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6話 蜘蛛の巣

 時間は午前6時、ベッドの近くに備え付けられていた目覚まし時計が大きな音で鳴り始めた。どうやらあらかじめこの時間に鳴るように設定されていたらしい。起きて部屋を出て昨日皆で集まった部屋に入る。するとラグナ以外の全員がすでにそろっていた。


「おはようございます。すみません、俺だけ遅れてしまって……」


「気にしなくていいよラグナ君、私たちもさっき起きたばっかりだし。今、ランにハロルドについての情報を教えてもらってたからラグナ君もこっちに来て聞いて」


「はい、わかりました」


 急いでパソコンスぺ―スの方に向かうとランスローの話が始まる。


「徹夜で調べてみたが『ルナシステム』についてそれほど詳しい情報は手に入らなかっタ。だが彼女の作った未発表の発明品についてはいくつかわかったヨ」


 モニターに二つの設計図が表示される。一つは頭からつま先まで全身をスッポリと包む鎧に似た白いパワードスーツ。もう一つは機械で出来た手のようなものだった。


「このパワードスーツは『ルナシステム』ほどではないが『月詠』が『月光』を呼び出す際に通常より多く呼び出させ、さらに『月詠』の放つ『月光術』の威力を底上げするものらしイ。そしてもう一つの義手はいわば装着型の『月錬機』のようなものダ」


「装着型の『月錬機』ってことは『月光』を吸収して武器になるってこと?」


「ああ、その通りダ。だが通常の『月錬機』とは少し違ウ。君たちが使っている『月錬機』は『月詠』の個性が色濃く反映して個別の武器へと変化するようになっているが、この義手の場合は少し違ウ。これは『月光』を吸収すると必ずカギ爪の形に変化するらしイ」


(カギ爪……もしかして……)


 ラグナの脳裏をよぎったのはゲイズの変形した右腕だった。同じ物なのか考えているとブレイディアが再び口を開く。


「なんで同じ形になるの? 私たち『月詠』が呼び出した『月光』はみんな同じように見えても一つ一つ全く違うもの。そして『月錬機』もその影響を受けるんでしょ?」


「ああ、そうだヨ。『月詠』が『月痕』を通して呼び出した『月光』はDNAと同じで完全に同一のものは一つとして無イ。まだ明確な見解は無いが呼び出した『月詠』の肉体、精神、潜在意識、果ては魂なんてものが大きく影響しているといわれているらしいネ。まあとにかく六色の『月光』は色が同一のものであっても呼び出す『月詠』によって全く違うものになるということダ。そして『月錬機』はその『月詠』の個性が反映された『月光』を吸収し、使用者が最も使いやすいと思われる形に変化するわけダ」


「でもこの義手は同じ形にしかならないんだよね? どうしてなの?」


「それはこの義手が『月詠』の『月痕』を通さず人工的に『月光』を呼び出す一種の装置だからサ。だから『月詠』の個性は反映されなイ。そして『月錬機』と同じように術者の個性が反映される『月光術』も使用することは出来なイ。腕が無い以上詠みあげる『月文字』も無いしネ。あくまで人工的に『月光』を呼び出し身に纏うだけのものダ」


「え、人工的に『月光』を呼び出すって……それって『ルナシステム』と一緒ってこと?」


「あア。おそらくこれは『ルナシステム』のプロトタイプのようなものだろうネ」


「へー……色々作ってたんだね。『ルナシステム』や『月錬機』だけでもすごい発明なのに、ハロルドって本当に天才だったんだね。凄すぎて実感わかないよ」


 ブレイディアの意見に皆が沈黙で肯定していると、一人だけはそれに異を唱えた。


「天才カ……ボクはそう思わないけどネ。どれだけ優れた発明をしようが結局ハロルドは全てを失っタ。その発明によってネ……ただの愚かな女サ」


「あれ? ランはハロルド嫌いなの?」


「……好き嫌いの問題じゃないヨ。ただ科学者として軽蔑しているだけダ……続きを説明するヨ。この義手は『月光』を呼び出し『月錬機』の代わりになるだけじゃなイ。敵から放たれた『月光術』を吸収し反射する能力を持っていル」


