71話 戦いの中へ
天井を崩し洞窟の奥へ逃げることでなんとかラフェール鉱山内部に侵入出来たロンツェだったが、結局自身の立てた計画を実行することが出来なかったためか苛立ちを隠せなかった。
「ちくしょうッ!!! こんなはずじゃなかったのによぉッ!!!」
近くにあった岩を蹴りで破壊すると唇を血がにじむほど強く噛みしめる。
(……マズイぜ……このままおめおめと戻ったら……いったいどんな責任を取らされるか……)
仮面の男に惨殺される未来を思い描いたロンツェが青い顔をして震えていると、ポケットに入れた携帯が振動し始めた。ビクつきながらも携帯を手に取り表示された名前を見て安堵すると電話に出る。
「……俺だベティ。それで……実はよぉ……思わぬ邪魔が入って作戦が失敗しちまったんだ……」
『――――』
「……なに? ……それは本当かよ?」
『――――』
「……そうか。わかったぜ。サンキューな、愛してるぜ」
電話を切ったロンツェは不気味な笑みを浮かべながら鉱山の奥を見つめる。
「……まだ挽回するチャンスはありそうだな。ククク」
名誉を挽回するべくロンツェは鉱山の奥に歩を進めた。
住民たちと別れたラグナとレスヴァルは敵に見つからないようにラフェール鉱山内部を進んでいたが、一人で巡回していた敵を何人か拉致し無力化することに成功する。直後、脳に干渉する術をかけブレイディアに関する情報を集めた。
「――なるほどね。構成員全員が監禁されている正確な場所を知らされているわけではないみたいだ。だが大まかな位置はわかった。どうやらブレイディアさんは鉱山の上層に監禁されているようだね。しかしどういうわけかジョイ君の情報は無いみたいだ……気になるが……とにかく今は上を目指して進むとしよう」
「わかりました」
頷いたラグナはブレイディアとジョイの身を案じながらレスヴァルと共に走り始める。
(……ブレイディアさん……ジョイ……どうか無事で……)
ラグナ達はラフェール鉱山上層に向けて駆け出した。
ラフェール鉱山上層部――三人の男たちが檻の奥に磔にされたブレイディアを監視していたが、リーダーと思われる男が不意に呟く。
「……このままただ突っ立ってるだけでいいのかねえ」
「そんなこと言ったって命令なんだから仕方ねえだろ」
「そうそう。フェイク様に逆らったら丸焦げにされて殺されちまうよ」
「……けどよぉ……あのブラッドレディスだぜ? 騎士団の情報だけじゃなくきっと王侯貴族なんかの弱みも握ってるんじゃねえかな。もしその情報をものにできりゃ……俺らもっと出世して金持ちになれるんじゃねえの?」
「いや、そりゃあ……」
「そうかもしれねえけどよ……」
「これは一世一代のチャンスだぜ、お前ら」
「…………」
「…………」
三人は顔を見合わせた後、下卑た笑みを浮かべると檻のカギを開け中に侵入した。中では依然としてブレイディアが拘束されているにも関わらず眠りこけている。
「……とりあえずあの手足の拘束を解かなきゃ問題ねえよ。カギは檻のカギと一緒に上着のポケットにしまってあるしな。さっさと始めちまおうぜ。フェイク様が戻ってくる前によ」
「そうだな。だがその前に……」
「ああ。この眠りこけてるアホをたたき起こさねえと、な」
男の言った言葉に対してリーダーの男は笑みを浮かべながら静かに頷くと手に持った拷問用の棒をブレイディアの顔面目掛け――
「――おら起きろこのボケナスッ!!!」
――振り下ろす。頬骨が折れるほどの勢いで叩かれた、結果――それは折れた――。
「――え……」
――木製の棒の方が。
男達は太めの木の棒が折れ、檻の外へ飛んで行くの見た後、ブレイディアを見つめる。だが未だに起きる気配は無く涎を垂らしただらしない顔で眠りこけていた。
「ち、ちくしょう! 次だ! もっと頑丈な得物持ってこい!」
