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44話 新兵器

 休暇を終えたラグナとブレイディアは団長室にてアルフレッドと対面していた。


「よく来てくれた二人とも。少しは体を休めることが出来たか?」


「はい。おかげさまで体調は戻りました」


「うん。もうバッチリだよ」


「そうか。ならばいい」


 元気そうな二人の姿を見たアルフレッドは微笑むと本題に入る。


「――では状況の整理から始めよう。アルシェとブルトンの事後報告は済んでいると思うが、もう一度頼む。まずはブレイディアから説明してくれ」


「オッケー。私が向かったブルトンではどうもカーネル湖で『ラクロアの月』が作った魔獣の失敗作が地下を通って運ばれる予定になってたみたい。んでブルトンを含めた他の場所をいくつか経由したのちにどこかの研究所に運ばれて再調整される予定だったんだって。レングラーっていうブルゴエラの直属の部下から聞いた情報だから間違いないよ。階級は確か部隊長だったかな。……もっともその研究所がどこにあるのかまでは突き止められなかったけどね。本当は捕らえてもっと情報を引き出したかったんだけど……」


「仕方ないさ。お前の話を聞く限りレングラーは手練れだったのだろう。倒せただけでも十分だ。よくやってくれたな」


「私なんか大したことしてないよ。倒せたのはジャスリンちゃんのおかげでもあるしね。それに結局ブルトンにいたのはレングラーと雑魚構成員だけだったし。本命のブルゴエラには会うことも出来なかったしね。それよりすごいのはラグナ君だよ。まさかまた王都の危機を救うなんて。しかもあのベラルにまで勝っちゃうし。偉い! 流石私が認めた男の子!」


「いえ……俺の力というより『黒い月光』のおかげですから。ベラルの件も色々な人の助けがあってようやく相打ちっていう形ですし……」


「もうラグナ君ったら、謙遜しちゃって可愛いなぁ♪」


「いや、事実なんですけど……アハハ……」


 ブレイディアが体をくねくねとひねっている姿を見たラグナは苦笑する。


「では次はラグナ、報告を頼む」


「わかりました――」


 すでに全員に説明済みなこともあり、ラグナはアルシェであった出来事を簡潔に説明した。するとそれを聞いたブレイディアは腕を組んでうなり始める。


「うー……ラグナ君の話だとベラルを除けばフェイクの他にあと三人も厄介そうなのが残ってるんだね。特に赤毛の男――レインだっけ? ラグナ君に自分の組織の情報を漏らすなんていったい何考えてるんだろうね……」


「そうですね。何かしらのメリットはあるんでしょうけど……」


「まあわからないことを考えても仕方あるまい。それに判断材料があまりにも少なすぎる。状況整理のための報告はこの辺にしておこう。では次に移る。ラフェール鉱山についてだ」


「方針が決まったの?」


「ああ。どうもラフェール鉱山の件はキングフローとベルディアスの両家が主導することになったらしい。そしてお前たちにもやはり働いてもらうことになりそうだ」


「そうなんだ。じゃあもしかして今日出発?」


「いや、先に傭兵を使って敵の戦力を測るらしい。お前たちの出番はその後だ」


「傭兵? ……ああ、なるほど。騎士を大量に送り込むとガルシィア帝国を刺激しちゃうかもしれないからか。ラフェール鉱山ってガルシィア帝国との国境に近いしね」


「そういうことだ。ラフェール鉱山近くに魔獣が大量発生し、その魔獣討伐に懸賞金がかけられ金に目がくらんだ傭兵たちが勝手に集まった――という事にするらしい。無論傭兵の討伐目標は魔獣などではなく『ラクロアの月』になるが」


「じゃあ俺達はその傭兵たちの報告があるまで王都で待機ですか?」


「そうなるな。だがただ待っているだけというわけではない。お前たちにやってもらいたいことが――」


 言いかけた瞬間、扉がノックされた。その音を聞いたアルフレッドは壁に掛けられていた時計に目をやる。


「――ちょうどいい時間だな。残りの説明は彼女にしてもらおう。入ってくれ」


 アルフレッドの言葉に合わせて扉が開くと、外から緑色の髪をショートヘアにした見覚えのある小柄な少女が入って来た。黒い軍服の上から大き目の白衣を羽織り、口元が隠れるように巻かれた青いマフラーを巻いたその少女は以前乗っていた車椅子とは打って変わって普通に歩きながらこちらに向かって来る。それを見たラグナとブレイディアは目を剥いて驚いた。


「せ、先生……!?」


 ハロルド・エヴァンス――正確に言えばハロルドがランスローと名乗っていた時に身代わりとして使っていたアンドロイドがそこにはいたのだ。


「こうして会うのは久しぶりだネ。二人とモ」


「え、なんでッ……!? どうしてハロルドのアンドロイドがここにいるのッ……!? ハロルドは独房に収監されてたんじゃ……アンドロイドがここにいるってことはもしかしてハロルドも近くにいるの……?」


「いいや、今も『私』は収監されているヨ。この機体は牢獄から遠隔操作しているのサ」


「そ、そうなんですか。……でも……ロボット越しでも久しぶりに先生とこうして会話出来て嬉しいです」


「そうだネ。私も嬉しいヨ。ずっと手紙だけのやりとりだったからネ」


 ラグナとハロルドは久しぶりの会話を喜んでいたが、ブレイディアは首をひねり脳内に疑問符を浮かべる。


「でもアンドロイドだけとはいえよく自由に動けるようになったね」


「そこまで自由というわけじゃないサ。今も廊下では見張り役がこちらの会話を盗聴しながら待機しているだろうしネ。それにこれは一時的な措置サ。『メイガス』を修復するまでのネ」