(『月光術』を反射……そういえばジュリアとリリが『月光術』を撃った時、ゲイズはそれを跳ね返していた……)


 ラグナが思い出しているとランスローの話は佳境に入ろうとしていた。


「まあ何が言いたいかというと、これらの発明を敵が使ってくるかもしれないから気をつけてほしいということダ。それと突入の前二――これを持っていケ」


 ランスロ―は天辺にボタンの付いた円柱型の物体を二つほどブレイディアに手渡した。


「これ何?」


「特製のスタングレネードだヨ。これならばドラゴンでも動きを止められるはずダ」


「すごーい、こんなの作ってたんだ。ありがと、ラン」


「あくまで動きを一時的に止めるだけダ。油断するなヨ」


「わかってるって」


「それと、ラグナにはボクが改良した『月錬機』を予備の分も合わせて二つ渡しておこウ。今朝ブレイディアから聞いたが黒い月光を吸収した『月錬機』が使用後に爆散したらしいじゃないカ。これならば『黒い月光』の出力にもある程度耐えられるはずダ、使用後に壊れることもないと思ウ。それともう一つ、これはスタンロッドという武器ダ。柄の赤いボタンを押すと、柄以外の場所に高圧電流が流れるようになっていル。『月詠』を相手にするにはいささか心もとないが、無いよりはマシだろウ。『月光』がうまく使えない時はこれを補助武器として使いなさイ」

 

 赤い光の線が走る黒い箱二つと、鉄パイプほどの太さで黒いグリップ以外は全て青色の金属で出来た五十センチほどの棒をメイドロボットが運んで来た。


「先生……ありがとうございます!」


 メイドロボットに武装を渡されたラグナはホルダーに入れられた『月錬機』二つとスタンロッドを腰のベルトに下げると、ブレイディアたちの方を向いた。


「あの……ふと思ったんですけど、俺が黒い月光を使って同盟国まで行って、ブレイディアさんか先生の書いた救援の書状を届けて助けてもらうってことは出来ないんでしょうか……?」


「う~ん……ちょっと厳しいかな。この国の政治なんかは貴族が取り仕切ってるからね。仮に書状が届いて同盟国が真偽を確かめるために動いても、王侯貴族じゃない私達程度の階級の書状では、ディルムンドに操られた貴族が『それは虚偽の書状です』とかなんとか言ったらその途端に同盟国は動けなくなる。だって表向きには何の異常も起きていないもん。こんな状況にもかかわらずレギン国は正常に機能してる。実際、今現在全ての貴族が操られていても政治や司法なんかに乱れはなかったでしょ?」


「確かに……俺も話を聞くまで全然気づきませんでした」


「国民も同じで全く気づいてないよ。それだけ用意周到に計画されてたんだ。仮に『ルナシステム』によるディルムンドの増大した洗脳能力の話をしたとしてもにわかには信じがたいと思う。普通ではありえない、それだけ異常な力だからさ。説明しても徒労に終わるよきっと。ラグナ君ならこの意味、よくわかるんじゃないかな?」


「……『黒い月』や『黒い月光』と同じってことですもんね……」


 あまりに強大な力は人の想像を超え、現実味を失わせてしまう。ラグナはそのことを誰よりもよく知っていた。ブレイディアは頷き、言葉を続ける。


「だから救援を期待できるとすれば貴族を上回る最高階級からの直接の要請。有無を言わせない、真偽の確認なんていらない人間からの嘆願だけだと思う」


「王族……じゃあやっぱり王族を連れて逃げている騎士団長のアルフレッド様達に任せるしかないんですね……」


「そうなると思う……団長達、無事に同盟国まで王族を連れて行ってるといいけど……私たちの本命は団長達の救援要請だけど……結果を待ってる間にもディルムンドはおそらく何か仕掛けてくるはず……その前にこっちはこっちで出来ることをやって手を打たないとね」