「よ、よっしゃ! 次こそはたたき起こしてやろうぜ!」
「次はこれなんてどうだ!? これならさすがに起きんだろ!」
男の一人が持ってきたのは三本の鉄パイプだった。それを持った男たちは再びブレイディアに向けて一斉に殴りかかる。
「オラオラオラッ!!!!」
「起きやがれてめえ!!!!」
「なめてんじゃねえぞコラッ!!!!」
それから三十分後――。
「――な、なんで起きねえんだよこいつ……」
「ってか……まるで効いてねえみたいなんだが……」
「……ば、化け物か……こいつ……」
床に這いつくばって荒い息をしながら汗をかく三人の男のそばには折れ曲がった三本の鉄パイプが転がっていた。しかしブレイディアは目覚めず依然としてマヌケ面で眠っている。だが不意にハエのような虫がその幼い幼女のような顔に近づき鼻にとまった瞬間――
「へ――へくしょん!」
――盛大にくしゃみをした。
そして――。
「……ん~……あれ……私寝ちゃってたのか……ふぁ~……」
――ようやくブレイディアは目覚める。それを見た男たちは愕然とした。
「お、俺らはハエ以下かよ……」
「ふ、ふざけやがって……」
「こんちきしょう……」
そんなショックを受ける男たちを前にブレイディアは怪訝そうな顔で口を開く。
「……アンタたち誰? そんなところでなにしてんの?」
それを聞いた男たちは顔を赤くするとプルプルと震え出し、三人を代表してリーダーの男がついにキレる。
「て、てめえを拷問しようとしてたんだよ!」
「私を拷問? ……じゃあなんでそんなところで這いつくばってるの?」
「拷問する前にてめえを起こそうと思って木の棒やら鉄パイプでぶん殴って疲れたんだよ! なんなんだてめえは!? どういう体してんだよ!? いくら殴っても全然起きねえし!」
「しょうがないでしょ。こっちは不眠不休でずっと戦ってたんだから。でも……あー……なるほどね……それで体やら顔がちょっと痛いのか。フェイクにやられた時の痛みが残ってるのかと思った」
「く、クソ……だ、だがまあいい。とにかく起きた以上俺らの拷問をたっぷり味わってもらうぜ。そしててめえの知ってる情報を洗いざらい吐いてもらおうか。言っとくが抵抗したって無駄だぜ。てめえを拘束してる鎖は特殊合金で出来てる。いくら『月詠』といえどそう簡単には――」
「――よいしょ」
ブレイディアは勢いよく両手を壁に繋いでいた鎖を引きちぎった。両手同様足を拘束していた鎖も千切れかけていたがそちらの方は完全には壊れなかったため女騎士はため息をつく。
「――ありゃ……思ったより頑丈だった。一回じゃ無理だったか」
その光景を見た男たちはフェイクに言われたことを思い出す。自分たちには手に負えないという意味のその言葉を。そう――幼女にしか見えない見た目から油断していたが、目の前にいるのはあの悪名高いブラッドレディスなのだ。あらゆる犯罪者を血祭りにあげてきた戦闘狂。それこそが目の前の幼女モドキの正体。その事実をあらためて理解し唖然とする男達を前にブレイディアが足の鎖を引きちぎろうとしたその時――ようやく男たちの時間は動き出す。
「うわあああああああああああああああああああああッ!?」
「ま、マジで化け物だああああああああああああああああッ!?」
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
――男たちはそれぞれ悲鳴をあげながら檻から逃げ出し扉を閉め厳重にカギをかける。それを見たブレイディアは自身を繋いでいた鎖を完全に引きちぎるとため息をつく。
「あーあ……『月光』使ったら奇襲が失敗すると思ったからやめたんだけど……これなら使っとけばよかったな」
『月光』を纏ったブレイディアは檻の鉄格子を両手で握り勢いよく力を込めるも多少曲がっただけで破壊には至らなった。
