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74話 嵐の中の猛攻

  半年以上前――突然フェイクからドラゴンを捕えに行くなどと言われ興味を持ったレインは半ば強引に火山地帯について行くことにした。しかし現地に到着してそうそう来たことを後悔してしまう。岩に隠れながら百匹を超える巨大なドラゴンが生息するその様子を見て流石に恐怖から血の気が引いてしまったのだ。だがそんな少年の心情など考慮しない仮面の男は堂々と最強の魔獣の群れの前に出て行った。


(……マジかよこいつ……捕まえるって聞いた時はてっきり群れからはぐれた単体を狙うのかと思ってたのによ……こんだけのドラゴン相手にどうするつもりだよ……って……ちょ、嘘だろッ!?)


 その時、火山岩で出来た巣の中に卵があることに気づきレインの顔面は蒼白になる。


(……産卵期のドラゴンは気が立っててとんでもなく狂暴って聞いたことが……)


 恐る恐るドラゴンたちの様子を隠れながら窺うと――フェイクを発見したらしい竜たちが凄まじい咆哮をあげる様子が目に入る。そしてそれを見て少年は両手で顔を覆った。


(……やっべええええ……フェイクの戦闘能力を測りたいと思ってついて来たが……しくじったぁぁぁぁ……こんなことなら俺もロンツェたちと一緒に火山地帯から少し離れた場所で待機しておくべきだったぁぁぁ……どうすんだよこれ……逃げようにも空も地上もドラゴンだらけじゃねえか……俺もじきに気づかれて食われちまうぞ……ドラゴンのクソになるなんざごめんだぜ……頼みの綱はフェイクだが……流石のフェイクも勝てねえだろこんなも――)


 だが百メートルを超える銀色の光を纏ったフェイクは次々と向かってくるドラゴンを殴り飛ばし戦闘不能に追いやっていく。それを見てレインは顔を引きつらせた。


(……そうだった……あの野郎も常識では測れない化け物だったな……)


 レインがフェイクの戦闘能力の高さに戦慄している時だった、遠方でドラゴンを三十匹ほど殴り飛ばした仮面の男はため息をつく。


「……面倒だ、まとめて片付けるか。……レイン、死にたくなければそこから離れろ。そして出来る遠くに行け」


「は? どういう意味だ――」


 突然話しかけられたため問い返そうとしたが、その前に火山地帯全体に異変が起こる。なんとフェイクを中心にして銀色の粒子が嵐のように吹き荒れ始めたのだ。風は勢力を強め大きく広がって行くとドーム状になり広大な火山地帯全体を包み込む。ドラゴンたちはその凄まじい風に煽られて空にいたものは地上に、地上にいたものは空へ吹き飛ばされ始める。同じように風に飛ばされそうになったレインは『月光』を纏い『月錬機』を槍に変え地面に突き立てることでそれを逃れようとした。


(フェイクの野郎ッ……! これでどうやって逃げろっつーんだよッ……! 吹き飛ばされて逃げろとでもいうつもりかッ……!? ふざけやがってッ……! ……つーか……なんだこりゃ……この粒子は……フェイクの呼び出した『月光』か? ……いや……違う……そうか……これは『セカンドムーン』から地上に向けて放たれている『月光』の残滓だ……確か『セカンドムーン』から常に地上に放たれる『月光』の粒子は『月詠』が呼び出すそれとは違って眼に見えないほど小さいうえ、時間が経つと効果の無い残滓になってそのうち消えるって話だが……)


 レインは己の特殊な眼を活かして嵐の正体を突き止めるも疑問は残る。


(……どうなってやがる……フェイクの野郎大気に満ちている『月光』の残滓に干渉しているってのか……『月詠』が操れるのは自分で呼び出した『月光』だけのはず……それに効果のなくなった残滓がフェイクの『月光』に呼応でもしてるみてえに輝いてやがる……クソ……それにしても眼がチカチカするぜ……この妙な嵐のせいか……見え過ぎるっていうのも考え物だな……ここじゃあ俺の眼はたぶん使い物にならねえな……)


 眼で見ながら考察していたレインだったが、不意に嵐の動きが変わる。その嵐は徐々に外から中心にいるフェイクに向かって狭まり始めたのだ。大気が圧縮されていくようなその様子を見たレインは本能的に危険を感じ取る。


(……ッ! フェイクの力を知るためにもっと見てたいところだが、このままじゃやばい気がするッ……! あの野郎も逃げろとか言ってたしな、仕方ねえッ……!)


