49話 非情なる矢
ブレイディアとレスヴァルがヴェノムドレイクを相手どり戦いを始めてからおよそ三十分ほど経った。二人は果敢に攻めつつ敵の攻撃を潜り抜けていたが、不死身の怪物を前に徐々に体力は削られていく。攻撃を避けて背中合わせになった即席コンビはこの状況を何とかするため密談を始めた。
「……レスヴァルさん、だっけ? まだいける?」
「ああ。だがこのままではマズイだろうね。不死身の怪物と持久戦を行うなど自殺行為だ」
「……そうだね。ラグナ君が再生能力を担当してる術者を倒すまで私たちの体力がもつといいけど」
「大丈夫。彼ならやってくれるさ。必ずね」
「……うん。信じよう」
ラグナを強く信頼しているらしいレスヴァルに疑問を感じながらも頷いたブレイディアは鞭を持つ手に力を入れた。すると上空からヴェノムドレイクが翼を羽ばたかせながら現れる。
『背中合わせで休憩中か? もういい加減諦めろよ。この不死身の能力がある限り俺は無敵――ッ!?』
余裕綽々といった具合に喋っていたヴェノムドレイクが突然体をビクッと大きく震わせ黙り込んでしまう。明らかに先ほどまでとは違う様子にブレイディアは首をかしげる。
(……急に黙って何? 様子がおかしい……もしかして……)
ブレイディアはわざと大振りで鞭を振るい攻撃すると、それを見たヴェノムドレイクは大きく目を見開き即座に回避した。その様子を注意深く観察していた女騎士はにやりと笑う。
「あれれ~? どうして避けるの~? どんな攻撃受けても即再生するんでしょ~? ねえ、無敵のドラゴンもどきさん?」
『…………』
ブレイディアの挑発に対してもヴェノムドレイクは歯をギリギリと悔しそうに鳴らすだけで攻撃らしい攻撃をしてこない。レスヴァルも毒竜に起こった異変を感じ取り嬉しそうに口元を緩ませる。
「……どうやら彼は上手くやったらしい」
「みたいだね。ラグナ君偉い。うう……あんなに痛そうな足で頑張ってやり遂げたんだね。あとでいいこいいこしてあげないと」
「幼い子供ならまだしもその褒美はどうなんだろうか……」
感動で涙ぐむブレイディアをたしなめたレスヴァルはヴェノムドレイクの方を向いた。
「――さて……では反撃開始と行こうか」
「――ふふ、そうしますか」
不敵に笑う女二人に対してヴェノムドレイクは恐怖を感じ後ずさるも、緑と紫の閃光が瞬く間に毒竜を挟み込む。溜まっていた鬱憤を晴らすように女たちの反撃が始まった。
ヴェノムドレイクは毒を周辺にまき散らしながら空を飛び逃げ回っていた。そして自らを追う二つの光に恐怖しながら舌打ちする。
(ち、チクショウ! マジかよ、キンバリーの奴やられやがったのかよッ!? 見つからねーよーに亡者共の中に隠れてたはずなのに……いや、今はそんなことどうでもいい。とにかくあのクソ女どもをなんとかしねーとッ! だが――)
毒液や尻尾、爪などで攻撃を仕掛けるもかすりもしない。それどころか攻撃するたびにその隙を突かれ体が斬り刻まれていくのだ。ヴェノムドレイクは必死に逃げ回りながら策を練る。
(は、速い……こいつら……さっきまでは全力で動いてなかったのか……おそらくラグナ・グランウッドがキンバリーの奴をやるまで極力体力を温存してやがったんだなクソッタレ。多分今の動きが奴らのフルスピード……マズイ……さっきまではいくら攻撃されようが意味なかったから無謀な攻撃も平気で出来たが、今は違う。この体は屍に仮初の血肉を与えたもの……再生能力が無い今、一撃でも喰らえばそれはそく致命傷になりうる……もう無茶は出来ねえ……こうなったら……)
ヴェノムドレイクは大きく羽ばたくと全速力で空高く舞い上がる。ブレイディアは毒竜の動きを察知すると鞭をその足に絡みつかせ逃亡を阻止しようとしたが足を自ら毒で腐敗させ切り捨てることで逃げることに成功する。
大空に舞い上がったヴェノムドレイクを見ながらブレイディアはため息をつく。
「……マズイね、逃げられた。たぶんアイツもう下りてこないよ」
「確かにね。おそらく我々と距離を取りながら攻撃する作戦に切り替えたのだろう。このままでは延々と上から毒を吐かれかねない。そこで提案があるのだが――」
突然の提案に目を丸くしたブレイディアは話を最後まで聞くと不敵に笑った。
上空五十メートルほどの距離まで舞い上がったヴェノムドレイクは地上を見下ろしながら吠える。
『――もう遊びは終わりだッ……!!! 覚悟しろよメスブタどもッ……!!! 大量の毒液をここからてめえらにぶっかけてやるぜッ……!!! 一方的に嬲られる恐怖って奴を教えてや――んなッ!?』
喋っている途中で突如下から何かが高速で飛んできたため急いで避ける。何が飛来したかわかったのは自身より上を通過し再び地上へとそれが落下した時だった。
(――木ッ……!?)
