87話 決意
空中から地上に降りたラグナはブレイディアと合流していた。
「ラグナ君無事ッ!? 怪我とかしてないッ!?」
「はい、大丈夫です。でもすみません。敵を逃がしてしまいました……幹部補佐っていう地位にいる貴重な情報源だったのに……」
「いいよいいよ。君が無事ならそれで平気。それにカーティス兄弟を捕えたんだよね? だったら情報はそいつらから引き出せばいいし。あのデップとかいう男が言ってたブルーエイスの近くにアジトがあるって話もカーティス兄弟に聞けば真相がわかるでしょ」
「ですがあの男が持っていたと思われる『鍵』か『方舟』らしきものも持ち去られてしまいました……手に入れる千載一遇のチャンスだったのに……」
「まあそれに関しては残念だけど仕方ないよ。色々と予想外の事が起こりすぎたしね。過ぎたことをいつまでも気にしちゃ駄目だよ。とにかくいったん村に戻ろう。ジャックさんたちのことも気がかりだし、団長に報告しないと」
「わかりました」
気持ちを切り替えたラグナとブレイディアは村に向かって走り始めた。
村に戻って来たラグナたちは待ち構えていたハンスに出迎えられる。
「ラグナ! 副団長!」
やって来たハンスを見たラグナは急いで駆け寄る。
「ハンスさん! ジャックさんたちとケンプさんは!?」
「安心しろ。ケンプもジャックたちも命に別状はないそうだ。応急処置を終えて今町の病院に向かってる途中だよ。お前と副団長のおかげだ。ホントにありがとな」
「いえ、そんな、役に立ててよかった。でも……本当によかったぁ」
胸を撫でおろすラグナに微笑むブレイディアだったが、すぐに表情を切り替える。
「――ところでカーティス兄弟は今どこに……?」
「奴らなら応急処置が終わって今は村の騎士団支部の中で拘束されてます」
「そうですか。では彼らの様子を見せてもらえますか?」
「わかりました」
ハンスの案内でカーティス兄弟が鎖で拘束されていることを確認したラグナ達はアルフレッドへ現状報告を行った。その結果、輸送機で王都まで移送することになり機体が到着するまでは村で待機することになる。到着後は当然のように二人はヘリに乗り移送対象の護衛を行うことになった。ハンスはそのことを聞くと残念そうに顔をしかめる。
「――そうか。せっかく帰って来たのにとんぼがえりになるとはなぁ」
「仕方ないよ。村に帰ってきたのだって任務のためだったからね。もっと落ち着いたらちゃんと休暇を取って帰ってくるから。その時はゆっくりさせてもらうよ」
「仕方ないか……現状が現状だしな」
残念そうな二人にブレイディアは声をかける。
「ねえ、ラグナ君。輸送機が来るまでにせめて別れの挨拶だけでもしてきたら?」
「え、でも……」
「カーティス兄弟は私が見張っておくから大丈夫。それに村の中を回るくらいなら問題ないと思うよ。何かあったら携帯に連絡するし。だから行っておいで」
「ブレイディアさん……ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えさせていただきます」
ラグナはブレイディアに感謝するとハンスと共に騎士支部を後にした。その後、村を回りほぼすべての家の住民に挨拶を終える。直後、上空からプロペラの音が聞こえてきたため空を見上げると数台の軍用輸送機と軍用車が次々と村に現れた。村の入口にとまったそれらを追った二人はブレイディアと合流する。轟音につられたのか周囲にはいつの間にか村人全員が集まっていた。村人を代表して村長のブラウが前に出て最後の言葉を少年にかけようとする。
「――ラグナ、今回はあわただしい再会と別れになってしまったが今度来る時はもっとゆっくりしていってくれ。それとケンプやジャックを助けてくれたこと、礼を言う」
「いえ、俺だけじゃなくブレイディアさんや他の騎士の方々の協力があってこそですから」
ラグナの言葉にブラウは笑う。
「まったく、どれほど有名になっても変わらないな、お前は。だがそこがお前の良いところだ。これからも体に気を付けて頑張ってくれ。応援しているぞ。……ブレイディアさん、ラグナのことよろしくお願いします」
「任せてください! ……って言いたいところだけど、いつも私の方が助けられちゃってるんですけどね」
