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48話 不滅の術

 ヴェノムドレイクが接近し毒を吐いた瞬間、『黒い月光』を纏ったラグナはトリガーを引き無数の斬撃を飛ばした。放たれた黒い三日月は毒液を切り裂きそのまま毒竜をバラバラに切り裂いたが、斬られた瞬間から再生が始まりすぐもとに戻ってしまう。


『ギャハハハハ! おいおいどうしたよ? 伝説の力ってのはそんなもんなのか? 拍子抜けしちまったぜ!』


(……やっぱりこの竜も弱点部分を攻撃しないとダメか。……仕方ない。さっきの亡者たちと同じように戦いながら観察しよう。でも大丈夫。さっきと違って感覚どころかスピードもパワーも段違いなんだ。すぐに弱点部分くらい見つけられる)


 そう思ったラグナは地面を強く蹴ると毒竜に向かって行った。しかし――。


(……おかしい……どうなってるんだ……)


 ――弱点をすぐに見つけられると思ってから十数分。ラグナは未だにヴェノムドレイクの弱点部分を見つけられないでいた。


(……弱点が見つけられない……それにたぶんもうヴェノムドレイクの肉体で斬っていない部分はないはずなのに……もしかして亡者たちよりも小さくて見つけにくい場所にでもあるのか……? だったら――)


 高速で動き回っていたラグナだったが、さらに速度を上げるとトリガーを引きっぱなしにして剣に『黒い月光』を纏わせ膨張させる。そして十メートル近くまで大きくすると、ヴェノムドレイクに接近し己の出し得る最大の剣速で剣を連続して振るう。その結果、一瞬にして万を超える斬撃が放たれ毒竜は数ミリの肉片を残して粉みじんに斬り刻まれた。あり得ない速度で振るわれた剣圧によって引き起こされた暴風により肉片はおろか周囲にあった木々や地面が轟音を立てて吹き飛ぶ中、少年は今度こそ勝利を確信したが――。


『――なんつー剣速だよ。ここまで凄まじいのは初めて見たぜ。流石は伝説の力。王都制圧用の魔獣がやられるわけだ。こりゃあ他の魔獣じゃひとたまりもねえわな』


「――なッ……!?」


 ――バラバラになった小さな肉片が膨張しものの数秒でヴェノムドレイクは復活を遂げた。


 ラグナはそれを見て歯噛みしながら再び考察を始める。


(……あの小さな肉片の中に弱点があったってことか……でもあれ以上の剣速で連続攻撃を行うのは今の俺には不可能だ。それに……)


 ヴェノムドレイクが吐き出した毒液を避けたラグナは身に纏った黒い光の衣が徐々に小さくなっていくのを感じていた。


(……もう『黒い月光』を使える時間も残り少ない……こうなったら最後の手段だ――)


 地面を全力で踏み込んだラグナは跳躍すると同時にヴェノムドレイクの懐に入り込むと、その胴体を天高く蹴り上げる。そして空中で剣を構えたまま身に纏った黒い光をより強く輝かせた。黒き光が膨張し半径十メートルを覆いつくした瞬間――左手首に刻まれた月文字が妖しく光り、直後少年は吠える。


「――〈ゼル・エンド〉ッ……!!!」


 剣を振り下ろすと同時に放たれた巨大な螺旋状の黒き光は蹴り上げられたヴェノムドレイクを一瞬にして飲み込むとその腐敗した巨体を完全に消滅させた。空中に竜の骸の肉片が塵一つ無くなったことを確認したラグナが地面に着地すると同時に『黒い月光』は消える。荒い息を吐きながら座り込んだ少年は大粒の汗を流しながら深呼吸した。


(相変わらずこの力を使った後は凄く疲れる……けどなんとか片付いた……これで一日一回しか使えない切り札を使ってしまったことになる。……でも仕方ないことだ。それに一番厄介そうな敵を倒せただけマシだろう)


 その後息を整えた後、ふらつきながらも立ち上がり『月錬機』を箱状に戻したラグナは背を向け元来た道を戻ろうとしたが――。


『――おい――どこへ行く気だ?』


 その声を聞いた瞬間、少年の体はビクッと大きく一度震える。嫌な予感を覚えながらもゆっくりと振り返ると信じられない光景が目に飛び込んできた。


「……そんな……」


 それは何も無い空間から小さな塵のようなものが集まり毒竜の体を再生させる光景だった。予想外の事態に言葉を失うラグナを嘲笑うように完全復活したヴェノムドレイクは得意げに話し始める。その様子はもはや自身の勝利が揺るぎないと確信しているようにも見えた。


