56話 小さな救世主
フィックスに連れられて廃墟を進んでいたラグナ達だったが、やがて青い屋根の廃屋の前で一行は立ち止まる。
「ここが私の暮らしている廃屋です。そこら中穴だらけですが、ご容赦ください。ここでなら安全に話し合いが出来るとおもいますので」
そう言って廃屋に入っていったフィックスを追いかけラグナ達も中に入る。説明通り壁には小さな無数の穴が開いていたが、床は綺麗に掃除されており必要最低限の家具もそろえられていた。なによりスイッチによって天井に取り付けられていた照明器具が部屋を照らしたことに二人は驚く。
「驚いた……電気が使えるんだね」
「ええ。とはいえ町から電力が来ているわけじゃないんです。小型の発電機を使って夜だけ灯りをつけるようにしています」
「そっか。やっぱり不自由な生活してるんだね。早いところ私達が何とかするよ。だから教えてくれるかな。この町でいったい何が起こったのかを」
「はい、お話します。そちらに腰掛けてください。順を追って説明しますので」
フィックスに促され木製のテーブルに備え付けられた木の椅子に二人は並んで腰かける。直後、フィックスは二人の対面に座りついに話が始まった。
「奴らが……『ラクロアの月』がこの町にやって来たのは四か月ほど前になります。突然現れた奴らは圧倒的な力で駐屯騎士たちを倒し屈服させるとゴルテュス子爵様を脅し瞬く間にこの町を支配してしまいました。当然子爵様や騎士団支部の方々、町の住人達はこの状況を何とかしようと協力し密かに王都にこの現状を知らせたのですが……」
「……たいしたことはしてもらえなかったんだね」
「……そうです。どういうわけか何度救援を要請しても返事だけしか返って来ませんでした……最初はどうしてなのかと疑問を抱いていましたが……王都も私達が想像していなかったほどに大変な事態に陥っていたことを新聞で知りようやく理解しましたよ」
フィックスはテーブルに積まれていた新聞の一番上を広げて二人に見せる。そこにはディルムンドの反乱とそれを鎮圧した伝説の力を持つ少年のことがデカデカと載せられていた。プロパガンダに利用された時のことを思い出したラグナは複雑そうな顔で新聞を見ていたが、ブレイディアは納得したように頷き小声で隣の少年に話しかける。
「……なるほどね。四か月前っていうとまだディルムンドが王都を支配してた時。アイツも『ラクロアの月』が裏で資金援助してたことは知ってたみたいだからたぶん握りつぶしたんだろうね」
「……それで救援要請が届かなかったんですね……」
二人が小声で会話しているとフィックスが首をかしげる。
「……あの……何かおかしなことでも言ったでしょうか……?」
「あ、ううん。違うの、こっちの話。それより王都の事を新聞で知ったのならその時にもう一度救援要請を出せばよかったんじゃない? 王都はもう正常に戻ってたわけだし」
「……もうその頃には王都へ救援を要請するほどの余力が私たちにはありませんでした。王都へ秘密裏に連絡を取っていたことがバレてしまい騎士や子爵様を含むこの町の住民の家族や恋人、友人など大切な人が人質に取られ身動きが取れない状態にされてしまったのです。その後はもう町の住民だけでなく騎士団やゴルテュス子爵様も奴らの言いなりになるしかありませんでした……」
「……そうだったんだ。悪い事したね……もう少し早く気づければ町を救うことが出来たかもしれないのに……本当にごめんなさい」
「……すみませんでした」
ブレイディアとラグナが立ち上がり深々と頭を下げたことに驚いたフィックスは慌てる。
「い、いえお二人の責任ではありませんよ! 頭を上げてください!」
「ううん。元はと言えばディルムンドの反乱が原因みたいなものだし。身内の失態みたいなものだからね。だからちゃんと謝罪させてほしいの。謝ったところでこの町の人たちの傷が癒えるわけじゃないけど、ケジメだからね」
「ブレイディアさんの言う通りです。そして謝罪だけじゃなく、必ずこの町の人たちは助けます。ですからもう少しだけ辛抱してください」
「…………」
二人の真摯な姿勢を目の当たりにしたフィックスは一瞬だけ苦しそうな表情になりポツリと漏らす。
「…………すみません…………」
その言葉を聞き二人は思わず顔を上げる。
「え? なんでフィックスさんが謝るの?」
「あ……いや……えっと……お二人にかえって気を使わせてしまったことが申し訳なくて……そうだ。そろそろ本題に入りましょう。謝罪の言葉は受け取ったのでどうか座ってください」
フィックスに促された二人は再び着席するといよいよ本題に入る。
