63話 夜明け
二人の騎士と一人の協力者の活躍によりダリウスと廃墟群に一時平和が訪れた数時間後。動けるまでに回復したラグナは己の『月錬機』を回収すると気絶したフィックスが目覚めるまで待った。そして目覚めるのを確認すると同時にテトアとミリィ、人質に取られていた町の住民が全て解放されたことを伝える。
「ほ、本当なのですか……? 本当に町の住民は解放されたのですか……?」
「ええ。俺達の仲間が救出してくれました。すぐに皆さんとは会えると思います。それにテトア君とミリィちゃんもこのとおり」
ラグナの背中に隠れていたテトアとミリィがおずおずと顔を出した瞬間、フィックスは泣きながら二人を抱きしめる。
「テトアッ……! ミリィッ……! よかったッ……! 本当によかったッ……!」
「ちょッ、おじさん、恥ずかしいからやめろって……」
「うう、ちょっとだけ苦しいよぉ」
少しだけ嫌がりながらもフィックスの抱擁を嬉しそうに受け入れる二人の姿をラグナが微笑ましそうに眺めていると、パラパラと何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。音のする方を見ると、石化されていた傭兵たちの体をコーティングしていた泥のようなものがボロボロと崩れ出しやがて全てが取れる。すると固まっていた傭兵たちの体が元の人間の状態に戻る、と同時にバランスを崩し一斉に倒れてしまう。全員意識はあるようだが立ち上がることが出来ないのかうめき声をあげている。
(そうか……ロンツェが気絶したことで術の効果が消えたんだ。それで石化が解除されたのか)
納得したラグナが傭兵たちの方へ駆け寄ろうとすると、傭兵たちがいた座席の足元の方から一匹の鳥が飛びあがった。
「がはー! ようやく動けるようになったぜッ! た、助かったー!」
「ジョイッ……!?」
探し求めていた赤い鳥――ジョイが飛びあがると、ラグナの元へ飛んで来た。そして少年の肩にとまる。
「助かったぜラグナ。意識自体はあったんだけどよ、体がまるで動かなかったんだ。いやー、失敗したぜ。傭兵たちが石化させられてることまでは突き止めたんだが……ロンツェって野郎にバレちまってよ。同じように石化させられちまったんだよ」
「そうだったんだ……ごめんね。座席に隠れて全然見えなくて……その……気づけなくて……」
「いやいや、そんなの気にするなって。むしろ謝るのはこっちの方だ。偵察の役割をこなせずお前らに迷惑かけちまったんだからな。面目ない」
「ううん。無事だったならそれでいいんだ。気にしないで。それよりブレイディアさんも心配してたから顔を見せて安心させてあげて」
「ああ。そんじゃあ俺は嬢ちゃんが戻ってくるまで廃墟群の様子を空から見張っとくわ。ベティって女が戻ってくるかもしれないしな。まあとにかくなんかあったら知らせに戻ってくるぜ」
「ありがとう。でも石化から解放されたばかりなのに大丈夫?」
「ちょっとばかし羽は動かしにくいが問題ねえよ。傭兵どもと違って俺の場合は石化されてた時間がそれほど長くねえからな。それにお前や嬢ちゃんが死ぬ気で戦ったんだ。俺もちゃんと仕事やらねえとな」
「そっか……わかったよ。けど……あんまり無理しないでね」
「おう。んじゃあ行ってくるぜ」
ジョイはそう言うとコンサートホールの天井に開いた穴から外に出て行く。ラグナがその様子を見ているとベージュのズボンを履き、緑色のコートを羽織った一人の傭兵がフラフラとした足取りで近づいて来た。だが足に力が入らないのか、前のめりに倒れそうになるのを咄嗟に受け止める。
「大丈夫ですか……!?」
「あ、ああ。悪いな、助かった。やっぱまだ動き回るのは厳しそうだな」
右の頬から顎にかけて深い傷跡を持つ紫色の髪の若い傭兵はそう言うと立ち上がる。ラグナはニ十代半ばほどのその傭兵の様子を心配そうに見ながらもあることに気づく。事前に聞かされていたレイナードの部下の特徴と目の前の傭兵の特徴が一致していたのだ。そのため恐る恐る小声で声をかける。
「あの……もしかして貴方がディーンさんですか……?」
「そうだが……なぜ俺の名を知ってるんだ? ……あ、もしかしてレイナード様から聞いたのか……? 確かラグナ・グランウッドって騎士がそっちに向かうから協力しろって言われてたんだよ。アンタがそうだよな?」
「ええ。そうです。実はレイナード様から消息を絶った貴方を探してほしいと頼まれていたんです」
「ッ……!」
傭兵――ディーンは驚くと周囲をしきりに見回した後、小声でラグナに問いかける。
「……そうか……レイナードが俺の捜索をアンタに依頼したわけか……」