「そう、ですね……すみません、バカなことを聞いてしまって」


「ううん、ラグナ君なりに考えてくれたんでしょ? ありがとね」


 ブレイディアが優しく微笑んだ瞬間だった、サイレンのような音が部屋に鳴り響く。


「え、な、なんですかこの音……」


「侵入者ダ」


 質問に短く答えたランスロ―はキーボードを打ち、監視カメラの映像をモニターに映した。場所は地上のようだが、ラグナたちが入ってきた荒野ではなく別の森林地帯。


「ここってどこなんですか……?」


「アジトに通じる入口の一つがある場所ダ。パルテンの西方にあるのだガ、どうも敵にこちらの居場所がバレたらしイ。今侵入者の映像を出す」


 侵入者の方にカメラの映像が寄ると、衝撃的な光景が映った。数は一人だが、その一人が問題だったのだ。その侵入者は先ほど見ていたハロルドの遺産の一つ、白いパワードスーツに身を包んでいた。パワードスーツに身を包んだ人物は岩に偽装されていた隔壁に素手で何度も攻撃を仕掛けていたがメッキが剥げているだけでまだ扉は破られてはいない。


「あれはハロルドの発明品のパワードスーツ、カ……どうやら本当にハロルドの発明を手に入れていたようだネ」


「ランの推測通りってことか。まあでもこの隔壁はバズーカを食らっても傷一つつかない特別性だからねー。そう易々と破られるはず――」


 ブレイディアが得意げに言い放った瞬間、パワードスーツの右腕が隔壁にめり込み扉に亀裂が入った。


「……あっれー……」


 ブレイディアが間抜けな声をあげた瞬間、侵入者は腰に手を伸ばした。するとパワードスーツの腰の部分が開き、四角い箱状の機械を収納したホルスターが飛び出す。四角い箱状の機械――『月錬機』を手に取った侵入者は赤い『月光』を纏った。赤い光が『月錬機』に吸収されると瞬く間にそれは紅蓮の大剣へと姿を変える。そして赤い切っ先がヒビの部分に突き刺さり固く閉ざされた扉がこじ開けられる音がカメラ越しに響いた。ラグナはその様子を見て血相を変えながらブレイディアたちの方を見た。


「このままじゃ入られちゃいますよッ!? どうにかしないと!」


 しかしラグナの呼び声に誰一人反応することはなかった。なぜか二人は監視カメラに映った真紅の大剣を凝視していたのだ。扉がミシミシと音を立てて両断された後でようやくブレイディアが信じられないものでも見た後のように呟く。


「……嘘……どうして……あの剣は……まさか……」


 ラグナはブレイディアが凍り付いた理由を知るためにためらいながらも口を開く。


「あ、あの……どうかしたんですか?」


「……ううん、なんでもないよ。ごめんね、固まっちゃって。ラン、どうする?」


 ブレイディアは無理に笑うとランスローに指示を仰ぐ。それはまるで嫌な現実から目を背けるようにも見えた。


「……とにかくここを脱出した方がいいだろウ。居場所がバレた以上ここに閉じこもるのは危険ダ。侵入者が奴一人とは限らないしネ」


 ランスロ―が言った途端、さらに警報が鳴り響いた。


「せ、先生、この警報は……?」


「……どうやら今モニターに映っている場所以外の入口が攻撃されているらしい。ボクの予想が当たったみたいダ」


「ええッ!?」


 驚くラグナを尻目にキーボードを素早く叩いたランスロ―がモニターに複数の画面を表示した。六分割された画面のそれぞれには岩や地面に偽装された入口が操られた多数の騎士によって攻撃されている映像が映し出されている。


