73話 血の目覚め
ラフェール鉱山内部の中腹――銀と青の光がぶつかり合うように激戦を繰り広げていた。
ラグナは高速で動き回りレインに猛攻を仕掛けていたが、攻撃をしているうちに違和感を覚える。
(……どうしてだ……レインよりも俺の方が動きは速い……それなのに……攻撃がまるで当たらない……)
そう、スピード自体はラグナの方が遥かに上だった。だがレインに対していっこうに斬撃が当たらないのである。服にかすりもしない現状に焦りを覚える中、さらに速度を上げようとした瞬間――赤毛の少年の手が少年騎士の動きを読むように進もうとした場所にかざされる。そして――。
「――〈エル・フリーズ〉」
「ッ……!?」
ラグナの現れる場所をまるで予測していたかのように放たれた術は見事にその肉体を捉え、五メートルほどの氷弾が直撃した。だが――即座に氷弾を一刀両断した少年騎士は術の代償によって月の光を失った赤毛の少年目がけて突っ込む。
(――終わりだ、レインッ……!)
銀の刃は『月光』を失ったことによって身体能力や動体視力が通常状態に戻ったレインの胴体を切り裂く――。
「――なッ……!?」
――はずだった。
しかし最小限の動きによってこれはかわされラグナはレインを通り過ぎてしまう。少年は強引に足でブレーキをかけると動きを止め赤毛の少年を睨みながら今起きたあり得ないことについて必死に冷静さを保ちながら考察をはじめる。
(……今……完全に見切られていた……まぐれか……? ……いや……あの顔は違う……)
自信と余裕に満ちたレインの顔を見たラグナはまぐれでは無いと確信するも、疑問は深まる。
(……どういうことだ……『月光』を失ってアイツの動体視力は通常の状態に戻っているはず……その状態で『月光』で強化された『月詠』の動きが見えるはずない……しかも今の俺はレスヴァルさんの術のおかげで通常の状態よりも遥かに強化されている……実際ロンツェもまるで反応できていなかった……それなのにどうして……いや……待てよ……)
ラグナはブレイディアから聞いたフェイクの話を思い出していた。
(……ブレイディアさんの話だとフェイクも同じようなことをしてたって言うし……もしかして奴もフェイクと同じように普通の『月詠』じゃないのか……?)
ラグナが考え込んでいるとレインが槍を脇に抱えながら拍手し始める。
「すげースピードだったぜ。怪我してんのにホントよくそんだけ動けるな。ドーピングの力が凄いのかお前の体が凄いのか、どっちかは知らないがとにかく速かった。たぶん今のお前はベラルより遥かに速いと思うぜ」
「……ベラル……」
ラグナはその名を聞きボルクス領の森の館で起きたレインとベラルのいざこざを思い出す。
(……そういえば……前にも同じような光景を見たことがある……レイン――こいつは『月光』を纏ったベラルを相手に『月光』を使わず生身で勝負して、それで……圧勝していた……)
高速で動くベラルにあっさり一撃を入れたレインを思い出したラグナは冷や汗をかく。
(……まさか……『月光』を使わなくとも……本当に見えてるっていうのか……)
信じがたいが現実にそれは起こっていたのだ。ゆえにラグナは自身の推測が正しいものなのか、もう一度確かめることにした。
(……試してみるしかない。もう一度)
ラグナは腰を落とすと再び駆け出す。レインもまたそれを見て『月光』を纏うと同じように駆け出した。二人の少年は再び高速で戦闘を始めるもやはり少年騎士の攻撃はふくにかすりもしない。それどころか青い槍によって次々とその肉体に傷がついていった。
傷つきながらもラグナは思考を止めずに考え続けた。
(……やっぱり俺の動きは見切られている……でも……これはただ俺の動きが見えているってわけじゃなさそうだ……そう……これはまるで……)
絶え間なく剣を振るい斬撃をレインに浴びせようとするも、その攻撃の隙をことごとく突かれ槍の切っ先が少年の肉をえぐり取っていく。血を流しながらもここでおぼろげに敵の異常な回避能力の正体を掴みかけていたラグナはいったん後ろへ跳び相手から距離を取った。それを見た赤毛の少年は鼻で笑う。
「どうした? 後ろに下がったって俺には勝てねえぞ。俺を倒して先に進むんだろ? それとも諦めて俺の言う事を聞く気になったか?」
その言葉を聞いたラグナは肯定も否定もせず、小さく呟く。
「……『特異体質者』……」
