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罪なき咎人  作者:
2/5

一章 祭神

 二


「おはようございます、主さん」

 昼近くにのっそり起き出して茶の間へ行くと、そこには前掛けを付けた生き物だか月見団子だか分からない何かがいた。彼が作ったものだろう、卓袱台の上に沢庵の添えられた握り飯が二つ乗っている。

「おはよう。……今作ったのか?」

「そろそろ起きて来られる頃かと思いまして」

 言いながら、丸い赤ら顔に坊主頭の男は湯呑みに茶を注ぐ。竈の火だけ見ておけばいい竈神なのに、甲斐甲斐しいものだ。

 竈神といっても彼は竈から生じた九十九神で、厳密には神でなく妖怪だ。ただ本人が荒神の気から生じた竈神だと言うので、秋水もそう呼んでいる。彼を大事にしていた先代のいない今でもこうして飯炊き女の真似事をしてくれているのだから、わざわざ否定する気もない。

「また遅かったみたいですねえ」

 奇妙な懐かしさを覚える、間延びした口調だ。まだ温かい握り飯をかじりながら、秋水は頷く。

「そういう仕事だからな」

「食べたら本殿のお掃除、お願いしますね。お供え、玄関に置いときますから」

「お前、俺の返事聞く気あるか?」

 竈神はにこにこと朗らかな笑顔のまま、秋水が麦飯を食うさまを眺めていた。諦めて沢庵をかじる。

 妖怪とは大抵こういうものだ。意思の疎通はある程度出来るが会話しようとすると頓珍漢な答えしか返って来ず、融通も利かない。もう少し長生きすれば人間と同じように会話が出来はするものの、まだ妖怪としては若いらしい彼にそれを求めるのは酷だろう。

 文句は言うまい。ごちそうさんと手を合わせて、秋水は立ち上がる。大した仕事はないにしろ、ここからが本業だ。

 湯呑みを下げる竈神を横目に部屋へ戻って、作務衣に着替える。神主だと言うのにおよそ神職らしからぬ格好だ。だが父も普段はこうだったし、そもそも一般で言う神主というのとは違うと秋水は思っている。

 玄関に置かれていた供物台を取り、片手で長い前髪を後ろへ撫でつけながら外へ出ると、社務所に座っていた妖怪が目敏く彼を見付けて会釈した。箒の九十九神で、動きが少しぎこちない。

 妖怪が手伝いをするのは、神社だろうが風呂屋だろうが同じことだ。彼らは飯さえ出してやればよく働くし、使い道がないらしく賃金も必要なかった。ただし人間より不器用で学もなく、小間使い程度の仕事しかさせられない。

 赤雨の災と呼ばれる火の雨が降ってからこちら人手不足も手伝って、単純な肉体労働は妖怪任せになっている地域もあるという。特に燃えてしまった家屋や橋の修繕などには、かなり役立ってくれたらしい。反面妖怪を嫌厭する人間も多く、嫌な世の中になったと愚痴を溢す者も度々見かける。

「もう春ですな、神主さん」

 ホウキを短く切って逆さまにしたような頭の青年の姿をした九十九神は、化け狐に似た顔に人懐こい笑みを浮かべて秋水に竹箒を差し出した。

 これが彼の本体であり、彼の生じた箒である。かなり使い込まれており、一目見れば箒が古いのもこの妖怪が長生きなのも分かるだろう。実際彼は、ここで一番の古株だ。

「もうちょっとだな。おれァ暑い方がいい」

 いやいやと手を振って、箒男は秋水に向き直った。

「アタシは寒い方がいいですよォ、たくさん使ってもらえますからね」

 道具は人間に使われてこそ価値がある。九十九神達は概ねそんなふうに考えているらしく、定期的に使ってやらなければ拗ねて仕事をしなくなってしまう。秋水が彼らに任せず自分で掃除をするのは、そんな理由だ。

