83話 カーティス三兄弟
ブラウから話を聞き終わりブレイディアとラグナ、ハンスは家を出た。
「――ところでラグナ、お前今日は村に泊まっていけそうか?」
「ちょっとわからないかな。気持ち的には泊まっていきたいけど『ラクロアの月』が動き出したんなら対処しなきゃならないし」
「そっか……まあそうだよな。お前はもう騎士団本部の主戦力の一人だもんな。ちょっと前まではまともに『月光』も呼び出せなかったっていうのに、ホントに立派になったよお前は。にしても新聞見た時はマジで驚いたぜ。お前が伝説の力の使い手で、しかもその伝説の『黒い月光』を使って王都の危機を救ったなんてよ」
「えっと……『黒い月光』のこと黙っててごめんなさい。でも隠してたのは別に皆を騙すつもりだったとかそういう意図はなくて……」
申し訳なさそうなラグナの言葉に目を丸くしたハンスは突如笑い始める。
「ははは! んなことはわかってるよ! お前のことだからどうせみんなに迷惑かけないように黙ってたんだろ? 村のみんなもそう思ってるさ。隠してたことについてお前のことを悪く言ってる奴なんざ一人もいなかったよ。むしろこんなド田舎の村から英雄が出たってみんなお祭り騒ぎだったんだぜ。今はだいぶ落ち着いてるがな」
「そ、そうなんだ……」
「ああ、だから心配すんな。それよりランスローさんは見つかったのか? お前騎士団に入って彼女の情報収集もするつもりだったんだろ?」
「……うん、見つかったよ。今は定期的に連絡も取り合ってる」
「お、マジか。やっぱ王都は情報が集まりやすいんだな。じゃあたまにはこの村に帰ってくるように伝えてくれよ。みんなも会いたがってるしさ」
「……わかった。でも今は凄く忙しいみたいだから帰ってくるのはだいぶ先になっちゃうかもしれない」
「そうなのか? じゃあ暇になったらでいいさ。そんじゃあ俺は出立の準備してくるわ。副団長、失礼します」
ラグナに軽く言った後、ブレイディアに頭を下げたハンスは小走りでその場を離れて行った。少年はそれを見届けた後深いため息をつく。
「……嘘をついてごめんなさい。ハンスさん」
「君のせいじゃないよラグナ君。本当のことを言うわけにはいかないもん。だから落ち込まないで」
「……はい……」
「とりあえず村の駐屯騎士の案内でアルロン周辺に偵察に出てる本部の騎士が戻ってくるまで私たちはいつでも出発できるように待機しておこう」
「了解です」
ラグナはたちはそう言うと村にある騎士団支部に向かって歩き始める。
「あーあ、こういう時ジョイがいてくれるとすごく助かるんだけどね。ぴゅーって飛んで行って偵察してる騎士たちの状況を知らせてくれるだろうし」
「そうですね。でもジョイは別の偵察任務に行ってますから仕方ないと思います」
「他の本部の騎士たちも『ラクロアの月』の情報収集のために色んな地方に散らばってるもんね。ワガママ言ってられないか。けどアルロンのあった場所に地下へ続く秘密の道があったなんてね。まあまだ確定した情報ってわけではないんだろうけど」
「俺も驚きました。この国には大規模な地下空洞があるってことは知ってましたけどまさかアルロンの地下にまで存在するなんて。……もし仮にアルロンの方向に向かったのが『ラクロアの月』だったとしたら、やっぱり目的は地下なんでしょうか」
「おそらくね。奴らが探してるっていう『鍵』か『方舟』に関連してるのかも。情報がこっちに入ってからそれほど時間も経ってないしまだ運び出されて無い可能性もあるよ。もし私の推測が正しいならきっとそれらのどっちかを押さえられるはず。私たちがうまくやれれば、だけどね」
「……敵も死にもの狂いで抵抗してくるはずですよね。それでも……やらなきゃいけない」
「その通り。今までは『鍵』や『方舟』の正体がなんなのかわからなかったけど、奴らの目的のブツが何なのかわかればこれからはこっちで先手を打てる。アイツらがやろうとしてるっていう世界のリセットの意味も突き止められるかもしれないしね。だからなんとしても『鍵』や『方舟』の正体を突き止めてやろう」
ラグナは頷きブレイディアと共に歩を進めた。
それから一時間後、小さな派出所のような白い騎士団支部に一人の負傷した騎士が駆けこんできた。ハンス、ブレイディアと共に着席していたラグナは見覚えのあるその騎士の怪我を見ると血相を変えて駆け寄る。
