91話 死のアトラクション
ラグナは身構えながらもブレイディアと共にピエロの言葉を待った。
『それじゃあゲームのルールを説明するね。君達にはこれからそのデバイスに表示された数字のマークを順番に辿ってもらう。そしてそこで行われるゲームを見事クリアすると、その場所に囚われている子供達が解放されるよん。全てのアトラクションを制覇すれば子供たちは無事全員お家に帰れるってことさ。簡単だろう?』
ピエロのルール説明を黙って聞いていたラグナだったがここで声をあげる。
「……もしそのアトラクションで行われるゲームに失敗したらどうなる」
『囚われてる子供たちが悲惨な目に遭って死んじゃうかな』
「ッ……! お前の目的はなんだッ! なんのためにこんなことを……」
『なんの為、か……そうだねぇ……しいて言うならちょっとした遊びかな』
「遊び……だと……」
あっさりとした口調で言い放ったピエロの言葉によってラグナの表情が怒りに染まる。だが――。
「――ラグナ君、落ち着いて。冷静にならなきゃこの状況は乗り切れない」
「……はい。すみません」
ブレイディアの言葉を聞きラグナはなんとか冷静さを取り戻そうと努力するも、落ち着く間もなくすぐにピエロが喋り始める。
『じゃあさっそく始めようか。デバイスに表示されているマークを辿ってね、最初のマークは1って表示されてる場所だよー。ちなみに二人とも別々の場所で遊んでもらうから。寂しいと思うけど我慢しておくれよ。あ、それと迷わないように君達の位置情報も表示しておいたから。いやぁ親切でしょボクって』
ラグナは自身のデバイスに表示されていたマークを見た後、ブレイディアを見る。
「……ブレイディアさん」
「今は奴の指示通りに動こう。逆転のチャンスは必ず来るはずだから。その時はこっちから仕掛けよう。それまでの辛抱だよ」
敵に聞かれていることを承知のうえでそう告げたブレイディアはラグナを見つめる。
「それと奴がどんなことを言ってきたとしても挑発に乗らないで。あくまで冷静に、出来る限り奴の指示に従ってほしいの」
「でも奴の指示通りに動いても子供たちが帰ってくる保障は……」
「わかってる。だから必ず私が何とかする。信じて」
「……わかりました」
ブレイディアの力強い言葉に安堵を覚え頷いたラグナだったが、すぐに耳元で不快な声が響く。
『お話は終わったかな? そろそろ進んでもらいたいんだけど』
「……それじゃ、行くね」
「……はい。どうか気を付けて」
「ラグナ君もね。……いい? どんなことがあっても自分を見失わないで」
「……努力します」
互いの無事を祈り言葉を掛け合った後、ラグナはブレイディアと別れてデバイスに表示されている場所へと向かった。
走ってたどり着いた場所は『マネキンの館』という消えかけの赤い文字で書かれた看板が建てられた三階建ての屋敷だった。
(……ここか。これは……ホラーハウスだろうか……なんだか不気味だ……)
そこかしこがさび付いた不気味な雰囲気を醸し出す屋敷を見て若干たじろぐラグナだったが、それを見透かすように耳元から声が響く。
『ククク、怖いかな? でも大丈夫。最初のステージだしそんなに難しくは無いよ。軽い準備運動だとでも思って気軽にやってよ』
「……ここに子供たちがいるんだな?」
『もちろん。たださっきも言ったけど解放するにはこのアトラクションをクリアする必要があるよ。あ、それと黒い月光は使用禁止だからよろしく』
(……『黒い月光』についても知っているのか……いや、俺の名を当然のように知っている時点でこっちの情報はおそらく筒抜け……でもだとしたらこいつはいったい何者なんだ……)
ラグナが考え込んでいると急かすようにピエロが言う。
『というわけで――ささ、中へどうぞチャレンジャー君。楽しいひと時の始まりだよーん』
「…………」
ふざけたように言うピエロの言葉を黙殺したラグナは意を決して屋敷の中に足を踏み入れる。そこは薄暗かったものの間接照明で照らされていたため中の様子はかろうじて確認することが出来た。敷かれた青い絨毯に貴族の屋敷を思わせる内装、そして何より目に付いたのは置かれた人形の数々。執事服やメイド服を着た二メートルほどの大きさのマネキンたちがさまざまなポーズで設置されていたのだ。だがどの人形も経年劣化で塗装が剥げたのか、かなり不気味な様相を呈している。
屋敷の中を歩き始めたラグナは人形の中を注意しながら進んでいたが、不意にマネキンの一体が動いたような気配を感じ足を止める。
(……今……動いたような気がしたけど……気のせいか……?)