「これは……困ったネ。外に通じる入口のほぼすべてが攻撃されていル。まあ不幸中の幸いとでも言うべきか、一つだけ外に出られる場所があるガ……」


「何か問題でもあるの?」


 ブレイディアの問いかけにランスローは再びキーボードを叩いて脱出地点と思われる地図を表示して見せた。


「……なるほどね、Eポイントか。でもむしろ好都合でしょ、これからやろうとしていることを考えればさ」


「ふゥ……かもしれないな。では君たちは急いでEポイントから脱出してくレ。ボクは君たちが脱出するまでの間、時間を稼グ」


「そんな、先生を置いて逃げるなんて出来ませんよ!」


「心配しなくてもいイ。別に自己犠牲になろうなんて考えちゃいないヨ。君たちが脱出した後でボクも必ず脱出すル。それにここの施設のシステムを完全に使いこなせるのはボクだけダ。ボクが一番の適任者なのサ。わかってくれラグナ」


「でも……」


「平気だよラグナ君。ランはああ見えて悪運強いからさ。あとこの施設に誰より詳しい。私が知らないような隠し通路とかも知ってそうだしね。しかもしたたかで抜け目がないしね。そこはラグナ君も知ってるでしょ?」


「それは……確かに……」


「そこで同意されると微妙な気分になるガ、まあいイ。とにかくボクを信じて早く脱出してくれ。君たちの脱出が遅くなればボクが脱出できなくなる。わかるだろう?」


「……わかり……ました…………先生、お気をつけて」


「あア、君も気を付けテ。ブレイディア、ラグナを頼んだヨ」


「まかせといて。じゃあラグナ君。行こう」


「……わかりました」


 部屋に止めてあったバイクを押したブレイディアの先導で寝室などがある扉の方に進み名残惜しそうに部屋を出たラグナは閉まった扉をもう一度見つめる。


「ラグナ君。心配なのはわかるけど私たちが立ち止まっていたらランも逃げ遅れちゃう。今私たちに出来ることは急いでここから脱出すること。そうすればすぐにでもランは逃げられるんだから。ね?」


「……はい。すみませんでした、もう大丈夫です。先を急ぎましょう」


 優しく諭されたラグナはようやく気持ちを切り替えると、ブレイディアの乗ったバイクの後ろにまたがる。するとバイクは地下通路を走り出した。地下を走行中ふと疑問が沸いた。Eポイントの場所――つまり具体的にはどこに出るのかを聞いていなかったのである。


「ブレイディアさん、聞いてなかったんですけどEポイントってどこなんですか……?」


「あ、そうか。そういえば言ってなかったね。Eポイントは騎士団本部の近くだよ」


「そうなんですか、騎士団本部――って、え、えええええええええッ!? き、騎士団本部って敵の真っただ中じゃないですか!? 『ルナシステム』を守るために操られてる騎士がたくさんいますよ絶対、マズくないですか!?」


「確かにね。敵が大量に待ち構えてるだろうし、滅茶苦茶危ないよ。でもどのみち私たちはそこに行かなきゃいけないでしょ?」


「うう、そうだった……結局『ルナシステム』を壊すために避けては通れない道ってことですね……」


「うん。まあ決行が早まったってことだね。それにこれは千載一遇の好機かも。敵がここを攻撃してるってことはその分、戦力がこっちに分散してるってことでもあるからさ」


「奇襲を仕掛けるなら、今がチャンスってことですか……?」


「そゆこと。というわけで――全速前進!!!」


「うわああああああああああああああああ!? ブレイディアさん速いですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 ラグナの叫びと共にバイクは加速し地下通路を駆け抜ける。


 ひたすら平らな道を走っていたバイクだったがしばらくすると目の前に塔のようにそびえ立つ螺旋状の坂が現れた。それをグルグルとバイクで上っていくとやがて頂上にたどり着く。頂上付近でバイクを止めたブレイディアはラグナの方に振り向いた。