「はい。きっと心配なさっていると思うのでレイナード様に連絡した方がいいかと」
「……うーん……あの腹黒サディストが俺の事を心配してるとは思えないが……」
「え……?」
「ああ、いやなんでもない。まあなんにせよアンタも俺の仲間みたいなもんだ。情報の共有といこうぜ。ただここだと場所が悪い。いったん外に出よう」
「わかりました」
ラグナの肩を借りる形でディーンは歩き出し、二人はコンサートホールの外に出ると向かい合い会話を始める。
「まずは自己紹介からだな。俺の名はディーン・ドントル。レイナード様に雇われて傭兵をやりながら諜報活動なんかも行ってる」
「ラグナ・グランウッドです。王都の騎士団本部に所属してます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。それと助けてくれてありがとな」
「いえ、俺一人でやったわけではないので気にしないでください」
「いやいや何言ってんだよ。お前があのロンツェをぶっとばしてくれたおかげで俺らが解放されたのは事実なんだし礼くらい言わせてくれ。それに最後のお前は最高にイカしてたぜ。あの野郎のマヌケ面を見たおかげで胸のモヤモヤも一気にスカッとしたからな。……あとなんか言い訳みたいでカッコ悪いけどよ、実は俺もアイツらの奇襲をかわしてコンサートホールにロンツェたちを追い詰めることまでは出来たんだ……けどしくじっちまったんだよ……だからお前が俺の代わりにアイツをぶちのめしてくれてマジで嬉しいんだ」
「あ、それじゃあもしかしてコンサートホールで人質の映像を見せられて石化させられた人っていうのは……」
「ああ……そりゃ俺の事だな……あれを見せられた後は動けず石化されちまったんだ……まったく……レイナード様に顔向けできねえぜ……情けねぇ……」
「そんなことないですよッ……! ディーンさんは町の人たちのために無抵抗を貫いてくれたんですからッ……! 情けないなんてことはないですよッ……!」
「……そう言ってくれるとありがたいぜ……ただレイナード様からは絶対嫌味言われるだろうなぁ……あの人、俺が任務に失敗すると笑顔でめちゃくちゃネチネチ小言を言ってくるんだよ……すっげえ楽しそうに……」
「そ、そうなんですか……」
「ああ……生きてるって連絡したくねえ……」
ディーンが負のオーラを纏いながらブツブツと小声でしゃべり出したため、このままでは収拾がつかないと思ったラグナは話題を変えようとする。
「と、ところで情報の共有っていうのは……」
「え、あ、ああ、そうだな。まだ全部終わったわけじゃねえし、落ち込むのは後にしておくか。とりあえず俺が掴んでる情報を話すぜ」
「お願いします。それで……どんな情報を掴んだんですか?」
「奴らがラフェール鉱山で開発してる兵器についての情報だ」
「確か『αタイプ』とかいうやつですよね……?」
「お、なんだ知ってんのか。なら話は早い。その『αタイプ』なんだが、どうもまだ未完成らしいぜ。俺が奴らの奇襲から一時的に逃れて隠れてた時にロンツェの部下らしい奴らがそう言ってたんだ」
「未完成……じゃあまだ時間はあるんですね。よかった」
「まあな。だがそれは俺が石化されるまでの話だから今どうなってるのかまでは正直わからねえ。奴らの話では数日程度で完成は無理っぽい感じだったが、それでもテストが出来る段階くらいにはなるかもしれないとも言ってたんだ。だから完璧に安心はできないと思うぜ」
「そう……ですか。いづれにしろラフェール鉱山に行ってみないとですね」
「だな。俺としてもお前たちと一緒に急いでラフェール鉱山に向かいたいところだが……やっぱまだ全力で動き回るような戦いは無理っぽいなこりゃ。石化の影響が思ったよりひどいぜ」
「そうみたいですね。他の傭兵の方々もまだ満足に動けないみたいですし。ここは無理をせずディーンさんと傭兵の方々はこの場所にとどまっていた方がいいと思います」
「まあそうなっちまうよな。無理してついて行っても確実にアンタらの足を引っ張るだろうし。実はある程度まで回復してきてはいるような感じはあるんだよ。見てくれ」
ディーンはそれを証明するように歩き始める。まだ少しぎこちないものの先ほどまでと違いラグナの手を借りずとも普通に歩くことが出来ていた。
「さっきとだいぶ違うだろ? たぶん時間経過で元に戻るとは思うんだが……まあそれでも今すぐには無理そうだし仕方ねえか。とりあえずこの廃墟群にいるダリウスの住民をここに集めて俺達が守ることにするよ。まだ脅威が完全に去ったわけじゃねえしな。それにロンツェの野郎が気絶から回復したら出来るだけ情報を吐かせとくよ」