「……なるほど。こっちは本当に頑丈な素材で出来てるみたいだね。これじゃあたぶん『月光術』を使ったとしても壊せないだろうなぁ」
怯える男たちを前に檻の強度を分析していたブレイディアだったが、突然檻の外――男たちのいる場所よりも奥の方に目をやると不敵に笑った。それを見たリーダーの男は冷や汗をかきながら目の前の怪物に問う。
「な、なに笑ってやがる!? 言っておくが今度こそ本当にその檻は壊せねえからな。そいつは『変異体』や『合成魔獣』を閉じ込めるために特別に開発された檻だ! フェイク様の術にだって耐えられる代物だぜ! てめえは絶対に自力じゃ出られねえからな!」
「そうみたいだね。で、檻のカギはアンタが持ってると」
「そ、そういうことだ。この通りな」
男が上着のポケットからカギを取り出し見せつけるとブレイディアは呟く。
「――だってさ。よろしくね」
その瞬間――リーダーの男の持っていたカギは男たちの後ろから飛来した何かに奪い取られると、ブレイディアの元まで運ばれる。何が起こったのかわからずカギを奪い去ったと思われる赤い物体を注視するとようやくその正体が理解できた。それは赤い鳥――しかも鳥は男たちがカギを奪い返そうとする前にすぐに檻を開錠してしまう。それによって猛獣よりも恐ろしい小さな怪物が解き放たれてしまった。
「――そういえばさっき私の事を鉄パイプでタコ殴りにしてくれたんだっけ?」
「ひ、ひぃぃぃぃッ……!?」
男達は同じような悲鳴をあげて腰を抜かしてしまうもブレイディアは三人のもとに笑いながらゆっくりと歩いて行った。その天使のような笑顔を見ながらリーダーの男は言う。
「ま、待てッ……! は、早まるなッ……! は、話し合おう……? な……?」
「そうだね。ゆっくり話し合おうか。とりあえず私の装備品の在処とフェイクの動向、あと知ってること全部吐いてもらおうかな。あ、大丈夫だよ。そんなに時間はかけないからさ」
両手の拳をゴキゴキと鳴らしながら近づいてくるブレイディアにリーダーの男は悲鳴のような声で言う。
「は、話し合うんだよなッ!? なのになんで拳を鳴らしながら近づいてくるんだよ!?」
「そりゃ私やアンタたちみたいな野蛮人同士の話し合いって言ったらやっぱりこれでしょ。これが一番手っ取り早くて嘘もつかれないやり方だよ。さあ――拳で語り合おうか」
その後、野蛮人たちは思う存分その拳で語りあった。だがほとんど一方的な話し合いだったのは言うまでも無い。
腕や足がおかしな方向に曲がり顔が蜂に刺されたように腫れあがった男たちを一瞥した後、緑の光を消したブレイディアは肩にとまったジョイに話しかける。
「フェイクに思いっきり殴り飛ばされてたけど、見る限り無事みたいだね。安心したよ」
「一応これでも魔獣だからな。そんじょそこらの鳥とは体のつくりが違うんだよ。まあつってもぶっちゃけかすった瞬間吹き飛んじまったから直撃はしてなかったんだけどな。嬢ちゃんこそ平気か?」
「当然。……って言ってもたぶんフェイクは私たちを尋問するためにわざと手を抜いて攻撃したんだろうけどね」
「あー、やっぱそうか……直撃してたら絶対死んでただろうしな……」
「間違いなくね。あと、助かったよジョイ。檻から出してくれてありがとね」
「気にすんな。それよりこれからどうするよ」
「……とりあえず装備品取り戻してから『αタイプ』の破壊に取りかかろう。こいつらの話だと完成したって言う一号機を使って今日中に王都を攻撃するみたいだからね」
「しかし大丈夫か……当然『αタイプ』の近くにはフェイクがいると思うぜ」
「……何とかするしかないでしょ。絶望的な状況だからって諦めるわけにはいかないよ」
「……そうだな。……にしても……確認する余裕がなかったが……ラグナは無事に逃げられたかねぇ……」