「自分で使やいい」

「そりゃ名案ですがね、神主さんの仕事がなくなっちまいますな」

 ここの社の管理者は、頼む者がいないという事もあって代々まともに祈祷をしない。祭事を行うのも年一度だけで、それもただの奉納祭に近いものだ。だから秋水の毎日の仕事は、境内の掃除程度となる。

「俺が掃除しかしてないって言いてえのかい」

「おやァ、他に何かしてなさるおつもりで」

「燃すぞ木っ端」

 狐のような細い目を見開いて、箒男は自分に手を伸ばす。しかし秋水はその手を避け、子供にお預けするように箒を遠ざけた。笑みを浮かべた彼を見て冗談と悟ったか、箒男は不貞腐れたように唇を尖らせる。

「アンタはお人が悪いやなァ。先代とは大違いだ」

「橋の下で拾って来たなんて、よく言われたもんだ」

 ひゃひゃと変な声で笑う箒男に背を向け、秋水は本殿の方へ向かう。

 この奇妙な神社を手伝っている物怪共はみな、本殿にだけは近寄ろうとしない。そこに祀られているものが怖いのだろうとは思うが、理由は聞いた事もなかった。他ならぬ秋水が、あの場所の管理は自分の仕事だと考えているためだ。

 拝殿の裏へ回ると、まず背の高い奇岩が目に入る。黒曜石の混じったようなまだらな色の砂岩で、秋水が手を伸ばした程度の高さだろうか。天を貫かんとでもするように尖った岩は、真四角を描いたその角に一つずつの計四つ。そこに結び付ける形で注連縄の張り巡らされた区画の中央に、本殿がある。

 本殿といっても、神棚とそう代わりない程度の大きさの社だ。漆で塗り固められた両開きの扉には金の取っ手こそついているものの、古い札が何枚も貼られて開けられた形跡がない。開ける必要がないのだ。修繕の必要が出た時以外決して開けてはならぬと、幼い頃は耳にタコが出来るほど言われていた。

 畏怖すら覚える漆黒の本殿に一礼だけして、注連縄の外側に置かれた八足台の上の供物台を取り換える。直接置かないのも作法の内であり、理由はどこかで読んだ気はするが、もう忘れてしまった。

 それから注意深く、奇岩の周りを掃いていく。注連縄で囲まれた内側に足を踏み入れていいのは一月に一度きりと定められ、それ以外は箒の端すら入れてはならない。本殿の向こうに広がる鎮守の杜、何もかもを呑み込むその闇にも。

 理由は知らない。そういう作法だ。だが、信心深いとは到底言えぬ秋水でも、頑なに守り続けている。

 何せここに祀られているのは、神ではない。本来ならば邪悪の権化と忌避される、鬼に他ならないのだから。

「……因果なもんだ。なあ」

 誰にともなくひとり呟いて、秋水はもう一礼した。掃除を終えれば長居は無用だ。さっさとその場を離れ、昨日の神饌を片付けて社務所まで戻る。

 春が近く何かと忙しい時期ということもあってか、境内に参拝者の姿はない。夕方近くなると少しは賑わい始めるのだが、今は店番の箒男も暇そうに欠伸をしていた。

 此れ幸いと社務所の脇に置かれた縁台へ腰掛け、煙管に刻み煙草を詰める。火を点けたところで、ああと声がした。

「まァたそんなところで煙草吸ってアンタ……バチ当たりますよ」

「家もそこなんだ、同じこったろ」

 ぐうと呻いて、箒男は口をつぐんだ。実際彼が火の気に弱いだけで、影響は全くない。もうおぼろげな記憶の中の父も、よくここで煙管を吹かしていた。

「神主さん、もうちょい真面目にできないモンですかいな。近頃はこの辺でも妙な気ィ感じるって、陰陽師の姐さん言ってましたよ」

「俺のせいだって?」

 箒男はまた黙り込んだ。どうやら違うらしい。

 妖怪には良いのも悪いのもいて、妙な気と言うなら後者のものだろう。妖怪共は神よりも破壊の化身である鬼を恐れるが故に、この神社周辺は妖怪が現れにくい。この箒男や竈神のように悪意のないものは、その限りではないが。

