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61話 理想の騎士

 決闘が始まっておよそ五分。ブレイディアはその決闘という名の処刑を見せつけられ怒りではらわたが煮えくり返っていた。


「オラオラどうしたッ……! 『英雄騎士』の称号を貰った英雄様の実力はこんなもんかよッ……!」


「ぐ、はッ……!」


 ロンツェの回し蹴りをわき腹に食らったラグナは吹き飛び床を転がり倒れる。五分前から同じようなことの繰り返しだった。蹴りか、拳、大盾による殴打によって少年は吹き飛び、その度に痛みを堪えながら立ち上がる。そしてまた攻撃を受け――の負の連鎖。悪党に屈することの無い姿勢を見せる少年騎士は隙をつき、なんとか反撃しようと試みているものの『月光』を纏った相手に生身で挑むという自殺行為が成立するはずも無く嬲られ続けているのが現状だった。ベティはそれを見てため息をつくとこちらに背を向ける。


「――おいベティ、どこに行くつもりだ?」


「もう私がいなくても問題ないでしょ。こんな悪趣味な処刑興味ないの」


「おいおいそんなつれないこと言うなよ。だいたいお前は俺の副官なんだ。興味無くともそばに控えておくのが普通なんじゃねえのか?」


「――フェイク様が戻って来てないか確認しに行くのよ。貴方だってそれは気になるでしょ?」


「……しょうがねえな。だが確認が終わったらすぐ戻ってこい。いいな?」


「わかったわ」


 ベティはそう言うとコンサートホールから出て行った。


 ロンツェはそれを横目で見送った後、舌打ちし決闘は再開する。


 それからも一方的な暴行が何度となく行われ、やがてうつぶせで倒れ動かなくなったラグナに向かってロンツェは近づいていった。


「……とうとう動かなくなったか。んじゃあ、そろそろトドメといくか」


 ロンツェが足をあげてラグナの後頭部踏みつぶそうとした瞬間――。


「じゃあなあ、おバカな英雄さんよぉ」


 ――突然起き上がったラグナが、右手で持っていた剣でロンツェの喉元に向かって鋭い突きを放つ。しかし――周囲に響いたのは肉を切り裂く音ではなく金属がぶつかるような甲高い音。


「――おっと、今のは少し驚いたぜ。まさか騎士様がだまし討ちしてくるとはなぁ。だが残念、そんなすっとろい攻撃、見た後でも余裕で防げるぜ」


「ぐッ……!」


 大盾によって防がれ、そのまま剣を二階の観客席に弾き飛ばされたラグナは歯噛みする。少年の不意打ちを事前に理解していたブレイディアもこれには内心舌打ちした。


(……くッ、今の不意打ちが最後のチャンスだった。……たださえ『月光』を纏った『月詠』相手に生身で挑むなんて無謀なのに……しかも動きを見るに、あのロンツェって奴はおそらくラグナ君が普通に戦っても互角以上に立ち回れるほどの戦闘経験があるはず……そんな相手に『月光』無しで勝てるはずない……ラグナ君自身もそれはわかってるはず。だからこそあえて攻撃を受け続けて油断を誘い不意打ちの機会を作ったのに……でも失敗した……これ以上続ければもうラグナ君の体が……)


 ブレイディアはただ見ていることしか出来ない自分に怒りを覚え拳を強く握りしめる。


 ブレイディアは状況を打開するためにあらためて周りを確認する。舞台の端にいるのは自分と気絶したフィックス。テトアとミリィが人質に取られていたにも関わらず何の反応も無いと思っていたが、どうも二人が縛られ連行されてきた光景を見てショックのあまりいつの間にか気絶してしまっていたらしい。ゆえに二人が助けられ二階の観客席いることは知らず現在もうなされている。舞台の端に移動させる際に起こそうかとも思ったが、起こしてもスクリーンに映された別の地獄を知るだけなので起こさない方がいいと女騎士は判断した。