「……」
だが観察しても動きはなかったため再び歩を進め一階、二階、三階と不気味なマネキンたちの間を通り過ぎながら調べて行きとうとう三階の最後の部屋にたどり着く。そこは舞踏会が開かれそうな広い一室であり、事実正装に身を包んだ二人一組のマネキンたちがダンスをするような格好で静止していた。ラグナは再びその間を通り抜け辺りを調べるもやはり子供たちは見つからない。それゆえ、聞いていた話と異なる事実を前に苛立ちと焦りからインカムに向かって若干の怒りをにじませ吠える。
「――子供たちはどこにいるッ……! どこにもいないじゃないかッ……!」
『いやいるよ。ただ君の眼には映らなかっただけさ。ちょっと洞察力が足りないかな~』
「なんだとッ……!」
『怒らない怒らない。さっきブラッドレディスさんに言われてたでしょうに。まあでもこの状況にもそろそろ飽きてきたし――始めようか』
「何を始め――ッ!?」
ピエロの言葉を皮切りに周囲のマネキンたちがいっせいにガタガタと揺れ始める。そしてついにガシャガシャと音を立てて動きラグナの周りを取り囲み始めた。
『それではステージ1――マネキンの館――ゲームスタート』
ピエロの声が響いた直後、マネキンたちはラグナに襲いかかった。
一方その頃『月光』を纏ったブレイディアは室内で襲い来る着ぐるみを着たマスコットキャラたちから手厚い歓迎を受けえていた。手に持った包丁やら鉈、ノコギリ、挙句の果てにはチェーンソーを振り回すウサギやタヌキ、キツネなどの着ぐるみたちは楽しそうな笑い声をあげブレイディアに襲いかかる。赤い液体が付いた着ぐるみたちにたじろいだが、避けながらも薄汚れ破れた生地の奥から覗く鉄の骨格を見てすぐにそれの正体はわかった。
(……これはロボット……なるほど……アトラクションのロボットを改造して人を襲うようにしたってことね。でも……たぶんそれだけじゃない)
一体の着ぐるみの動きに違和感を覚えたブレイディアはそれ以外の着ぐるみを破壊した後、残った着ぐるみを壊さないように手足の関節に衝撃を与え動きを止める。そして着ぐるみの生地をポシェットから取り出したナイフで切り裂き中を覗く。
「……やっぱりね」
嫌悪感に満ちた顔で中のロボットに取り付けられていた『それ』を確認したブレイディアは着ぐるみたちが襲いかかってくる前にピエロに言われた勝利条件を思い出していた。
『ゲームクリアの条件は単純だよ。襲いかかってくる着ぐるみ全てを倒すことさ。ちなみにラグナ君の方も同じようなゲームをやる予定になってるよ。最初のステージだから優しめにしたけど、ちょっと簡単すぎたかな?』
(……何が簡単だよ……やり方が悪質すぎる……やっぱりこのまま奴の言う事を聞いていても子供たちは無事に救い出せないかもしれない……こっちから動いて奴の裏をかくしかないねこれは。でもその前にこの遊園地の内部構造、私たちを監視しているカメラの数や場所、敵の人数や居場所、それと子供たちの居場所も把握しないと……)
そして増援として現れたらしい着ぐるみたちが走ってくるのを見ながら、着ぐるみに入っていたそれを守るように前に出たブレイディアはラグナのことを考える。
(……それにしても……これはちょっとマズイかもしれない……私はともかくラグナ君はこういう精神的な揺さぶりをかけてくるような手合いとの戦闘経験はほとんどないはず……そう、前にも人質を盾にされるようなことはあったけどここまで悪辣な手を使う輩はいなかった……あの子がこのまま敵の術中にはまれば心を乱され危険に陥るかもしれない……くそ、こんなときにそばにいてあげられれば……いや、まさか……それを見越して私たちを分断した……だとしたら……)
歯噛みしたブレイディアは迫りくる敵を前に剣の柄を強く握りしめる。
(……ラグナ君、気づいて。このゲームはただ敵を倒せばいいわけじゃない)
子供達の身を案じるあまり感情を昂らせ過ぎていたラグナに一抹の不安を覚えたブレイディアだったが、さらなる敵を前に意識を集中せざるを得なかった。ゆえに少年が気づくことを祈りながらも女騎士は再び着ぐるみの群れに突撃する。
ラグナはマネキンの群れに襲われながらも屋敷中を駆け回りなんとか応戦していた。しかしいつものように戦えているとは言い難く、その顔には焦りの色が浮かんでいる。その焦りは行動にも影響しており、一見すると銀色の光を纏いうまく『月錬機』で攻撃を防いでいるものの、その視線は襲い来る人形たちでは無く周囲をせわしなく彷徨っていた。
(子供たちはどこにいるッ!? いったいどこに……――ッ!?)