 レインは己の身に纏った『月光』を限界まで増幅させると叫ぶ。


「――〈エル・フォートレス〉!」


 その瞬間――身に纏った青い光が氷になるとレインを中心にして巨大な氷の要塞を作り出した。五十メートルを埋め尽くす巨大な氷の要塞の中でレインはため息をつく。


(……なんとか間に合ったぜ……一応俺の持ってる術の中で最強の守りだ……ミサイルでも数発は耐えられるこの術なら何が起ころうと――)


 だが予想に反して不測の事態が起こる。


 外で何かが爆発したような轟音が聞こえると氷の要塞全体にヒビが入る。


「――んなッ……!?」


 素っ頓狂な声をあげるレインだったが、さらにもう一度轟音が鳴り響くと氷の要塞の外から眩い光が内部に漏れ出し次の瞬間――要塞は粉々に消し飛び赤毛の少年もその衝撃に巻き込まれる。


「ぐ――がぁああああああああああああああッ!!!!!」


 要塞が破壊されると同時に外に投げ出されたレインは数十メートル以上吹き飛び岩にぶつかることでなんとか肉体が止まる。地面に倒れた少年は痛む体を強引に起こし周囲を見渡すと驚きの光景が広がっていた。


「いってー……は……? ……マジかよ……」


 辺りにいたドラゴンたちが全て倒れ痙攣していたのである。黒焦げのその様子を見るに、どうも電撃を受けたようだった。その場で立っていたのはレインを除けばもはや仮面の男のみ。何があったのか知るため、と文句を言うために少年はフェイクのもとに駆け寄る。


「おいフェイク! てめえよくもやってくれたな! 危うく死ぬところだったぜ! ちょっとは手加減しろよコラ!」


「……離れていろと言ったはずだ」


「離れられなかったんだよてめえがあの変な銀色の風を起こしたせいでな! なんなんだよありゃ!」


「…………」


 フェイクはその質問を受けレインの顔を無言でジッと見つめる。その不気味な赤い瞳に顔を見られた少年は思わずたじろぐ。


「な、なんだよ……じっと見るなよ気持ちわりいな……つーか質問に答えろよ!」


「……お前にもいづれわかる時が来る」


「いづれって――おいどこ行くんだよ!」


 レインを置いてどこかへ歩き始めたフェイクは振り返ることもなく告げる。


「この火山地帯にいるドラゴン全てを行動不能にした。一応手加減したつもりだが遠方にいたドラゴンが生きているか様子を見てくる。お前はロンツェたちに連絡し共にこの近辺のドラゴンの回収作業に当たれ」


 フェイクはそう言うと去って行った。


 残されたレインは呆然とただ佇むしかなかった。


「遠方って……まさか……ここにいる百匹以上のドラゴンだけじゃなく、マジでこの火山地帯全体にいるドラゴン全てを戦闘不能にしたっていうのかよ……この火山地帯がどんだけ広いと思ってんだよ……嘘だろ……」


 レインはフェイクに向けて収束していった銀色の嵐のことを思い出していた。


(……アイツはいったい何をした……クソッ……人体実験までして強くなったはずなのによぉ……あの野郎に勝てるビジョンがまったく見えねえ……)


 レインは歯噛みして悔しさを露わにした後、携帯でロンツェに連絡をした。    



 そして現在――ラフェール鉱山内部――銀色の嵐が二人の少年がいる区画を覆っていた。そんな中で、先ほどまでとまったく同じ場所、同じ人物が争っていたが突然立場が完全に入れ替わってしまう。十数分前には余裕の表情で優勢に事を進めていたレインだったが現在は必死な顔で攻撃をさばきながら逃げ惑い、一方劣勢で押されていたラグナは無表情で淡々と攻撃をし敵を圧倒している。その左眼の瞳には依然として赤い光が宿っていた。