『――大した威力の術だが残念だったな。まあ俺を倒しきる方法なんてこの世にはないから、今回の件はテメエの力不足が原因ってわけじゃないぜ、ギャハハハハ!』


「……倒しきる方法が……無い……それじゃあ……まさか……」


『そうだよ。テメエが必死になって探してた弱点なんてものは俺にはねえのさ。冥途の土産に教えてやるよ。確かにテメエの連れが言ってた通り再生能力を付与しているのはご主人じゃなく別の奴の月光術だ。非生物のみを対象として破損した物体を即修復するっていうものなんだが、なかなか珍しい能力だろ? ご主人の能力と組み合わせればまさに不死の軍勢が作れるって寸法よ。そしてそいつの再生能力の二割を他の亡者や魔獣モドキに与え、残りの八割を俺にまわしたのさ。雑魚亡者共は中途半端な再生付与によって弱点なんてものが出来ちまったが、この俺は違う。術者の再生能力の大半をつぎ込んだ結果この通り不滅の肉体を手に入れたのさ。亡者共の弱点を看破された時はちょっと焦ったが、そのせいでてめえは俺にも弱点があると勝手に勘違いして無駄な力を使っちまったわけだし、結果オーライか。ギャハハハハ!』


(……最悪だ……敵に乗せられてまんまと切り札を使わされた……)


 疲労で倒れそうになりながらもラグナが拳を握りしめて己の失態を恥じていると、毒竜は挑発するように口を開く。


『ずいぶん疲れてるみたいだな。だが安心しろよ、すぐ楽にしてやるからよぉ!』


「くッ……!」


 銀の光を纏うと同時に『月錬機』を展開させたラグナは吐き出された毒を次々とかわしながら逃げた。だが制空権を持つヴェノムドレイクから逃走するのは実質不可能であり、次々と雨あられのように繰り出される毒の粒がついに少年の足首をかすめ思わず前のめりに倒れてしまう。


「ッ、うぐッ……!」


『ギャハハハハ! ようやく命中したなぁ! しっかしもう黒い月光は使わねえのか? まあ使ったところで意味なんてねえけど! さあて――それじゃあそろそろフィニッシュといこうかぁ!』


「ッ……!」


 毒液を吐く口がこちらに向けられた瞬間――ラグナは立ち上がり逃げようとしたが、毒液がわずかに付着した足首に焼けるような痛みが走り反応が遅れてしまう。その結果、倒れた状態の少年に大量の毒液が発射される。迫りくる毒液を前に少年は死を覚悟したが――


 ――毒液がかかる直前に何者かに抱きかかえられその場から連れ去られる。緑色の光を纏った何者かの肩に抱えられる形で窮地を脱したラグナは自らの命を救った人物の正体を見て驚いた。


「――ぶ、ブレイディアさんッ……!」


「――間一髪だったね。遅くなってごめん」


「いえ、そんなことないです。助けていただいてありがとうございます。……でもどうしてここが……?」


「空に黒いエネルギー波が撃たれたのが見えたからそれを目印に走って来たんだ。そしたらあそこに行きついたってわけさ。……とりあえずそこの木の陰に隠れよう。足首の治療を急いでしないと」


「は、はい……」


 下ろされたラグナは『月光』を消し木を背にして座り込む。同じように光を消したブレイディアは膝立ちになると毒液のかかった少年のズボンの裾をポシェットから取り出したナイフで切り落とし足首の状態を確認した。


「……うん。毒がかかったのはほんのちょっとだけみたい。でもこのまま放置すると足全体に広がるかもしれないから毒のかかった部分だけ切除した方がいいと思う。私がやってもいい?」


「……すみません……お願いします」


「……わかった。痛むと思うけど、ちょっとだけ我慢してね」


 ブレイディアはラグナの足首の青紫色に変色した小さな部分に消毒したナイフを入れると器用に腐食した肉をえぐり抜いた。少年が痛みに耐えていると、女騎士はポシェットから救急キットを取り出す。そして手早く出血した部分に消毒液のかかったガーゼをあてその上から包帯を何重にも巻く。