「……一応廃墟群のコンサートホールの方角に向かって飛ばしたからディーンさんか他の傭兵の人たちが見つけてくれてるとは思うけど……」
ブレイディアはボロボロの少年を思い出し、心配しすぎるあまり胸が張り裂けそうになったが状況を思い出しすぐに気持ちを切り替える。
「……ラグナ君ならきっと大丈夫。信じよう。あの子はこんなところで終わるようなタマじゃない。絶対に生き延びてる。だから私たちは私たちに出来ることを頑張ろう」
「……だな。やるだけやってみるか」
ジョイの同意を得たブレイディアは『月光』を再び纏うと監禁されていた区画から脱出し、坑道を走り始める。一応気持ちに区切りはつけたものの、その胸中には件の少年への心配が残っていた。
(……ラグナ君……無事でいてね……)
大量破壊兵器を壊し、生きてもう一度ラグナに会うべくブレイディアは行動を開始した。
一方、ラグナはレスヴァルと共に隠密行動しつつ上層へと着実に上がっていたが、中層付近から急に警備が厳しくなり物陰に隠れながら立ち往生するはめになった。
「……見つからずに進むのはここまでが限界だな」
「……すみません……俺が『月光』を普通に使えれば高速で駆け抜けることが出来たのに……」
「気にしなくていい。先ほど注意事項の中でも話したが『月光』を使うのはよっぽどのことが無い限りは控えた方がいいよ。とにかくここから先は私が受け持つ」
「受け持つって……どうするつもりなんですか?」
「囮になって敵を引き付けるつもりだ。君はその隙に上層に進むといい」
「でも……敵の数は相当多いですよ……一人で囮をやるなんていくらなんでも無茶です……」
「確かにね。だが君もブレイディアさんも相当無茶なことをしているだろう? 君達に比べれば私の無茶など大したことは無いさ。それにただの契約関係とはいえ、今は私も一応は君たちの仲間だ。仲間のためならば多少の危険などなんでもないさ。だからここは私を信じて先に進んでくれ」
「……レスヴァルさん……」
ラグナは笑顔ながらも譲る気配の無いレスヴァルを見ながら拳を握りしめた後、頷く。
「……わかりました。お願いします」
「ああ、任せてくれ。目一杯暴れるからその混乱に乗じて上を目指すんだよ。それと……私の言った戦う際の注意事項はちゃんと覚えているね?」
「はい、大丈夫です」
「ならいい。では健闘を祈るよ」
「ありがとうございます。レスヴァルさんもどうかお気をつけて」
笑顔で頷いたレスヴァルは紫色の光を纏うと敵の前に飛び出した。当然敵は彼女の周りを取り囲むも、『月錬機』を刀に変形させたレスヴァルの斬撃で包囲は崩れる。その隙をついて白髪を揺らしながら走り出すも、敵が呼んだ増援部隊が駆けつけすぐにその背を追い始める。その結果、周辺にいた敵は全ていなくなりそれを確認したラグナもまた物陰から出ると走り出すのだった。
『月光』を纏った状態で鉱山内部の広い区画に出たレスヴァルは自身を取り囲む二百を超える敵を見ながら一応の役割を果たせたと思い安堵の息を吐いた。しかしそれを見た男たちの一人が勘違いしたのか下卑た笑みを浮かべ口を開く。
「へへ、どうやら観念したようだな。まあこの数を見りゃ誰だって諦めるわな。大人しく投降しな姉ちゃん。そうすりゃ手荒い真似をせずに済む。まあ――」
男はレスヴァルの美しい顔と女性らしい体つきを舐めまわすように見つめた後、口角を吊り上げる。
「――投降した後はちょっとばかし俺らの相手をしてもらうことになるがな」
男の言葉を皮切りに次々と男たちは叫び始める。
「最初は俺だ! 姉ちゃん俺の相手をしてくれよ、天国ってやつを味わわせてやるぜ!」
「ふざけんな! 最初は俺だ! 滅茶苦茶溜まってるんだよ! なあ、いいだろ姉ちゃんよぉ!」
