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82話 帰郷

 ラグナとブレイディアは軍服を着て団長室にてアルフレッドと話していた。


「――団長。やっぱりこのままの体制でやってくのは危険だと思う。前に議題でも上がってたけどさ、王都に騎士を一極集中させ過ぎてる気がするの。今の騎士団って地方に何かあって駐屯騎士では対処できない事案に限り王都から騎士を派遣するってシステムでしょ? でもさ、そのシステムの欠陥が一連の事件で明るみに出ちゃったよ。ディルムンドのクーデターの時もそうだったけど、今のままじゃ地方にいる騎士が少なすぎて王都に何かあっても救援に来られる騎士がほとんどいないと思うんだ。みんな自分の駐屯している町や村なんかを守るので手一杯だろうし」


「……確かにな。そのうえ強く優秀な騎士ほど王都で王侯貴族に重用される傾向にある。騎士たちも出世のために位の高い王侯貴族が多くいる王都の騎士団本部に務めたがるからな。必然的に地方には実力的に乏しいものが行くことになっているのが騎士団の現状。そしてその負の連鎖が生み出してしまったのがディルムンドの反乱やアルシェの一件、ダリウス、ラフェール鉱山の占領」


「そうなんだよね。王都に騎士を集中させ過ぎたせいでディルムンドは苦も無く油断している強い騎士たちを芋づる式に洗脳状態に持っていけた。しかも強い騎士たちはみんな王都にいるから戦闘経験が少なくても王都に何かあったら地方の駐屯騎士たちは自分たちの力だけで地方の問題を解決しなきゃいけなくなる。今回はそこに付け込まれたよ。今まではよほどのド田舎でもない限り町や村なんかには駐屯騎士の他に警備ロボがあったから大抵の犯罪には対処できたけど『ラクロアの月』が活発に動き出した今、それだけじゃダメだと思う。これからは体制を変えていった方がいいよ絶対」


 ブレイディアの話を聞いたラグナは現在のレギン王国の警備体制について考え始める。


(……騎士は軍事と治安維持の両方を司ってるから犯罪や戦争なんかに対処する人数的な問題で昔は『月詠』じゃない人も一応騎士になれたみたいだけど科学技術の発達で今はほとんどが軍用の人工知能搭載型アンドロイドや兵器に置き換わっちゃったんだよな確か。そのおかげでコスト削減になったらしいけど……そのせいで大抵の町や村は駐屯騎士の数よりアンドロイドや警備ロボの数の方が圧倒的に多いとか……)


 ラグナは教本で読んだことを思い出しつつ現在の状況も思い出す。

 

(でも普通の『月詠』程度ならともかく『ラクロアの月』みたいな大規模かつ手練れの『月詠』や強力な魔獣を多く抱えている組織が動いている以上人数の少ない駐屯騎士や警備ロボだけじゃ確かに対処できないだろうな。実際アルシェでは手練れの騎士がいなくなった途端に機能しなくなってた。しかも普通の町より騎士の数が多いダリウスでさえ占拠されちゃってたし。やっぱり今のまま回していくのは無理があるよ。……にしても騎士の人数のことで思い出したけど……俺の住んでた村……駐屯騎士の数は三人だけだったし……警備ロボすらなかったなぁ……やっぱりド田舎だからなのかなぁ……まあ、あそこらへんは犯罪なんて滅多に起きなかったけど……けど今の情勢だと不安だなぁ……せめて田舎にも警備ロボくらいは配備してもらえるようにお願いしてみようかな……)


 ラグナが自身の故郷に思いを馳せているとブレイディアが次の話題を切り出す。


「あと『メイガス』に王都の無人兵器全部を管理させるのもやめた方がいいと思う。確かに『メイガス』は優れた人工知能だけど全てを任せようとするのは危険すぎるよ。実際そのせいで王都は占領されかかったし。ラグナ君がいたから事なきを得たけど」


「ああ、私も同意見だ。王侯貴族たちもそれに関しては思うところがあったのか色々と代替案を模索しているようだ。『メイガス』に車の自動運転や航空機の制御などのシステム、国境の軍事施設の兵器、警備ロボの操作も任せようという議題が出ていたがそれらの計画は凍結されるだろうな。……今回の件は確かに『ラクロアの月』が直接的な原因だが、機械に全てを任せていた我々人間の怠惰が招いた結果とも言えるのだろう」