「……よし。これで大丈夫だと思うよ」


「……ありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけして……」


「もう、何言ってるの。君と私の仲でしょ。迷惑な事なんてこれっぽっちもないんだから。それよりラグナ君、さっき『黒い月光』使ってたよね? あの力を使ってもアイツを仕留められなかったってことはそんなにあのドラゴンもどきは強いの?」


「いえ、違うんです。戦ってから知ったんですが――」


 ラグナはドラゴンの再生能力についてブレイディアに説明した。


「――なるほどね。亡者たちに弱点があるのは気づいてたけど、そういうことだったんだ。完全な再生能力ね~。確かにそりゃ厄介だ。『複合月光術』って組み合わせ次第でかなり凶悪な能力に変わったりするけど今回はまさにそれだね」


「ええ。もうこうなるとドラゴンとの戦いは自殺行為でしかないと思います」


「そうだね。ひたすらこっちが消耗するだけだし。今私たちが取れる最良の選択はワディか再生能力を担当している奴を探し出して叩くことだけど……どこにいるかまるで見当がつかないんだよね。こういう長時間継続的に発動させる術の場合、対象から離れてそんなに遠くには行けないはずなんだけど」


「俺も結構森の中を走ったと思うんですがそれらしい人間はいませんでした。木の上や地面の下にでも隠れてるんでしょうか?」


「可能性はあると思うけど、全部の木を調べたり地面に穴掘ったりする時間は無さそうだしねぇ……」


 二人そろって悩んでいると、突然獣のような咆哮が木々を揺らす。


『どこ行きやがったぁぁぁッ……!!! 隠れても無駄なんだよぉぉぉ……!!! 森全体に毒の雨降らすぞこのクソボケどもがぁぁぁッ……!!!』


 それを聞いたブレイディアはため息をついて立ち上がった。


「……まったくやかましいね。声の距離からしてもう考える時間も無さそうだよ」


「……そうみたいですね。……ッ……!」


 立ち上がったラグナは足首の痛みに顔をしかめ、それを見たブレイディアは少年に向き直る。


「……ラグナ君はここで隠れてて。私がドラゴンもどきの注意を逸らすから」


「ちょ、何言ってるんですかッ……!? 危険すぎますよ、俺も一緒に――うぐッ!?」


「無理しないで。その足もそうだけど『黒い月光』を使って体力的にも限界でしょ? 現実的に考えて今のラグナ君にドラゴンもどきの相手は厳しいと思う」


「……でも、このまま隠れてるだけなんて出来ませんよ」


「……それじゃあラグナ君に頼みがあるの。聞いてくれる?」


「頼み、ですか……?」


「そう。この森のどこかに隠れてる敵二人のうちどちらかだけでも見つけて戦闘不能にしてほしいの。そうすれば術の効力が消えるはずだから。奴らは術を発動中だし、反撃とかは出来ないはずだから見つけられれば怪我をしているラグナ君でもきっと倒せると思う。……お願いできるかな?」


「…………」


 ラグナはブレイディアの頼みを聞き考え始める。


(……確かに今の俺にドラゴンの相手は荷が重すぎる。ブレイディアさんの足を引っ張る可能性が高い。それにどのみちワディたちを見つけて倒さなければこの森から脱出することは出来ないんだ)


 考えをまとめたラグナはブレイディアを見据える。


「……わかりました。必ず敵のどちらかを見つけて倒します」


「うん。お願いね。それじゃあ私が出て行ったらすぐにこの場を離れて。くれぐれも気を付けてね」


「わかりました。ブレイディアさんもどうか気を付けてください。あと、協力者の方にそちらへ向かってもらえるようお願いしてみますので」


「え、協力者? 誰の事――」


『――いい加減出てきやがれぇぇぇぇぇぇぇぇッ……!!!!!!』


「――っと、そろそろ行かないとだね。生きて必ずまた会おう」


「はいッ……!」


 ラグナの返事を聞いたブレイディアは笑顔で頷くと、緑色の光を纏い『月錬機』を展開したのちヴェノムドレイクの方へと走って行った。それを見届けた少年は足を引きづりながらその場を後にする。