 なぜこんなことが起きたか。形勢が逆転した理由――それはラグナの纏っている特殊な『月光』にあった。その身に纏っていたのは通常の『月詠』が纏う普通サイズの『月光』だったが、その通常の『月光』の上から膨大な数の銀色の粒子を集めた風のようなものが周囲に放たれていたのだ。まるで『月光』の上から特殊な嵐の『月光』を纏うようなそんな不可思議な状況がレインを苦しめていたのである。 


 レインはラグナの猛攻をなんとかかわしていたが、その顔に先ほどまでの余裕はなかった。少年騎士の剣の一振りによって地面に大きな亀裂を入り、その蹴りと拳は風圧だけで容易に壁を砕く。そんな状況の中で徐々に赤毛の少年の体は傷ついていった。


(クソッタレッ……! なんだこりゃッ……! さっきまでとまるで別人じゃねえかッ……! どこにこんな力を隠し持ってやがったんだよッ……! つーか、なんだこの化け物染みた力はッ……!? それにこの銀色の嵐……これじゃまるであの時のフェイクみてえじゃねーかッ!) 


 銀色の嵐が区画に吹き荒れる中、心の中で悪態をつきながらレインは嵐の中心にいる銀色の『月光』を纏ったラグナの動きを注視しその動きを先読みしようとするが――。


(……チクショウッ……! 奴の『月光』の動きが見えねえッ……! この妙な嵐の影響かッ……!? クソ、そういえばフェイクがドラゴン相手にこの粒子の嵐を使った時も俺の眼が機能しづらくなったなッ……! あの時と同じだ、動きを読もうにもこの区画全体に『月光』の粒子が吹き荒れてるせいで奴が纏ってる『月光』が見えづらくなってやがるッ……! このままじゃヤバイ――)


 後ろへ跳び距離を取ったレインが危機感を覚え始めたそんな時だった――不意に、なんの予兆も無く一瞬にして間合いを詰めたラグナの斬撃が赤毛の少年が反応できないほどの速度でその首目がけて横薙ぎに放たれるも――。


「ぐうううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ……!!!!!」


 ――間一髪のところで槍を首筋に当ててレインは防御しようとした。しかし防御した槍に銀の刃が食い込む。そしてそのままわずかな亀裂を頼りに銀の剣は槍の腹を真っ二つに切り裂く。当然赤毛の少年の首も真っ二つになるところだが、槍に嫌な音が響いた瞬間に腰を直感的に下げたため運よく難を逃れる。だが少年騎士が放つ第二撃――蹴りがその腹部にめり込み体が吹き飛ぶと壁に激突する。


「がはッ……!」


 血を吐きながらレインは倒れそうになるも、なんとか両足で踏ん張りそれを堪える。しかし意識が飛びそうになっていた赤毛の少年に無情な声が響く。


「――〈アル・グロウ〉」


 朦朧とする意識の中でラグナを見据えたレインは、その左手から区画を埋め尽くすほどの巨大な銀色の光弾が放たれる光景を目の当たりにする。だが赤毛の少年はこの期に及んでも気丈に吠える。


「舐めんなよッ……!!! 『月光術』は効かねえってさっき教えてやったろうがッ……!!! てめえが何度そいつを撃とうが俺には絶対に効かねえんだよッ……!!! どれだけデカかろうがすぐに消滅させて――」

 

 レインが言っている途中でそれは起こった。


「――ッ!?」


 突然巨大な光弾が分裂し無数の小さな光弾に姿を変え区画に散らばったのだ。その光景を目の当たりにしたレインは絶句する。


(……あり得ねえ……奴のあの術は衝突し爆発するだけの単純な術のはず……俺の眼で見て確認したんだそれは間違いねえ……まさか……術の『性質』が変化したってのかッ……!? ……こんなこと聞いた事ねえぞ……しかも……)


 レインはさらなる異常をその眼に捉える。なんと術を発動したにも関わらずラグナの纏った『月光』が消滅していなかったのだ。


(……『月光術』を発動したっつーのにあの野郎の体から『月光』が消えてねぇ……なぜ……いや、待てよ……アイツ……周りの粒子を使って術を……)