三月(みつき)ぐらい前だったか、うちの神さん忌み日だったろう。そのせいじゃねえか」

 神や鬼には、星並びや暦の関係で力の弱まる日がある。何十年に一度という稀な日が、ついこの間だった。力が死ぬという意味で忌日と呼ばれ、社の管理者である秋水も、その日は一日家に隠って過ごしたものだ。

「そういや、そうでしたっけねェ……」

「気になるなら裏の山で聞いてくりゃいい。何かいやがるなら斬ってやるからよ」

 そうですねえと呟いて、箒男はようやく頷いた。誰に似たのか、彼は心配性だ。楽天的な秋水とは正反対に。

「ありゃ神主さん珍しい」

 声をかけられて境内を見れば、茶色い髪を結い上げた初老の女が立っていた。よく見かける顔だ。それなりにいい家の夫人らしく、いつ来ても身形も羽振りもいい。

「そうでしたっけ?」

「そうよおあんた、こっちはいい男見に来てるってのにねぇ」

 箒男が顔をしかめ、からからと笑う婦人の方へ身を乗り出した。彼はよく詣でに来るこの婦人と仲がいいらしい。

「アタシじゃダメだってんですか姐さんよゥ」

「あらやだ、私はこの黒髪が好きなのよ」

 人の髪と目の色は、その者の守り神が司るものによって異なる。大抵は生家の守り神に準じて火なら橙から朱、土ならこの婦人のように黄や赤の混じった茶色。それぞれの神を表す色とは違うものの、人間の間では濃淡の差こそあれど共通している。目と髪の色が違うのは二柱以上の神が守護している証で、羨望の的となる。

 秋水のように、黒髪に目も黒というのは珍しい。どころか、どちらか片一方でもそうそう見かけることはなかろう。黒が意味するものが加護を与える事など、普通なら有り得ない為だ。だが彼のその色こそが、この場所を神社たらしめる確かな証となる。

「鬼の神様に守られてるなんて、頼もしいじゃあないの。土神つちのかみ様が悪いわけじゃないけどね」

 鬼の神。厳密には両方の特性を備えた生き物は存在せず、ここは単に神社と呼んで差支えない。ただ元が鬼であるがゆえに、普通の神とは少々加護の性質が違う。そのため神自身は鬼神おにがみと呼ばれ、社も鬼社きしゃと言って区別される。

 鬼社は滅多にないが完全にない訳ではなく、よその地域にも有名なものがいくつかあるらしい。徳を積めば鬼だろうが人間だろうが神になれるのだから、それも当然と言えよう。

「土神の加護は人の守護と土地の繁栄だ。姐さんちがあるから、この辺も豊かなのかも知れませんがね」

「お世辞が上手いわねえ神主さん……ああ、そうそう」

 今思い出したかのように手を打って、婦人は腰を折った。顔を近付けられ、秋水は煙管を遠ざける。

「昨日ここいらで凄い音がしたって言うのよ。何か知らない?」

「凄い音? どんな?」

「私は寝てて聞いてないから、そこまでは分かんないんだけどね。また天変地異かって、玄熾げんし通りの酒屋の奥さんが騒いでて」

 ふぅんと鼻を鳴らし、秋水は顎を掻く。

 寝ていたという事は夜中だろう。そのころ秋水は副業に出ていたから、本当に音がしたのだとしても聞こえるはずがない。外にいたから聞こえなかったとも言えず、悩む振りをして首を捻った。