 アルフレッドが締めくくると、ラグナはずっと気になっていた話題に言及する。


「あの……ところでその『メイガス』の修復は終わったんでしょうか?」


「無事終わったとハロルドから一週間ほど前に連絡があった。これで王都の無人兵器は全て稼働するだろう」


「そうですか。これでひと安心ですね」


 ホッとした様子のラグナの横でブレイディアが口を開く。


「ってことはこれでようやく本腰入れて『ラクロアの月』の捜索が出来るわけだね」


「そうなるな。そこで悪いのだがさっそくお前たちに行ってもらいたい場所がある」


「いいけど、どこに行けばいいの?」


「ここから南方にある村だ。村の名はデルレスカ」


「――え!?」


 デルレスカの名を聞きラグナは仰天する。その声を聞いたブレイディアは不思議そうに首を傾げると少年に問いかけた。


「ラグナ君の知ってる村なの?」


「知ってるというか……俺の故郷です」


「ええ!?」


 ブレイディアの驚いた声が団長室に響き渡った。



 ラグナとブレイディアは軍服のまま列車に揺られデルレスカを目指していた。


「――にしてもまさか仕事でラグナ君の故郷に行くことになるとは思わなかったよ」


「……俺もです」


 ラグナが思い詰めた顔をしているとブレイディアが穏やかな声音で呟く。


「大丈夫だよラグナ君。デルレスカの近くで怪しげな集団を見かけたってだけなんだから。デルレスカには何の被害もなかったって団長も言ってたしね。なにより偵察のために王都からすでに騎士が派遣されてるらしいから心配ないよ。私たちは念のための派遣らしいし」


「はい、わかってはいるんですけど……やっぱり直接見るまでは心配で……」


「気持ちはわかるけどあんまり思い詰めないでね」


「はい……」


 ラグナは頷くと故郷を想い窓の外に目を向けた。



 駅に到着すると二人は待っていた一人の騎士に出迎えられる。年代物の車の前にいたその騎士の顔を見たラグナは血相を変えて駆け寄った。


「ハンスさん!」


「よおラグナ。久しぶりだな。お前が来るって連絡聞いてここまですっ飛んできたぜ。いやぁ、にしてもちょっと見ない間に立派になりやがって」


 金色の髪を短髪にした中年の男――ハンスは少年の肩を両手でポンポンと叩き笑顔で出迎える。しかしラグナには再会を喜ぶ余裕はなかった。


「そんなことより村は、村のみんなはッ!?」


「大丈夫だ安心しろ。さっきまでお前が帰ってくるって聞いてみんな喜んでたんだぜ。これ見てみ」


 ハンスは古い型のビデオカメラを取り出すとラグナに映像を見せる。そこには村の住人の元気な姿が映し出された。ラグナはその様子を見て脱力する。


「みんな無事でよかったぁ……」


「お前が心配してるんじゃないかと思ってこうして撮っておいたわけよ。これで安心したろ?」


「うん、ありがとうハンスさん」


「いいってことよ。それより……」


 ハンスの眼は後ろにいたブレイディアに向けられる。


「……そこのちっこい子供はなんなんだ?」


 ラグナはハンスの失言に顔を手で覆った。



 車に乗り込んだ三人だったが、運転手のハンスは後ろに座っていたブレイディアに出発してからほぼずっと謝り続けていた。


「ほ、本当に申し訳ありませんでした! なにぶん田舎勤めが長く、本部の方のお顔を拝見するのもほとんど無かったため……ま、まさか貴方が副団長のブラッドレディス様とは露知らず……失礼な物言いを……」


「いいよ……どうせちっちゃいもん……ちっちゃい子供ですもん……どうせ胴長短足で顔がデカい幼児体型ですよ……」


「そ、そんなことないですよブレイディアさん! た、体型とか全然関係ないですって! なんていうか……にじみ出る大人の色気……のようなものがブレイディアさんからは発せられているというか……」


「……ホントにそう思ってる?」


「も、もちろんですよ! あ、そろそろ村に到着すると思いますよ!」


 完全に拗ねてしまったブレイディアを横の座席にいたラグナはなだめていたが、村の近くまでやってきたことでこの空気を変えられると思ったのか明るい声を上げる。やがて車は村に入り三人は車内から出た。村の入口近くには軍用車両が数台停まっており、本部から派遣されて来たらしい十人ほどの騎士が見張りに立っていた。騎士たちはこちらに気づくと会釈してきたため同じように返す。村の内部は小さな木造の家が立ち並んでおり畑や田んぼなども数多く見られ平和な田舎の村そのものである。アルフレッドの報告どおり被害に遭った形跡はまるで無い。