 続いて一階の観客席――そこには眉間にシワを寄せたジョセフとウェルが飛びまわる剣に牽制されながら佇んでいた。今のところはなんの動きも見せないため注意しつつも今は置いておくことにする。


 二階の観客席にいるテトアとミリィにも怪我は無く、二人とも理不尽な決闘を心配そうな顔で見つめている。


 そして最後――舞台の中央で戦いを繰り広げている二人のうち、ラグナに目を向けた。


(……このままだとラグナ君は確実に死ぬ。ラグナ君がやられれば次はおそらく私の番。……仮に私たちがこのまま大人しく殺されて『ラクロアの月』の計画が全て終わったとしても、こいつらがダリウスの人たちを無事に解放するって保障はどこにもない)


 ブレイディアはちらりと横目で未だにジョセフの周りを漂っている剣たちを盗み見た。


(……ジョセフ支部長を牽制している剣についてはロンツェは何も言わなかった。たぶん支部長に何かしようとロンツェは気にしないってことなんだろうけど……)


 ブレイディアが強く念じ、浮かぶ剣の軌道がわずかにロンツェに向いた瞬間――サングラスの奥の眼光が鋭く女騎士を射抜いた。


(……駄目だ。奴はやっぱり私の動きを警戒してる。……もしかしたらこの空を飛ぶ剣を使った最初の奇襲もロンツェは初めからわかっていたのかもしれない。そのうえで支部長の勝手な動きを抑えるためにあえて見過ごした可能性も考えられる。……そうなると奇襲にもうこの手は使えない。それに奇襲が出来たとしてもそれに気づいたスクリーンの向こう側の連中がどういう動きをするかわからない以上迂闊に動けないよ)


 ブレイディアはうなだれながらも思考する、最善の道へ至るために。だがいくら考えても最悪の二択が脳内で突きつけられるだけだった。


(……くッ……結局二択しか思い浮かばない……ラグナ君を助けてロンツェの命令に逆らうか、大人しくラグナ君と運命を共にするか……私たちが死ぬことで確実に町の人たちが助けられるなら考えるまでも無い。けど今回はそうじゃない。ダリウスの人たちは兵器の製造っていう奴らの機密事項に触れてしまっている。そうなると……確実ではないけど……下手をすれば私たちが殺された後、ダリウスの住民全員が始末されるって展開も十分あり得る。でも……もしかしたら殺されないかもしれない……だから……選ばなきゃいけない……私たちの命かダリウスの住民の命……あの時と同じように……どちらかを……)


 ブレイディアの脳裏にかつての記憶が蘇る。雨の中、大量の罪なき人々の骸の中でただ一人立ち尽くすかつての自分の姿が。



 テトアは殴られ続けるラグナをなんとも言えない顔で見つめていた。二階の観客席にいても悪漢の罵声は絶え間なく聞こえてくる。


「ギャハハハハ! 弱いんだよ! このボケがッ! オラ、不意打ちなんて出来る体力あんならもっと機敏に動きやがれ!」


「う、ぐッ……」


 殴られ吹き飛び倒れながらも再び立ち上がろうとするボロボロのラグナに対してテトアは聞こえないほどの小さな声を震わせながら呟く。


「……やめろよ……」


 だがその声を知ってか知らずか再度立ち上がったラグナはロンツェに向かってフラフラの体で殴りかかるも、避けられ――。


「このカス野郎がッ! 当たんねーんだよッ!」


 ――重い膝蹴りを腹部に受け倒れると同時に吐血しうずくまってしまう。そんなラグナの頭をロンツェはグリグリと虫でも踏み潰すように踏みつける。


「――にしてもタフな野郎だなぁ。こんだけ『月光』使って攻撃してるってのに骨すら折れねえとはよぉ。どんな体してやがるんだてめえは。ああ? 鉄で出来てんのかてめえは――ってうおッ!?」


「ぐぅぅぅッ……!!!」


 足を掴み強引に振り払ったラグナに不気味なものを感じたのかロンツェは後ろへ跳び距離を取る。その後ズタボロの少年は足に力を込めて立とうとするも、よろけて倒れてしまう。それでも立ち上がろうとした瞬間――二階からテトアの叫びが響いた。