 嵐のように吹いていた銀の粒子の数が減っていることに気づいたレインは顔を歪めるも、呑気に観察している暇などないことに気づく。


(……やべえな……流石に全部の弾を消すのは不可能だ……)


 四方に散らばった銀色の光弾が自分に放たれるのを確認したレインは舌打ちすると身に纏った『月光』を強め叫ぶ。


「――〈エル・フォートレス〉!」


 するとレインを中心にして巨大な氷の要塞が出来上がる。要塞内部で片膝を付くと赤毛の少年は力無い声で悪態をつく。


「……クソが……」


 その後、少しでも体を休めるべく座っていると外から爆音が聞こえて来た。と同時に要塞が揺れ氷の砕ける音が外から響く。おそらくあの無数の光弾による集中砲火を受けているのだろうとレインは思いながらかつて火山地帯に行った時の事を思い出す。


(……状況まであの時と一緒じゃねーか……だがさっきのやつはフェイクの起こした嵐ほどではなかったな……それに……あの時のような圧縮現象は起きちゃいなかった……全てが同じってわけじゃねえようだ……俺の氷の要塞がまだ壊れていないのがその証拠……まあ、あの時よりも小型にして氷の密度を高めたおかげでもあるんだろうが……)


 レインは冷静に己の置かれた状況を考察していたが、揺れと破壊音が激しくなってきたためにため息つく。


(……しかし劣勢であることに変わりはねぇ……なんとかしねえと……とにかく今は持ちこたえろよッ……!)


 祈るように要塞を見つめていたレインだったが、壁や天井の部分が崩壊を始めたためもはやここまでかと覚悟を決めるも――。


(……揺れが……おさまった……それに……)


 レインは穴の開いた壁から外の様子を窺う。すると――。


(……粒子の嵐もおさまってやがる……なるほどね……クク……さっきの術を何度も連発して粒子を全て消費しつくしたのか。どういう理屈かは知らねえがあれは大気に満ちていた『月光』の残滓を奴が自分の『月光』に反応させて『月光』と同等のエネルギーにしていたんだろう。あの時のフェイクと同じだ。だが術の発動によるエネルギー消費でこの区画にあった残滓は全て消えている。つまりこれでもう嵐を起こされる心配はないわけだ。あの嵐さえおさまっちまえば俺の眼は機能するようになる。そうなりゃもう白兵戦で奴に遅れを取ることもねえ。あと注意するのは『黒い月光』だけだ。だが奴はそれをフェイクとの戦いで使うため温存するはず。となると『黒い月光』は使わず普通の『月光』で勝負を決めに来るはず。ならこの要塞の中に当然入って来るよなぁ)


 壁から離れ崩れた要塞の一部に身を潜めたレインは隠れながら外からの侵入者に備えようとする。待機しているとやがてその特殊な眼は外から入って来た『月光』の流れを捉える。


(――来た。不意打ちなんざダセぇが仕方ねえ。確実に勝つためだ。先読みして一撃で決めてやる)


 未だにその姿は捉えていなかったものの『月光』の流れから人型のエネルギーの予兆をすでに捉えていたレインは敵の現れるタイミングに合わせて『月光』を纏うと駆け出す。そして穴の開いた天井からやってきた侵入者の胴体に切断された槍を突き刺す。


 勝った――そう思ったレインだったが――。


「ッ……!」


 ――その幻想はあっさりと打ち砕かれる。


「……なんだ……こりゃ……」


 槍が貫いたのはラグナ・グランウッドではなかった。それは銀色の光が人の形を模ったような謎の物体。貫かれたそれは発光すると――やがて爆発した。


「――ぐ……がはッ……!?」


 凄まじい爆発の衝撃によって氷の要塞の壁に激突したレインは血を吐き氷の地面に倒れるも、力を振り絞りなんとか再び立ち上がった。


(……今の……なんだよ……う、ぐ……)


 直後、反対側の氷の要塞の壁が切断され銀色の光を纏ったラグナが現れる。その周囲にはふわふわとシャボン玉のように浮かぶ無数の銀色の光球が浮かんでいた。


(……あれは……さっきの術……じゃねえな……見たところ……強い衝撃を受けると爆発するタイプの術か……読めたぜ……アイツ……要塞に全ての残滓を使ったわけじゃなかったのか……要塞にある程度ダメージを与えた後、残りの全ての残滓をこの術に使って……――ッ!?)