「ケンプさん!?」
ラグナに向かって倒れた金髪で四十代ほどの男――ケンプはうめき声をあげた。
「ら、ぐな……」
今にも気を失いそうなケンプを見たハンスは声をあげながら支部の棚を漁り始める。
「ラグナ、ケンプをベッドにゆっくり寝かせてくれ! 今、応急処置をする!」
ラグナが言われた通りに支部の小さな宿泊用の一室にケンプを寝かせると、三人は協力して治療にあたった。そして治療中に負傷した騎士は辛そうに話し始める。
「すまねえ……俺と一緒に偵察に出たジャックと……本部から来た騎士たちはみんなやられちまって……捕まってる……この状況を知らせようと思って……なんとか俺だけ逃げ出せたが……このザマだ……」
「ケンプ……」
ハンスが悔しそうに拳を握りしめているとブレイディアがケンプに優しく語り掛けた。
「よく知らせてくれましたね。ありがとう。必ず助け出します安心してください」
「任せてくださいケンプさん!」
ブレイディアとラグナの言葉を聞いたケンプは瞳に涙を浮かべると安心したように険しい表情を崩し気を失いそうになるも、その直前に呟く。
「……アルロンの跡地……東に……地下に続く階段の下……遺跡がある……そこに……」
ケンプは言っている途中で意識を失った。直後、ブレイディアはハンスに向かって言う。
「貴方は彼をこのまま見てあげてください。応急処置は終わっているので後はこの村にいる医者に見せてキチンとした治療を受けさせた方がいい。薬品などは本部の騎士が余分に王都から持ってきていると思いますので、もし足りないようでしたら声をかけてください」
「わ、わかりました。じゃあ、もしかして副団長達は……」
「ええ、私たちはこのままアルロンの跡地に向かいます。本部の騎士たちはこのまま村の防衛に充てるので心配しないでください」
「し、しかしそれではラグナと副団長だけで向かうということに……それは流石に無茶では……」
「大勢連れて行くと目立って人質を盾にされる危険があります。それに今回はあくまで偵察と確認のために派遣されて来た騎士しかいないのです。ただでさえアルロンに本部の騎士を向かわせたことで村の守りが手薄になっているのに、今いる騎士まで削ってこちらにまわしてしまうと何かあった時に村の人たちを守ったり避難させたりできなくなるかもしれません。奴らがアルロンに騎士を引き付けてその隙に村を襲撃、村人をさらに人質にするという可能性も捨てきれないので。ですから現状では私たちだけで行かざるを得ないんです」
ブレイディアの説明を聞き心配そうな顔をラグナに向けたハンスだったが、少年が力強く頷いたため渋々といった形ではあるが納得した。
「……了解です、どうかお気をつけて。……ラグナ、これを」
地図を受け取ったラグナにハンスは唇を噛んでから悔しそうに呟く。
「……帰って来て早々すまないと思うが……ジャックたちを頼む……」
「必ずみんなで一緒に帰ってきます。だからケンプさんをお願いします」
ラグナは力強くそう返すと騎士団支部を出てオープンカータイプの軍用車に乗り込みアルロンの跡地に向かって走り始める。険しい表情で運転するラグナに対して、本部に増援の連絡を終え地図を片手に助手席に座ったブレイディアは話しかけた。
「……ケンプさんと……ハンスさん、捕まってるジャックさんがこの村の駐屯騎士なんだね」
「……ええ。先生に連れられて俺が初めてこの村に来た時にはもう三人ともこの村の駐屯騎士でした。それで俺が村に来たばかりの時、緊張して周りになかなか馴染めなかった俺に対して三人とも凄く優しくしてくれました。まるで本当の家族みたいに」
「……助けようね。全員」
「はい、必ず」
二人の乗った車はアルロン跡地に向かって走り続けた。
車は森の中に入りアルロン跡地まで残り十キロ以内となったその時。上空から光を纏った三つの物体が高速で車に落下しその衝撃で車体は吹き飛ぶ。だがラグナとブレイディアは落下の直前に危機を察知し銀と緑の『月光』纏うことで無事脱出に成功した。そして二人は青、緑、黄色の光を纏った三人の刺客を鋭い瞳で睨みつける。それを見た同じ顔の三人の男たちはそれぞれ楽し気に呟いた。
「ほぉ、我々の奇襲をかわすとはなかなかやりますねぇ」
