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55話 隠れ家

 囲まれたラグナとブレイディアはじわじわと包囲を狭めてくる敵の動向に注意しながらも背中合わせの状態になり小声で会話し始める。


「……ラグナ君。とにかくこの包囲を突破しよう。話はそれからだよ」


「……わかりました。俺が注意を引き付けるので突破するのをお任せしてもいいですか……?」


「オッケー。私がしっかり突破口を開くからちゃんとついて来てね」


 密談を終えた二人は再び武器を構え直す。そして最初に動いたのはラグナ。銀色の光を体から強く発したと同時にトリガーを連続で引き周囲に無数の斬撃を放つ。威力自体は大したことはなかったものの、『月光術』と異なり呪文を必要としない謎の攻撃を受け敵に動揺が走る。当然それをブレイディアは見逃さなかった。眼にも止まらぬ速度で鞭を放つと、一人の敵に巻き付けその重さを利用し周りにいた敵もろとも薙ぎ払う。その瞬間に一瞬だけ包囲に穴が開いた。


「ラグナ君ッ!」


「はいッ!」


 二人はその包囲の穴に向かって全力で駆け出すも目の前にウェルが立ちふさがる。


「行かせるかよッ!」


「邪魔しないでよ――ねッ!」


 ムチで巻き付けていた敵をウェルにぶつけ吹き飛ばすことでルートを再び確保したブレイディアを先頭にして二人はなんとかその場から脱出する。




 ぶつかってきた男を強引にどけたウェルは首をまわしながら立ち上がる。気が付くと二人はすでにその場からいなくなっていた。どうやら包囲していた男達も倒された者たちを除き追いかけていったようだ。


(……逃げられたか。にしても……変わった装備持ってんなあの二人。普通の『月錬機』じゃねえみたいだが……こりゃ骨が折れそうだ。しかも坊主の方は『黒い月光』なんて馬鹿げた力を隠し持ってるみたいだし……あのちっこい副団長様も若いわりにとんでもない動きをしやがる……噂通りやっかいなお二人さんだ……やれやれ……)


 ウェルがめんどくさそうにため息をこぼしていると携帯が鳴り始める。その音を聞き二度目のため息をつくと表示された支部長の文字を見ながら電話に出た。


「……はい。ウェルです」


『どうかな、あの二人を始末できたかい?』


「……いえ、逃げられました」


『そうか、まあいい。次の作戦に移ろう。数日前の傭兵たちと同じようにどうせ次で終わるだろう』


「……一ついいですか支部長。ハッキリ言って傭兵の時とはわけが違います。あの二人は強い。作戦通りに進んでいても舐めてかかるとこっちが痛い目を見ることになりますよ」


『そうだな。だが次の作戦が仮にうまくいかなかったとしても、その時は君達が何とかしてくれるのだろう? なにせ失敗すれば君たちの大切な人たちが悲しむことになるのだから』


「ッ……!」


 ウェルはその言葉を聞いた途端怒りによって表情が変わるも、声だけは努めて冷静に保ちジョセフに返事をする。


「……わかっています。その時は俺達が仕留めますよ。必ずね。だが忘れないでください――もしエルミナたちに手を出せば――」


『心得ているさ。それでは引き続き頼むよ、ウェル君』


 通話が切れ携帯を耳から離したウェルは電話を持っていない方の手から血が出るほど硬く拳を握った後、脱力する。


「……ホント……最低な騎士になっちまったな……俺……」


 ウェルはそうこぼすと夜の闇の中、青い光を纏い走り始めた。




 ラグナとブレイディアは『月光』を纏いながらあてもなく走り続けていた。後ろからは町民に偽装していたらしい『ラクロアの月』の構成員たちが色とりどりの光を纏い追いかけてきている。そのうえ、屋根の上には軍服を着た騎士と思しき者たちが『月光術』を用いてこちらを攻撃してきているのだ。なんとかそれをかわしながら走っていた二人であったが、行く先々に敵が現れなかなか町から脱出出来ずにいるのが現状だった。その後隙をつき路地裏に逃げ込むと『月光』を消し身を潜めることに成功する。


「……どうにか撒けたみたいだね。……それにしても町の人間と『ラクロアの月』の構成員が入れ替わってたなんてね。驚いちゃったよ」


「……ええ。でも……どうして騎士団の人たちが……ウェルさんまで……」


「……そうだね。あれはちょっと予想外だった。情報を『ラクロアの月』に流してるのは少数の内通者だけだと思ってたけど……さっき追って来てた人数を見るに、あれはこの町の支部にいる騎士の半数……いや、たぶん支部の騎士全員が裏切ってると見た方がよさそう。……にしてもちょっと妙だったよね」


