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45話 屍の森

 ラフェール鉱山近隣にある麓の町ダリウスから少し離れた場所に建てられていた掘っ立て小屋の中でロンツェは携帯を使い通話していた。相手は直属の上司であるフェイク。


「――報告します。どうやら騎士たちは傭兵を雇ってこちらに向かわせたようです。ガルシィア帝国との関係を気にしての対策の様ですね」


『――そうか。お前たちだけで対処できそうか? 十日ほどで戻れると思っていたのだが、まだ時間がかかりそうだ』


「問題ありません。俺らだけで全滅させられます。それにもしラグナ・グランウッドが現れたとしても『例の手』を使えば苦も無く無力化させられるでしょうしね、ククク。だから俺らに任せてください」


『――わかった、これからの対応はお前たちに任せよう。己の判断で動いてくれて構わない。私もなるべく早く戻れるようにするが、何日に戻れるとはまだ言えない。悪いが後の事は頼んだぞ』


「了解しました」


 通話を終えたロンツェは携帯をポケットにしまうと、正面にいたワディに目をやった。


「――フェイク様はまだ戻れねえとよ。俺はもうすぐ到着する傭兵どもを『例の手』で迎え撃つが、お前はどうする? ぶっちゃけここの守りは俺一人でも問題ねえぜ」


「……ぷくく……」


 不気味な声で笑ったワディはそのまま掘っ立て小屋から出て行った。それを見たロンツェはほくそ笑む。


(……ありゃ罠を仕掛けに行ったな。ちょうどおあつらえ向きの場所もあったしワディにとっちゃ都合がいいだろうよ。まあこれから来る傭兵どもには間に合わねえだろうが、その後に来る『本命』には間に合うだろ。しっかし敵とはいえあの悪趣味な戦術に引っかかることに関しては同情せざるを得ないぜ。ククク)


 ラグナ達が無様に死んでいくことを想像し嘲り笑ったロンツェは傭兵たちを迎え撃つべく準備を始めた。  



 一週間後、開発作業を騎士団本部で行っていた三人の耳にある知らせが飛んでくる。それゆえラグナとブレイディアは急いで団長室にやってきた。


「団長、ラフェール鉱山に向かった傭兵たちが全員消息を絶ったって本当なのッ!?」


「……ああ。事実だ」


 机に身を乗り出し問いかけて来たブレイディアに対してアルフレッドは静かに答えた。 


「そんな……だって選別が終わって三日前に王都を出発したばかりなのに……」


「……正直私も驚いている。実際ベルディアス家とキングフロー家が選んだ100人の傭兵たちは経験豊富な実力者ばかりだった。私も選別に関わったゆえ傭兵たちの力は保証できる。だが……」


「現状、全員と連絡が取れない、か…………ってことはもう全員死んでるか捕まってるって思った方が良さそうだね。……でも、妙だね。到着してそうそうに全滅なんてさ」


「確かにな……。敵やガルシィア帝国に感づかれぬよう傭兵たちは皆、一度各方面に散ってから時間をずらし別々にラフェール鉱山に向かう手筈になっていた。にもかかわらずこのザマだ……」


「傭兵の中に『ラクロアの月』の構成員が混じっててそいつから情報が漏れた可能性は?」


「それはない。選別の際に徹底的に身元を洗ったからな。少しでも経歴の怪しい奴は書類審査の段階で弾かれるようになっていた。それにこの情報を知っているのは我々を除けば七大貴族やラフェール鉱山を含む一帯を治める領主――ゴルテュス子爵などごく一部の人間だけ。情報が洩れる可能性は極端に低いはずなのだが……」


「そっか……まあ敵も王都制圧作戦を潰されて警戒してるだろうし、アジトに近づいてくる奴らは手あたりしだいに、ってことなのかもしれないね」


「そうかもしれないな。いづれにしろこれで敵の戦力を測るというこちらの目論見は失敗したわけだ」


 アルフレッドがそこで言葉を切ると、ラグナが心配そうな顔で問いかける。


「あの……それで俺達はこれからどうしたらいいんですか?」


「……情報不足なうえこんな状況で大変言いづらいのだが……上から命令がきた」


 ため息をついたアルフレッドは指令所と思しき一枚の紙を近くにいたブレイディアに渡す。


「えーっとなになに……『ラグナ・グランウッド及びブレイディアブラッドレディスの両名は急ぎラフェール鉱山に向かい現地の駐屯騎士と協力しつつラクロアの月を殲滅せよ』……なるほどね。まあしょうがないか」