自虐するように笑うブレイディアにラグナは首を即座に横に振る。
「そんなことないですよ! ブレイディアさんのこと、本当に頼りにしてます!」
「……本当に? うぇへへ、そういうふうに言ってもらえると嬉しいな」
二人のやり取りを微笑ましそうに見守っていたブラウが再び口を開く。
「――今度戻ってくるときはブレイディアさんもぜひご一緒に。村人一同歓迎させていただきます」
「えへへ、ありがとうございます」
快諾するブレイディアの近くでハンスがラグナに声をかける。
「お前が来てくれてホントに助かったぜラグナ。これから任務も厳しいものになると思うが絶対死ぬなよ。俺も頑張ってお前が帰る場所を守るからよ」
「ありがとうハンスさん。ハンスさんも気を付けて」
「ああ。それとケンプやジャックも病院に搬送される前にお前によろしくって言ってたぜ。アイツらもお前のこと応援してるからよ。そのことは覚えておいてくれ。村のみんなはお前の家族みたいなもんだからな。あとランスローさんにもよろしく。……そんじゃあ達者でな」
「はい。……ハンスさん、みんなも元気で」
ハンスと固い握手を交わし名残惜しそうな村人たちに声をかけられているとやがて出発の時間となる。補充で来た本部の騎士数十人を残し拘束したカーティス兄弟を乗せブレイディアたちも輸送機に乗り込み離陸する。村人たちは離れていく輸送機にいつまでも手を振り続けラグナもそれに応えていたがやがて姿が見えなくなると手を下ろす。
「輸送機に乗って来た増援の騎士も含めて本部の騎士たちには引き続き村の警備をやってもらうことになったから安心して」
「……ありがとうございます」
そしてブレイディアは穏やかな笑みをラグナに向ける。
「……いい村だったね。もうちょっと落ち着いたらまた来よう」
「……はい」
寂しそうな顔をしていたラグナだったが、それを誤魔化すために話題を変えようとする。
「……ところで、ずいぶんたくさんの輸送機で来たんですね」
「敵を警戒してダミー用の輸送機を用意してもらったんだ。これならどれにカーティス兄弟が乗ってるかわからないからね。カーティス兄弟が囚われてることは敵も気づいてるだろうし、警戒しておいて損はないかと思って」
「なるほど。貴重な情報源ですもんね。これなら万一襲撃されても――」
ラグナは言いかけて窓の外――正確には下の景色を見て大きく眼を見開く。そこはアルロンのあった場所と酷似しており巨大なクレーターが出来ていた。その光景を見た瞬間幼い日の記憶が蘇り、存在しないその建物――教会を幻視してしまう。
(……あそこは……孤児院があった場所……)
そこには楽しい記憶と辛い記憶の両方が存在した。そして夢で出会った白い少年によってもたらされた新たな情報を再び思い出してしまう。
(……このタイミングでまたここに来ることになるなんて……これは偶然じゃない……きっと何か意味があるはずだ。ロア君が言っていた情報……俺を暴走させた存在が本当にいるのなら確かめなきゃいけない……そして必ず……)
「――ラグナ君? どうかした?」
「……いえ、なんでもないです。ところで王都に着いた後は――」
心配そうなブレイディアに笑いかけたラグナは王都に到着した後の段取りを聞き始めた。
王都に無事到着したラグナとブレイディアはカーティス兄弟を引き渡した後、報告の為団長室にやってきていた。報告を聞いたアルフレッドは手を組んで考え込んだ後口を開く。
「――そうか。『魔王種』にフェイクやラグナと同じ『神月の光』を使える幹部補佐、そして新たなる幹部ゲルギウスか……様々な情報を得られたがかなり危険な任務になってしまった。お前たちがいなければ本部の騎士や駐屯騎士たちも危なかっただろう。念のためにお前たちを行かせて正解だったようだ」
厳しい表情でつぶやくアルフレッドに対してラグナは申し訳なさそうに頭を下げる。
「……本当にすみませんアルフレッド様……デップという男を取り逃がしたのは俺の責任です。せっかく『鍵』や『方舟』の現物を手に入れられるチャンスだったのに……」
「いいや。お前の責任ではない。情報ならお前が捕えてきたカーティス兄弟から得られるだろう。むしろ『魔王種』などというイレギュラーな存在が現れながらカーティス兄弟を捕えたお前の実力を上は高く評価するだろう。無論私もそうだ。だからあまり気にするな」
