三十二歳→魔法使い
「あー……行くかぁ」
エルティナ宮野という名前のアパートの一室から男は出てきた。
朝七時。タイの位置を再確認し、ドアに鍵をかける。
男の名前は氏家広志。三十二歳。
魔法使いである。
三十歳を迎え童貞である時に呼ばれる魔法使いではなく、本当に魔法が使えるのだ。
……というか、人口の九割超が魔法を使用できるのだ。
それと、広志は童貞である。
「働きたくねぇなぁ」
呼吸をするように愚痴を漏らした広志は右手を軽く振る。
ドアの横に立てかけられていたパイプ椅子が浮き上がり、腰を降ろす。
「オートコントロール」
広志の声を聞き、パイプ椅子は動き出した。
アパートを飛び出し、空へ。
見上げた空には雲と、箒に乗り空を飛び交う人々がいた。
パイプ椅子は自然に箒の群れの流れに乗った。
自動で会社に向かう箒たちとパイプ椅子。
西暦二〇五〇年。
魔法は日常生活に溶け込み、様々なことが便利になった。
先人が多大なる労力をかけて作り上げた魔法の数々。
人類に夢と希望を抱かせ、叡智への道を示した。
そんな中、広志は。
スマートフォンを取り出しゲームを起動する。
これは会社までの数十分間を無駄にしないための毎日の流れである。
「おい、氏家」
頭上から声が聞こえ、気怠く上を向く。
「あ、先輩。おはようございます」
古びた箒に仁王立ちになりながら声をかけてきたのは、広志と同じ部署に所属する上司の岡本庸一。
綺麗に七三に分けられた髪型、口の周りには髭が蓄えられダンディな印象を与える。
歳は五十代前半。左手の薬指には指輪があり、順風満帆な生活をしている。
「まだ『ソレ』で通勤してるのか?」
『ソレ』とはパイプ椅子の事である。
「えぇ、これのほうが安定してゲームに集中できるので」
「別に何も悪いことはしてないから責めはしねぇがよ……まぁいいか」
「はぁ」
先輩も大概だ。と思いながらも、立場上口にはしなかった。
いや、広志の人間性からして口にすることは無いだろう。
「……とりあえず先に行くが遅刻すんなよ?」
その言葉を最後に、制限速度を突破し会社へ飛んで行った。
「あー……はい」
(そのまま警察に捕まって、首が飛んで行ってしまわないことを願うばかりです)
左手首の時計を確認。予定通りに通勤している為、ゲームに戻る。
不意の思考。
(はぁー……先輩に話しかけられずに、もっと簡単に通勤できる魔法を考えようかな)
「一瞬で、会社に……か」
この日、新たな魔法……瞬間移動が完成する第一歩が踏み出されたのであった。
これ即ち大偉業!
「馬鹿馬鹿しいな。社畜頑張るぞう」
しかし当の本人はそれに気づかず「便利になる?!」と軽い気持ちなのが本当に恐ろしい。
広志はただ茫然と空を見上げ、魔法を自動操作から手動操作に変更する。
移動の魔法回路にアクセスし、八八の動力制御を解除。
各七七四四ある魔法項目に直感で変更を加えた。
「あ――」
その刹那。
パイプ椅子を残し、広志は姿を消した。
「――できた。らっきー」
広志は会社の目の前で、ニヤリと笑った。
瞬間移動魔法完成。
新魔法開発から二分での出来事であった。
これを機に、広志は始業ギリギリまで寝るようになったのであった。
こんにちは、下野枯葉です。
魔法使い。
良い響きです。
聞いていてこんなお話を書いてしまいました。
私が不意に抱いた想いを実現させようと思います。
さぁ!
欲に忠実に!
では、今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。