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8話 堕ちた騎士 

 目的地である第三訓練場に到着すると同時に扉を開け足を踏み入れると、透明なガラスの天井から漏れる陽光が目に入りまぶしさのあまり思わず目をつむってしまう。だが腕で光を遮ると、すぐに目を開けて前方を確認した。するとドーム状に作られた五百メートルを超える巨大な訓練場の中央に負傷したブレイディアが倒れていたのだ。


「ブレイディアさんッ……!」


 ラグナは急いで駆け寄るとその小さな体を抱き上げる。それに気づいたのかブレイディアはゆっくりと目を開けると、すまなそうな顔をした。


「……ごめん、ラグナくん……迷惑かけちゃって……」


「こっちこそ遅くなってすみません……」


「ううん、いいの……それよりラグナ君は、大丈夫だった……?」


「はい、平気です。来る途中でゲイズを倒してジュリアたちも取り戻しました」


「そ、っか……よかった……」


(……酷い傷だ……火傷の痕もわずかにある……)


 考えていると聞き覚えのある美声が訓練場の音響設備から響いて来た。


「ようこそラグナ君。昨日ぶりだね。訓練場の監視カメラで見ていたが『黒い月光』を使わずにゲイズを倒すとはなかなかやるじゃないか」


「ディルムンド様ッ……!」


 睨む先は訓練場の最奥、黒い巨大な球形の機械が置かれた台座の前に佇む元凶――ディルムンド。そしてその前方、ラグナの前に立ちふさがるようにして立っている人物――それはハロルドの遺産である白銀のパワードスーツに身を包んだ騎士だった。手に持った赤い剣から監視カメラで見た相手であることはすぐにわかった。


(あれは……アジトを襲撃してきたパワードスーツの……奴を入れれば確かに数人だけど……本当はもっと大勢いてどこかに隠れているんじゃないだろうか……)


 騎士団本部には現在数人しかいないという放送を先ほど聞いていたが、嘘の可能性も考え警戒していた。だが見る限り敵は本当に二人しかいないらしい。周囲を気にするラグナの心情を察したらしいディルムンドは優しく語り掛ける。


「安心しなさい。先ほどの放送でも言ったが他の騎士たちならばここにはいない。現在ここにいる人間は君たちを除けば私と彼だけだよ。他の騎士たちは君たちがこの街を出る可能性も考えて公共機関も含めた街の出入り口に全て配置したからね」


 ディルムンドの言葉を信用しきれなかったラグナだったが、その事に同意するようにブレイディアが弱弱しく口を開く。


「あ、あいつの言っていることは、ほ、本当だよ……て、敵は……二人だけ……」


「そ、それじゃあ本当に……?」


「……うん……第三訓練場に向かってる途中であの白騎士に襲われたからなんだ……それでここまで追い詰められてさ……こんなんなっちゃったよ……えへへ……ホントごめんね……」


「謝らないでください。後は俺がやります、休んでいてください」


 ラグナがそう言った瞬間、ディルムンドの等身大の立体映像が目の前に突然現れた。驚きブレイディアを抱きかかえたまま思わず後ろに飛び退いてしまう。


「驚く必要はないよ。ただのホログラムだ。君と話すのには遠すぎるし、かといって近づくと手痛い反撃を貰いそうだったのでね。こういうものを用意させてもらったよ」


 ブレイディアを自身の後ろにそっと置いた後ラグナはホログラムを睨み付け、それを受けた映像のディルムンドは不敵な笑みを浮かべた。


「そう怒らないでくれ。私もかつての同僚であるブレイディアや君の友達を傷つけることに対しては心を痛めたんだ。だがこれも大儀のため」


「……大儀? こんな、こんなことをして許される大儀なんてありませんよ! いったいどれだけの人を傷つければ気が済むんですか! 騎士団の人たちだけじゃない、騎士になってない訓練生まで……こんな大勢の罪の無い人達の犠牲の上に成り立つ革命なんてあっていいはずがない! 『力無き人々のために剣を振るい、罪なき人々を守るため盾となる。それこそが騎士としてのあるべき姿』――それがこの国の騎士団の理念でしょう! なのにどうしてッ!」


「そう、それが騎士団の理念だ――うわべだけのね。君は知らないかもしれないが、我々が仕えるこの国はもう、とっくの昔に腐りきっているんだよ。王侯貴族による独裁、汚職、そしてそれらを隠蔽するために行われる数々の悪事。それらは決して表に出ることは無いが、確実に行われている」