「もうやめろよッ!!!」


 ――少年の心からの叫びはなおも続く。


「『月光』使ってるやつに生身の奴が勝てるわけないだろ!? アンタも『月光』を使って戦うか、逃げろよッ! このままアンタが大人しく殺されたって、町のみんなが解放されるって保障はどこにもないんだぞ!? それくらいアンタだってわかってるんだろ!? もういいよッ! この町はもう……とっくに死んでるんだッ! アンタがそこまでする必要なんてないんだよ! 騎士は……ただの仕事だろ!? 自分の利益にならないただの仕事に命かけるなんて馬鹿みたいだよ!」


 テトアは叫びながら内心思っていた。


(……そうだ。騎士はただの仕事……そこに正義なんて無い……ただ権力者のために動く……それだけだ……)


 自身の両親を切り捨てた騎士の背中を思い出しテトアの心にドス黒い感情が湧き上がる。しかしそれはすぐに打ち消された――再び立ち上がろうとするボロボロの少年騎士を見たことによって。しかも立ち上がってすぐに足を引きずりながら生身で再び敵に向かって行こうとするその姿に思わず声が出てしまう。


「――なッ……!? なにやってんだよ!? 『月光』を使えって! 使えばアンタたちは助かるだろッ!? 騎士は正義の味方じゃないんだ! だいたいそんなものこの世にはいないし、アンタがなる必要もない! もっと現実的な行動をしろよッ!」


 だがテトアの言葉を黙殺したラグナは再びロンツェに殴りかかるも、避けられすぐに殴り返される。しかしその後もほぼサンドバック状態だったものの少年騎士は決して倒れることはなかった。その血濡れの姿に小さな少年の心は揺れ動く。


(……騎士は正義の味方じゃない……俺が思い描いていた理想の騎士は幻想……弱気を助け強きを挫く正義の騎士なんてのは世間知らずのガキの妄想でしかない……実際はより強いものに従い自分のために弱者を切り捨てる……現実の騎士はそうだった……俺はあの時それを知った……なのに……)


 己のために自分の両親を切り捨てた利口な騎士の背中に、自分には関係も無ければ利益にもならない人たちのためにボロボロになってあがく愚かな騎士の背中が重なり上書きされそうになる。テトアはそれを否定するように激しく首を横に振った。


「……やめてくれよ……諦めたのに……忘れようとしたのに……それなのに……」


 賢い現実を否定する目の前の愚かな理想によって小さな少年の頬から雫がとめどなく流れ落ち始める。


「……また……期待しちゃうじゃないか……」


 かつての憧れが胸の奥から湧き上がってくるような感覚と最愛の両親を殺した現実の間で板挟みになったテトアは苦しさのあまり胸を両手で押さえた。



 ロンツェの重い蹴りを受けたラグナは再び弾き飛ばされる。倒れないようにしていたものの限界を超えたのか膝から崩れ落ちてしまう。だがその瞳からは未だ闘志は消えず、膝立ちになりながらも敵を睨み続けていた。それを見た悪党はうんざりした様子でため息をつく。


「その眼、まだ諦めねーってか? つくづくめんどくせえ野郎だぜ。……しっかしてめえもバカだよなぁ。あのガキの言う通り『月光』を使えばまだ勝ち目もあるってのによ。あんな連中のためにわざわざ嬲られるとはな。ああ、いや……そういやお前だけじゃねえか。他にもバカな奴がもう一人いたなぁ」


「……誰の事だ」


「ダリウスに来た傭兵の中で一人だけ俺らの奇襲をかわし続けてここまでたどり着いた奴がいたんだよ。そいつのことさ。やたらと強い奴だったが、お前らと同じようにあの映像見せたら大人しくなっちまってよ。無抵抗で石化されてくれたぜ。どこに置いたかは忘れたがあの観客席に飾ってあるはずだ。お前と同じようにお優しいお馬鹿さんだったぜ。あんなカスみたいな奴らのために自分を犠牲にするなんてよぉ」


