタズラ。よほどの事が無い限りバレないと思って密かに込めた気持ちを彼女は見つけてくれた。
やっぱ、敵わないなぁ。
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数年後_____________________
目が覚めると俺はツヤツヤのお米になっていた。髪を短く切った彼女が光と共に現れ、俺を米入れから掬って米を研ぐ用のボウルに入れた。
「んっん、ん〜」
彼女は上機嫌に歌いながら手際よく俺を研ぐ。
「家でご飯食べると元気になるんだよねぇ。ちょっと不思議だな」
彼女の手により炊飯器のスイッチが押された。
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これは、何度も転生を繰り返しながら彼女を見守る食材のお話。ではではこの辺で。
……またいつの日かキッチンでお会いしましょう。
いくつかはやらかしたことのある失敗です