 しばらく歩いていると前方から白髪の女性――レスヴァルが心配そうな顔で走り寄って来た。そしてその視線は足首の包帯へと向けられる。


「その包帯……もしや傷を負ったのか……?」


「ええ。……えっとそれでその……さっき俺が使った力なんですが……なんて説明したらいいか……」


「……言いづらいのなら今はいいさ。緊急事態だしね。それより傷を負った経緯や今の状況を教えてくれないか?」


「……わかりました。聞いてください――」


 ラグナはレスヴァルの気遣いに内心感謝しながら先ほどあった出来事を簡潔に説明した。


「……そうか。それで君は上司とわかれて術者たちを探しているわけか」


「はい。……あの……実はレスヴァルさんに頼みたいことが……」


「聞かなくともわかるよ。君の上司を助けに行けばいいんだろう?」


「……すみません。まだ正式に雇ったわけでもないのにこんな危険な頼みをするのは筋違いだとわかっているんですが……今の状況で頼れるのは貴方しかいなくて……」


「気にしなくてもいいさ。状況が状況だしね。それじゃあさっそく向かうよ。だが――その前に……」


 レスヴァルは紫色の『月光』を纏うとラグナの額に人差し指をくっつけた。


「え、あのレスヴァルさん……?」


「少しの間動かないでほしい――〈カル・ナーヴ〉」


 レスヴァルが術を唱えた瞬間、紫色の光がラグナの脳に入って行った。


「……怪我をした方の足を動かしてみてくれ」


「え? こうですか? ――あれ……えッ……!?」


 ラグナはそこで自身の体に異変が起こっていることに気づく。


「痛く……無い。え、でもどうして……」


「術で痛覚を一時的にマヒさせたんだ。そのままでは痛みで戦闘どころではないと思ってね」


「そうだったんですか……ありがとうございます」


「いや気にしないでくれ。ほんの気休め程度にしかならないだろうしね。それに傷が治ったわけではないから痛みを感じないといっても無茶な動きはなるべくしない方がいい。……それじゃあそろそろ行くよ」


「すみません、お願いします。必ず敵の術者のうちどちらかは叩くのでそれまではなんとかしのいでください」


「ああ。君の活躍に期待するさ。では互いに死力を尽くそう」


 レスヴァルは笑って手を振ると『月光』を纏いその場から消える。ラグナは消えた女剣士に頭を下げると森の中の探索を始めた。




 ブレイディアは降り注ぐ毒の雨を器用に避けながら鞭を使って戦っていた。だがいくら攻撃しようと即再生する毒竜相手に苦戦を強いられていたのだ。


(ラグナ君の言っていた通り弱点もなく即再生する。ホントに厄介……どうしようかな)


『無駄無駄。そんな無駄な努力する暇があったら大人しくやられちまえよぉ。てめえみたいなドチビなら俺の毒液を全身に浴びれば即昇天させてやれるぜ。な、無駄のない良い提案だろ?』


「余計なお世話だ――よッ……!!!」


『――むぐぅッ……!?』


 一瞬の隙をつき高速で放たれたブレイディアの鞭がヴェノムドレイクの口に巻き付く。そのまま口が開かないように鞭を硬く巻き付け固定した女騎士は笑う。


「あはは! これで減らず口も叩けないでしょ? それに口塞いじゃえばその鬱陶しい毒液も吐けないしね。ざまぁ!」


『――むぐぐぅ!!!』


 かなり怒った様子のヴェノムドレイクは体当たりをブレイディアに仕掛けたがあっさりこれはかわされる。空を飛び口を左右に激しく振り、地面や木々に叩き付けようともしてきたが伸縮自在の鞭を華麗に操る女騎士にはやはり通用しなかった。


 そして地面に降り立ったブレイディアは空を舞う毒竜を挑発する。


「ぷークスクス! さっき私に無駄な努力はやめろって言ったけどさ、そっちこそ無駄な努力はやめたら? そうすればアンタのことを口枷のついた犬みたいにちょっとの間飼ってあげてもいいよ? ぷぷぷ」


『うぐ――ぐううううううううううううううううううううッ!!!!!』 


「え、あれ、ちょ、何して――うっそッ!?」


 風船のように丸く膨らみ始めたヴェノムドレイクの姿を見たブレイディアは嫌な予感から顔を引きつらせる。やがてパンパンに膨れ上がった紫色の毒竜は許容量を超えたのかパァンという巨大な音を立てて破裂し、大量の毒液が周囲に降り注ぐ。予想外の事態に反応が遅れ、毒液の一部が女騎士に降りかかるも――。