「あそこのかかあはなんでもすげえと騒ぎ立てやがる。大方旦那の高いびきでも聞き間違えたんじゃありませんか」

「神主さんが聞いてないならヤッパリ聞き間違いかねえ。確かにこの辺からだったって話だから」

 昨日の夜中。この辺り。

 そこで違和感を覚え、秋水は眉間に皺を寄せる。昨夜この辺りに何かあった気がする。考えるまでもなく思い出して、顔から血の気が引いた。

「あ……ちょ、ちょっと用事思い出した。失礼しますよ」

「あら残念。またねえ神主さん」

 みなまで聞かず、秋水はまろびながら立ち上がる。何故忘れていたのかというより、忘れていた自分の馬鹿さ加減に呆れた。季節が夏でなかった事は救いと言えよう。

 あの女。あの死にかけの女は。

 慌てて家に戻り、客間の襖を開けて思わず顔をしかめる。雨戸を開けずにいたのが災いし、室内は濃厚な血の臭気に満ちていた。あれだけ血塗れのものを一晩放置しておいたのだから当然だろう。腐臭がしないだけ儲け物だ。

 慣れているとはいえ、流石に我が家にこの臭いが染み付くのは御免蒙る。雨戸を開け放ち、改めて部屋の隅に転がった半死人を見る。

 当然ながらかい巻きに乱れはなく、昨夜から動いた様子はなかった。しかし、昨日より顔色がいいように見える。陽の光のせいだろうか。

 怪訝に思って傍らに膝をつき、口元へ手をかざす。しぶとい事に、まだ生きているようだった。その上、昨日より呼吸がしっかりしているのはどういう了見だろうか。

「いやいや、まさか」

 呟きながらかい巻きを捲ると、覗いた背中はまだらに茶褐色に染まっている。しかし、予想よりだいぶ白かった。

 いや、白いはずがない。昨日見たこの背は確かに血塗れで、脂肪どころか骨まで見えていたのだ。証拠に後ろ身頃は破れたままだし、乾いた血で黒く変色している。

「なんだこいつァ、妖しのモンか?」

 妖怪ならば、どんなに深手に見えても致命傷でなければ回復する。そう決めつけるのは容易いが、こんななりの妖怪がいただろうか。人の女と変わらぬ見た目の妖怪は、確かにそれなりにいるものだけれど。

 なんであれ、治ってきているならいい事だ。埋葬する手間もない。これ以上食客が増えても困るし、目を覚ましたら追い出してしまえば良かろう。

 そう決めて、立ち上がる。けれどまた女を見下ろし、秋水は顔をしかめた。

「しかし生臭えな……」

 仮にもここは神社だ。敷地内にこんな生臭いものを放置しておく訳にもいくまい。

 拭いてやるかと独り言ちて、竈へ向かう。なんだってこんな事をとも思うが、悪いのは拾ってきてしまった秋水自身である。最低限、面倒は見てやるべきだろう。彼は手間を厭うが、独りで生きてきたせいか責任感は強い。

 湯を沸かしたついでに母の着物を引っ張り出して、奥座敷へ戻る。女が相変わらず目を覚まさないのは好都合と言えよう。下心も一切ないのに起きて騒がれても面倒だ。ある方が問題かもしれないが。

 女の体を起こして肩に凭れさせてやってから、乾いた血糊でべっとりと貼り付いた着物を慎重に剥がして行く。前は流石に確認するのも憚られて見ていないが、背中以外に目立った傷はなかった。或いはもう治ったのか。

 その背も今は引き攣った火傷のような痕が残るばかりで、昨日見たものは夢だったのかと疑いたくもなる。妖怪というのは便利なものだ。なりたいとは思わないが。

 濡らした手拭いで二度三度と拭っていけば汚れも落ち、元の肌が現れる。少女のように華奢な肩も、優美な肩甲骨の線が浮いた薄い背も、きめの細かな白い肌も、人間の若い女のそれと大差ない。だが妖怪だと言う先入観があるせいか、何の感慨も湧かなかった。妖怪と婚姻を結ぶ者もいるにはいるし偏見もないとはいえ、別の生き物なのだと彼は考えている。

