84話 魔王種
負傷こそ免れていたが、ラグナは高速で連携攻撃を仕掛けてくるカーティス兄弟に対して防戦一方になっていた。それを嘲笑うように三人は喋り始める。
「どうですか! 私の攻撃は! 手も足も出ないとはこのことですね!」
「私じゃないんよ! 僕らも入ってるんだから!」
「そうだよマヌケ! まあ俺の攻撃一番効いてるけどな! マジ爆笑!」
「…………」
ラグナが挑発を黙殺すると、青い『月光』を纏ったゼルツ、緑色の『月光』を纏ったザルツ、黄色の『月光』を纏ったベルツが動き回りながら喋り始める。
「そろそろ我々の実力がわかったでしょう! そんな普通の『月光』では絶対に勝てませんよ!」
「『黒い月光』を纏った方がいいんよ! そうじゃないと――」
「マジウケる死に方するぜお前!」
「…………」
だがその言葉にもやはりラグナは答えず、銀色の光も依然としてそのままだった。
「……そうですか。『黒い月光』を我々相手には使わないと。ならば――」
「このまま死ぬといいんよ!」
「派手に死にな! ウケる死にざまを見せてくれや! ヒャハハハ!」
高速で動き回る三人の動きを静かに注視していたラグナに、しびれを切らした三兄弟はついに仕掛ける。それぞれが先ほどの倍以上のスピードで少年の首や心臓、頭などの急所を狙ったが――。
「げはッ!?」
「ぶッ……がはッ!」
「ぐぶッ!?」
――三兄弟は一瞬にして木に叩き付けられ口から血を吐いた。
何が起きたのか理解できない三兄弟だったが、すぐに気が付く。ラグナに反撃を食らったという事に。ほとんど刹那の瞬間だったそれの詳細を兄弟は痛む肉体の部位を押さえながら思い出そうとする。タイミングを微妙にずらして最初に攻撃したゼルツは首に攻撃が届く前に顔面は蹴り飛ばされ、続いて心臓を狙ったザルツの攻撃は剣で受け流されると同時に背中に肘打ちを受け吹き飛ばされる。最後のベルツは腹を拳で殴打された後、そのまま投げ飛ばされたのだ。
倒れたカーティス三兄弟は体を起こしながらも、静かに佇むラグナを憎らしそうに睨みつける。
「……やってくれますね。防戦一方に見えたのは演技で、真の目的は今のカウンターということですか。しかし――」
「今ので僕らを仕留められなかったんはお前のミスなんよ」
「さっきみたいなラッキーはそうそう続かないぜ! 次こそはこの剣でてめえを――」
言っている途中でベルツの刀身が突然根元からズルリと地面に落ちた。何が起きたか理解できないでいると、続いてゼルツ、ザルツの刀身までも地面に落ちる。まるで切られたように落ち、手元に残った柄の鮮やかな断面からはバチバチと火花が散っており回線ごと何かで切断されたことがうかがえた。呆気に取られる三兄弟に対してラグナは陽光を浴び銀色に輝く剣を見せながら静かに語り掛ける。
「お前たちに聞きたいことがある。『方舟』と『鍵』とはなんだ。他にも聞きたいことは山ほどある。全て答えてもらうぞ」
ここに来て三兄弟はようやく理解する。自分たちが目の前の敵の実力を測り間違えていたことに。攻撃を防ぎカウンターを見舞われるだけでなくいつの間にか武器まで破壊されていたという現実。攻撃を受ける前にやったのか、それとも攻撃すると同時にやったのか。どちらかはわからなかったものの恐ろしいほどの速さでそれが行われたということだけはわかった。さらにおそらく殺す気であれば先ほどの一撃でやられていたという確固たる事実や恐怖が三人に認識されたその瞬間、ゼルツは叫んだ。
「ザルツッ!!! ベルツッ!!!」
「ああ、わかってるんよ!!!」
「マジ笑えねえ!!! 出し惜しみはもう無しだな!!!」
柄を投げ捨てた三人が叫ぶと森から爆音と土煙が上がり、不意に上から三つの何かが落下してきた。それを避けたラグナの眼前に現れたのは四メートルほどの大きさの棍棒を持った鬼だった。赤銅色の体色をし、角の生えたそれらの魔獣にラグナは見覚えがあった。細かな色や身長こそ多少違ったが、屍の森で戦った生きる屍と化した魔獣を少年は思い出す。
「……オーガ」