「ここからは手で押していくから。いったん降りてくれるかな?」


「わかりました。もしかしてここが出口なんですか?」


「そうだよ。あれで上に上るんだ」


 ブレイディアが頂上に設置されていた大型の昇降機を指差した。さらに上に昇るらしいが、上は暗闇で何も見えない。


「……あの、これから出る場所って騎士団本部の近くなんですよね? 具体的にはどれくらい近いんですか?」


「外に出れば建物がすぐ近くに見えるくらいかな。文字通り目と鼻の先だよ。さあ早く昇降機に乗っちゃおう」


「はい。わかりました」


 バイクから降りて共に昇降機へ乗り込む。ブレイディアが手慣れた様子で設置されていたリモコンを操作すると機械が作動し上へと昇り始めた。ここを抜ければ敵の本陣、そう思うと緊張で喉がカラカラに乾いたが今更引き返すことなど出来ない。ラグナは気を紛らわせるように口を開く。


「……ここの施設って本当にすごいですよね。ここはどういう目的で作られたものだったんですか?」


「んー、とね。なんかずいぶん前、確か戦時中だったかな。その時に要人を匿ったり逃がすための設備として使われてたっぽいね。でも戦争が終わってから使われる機会もめっきり減って、それでついには忘れ去られちゃったみたい。おかげで今は誰も知らない地下施設になってるってわけさ。まあ私は運よくここを見つけたんだけどさ。ディルムンドもこの場所は知らなかったみたいだからここをアジトにしてんだ」


「そうだったんですか……」


 その話を聞いてラグナは口に手を当てて考え始めた。


「でも……どうしてバレてしまったんですかね」


「……どうしてだろうね……まあなんにせよここはもう使えないってことは確実。後は進むしかないよ――ラグナ君。ここを出たら本当に後戻りできないけど、覚悟はいい?」


「……はい、大丈夫です。覚悟はできてます」


「よし、じゃあ行こう!」


 覚悟を決めると共に昇降機が振動しながら何かを押し上げるような音が響いた。何事かと身構えていると、やがて昇降機は完全に停止する。どうも今いる場所の床の一部が秘密の扉になっていたようだ。つまるところどこか小さな倉庫の床を昇降機が押し上げる形での到着。しかし着いた場所は薄暗いうえにやけにホコリ臭い場所だった。


「あの、ブレイディアさん、ここは?」


「訓練場に設置されてる訓練用の武器庫だよ。パッと見た感じではすっごい年代物のボロ小屋だけどね」


「訓練場に設置されている武器庫……ボロ小屋……あ!」


 ラグナは訓練場で見たみすぼらしい小屋を思い出した。


「……なるほど、訓練場にあった小さな小屋の中に出たんですか。確かに目と鼻の先ですね。それにしてもこんな場所に繋がってたなんて思いもしませんでした」


「ビックリしたでしょ? さて、じゃあ外に出る前に作戦を確認しよう」


 ポシェットから携帯型のデバイスを取り出したブレイディアは騎士団本部の電子マップをラグナに見せた。


「まず『ルナシステム』の在処についてなんだけど、まず間違いなくここだと思う」


 ブレイディアが指差したのは騎士団本部の最深部にある巨大な空間。


「ここはどういう場所なんですか?」


「室内にある第三訓練場だよ。騎士団本部は大きいけど室内で二十メートルもの大きさの機械を置ける場所はここしかないんだ。加えてこの訓練場は一番新しく作られた場所。だから最新の科学技術が結集してて、機械的な設備も充実してる。『ルナシステム』のメンテナンスにはうってつけだよ」


「じゃあここに『ルナシステム』が……」


「うん。ほぼ確実にね。じゃあ今度はこの室内訓練場にたどり着くための道筋や作戦について話すよ」


 ラグナが頷くとブレイディアはポシェットから取り出したデバイスを操作し、本部の施設をマップで表示して見せた。


「本部に入るための入口は三つ。一つは正面玄関――訓練場までは一本道のうえ一番早く到着できると思う。ただ真正面なわけだから、明らかに危険な道になると思う。道が広いうえ隠れる場所も無いから大勢で待ち伏せとかも出来ちゃうからね。まあ流石にこの道から堂々と入るプランは立てられないね」