「……カス、だと……」


「ああ、そうさ。ああいう連中はな、豚や牛と一緒なんだよ。強いものに飼育され食われることでしか価値を見出せない生まれついての弱者、負け犬。それが奴らだ。言ってて思ったが、マジで惨めだなぁ。搾取されてゴミみてえに捨てられる。スクリーンのあの面見ろよ、心も折れて抗う気力もねえみてえじゃねえか。滑稽だねぇ、ギャハハハハ!」


「……違う……」


「――ああ? 何が違うってんだよ」


「……ダリウスの人たちは……弱者なんかじゃない……家族を人質に取られても……それでも希望を信じてゴルテュス子爵やお前たちの言う事を聞き続けた……耐え続けた……絶望しても前に進もうとし続けていたんだ……そんな人たちを負け犬とは呼ばせない……それに今も必死に戦ってる……自分に訪れるかもしれない死の恐怖や家族を殺されるかもしれない不安と……ただ暴力しか振るえないお前たちよりもよほど芯の通った強さを持ってる……お前にあの人たちを笑う資格なんて無いッ……!」


「――チッ……ホントにムカつく野郎だな。まあいい。どんなに叫ぼうが運命は変わらないんだからよ。さて、と……嬲るのもそろそろ飽きてきたし……お前にはもう――死んでもらおうか」


 ロンツェが身に纏った黄金の光を強め殺気をラグナに向けながら迫って来た。それを見て傷だらけの少年の顔はこわばる。


(……どうすればいい……ゲイズと戦った時も似たような状況になったけど……あの時は人質に取られていたジュリアとリリがすぐそばにいた……だからなんとかなった……でも今は違う……絶対に手の届かない位置に人質はいる……諦めるしかないのか……もう……)


 思考しているうちに徐々にロンツェは近づきやがてすぐそばまでやってくると拳を振り上げた。


「――俺の全力のパンチを食らって脳髄飛び出るくらいグチャグチャになって死になッ……!!! 無様でクソッタレな英雄さんよぉッ……!!!」


「くッ……!」


 ラグナが死を覚悟した瞬間、自身の名を呼ぶブレイディアとテトアの声が響く。がそれを打ち消すようにしてスクリーンに映っていた映像から絶叫が聞こえた。それは『ラクロアの月』の構成員たちの断末魔の叫び。次々に腹や胸を岩で出来た杭のようなもので貫かれ絶命していく映像が突如として流れ始めたためロンツェは思わず拳を空中で止めてしまい驚愕する。


「な、なんだッ……!? お、おいてめえら……! いったい何があったッ!? 答えろッ!」


『…………』


 しかし血まみれで倒れ伏す『ラクロアの月』の構成員たちはその問いには答えず、代わりに別の声が映像から聞こえ始める。それは澄んだ聞き覚えのある美しい女性の声。


『――まったく……本当に下衆な作戦を立てるものだ。民間人を人質に取り決闘という名の一方的な暴行を仕掛けるなど、人のすることとは思えないな』


「だ、誰だてめえはッ……!?」


『ああ、そうか。この位置だと顔までは見えないのか』


 そう言うとスクリーンに白髪の美しい女性の姿が映し出される――探し求めていた失踪した仲間の突然の登場にラグナは思わず叫んだ。


「レスヴァルさんッ……!? よ、よかった……無事だったんですね」


『ああ、この通りピンピンしているよ。心配をかけたようですまないね。連絡を絶ち姿を消していた理由に関しては後程説明させてもらうよ。とにかく、助けるのが少々遅くなったが人質はこうしてちゃんと確保した。つまり君たちの身動きを封じていた鎖は壊されたわけだ。不自由な思いをしただろうがもう心配ない――二人とも、思う存分暴れるといい』


