最終話 私は忘れません
最終話 私は忘れません
唐揚げを食べ尽くしたエスパーダは一旦テーブルの上で大の字になったが、すぐに飛び起きて要を見上げた。
「何見てんのよ」
「エスパーダに言いたいことがあって、食べ終わるのを待ってた」
それも理由の一つではある。もう一つは黒星への恐怖をエスパーダを見ることによって中和していたのだ。それだけ帰り際の黒星が衝撃的だったのである。
「言いたいこと? まさか……」
エスパーダは唐揚げの油にまみれた顔で、要に過剰な期待を込めた視線を向けてくる。
要が言いたいのはそれじゃない。
「ごめんなさい。昨日は言い過ぎた。エスパーダが料理出来ないのに味付けを教えてくれとか言っちゃって。エスパーダがいなくなって死ぬほど後悔した。戻ってきてくれてありがとう」
戻ってきたときに黒星がついてきた衝撃は計り知れなかったが、今はそれを言うべきではないと判断した。
エスパーダは期待した言葉とは明らかに違うのでテンションが下がっている。ため息をついて要を見上げ、「良いよ。謝らなくたって」と言った。
それは要にとって希望に思えた。
「許してくれるの?」
「ううん、今は怒ってないだけ」
「後で怒るってこと?」
「私は忘れない。ただそれだけたから」
要はエスパーダの言わんとしていることが理解出来なかった。怒ってないのに忘れない。そんなことが可能だとは要には思わなかったのだ。
「やっぱり怒ってるの?」
「違う。私は忘れないだけ」
「エスパーダは怒ってないのに許さないの?」
エスパーダは頷いた。
まるで謎解きのようで要には分からない。
「じゃあなんで、俺と一緒にいてくれるの?」
要は「好きだから」という答えを期待しながら聞いた。
エスパーダはこう答えた。
「黒星の家にはWi-Fiがなくて。スマホ代を増やさないためにはここが良いのよ」
今度は要はガッカリした。
「Wi-Fi……」
「今はそれぐらいの価値しかないの。がんばって私の中の要の価値を上げてよ」
笑顔で励ましてくる。確実に仕返しをされた。やはりエスパーダは怒っているのだ。
要は謝罪の大攻勢を開始した。それでもエスパーダは「私は忘れないから」しか言わなかった。