「そうそう。にしても『月光』を纏える『魔獣』かぁ……また厄介なもの作ってくれたもんだよねぇ。魔王なんてたいそうな名前までつけちゃってさぁ」
「そうだな。おそらく『魔獣の王』という意味合いなのだろうが……よもや『変異体』や『合成魔獣』がその『魔王種』とやらを生み出すためのプロトタイプだったとは。……そのうえそれを実戦投入してきたということは『魔王種』が実戦で使えるレベルで完成したということを意味する。これは……これまで以上に危険な戦いになるな」
「だね。ラグナ君が空飛んでる時に不意打ちされたっていう話も気になるし。あーあ。せっかくフェイクを倒して多少平和になったと思ったのにな。一難去ってまた一難だね」
「ああ。だが愚痴を言っていても始まらない。とにかく我々に出来ることを一つずつこなして行こう。まずデップという男が言っていたブルーエイス近辺のアジトについてだが、付近の騎士団支部に連絡を入れ調査させようと思う」
「……大丈夫? なんかあからさまに罠っぽかったけど……」
「もちろんそのことを考慮に入れて深入りはさせない。あくまで調査のみだ。慎重に調査させて怪しい場所や建物についてリストアップさせ送らせる。そしてもしアジトの場所が判明した場合は騎士団本部の精鋭をアジトに送り込む。おそらく大規模な殲滅作戦になるだろう。その時はお前たちにも参加してもらうことになる。それまでは体を休めておいてくれ」
アルフレッドの言葉に対してここでラグナが控えめに声をあげる。
「……あの……俺もブルーエイスの現地調査に加えてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「……ラグナ。もし責任を感じて言っているのならそれは違う。先ほども言ったがデップを取り逃がしたのはお前の責任ではない」
「でも……やっぱり気になってしまって。ただ待つだけじゃなくて俺も何か出来ることがあるんじゃないかと……」
「…………」
思い詰めた表情のラグナを見て困ったように顔をしかめたアルフレッドだったが、ブレイディアがそれに対して意見を言う。
「――いいんじゃない現地調査。私も一緒について行くよ」
「ブレイディアさん……すみません……」
「平気だよ。私もデップの言ってたこと気になってるし。これは私の意思でもあるからね。それにデップを逃がした責任は私にもあるもん。……というわけで、いいでしょ団長?」
「……しかしだな。フェイクたちとの戦いが終わった後もお前たちは少し……いやかなりの頻度で危険な戦闘を行っている。今回もまたお前たちに負担をかけた。少しは休んだ方がいい。お前たちは騎士団本部の中でも希少な存在なんだ。失うわけにはいかない」
「大丈夫だよ。そんな簡単に死んだりしないって。まあ確かに今回はちょっとヤバいと思ったけどね。でもそれは疲れてるとかいう理由じゃないから。本当に大丈夫だよ。ね、ラグナ君?」
「はいッ! ですからお願いしますアルフレッド様!」
ラグナとブレイディアはフェイクを倒した後も魔獣の討伐や犯罪者の逮捕などに連日駆り出されていたため疲れていないはずはないとアルフレッドは確信していたものの、二人の熱意に押し負ける形でため息をつく。
「……わかった。だがせめて今日は休め。調査は明日以降だ。それでいいな?」
「オッケー」
「わかりました」
喜ぶ二人を見て苦笑したアルフレッドは口を開く。
「……ではもう帰れ。調査する日時は追って伝える。……本当にご苦労だったな」
アルフレッドの労いの言葉を聞いた二人は団長室を後にした。そして廊下を歩きながらラグナとブレイディアは明るく話し始める。
「団長私たちのこと滅茶苦茶心配してたね」
「ええ。アルフレッド様もほとんど休んでいないのに、本当に俺達のことを気にかけてくださって恐縮です」
「そうだね。でもここでこのまま休んでたらなんか良くないことが起こりそうな予感がするんだよねー。嫌な予感ってやつ」
「……実は俺もなんです」
「そっか。なら猶更休んでなんかいられないね」
「……はい」
気を引き締め直したラグナとブレイディアは自宅に向かって歩き始めた。