だが注意力散漫になっていたことが祟ったのか、不意にマネキンの力任せの一撃がラグナを捉え吹き飛ばす。壁に叩き付けられ倒れたその肉体に人形たちは一斉に飛びかかるも、ギリギリのところで態勢を立て直しその場から飛び退き敵と距離を取る。
(くッ……先に子供たちの居場所を見つけたかったけど……やっぱりこの人形を先に何とかしないとだめだ……そのためには……)
方針を決定したラグナはピエロの言葉を思い出す。
『――その人形たちは手足をもがれても動力源を破壊しない限り動き続けるから気を付けてね』
(――急がないとッ! 子供たちを集中して探すためにッ!)
ラグナは剣で人形たちの胴体を次々と切り裂き無力化していき、ついに最後の一体になる。そしてバチバチと火花をあげる骸人形たちを踏み砕き襲いかかってきた最後の一体の胴体に剣を突き刺し貫く。
(これで――え……)
今までの硬い感触とは別に柔らかい何かが刺したような感覚に思わず動きを止めると、剣をつたって赤い液体が流れ落ち始める。
(なんだ……これは……)
茫然とするラグナの耳にピエロの声が響いた。
『そういえば……子供たちがどこにいるか、知りたがってたよね?』
「ッ……!?」
その言葉を聞きラグナは唐突に全てを理解した。その瞬間、体が震え始める。剣が抜け手から滑り落ちると同時に人形は倒れる。最悪の考えが頭をよぎりそれを振り払うように倒れた人形の胴体に震える手を伸ばす。
「まさか……まさか……そんなこと……」
『何が出るかな~♪ 何が出るかな~♪』
耳障りな歌声が響く中で人形の胴体に埋め込まれたそれを確認して息を呑む、そこにあったのは――。
「こ、れは……」
――子供の死体――。
『アハハハハハハハハハハハハ!!!!!』
――ではなかった。
「…………」
人形に取り付けられた柔らかなクッションと血液パックのようなものが剣によって突き破られていたらしく、それを見たラグナは安堵と驚きによって思わず腰を抜かしてしまう。
『ヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャ!!! 驚いた? ねえ、驚いた? 子供が貫かれて死んじゃったと思った? アハハハハハハハ!!!!』
その笑い声によって呆然自失状態のラグナの表情が怒りに染まる。
「何が可笑しいッ! こんな悪ふざけをして何の真似だッ!?」
『フフ、ククク……ごめんごめん。どんな風に君の顔が歪むのかなぁって想像してたんだけど、想像以上だったからつい笑ってしまったよ。あんなに絶望って言葉が似合う表情をするとは思わなかったからさ。さあそれじゃあ気を取り直してゲームを再開しようか』
「くッ……!」
悔しそうなラグナに対してピエロが事も無げにそう言うと天井や壁を突き破りマネキンたちが再び現れ襲いかかってくる。
(くそッ! まんまと騙された! でも、もう騙され――うぐッ!?)