 レインが眼を使って術の性質を看破していたその時だった。突然浮かんでいた銀色の玉同士がくっつき始め次第にそれは人の形へと変わっていく。次々に変形していく銀の玉を見ていた赤毛の少年の頬を冷や汗がつたい落ちる。


(……あの野郎……また術の性質を変化させやがった……さっきの人型のエネルギーの正体は奴の術かよ……やられたぜチクショウ……それに……マズイなあの術……あれはもう人の形をした『月光』そのものと言っていい……俺の眼はアレの流れまで捉えちまう……それこそ『月光』を纏った『月詠』と同じように……)


 百体近くに増殖した光の人形の次の予備動作まで『月光』の流れを捉えるレインの眼にはハッキリ見えてしまっていた。本来ならばそれは赤毛の少年にとって有利に働くことであったが今回ばかりは勝手が違ったのである。


(く……あの光の人形は攻撃を加えた瞬間に起爆する爆弾みたいなもんだ……下手に『月光術』を使えば人形が一斉に起爆してそれに巻き込まれかねない……それにあの威力……次喰らったらたぶんヤバイ……安全に消すには術の構造上の弱点を突くしかねえが……さっき貫いた一体の動きを見る限り『月光』を纏った『月詠』と同じ速度と精度で動かせると考えた方がいい……しかもあの数……おそらくかなりの集中力が求められる……そのうえ……人形共の『月光』の動きまで先読みしちまうせいで本体のラグナ・グランウッドの『月光』の動きが追いづらい……つーか……うまくやったとしても全てをこの眼で処理しようとすれば……下手すりゃ俺の脳がイカレちまうかもしれねえぞ……)


 逆境によって弱気になりかけていたレインだったが己を静かに見つめるラグナのその左目の赤い瞳を見た瞬間、赤毛の少年の中で何かが切れる。


(……その眼だよ……いつも……いつも……見透かしたように俺を見るその眼……)


 人体実験により得た特別な『眼』を超えるようなその真紅の『眼』――自身の思考、野心や弱さすら見透かすような仮面の男の赤い瞳を思い出したレインは拳を握りしめ叫ぶ。


「――その眼で俺を見るなぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!!!」


 さらに強力な『月光』を纏ったレインは叫ぶと百体と一人に向けて突っ込んでいく。ラグナはそれを見届けた後、静かに剣を持っていない左手を向かってくる赤毛の少年に向けた。すると百体の人形は一斉に動き出し、それに合わせるように騎士も攻撃を開始した。しばらくの間――二人の少年は己の技量を駆使し一進一退の攻防を繰り広げるも徐々に差がつき始める。


 最初のうちは勢いづいたレインがラグナを含む人形たち全ての動きを見切り、光の人形の弱点を突く形で五十体の人形を霧散させていったが――。


「ぐ――うう――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!!!」


 高速で動く全ての爆弾人形の弱点とラグナを含む人形の『月光』の流れを読み続けた結果――レインの脳はオーバーヒートを起こしその鼻や眼からは止めどなく血が流れ始め先読みの精度も落ち始める。だがそれでも、その炎髪を揺らしながら少年は抗い続けた。