「王侯貴族の悪事……それがこんなことをした動機、なんですか……?」


「いいや。確かにそれ自体も当然許せない。だが、何より、何よりも許せなかったのは――それらの悪行に我々騎士団が加担させられていたことだ!」


「き、騎士団が……?」


「ああ、そうだ。悪を正すべき騎士団が、事もあろうに悪の傀儡となっていたんだ。驚きだろう? ……最初はね、私も君の言った騎士としての理想に殉じるつもりだったよ。だが、現実は理想とは大きく乖離していた。『力無き人々のために剣を振るい、罪なき人々の盾となる。それが騎士としてのあるべき姿』――だが実際は違う。表では綺麗ごとを並べ、裏では王族や貴族にこびへつらい、彼らの悪行を組織ぐるみで隠蔽する――それが騎士だったのさ。お笑いだろう?」


「な……そんな……嘘だ……そんなこと……」


「嘘じゃないさ。ブレイディアに聞いてみるといい。彼女も騎士団の闇の部分についてずいぶん触れてきたからね」


「ぶ、ブレイディアさん……?」


「…………」


 ラグナの縋るような目に、ブレイディアは沈黙で返した。つまりそれが答えということなのだろう。追い打ちをかけるようにディルムンドは話を続ける。


「最初はその事実を知って戸惑い、苦悩しながらも内側から組織を変えようと努力してきたんだ。いつか変わる、きっと変わる、そう信じてね。今思えば正常な思考が働いていなかったのだろうな。自分を騙して誤魔化す、いわば現実逃避さ。そんなことできるはずはないのに。そうだろう? 騎士団を内部から変えた所で意味など無い。騎士の遙か上に君臨する傲慢な王族が――強い権力を持つ私欲にまみれた貴族が――騙される愚かな民衆が――腐りきったこの国全てが変わらなければ意味などないんだよ。だがそんなこと私一人の力で出来るはずもない。つい半年前まではどうしようもないと思っていた……しかし……諦め、飾りだけの美しい理念で己を慰め腐ったこの国と同化しようとしていた私に転機が訪れたんだ」


「……『ルナシステム』ですね」


「そうだ。私の理想に賛同する同志がもたらした、かのシステムによって私は生まれ変わった。今の私ならば全てを壊し、作り直すことが出来る。この腐った国を根底から再生できるのだよ。いや、この国だけではない――『ルナシステム』の力を使えばこの世に真の平等と呼べる平和と秩序さえ生み出すことができるだろう。それが私の最終目標だ」


「……その平和と秩序を作るために多くの血を流したんですか。それを作るためなら多くの人間の尊厳を奪い、操り人形にしても許されると言うんですか……? ドラゴンを使って何の罪もない人を襲わせることさえも正当化されると……? 答えてください……!」


 ラグナの真剣な問いかけに対してディルムンドは事も無げに言い放つ。


「仕方がないさ。革命に犠牲はつきものだ。大義を為すには多少の人的損害は覚悟しなければならない」


「……仕方がない……そうですか……それが貴方の答えですか……」


 ラグナはそれを聞いて歯を食いしばり、体を震わせ、拳を強く握りしめる。だがその後返事をする頃には体全体から力を抜いて普通に戻っていた。ディルムンドはその様子を見て気持ちはわかると言った風に頷くと、ついに本題に入る。


「ラグナ君、君の考えていることはよくわかる。だが今は痛みの時なんだ。これを堪え乗り越えた時こそ新しい時代の幕が開く。穏やかで優しい時代の到来だ。だが現状では世界平和実現のための戦力が十分ではなくてね。そこで君に協力してほしいんだ。君の持つ類稀な力――『黒い月光』を私の理想のために使って欲しい。君が先ほど言っていた騎士の理念を実現させることは今のこの国では不可能だ。だが私ならそれを実現させられる、私の作る新世界でなら。だから私の同志になってくれラグナ君――共に変えよう、正義が悪を正せる美しい世界へと」