 使えない道を最初にあげた後、本題に入るようにブレイディアは咳払いをした。


「で、他の二つは騎士専用の裏口。本部の右と左側に作られた小さな扉からカードキーで入れるようになってる。強引に開けると警報がなるから注意ね。それで、右側面の入口は第三訓練場まで正面玄関から入るよりも遠いし道が複雑だから侵入経路としては使えないと思うけど施設の制御室が近くに設置されてる。この制御室は施設全体のシステムを統括してるかなりの重要拠点。奪えれば第三訓練場までの侵入はかなり楽になると思う。左側の道は右よりは目的地に近いけど正面から入るよりはやっぱりちょっと遠い。でも隠れる場所も多いし、隠密行動しやすいと思う。第三訓練場に行く道はここに絞った方がいい」


 ここまで言うとブレイディアは話を区切って、次の話を始めようとデバイスに表示されたマップの道を指でなぞり始める。


「それで作戦、って言ってもやることはかなりシンプルなんだけどね。まず一人が裏口から潜入して制御室を制圧。監視カメラなどの本部の防衛機能を完全に乗っ取り状況を確認し、残った一人に内部の様子を逐一伝える。で、指示を聞きながらもう一人は隠密行動して第三訓練場に侵入。そしてなるべく気づかれないように『ルナシステム』まで近づき破壊するっていうものなんだけど。どうかな?」


「俺もブレイディアさんの作戦に賛成です。でも、役割分担はどう決めるんですか?」


「それはラグナ君次第かな。今、ラグナ君は『黒い月光』を使えそう?」


「えーっと……」


 ラグナは左手に意識を集中させたが、今現在あの焼けるような疼きは感じない。


「……すみません。今はどうも発動できなさそうです。おかしいな。いつもはちょっと意識しただけで発動しそうになるのに……」


「昨日使った影響かもね。十年使わなかった力を急に使ったから体がビックリしてるのかも。もしかしたら『月光術』発動後のラグと同じように呼び出すには時間の経過が必要なんじゃないかな。うん、ということでラグナ君には制御室の制圧をお願いしようかな。私はラグナ君の指示を受けながら第三訓練場を目指すよ」


「あの、でも、途中で発動できるようになるかもしれませんし、第三訓練場には俺が行きます! ドラゴンが守りについてるかもしれないですから!」


「でも使えるようになるかどうかはわからないし、やっぱり私が行くよ。仮にドラゴンがいるとしても、ランお手製のスタングレネードがあるから平気。倒せないと思うけど、ドラゴンが動きを止めている間になんとか『ルナシステム』の元にたどり着いてみせるからさ。それに君の役目だってすごい重要だよ」


「でも……」


「ラグナ君」


 不安そうなラグナを諭すようにブレイディアは穏やかな声で名前を呼んだ。そして言葉を続ける。


「君には本当に感謝してるんだ。こんな無謀な作戦に協力してくれてるうえに、出会って間もない私のことを本気で心配してくれてる。でもね、無理はしてほしくないんだ。君は確かにすごい力を持ってるけど、全ての問題を一人で背負いこむ必要はないんだよ。出来ない時は出来ないって言ってほしいな。その時は私が全力でカバーするからさ。私たちはもう仲間でしょ? 協力し合わないとね」


「……はい、わかりました。じゃあ俺も精一杯頑張ります」


「よし、じゃあこれで決定。さっき言ったとおりラグナ君には右側の扉から入って制御室を制圧してもらう。私はそれを待ってから左側の扉から侵入するね」


「役割はわかったんですけど、扉に入るためのカードキーってブレイディアさんが持ってるんですか?」


「一応あるけど私が持ってる奴は登録抹消されてると思う。だから巡回してる騎士を適当に拉致ってカードキーを手に入れるしかないね。あとこれはイヤホンとマイクが一体型になってる無線。常に耳につけておいて、周波数はもう合わせてあるからさ。あとこのデバイスも持って行って。画面をスライドすると内部の見取り図も見れるようになってるからさ」