 レスヴァルの言葉に対して真っ先に反応したのはブレイディア。緑色の光を纏うと同時に凶悪の笑みを浮かべながら口を開く。


「――ありがとうレスヴァルさん。本当に助かったよ。これであのグラサンクズを思う存分叩きのめせる」


 笑みを消したブレイディアは身に纏った月の光を強めながらロンツェを睨み付ける。


「よくも私の大切なラグナ君をボコボコにしてくれたね。十倍返しでお礼してあげるよ」


「……へッ、やってみろよ! 人質がいなかろうが俺の強さは変わらねーんだ! てめえとそこのボロ雑巾が二人がかりでかかってこようが瞬殺してやるぜ!」


 言いながらも警戒したのかロンツェは大きく後ろへ跳び退きラグナから距離を取る。それに対してブレイディアは殺意を込めた視線を送りながら敵に近づこうとするも――。


「じゃあ遠慮なくやらせてもらうよ――」


「――待ってください」


 ブレイディアの声を遮り殺気を打ち消したのはラグナの声。少年はゆっくりと立ち上がると同時にどうしたのかと視線を送る女騎士に背を向けたまま話し始める。


「……ブレイディアさん、アイツは……俺一人にやらせてください」


「え、ちょ、ラグナ君何言ってるのッ……!? その怪我じゃ――」


「――お願いします」


「……ラグナ君……」


 少年の言葉と背中から伝わる気迫に押されたブレイディアは目を瞬かせた後に、フッと表情を崩す。


「……わかったよ、ラグナ君。アイツは君に任せる」


「ありがとうございます」


「……仕方ない、あの趣味の悪いグラサンを叩き割るのは諦めるか。代わりに――」


 ブレイディアの鋭い視線が狼狽えるジョセフに突き刺さる。


「――あの趣味の悪い丸メガネを叩き割ろうかな」


「――ひッ……い、行くよウェル……!」


「――了解です」


 ホールの外へ駆け出そうとしたジョセフを未だに飛んでいた剣が襲うも、ウェルによって叩き落され二人の堕ちた騎士は外に逃亡した。それを追うように剣を元の形状に戻したブレイディアは駆け出す。残ったのは気絶したフィックスとテトア、ミリィを除けばラグナとロンツェのみ。女騎士が出て行った後、不気味な笑みを浮かべた悪党は静かに語り始める。


「――クク、マジかよ。この期に及んで俺と一対一でやるとか正気とは思えねえな。イカレてんじゃねえのお前」


「……まだ、決闘の決着がついてない……一度始めた以上……最後までやってもらう」


 ラグナはそう言うと足を引きづりながらロンツェに向かって歩き始めた。


「……言っとくが、まだ石化した傭兵どもがいるんだぜ? 当然『黒い月光』は使えねえわけだ。そこんとこも理解してるんだろうな?」


「……初めから……使うつもりは無い……」


 それを証明するかのようにその身には銀の光が纏わりつく。その光景を見たロンツェはニタリといやらしい笑みを浮かべた。


「――そうかい。つまり武器も持ってないうえそのボロ雑巾みたいな状態でこの俺様と普通に戦うと、そういうことか。クククク、そうかそうか。わかったよ――そんなに死にてえのか。だったら一思いに殺してやるぜ」


「…………」


 ラグナはもはやロンツェの問いには答えず無言で進み続けた。



 上からボロボロの状態にもかかわらず進み続けるラグナの姿を見たテトアは顔を引きつらせる。


(む、無茶だ……いくら『月光』が使えるようになったって言ってもあんな傷だらけの状態でまともに戦えるはずない……それに相手は無傷のうえ体力も有り余ってるんだぞ……どう考えたって勝ち目なんてないのに……なんで一人でやるなんてこと……マジで殺されちまうよ……せめて『月錬機』があれば……あ……)


 テトアの視線の先には二階の観客席近くの壁に突き刺さったラグナの剣が見えた。どうやら弾き飛ばされた後にあそこに突き刺さったらしい。


(……そうだ……あれを届けられれば……)