「……あなたはその美しい世界を実現するために具体的に何をしようとしてるんですか……?」


「全人類の統制――『ルナシステム』によって私の能力を増幅させ全人類を支配下に置く。もちろんそれは一時的な措置だ。法、政治、経済、金融、あらゆる社会機構を一度リセットし作り変えるまでのね。全てが終われば皆を開放する。そして愚かな為政者たちは一掃され、全ての弱者は私の作った苦しみも痛みも無い楽園で人生を謳歌することになる。そこでならば私や君の憧れた騎士の理念も実現するだろう。だから協力してくれラグナ君」


 理想を語るディルムンドの眼は美しかった。しかし瞳の中には暗い狂気の光が宿っており、ある意味ではゲイズよりもおぞましい狂人に思える。その姿に、堕ちた理想を見たラグナは唇を噛むと、数秒思考した後口を開いた。


「…………答える前に一つ聞かせてください。あなたがさっき言っていた『ルナシステム』をもたらした同志というのはゲイズのことなんですか?」


「いいや、奴ではない。ゲイズは私の同志が連れて来た駒だ。利用価値があったから利用していたが金目当てのどうしようもないクズだったよ。正直早いところ消えてほしかったが、同志が連れてきた手前むげには出来なくてね。まあとにかく私の作る理想の世界には必要のない男だ。だから奴を君が殺したところで恨んだりはしないよ。さあ、それでは今度はこちらの番だ。返事を聞かせてくれ」


 ラグナは目をつむり、一呼吸置いてから目を開くとハッキリとした口調で告げる。


「お断りします。何があろうと俺は貴方の仲間にはならない」


「……なぜかな? さっきも言ったがこの国は、この世界は権力者によって正義が不当に歪められている。正しい弱者が間違った強者に虐げられるこの世の中はおかしい。だからこそ私や君のような特別な力を持つ者は世界を変えなければならない。そういう義務があるのだ。それが特別な存在であり、力を授かったものの使命とは思わないのかい?」


「……俺は特別な存在なんかじゃありませんよ。そのことをこの戦いの中で身をもって知りました。きっと一人だったらここまでたどり着けなかったと思います。その過程で理解しました。どれだけ強大な力を持っていようと人は人に過ぎないということを」


「それは違うよラグナ君。事実私はこの国を変えた、力によってね。もはや私は人を超えた存在になった。だからこそ今こうして人々を導こうとしている」


「導き? 貴方のやっていることは独り善がりの独裁だ。あなたが嫌っていたこの国の為政者たちと何も変わらない。いや、それよりもタチが悪い。全ての人間を愚かであると決めつけ、弱者であると断じ、選ぶ意思さえ奪おうとしている。そしてその果てに出来上がる世界はあなただけの理想の世界だ。そこに人々が本当に望むものはないですよ。何一つ」


「そんなことはないさ。出来上がるのは万人が望む、思いやりに満ちた優しい世界だ」


「違う、それは貴方にとって優しい、都合のいい世界だ。人々が望む世界じゃない。それに人の命を『仕方がない』と言って切り捨てる人には優しい世界なんて作れない、作れるはずがない。ディルムンド様、貴方の思想は歪んでいる、そして歪んだ人間が作れるのは歪んだ世界だけだ。たとえ騎士団やこの国、この世界が腐っていようと俺はこの世を壊そうなんて考えません。たとえどれだけの力を持っていようとそんな権利誰にもありませんよ。俺にも、貴方にも」


 ラグナの決して揺るがない意思を前にディルムンドはため息をついた。


「……どうあっても私の仲間にはならないということか。残念だよ、君とは気が合うと思っていたんだがね……しかしね、君がいくら間違っていると声高に叫ぼうと、もう手遅れなんだよ。私の力はもはや神の領域に到達したのだから。それに戦ったところで結果は見えている。力を自覚し世界を変える神になることを選んだ私と人の上に立つ力を持ちながらくだらない倫理観に囚われ神になることを拒否した君では勝負にならない」


「神になんて興味はありません。俺が憧れ、なりたいと願っているのは騎士です。人々を支配する傲慢な神ではなく、かつてのあなたのような人々を守る誇り高い騎士こそが俺にとっての理想。だから――だからこそくだらない神なんかになるために騎士であることを捨てたあなたが絶対に許せない! あなたの計画はここで終わらせる!」


 ラグナは銀色の光をその身に纏うと『月錬機』を展開した。そして変形した銀色の剣を立体映像に突きつける。だが剣を突きつけられた映像のディルムンドは余裕そうにフッと笑みをこぼすと一言だけつぶやいた。