ヴェノムドレイクは急ぎ目を凝らして地上をよく見た。すると――飛び立った場所の周辺にあった木の大半が無くなっていることに最初に気づく。さらに先ほどよりも遥かに強力な『月光』を纏ったブレイディアがいつの間にか切り倒され半分ほどの大きさに切断された木々の山から木に鞭を巻き付けている光景を目撃する。そして見られていることに気づいたのか口角を吊り上げて笑った女騎士は鞭の柄を両手でしっかりと握ると砲丸投げでもするかのように体と鞭、ひいては巻き付いていた木を回転させ勢いよく投げ飛ばしてきたのだ。遠心力によってすさまじい速度で飛来した木を再びかわした毒竜は歯をギリギリと鳴らし不快感を露わにする。
(……チッ……どこまでも人をイラつかせるチビだぜ。だがな、いくら飛ばそうが余裕で回避できるッつーの。所詮は付け焼刃の作戦。通用なんてするかよ。……しかしもう一人の女の姿が見えねえな。ま、どうせあのチビが投擲する木を切り倒して弾の準備でもしてるんだろ)
次々と飛んでくる木々をかわした毒竜は再び叫んだ。
『――ちょっとは驚いたがよ、無意味だったなッ……!!! 本当は至近距離から毒液ぶっかけて苦痛にもがき苦しむてめえらが見たがったが、仕方ねえ。さあ――そろそろ終わりにしようぜッ……!!!』
「――そうだな。いい加減終わりにしよう」
『――は――?』
聞き覚えのある女性の声は聞こえた瞬間――ヴェノムドレイクの視界が反転すると――そのまま上空を見上げた状態で落下し始める。だが空には未だに自身の体とその上に乗る紫の光を纏った女性の姿があった。その状況になってようやく気付く――自らの首が切断されたということに。
『――な――なんで……』
疑問に思いながら地上に落下すると遅れて近くに巨大な物体が降ってくる。それは先ほど自身がよけた木だった。それを見た毒竜は遅まきながらも気が付き答えを得る。
『……チクショウ……そういうことかよ……月光を消して飛んでくる木に隠れてやがったな……』
自らの首が崩れ始めたのに気付いた毒竜はため息をつく。
『俺の……負けかよ……クソ……が……』
上空にあった体も灰化し始めたのを見たヴェノムドレイクは自身の体に乗り首を切断した女性を睨み付け呪いながら消滅した。
ブレイディアは上空から落下するレスヴァルに向かって術を唱える。
「――〈イル・フライア〉!」
すると空気で出来た膜がシャボン玉のように舞い上がり落下するレスヴァルを包み込む。そしてそのまま空気膜はゆっくりと地上に下りると割れた。それを確認したブレイディアは荒い息をしながら仰向けに倒れる。
「……つ、疲れた……『月光』で筋力を強化してるっていってもあの重量をポンポン投げるのは流石にキツイわー……もう腕パンパンだよ……」
「すまなかったね。だがおかげで奴を倒すことが出来たよ」
「そ、そうだね……でも……貴方は大丈夫なの……? 凄い勢いで周りにあった木を全部切り倒してたけど……疲れてないの……?」
「平気だ。君は少し休むといい。私はこのままワディという男を探す」
「ちょ、一人じゃ危険でしょッ! それに敵の居場所もわからない今、たった一人で森の中を探すのなんて無謀だよッ……!」
「大丈夫。手がかりなら掴んだ。すぐに終わらせるからここで待っていてくれ」
そう言うと制止するブレイディアと紫の粒子をその場に残しレスヴァルは消えた。
木々が生い茂る森の奥深くで一匹の亡者がわき目もふらず走っていた。だが灰色のレインコートを着こんだその亡者が必死に走っているその前方に紫色の光を纏った白髪の女性が突如現れ道を塞ぐ。
「ッ……!」
「……さっき上空へ飛び立った時、森の景色が一望できた。特にヴェノムドレイクが飛んでいた周囲の景色がハッキリ見えたんだが――その中でたった一人で行動していた亡者を見かけた。そう、君の事だ」
「…………」