しかし脳裏に刻まれた先ほどのイメージはなかなか拭い去ることは出来ず、剣を振るう腕や体は固くこわばり思うように動かない。ゆえにマネキンたちからの攻撃をうまくさばけず打撃を受け吹き飛ぶ。
(……情けない。こんなことで動きが鈍るなんて。きっとこれが敵の狙いだったんだ。動揺を誘って精神的に追い詰め動きを止めることがあのピエロの目的。俺はまんまとそれに引っかかったってことか……)
態勢を立て直した後、拳を固く握りしめたラグナは己の弱さを恥じ向かってくる人形を睨み据える。
(……でも敵の狙いさえわかれば後は俺の精神的な問題だけだ。この嫌なイメージを払拭できれば状況を打開できるはず。……そうだ、何も考えるな。ただ無心に剣を振るえ、そうすれば……)
ラグナは向かってくるマネキンたちの胴体に剣を突き立てようと決意した、だが――。
(……いや、待て。おかしい……こんなこと敵だって想定してるはず。こんな精神的な揺さぶりはそう長くは続かない……俺が克服することも敵は見越している……そうだ……見越したうえで……マネキンたちの胴体に剣を突き立てることを誘導しているんだとしたら……)
ラグナは瞳を赤く発光させると『月光』を強く放出し五感を最大まで強化した。そして向かってくる人形たちを観察し、このゲームの真の目的を理解する。
(……やっぱりそうか……)
そして赤い瞳の状態で瞬く間に全ての人形を静かに切り捨てる。だが先ほどまでとは少し違う結果となった。数十体の人形の胴体ほぼすべて同じ位置に風穴が開き崩れ落ちる中、数体の人形のみ位置が微妙にずらされ穴があけられたのだ。そして攻撃位置をずらされた人形たちの胴体が開き中からラグナが探し求めていたもの――縛り上げられ人形に固定された意識の無い子供たちが現れる。つまり剣によって開けられた穴は子供達からわずかに逸れて動力炉を貫いていたのだ。
『――おーめーでとォォォ! ファーストステージクリアー! いやぁ、見事に子供たちを救出したね! さっすが!』
「…………」
ゲームクリアを祝うように耳元で盛大に音楽が鳴り響く中、瞳と身に纏った光を消したラグナは怒りに身を震わせていた。そんな様子を施設の監視カメラを通して見ていたらしいピエロは笑う。
『どうしたのそんな怖い顔して。見事にゲームをクリアしたんだから喜ばないと。ね?』
「……最初にダミーの人形を貫かせて……子供たちが人形に入っていないと思わせた後に子供たちが入った人形を向かわせ俺に攻撃させる……それがお前の本当の目的だったんだな」
『まあね。でもちょっと最初のステージだからって簡単にし過ぎたかも。色々とヒントを与え過ぎちゃったしね。君もそう思わないかい?』
「…………」
ピエロの言葉を聞きラグナは血の滴り落ちる人形のことを思い出す。
(……もし最初に貫いていたのがダミーでは無く本物の子供だったのなら……やろうと思えばこのピエロにはそれが出来た……)
最悪の事態が訪れていたであろうことを考え唇を噛む。口の中に広がる鉄のような味を感じながら嫌な想像を打ち消していると、ブレイディアの言葉が不意に甦った。
『どんなことがあっても冷静さを失わないで』
(……最初に遊園地の中を探った時に気づけなかったのはカセットテープの大音量に子供たちの微かな呼吸音がかき消されていたからだ……だけど……その後ここに着いてから『月光』を纏った時に気づけなかったのは俺のミス……こんなに近くにいたのに……ブレイディアさんにもさんざん言われていたのに……俺は……子供たちを早く救出しなければいけないと思って冷静さを欠いていた……敵はそのことを見抜いたうえで……最初のステージだからとあえて手心を加えたんだ……)
自身の力では無く敵の気まぐれによって子供たちは生かされた、その事実は少年の心に鈍い痛みを与えた。だが自身の不甲斐なさを嘆くよりも先にやらなければならないことがあることを思い出し、即座に拘束された子供たちに駆け寄る。全員意識はなかったものの命に別状は無く安堵していると、耳元でピエロの声が響いた。
『それじゃあ次のステージに行こうか』
「……この子たちはどうなる」
『そこに置いていきなよ。大丈夫、ゲームをクリアした以上手出ししたりはしないからさ』
「…………」
『信用できないかい? でも早くしないと別の場所でゲームが始まっちゃうよ。そうなると他の子どもたちはどうなっちゃうかな?』
「……わかった」
不服と言った様子ではあるが頷いたラグナはピエロからの通信が切れるのを待って近くの壁に拳を突き立てる。壁に亀裂が入り拳が流血する中で思い返すのは館に入った最初の時。
(……今回は運が良かっただけ……子供たちを助けたいと思うあまり気持ちが逸りすぎていた……カセットテープの音量だけが問題じゃない……もしかしたら廃村や遊園地の中の気配を探ろうとした時から俺は冷静じゃなかったのかもしれない……だからこそ遊園地にいた子供たちの呼吸音や犯人の気配を察知できなかったんだきっと……)
ラグナは流れ落ちる血を見ながら後悔したのち、眠る子供たちを見る。その時、ふと子供達とかつて育った孤児院の子供たちの姿が重なった。
「……ごめんね」
謝った後、後ろ髪を引かれる思いで館を立ち去ったラグナは決意を新たにする。
(――こんな失態は犯さない。もう……二度とッ……!)
駆け出したラグナは次のゲームが行われる場所に急いで向かう。
その心はすでに冷静さを取り戻し静かな怒りの炎を燃やしていた。