 テトアは大人のそれと比べれば小さくまだ頼りない『月光』を纏うと剣の突き刺さった壁の場所まで走って行き、柄を掴むと引き抜こうとしたが――。


「――ぬ、抜けないぃぃぃッ……!」


「て、テトアお兄ちゃんッ……!」


 いつの間にか近寄って来ていたミリィに目を向けたテトアは懇願する。


「み、ミリィ手伝ってくれッ……!」


「う、うん……でも……」

 

 ミリィは何か言いたげな様子で下の階を見る。テトアもつられてそちらを見ると、そこにはすでにロンツェの目と鼻の先まで近づいていたラグナの姿があった。


「お、遅かった……クソッ……!」


 テトアは舌打ちしラグナの方を見ながらも再び握った剣の柄に力を入れた。



 大盾を構えたロンツェはゆっくりと拳を振り上げたラグナを見て心底軽蔑していた。


(……ったく何考えてんだこの死にぞこないはよぉ。そんなに無様を晒したいかねぇ。そもそも『黒い月光』が使えないてめえなんぞただの青二才だろうが。こちとら天井からの奇襲でだいたいのてめえの実力は把握してんだよボケ。しかも攻撃手段がただのパンチって……そんなもんでこの俺の盾を壊せるとでも思ってんのか。こいつマジもんの馬鹿だぜ)


 ロンツェは笑いを噛み殺しながらラグナを挑発する。


「おら、先に攻撃させてやるからさっさと殴ってこい。英雄様のパンチを見せてみろや」


「…………」


 ラグナはそれを黙殺すると目をつむり拳を構えたまま腰を落とした。ロンツェは次に起こるであろうことを予測し戦いの終わりを脳内で思い描く。


(へッ……こいつのひょろひょろ英雄パンチを盾で受け止めたらそのまま腕をへし折ってやる。そして術で石化させ粉々に砕いて終わりだ)


 ロンツェは完璧なシュミレートを終え万全の状態で待ち構えていた――つもりだった。だが予想外のことが起こる。なんと突如目の前の少年を包む光が爆発的に膨れ上がったのだ。その大きさたるや、五十メートルを超える舞台全てを覆いつくさんとするほどのものだった。


「な……なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁッ……!? ば、バカな、こんな大量の『月光』纏えるはずが……いや……そうだ……前にも見たことがある……これは……」


 ロンツェの記憶にあったのは通常では考えられないほどの大量の銀の光を身に纏い敵を殲滅する仮面の男――フェイクの姿。その仮面の奥から覗く赤い瞳と今眼前で眼を見開いた少年の左目の真紅の光が重なった瞬間――ラグナの右こぶしによる殴打が凄まじい速度で放たれ轟音と共に大盾が破壊された。


「――が、はぁぁぁぁ……おっぶぇぇぇぇぇ……」


 大盾を貫きそのまま腹に深々と突き刺さった拳によってロンツェは血の混じった吐瀉物を口からぶちまける。そんな無様を晒した悪党に対しラグナは静かに言った。


「――思い知れ。ダリウスの人たちが受けた痛みはこんなものじゃなかったはずだ」


「……が、はぁぁぁぁ……」


 金色の光が消えると同時に白目を剥いて失神したロンツェはその場に崩れ落ちたのだった。と同時に少年の左目の光も消え失せる。



 テトアはたった一撃でロンツェを倒したラグナを見て驚きのあまり握っていた剣の柄を放してしまう。


「す……すげえ……」


 ミリィも同様に口をポカンと開けて放心状態だった。だが銀色の光が消えたラグナの体がフラフラと揺れゆっくりと後ろに倒れた瞬間に二人の子供は正気に戻る。


「ミリィ、お前はここにいろ。俺があの兄ちゃんの様子を見てくる」


「う、うん」


 ミリィをこの場に残したテトアは赤い光を纏った状態で駆け出し、一階に飛び降りる。一階まで三十メートルほどあったため着地の瞬間はかなり痛かったものの、子供とはいえ『月光』を纏った『月詠』。その程度では怪我はしなかった。ゆえにラグナのもとにたどり着くまでそれほど時間はかからなかったのだ。到着すると『月光』を消し倒れている騎士に駆け寄る。