「実はお二人に接触した理由は『ラクロアの月』に囚われた町の住人を救出してほしかったからなのです。町の住人がどこに捕まっているのかはわかっていたのですが、警備が厳重で私たちのような逃げる事しか出来なかった一般市民ではとても……歯がゆい思いをしていたそんな時に騎士団から情報が漏れて来たのです。この町に傭兵の集団と騎士が派遣されてくると。傭兵の方たちは我々が接触する前に町の人間に偽装した奴らにだまし討ちされやられてしまったのですが……なんとか派遣されてくる騎士の方にだけでも情報をお伝えしようとここに逃げ込んだ住人たちで交代して町を見張っていたのです。それでようやくあなた方と出会うことができました。しかしもう少し早く接触するべきでしたね。危うく傭兵の方たちの二の舞になるところでした。申し訳ありません」
「いいよいいよ。町中敵だらけなんだから私たちに迂闊に接触してたら貴方たちまで危険な目に遭ってたかもしれないしね。それより町の人たちがどこに捕まってるか教えて」
「……わかりました。町の住人たちが捕まっているのはダリウスから南にある洞窟の中です」
「よし、それじゃあさっそく行ってみようか」
「ま、待って下さい! 調べたところ夜は警備がかなり厳重になるので、救出を行うのでしたら朝まで待った方が……」
「でも町で私たちを探してる敵が私たちを見つけられなかった場合、逃げた貴方たちと密かに接触した可能性を考えるんじゃないかな? で、当然町の住人が洞窟で人質に取られていることを私たちが知ったって思うよね。そうなると警備が余計に厳しくなるんじゃないかな。だからやるんなら今が一番いいと思うんだ。向こうが気づく前にね」
「た、確かにそうかもしれませんが……で、ですが……ほら……貴方たちは森での戦いからロクに休んでいないわけですし……ここは朝まで休養を取った方がいいと思うのです。疲れが溜まっていては戦いの時に集中できないと聞きますし……」
「…………」
必死に説得しようとするフィックスを無言でジッと見つめていたブレイディアに対してラグナがここで口を挟む。
「フィックスさんの言う通りですよブレイディアさん。俺はともかくブレイディアさんは本当にまったく休んでないじゃないですか。朝までは休んだ方がいいですよ。それに敵が俺達とフィックスさんたちが接触したと思うかはまだわからないわけですし」
「……そうだね。ちょっと急ぎ過ぎてたかも。じゃあ朝まではここでお世話になろうか」
「その方がいいと思います」
二人の会話を聞いたフィックスは安どのため息をつく。
「では洞窟の詳しい場所が描かれた地図を明日お渡しするのでそれまではゆっくりとお休みください。今日の寝床や明日の食事はこちらで用意させていただきますので」
「ありがとう」
「ありがとうございます。……それで、もう一つお聞きしたいことがあるんですが……実は俺達と一緒に来た仲間にもう一人レスヴァルという名の白髪の女性がいたんですが、この町に入る前に別れた後、連絡が急に取れなくなってしまいまして……何かご存じないですか?」
「白髪の女性ですか……残念ですが存じ上げないですね」
「……そうですか。それじゃあ最後に一つ。ジョイという名の赤い鳥を見かけませんでしたか? 人の言葉を喋ることが出来て、俺達と同じように王都の騎士団から派遣された仲間なんですが……」
「……喋る……赤い鳥……」
「も、もしかして何かご存じなんでしょうかッ!?」
「あ……誤解させてすみません……喋る鳥は珍しいと思いつい口に出してしまっただけなのです。本当に残念ですが、そちらも存じ上げませんね」
「……そう……ですか……。答えていただいてありがとうございました」
「……いえ、お気になさらず。ではここでのお二人の生活について説明させていただきますね。まずお二人が寝る場所なのですが――」
二人は食事の時間や寝床についてフィックスから簡単な説明を受けた。
その後説明を受けた二人はフィックスの家を出て廃墟群に繰り出していた。
「……あの……ブレイディアさん……休まなくて本当に大丈夫なんですか? もう夜も遅いですし、明日に備えて寝た方がいいと思うんですけど……俺は少し寝れましたけどブレイディアさんは違うわけですし……」
「私なら平気だって。三日寝なくても戦えるって言ったでしょ? それよりこの廃墟群をちょっと見ておきたくてさ」
「何か気になることでもあったんですか?」
「ちょっとね。まあ杞憂だったらそれでいいって程度のものだから」
笑ってそう答えたブレイディアに対してラグナは疑問に思っていたことを口に出す。
「……さっきの襲撃なんですけど……ブレイディアさんが対処できたのはあらかじめ敵が来るのを予測してたからなんですよね? カードキーを持った騎士も一緒に襲撃してくるって事がどうしてわかったんですか?」