ラグナのその言葉を聞いたレインは目を丸くした後、不気味な笑みを浮かべる。その不敵な笑みを見ながら少年は続ける。
「……俺の知り合いにお前と同じように相手の動きを先読みして不意打ちをかわしていた人がいた。お前の動きはその人とよく似ている」
ラグナはアルシェで出会い命を救われた桃色髪のシスターのことをレインと戦いながら思い出していた。ゆえに『特異体質者』のことも同時に思い出していたのだ。その話を聞いた赤毛の少年は興味深そうに顎に手を当て呟く。
「……へえ……お前の知り合いにも『特異体質者』がいるのか。しかも先読みか……俺と似たような能力なのかもな」
「似たような能力ってことは……やっぱりお前は……」
「ご名答。俺は確かに『特異体質者』だ。もう少しお前を嬲ってから教えてやろうと思っていたんだが、まさかお前の知り合いにも俺と同じようなのがいるとは。ま、たぶんお前の知り合いと俺はちょっと違うと思うがな」
「……違う……? ……どういうことだ……」
「騎士様のお知り合いは生まれた時からの天然ものだったんだろうが、俺は違う。『ラクロアの月』がやってるいわゆる人体実験ってやつで人工的に作られた『特異体質者』なんでね」
「人体……実験……」
その言葉にショックを隠し切れないラグナをバカにするような口調でレインは言う。
「おいおい何驚いてるんだよ。遺伝子いじくって『変異体』やら『合成魔獣』を作ってる組織だぜ。人体実験くらいやってたって別におかしくはねえだろ。なんでも『月詠』の能力を拡張するためのプロジェクトとかなんとかで俺が被験体に選ばれてな。その結果、俺は普通の『月詠』とは違う能力を手に入れた。特別な『眼』ってやつをな」
「特別な『眼』……もしかして……フェイクもそうなのか……? だから奴はあれほど異常な強さを手に入れることが出来たのか……?」
「いいや、アイツはどうも違うみたいだぜ。あの野郎は幹部の中でも新参者だ。だからそういったプロジェクトにはあまり関わってねえらしい。第一、俺が受けた人体実験はわりかし最近完成したものでな。成功率が著しく低いうえに仮に成功してもかなり高い確率で体か精神にどっかしら欠陥が出ちまうらしい。完璧に成功したのは今んとこ俺一人だけだ。で、完璧な成功作である俺様よりもあの野郎が強い以上それはあり得ないってわけだ。……俺が独自に調べた情報によると、アイツのあの異常な強さもそうだが、幹部共の異常な強さの原因は人体を改造したものじゃなく何かを体内に摂取したことによるものらしいぜ。まあフェイクの強さは俺の知ってる他の幹部共とはなんか違うみたいだがな。俺も詳しくはわかってねーんだが」
「……フェイクは他とは違う……? ……それに何かを摂取って……いったい何を摂取したって言うんだ……」
「さあな。そこまではまだわかってねえ。幹部共はその情報をひた隠しにしているようでな。幹部補佐である俺にさえ情報が回って来ねえんだよ。知っているのはごく一部の人間だけらしい。これからも情報が手に入ったらお前に教えてやるよ。だからここから消えな」
「……どうして俺にそんな情報を流す。それに……なぜそこまでして俺を逃がそうとするんだ。仮にお前の言う通り俺がここから逃げて、回復して力を付けた後またフェイクに挑むかなんてわからないだろう。第一お前の目的を知った俺がお前の思い通りに行動すると思うのか……?」
「ああ、お前はまた必ずフェイクを狙うさ。たとえ俺の目的を知っていたとしてもな。なにせ俺達みたいな薄情な組織と違って騎士様たちは随分と仲間意識が強いみたいだしよ。そんな状態でブラッドレディスを助けに来たのが何よりの証拠だ。お前にとってあの女はよほど大切な存在と見える。だからこそブラッドレディスと王都を失ったお前は復讐のためにフェイクを殺しに来る。そうだろう?」
「…………」
ラグナの心情を見透かすように言ったレインはさらに続ける。
「そしてフェイクを殺すための情報を欲するはずだ。なにせ『ラクロアの月』の情報はほとんど世間には出回らない。正確な情報を知りうるのは同じ組織に属している者だけだろ。だからこそお前は必ず俺に接触するはずだ。フェイクを殺したがってる俺に、な」
「……お前と手を組め、そう言いたいのか……?」
「そうだ。わざわざ自分の目的をべらべらと喋ったのはお前に理解してもらうためさ。俺とお前の利害は一致してるってことをな」
「……確かにブレイディアさんを失った俺はフェイクに復讐しに行くかもしれない。だがそれは失った場合だ。まだブレイディアさんは死んではいない」