「……すまないな。もう少し情報を集めてから派遣するべきだと打診したのだが……」


「団長のせいじゃないよ。今回は向こうが一枚上手だったってだけの話だもん。すぐにでもラフェール鉱山に向かうよ。ちょうど新兵器も完成したところだしね。まあ私とラグナ君の持ってる二つだけだけど。でもフェイク戦を想定した新機能も新しく搭載されたし、きっと大丈夫だよ」


「そうか、それは嬉しい報告だな。酷い知らせの中で唯一の光明だ。……ではラグナ、ブレイディア、準備を整えラフェール鉱山へと向かってくれ」


「了解だよ」


「わかりました」


 アルフレッドの言葉に対してブレイディアとラグナは力強く頷いた。


「頼んだぞ。先んじてジョイがラフェール鉱山から少し離れた麓の町ダリウスに向かっている。現地で合流し、情報を共有したのちラフェール鉱山に向かってほしい。それとダリウスの騎士団支部に寄る前にゴルテュス子爵に一度会いに行ってほしい」


「作戦始める前に貴族様にご挨拶ってことでしょ? 大丈夫わかってるよ。ちゃんと貴族様の顔を立ててあげないとだもんね」 


「悪いな。お前たちが今日向かうことはすでに話してある。手短に挨拶してくれればそれでいい。もし現地で何か必要になれば連絡してくれ。すぐに手配しよう。……では健闘を祈る」


 アルフレッドの話を聞き終えた二人は廊下に出た。その後すぐにラグナは昨日から姿を消していた赤い鳥について言及する。


「昨日ジョイの書置きを見て任務に出かけてるってことは知ってましたけどダリウスに向かっていたんですね」


「みたいだね。私達より早く知らされたってことは、たぶん私たちが向かう前の下調べに送り込まれたんだろうね。さて、それじゃあ私たちもハロルドが最後の仕上げをしてる新装備を受け取ったら身支度して出かけるとしますか」


「そうですね。急ぎましょう」


 二人は急ぎハロルドの待っているであろう第三訓練場に向かった。 



 

 到着した二人は訓練場で待機していたハロルドに団長室で聞いた話をした。


「――なるほどネ。傭兵たちは全滅カ。しかも何の情報も得られないとハ。やはり一筋縄ではいかないようだネ」


「ホントにね。まあとにかく行ってみるよ。ところで新型の最終調整は終わってる?」


「ああ、さっきちょうど終わったところダ。フェイク戦を想定した新機能の調整もしっかり終わっているから安心してくレ」


「さっすが。それじゃあ有難く使わせてもらうね」


 ハロルドが二つの新型『月錬機』を差し出すと、ブレイディアはそれを受け取りラグナもそれに続く。


「ありがとうございます先生。これでフェイクを倒して今度こそ全てを終わらせます」


「なんだか私の尻拭いをさせてしまっているようで申し訳ないが、くれぐれも気を付けてほしイ。騎士である君にこんなことを言ってはいけないのだろう、しかしいざという時は任務よりも自分の命を優先してくレ。そして必ずここに戻ってきてほしイ」


「わかりました。必ずここに戻ってきます。だから先生も王都の事をよろしくお願いします」


「ああ、『メイガス』は必ず直すから任せてほしイ。それと……これを君二」


 青い『月錬機』と共に差し出されたのは白衣のポケットから取り出された指輪だった。幾何学的な模様が刻まれた金色のリングに六角形の黒い宝石がはめ込まれたそれを『月錬機』と共に受け取ったラグナは首をかしげる。


「……先生、これは……?」


「アルロンの悲劇の後、赤ん坊だった君を私が見つけた時に君が握りしめていた物ダ。どういう経緯で君が指輪を握っていたかまではわからないが、アルロンでは子供が生まれると大きくなったその子に渡せるよう贈り物用の装飾品にその子の名を刻むという風習みたいなものがあったからネ。きっと君の親が君の為に用意した物なんだろウ。そしてその指輪の内側に刻まれていた名前から君の名がわかったんダ。……復讐を終えたその時に返すつもりだったが、結局それも失敗。しかも復讐が失敗した後すぐ私は独房に入れられてしまったからネ。その後もなかなか返す時間が無かったが、この機会に返しておくヨ」