「妙、ですか……?」


「うん。さっきの騎士たちはさ、追って来てた『ラクロアの月』の連中とは違ってなんというかすごく苦しそうな顔で私たちに攻撃してきてたんだよ」


「……そういえば……確かに心苦しそうな顔でしたよね。まるでやりたくないのに嫌々攻撃しているみたいな……そんな印象を受けました」


「……もしかしたら何か事情があるのかもね。でも聞いて素直に答えてくれるわけないだろうし……さて……どうしようか……」


「あの……事情を探るのはとりあえず後にしてこのことをアルフレッド様に連絡した方が良くないですか? 俺達だけでは対処できないような気が……応援を呼んでもらった方がいいと思います」


「それがさ……さっき逃げてる時に連絡しようとしたんだけどね……どうも電波障害が起きてるっぽくて連絡出来ないんだよ」


「電波障害……偶然じゃ……ないですよね?」


「たぶんね……『ラクロアの月』かこの町の騎士団のどっちかはわからないけど……電波障害を発生させる何らかの装置を持ってる可能性が高いと思うよ」


「そうなるとその装置を止めない限り救援は呼べないってことですよね……これからどうしましょうか……」


「いったんこの町から脱出したいところだけど……今のままだと強行突破は流石に無理そう。人数が違いすぎるもん。……ラグナ君、左手の調子はどう?」


「…………」


 ラグナは目をつむり左手に意識を集中させる。するとわずかにだが熱を感じることが出来た。


「……あとちょっとで使えるようになると思います。でも今すぐは無理そうです」


「そっか。じゃあ強行突破は今のところは無しにしとこう。とりあえず身を潜める事の出来る場所を探して――ッ!」


 言いかけて物音に気付いたブレイディアとラグナが武器を構え直していると、路地裏の奥から黒い短髪の一人の中年男性が姿を現した。茶色いズボンを履き、白いシャツの上から茶色セーターを着たその男性からは殺気が感じられなかったものの光を纏った二人は男性を警戒し武器を向ける。すると、その男性は慌てた様子で手を胸の前でばたつかせた。


「ま、待ってくださいッ……! 私は貴方たちの敵ではありませんッ……! この町に住んでいた人間です……!」


「……それってつまり『ラクロアの月』がこの町の人間に化ける前に住んでた住民ってこと?」


「ええ。その通りです。貴方たちに接触した理由やこの町の事を詳しく話したいのですが……とりあえずここを離れませんか? ここにいては見つかってしまいます」


「……どこかゆっくり話が出来る場所があるってこと?」


「ええ。この町に住んでいた本当の住民たちの隠れ家に貴方たちをご案内します。ですので、どうか私について来ていただけないでしょうか?」


 ラグナはブレイディアの顔を見てどうするかと無言で尋ねた。それを受けた女騎士は数秒ほど考えると男に返事を返す。


「……わかった。案内して」


「ありがとうございます。では音を立てずにゆっくりとついて来てください」


 男が再び路地裏の奥に消えたのを見届けた二人は『月光』を解除する。ブレイディアが路地裏の奥に歩き出したのを見たラグナは隣を歩きながら小声で問いかけた。


「あの……本当に信用して大丈夫なんでしょうか? 俺達を誘い込むための罠なんじゃ……」


「その可能性もあるけど、どのみちここにいたら見つかっちゃうよ。かといって行く当てがあるわけでもないしね。それにもしあの人の言う事が本当なら色々と情報が手に入るかもしれない。だからとりあえずついて行ってみよう」


「……そうですね。もしかしたら消えた傭兵たちやジョイ、レスヴァルさんについても知ってるかもしれないですしね」


「そうだね。でも君が言ったように罠の可能性だって十分に考えられるから何が起きても対応できるように警戒は怠らないでね」


「……わかりました」


 覚悟を決めたラグナはブレイディアと共に男の後を追った。



 その後、しばらく薄暗い路地裏を進んでいた三人だったが先頭を歩いていた男が突然しゃがみ込むと地面に両手を置く。何事かと観察していると、男が手を置いた場所が何なのかようやく気付く。それはマンホールの蓋であった。


「……もしかして下水道を通って行くの?」


「そうです。滑りやすいので気をつけてついてきてください。ああ、それと最後に通る方は蓋をしっかりと閉めておいてください。見つかってしまいますので」


 男は蓋を持ち上げ横に置くと、マンホールの中に下りて行った。


「ブレイディアさん、お先にどうぞ。俺が蓋を閉めるので」


「ありがと。お願いね」


 男に続きブレイディアがマンホールの下に続く梯子に手をかけ下りていくと、ラグナは周囲を警戒しつつ同じようにマンホールの中に入り蓋を閉める。下は暗かったものの、先に下りた男が懐中電灯で梯子を照らしてくれていてくれたおかげで二人は無事に下りることが出来た。その後、再び男の先導で歩き出すが、ブレイディアが不意に男に向かって声をかける。