「え……ッ!?」


 ――ブレイディアを胸で抱きかかえるようにして何者かが守りその場から連れ去ったことで事なきを得る。女騎士は自らを救った相手に対して心の中で感謝した。


(……さっきと立場が逆になっちゃった……きっと私の事が心配で戻って来ちゃったんだね。もう……せっかくドラゴンもどきから離れられるようにしたのに……でも……そういうところが好きだよ――)


 ブレイディアは目をつぶった状態で自らを抱きしめたその胸に頬ずりをする。


「――ありがとうラグナ君! だいしゅきぃぃぃぃぃ! ……でもあれ……ラグナ君ってこんなにおっぱい大きかったっけ……」


「――申し訳ないんだが……私にそういう趣味はないのでやめてもらえると助かる」


 その声を聞き真顔になったブレイディアは目を開けると――。


「――って、誰ッ……!!??」


「申し遅れたね、私の名はレスヴァル」


「いや、ホント誰ッ……!!?? ラグナ君はッ……!!??」


「君の白馬の王子様なら別の場所で敵を探しているよ。私は彼に頼まれて来たんだ。ク――ではなく、ラグナ君から何も聞いていないのかい?」


「……あ……そういえば……協力者をこっちに送るとか言ってたような……もしかしてそれが貴方? え、でも貴方何者? なんでこんな森にいるの?」


「なるほど、そこまでは話が通っていないのか。申し訳ないが私の素性やなぜここにいるのか、と言った疑問は後で説明させてもらいたい。それよりも今は――」


 ブレイディアを地面に下ろし『月錬機』を展開したレスヴァルは彼方の方向を見た。すると再生したヴェノムドレイクがこちらに向かって飛んでくるのが見えたのだ。


「……アイツをなんとかするのが先ってことだね……」


「そういうことだ」


 ブレイディアは紫色の光を纏った白髪の美女を横目に考え始める。


(……まあラグナ君が信用してこっちに寄越したってことは少なくとも敵ではないはずだし……さっき助けてもくれたしね。今は猫の手も借りたい時……協力してもらうしかないか……)


『てめえこのクソチビがぁぁぁッ……!!! ぶっ殺してやるぜぇぇぇ……!!!』


 怒り心頭の毒竜を前に女騎士と女剣士は武器を構えた。




 ラグナは森の中を必死になって走り回っていた。だが敵らしき人物はいっこうに見つからず代わりに亡者たちが大量に現れ行く手を遮る。


(……くそ……どこにいるんだッ……! ブレイディアさんの言う通り術者は亡者たちからそこまで離れられないはずなのにッ……! ……やっぱり木の上にでも隠れてるのか……? ……肉体に負担がかかるから怪我をしている状態で『月光』はあまり使いたくなかったけど……仕方ない……)


 銀の光を纏ったラグナは展開した『月錬機』で亡者たちをかきわけ怪我をしていない方の足を使い木の上に跳びあがった。そしてそのまま一番高い木の上まで周辺の木々を足場にして飛び移る。そのまま巨木の枝を踏み場にして天辺まで上り切ると上空から他の木々を見下ろした。


(どこだッ……! どこにいるッ……!? 早く見つけないとブレイディアさんたちが……)


 だがいくら探しても人影どころか小さな生物さえ夜の闇の中では見つけることが出来なかった。


(……駄目だ……見つけられない……地面を掘って地下にでも隠れているのか? ……だとしても全ての地面を掘り返す時間なんてないぞ……怪しそうな場所を調べようにも亡者たちが邪魔をしてうまく探索なんてできない……このままじゃブレイディアさんたちまであの毒に…………まだ何も出来ていないのに……こんなところで終わるのか……フェイクにすら会っていないんだぞ……レイナード様から依頼された傭兵のディーンさんのことだってまだ…………まてよ……傭兵……)


 絶望しかけていたその時だった、不意にレイナードの言葉が脳裏をよぎる。


『実を言えば今回の傭兵派遣の件も私の部下であるディーンを送り込むために私が仕組んだことなんだよ。少数の部下を送り込んでも消されてしまうのなら大人数に紛れ込ませようと思ったんだ。木を隠すなら森の中と言うしね』


「……木を隠すなら……森の中……」


 ラグナは呟いた後、下で蠢いている亡者たちを見た。


(……敵は不死身の亡者たちを使って俺達を殺そうとした……だからこの森に眠っていた亡者たちを呼び起こした……でも本当にそれだけか……? どうせ蘇らせるのならもっと強い、それこそオーガのような魔獣を多く用意した方が良かったんじゃないか? ……わざわざ弱い人間を蘇らせた理由……もしかして……)