「死ぬさ。確実に。お前はあの女を助けられない。ドーピングでお前は確かに強くなっている。もしかしたら俺が知らないだけでお前にも勝つための算段があるのかもしれない。だがな、俺が見たところフェイクも同じように力をまだ隠しているみたいなんだよ。お前を半殺しにした以上の力をな。仮にお前が全力で挑んだとして、フェイクがまたお前を上回る力を発揮した場合――今度こそお前確実に死ぬぜ」
「…………」
「もちろんお前が勝つ可能性もゼロじゃないが、賭けに出るには無謀すぎる状況だ。俺にとってお前は唯一フェイクを打倒しうる存在なんだよ。だから出来ればこんなところで死んでほしくないわけだ。考えてもみろラグナ・グランウッド。最悪の結果ってやつをよぉ。それはブラッドレディスや王都、そしてお前が全滅する結末だ。そうなればお前を逃がそうとしたあの女は本当に無駄死になっちまうぞ。ここはみっともなくても生き延びろよ。そして復讐の炎を燃やして強くなれ。フェイクを殺せるほどに。それがお前に取れる最善の選択ってやつだぜ」
「……お前を倒した後にフェイクも倒す。そしてブレイディアさんたちを助けて王都を救う。それが最善の選択だ」
「欲張り過ぎなんだよお前は。全部こなそうとすれば全部失敗するかもしれないぜ。だいたい俺一人に圧倒されてる今のお前にいったい何が出来るって言うんだよ。現実を見ろって」
「…………」
ラグナはレインの言葉を黙殺すると、剣を構えさらに強力な銀色の光を身に纏う。直後、目にも止まらぬスピードで駆け出し、かく乱するように赤毛の少年の周囲を走り始める。
(……アイツが俺の動きを先読みしているのは間違いない。どういう『特異体質』なのかはわからないけど、アイツは自分の眼を特別と言った。通常なら『月光』を纏った『月詠』の動きを見るなんて『月光』で強化していなければ絶対に不可能だと思うけど、奴が『特異体質者』ならそれも可能。もしかしたら俺の体の微細な動きから次の行動を予測しているのかもしれない。だったら奴の眼に俺の体が捉えられないほどのスピードで動く。これはさっきの三倍以上のスピード――これなら――)
だが予想外の事態が起きる。
「――ッ!?」
眉間に鋭い痛みが走り、思わずラグナは動きを止めた。
そして赤毛の少年の言葉を聞き理解する。
「――無駄だぜ。それと、これでお前一回死んだことになるな」
ラグナが仕掛けようとした瞬間――先回りしたレインがその眉間に槍の先端を突きつけたのだ。それはまさに一瞬の出来事だった。槍がわずかに眉間を斬り、血が微かに流れ落ちるさまを見ながら九死に一生を得た少年は混乱し後ろへ跳ぶと心の中で呟く。
(……どうして……さっきより速く動いていたのに……まさかあれでもまだ足りないのか……)
距離を取ったラグナの混乱をその顔から察したらしいレインは口を開く。
「――お前は確かに速い。ぶっちゃけ今のお前の姿は俺の眼にも映らなかった」
「……なら……どうして反応出来たんだ……」
「言ったろ。俺の眼は特別だってよ。今から種明かしをしてやる。俺のこの両眼はな――『月光』の流れや性質ってやつを見ることが出来るんだよ」
「……『月光』の……流れ……と……性質……」
「そうだ。っつっても意味わかんねーか。まあ結論から言うと――お前は何をやっても俺に動きを読まれちまうのさ。だからいい加減諦めた方がいいぜ」
「ふざけるなッ……! そんな説明で納得できるかッ……! 次は絶対に当てるッ……!」
ラグナは半径十メートル近い『月光』を纏い直すと、さらに加速した。レインはそれを見てため息をつく。
「無駄だって言ってるんだけどな。どんだけ速く動こうと――おらよ」
「――がはッ……!?」
先ほどよりも五倍以上のスピードで動いていたラグナの前に先回りしたレインはそのわき腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。なんとか足で地面に摩擦をかけて動きを止めた少年騎士は苦しそうにわき腹を押さえながら歯噛みするも、赤毛の少年はそれを見てつまらなそうに言う。
「言ったろ。無駄だって。俺が見てるのはお前の動きじゃない。お前が使ってる『月光』の動きだ。知ってるか? 『月光』を使った『月詠』が動こうとすると、先んじて『月光』は『月詠』が動こうとする場所に行こうとするんだぜ。例えば――今お前は俺が話しているこの隙をついて左側面から攻撃しようとしただろ?」