「では始めようか」


 それを合図に立体映像は消えると、赤い光を纏った白騎士が地面を蹴り瞬時に目の前に現れ立ち塞がった。ディルムンドの元には行かせないということだろう。そのことを察したラグナは銀の剣を構え直すと、パワードスーツの胸元目がけて切りかかる。しかし銀の斬撃は赤い剣でなんなく防がれ、そのまま上空へ刃を弾かれる。手元から武器を失うことだけはなんとか免れたが、赤い刃が容赦なく襲いかかってきた。


 直撃を避けるためとっさに体を横に倒して攻撃を逃れると、即座に立ち上がり距離を取る。しかし回避に成功したというのは誤りだったとすぐに気が付いた。胸に横一線の薄い傷が入り、血が流れ出すわずかな痛みに顔をしかめる。だが感じたのは痛みだけでは無かった。一瞬の攻防だったが敵の力量に感服し思わず息を飲んでしまう。


(……強いッ! この力……こいつ、相当な手練れだ。たぶん直接的な戦闘能力はゲイズを上回っている。そのうえ、やっぱり連戦はキツイッ……! 『月光』の量もさっきと比べて明らかに落ちてる気がするッ! さっきの疲れが出てるのかッ……!)


 こちらが弱気になっていることなどお構いなしで敵は斬りかかってくる。そして推察どおり、白騎士はとてつもなく強かった。その後も凄まじい速度の剣裁きでラグナを圧倒する。赤い刃から繰り出される突きと斬撃は防御の隙間から肉をえぐり、回避しようとも体に生々しい傷跡を残していった。戦闘の最中に隙や弱点を探してはみたものの、それらしいものはいっこうに発見できない。やがて敵の斬撃を剣で受け止めた際に、立ったまま大きく後ろに吹き飛ばされた。


(な、なんて剣技だ……まるで歯が立たない。パワードスーツの力と奴の技量が合わさってとんでもない戦闘能力になっている。ドルドやゲイズとは明らかに違う別格の強さ。いったい何者なんだ……)


 ラグナが敵の力に戦慄していると不意にディルムンドの声がスピーカーから響いた。


「彼は強いだろう? ゲイズとはわけが違う。まともに戦っても技量や経験の差で絶対に勝てないと思うよ。君が彼に勝てる方法があるとすればたった一つだ。わかるだろう?」


(……確かに……このまま続けたところで結果は見えてる。『銀月の月光』では目の前の敵は倒せない。倒せるとすれば――)


 敵に促されることは癪だったが、ラグナは手袋のはめられた左手を見る。意識を左手の甲に刻まれた黒獅子に集中するとわずかに熱を感じることが出来た。


(……もう少しだ。あとちょっとで『黒い月光』を呼べる。だけどそれまで奴の剣技に耐えられるか……それに、ディルムンド様のあの言い様……まるで使ってこいと挑発しているようだ。『黒い月光』に対してなにか策があるのか……?)


 ラグナが思案していると再びディルムンドが話しかけて来た。


「すぐに『黒い月光』を使ってこないのはタイミングを見計らっているからなのかな? それとも私を警戒しているからなのか……まあどちらにせよ私の計画を潰すには君が何とかする他ないよ。そうなると必然的に君は『黒い月光』を使わざるを得ない。なにせたった一人で戦わなければいけないのだから」


「……俺は一人で戦っているわけじゃありません。この場にいなくても俺を支えてくれる人たちがまだ残ってます。それに、この街から脱出したアルフレッド様たちが援軍を必ず連れてきてくれるはずです。そうなればたとえ俺達がやられたとしてもアルフレッド様たちがあなたの計画を止めてくれる」


「……アルフレッド……? 援軍……? ……ぷッ、くく――アハハハハハ、アハハハハハハハハハハハ! これは傑作だ、アハハハハ!」


「な、なにが可笑しいんですかッ!?」


「クク、いやすまないね。そうか、ブレイディアは気づいてもう伝えていると思っていたんだが、君には話さなかったのか。いや……まあ無理もない。それを話せば君をさらに絶望させ、戦う気力を奪いかねないからね」


(絶望? 戦う気力を奪う? 何のことだ……そういえばゲイズもアルフレッド様たちのことで何か言っていた……一体何が……ブレイディアさん……)