 ラグナは目を閉じると感覚を研ぎ澄ませるべく深呼吸を始めた。 


(――カーネル湖でのことを思い出せ。複数の敵に囲まれた時、周りの全てが理解できたあの時の感覚。いや、あの時以上に感覚を研ぎ澄ませるんだ。ここはあそこよりも広い森――意識を集中させて森全体の音を拾えるように)


 ラグナが自身に言い聞かせるように瞑想状態に入ると、身に纏った銀色の光もまた十メートル以上の大きさに変化した。轟々と燃え盛る銀色の大火の中で少年は森の音を聞いた。木の葉が風に揺れる音。川のせせらぎ。そして遠くで戦う女騎士たちの声と戦闘音。全てが手に取るようにわかった。その中で少年が注意したのは呼吸音。森の中は鳥などの小さな呼吸音で溢れていたが、その中で唯一大きな呼吸音が五つ。その中の二つはブレイディアとレスヴァル。他の三つこそが己の求めていた存在のものであることに気づき、ゆっくりと目を開けた。


「……見つけた」


 開かれた己の左目が一瞬だけ赤く輝いていたことにも気づかず、ラグナは木から飛び降りると下に生えていた木の枝に片足で着地しそのまま木々を飛び移りながら移動し始める。当然追随してきた亡者や先回りして木に登っていた亡者に邪魔されるも極限まで集中した状態の少年によりあっさり弱点部分を見抜かれ切り捨てられるとすぐに消滅した。


(――死者は呼吸をしない。この森で大きな呼吸をしているものは俺とブレイディアさん達を除けば全部で三人。敵は二人だと思っていたけどまさかもう一人いたなんて。三人目がどういう役割を持っているかは知らないけど、とにかくこの集中状態が続いているうちに再生能力を担当している奴だけでも確実に倒す。俺のいる場所から一番近い位置にいるのは――)


 ラグナがとある木の上に止ったその時、下を見ると無数の亡者の群れがいた。少年は再び意識を集中させ全ての亡者を見る。すると全ての亡者たちの脈打つ弱点が先ほど以上にハッキリと見えた――ただ一匹の亡者を除いて。その唯一の例外に鋭い視線を向けると、こちらと目が合う。一瞬見つめ合った後、その亡者は後ずさりし脱兎のごとくその場から逃げ出した。その反応から自身の考えが正しかったことを理解すると、剣を逃げる獲物に向け静かに唱える。


「――〈アル・グロウ〉」


 切っ先から放たれた巨大な光弾は周囲にいた多くの亡者や木々を巻き込みながら進むと逃げる亡者に激突し爆ぜる。


「――ぐがあああああああああああああああああああああッ!!??」


 断末魔の叫びが森中に木霊し目標の亡者は焼けただれた瀕死の状態で地面に倒れた。ラグナは足を庇いながら地面に片足で飛び降りると亡者――正確に言えば亡者だったものの近くまで行き見下ろした。


(……これは……映画とかで使う特殊メイクってやつかな。良く出来てる……これじゃあパッと見わからないわけだ)


 術によって吹き飛んだ結果――ゾンビのような皮膚の下からは血の通った人間の顔がのぞいていた。目的を達成したラグナは荒い息をしながら地面に座り込む。


(……木を隠すなら森の中か……レイナード様のおかげだな……まさか変装して亡者の中に紛れ込んでるなんて思いもしなかった。人間を亡者にして蘇らせた理由は自分たちを紛れ込ませるためだったんだな……)


 息を整えたラグナが立ち上がると、木々の間から一匹の亡者は現れた。それを見た少年はその亡者の体の適当な部分に剣を投げつける。すると剣が命中した途端、死体はすぐに粉々になり消滅した。


(適当に攻撃しても再生しない……今倒した奴は術で再生を担当していたのか。出来ればワディを倒したかったけど……まあいい。最低限の目標は達成できた。これでヴェノムドレイクは不死身じゃなくなったはず。……でもいくらブレイディアさんたちでも死体とはいえドラゴン相手じゃ苦戦するかもしれない。確実に勝つためにはなんとか死体を操ってるワディを見つけないと。……確か近くにあったもう一つの呼吸音は……)


 もう一度『月光』を纏ったラグナは剣を引き抜くとふらつく体に鞭打ち走り出す。

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