「ッ……!」
ラグナは驚き目を見開いた。そうなのだ、今しがたレインの隙をついて少年は確かに動こうとしていた。それも言われた通りの場所にである。図星を突かれ顔を引きつらせる少年騎士に対して赤毛の少年は続けて言う。
「『月詠』が動く際、身に纏ったその『月光』が人型になって先に動く光景が俺には見えるんだよ。だからどれだけ速く動こうが先読みできるわけだ」
「くッ……! だったら――〈アル・グロウ〉!」
ラグナは跳びあがると『月光術』を発動させ、銀色の光弾を地面にぶつける。その結果、着弾した光弾は爆発し周囲に土煙が舞い上がる。視界を煙で覆われたレインは呟く。
「……なるほど。術によって視界を覆うと同時にその副作用で『月光』を消すことによって先読みを防ごうってわけか」
レインが呟いたその後、空気を切り裂き斜め右から何かがその体に飛来する。それを掴んだ赤毛の少年は正体を確かめる。それは鉱山の一部と思われる石だった。その後、間髪入れずに背後から音も無く現れたラグナが敵の背中に向けて勢いよく剣を振り下ろす。だが響いたのは肉を切り裂く音ではなく甲高い音。
「――そんな付け焼刃の作戦は俺には通用しねえよ」
なんと後ろも振り向かずにレインは槍を背中にまわすことで斬撃を受け止めていたのだ。それを見たラグナは悔しそうに表情を歪めると、後ろへ跳び再び距離を取った。やがて土煙が晴れると赤毛の少年は面倒くさそうに喋り始める。
「いくら『月光』を消そうが意味ないぜ。なにせ『月詠』の肉体には常に『月光』の残滓がこびりついてるからな。通常は肉眼では見えないほど微小なものだが、俺の眼はそれも捉えることが出来るんだよ。加えてその残滓も『月光』同様お前の行き先を教えてくれる」
「……『月光』を消そうが……意味なんてないってことか……」
「そういうことだ。……つーかいい加減わかったろ? お前じゃ俺には勝てねえよ」
「……いいや。まだだ」
ラグナは深呼吸を繰り返した後、その身にさらに膨大な『月光』を纏う。それは半径五十メートルに及ぶほどのものだった。それを見たレインは口笛を吹く。
「へえ、すげえな。まるでフェイクみてえだ。んで、その後どうするつもりだ?」
「――――」
一瞬でレインの間合いを侵略したラグナは剣を振るうも、やはり避けられ空中へ逃げられる。しかし――。
「〈アル・グロウ〉」
上空へいる敵に術を唱えた瞬間――右腕を突き出す。すると右手の平から今いる区画の半分を埋め尽くすほどの巨大な光弾が放たれた。光弾は空中のレインに向かって真っすぐに突き進む。それを見ながら術発動の疲労感でラグナは片膝をついた。
(……あれが今の俺に出来る全力……これなら……見えていようが関係ない……避けられないはずだ……今度こそこれで……)
だがレインの微かな笑い声が耳に入ったその瞬間――銀色の光弾が霧散した。ラグナは信じられないものでも見た後のように呆然自失になるも、着地した赤毛の少年の言葉が正気に戻す。
「――『月光術』ってのは『月光』を別のエネルギーに変換し発動するものって世間一般では言われてるがそれは違う。火や水なんかに変化しているように見えて実際は本物の火や水とは別物だ。非常に似てはいるが結局のところ『月光』がそれらの見た目や効果を疑似的に再現しているに過ぎない。つまり『月光術』に使われてる『月光』は別のエネルギーにはなっていないんだよ。俺が出した氷も所詮『月光』の集合体に過ぎない。そして俺のこの眼はそういった『月光』の集合体の性質を捉えることが出来る。お前のあのデカい術の性質も当然わかるわけだ。そんで、ああいう攻撃系の術にはすべて弱点というか構造上もろい部分があるんだよ。……ここまで言えばわかるだろ?」
「……お前は俺の術の弱点部分を看破して……術を無力化したってことか……」
「その通り。この槍でグサッとな。まあ普通じゃ絶対にわからない小さな弱点だが特別な俺様には見えるわけよ。……さて、それじゃあここで状況を整理しようか。お前の攻撃は『月光術』を含めて俺には通用しない。加えてお前の肉体は重傷を負っている。ドーピングしていようがこれ以上続ければ命の危険も十分に考えられる。お前が俺に唯一勝つ方法は『黒い月光』を使うことだが、ここで使えばお前はフェイクと戦う時にその力を使えなくなる。フェイクに『黒い月光』無しで挑むなんざ死にに行くようなもんだ。……ってことは……あれ、お前もう詰んでね?」