「ん~、良い空気だね。なんというか、余分なものが混ざってないような……うまく言えないけど清々しい気分になるよ」


「ブレイディアさんに気に入ってもらえてよかったです。遠いうえに何も無い村ですけど、住んでいる人たちはみんな優しくてとってもいい場所なんです」


 背伸びをするブレイディアにラグナが嬉しそうに語っていると、三人に気づいた村人たちが集まって来た。皆畑仕事などをしていたようで農具を片手にやってくる。


 ブレイディアが子供たちに『見たことない子供』『どこの学校に通っているのか』『ちっちゃい子が来た』などと言われ顔を引きつらせる横でハンスが子供たちの無礼を謝り、ラグナが皆に楽し気に挨拶をかわすなど三者三様の対応をしていると、村の奥から黒い口髭を蓄えた簡素な服装の黒髪の中年男性が現れる。


「ラグナ、おかえり。よく戻って来たな」


「村長! お久しぶりです!」


 ラグナが嬉しそうに言うと村長はブレイディアに向き直る。


「お初にお目にかかります。この村の村長をしているブラウ・レガットと申します」


「あ、初めまして。騎士団本部所属のブレイディア・ブラッドレディスと申します」


「本部の騎士の方から副団長が来てくださると話は聞いていましたが、本当に来てくださるとは恐縮です。遠いところからお越しいただいたのです、お疲れでしょう。まず休息していただいた後にお話をと思うのですが……いかがいたしましょう」


「んー……私は大丈夫なんですけど……ラグナ君、せっかく久しぶりに故郷に帰って来たんだし少し休む?」


「いえ、お気遣いはありがたいんですが、村の無事が確認できただけで俺は十分です。村の近くに現れたって言う怪しげな集団についての情報を得て対策に当たった方がいいと思います。もしそいつらが『ラクロアの月』なら迅速に行動した方が被害も出ずに済みますし」


「そうだね。じゃあブラウさん、さっそくお話を聞かせてもらえますか?」


「わかりました。では私の家でお話をいたします。皆は作業に戻ってくれ」


 ブラウが言うと村人たちは名残惜しそうにその場を立ち去って行った。残った四人は村長の家に行くために歩き始める。やがて村の奥にある一件の小さな家にたどり着いた。中に入るとテーブルを囲み着席する。


「さて……ではまずどこから話しましょうか。とりあえずその怪しげな集団を見かけた時期ですが、つい二日ほど前になります。野草やキノコを採ろうとした村人の一人が村から少し離れた森の中で見かけたようです。その者も最初は野党の類かと思ったようなのですが、連れている人数や運搬している機械の数が尋常では無かったらしく急ぎ騎士に連絡したとのことです」


「なるほどね。ちなみにそいつらがどこへ向かっていたかは見当がつきますか?」


「……おそらく、なのですが……例の町の方向かと……」


「例の町?」


「十七年前に滅んだ町――アルロンです」


 ブラウがそう言った瞬間、ラグナの表情が曇る。それを察しながらもブレイディアは続けて聞いた。


「……ここからアルロンまでは近いのですか?」


「そこまで近くはないのですが、三十五、六キロほどの距離だったと記憶しております」


「そうですか……もう一つ聞きたいんですけど、アルロンの他には何かその方角にはありますか?」


「いえ、特にはなかったと思います」


「うーん……それじゃあそいつら何をしに行ったんだろ……」


「……あの……これはあくまでも噂なのですが……アルロンのあった場所の地下に遺跡への入口のような空間を見つけたという話を前に小耳にはさみまして……」


「遺跡?」


「ええ。物見遊山でアルロンを訪れた者が何かの拍子で偶然地下に続く穴が開けてしまい階段のようなものが出現したとか。しかしそれを見つけた者は階段を途中まで下りたところで進むのを断念したらしいです。なんでも階段が途中で崩れ落ちていたとのことで。そしてその者は装備を整えてもう一度挑戦しようとしたらしいですが、穴の開く条件が今度はわからず正確な位置もうろ覚えだったため失敗した――という話です」


「……地下に続く階段……怪しげな集団もその噂を知りアルロンに向かった可能性があるわけですね」


「そう、ですね……しかしこれはあくまで噂に過ぎませんよ。証人もその者一人らしいですし、すぐに故郷に帰ってしまったとのことで噂だけがこうして独り歩きしているだけですから。信憑性は乏しいかと。一応お耳に入れておいた方がいいとお話はしましたが、私も正直信じておりません」


「……ありがとうございました。一応今の話も頭に入れておきます」


 ラグナとブレイディアはその後もブラウから詳細な話を聞き続けた。    

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