 答えを知るためにブレイディアの方を見るも、唇を噛んでうつむいたままだった。困惑するラグナにディルムンドは愉快そうに続ける。


「ブレイディアは話せないようだね。ならば私が教えよう――答えは君の目の前にある」


(目の前……? ……あのパワードスーツの敵のことを言っているのか……? でも奴がなんだって――いや、そういえば……)


 答えが目の前の敵と言われて疑問に思っていたラグナだったが、あることを思い出す。


(……ブレイディアさんは奴の『月錬機』を見た時、固まっていた。もしかしてあれは奴の武器に見覚えがあったからじゃないのか。『月錬機』は使う人間によって全て形状が異なる。武器の種類が被ることはあっても完全に同一の物は無いと聞く。つまりあのパワードスーツの人物はブレイディアさんの知っている人。さらにブレイディアさんやディルムンド様が言っていた援軍は来ないという発言や目の前の人物が答えという言葉、そしてこの他を寄せ付けない圧倒的な剣技と戦闘能力――)


 ラグナの思考速度は加速していき、やがて最悪の答えを導き出した。


「……ま、まさか……」


「クク、さあ答え合わせといこうか」


 ディルムンドが笑うと、白騎士が被っていた兜をゆっくりと取り去った。するとそこには白髪をオールバックにした初老の男性の素顔があったのだ。ラグナはその顔に見覚えがあった。というよりこの国の人間ならばおそらく知らない人はいないだろう。


 狼のような鋭い眼差しと厳格な顔立ちは、全ての騎士の頂点に君臨する者の風格を表していた。そしてラグナは目の前の人の名を呟いてしまう。


「騎士、団長……アルフレッド、ペンドラゴン……様……」


「正解だ、ラグナ君。アルフレッドたちはとっくにドラゴンに敗れ捕まっていたんだよ。だが流石の精神力だった。王族や他の者たちがあっさり洗脳される中で、唯一ひたすら耐え忍んでいたのだから。だがつい三日ほど前にようやく堕ちた。つまり――ブレイディアたちの必死の抵抗もまったく意味を成さなかったということだ。アハハハハ」


 ラグナが衝撃のあまり硬直していると、後ろのブレイディアが口を開いた。


「……ごめんね、ラグナ君。武器を見た時、もしかしたらって思ったけど……言い出せなかったんだ……その可能性を言う事で君が離れて行ってしまうことも怖かったけど、それ以上に……信じられなかったし、信じたくなかった……団長が、この国最高の騎士が捕まって操られているってことが……でもここに追い詰められて、戦ってるうちに確信したんだ……彼が団長だってね……そして私たちの作戦が完全に失敗したことも理解したんだ……私たちのやってきたことは……無意味だったって……もう私たちの戦いは……とっくに終わってるって……」


(ブレイディアさん……そうか…………どうして一人で無謀な賭けに出たのかようやくわかった……もう後が無い事を理解してたんだ……だから罠かもしれないとわかっていても、それに賭けざるを得なかった)


 悔しそうに顔を歪めて地面を見つめるブレイディアを見たラグナは一度深呼吸をすると白騎士――アルフレッド・ペンドラゴンの方に向き直った。そして攻撃を再開してきた騎士団長の剣を受け止めると同時に大きく声を張り上げる。


「――まだ何も終わってませんッ!!!」


 ラグナの叫び声を聞いたブレイディアは驚いたように顔を上げる。


(……ブレイディアさん。俺は貴方の言葉に救われた、勇気をもらった。だから今度は俺が返します。あの時貴方からもらった言葉を――)


 迷いを晴らしてくれた恩人に対して出来ることを考えたラグナは叫び続ける、その人の心にもう一度火が灯ることを信じて。

 

「確かに作戦は失敗したのかもしれない、でも無意味なんてことは絶対ありません! ブレイディアさんやアルフレッド様たちがやってきたことはきっと希望に繋がるはずです! 俺達が諦めない限り、みんなの想いは生き続けます! だから援軍が来なくても、たとえ一人きりになろうと俺は戦います!」