「…………」
「ああ、それと最後の手段として俺相手に『黒い月光』を使い短時間で片づけてフェイクのもとへ向かおうとか考えてるのかもしれないが、やめときな。確かに『黒い月光』を相手にして勝てる気はしないが、時間稼ぎ位ならたぶんできると思うぜ。俺はまだ全然本気出してないしな。……ここでもう一度提案、っつーかお願いだ。頼むから帰ってくれ。べらべらと自分の能力をお前に喋ったのも諦めてもらうためなんだよ。俺の健気な努力を無駄にしないでくれ。今のお前じゃ俺はおろかフェイクにも勝てやしねえ。だから帰れ。そして俺と手を組もうぜ。フェイクを確実に殺すためにな」
「…………」
なおも答えないラグナに苛立ったのかレインはここで雰囲気を真剣なものへと変える。
「……言っとくがこれが最後だ。これでもまだごねるようならもう容赦はしねえ。さあ――どうする?」
青い『月光』と殺気を全身から放ちながら答えを迫るレインを見たラグナは荒い息をしながら考えを巡らせる。
(……潜在能力の限界を引き出してもらっているのにこのザマか……レイン……この男は本当に強い……たぶん『黒い月光』を使わない限りこいつには勝てないんだろうな……でもあと一回、しかも短時間しか使えない『黒い月光』をここで使うわけにはいかない……時間稼ぎができるっていうアイツの言葉が本当ならなおさらだ……となると……本当にもう打つ手が無いな……けど……どうしてだろう……不思議だ……)
ラグナはゆっくりと立ち上がるとレインを見据える。その顔からは未だに闘志は消えておらず、それを見た赤毛の少年は盛大にため息をついた。
「……ったく。これだけ言っても結局駄目かよ。あーあ……せっかくフェイクを殺せる手段を確保できると思ったんだがな。しょうがねえ……別の方法を考えるか。……いいぜ、ラグナ・グランウッド。ここからはお前の望み通り。全力で――殺し合おうか」
レインが駆けだしたのを見たラグナだったが、その心は静かだった。そしてなぜか周囲の光景がゆっくりとスローモーションで流れ始める。心臓が早鐘を打ち、体内の熱い『血』が全身に流れるのを感じながら少年は心の中で呟く。
(……本当に不思議だ……さっきの『月光』による攻撃が俺の潜在能力の限界だった……だけど……まだその先がある気がするんだ……確証なんてないけど……わかる……限界を超えた……その先に何かがあるって……そしてそれを使えば……この状況を変えられる)
その時、ラグナを中心にして暴風が吹き荒れ始めた。
ラフェール鉱山頂上――フェイクは場所を移された『αタイプ』の近くで眼をつむりながら『同類』の目覚めを感じ取っていた。
(……ようやく『血』を多少なりとも使える段階まできたか。まだ半覚醒状態のようだが、今はそれでいい。キッカケは与えてやったのだから、ここから先はそう難しくはないだろう。ただ本能の赴くままにそれを使え。そして早く――ここまで戻って来い)
赤い瞳で虚空を見つた後、仮面の男は部下達に『αタイプ』の発射の準備を命じた。
レインは突然ラグナから発せられた暴風を受けて背後に吹き飛ばされるもなんとか後方で踏みとどまる。
(……なんだこりゃ……ただの風じゃねえ……これは『月光』か……?)
荒れ狂う銀色の嵐の中で佇むラグナの姿を見ながらレインはここに来て初めてその感情を顔に出した。表情に出たのは困惑。
(……どうなってやがる……あれは普通の『月光』だろ……あんなわけのわからない動きの『月光』は見るのが初めて…………じゃねえな……そういえば……これは……)
思い出したのはフェイクがドラゴンと戦った時の事だった。特殊な眼を持つレインだからこそ大気に満ちるその異常な『月光』を捉えることが出来たのだが、その時もこのような銀色の暴風が周囲に吹き荒れていたのだ。嫌な予感を覚えながら赤毛の少年はゆっくりとラグナの顔を窺う。すると――。
「――ッ……!」
その左目の瞳が完全に赤く染まり輝いている光景を目の当たりにする。
「……おいおい……マジか……フェイクみてえとは言ったが……まさか……お前も本当にアイツと同類なのかよ……」
戦慄するレインを前にラグナはゆっくりと歩を進める。
その瞳に消えない赤い光を宿しながら。
ベラル、ワディ、ロンツェ――全ての戦いでも兆候は出ていたがいづれも一瞬だけだった。しかしフェイクとの接触、さらにレインとの戦いがラグナの中の新たな力を呼び起こす。