「わかりました。それと町の人たちのこと、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。まだ万全とはいえないが、仮に敵が襲って来た時はうまく立ち回るからよ。ただラフェール鉱山の方は完全にアンタたちに任せることになっちまう。マジで悪いな」
「平気です。一人だけだったら厳しいかもしれませんが、頼りになる仲間がいますから」
「そうか……そうだったな。……おっと、噂をすれば……アレはアンタの頼りになる仲間じゃねえの?」
ディーンの指差した方からジョイを肩に乗せたブレイディアが走って来たためその姿を確認したラグナは顔をほころばせる。やがて小さな女騎士はここまでやって来た。
「ラグナ君、よかった! ロンツェに勝ったんだね! まあ信じてはいたけど安心したよ」
「ご心配おかけしました。おかげさまでなんとか倒すことが出来ました。ブレイディアさんの方も無事でよかったです。それにジョイにも会えたんですね」
「うん。帰ってくる途中でね。いやー、それにしてもしくじり鳥の石像が見られなかったのはホントに残念。うぷぷ」
「くぅぅぅッ……! ドジって石像にされたことは事実だからなんもいえねぇッ……!」
どうやらここに来るまでに事情を話し、その結果散々弄られたらしいジョイはクチバシをギリギリと悔しそうに鳴らしていた。だがそんなことなどお構いなしにブレイディアはラグナのそばにいたディーンに目を向ける。
「あれ? ラグナ君、その人は?」
「えっと、この方は……」
「初めましてブラッドレディスさん。お会いできて光栄だ。俺の名はディーン・ドントル。雇われた傭兵の一人さ。今このラグナさんに手に入れた情報を渡していたところなんだ」
「へぇ……そうなんだ。ディーンさんね。私はブレイディア・ブラッドレディスだよ。よろしくね。にしても、傭兵の人たちの石化も解けてホントよかったよ。ところでどんな情報をもらったの?」
「それが……」
ラグナはディーンから聞いた話や傭兵たちの石化の後遺症、廃墟群にいる町の人たちのをどうするかについて話し合った内容を簡潔に伝えた。それを聞いたブレイディアは頷く。
「――うん、私も傭兵の人たちがここに残って町の人たちを守ることには賛成。そうすれば安心してラフェール鉱山に向かえるしね」
「ブレイディアさんの同意が得られてよかったです。ところで追っていたジョセフ支部長とウェルさんはどうしたんですか?」
「ウェルさんは気絶してる。それほど重傷じゃないから大丈夫だよ。話を聞いたら彼にも色々と事情があったみたいでさ、とにかく悪い人じゃないからもう放置しておいても問題ないと思う」
「そうですか……」
一時敵になっていたとはいえウェル自体にそれほど悪感情を持っていなかったラグナはそれを聞きホッとする。だがそれも束の間、ブレイディアが邪悪な笑みを浮かべた。
「んで、放置しちゃいけない極悪人にはきっちりケジメつけさせたよ」
「ケジメ……ですか……?」
「うん。これ見て」
ブレイディアが取り出した携帯を操作し、ラグナにそのディスプレイを見せる。それを見た少年騎士、傭兵、鳥は三者三様の反応を見せるも、顔は共通して引きつっていた。三人をドン引きさせたディスプレイに写っていたもの――それはパンツを残して衣服を剥ぎ取られボコボコにノサレたゴルテュスとジョセフの姿。体は鎖のようなもので拘束されており、精根尽き果てたような顔で白目を剥き口と鼻から血を流したその様子は死体と説明されても容易に納得できた。ゆえに少年は問いかける。
「あの……これって……もしかして死んじゃってるんじゃ……」
「大丈夫生きてるよ。10分の9殺しくらいに抑えといたから」
『ほとんど死んでんじゃねえか……』と傭兵と鳥はボソッと呟くも意に介さないブレイディアは爽快な顔で言う。
「いやー、悪党をぶちのめすとホントスカッとするね。これでダリウスの人たちも少しは報われるといいけど」
「そ、そうですね……と、ところでレスヴァルさんから連絡って来ましたか?」
「うん、来たよ。さっそく合流したいんだけど、どうもラフェール鉱山近くの地元の人しか知らない場所に身を潜めてるんだって。だからガイドが必要なんだ。それでフィックスさんにお願いできないか頼もうと思って」
「そうだったんですか。それじゃお願いできないか聞いてみましょう」
「そうだね。……あ」
ブレイディアが天を見上げたのにつられる形でラグナは空を見た。すると陽の光が見え、廃墟群を照らし始める。
「……夜明けですね」
長かった夜が明けた。