「まだだ、まだ終わらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ……!!!!!」


「――いいや、今度こそ終わりだレイン」


 向かってくる人形を次々と倒し本体を狙ったレインの槍を左手で持った剣で弾いたラグナは先読みが鈍っているその隙をつき右こぶしを赤毛の少年の胴体に叩き込む――。


「あ……が……」


 ――同時に術を唱えた。


「――〈アル・グロウ〉」


「うぐ――あああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!!!!!!」


 ラグナの術を胴体に受けそのまま銀色のエネルギーに呑まれたレインは光弾ごと吹き飛ぶ。さらにそのまま氷の要塞の壁を貫き鉱山の壁に激突すると爆発した。



 身に纏った銀の光も消え文字通り全てを絞りつくして戦ったラグナだったが、疲労に襲われる体を無理矢理引きづりレインのもとに向かう。倒せたかどうかの確認の為だったが、確認するまでも無い事にすぐ気が付く。件の少年の様子を窺うと――『月光』は消え、上半身の服は吹き飛び体もボロボロ、すでに虫の息で壁を背にして座り込んでいるのやっとの様子だったのだ。だがまだ意識はあるようで弱弱しく口を開く。


「……まさか……『黒い月光』を使われることもなく……ボロボロのお前にやられるとはな……なんとも情けない結果だぜ……目的も果たせないまま終わるなんてよ……ハハ……無様すぎて笑えてくる……お前も……笑えよ……」


「……お前は……本当に強かった。俺が勝てたのは……お前の言うところのドーピングをしてくれた人のおかげだ。俺の実力で……勝ったわけじゃない。さっきの不思議な力も……きっとその人のおかげだ」


 それを聞いたレインは眼を丸くするとフッと表情を緩める。


「……ハハ……マジかよ……お前……自覚無いのかよ……その左眼のこと……こりゃ二重の意味でお笑い草だ……」


「……自覚……? 左眼……? ……なんのことだ……」


「教えて……やんねーよ……負けた腹いせだ……ん……? ……お前……その指輪……」


 戦闘の結果、ラグナの手袋が破れはめていた指輪がどうやら露出したようだった。それをレインが見つけ大きく目を見開いた後、少年騎士の顔を見つめ問いかける。


「……それ……お前のか……?」


「……そうだ。それがどうかしたのか……?」


 その返答を聞いたレインは不意に笑い始める。


「……アハハ……お前だったのか……なんだよ……全然俺と似てねえじゃねえか……つーかほんとふざけた偶然だぜ……まあ、いいか……最後の最後で目的の一つは果たせたしな……」


「何を言ってるんだお前は……それに……この指輪の何を知ってるんだ。これは俺の両親の形見みたいなものだぞ」


「……その指輪について……知りたきゃ……ガルシィア帝国に行ってみな……全てわかると思うぜ……お前の両親のこと……も……な……」


「……どういうことだ……? ……おい、レイン……!」


「…………」


 だが問いかけてもレインはもはや口を開くことは無かった。物言わぬその様子を見てラグナは全てを察すると眼を伏せ少年に背を向ける。術者が死亡したことが原因か、要塞や出口の氷はすでに溶けかけていたため区画の出口に向けて足を進めようとしたその瞬間――眩暈に襲われ座り込んでしまう。


(……『月光』を使いすぎた……この症状は……レスヴァルさんに言われていたやつか……)


 ラグナはレスヴァルの言葉を再び思い出す。


『ラグナ君。もし君に眩暈のような症状が出始めたらそれは君の体にタイムリミットが迫っているという警告みたいなものだ。だからもし眩暈を覚えるようならもうその時点で戦うのは控えた方がいい』


 だがラグナはその言葉を思い出しつつも立ち上がる。


(……まだ……戦いをやめるのは無理そうですレスヴァルさん……)


 強引に体を動かし走り出そうとしたラグナだったが眩暈以上に不可思議な現象に襲われる。それはまるで映像のように突然少年の脳裏をよぎった。その映像――それはラフェール鉱山の頂上と思われる場所でボロボロのブレイディアとジョイが倒れる姿だった。そしてそれを見下ろすような形で映像は見えていたのだ。直感的に少年はその視点の持ち主が誰か理解する。


(……フェイクだ……間違いない……今……フェイクの眼を通して映像が……いや……そんなことより今の映像は……ブレイディアさんとジョイが危ない……)


 ラグナは左目の瞳を赤く輝かせながら眩暈を気力でねじ伏せると『月光』を纏い駆け出す。


 目指すはラフェール鉱山頂上。


 仮面の男を倒し、王都とブレイディア、ジョイを救うべく少年は走り出す。    

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