屍の森にいたものとは違い生気が感じられた魔獣オーガに対してラグナが呟くとカーティス三兄弟は挑発するように言い放った。
「ただのオーガじゃないですよ! 見せてあげましょう!」
「眼を見開いてせいぜいビビるといいんよ!」
「この力でてめえをぶっ潰してやるぜ!!!」
三兄弟の叫びに呼応するようにオーガたちは絶叫しその肉体それぞれに三色の光が纏わりつく。ラグナはそれを見て驚愕した。カーティス兄弟と同色の光、それは――。
「……ありえない……まさか……『月光』ッ……!?」
驚くラグナに『月光』を纏ったオーガたちは一斉に襲いかかった。
ただでさえ身体能力が人間よりも遥かに上の魔獣が『月光』を纏ったのだ、その身体能力は『月光』を纏った『月詠』さえも超越していた。飛びかかって来た三匹のオーガの一撃をなんとか紙一重でかわすもその攻撃は地面を砕き大穴を開ける。その衝撃波を受け地面を転がり吹き飛んだラグナは遥か彼方にあった木に激突し吐血する。
「ぐ……」
ふらつきながらもなんとか立ち上がるも息つく暇も無くオーガたちが襲いかかって来た。眼にも止まらぬ速さの連撃を前に防戦一方の獲物を嘲るように笑ったオーガたちはさらにスピードと攻撃の威力を上げた。その結果、手が追いつかなくなり防御の間も無く少年の体は瞬く間に滅多打ちにされ空中に投げ出されると地面に叩き付けられる。叩き付けられ地面を破壊し巨大なクレーターの中心に倒れるボロボロのラグナを見た三兄弟は満足げに頷くと喋り始めた。
「ふ、流石に対処できないでしょう。先ほどは貴方の実力を測り損ねたことでしてやられましたが――」
「――もう油断はないんよ。お前はここで確実に死ぬ」
「ようやくウケる展開になったな。どうよ、『魔王種』の力は」
「ま、おうしゅ……?」
うつぶせで倒れながら問いかけるラグナを見下すように三兄弟は言った。
「特別に教えて差し上げましょう。その方がその顔がより恐怖に染まるでしょうからね」
「『魔王種』とは『ラクロアの月』が魔獣の改良を重ねてたどり着いた完成品なんよ。お前も『変異体』や『合成魔獣』について聞いたことあるとは思うけんど、それらはこの『魔王種』を生み出すための実験体に過ぎないんよ」
「そしてこの『魔王種』は『月詠』の細胞を移植することにより、移植した『月詠』の思い通りにコントロールすることが出来るんだぜ。そして移植された細胞を通して『月詠』が纏う『月光』を移すことも出来るんだよ、マジウケるだろ」
ラグナは光り輝く魔獣を見ながら歯噛みする。
(……なんてことだ……『変異体』や『合成魔獣』はアレを生み出すための土台に過ぎなかったって言うのか……しかも思い通りに操れるだけじゃなく『月光』を纏えるなんて……)
ラグナは痛む体を起こし立ち上がろうとするがここで凄まじい痛みと違和感を覚えた。なんと服が破れ露出した手足が青紫色に変色し腫れあがっていたのだ。服で見えないものの全身から感じる痛みからおそらくほぼ体全体が同様にダメージを負っているであろうことを推測し歯噛みする。
(く……さっきの攻撃が原因か……これは……折れてるな……)
ラグナが苦悶の表情を浮かべいるとそれに気づいた三人はいやらしい笑みを浮かべた。
「おやおや、もしや負傷してしまったのですか?」
「見たところ手足の骨完全に折れてるんな。ってかあれだけ体中を滅多打ちにされてたしもしかして全身粉砕骨折的なアレになってる? けど――」
「容赦する気はねえぜッ!!! 〈ウル・ブロックネス〉!!!」
ベルツが唱えると、続いてゼルツとザルツも〈エル・アクアネス〉〈イル・ウインドネス〉と術名を唱えた。すると、三兄弟は水や風、岩の鎧に包まれ巨大化する。エネルギーで出来た巨人となった三兄弟はオーガと同程度まで膨れ上がり、六体の巨人に囲まれたラグナにカーティスたちは告げる。
「さて、名残惜しいですがそろそろ終わらせましょうか。ですがどうせですから最後のチャンスをあげましょう」
「『黒い月光』を使うといいんよ。それを打ち破ってこそ僕らの名が上がるんだから」
