64話 ラフェール鉱山
ディーンと共にコンサートホールに戻って来た騎士一行はさっそくフィックスにラフェール鉱山近くの地元民しか知らないという特殊な洞窟のような場所へ案内を頼んだのだが――。
「俺も一緒に行くッ……!」
――突然共に話を聞いていた小さな少年テトアがそう主張し始めたのだ。
「おじさん一人じゃ心配だし、俺は『月詠』だからきっとラグナ兄ちゃんたちの力になれるよ!」
だがその主張に対してフィックスは諌めるように言う。
「駄目だテトア。いくらお前が『月詠』と言ってもまだ子供じゃないか。戦力になどなるわけがない。私一人だけでもブレイディアさんたちにとって相当な足手まといなんだ。これ以上人数を増やせば彼女たちの負担が増えるだけだろう。それくらいお前にもわかるはずだ」
「けど……俺も何かしたいんだよッ……! ラグナ兄ちゃんたちのおかげでダリウスやラフェール鉱山はあと一歩のところで解放されるってところまで来てるんだッ……! だから手伝いたいんだよッ……!」
「……何度も言うが私たちはただの足手まといだ。戦う力もなければ恐怖に立ち向かうような強靭な意思も無い。ただの一般市民なんだ」
「なんでそうやって決めつけるんだよッ……! 何かできることがあるかもしれないだろッ……!」
「そんなものはない! さっき人質に取られたことをもう忘れたのか! あの時はなんとかなったが、次は死ぬかもしれないのだぞ!」
二人の口論がヒートアップしてきたためブレイディアが間に割って入る。
「二人とも落ち着いて。あとフィックスさんはテトア君をそんなに怒らないであげて」
「し、しかし……この子の言い分を聞いてしまうと戦いに参加することを認めることになってしまいます。保護者としてそれは絶対に容認できませんよ……」
「わかってるよ。それに関しては私もフィックスさんと同意見。でもね、たぶんこの子が私たちと一緒に来たがってる理由は戦いに参加したいとかそういう理由じゃないよ。もっと単純な理由だと思う」
「単純な理由……? ……どういうことですか……?」
ブレイディアはニタァと不気味な笑顔をラグナに向けた後、テトアの方を向いた。
「テトア君はラグナ君と離れたくないんでしょぉ?」
「んなッ……!?」
テトアは顔を真っ赤にして固まるも、ブレイディアは追撃の手を止めない。
「さっきからずっとラグナ君のそばにべったりだもんねぇ。私がいない間に何があったのかは知らないけど、ずいぶんと仲良くなったみたいだねぇ。むふふ~、急にラグナ君のこと名前で呼んでるしぃ~。まるでお兄ちゃんから離れたがらない弟みたいだよねぇ~」
「ち、ちげえしッ……! そんなんじゃ……」
「うん、うん、わかるわかる。例えるなら親戚のお兄ちゃんが遊びに来たけど急な仕事が入って構ってもらえない子供の気持ち。でもね、これから行われるのは厳しい戦いなの。君のような子供にはちょっとついていけないと思うからここで大人しく待っていなさい。大人に構ってもらえないと悲しい気持ちになると思うけど、その気持ちが君を一歩大人にしてくれるからさ」
前髪をかきあげて精一杯大人の女性を演じようとしているブレイディアだったが、周りの眼からは大人ぶっている幼女にしか見えなかった。ゆえにテトアは吠える。
「ぐぅぅ、言わせておけばぁ、お前だって子供じゃないかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「だから私は二十一歳ィィィィィィィッ……!!! なんなのッ……!? 何度言ったら理解してくれるのッ……!? 何回やるつもりなのこのやり取りッ……!!!」
子供と子供のような大人が睨み合いながら犬のようなうなり声をあげ始めたためラグナが急いで仲裁に入る。
「二人とも喧嘩しちゃダメですって。ブレイディアさんもどうかここは大人の対応を」
「むぅぅ……わかったよ」
「ありがとうございます。それとテトア君、俺達を手伝いたいっていう君の気持ちはすごく嬉しいんだけどラフェール鉱山は今かなり危険な状態なんだ。ロンツェよりも強くて凶悪な敵がたぶん待ち構えてる。そんなところの近くに君を連れて行くわけにはいかないよ」