「なるほどね。やっぱり他の雑魚騎士とはわけがちがうんよ」
「ってかラグナ・グランウッドにブレイディア・ブラッドレディス二人とも釣れるとかマジウケる」
不敵な笑みを浮かべる男達に警戒を緩めずブレイディアは言った。
「……手配書で見た覚えがある。確かあんた達は……そう、カーティス三兄弟」
「あのブラッドレディスに名を覚えられるとは光栄ですね」
「でも一括りにされるのはムカつくんよ」
「ホントにな。マジウケる」
カーティス三兄弟が腰を落とし臨戦態勢を取る中、ラグナは視線を敵に向けつつ横にいたブレイディアに小声で話しかけた。
「ブレイディアさん。ここは俺が引き受けます。先に行ってください」
「え、でも……」
「こいつらが道中に現れたってことは時間稼ぎの可能性が高いと思うんです。もしかしたら『鍵』や『方舟』を運び出してる途中なのかもしれません」
「……確かにね」
「奴らと戦ううえで俺達は奴らがどんなものを欲しているのか知っておく必要があると思います。だから運び出される前に手に入れるか、最低でも正体だけは掴んでおいた方がいいかと。それに捕まってるジャックさんたちの安否も気になります。ですから……お願いします」
ラグナの懇願に数秒悩んだ後、ブレイディアは頷く。
「……わかった。けど気を付けて。カーティス三兄弟は連携攻撃に秀でてるらしいんだ。複合月光術なんかを駆使して騎士や貴族をけっこう殺してる。だから奴らの連携には注意して」
「了解です。……では、俺が仕掛けたらその隙に」
ブレイディアが無言で頷くとカーティス三兄弟が訝し気に睨みつけて来た。
「貴方達、先ほどから何をブツブツと話しているのですか?」
「秘密の作戦会議かい? でも無駄なんよ」
「お前らが何したってマジウケる結果にしかならねえから」
手に持った『月錬機』と思われる細身の剣を構えながらジリジリと距離を詰めてくるカーティス三兄弟に対して、最初に仕掛けたのはラグナ。腰に付けたホルダーから『月錬機』を取り出すと剣に変形させトリガーを引き斬撃を三人に向けて飛ばす。それを見て驚いた三兄弟はそれぞれ避けるも、その瞬間に塞いでいた道が開く。それを見逃さなかったブレイディアは地面を蹴ると一目散に駆け抜けた。当然兄弟はそれを追おうとするも彼女の後に追随した少年が立ちふさがる。
「お前たちの相手は俺だ」
「……こうもあっさり抜かれるとは。驚きました。それにその『月錬機』」
「普通じゃないんよなぁ。もしかして『月光』を斬撃に変えて撃てるん?」
「なんだよそれズルいじゃねえかマジウケる」
「…………」
「だんまりですか。まあいいでしょう。我々も貴方を倒せればそれで問題ないので」
「一人になってくれてむしろラッキーなんよ」
「墓穴を掘ったな。マジウケる」
身に纏った『月光』をさらに輝かせた三兄弟に対してラグナは剣を構えた。
ところ変わって戦場となりつつある場所から離れた地点。木の上からラグナ達の戦いを右手で持った望遠鏡で覗き込む一人の男がいた。左手に持った携帯でその様子を報告する男は楽し気に体を揺らしジャラジャラと身に着けたアクセサリーの音を鳴らし始める。
「――戦いが始まりそうだぜ、ジェダ。相手はカーティス三兄弟だ」
『そうか。ではブリック。そのままラグナ・グランウッドの監視を続けてくれ。通話は切るなよ』
「りょうかーい。ところで、戦い見終わったらクソチビに挨拶しに行ってもいいかい?」
『駄目だ。復讐したい気持ちはわかるがもう少し我慢しろ』
「ちッ、わかったよ。だがキチンとあのクソチビと戦う機会は用意してもらうからな」
『わかっている。だが今はラグナ・グランウッドの力を見極める方が先だ』
「『黒い月光』ね、了解了解」
通話を切らず耳に携帯を当てたままブリックは望遠鏡の先に意識を集中させ心の中で独り言ちる。
(さーて、お手並み拝見と行こうか。カーティス三兄弟は仲は悪いが、その連携は眼を見張るものがあるっていうし。三人そろえばまず負けないってもっぱらの噂だっけ。しかもラグナ・グランウッドを倒すための秘策――『魔王種』を連れてきてるらしいし楽しみだぜ。『黒い月光』の使い手を相手取ってどこまでやれるかな。どんな結末が待っている事やら)
ブリックは戦いの行方を文字通り高みの見物をして見守り始める。