「ま、どうせ使ったところで俺らには絶対に勝てねえだろうからな。ってかそもそも立てねぇか。なにせ骨折れてるもんな。『黒い月光』使ったところで動けなきゃ意味ねぇよなぁ? しかもさっきの『魔王種』の動きはほんの準備運動に過ぎねえ。こいつらが本気だせばドラゴンだろうがなんだろうが一瞬でひき肉よ。この意味わかるか? しかもこいつらはスピード特化型の個体でね。一体一体のパワーは他の『魔王種』と比較してそれほどでもないがスピードだけならお前の使う『黒い月光』に匹敵する。つまり奇跡的に動けたとしても『黒い月光』使ったお前と同等のスピードを持つ魔獣が三体もこっちにはいるってことよ。絶対に勝てないぜてめえは。マジウケるギャハハハハ!!!」
有利になったことで調子に乗った三兄弟は口々に挑発するも、それを無視したラグナは静かに考える。
(……この先に幹部がいる可能性もある。そして幹部の実力はおそらくフェイクと同等かそれ以上。しかもこいつらの言う『魔王種』を幹部が従えている可能性は高い。それを考えればここで『黒い月光』を使って体力を消耗することは避けたい。でも……このままじゃ確実に負ける。奴の言うとおり今までの動きが準備運動なら……本当にこの三体の魔獣は通常の『黒い月光』を纏った俺と同等以上の力を持ってることになる。……仕方ない。まだ、慣れてないけど……アレを使うか)
ラグナは眼を閉じると呼吸を整え始める。しかしいっこうに『黒い月光』を使う様子を見せなかったため三兄弟はつまらなそうに言った。
「……最後まで使う気はないと、そういうことですね?」
「ずいぶんと舐められたもんよなぁ。それとも諦めたんかな? だったら……」
「このままぶっ殺されちまいなッ!!! マジウケるッ!!!」
さらに三つのエネルギーが融合し十メートル近い巨人と化した三兄弟とオーガが一斉に襲いかかる刹那の瞬間――ラグナの全身から銀色に光る蒸気が発生し始めた。そして閉じていた眼がゆっくりと開かれる。
開かれたその眼――瞳の部分は発光し真紅に染まっていた。
高い木の上から状況を観察していたブリックにジェダから声がかかった。
『――どうだブリック。状況に変化はあったか?』
「……いや、どうもこうも……」
ブリックは顔を引きつらせながら言う――。
「……雑魚じゃ相手にならんらしいぜ……」
――血まみれで倒れ込んだカーティス三兄弟とバラバラになったオーガの死体を見ながら。
その惨状の中心にいる圧縮された銀色の光を纏った少年を見て畏怖しながらブリックは報告を続けた。
「……生死までは確認できないがカーティス三兄弟は戦闘不能……『魔王種』はバラバラになってる……まあ要は全滅ってことだな……」
『低級とはいえ三体の魔王種とカーティス兄弟を瞬殺――神月の光か?』
「ああ。超回復や性質変化も使ったみたいだぜ。どうやら『血』の恩恵による能力もそれなりに使えるようになってるらしい。しかも『黒い月光』じゃなく『銀月の月光』の方で戦ってこの結果だ。低級の『魔王種』数体程度じゃ足止めにもなんないだろうな。もし『黒い月光』を使った『神月の光』を奴が纏った場合、『魔王種』があったとしてもまともに戦えばゲルギウスの部下はほぼ全員殺されると思うぜ。まあ付け入る隙が無いわけじゃなさそうだが……」
『付け入る隙か……』
「その辺は帰ってから詳しく説明するよ。だが付け入る隙があるとはいえ『銀月の月光』だけならともかく『黒い月光』を纏った奴と正々堂々真正面から戦うっていうのも正直俺は御免だ。そこまで自信家じゃないんでね。自分の力量くらいは心得てる。たぶん奴と真正面からまともに戦って勝てそうなのは古参の幹部連中か、もしくは――アンタくらいだろうな、ジェダ」
『……そうか。ご苦労だった。戻ってくれ』
「了解、今戻――」
言いかけて言葉が止まる。なんと望遠鏡の先にいるラグナがブリックの方を向いたのだ。光り輝く真紅の瞳と目が合い心臓が止まりそうになる。
『ブリック、どうした?』
「……やべえ……見てたの気づかれたかも……」
監視していた少年の姿が一瞬で消えたのを確認したブリックはこちらに向かってくることを本能的に察知した。それに気づいたのかジェダは指示を出す。