「え、でもこれ持っていったらブレイディアさんが困るんじゃ……」


 ポシェットから取り出されたイヤホン型無線はともかく、今しがた説明に使っていた騎士団本部の内部マップが表示されてるデバイスまで差し出され困惑する。しかしブレイディアはラグナの心配を笑い飛ばした。


「アハハ、問題ないよ。私は現役バリバリの騎士だよ? 騎士団本部の内部構造なんて知り尽くしてる。目をつむってたって道を間違えない自信があるね。だから、はい」


「わかりました……ありがとうございます」


 ブレイディアの言葉を聞いたラグナは頷くとデバイス一つとイヤホン型無線を二つ受け取りいよいよ作戦決行となる。


「さてラグナ君、これで準備は整ったわけだけど……いけそう?」


「はい。正直、まだ少し怖いですけど大丈夫です。俺から同行を申し出た以上、キチンと役目を果たしてみせます」


「よく言った! それでこそ男の子! よし作戦開始! ……って威勢よく言いたいところなんだけどさ。作戦を始める前にあらためて謝罪させて。ごめんなさい……こんな無茶な作戦につき合わせちゃって。本当なら今頃君は騎士採用試験を受けてるはずなのに、私達本職の騎士の尻拭いをさせちゃってさ……もしこの作戦がうまくいったら、この埋め合わせは必ずするから……だからもう少しだけ私たちに協力してくれる?」


 ブレイディアの問いかけにラグナは少し微笑んで答えた。


「そんなこと聞かないでください。ブレイディアさんはさっき言ってくれたじゃないですか。俺達はもう仲間だって」


「……うん、そうだったね。それじゃあ必ず成功させようね!」


「はい!」


 返事をするや否や作戦は開始された。バイクを小屋に置いたあとラグナ達は小屋から出て騎士団本部の左右側面にある裏口から侵入するべく行動を開始した。見つからないよう慎重に行動しながら巨大な白亜の建造物を目指す。幸いにも騎士団本部の周囲には木々や植え込み、遮蔽物などが多数あったため、隠れやすく、その結果うまく騎士団本部正面近くにたどり着くことができた。だが移動してる時に違和感を覚える。


(……おかしい……)


 表情から察するにブレイディアもおそらく気づいているのだろう。だがここまで来た以上先に進まざるを得ないのが現状。二人は違和感を口に出さずに先に進む。


「……ラグナ君。ここからは分かれて行こう」


「わかりました。気をつけて」


「ラグナ君も気をつけてね」


 ブレイディアはそう言うと足早に駆けて行った。それを見届けた後、ラグナは耳に無線を付け、右側面に設置された裏口に向かう。正門から回り込み、巡回に気づかれないように隠れながら動いたためか、通常ならば三分ほどで着くところ時間にしておよそ十分ほどでようやく目的の裏口付近に到着した。そして木を背にしながら裏口の様子を窺っていると妙なことに気づく。


(…………やっぱり変だ)


 すぐさま異常をブレイディアに伝えるべく無線を入れる。


「ブレイディアさん。様子がおかしいです……さっきから巡回中の騎士や見張りの騎士が一人もいません……ここは拠点のはずなのに……」


『……確かにおかしいね。私の周囲にも人っ子一人いない。うーん……これは……ちょっと臭いね……っていうかさっきの襲撃もよくよく考えるとおかしい……一か所だけ襲撃せず出口を残しておくなんて……もしかしたら私たちをここに誘い出すためのものだったのかも……』