「……でも……俺、ラグナ兄ちゃんたちが心配だよ……」
「ありがとう。けどテトア君が俺達を心配してくれたようにフィックスさんも君やミリィちゃんのことをすごく心配してるんだ。そのことをわかってあげてほしい。それに俺達なら大丈夫。必ずラフェール鉱山から『ラクロアの月』を追い出すから。だからここで俺達が帰ってくるのを待っててほしい」
「……うん……わかったよ」
「わかってくれてありがとう」
ラグナは優しくテトアの頭を撫で始める。小さな少年があっさりと納得したその様子を見ていたブレイディアは不服そうにつぶやく。
「……なんか私の時よりあっさり説得に応じてる気がする……どうしてなのかな……」
「そりゃラグナの方が嬢ちゃんより圧倒的に大人っぽいからな。背も高いし、雰囲気も落ち着いててぶっちゃけラグナの方が二十代に見えるくらいだ。それに比べて嬢ちゃんは普段から凄まじいクソガキオーラを纏ってるから大人には見えねえぜ。そんな幼女モドキが大人ぶって説教したところで滑稽すぎて子供が言う事聞くわきけな――ぐえええええええええええええええええッ……!?」
ブレイディアはジョイの首を右手で締め上げながらつぶやく。
「……うーん、ホント不思議。どうしてなんだろう……」
「おい都合の悪い真実から目を背けて可愛いマスコットキャラを虐待するのはやめろぉぉぉぉッ……!!!」
「可愛いマスコットキャラクターなんかどこにもいないよ。私が締め上げてるのは不愉快なことを喋る非常食だから。さーて、朝食は焼き鳥にしようかなぁ♪」
「助けてくれラグナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!??」
ジョイの絶叫を聞いたラグナが再び仲裁に入り、てんやわんやの騒ぎがあった後――やがてラフェール鉱山へ出発する時がくる。支度を整えたラグナとブレイディア、フィックスはコンサートホールに集められたダリウスの住民や傭兵に遠巻きに見送られる形で出発することになった。そんな騎士一行に対して傭兵たちを代表してディーンが口を開く。
「ゴルテュスとジョセフは傭兵仲間が回収に行ってるし、ダリウスで監視されてるっていうエルミナちゃんも様子を見に行ってくれることになってるから安心してくれ」
「ありがと、よろしく頼むね。一応ダリウスにいたゴルテュス子爵の私兵は全部片づけておいたから」
「そいつは助かる。なにせ俺達は今、まともに戦える状態じゃないからな。まあまともに戦える状態じゃねえのはアンタらも一緒か。しっかし休息がまったく取れてないって聞いてるぜ。ホントに直行して大丈夫かよ……?」
ディーンの問いかけにラグナは心配そうな眼差しをブレイディアに向けた。
「……俺はブレイディアさんのおかげで休めましたけど、ブレイディアさんはほとんど休んでないですよね……」
「私なら平気だよ。ちょっと眠いだけ。それよりラグナ君は大丈夫? ロンツェにすごい攻撃されてたけど……」
「少し痛みますけど骨に異常はありませんから大丈夫です」
「そっか……でもホントにすごい頑丈だよねラグナ君って……いくら素手とはいえ『月光』を纏った『月詠』の攻撃を生身でくらったら普通は骨なんて粉々に砕けるのに」
「運が良かっただけだと思います。それにあれ以上やられていれば流石に骨が折れるか粉々になってたと思いますし。……それより気になることがあるんですが……その……コンサートホールで気絶していた騎士の方々の姿が見えないみたいなんですけど……ディーンさんは何かご存じですか……?」
「ああ、そのことか。実はアンタらが身支度してる間に騎士連中の眼が覚めてな。俺が事の顛末を伝えたんだ。そしたらゴルテュスたちから解放されたことを喜んでたんだが、同時にえらく落ち込んじまってさ。どうも人質を取られていたとはいえゴルテュスたちの命令に従って町の連中を武力で脅したことに罪悪感を覚えているらしい。それに誤解が解けたとはいえ町の連中もまだ騎士に対して怯えてるみたいだったからな、自主的に別の場所に待機してもらうことになったんだ」