「……ありがとうございます。大切にします」


 ラグナは笑顔でお礼を言うと手袋を外し指輪を右手の人差し指に通した。



 その後一度ブレイディアの家に戻って来た二人は各々の部屋で身支度を整えることとなった。そしてラグナが使い慣れたリュックに着替えや救急キットなどを詰めていると携帯が鳴り始める。誰だろうと思いディスプレイを確認すると、表示されたその名を見た瞬間顔がこわばってしまう。しかしすぐに気持ちを切り替えると通話ボタンを押した。


「……はい、ラグナです」


『ごきげんようラグナ君。突然電話してすまないと思っているが、今大丈夫かい?』


「はい、大丈夫です――レイナード様」


『これから任務に向かうというのに悪いね。なるべく手短に済ませるから勘弁してほしい』


「いえ、それで俺に何か御用でしょうか?」


『ラフェール鉱山に向かった傭兵たちが連絡を絶ったということは聞いていると思うが、実は一つ気になることがあってね。そのことについて教えようと思って連絡したんだ』


「気になること……ですか?」


『ああ。私の部下の一人に傭兵として情報を集めている者がいてね。名をディーンという。今回の傭兵派遣に乗じて紛れ込ませたのだが、彼もまた消息を絶っているんだ。まあここまでならばそこまで不思議ではないだろう。他の傭兵たち同様敵に殺されたか捕まっているかのどちらかなのだから。しかし問題なのは消息を絶った場所なんだ』


「場所? ……ラフェール鉱山で行方不明になったんじゃないんですか?」


『いいや。ディーンは場所を移動する際には必ず連絡を入れるのだが、最後に移動すると告げた場所はラフェール鉱山では無い。ラフェール鉱山から少々離れた場所に位置する麓の町ダリウス。そこが最後に彼が向かうと言った場所だ』


「……ダリウス……じゃあもしかして他の傭兵たちが消息を絶った場所も……」


『そう、ダリウスである可能性が高い。派遣にあたって傭兵たちにはラフェール鉱山に向かう際に一度そこに立ち寄って準備を整えるよう言ってあるしね。必ず傭兵はそこに立ち寄ることになっていた』


「……『ラクロアの月』はラフェール鉱山だけでなくダリウスにも入り込んでいるってことですね……」


『おそらくね。だからダリウスに立ち寄っても決して気を抜かないでほしい。傭兵たちもダリウスを安全な場所と勘違いしてやられたのではないかと私は推測している。まあ決めつけるわけじゃないが。いかんせん情報が足りないので推測する事しか出来ないのが現状だ」


「情報が足りないって……あの……こんなこと言うのは失礼なのかもしれないですけど……レイナード様でもラフェール鉱山の状況についてまったくわからないんですか?」


『まあね。実はラフェール鉱山で『ラクロアの月』が何かやっているということ自体は以前から掴んでいたんだ。だが送り込んだ密偵はことごとく消息を絶っている。今回の傭兵派遣も実を言えば私の部下であるディーンを送り込むために私が仕組んだことなんだよ。少数の部下を送り込んでも消されてしまうのなら大人数に紛れ込ませようと思ったんだ。木を隠すには森の中と言うしね。それで今回の傭兵派遣でディーンを通してラフェール鉱山一帯の情報を少しでも得られればと思ったんだが、読みが外れた。まさかディーンほどの手練れまで消されるとは恐れ入ったよ。さて……これで言いたいことは全て言い終わった。……ラグナ君、わかっていると思うがジュリアさんの謀反を知る者が我々の他にもう一人だけ存在している』


「……わかっています。アイツは……フェイクは俺が必ず倒します」


『それを聞けて安心したよ。ではくれぐれも気を付けて行ってきてくれ。私の方も君やブレイディア殿を手助けできるように裏で動かせてもらうからさ。それからラフェール鉱山一帯を治めているゴルテュス子爵がダリウスに館を構えているがあの男には注意した方がいい』