 目立つ血糊を拭き取って、母の遺品である襦袢を背中に掛けてやる。一緒に持ってきた袷は若い女に着せるには地味な柄だが、そこまで面倒は見きれない。

「……う」

 帯を手繰り寄せたところで、微かな呻き声が聞こえた。秋水は呼吸すら止めて凍り付く。

 いや、まさか。今まで目も開けなかったのに、まさかこんな場面で。

 けれど無情にも、女の手が肩に掛かる。頭が動いて、燃えるような深緋の髪が背中を滑った。本格的に目を覚ましてしまったらしい。

「ん……ん?」

 もうだめだ。

 世話してやっていたにも関わらず罪悪感で押し潰されそうになりながら、秋水は恐る恐る女を見下ろす。そして息を呑む。

 透き通るように膚の白い、美しい女だ。薄く開かれた唇はふっくらと軟らかそうで、整った顔立ちを小振りな鼻が幼く見せている。くりっと大きな目は猫のようで、尻上がり気味の眉が均衡を保つ。

 美貌より異様なのは、その目の色だった。黄金色と言うのが正しいだろうか。形と同じく、色まで猫のそれに似た明るい金。土神の庇護を受ける人間でももっと暗く、濁った濃い色になるはずで、それは彼女が間違いなく人ならざるものである証と言えよう。瞳の形が人間と変わらないのが、逆に違和感を覚えさせる。

「む……」

 寝ぼけ眼を擦りながら身を起こした女は、小さく欠伸を漏らした後、ぐっと伸びをした。無論着物ははだけたままだ。見ないようにしていた気遣いが台無しではないか。

 良い体だ。鎖骨の曲線も、無駄な肉付きのない腹も、なまめかしく括れた腰も。大きいとは言えないながら、形の良い乳房。

 いや。

「いや待て待て何してんだ! 隠せ!」

 我に返ると同時に、襦袢の前を重ねて肌を隠す。女は不思議そうに首を捻って、秋水を見上げた。

「何かまずいのか」

 ああ、これは化生の類いだ。こんなはっきりした髪色の人間は存在しないし、金の目など聞いた事もない。そうでなければ気が触れている。

 脱力して肩を落とし、力なく首を横に振る。拾って来なければ良かった。

「ああ……とりあえず着ろよ」

「む? うむ」

 柿渋色の袷を押し付けると、彼女は案外素直に頷いた。今は着付けせずに済んで良かったと思うべきだろうか。秋水に女物の帯の結び方は分からない。

 後ろを向いた秋水の背後で、衣擦れの音がする。常識は欠けているが着付けは分かるらしい。

「よう。着たらさっさと帰れよ」

「そんなことより腹が空いた」

 そんなこと、と言ったか。この女は。

 耳を疑って振り返る。もう着付け終えたらしい女は、畳の上に横座りして不満そうな顔をしていた。曲線を描く緋色の髪が目に痛い。

 女どころか妖怪も人間も、ここまで傲慢な輩は見た事がない。神は概ね横柄だと聞くが、仮にも神様があんな野原で大怪我をして転がっているものとは思えなかった。

「はあ?」

「だから腹が減ったと言っている。何か持て」

 開いた口が塞がらなかった。助けてもらっておいてこの態度はなかろう。助けられた自覚があるのかどうかも疑わしい。

「ふざけてんのかこの女、助けてもらっといてなんつう横暴な……」

 暫し黙した後、ようやくそうして悪態を吐いた。彼は短気だ。ついでに睨んでやったが女は臆すでも悪びれるでもなく、不機嫌そうにわずかばかり片眉を寄せる。

「神に悪たれ口とは、随分だな」

「はいはい神さ……」

 口にしてからその意味を理解し、秋水はまた硬直する。その考えは否定したばかりだ。有り得ないではないか。天ガ原(あまがはら)にて下界を見守るだけの神が、こんな所にいるなどと。

 しかし目の前の女に、嘘をついている様子はない。信じて堪るかと思っていたのに、決意が揺らいだ。

「……え、神様?」

 うむと短く肯定して、彼女は大きく頷いた。

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