『急いでその場を離脱しろ。恩恵の力を使ってもかまわない』
「言われなくても――」
ブリックは眼を閉じ、すぐに開く。そして開かれたその瞳は元の茶色では無く――。
「――そうするよ」
――瑠璃色に輝いていた。
ラグナは高い木の上に跳び移った後、周囲を見渡した。だが周囲には人っ子一人おらず鳥のさえずりしか耳には入ってこない。
(……おかしいな……ここに誰かがいたような気がしたんだけど……気のせいだったんだろうか)
ラグナは数秒ほど考えた後、木を下り戦闘のあった場所に戻って来た。そして携帯で村に駐在している本部の騎士にメールを送る。内容は敵と交戦したことや戦った大まかな場所。倒した相手は敵の部隊長でありまだ生きていること。情報を聞き出したいので保護してほしいことなどを簡潔に記したものである。それらを終えると『神月の光』を解除し、目の輝きもそれと同時に消える。
疲労感から座り込んでしまうもラグナは必死に息を整えようとする。
(……『黒い月光』を使った時ほどじゃないけど……やっぱりけっこう疲れるな。使い慣れてないのもきっと理由の一つだ……新しく使えるようになったこの力に体がついていけてないような気がする)
ラグナは荒い呼吸を整えながらハロルドの言葉を思い出していた。
『――いいかいラグナ。君がフェイクとの戦いによって使えるようになったその赤い瞳の状態は身体能力や月光に対する耐性を大幅に上昇させる効果があル。さらにその状態で使用できる超回復や神月の光は強力だが、まだわかっていないことが多すぎル。あまり多用しない方がいイ。それに……実験の結果わかったことだが、その状態はいいことづくめというわけでもないらしイ。超回復は傷を癒す代わりに体力を大幅に消耗すル。しかも連続して使用すればするほど回復力も落ちてくるらしイ。さらに神月の光の維持は超回復以上に体力を消費するため長時間の使用は困難。使用中は超回復が使えないうえ、傷を負った状態で使用したり使用中に負傷すれば神月の光が肉体に与えるであろう絶大な負荷により傷は悪化していク。しかも問題はそれだけじゃなイ。本当に問題なのは神月の光を解除した後ダ――』
ラグナは『神月の光』を解除した直後の体を見つめた。
(……『神月の光』を解除してから約五分、その間は超回復はおろか『月光』を使用することができなくなる、か……確かにかなりのデメリットだ。そのうえ自分の意思で赤い瞳の状態になれるのはまだ短い時間だけ……でもこの赤い眼の時は一日一回、十数分程度しか使えないっていう『黒い月光』の制約からは解放される……つまり通常の『月光』と同じように呼び出せるってことだ。……まあその分解除した後使った回数分の疲労が一気にくるから滅茶苦茶疲れるけど……もっとあの赤い目の状態の負担を少なくして維持できればなぁ……フェイクはずっとあの状態を維持してたみたいだし……慣れれば長時間あの状態を維持できるんだろうか……もっとこの力についての情報がほしいところだけど……)
考察を終えたラグナは最後にハロルドとかわした約束も思い出してしまう。
『――それと君が新しく覚えた黒月の月光術だが、よほどの事が無い限り使ってはいけないヨ。あれはあまりにも……危険すぎる力ダ……周りにとっても、君にとってもネ』
左腕に刻まれた第二の術『ゼル・シャウパ』を見ながら、ハロルドのアンドロイドとブレイディア立ち合いの元術の威力を見るために行った実験を思い出す。誰もいない荒野で行われたその実験――それによって荒野が真っ二つに引き裂かれたその光景を思い出し思わず身震いしてしまう。直後、体力が回復したラグナは立ち上がる。
(……五分は経ったはず……少しだけど体力も回復したかな……まだちょっとふらつくけどこれなら『月光』も使える……それにしても『魔王種』だったか……あんな危険な魔獣を用意しているなんて想定外だ。周囲に敵の気配も無いしカーティス兄弟はここに置いておいても問題ないはず。すぐに本部の騎士も駆け付けてくれるだろう。それよりブレイディアさんのところへ急がないと)
銀色の光を纏ったラグナはブレイディアが通った道を走り始める。