 アルフレッドに蹴り飛ばされ転がるも、剣を支えにして立ち上がりながらラグナは強く言い放つ。するとディルムンドの笑い声が響き渡った。


「ハハハ。君は強いなラグナ君。だが後ろにいる負け犬はすでに諦めているようだが?」


「違う!!! ブレイディアさんは負け犬なんかじゃない!!! それに、俺も別に強いわけじゃない。俺はただ――」


「ただ、何かな……?」


 ディルムンドの質問に対してラグナは、この街に来てから最初に自分を勇気づけてくれた言葉をゆっくりと口にする。


「『やらないで後悔するよりも、やって後悔したい』――そう思っているだけですッ!!!」


「…………ッ!」


 その言葉を聞いたブレイディアは大きく目を見開いて驚いていた。直後、アルフレッドが目にも止まらぬスピードで地面を蹴り一瞬でラグナとの間合いを詰めて来た。慌てて剣を構え防御姿勢に入ろうとしたが、その前に剣を持っていた右腕を蹴り上げられ胴体がガラ空きになってしまう。


「しまっ――」


 赤い大剣が自らの体に吸い込まれるように向かってくる。斬られる――そう思った瞬間だった。緑色の光を纏った小さな影が背後から現れラグナの腰にあった予備の『月錬機』を掴み取り、緑色の大剣に変化させると同時に、少年の体と紅蓮の刃の間に剣を滑り込ませるようにして赤い斬撃を受け止めたのだ。その間、一秒あるかわからないほどの早業だった。


 そして命の恩人は不敵に笑いながら白騎士を剣ごと強引に払いのけるとラグナの横に並んだ。

 

「……そうだった。大事なことを忘れてたよ。私も『やらないで後悔するよりも、やって後悔したい』派なんだった。自分で言ったことなのにね、アハハ。……ありがとう、目が覚めたよ。おかげで戦う気力が湧いてきた。それに気が楽になったよ。へこたれてる場合じゃないもんね。どうせこれが最後になるなら、思いっきり暴れなくっちゃ。やるだけやって、それでも駄目なら――笑いながら後悔できるかもしれないし」


「ブレイディアさん……! あ、でも傷が……」


「大丈夫、とまでは言えないけどさ。お願い、一緒に戦わせて。このまま終わりたくないの。君の言う通りここで何もしなかったらみんなの今までの頑張りを本当に無駄にしちゃうと思うんだ。だから最後まで戦い抜きたいの」


「……わかりました。よろしくお願いしますブレイディアさん」


「こちらこそ。じゃあ――行こうか!」


「はいッ!」


 ラグナはブレイディアと共にアルフレッドに向かって突っ込んでいった。力強く踏み込むと同時に銀色の剣を胸部目がけて振り下ろす。しかしやはり見切られ寸でのところでかわされた。そして攻撃直後の隙を狙われ、赤い剣による斬撃が脳天に放たれる。先ほどまでと同じならばここで命運は尽きていたかもしれない。だが――緑色の大剣がそれを阻む。


 打ち合わせなどしていなかったにもかかわらず、ラグナはそのことを予めわかっていたかのように次の攻撃に繋げる。さらに一歩踏み込み鋭い突きをアルフレッドの腹部に放つ。この攻撃は予想外だったのか、後ろに跳んで避けられはしたもののパワードスーツに決して浅くない傷を残した。そしていつの間にか敵の背後に回り込んでいたブレイディアの大剣による横薙ぎが白銀の鎧を破壊せんと襲う、だがこれは真紅の刃でギリギリ防がれる。


 しかし強力な一撃を無理な態勢で受け止めたせいでアルフレッドの体はバランスを崩し倒れそうになる。その隙を見逃す二人ではなかった、銀と緑の剣が同時に放たれる。うまく攻撃が入りそうになったが、銀の刃を右腕のガントレッドで防ぎ、緑の刃を赤い剣で受け止めることで危機を逃れた。直後ラグナとブレイディアは武器ごと力任せに後方へ弾かれ距離を取られる。息もつかせぬ連続攻撃は失敗したが二人は確かな手ごたえを感じていた。


 ブレイディアもそう思っていたのか小声で指示を出してきた。


「……ラグナ君、次で決めるよ。君は思うように好きに動いていいからね。私がそれに合わせていくから。次に仕掛けるタイミングも君にまかせる」


「……わかりました」


 返事を返すと、一呼吸した後すぐに駆け出す。勢いがあるうちに終わらせるのが吉だと思ったからだ。アルフレッドの方もそれがわかっていたからなのか、今までとは違う動きを見せる。剣を大きく上に構えて何かをしようとしていたのだ。ラグナはその瞬間背筋が寒くなり、本能的にそれが何の動きなのかを理解していた。


(ッ! もしかして……『月光術』を撃つつもりか……! く、今から『月光術』を撃っても間に合わない――だったらッ……!)