「そうだったんですか……」
「アンタらと一緒にラフェール鉱山に行ってもらおうかとも思ったんだが、見た感じまだ本調子じゃなさそうだったから言うのはやめておいたぜ。なにせ目覚めたと言っても大半の騎士が頭を押さえてたり、気分悪そうにしてたからな。見たところどうもかなり強烈な攻撃をくらって気絶したようだ」
からかうように言ったディーンの言葉により周囲の視線がブレイディアに突き刺さる。その結果、小さな女騎士はさらに小さくなり呟く。
「うう……すみませんでした……手加減する余裕がなくてちょっと強めにやっちゃったかも……」
それに対してラグナが慌ててフォローを入れる。
「い、いやブレイディアさんのせいじゃないですよッ……! その……あの時は色々と余裕がなかったですし、えっと俺も連帯責任というか……と、とにかく後で一緒に謝りにいきましょう……! 状況が状況でしたしきっと許してもらえますよッ……!」
「うう……ありがと……」
二人の騎士の申し訳なさそうな顔を見たディーンはふざけすぎたことを詫びるように語り出す。
「あー、悪い悪い。ちょっとからかうような感じで言っちまったせいで誤解させちまったな。騎士連中はアンタらのことを何一つ悪く言ってなかったぜ。むしろ命があることを感謝してるようだった。ゴルテュスや『ラクロアの月』の手先になっていた自分たちのことを気遣ってくれたアンタたちには感謝してもしきれないとよ。だから気にする必要はないと思うぜ。それに見た感じ後遺症が残るほど重いものでも無さそうだったしな」
「そ、そうなんだ……ちょっとだけ安心したよ」
「そうですね。……でも……誤解が解けたと言ってもやっぱりすぐには町の人たちとの確執は消えないみたいですね……」
ラグナの悲しそうな声を聞いたブレイディアは同じ表情で頷く。
「……うん。でもこればっかりはすぐに解決するのは無理かもね。理屈で分かっていてもやられたことはそう簡単には忘れられないし、割り切ることは難しいかも。やっぱり時間が解決するのを待つしかないよ」
「……悲しいですけど、仕方の無い事ですよね……」
「そうだね。とにかく今は彼らにその時間を与えられるように私たちは全力を尽くそう」
「……はい。ラフェール鉱山に行ってこの事件を終わらせましょう」
ラグナとブレイディアが共に顔を見合って頷くと二人はフィックスの方を見る。
「それじゃあフィックスさん、お願いできるかな」
「わかりました。……テトア、ミリィ、傭兵の方たちや町の人たちの言う事を聞いてキチンと待っているんだぞ」
「……わかったよ」
「おじさんたちも気を付けてね」
「ああ、わかってる。大丈夫だ、ブレイディアさんとラグナさんが一緒にいてくださるからな。それじゃあ行ってくる」
フィックスはそう言って歩き出し、二人の騎士と赤い鳥はその後を追ったが、その途中で突然テトアが声をあげた。
「待ってッ……!」
その声に驚いた三人と一羽は振り返ると、苦しそうな顔で言いよどむテトアの姿がそこにあった。何を言いたいのかはわからなかったが自分たちを心配しての事だろうとそう思ったラグナは優しく微笑みながら小さな少年に近づくとそっとその頭を撫でる。
「大丈夫。心配しないで。必ず町の人たちを連れて戻ってくるから。約束するよ」
「…………うん……わかったよ……ごめん、呼び止めて……」
「いいんだ。心配してくれてありがとう。それじゃあ今度こそ行くね」
ラグナはそう言うとテトアから離れ、フィックス達と共にコンサートホールを後にした。
コンサートホールに残されたテトアは複雑そうな顔でうつむき立ち尽くしていた。そんな少年にミリィは心配そうに話しかける。
「テトアお兄ちゃん、大丈夫……? もしかして具合悪いの……?」
「……いや、そうじゃない。ただ……ラグナ兄ちゃんたち……本当に大丈夫かなって……」
「平気だよ。ラグナお兄ちゃんとあのちっちゃい子、すっごく強いもん。悪い人達なんてあっという間にやっつけちゃうよきっと」
「……そうだな。でも……嫌な予感がするんだ……」
「嫌な予感……?」