「……そろそろ貴方の名前くらいは教えてくれるかな。私の名前はブレイディア・ブラッドレディス。横の男の子がラグナ・グランウッド君だよ」


「ああ、これは申し遅れました。フィックス・ロレルと申します。町に住んでいた頃はパン屋を営んでおりました。どうぞよろしくお願いします」


「よろしく。それでフィックスさん、下水道なんか使って私たちをどこへ連れて行こうとしてるの? さっき隠れ家って言ってたけど」


「この町に住んでいた住民の大部分は『ラクロアの月』によって捕らえられてしまったのですが、逃げ延びた少数の町民たちが作った仮初の集落があるのです。お二人にはぜひそこへ来ていただきたい。何も無い場所ですが、少なくとも町に留まるよりは安全です。それに体を休めることくらいは出来るかと」


「……そこに行けば色々と事情を聞かせてくれるんだよね?」


「はい。おそらくだいたいのことは説明できると思います。そしてそれを聞いたうえで我々の願いを聞いていただきたいのです」


「なるほど。その願いっていうのが私たちに接触してきた理由なんだね」


「お察しの通りです。込み入った話になりそうなので詳しくは集落についてからお話します。……ところでこれは今までの話とは無関係なのですが……町で小さな男の子と女の子を見かけませんでしたか?」


 フィックスの質問を聞き顔を見合わせた二人は町で出会った二人と子供たちのことを思い出す。ラグナは互いに呼び合っていた兄妹の名を口に出す。


「……もしかしてテトア君とミリィちゃんっていう兄妹のことですか?」


「そ、そうです! 見かけたのですね!? 二人がどこへ行ったか知りませんか!?」


 急にこちらへ振り返ったフィックスはラグナの肩を掴むと詰め寄る。


「えっと……家に帰るって言ってましたけど……」


「そ……そう……ですか……」


 返答を聞き気落ちした様子のフィックスはラグナの肩から手を離すとうなだれる。見かねたブレイディアは兄妹との関係について言及しようと口を開いた。


「顔見知りみたいだけどフィックスさんはあの二人とどういう関係なの?」


「……二人は私の兄の子供で、私にとっては甥と姪になります。一緒に暮らしていたのですが、少し前にちょっとした行き違いで家出をされてしまいまして……探している最中なのです」


「そうだったんですか……じゃあ家には……」


「……ええ。帰ってきてはいません。おそらく咄嗟に嘘をついたのでしょう。町がこんな状況ですし、一刻も早く見つけたいのですが……なかなか見つけられずにいます」


「大変だ……あの……ブレイディアさん」


 ラグナの懇願するような視線を受けたブレイディアは苦笑する。


「そうだね。私たちも出来る限りは捜索に協力しよう。ただ状況が状況だから子供たちの捜索を最優先にすることはちょっと難しいと思う。そのことはわかってね」


「そう……ですよね。今は……自分の身の安全も確保できない状況ですし……」


「歯がゆいと思うけど我慢して。それに私たちの目標は鉱山近辺にいる『ラクロアの月』の殲滅、それを達成できればテトア君たちを含む町の人たちも開放できる。だから今は私たちが置かれている現状を把握して次の行動に役立てよう。それがみんなを助ける一番の近道だからさ」


「……はい。わかりました」


 ブレイディアに諭されなんとか納得したラグナに対してフィックスは頭を下げる。


「……ありがとうございます。子供たちのことをこんなにも気にかけていただいて。ですがブレイディアさんの言う通り貴方たちは貴方たちの任務を優先してください。子供たちは我々で探しますので。それで……あの子たちと出会ったのですよね? ……何かあの子たちから聞きましたか?」


「いえ、どうも俺達を警戒していたみたいでこれと言って何も……ああ、でもこの町から出て行った方がいいという忠告は受けました」


「……そうですか……あ、すみません! 突然変なことを聞いてしまって。それでは急ぎましょうか」


 なぜかほっとした様子のフィックスは懐中電灯を再び前に向けると歩き出し、二人はその後について行った。その後三十分ほど歩いた場所に地上へ出る梯子を見つける。下りて来た時と同じ順番で上っていくと再びマンホールの蓋を開け地上に出る。そこはまさに廃墟群、もしくはゴミ捨て場と呼んで差し支えない場所だった。壊れた建物やゴミ、廃棄された車、瓦礫でごった返したその場所にラグナとブレイディアは驚く。


「……凄い場所ですね……」


「……ホント……色々と凄いね……どういう場所なの……ここって……」


「……昔、作られるはずだった町の名残ですよ。ではついて来てください。我々の隠れ家にご案内します」


 フィックスに連れられた二人は廃墟の中を進んでいった。  

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