「ヴェノムドレイクの毒は本来生命体にしか効かないはずなんだが、どうやらあのゾンビ化した個体の毒は特殊らしく死体にも効くみたいなんだ。自らの足にかけて腐らせていたのをこの目で見たから間違いないよ。きっとだからこそヴェノムドレイクが飛んでいた周囲には亡者たちがいなかった。そういう命令が出されていたからだろうね。だが、そんな中で君だけがヴェノムドレイクの近くにいたんだ。妙だろう?」
「……ッ」
「これは推測なのだが――ヴェノムドレイクという巨大な竜種を蘇らせたまま操るには術者がなるべく近くにいなければいけないのではないか、と私は考えている。だからこそあえて毒液がかかる可能性が高い危険地帯にいたのではないかとも先ほどまでは思っていたのだが……そのレインコートを見るにそこまで危険ではなかったようだね。特別性なのかな、毒液が付着していても君自身には大したダメージがいってなさそうだ。さすがに自分の操る魔獣の毒液対策はしっかりとしてきていたようだね――死体を操る術者君」
「――ッ……!? ……ッ……!」
亡者は体を震わせ拳を硬く握った後、その手を白髪の女性――レスヴァルに向けた。すると周辺の木々の間から別の亡者たちが現れ女性に向かって一斉に飛びかかる。だが――。
「――ッ!?」
四方八方から飛びかかった多数の亡者たちは一太刀で消滅し灰化する。それを見た亡者は後ずさりすると方向転換し後ろへに向かって逃げ出した。その様子に女性はため息をつき呟く。
「――見苦しいな」
その言葉を最後に後頭部に強い衝撃を受けた亡者の視界は暗転し意識を失う。
相手取っていた亡者たちが突如崩れ去った光景を目の当たりにしたラグナはワディが敗れたのだと直感的に理解しブレイディアたちを探し始めた。それから三十分後――ようやく二人との合流に成功する。
「すみません。俺、結局再生を担当していた奴しか倒せなくて……」
「そんなことないよ! あの状況でラグナ君はよくやってくれたよ! ラグナ君が頑張ったからドラゴンもどきを退治できたし、レスヴァルさんのおかげでこうしてワディって奴も捕まえられたしね。レスヴァルさんもありがとね」
「礼などいいさ。この状況を作り出せたのは他ならぬ君たちのおかげなんだからね」
「そう? じゃあ私達チームの勝利ってことで。……さて、それじゃあコイツどうしようか」
ブレイディアが邪悪な笑みを向けた先には木に縛り付けられたワディの姿があった。その顔からは亡者風の特殊メイクは剥ぎ取られており、メイクと同様に取り上げられたマスクを除けば館で見た時と同じ風貌になっていた。
「……ブレイディアさん、俺から先に聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ。何が聞きたいの? ラフェール鉱山の事? それとも姿を消した傭兵?」
「いえ、両方とも気にはなるんですが別の件です」
ラグナは一歩前に出るとワディを睨み付けた。
「……聞きたいことがある。お前と再生を担当していた奴の他にもう一人この森に『ラクロアの月』の構成員がいるんじゃないか?」
「…………」
「『月光』を使って感覚を強化した時に森の中で俺達の他にあと一人人間の呼吸音が聞こえた。それはお前たちの仲間のものなのか? それとも無関係の人間なのか? 教えてくれ」
「…………」
だがワディは顔を背け沈黙を貫いた。見かねたブレイディアもラグナと同じように一歩前に出ると緑色の光を身に纏い変形させた大剣を敵の喉元に突きつける。
「どうなの? 答えなさい」
「…………」
首筋から血が流れ出しているにもかかわらずワディは口をつぐみ続けた。それを見たブレイディアは盛大にため息をつくと剣を下ろす。
「……面倒だね。ラグナ君の言う謎のもう一人の事やラフェール鉱山と傭兵の件について聞きたいところだけど……こいつの口を割らせるには時間がかかりそう。拷問したとしても一日、二日で吐くかどうか……」
「その間にラフェール鉱山で何かあったら本末転倒ですよね……」
「うん。情報を得たとしても手遅れになる。どうしたもんかなぁ……」