「……父ちゃんと母ちゃんが俺とお前を家に残していった時も同じように胸騒ぎがした。……あの時の事、覚えてるだろ?」
「ッ……!」
心当たりがあるのかミリィは顔をこわばらせる。
「……あの時、俺はお前を連れて父ちゃんと母ちゃんの後をこっそりついて行った。そしたら……父ちゃんと母ちゃんは俺達の目の前で騎士に斬られて……そのままどこかへ運ばれた……そして二度と帰って来なかった……」
「…………」
「……この胸騒ぎ……あの時とまったく同じなんだ……心配するなって、大丈夫って……そう言って父ちゃんと母ちゃんが家を出てったあの時と……」
テトアは胸を苦しそうに右手で押さえながら自分の理想の騎士が帰らぬ人になる未来を思い描かずにはいられなかった。
ラフェール鉱山内部――巨大な黒い球体が置かれた区画にてレインは手に持った資料に目を通しながらせわしなく動く白衣の男達に指示を飛ばしていた。そんな時、不意に後ろから声がかかる。
「レイン、作業の進み具合はどうなっている……?」
「……いきなり戻ってきて言うセリフがそれか? ったく、まずは労いの言葉くらいかけろや」
――突如背後から現れた仮面の男――フェイクに対してレインは呆れたように言った。
「ご苦労だったな。では進捗状況を教えてくれ」
「……『αタイプ』は一号機だけならもうテスト出来るぜ。ただ完璧に完成してるとは言い難いがな」
「それでいい。テストが終わり次第狙いを王都に定める準備を進めてくれ」
「テストが終わり次第って……おいおい、いきなりぶっ放す気かよ」
「そうだ。出来るだけ早く頼む。私は二号機と三号機の製造の指揮を執る、お前はこのまま一号機の作業を進めてくれ」
「わーったよ。ところでロンツェからの定期連絡が途絶えたっぽいぜ」
「そのようだな。私も先ほど連絡したが電話に出ない」
「ってことはラグナ・グランウッドたちにぶっ殺されたか、とっ捕まえられてるかのどっちかだな。どうする? ラフェール鉱山にいる部下たちをダリウスと廃墟群に送るか?」
「いや、いい。部下達にはラフェール鉱山の警備を強化するように伝えろ」
「あいよ。しっかし冷てえなぁ。部下が殺されたか、捕まってるかもしれねえのによぉ。ま、役立たずに冷たいのはアンタだけじゃなく幹部全員同じか。噂じゃ失敗した部下を自ら八つ裂きにした幹部もいるって話――っておいコラどこ見てんだよ?」
自らの上司が会話の途中で不意に岩で出来た壁の方を見始めたためレインは不思議そうに聞くと、仮面の奥の赤い瞳を輝かせながらフェイクは呟いた。
「――来たか」
赤い眼光が捉えていたのは壁の遙か先――ラフェール鉱山の外にいた少年だった。
巨大な鉱山を見ていたラグナに急に異変が訪れる。何かに共鳴するように左手が熱を帯び始めたのだ。そして左目が赤く一瞬だけ光り体が震えはじめる。それは以前には感じたものだった。少年はかつて森の館で感じた得体のしれない恐怖と奇妙な共鳴現象を思い出す。
(……いる……奴が……フェイクが……あそこに……)
ラグナが震えていると、不意に左手が誰かの手に握られる。握られた手に目を落とすと、いつの間にか隣に来ていたブレイディアが自身の手を両手で包んでいたことに気づく。
「……ブレイディアさん……」
「大丈夫。一人じゃないよ。お姉さんがついてる」
優しい笑顔と暖かなぬくもりを感じ、いつの間にか震えはおさまっていた。ラグナは硬くこわばっていた表情を緩めると感謝の言葉を告げる。
「――ありがとうございました。もう、大丈夫です」
「そっか。ならよかった。ところで『黒い月光』は大丈夫? 前使った時から一日経過したっぽいけど、使えそう?」
ラグナは左手に意識を集中させる、すると黒い痣から熱を感じることが出来た。以前フェイクと遭遇した後、なぜか一時使用できなくなったが今は平気そうだ。
「――もう平気です。いつでも使えると思います」
「よし、それじゃあ行こう。これがここでの最後の戦いだよ、気合入れていこうか!」
「――はいッ……!」
自分の両手で頬を叩き、気合を入れ直したラグナは皆と共にラフェール鉱山のある方に進み始めた。