「……どう、しますか……? やっぱり、ここは一旦本部を離れるべきだと――」


『……私が中に入って様子を見てくる。ラグナ君はそこで待機してて』


「え、ちょ、ちょっと待ってください……! な、中に入るって……いくらなんでも無謀すぎますよ……!」


『でも、もし私たちのアジトに戦力の大半を集中させてるならこれは本当にチャンスかもしれないんだよ。確かに罠かもしれないけど、ディルムンドはラグナ君にかなり執着していた――君の黒い月光の力に。昨日も万全の態勢で臨むとか言ってた。だから君を手に入れるためなら本当に本部の守りを薄くしてでも攻勢に出るかもしれない。アイツの性格なら十分にありえる。それに私たちが『ルナシステム』のことに気づいたってことをディルムンドは知らないはず。これは賭け、けど――やる価値はある』


 ブレイディアはそう言うと無線を切り、その瞬間騎士団本部から何かの破裂音が聞こえた。


(今の音は――まさかッ!?)


 破壊音の後、けたたましい警報が鳴り始める。状況を理解したラグナはすぐに無線で呼びかけた。


「ブレイディアさん……! もしかして強引に扉を壊したんですかッ!?」


『……うん。ごめんね、せっかく止めてくれたのに』

 

 荒い呼吸音からブレイディアが全力で走っていることがわかった。おそらく本部の中を駆け抜けているのだろう。


「どうしてこんな無茶を……罠の可能性だってあるのに……。ブレイディアさん、どう考えてもここは一旦引くべきですよッ! 確かに状況は絶望的なのかもしれませんけど、まだ希望はあるじゃないですかッ……! こんな捨て身の賭けに出る必要なんてありませんよッ……! 奇襲なら別の場所にまた潜伏してから日を改めて行えばいいじゃないですかッ! それに、もしかしたら団長のアルフレッド様が援軍を連れてきてくれるかもしれないんですよッ!? 引き返してください!」


『……ごめんね……さっきアジトを襲撃された時に伝えればよかったんだけど……私の認識が正しければもう次の機会なんてないんだ……援軍は……もう来ないと思う……。だからこれが最後のチャンス。ラグナ君はここで待ってて。罠の可能性もあるから。それで、もし私に何かあったら……君だけでも――逃げて』


 そう言うや否や無線は切れた。 


「ブレイディアさんッ!? ブレイディアさんッ!!」


 いくら呼びかけても、もう応答は無い。ラグナは苦悶の表情を浮かべながら頭をかきむしった。 


(どうしてこんな無謀な賭けを……いや……でも……ブレイディアさんの心情を考慮すれば理解できなくもない。仲間は先生を除けば全滅。国の上層部も同様。味方はもうこの街に誰一人いない。こんな暗雲立ち込める状況で見えた一筋の光、飛びつくのも頷ける。けど……腑に落ちない点もある……さっきの言葉……援軍はもう来ない……最後のチャンス……どういう意味だ? それに……思えばアジトが襲撃された時からなんだかブレイディアさんの様子がおかしかったような気がする……そう、白いパワードスーツを着た騎士が持っていた赤い大剣の『月錬機』を見た後、露骨に様子がおかしかった。さっきの暴挙も、もしかしてアレと何か関係があるんじゃ――)


 ラグナが思索にふけっていると、耳のイヤホンからジリジリと音が聞こえて来た。その音はまさしく無線で呼びかけられる時に出る音だ。


「ッ!? ブレイディアさん! どうしましたッ!?」


『……ら、ぐなくん……逃げ……て……』


「ブレイディアさんッ!? 逃げろって、一体何が起こって――」


『やあラグナ君。昨日ぶりだね。元気そうで何よりだ』


(ッ!? この、声は……ッ!)


 ブレイディアに代わって無線に出たのは別の人物。優しく相手を包み込むような声音の持ち主だった。だが最初に聞いた時は聞き惚れたその声も、今となっては悪魔のささやき声にしか聞こえない。ラグナは敵意と畏怖の籠った声でその人物の名を呼ぶ。


「ディルムンド……様ッ……!」


 少年は諸悪の根源と再び対峙する。

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