 アルフレッドが口を開けて呪文を唱えようとした瞬間――。


「『オル・べギラ』」


「やらせるかぁぁぁッ……!」


 ――ラグナはこちらに向けて振り下ろされようとしていた真紅の剣目がけて、力いっぱい銀色の剣を回転させながら投擲する。結果、飛んで行った銀の剣は炎を纏った赤い刃の軌道をわずかに逸らした後、上に弾かれる。その後業火を帯びた剣が地面に振り下ろされる。しかしこちらを焼き尽くす予定だった焔は、方向を変えられたことにより真横を通り過ぎていった。


 ラグナは炎の余波を受けて倒れてしまったものの、その横をブレイディアは駆け抜けて行った。そして『月光』を失ったアルフレッドの左側面に回り込むと同時に『月光術』を唱える。


「『イル・ウィンド』」


 その瞬間、ブレイディアの大剣に風の渦が巻き付いた。


 そして剣を振り下ろし無防備な状態のアルフレッドの左下腹部に向かって放たれた風の剣がその鎧ごと肉体をえぐる。普通ならばここで決着が着くところだが、やはり騎士団長は違った。両腕で持っていた剣を右腕に一瞬で持ち替えると、あろうことか風の螺旋を左の膝と肘で挟むようにして受け止めたのだ。当然パワードスーツの装甲は風に刻まれズタズタになり、その下の肉体をも傷つけたが、胴体への攻撃は見事に防がれてしまった。


(なッ!? あんな防ぎ方があるなんて……ッ! マズイ、ブレイディアさんが……)


 このままではもう片方に握られた剣でブレイディアは斬られる。そう思ったラグナはすぐに立ち上がって駆け出すが、予想しなかった展開が待ち受けていた。アルフレッドが赤い剣を振り上げた瞬間、小さな騎士は剣が振り下ろされる前に右足で剣の柄を蹴り動きを止める。このまま膠着状態が続くかと思われたが、どうやら意思なき人形と意思のある人間では読みに差があったらしい。その証拠に、銀色に光る物が上空からブレイディアの真上に

落下して来たのだ。


(アレは……俺の剣……)


 ラグナがそう認識した時、ブレイディアは両手持ちだった大剣を片手だけに変え右手で天から舞い降りた銀の剣を掴み取った。その瞬間、あえて右足を柄から離し赤い剣の軌道を変えながら地面に振り下ろさせる。そして地面に振り下ろされた真紅の刃を足で踏みつけながら銀の刃で風の渦を抑え込んでいた左腕を斬る。その結果、小さな竜巻は解放された。そしてかつての上司に対して騎士は呟く。


「……ごめんね団長。今、終わらせるから」


 直後、体を回転させながら疾風のように繰り出された風の螺旋が鎧に覆われたアルフレッドの脇腹部分をねじり壊しその体を吹き飛ばした。小さなハリケーンによって弾かれたその体は何度も派手に地面をバウンドした後、壁に激突し止まる。壁に埋まった体はピクリとも動く様子は無い。完全に決着した、ラグナはそれを確認するとすぐに術の反動で『月光』の消えたブレイディアの元に駆け寄って行った。


「やりましたねブレイディアさん……! でも……その……アルフレッド様は……」


「……大丈夫。生きてるよ。この程度で死ぬような鍛え方はしてないからね。それにディルムンドに操られる心配はもうないと思う。さっきのでたぶん骨の何本かは折れちゃってると思うからさ」


「そ、そうですか。よかった……って言っちゃ駄目ですよねこれは……」


「ううん。あんな奴の操り人形にされるくらいなら戦闘不能にしてくれって、あの人なら言うと思うからこれが正解だよ」


 だがそう言いつつもブレイディアの表情は曇っていた。しかしすぐに表情を切り替え、ラグナに剣を返した後、倒すべき最後の相手を睨み付ける。


「それにこれで容赦なくアイツをブチのめせるしね。団長を含めて、操られていった仲間たちの無念をここで晴らさせてもらうよディルムンドッ!」


 元凶に対してブレイディアとラグナは明確な敵意を向ける。最後の戦いが始まろうとしていた。

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