「――兄ちゃん!」


「……あ……テトア君……さらわれる時……怪我とかさせられなかった……? ごめんね……俺達があの場を離れなければ君たちがさらわれることもなかったかもしれないのに……」


「そんなことはもういいよッ……! それより大丈夫かよッ……!?」


「……うん……なんとか……ね……いつつ……」


 テトアが手を貸し上半身だけ体を起こしたラグナは小さな少年にお礼を言いつつスクリーンに映ったレスヴァルに頭を下げる。


「レスヴァルさん。本当にありがとうございました。俺達だけだったらかなり危なかったと思います」


「気にしないでくれ。本当ならもう少し語り合いたいところだが、ここにいつまでもとどまっているのは危険だと思う。だからひとまずダリウスの人々を連れてここを離れるよ。落ち合う場所はブレイディアさんの携帯に連絡するから彼女から聞いてくれ」


「わかりました。そこを離れる際はどうか気を付けて」


「ああ。君もな。しかしブレイディアさんの方は大丈夫だろうか。騎士二人を追って行ったようだが……」


「大丈夫です。ブレイディアさんの強さは本物ですから」


「……そうだな、愚問だったか。ではまたあとで」


 レスヴァルがそう言い残すとスクリーンから映像が消えた。直後二人の会話が終わったのを見計らってテトアがラグナに声をかける。


「……あの……」


「ん? どうしたの?」


「……どうしてそんなに体を張ってまで町の皆を守ろうとしたの? 死ぬかもしれなかったのに……それなのに……どうして……」


 その質問を受けてラグナは笑顔で言った。


「騎士だからだよ」


「ッ……!」


 その解答を聞き暗い表情でテトアはうつむいてしまう。


「……でも……騎士は……そんなんじゃなかったよ……俺の見た騎士は……」


「……うん、わかってる。町の人たちを苦しめて、君の両親を手にかけたんだよね。その事実はこれから俺が何をしようと変えられない。それはわかってるんだ。でもさ、それでも何かしたいと思ったんだ。少しでもこの町の人たちに寄り添えるようなことを……」


「……兄ちゃん……」


「……それになにより……君の理想をこれ以上壊したくなかった」


「……俺の……理想……?」


「そう。君は現実を知って騎士になることを諦めたってそう思ったけどさ、そんなに簡単に理想って消えないんじゃないかとも思ったんだ。どんなに忘れようと思っても、消したいと思っても、それは無くなってくれない。俺もそうだったからさ、君もそうじゃないのかなって思ったんだ」


「兄ちゃんも……?」


「うん……俺も色々あって騎士っていう仕事について考えさせられたことがあってさ。現実の騎士はそんなにいいものじゃないんじゃないかって。……でも、やっぱり理想の騎士っていうものを捨てきれなかった。だから決めたんだ。もし現実にそんな理想の騎士がいないなら、自分でその理想をとことん追求しようって」


「理想の……騎士……」


 テトアの脳裏にかつて思い描いた強く気高い騎士の姿が甦る。ラグナはそれを察してか、言葉を続けた。


「テトア君の中にもあるんでしょ? 自分のなりたい理想の騎士が。……そんな君の理想を壊すような騎士は、俺にとって騎士じゃないんだ。そんな騎士にはなりたくなかった。それが逃げなかったもう一つの理由。ああ、でもそうなると俺も自分のために戦ったことになるから、結局自分本位なダメな奴なのかもしれないね」


「…………」


「テトア君、君にも理想があるのなら他の騎士のことなんて気にする必要はない。どんなに騎士の汚い部分を見せつけられようが、いいんだよ。君は君の目指す先を見据えればいいんだ。だって君の理想は、君の憧れは――何一つ間違ってなんかいないんだから」


「……ッ!」


 その言葉を聞いた瞬間、封じ込めていた騎士への憧れと感情が溢れ出し涙がとめどなく流れ落ちる。


「……うう……」


 声を押し殺して泣くテトアの頭をラグナはいつまでも優しく撫で続けた。 

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