「え、注意した方がいいって……何かあるんですか?」


『いや、これといって何かをやらかしたという証拠は無い。だがあの男は臭う。今回の騒動にもかかわっている気がしてならない。まあ私の勘だがね。……引き留めて悪かったね。話はこれで終わりだ。それともしディーンが生きていて助けられる状況であれば助けてくれるとありがたい。右の頬から顎にかけて斜めに深い傷のある紫色の髪の男だ。まあ見ればわかるだろう。君の事は事前に話してある。助けた後はきっと君の力になってくれるはずだ』


「わかりました。もし捕まっているのであれば助け出します」


『ありがとう。では幸運を祈るよ騎士殿』


 通話を終えたラグナは携帯をポケットにしまうとリュックを背負い部屋を後にした。


 


 その後ブレイディアと共に列車に乗り込んだラグナはラフェール鉱山に向けて出発するが――。


「ええ~!? 落石ッ!?」


「はい……どうもそうみたいです……駅員さんによるとちょうど俺達が王都を出発した時に起きて線路が完全にふさがってるとか……」


「うっそ~……タイミングよすぎるでしょ……」


 いくつか列車を乗り継ぎ、ラフェール鉱山に直行する列車に乗ろうとした時に発覚した事実だった。その結果二人は駅で立ち往生してしまう。


「……落石の撤去って今日中に終わるかな?」


「いえ、それがかなり大きい岩がいくつも線路を潰してしまってるとかで……撤去にはかなり時間がかかるそうです。一日、二日ではたぶん終わらないだろうって……」


「じゃあ待つのは難しそうだね……。仕方ない、自分たちの足で向かおうか。幸いダリウスまではそんなに遠くないし」


「わかりました。でもこの時間だとダリウスに着くのは夜中になっちゃいますね」


「だね。本当は宿でも取りたいところだけど……この辺に宿屋なんて無さそうなんだよね……」


 すでに携帯を取り出していたラグナ同様ブレイディアは携帯を操作して現在地から宿屋を探していたが、諦めたようにため息をついた。


「……やっぱり無いみたい。だったらこのまま野宿するよりは歩いて向かった方がいいよ」


「そうですね。着いたとしてもダリウスの宿屋は時間的にやってないでしょうけどダリウス近くに誰でも使える休憩所みたいなところがあるみたいですし、とりあえずそこを目指しましょうか」


「そうだね。今日はそこで夜を明かそうか。……そう、二人っきりで、ね――ぐへへ」


「あはは……」


 ブレイディアの冗談に苦笑したラグナは携帯でダリウスまでの最短ルートを調べた。




 駅を出た二人は携帯のナビゲーションに従って森の中を歩いていた。もうすでに日は落ち辺りは暗くなっていたが、用意していたライトのおかげで苦も無く進めている。だがブレイディアが周りをキョロキョロと落ち着きなく見まわしていたため気になったラグナは声をかけた。


「あの、どうかしたんですか?」


「……い、いや……なんかこの森おかしくない? さっきからそこら中にお墓みたいな石が立ってるんだけど……」


 見ると確かに墓石のような形の石たちが木々の間に数多く建てられていることに気づく。ラグナはマップに表示された今歩いている森の名を携帯で検索した。


「……あ、なるほど……ここ『クルンテスの森』は別名『屍の森』と言われているそうです」


「し、屍……なんか……物騒な別名だね……」


「なんでも昔戦争があった時にこの場所が戦場になって多数の戦死者が出たそうです。それで身元不明の死体がここに埋められて、それを弔うために多くの墓石を設置したらしいですよ」


「ふ、ふーん……じゃ、じゃあこの森って死体が埋められてるんだ……」


「そうみたいですね。……もしかしてブレイディアさんってこういう場所苦手ですか?」


「えッ!? い、いや、そんなことないよッ! 死体なんて見慣れてるし、死体見ながらご飯だって食べられるよ!」


「そ、そうなんですか……でも、なんだか心なしかブレイディアさんの顔色が悪く見えて……」


「……いや、死体自体は怖くないんだよ。ただ、その……こういう場所って……例のアレが出そうで……」


「例のアレ?」


「ほ、ほら……幽霊っていうか……怨霊っていうか……地縛霊みたいなの……」


「あー……」


 ラグナは以前ブレイディアとホラー映画を一緒に見た時のことを思い出した。見ている時は余裕余裕と冷や汗をかきながら言っていたものの、昼間平静を装っていた女騎士が夜中に泣きながら自身を起こしトイレまでついて行った過去が脳裏に蘇る。