「情報を吐かせるなら私がやろう」
ブレイディアが悩んでいると紫色の光を纏ったレスヴァルが同じように前に出て来た。
「え、レスヴァルさんって拷問得意なの?」
「いいや。だが私の能力は尋問にはもってこいなんだ。見ていてくれ、すぐに吐かせる」
レスヴァルはワディの傍に行くとしゃがみ込みその額に人差し指を当てた。
「――〈カル・ナーヴ〉」
レスヴァルが術を唱えると紫色の光がワディの頭に入り込んでいった。それを見たラグナは同じように女剣士が自身の痛覚をマヒさせた時の事を思い出す。
「あの術は……」
「ラグナ君あの術が何か知ってるの?」
「ええ。足の痛みで戦えないんじゃないかって心配してくれたレスヴァルさんが俺にかけてくれた術なんですけど、痛覚をマヒさせるって俺は教えてもらいました」
「――そう。君の時は確かに痛覚のみをマヒさせた。だがそれは本来の能力の一部分でしかない」
立ち上がったレスヴァルがワディの方へ手を向けると、ラグナとブレイディアはもう一度件の男を見る。だがそこにあったのは先ほどまでのふてぶてしい顔ではなかった。
「……ッ!? ……こ、これは……なんというか……すごいですね……」
「……うわぁ……」
断続的に痙攣しながら口を開け涙と涎、鼻水を垂れ流し虚ろな目で虚空を見上げるワディに対して二人は顔を引きつらせた。
「……何したのコレ……」
「私の『紫月の月光術』は人間の脳に干渉することが出来るんだ。それを利用してラグナ君の時は痛覚のみをマヒさせた。だがこのワディという男に対しては脳内物質を少し過剰に分泌させてもらったよ。まあ簡単に言うと脳を少しいじくって一種の催眠状態にしてある。術の効果が切れるまではどんな質問にも答えるはずだ」
「な、なるほど……おっかない能力だね……」
「そ、そうですね……レスヴァルさんが敵じゃなくて本当によかったです……」
「そこまで怯えられると少々ショックなのだが……まあいい。とにかく術の効力が消える前に質問してくれ」
「わかったよ。ラグナ君、私がまとめて聞いちゃっていい?」
「はい、お願いします」
「了解。じゃあ始めますか――まず最初の質問だよ。ラグナ君が見つけたっていう三人目はアンタたちの仲間なの?」
ブレイディアの問いに対しワディは唇を震わせながらしゃべり始める。
「……わ……わか……ら……な……い……」
「……わからない? ……どういうこと? アンタの部下じゃないの?」
「……ら、ラフェール……鉱山の……警備……を……強化するため……大半の……部下は……鉱山に置いて……きた……この森に……連れて来た……のは……副隊長の……キンバリー……だけ……だ……」
「……ってことは少なくともこいつの部隊の人間ではないみたいだね。敵か、それとも迷い込んだ無関係な第三者かはわからないけど、この件はとりあえず保留ってことにしておこう。いいかなラグナ君?」
「はい、気にはなりますが知らない以上しょうがないですね」
「うん。まあでも何が起こるかわからないしその謎の人物については一応警戒しておこう。……それじゃあ次――ラフェール鉱山で何をしているのか教えて」
「……へ、兵器……の……開発……」
「……どんな兵器なの……?」
「……鉱山から……王都を……狙う……ことのできる……兵器……名称は……『αタイプ』……」
「……あんなに離れた場所から王都を狙える兵器……これはちょっと詳しく聞き出さないとだね。でも詳細を聞くには時間がかかりそうだから先に消えた傭兵の件を聞いちゃっていいかな?」
ブレイディアがラグナとレスヴァルに聞くと、二人はすぐに頷いた。
「……よし、それじゃあラフェール鉱山に向かった傭兵が消えた件についてなんだけど……知ってるよね? 経緯を教えてくれるかな?」
「……傭兵……たちは――」
ワディが言いかけたその時――突如高速で飛来した物体がレインコートの胸部分に突き刺さった。
「――ごふぉッ……!?」