「おい何言ってやがる! てめえらの部隊は失敗した『αタイプ』二号機と三号機の廃棄をフェイク様に命じられてただろうが! さっさと持ち場に戻りやがれ!」
「そういうてめえらは上層の警備担当だろうが! どうせいい女が忍び込んだって連絡を盗み聞きしてノコノコ中層まで来たんだろ! てめえらこそとっとと戻れよボケ!」
「お前らこそフェイク様とレイン様に敵の特徴を報告するために来たんだろうが! 何報告もせず混ざろうとしてんだ!」
飛び交う男達の下品な言葉や獲物を取り合う怒号を聞きながらレスヴァルは目をつむり深いため息をついた。
「……まったく。本当にどうしようもない連中だな。敵の技量や能力を正確に測る前に数だけで勝ったと勘違いした挙句性欲を優先するとは……正直君達に対して大した関心も無いし、殺す価値もなさそうだが……これも私の役目でね。まあ運が無かったと思って諦めてくれ」
レスヴァルの言葉を聞いた男たちの中で、先ほど一番最初に口を開いた男が首をひねる。
「……運が無かった? 意味がわかんねえぞ。何言ってやがるんだてめえ」
「――意味ならすぐにわかるさ」
レスヴァルが静かに両の眼を開くと、その青い瞳はいつの間にか金色へと変化していた。
金色に光り輝く眼を見た男がそこから発せられる威圧感にたじろいでいると、それから間もなくレスヴァルが纏っていた紫色の光が広がりその区画全体を包み込んだ。
ラグナは上層間近の中層付近を鉱山の見取り図を見ながら走っていた。
(フィックスさんに貸してもらった見取り図が無事でよかった。ズボンのポケットに入れておいたから若干焦げてるけど一応見ることは出来る。……にしても……)
ラグナは走りながあまりの人気のなさに違和感を覚えていた。
(……レスヴァルさんが敵を引き付けてくれているとはいえ……ここまで一人も敵を見ていない……いくらなんでもおかしくないかこれ……)
とはいえおかしいと思いつつもラグナには進む以外に選択肢は無かったため、とにかく足を動かし上層に向かって走り続けた。その後、作業用の機械が置かれているかなり広めの区画に出るが――不意に上から妙な圧力と怖気を感じそれが何かを確かめる前に体が勝手に動く。直後、後ろへ飛び退いた少年の目の前に金色の光を纏った長身の男が降って来た。
ちょうどラグナが先ほどいた場所に地面がめり込むほどの勢いで着地と同時に拳を突き立てたドレッドヘアの男は舌打ちすると、ひび割れたサングラスの奥の瞳をぎらつかせながら少年を睨み付けて来た。
「――チッ……不意打ちは失敗かよ。怪我してるうえ『月光』も使ってねえのになんで反応出来てんだよクソッタレ」
「ロンツェ……!? どうしてお前がここに……!?」
ドレッドヘアの男――ロンツェは拳を地面から引き抜くと手で顔の火傷を触りながら腹立たし気に喋り始める。
「部下の手を借りてなんとか脱出したんだよ。だが……脱出してから色々あってよぉ……見てくれよこの火傷の痕を。せっかくの色男が台無しだぜぇ。これというのも全部てめえに負けてから始まった。俺の人生にケチが付き始めたのはてめえに負けてからだ。だからよぉ、リベンジしに来たぜぇ、英雄さんよぉ……!」
「くッ……!」
出来れば戦闘を避けたいラグナだったが、目の前の殺気を放つ獣が自身を決して逃がすことはないということを本能的に悟る。と同時にレスヴァルから聞いた注意事項が頭をよぎった。
『いいかい? 君がまともに活動できる時間はおよそ一時間。普通に動くだけで一時間だ。仮に月光を使って戦う場合はさらにその時間は少なくなる。だから出来るだけ無駄な戦いは避けた方がいい』
(……すみませんレスヴァルさん。どうもこの戦いは……避けては通れないみたいです)
ラグナは静かに銀色の光を纏うと、腰に下げたホルスターの中から『月錬機』を取り出し剣へと変形させる。
少年は再び過酷な戦いの中へと身を投じた。