「……そういえばブレイディアさんってオバケが苦手でしたもんね」


「え、ちちち、違うけどッ!? だいたい、お、オバケなんているわけないもん! ああいうのは創作の中にしか存在しないから! あくまでこういうオバケが出そうな雰囲気がちょっと怖いってだけだから!」


「そうですね。俺も見たことないですし。あ、でもこの状況って前一緒に見たホラー映画と似てますよね。人気の無い森の中を歩いていたら女性のすすり泣く声が聞こえて――」


「やや、やめてよラグナ君ッ! 幽霊なんて、ぜ、ぜぜぜったいいないけどこういう状況でそういうことは言わない方がいいと思うのッ!」


「ああ、すみません。でも大丈夫ですよブレイディアさん。こんなところで女性の泣き声なんて絶対に聞こえな――」


『――ぐすッ……う……うう……』


 前方から女のすすり泣く声が聞こえて来た。


 それを聞いたブレイディアの顔が蒼白になる。


「う、うう嘘ッ……!? ま、ままま、まさか、ホントに……ッ!?」


「いや、待ってください。こんな夜中に女性の泣き声なんて普通じゃないですよ」


「そうだよねそうですよねそうに決まってますよね普通じゃないってことは幽霊だよねッ……!!??」


「あ、いや、そうじゃなくて女性が何かの事件に巻き込まれたんじゃないかと思って……」


「あ、ああ、なるほどね! わ、私ももちろんその可能性があるんじゃないかと思っていたよ! じゃ、じゃあ声のする方へ行ってみようかラグナ君!」


「はいッ!」


 二人は走り出し声のする方に向かった。そして少し進んだ場所で膝を抱えうつむく長い黒髪の女を見つける。木に寄りかかるようにして座ったその女は白いボロ布で出来たような服を揺らし悲しそうな声をしきりにあげていた。顔をひきつらせ『なにこれホラー映画の状況とまったく同じじゃん……』と言いながら震えているブレイディアをよそにラグナは女性に歩み寄る。


「あの……大丈夫ですか?」


「……ぐすッ……うう……」


「俺達は怪しいものじゃありません。王都の騎士団に所属している騎士です。任務でダリウスに向かっている途中なのですが……こんな時間にいったいどうしたんですか? その格好も普通の服じゃないですよね? もしよければお話を聞かせていただけませんか?」


「……ぐすッ……うう……」


「えっと……も、もう大丈夫です。俺達は貴方の味方ですから。安心してください」


「……ぐすッ……うう……」


 しかし何を言っても女性は顔を上げず泣き続けるだけだったためラグナは困り果ててしまう。


「あ、あの……せ、せめて何があったのかだけでも教えてくれませんか? 俺達は貴方を助けたいんです。俺達に出来る事ならなんでもするので」


「…………なんでも…………?」


 すすり泣くことをやめた女が急に会話に応じてきたためラグナはすぐに喋り始める。


「は、はい! 俺達に出来ることなら。ですから事情を――」


「――お願い聞いてくれる……?」


「え、お、お願い……ですか? えっーっと……わ、わかりました。でも何をすれば……」


「……じゃあ――」


 女はゆっくりと頭を上げ、ラグナ達に言い放つ――。


「――死んで」


 ――皮が剥げピンク色の肉と白い骨が露出し片方の眼球が取れかかったグチャグチャの顔を見せつけながら。

   

「なッ……!?」


 当然のようにラグナは後ろに飛び退き身構えた。すると女は立ち上がり狂ったように笑い始める。


「アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!」


 そしてその笑いにつられるようにして森の中から次々と女と同じような格好をした亡者たちがぞくぞくと姿を現し始める。それを見たラグナは急いで後ろにいた女騎士に声をかけるも――。


「ブレイディアさん、これって――」


「――あべし」


 ――ショックのあまりブレイディアは白目を剥いて気絶し後ろに倒れた。


「ブレイディアさんッ……!!??」


 気絶したブレイディアを抱きかかえたラグナを亡者たちは取り囲む。


(なんなんだいったい……)


 ラグナの動揺を嘲笑うように亡者たちは奇声をあげて笑い始める。


 惨劇の夜が幕を開けた。

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