ワディは口から血を吐きながら信じられないものでも見るように矢を見つめた。突然の事に言葉を失ったラグナは驚きながらも突き刺さった物体を反射的に凝視する。深々と胸に突き刺さったそれは炎で出来た矢だった。少年が認識した直後――膨張した矢は弾けるようにして周囲を飲み込み爆発する。
高めの木の上に昇り、双眼鏡を使って爆発を見届ける者がいた。それは腰にかかるほどの青紫色の髪をポニーテールにした褐色肌の妖艶な女性。踊り子のような格好の上から黒いローブを羽織ったその女はポケットから携帯を取り出すと電話をかける。
「――もしもし。ワディの口は封じたわロンツェ」
『ご苦労、ベティ。助かったぜ』
「……でも本当によかったの?」
『しょうがねえだろ。敵に脳を弄れる奴が混じってるなんざ想定外だ。拷問程度ならワディは口を割らねえだろうから助け出すチャンスもあったかもしれねえがありゃもう無理だぜ。ま、ヘマしたアイツが悪いんだよ。にしてもワディに盗聴器を付けといてホントよかったぜ。秘密裏にワディの後をお前に追わせたのも正解だった。下手なことを喋られる前に手が打てたからな。……それより連中はどうだ? うまく巻き添えに出来たか?』
「……あー……駄目だったみたい」
土煙が晴れると、土の壁のようなものが三人を守っているのが確認できたためため息をつく。
「……どうする? なんか敵の中に『ダブルホルダー』が混じってるっぽいけど」
『……ダブルホルダーか。ち、めんどくせえな。仕方ねえ、いったん戻ってこい。ラグナ・グランウッドたちについての報告も詳しく聞きてえしな』
「了解。それじゃあ戻るわね」
ベティは電話を切ると木から飛び降り闇の中に消えた。
爆発の瞬間――土の壁が突然現れ三人を守った光景を見たラグナは爆発後も何が何だかわからず放心状態に陥っていたがブレイディアの声で我に返る。
「……驚いた。まさか『ダブルホルダー』だったとはね――レスヴァルさん」
「……やれやれ。企業秘密にしておきたかったんだがね」
苦笑するレスヴァルを横目にラグナはようやく状況を察した。
(そうか……『ダブルホルダー』……それは二つの『月痕』を持つ者の呼称……ワディにかけた術を咄嗟に解いたレスヴァルさんがこの土の壁を別の術で作ってくれたってことか。これは……能力的にたぶん『黄月の月痕』の術だろう)
ラグナが考察しているとブレイディアが興味深そうな視線をレスヴァルに向ける。
「……もしかして他にも別の『月痕』持ってたりするの?」
「今度こそ企業秘密という事にしておいてくれ」
「……そっか。まあいいや。とにかく助けてくれてありがとう」
ブレイディアの礼の言葉を聞きラグナも慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございましたレスヴァルさん……!」
「気にしないでくれ。……それに私がやらずともブレイディアさんが術を発動させて私たちを守っていただろうしね」
「え、そうなんですか……?」
「あはは、レスヴァルさんより私の方が発動遅れちゃってたけどね」
その答えを聞いたラグナは二人の凄さをあらためて実感した。
(……経験の差ってやつだろうか……俺なんか回避行動さえ取れなかったのに……二人とも常日頃から周囲に気を張ってるんだろうな……俺も見習わないと)
反省していると、ふと重要な事を思い出す。
「――そうだ、敵はッ……!?」
「もう逃げられちゃったみたいだね」
「ああ。おそらくラグナ君が言っていた三人目とは今の攻撃をおこなった者だろう。……しかしやられたな。口封じとは」
土の壁が崩れ去ると目の前に出現したのは焼けただれた無残な死体。燃え盛るレインコートを着た屍を見ながら少年は拳を硬く握る。
(……仲間の命をこんなふうに……これが『ラクロアの月』のやり方なのか……)
行き場のない怒りを胸に押しとどめたラグナは燃える死体をただ見つめる事しか出来なかった。