「ああ、それね。ダリウスの騎士団支部が臭いって思った時からあそこの騎士をあんまり信用してなかったっていうのもあるけど、支部長さんがやたらと私たちをあの宿に泊めさせたがってたから何かあるのかなって思ったんだ。しかも私たちが泊まる予定になってた宿屋が敵のせいで急に使えなくなって、それでとんとん拍子であそこに泊まることになったしね。勘だけど、誰かの筋書き通りに動かされているような予感がしたんだ」
「それって支部長のジョセフさんを最初から疑ってたってことですか?」
「まあね。なにせ私たちの情報をいの一番に手に入れられるのは支部長とゴルテュス子爵だからさ。情報が漏れてるのかもって思った時からあの二人は特に警戒してた。それに私たちが敵を捕らえた時、ウェルさんがすごくタイミングよく現れたでしょ? まるで私の拷問で敵が余計なことを言うのを阻止するみたいにさ」
「……ウェルさんのことも疑ってたんですね」
「うん。たぶんウェルさんは支部長の命令で私たちのことを監視してたんじゃないかな。だからすぐに駆けつけることが出来たんだと思うよ。で、その怪しいウェルさんが案内してくれて、怪しい支部長が用意した宿――何かが起きる可能性は高いって思ったから狸寝入りしてたってわけさ」
「な、なるほど……なんか俺だけ何も気づかず寝てしまって本当に面目ないです……」
「気にしないでいいってそんなこと。私が無理矢理寝かしつけたようなものだし。私の方こそ気づいてたのに何も言わなくてごめんね。ラグナ君にはちょっとでいいから休んでほしかったんだよ。君の『黒い月光』って相当体力消耗するんでしょ? それに足も怪我してたしね。だから回復に専念してほしかったんだ」
「ブレイディアさん……ありがとうございます。おかげで本当に楽になりました」
「ならよかった。じゃあちょっとだけ付き合ってくれる?」
「はい。ブレイディアさんが大丈夫なら俺はどこにでもついて行きます」
頷いたラグナは感謝の気持ちも込めてブレイディアの気が済むまで手伝おうと決めた。それからこの廃墟に住むものたちの視線を受けながら探索していると巨大なコンサートホールに似た建物を発見する。入口に近づいてみると二人の若い男が見張りに立っていることに気づき話しかけてみることにした。
「……ねえ、ここで何してるの?」
「……ここは崩れやすい場所なんだ。だが広くて遊ぶにはもってこいの場所だろ? だから子供たちが中に入っちまうんだ。立ち入り禁止のテープで入口を塞いでもお構いなしさ。それでこうして俺達が見張ってるんだよ。あとはアンタたちみたいな人が立ち入らないようにするためかな」
「……そうなんだ。教えてくれてありがと。行こう、ラグナ君」
「え、はい……」
ブレイディアに手を引かれてラグナもその場を離れる。その後二人は廃墟群を隈なく探索していたが、立ち寄った廃墟の中に見覚えのある小さな背中を見つける。最初に出会った時とは違いウサギの顔を模った可愛らしいリュックを背負っていたその幼女は足音に気付いたのかビクッと体を震わせた後、こちらに振り向いた。
ラグナは今朝出会ったその幼女の顔を見てその名を思わず口に出す。
「あ……ミリィちゃん……だよね……?」
「……お兄ちゃんたち……どうしてここに……」
「町で襲われてた時にフィックスさんに助けてもらったんだ。それでここまで案内してもらったんだよ。でもよかった、また会えて。フィックスさんが君とテトア君のことをすごく心配してたんだ。それでテトア君はどこにいるのかな? よかったらテトア君も連れて一緒に帰ろう。俺達も今夜はフィックスさんのところでお世話になる予定なんだ」
「……おじさんのとこに……泊まるの……?」
「うん。そうだよ。フィックスさんから君たちが家出してるって聞いてたんだけど……もしフィックスさんと喧嘩してて帰りづらいなら君たちが怒られないように俺達がうまくフォローするよ。だから一緒に帰ろう? ね?」
ミリィはその言葉を聞くと、目を大きく見開き涙目になると同時にわなわなと震えはじめる。そして俯き小さく呟いた。
「……テトアお兄ちゃんごめんなさい……でも……もうヤダよ……わかってて何も言わないなんて……」
「――え? 今なんて――」」
ミリィは優しげな顔で首をかしげるラグナにハッキリした声で言う。
「――おじさんのところに泊まったらダメ! やられちゃうよ! 傭兵のおじちゃんたちみたいに!」
「やられちゃう? えっと……それはどういう……」
「――来て! 早く!」
「え、ちょ、ミリィちゃん!?」
「そっちのちっちゃい子も早く!」
「ちっちゃくないけど年上だけどッ!!??」
ミリィは未だ状況を飲み込めない二人の手を引くと廃墟の奥に向かって駆けだした。