「あー……そっか。ハロルドに依頼したんだね」


 ブレイディアは遅まきながら『メイガス』の件をアルフレッドから説明されていたためすぐに納得した。そして聞いた時から気になっていた事をハロルドに率直に聞いてみる。


「ねえ……ぶっちゃけ『メイガス』にウイルス仕掛けたのって貴方なの?」


「いや、私ではないヨ。どうも私がラグナに敗れた後、王都に隠れていた『ラクロアの月』のメンバーが仕掛けたものらしイ。とはいえこの国の上層部には信じてもらえなかったガ……まあ仕方ないだろウ。……それで、もうこの二人を連れて行ってもいいのかナ、騎士団長」


「ああ。すべき話はもう終わっている。後はそちらで説明してくれ」


「了解ダ。では二人ともついて来てくレ」


「え、ついて来てくれって……ちょっと待ってください先生……!」


「そうだよちょっと待ってよッ……!」


 ハロルドが歩き出すと、ついて来いと言われた二人は困ったように顔を見合わせる。そしてブレイディアはアルフレッドの方を向いた。


「ちょ、団長? どういうことなの?」


「説明はハロルドから聞いてくれ。大丈夫だ、上からも許可されている。だから安心してついて行ってくれ」


 アルフレッドからそう言われた二人は再び顔を見合わせた後、廊下に出て行ったハロルドを追いかけた。




 廊下に出た二人は後ろからついてくる監視役を気にしつつもハロルドから説明を受けていた。その後話を聞いたブレイディアは驚きの声をあげる。


「え、新兵器ッ……!?」


「そうダ。君達には私が以前開発していた『月錬機』ver2プロトタイプの試作テストに付き合ってもらいたイ。もちろんうまく完成した暁にはそれを装備してラフェール鉱山に向かってもらって構わないヨ。おそらく従来の『月錬機』よりも遥かに優れたものになるだろウ。きっと君達の助けになるはずダ」


「うっそホントにッ……!? す、すごい……! 新型の『月錬機』かぁ……!」


 ブレイディアはまだ見ぬ装備を想像しながら目を輝かせていたが、ラグナは先頭を歩くハロルドを心配そうに見つめていた。


「あ、あの……大丈夫ですか先生。俺達の装備を整えてくれるのはありがたいんですが『メイガス』の修理もこの後控えているのに……もしかして無理してるんじゃ……」


「問題ないヨ。実際今も本体の私は『メイガス』の問題点を見つけながらワクチンソフトの開発に着手していル。それに『月錬機』ver2プロトタイプはアルロンの件が起こる前に途中まですでに作っていたものだからね、作りかけの物を完成させるだけだしそんなに難しくも無いサ。『ルナシステム』の完成形を一人で作ってた頃に比べれば『月錬機』ver2プロトタイプの開発テストと『メイガス』の修理を並行して行うくらい朝飯前だヨ」


「ええ……朝飯前って……普通はそんなに同時に出来ないと思うんですけど……」


 あらためてハロルドの天才ぶりを理解したラグナは顔を引きつらせながら瞳を輝かせるブレイディアと共に歩いて行った。




 騎士団本部内部に設けられた第三訓練場に到着したラグナとブレイディアは到着早々ハロルドから手のひらに乗る程度の二つの機械の箱を見せられる。どちらも『月錬機』だが色が通常の物とは異なっていた。一つは赤い正方形の箱に黒い光の線が無数に走ったもの。もう一つは青い正方形の箱に緑色の光る線が無数に走ったものだった。


「この赤い方はブレイディア、こっちの青い方はラグナだヨ」


 ハロルドは二人にそれぞれ色違いの『月錬機』を手渡した。それを受け取ったブレイディアは物珍しそうに赤い箱を手で転がし始める。


「へえー……これが新型かぁ。二つとも色が違うみたいだけど、もしかして機能も違ってたりするの?」


「ああ、その通りだヨ。説明しよウ。まずブレイディア、『月光』を呼び出して『月錬機』を展開してくレ」


「オッケー」


 ブレイディアは頷くと即座に緑色の光を纏った。すると手に持っていた箱は『月光』を吸収しみるみるうちに武器の形へと変化するが――。


「おー、これが新しい『月錬機』から出来た武器――って大して見た目変わってないじゃん……」


 いつもと同じ緑色をした魚の骨のような大剣だったため、見た目が大きく変化している事を期待したブレイディアはため息をついた。


「ねえ……いつもと変わってないんだけど……」


「よく見なさイ。いつもと違う部分が一つあるだろウ?」


「違う部分? ……あ、ホントだ」


 ハロルドに促されて大剣の全体を見回してみると確かに一つだけいつもと違う点があった。それは柄の部分に違和感なくいつのまにか付けたされていたのだ。


「でもなにこれ……なんか銃の引き金に似てるけど」


「引いてみるといイ。そうすれば変化が如実に理解できるだろウ」


「そうなんだ。じゃあさっそく――」


 柄の部分につけられた巨大なトリガーを親指を除くすべての指で力強く引いた瞬間――。


「――うひゃあッ!?」


 ブレイディアが素っ頓狂な声をあげたその時にそれは起こった。


 ガコンと音が鳴るや否や、剣から蒸気が噴き出すと骨のような大剣の上部分――切っ先から上腹部までの部位が剣から外れ二つに分解されたのだ。そして分解された二つの部位を繋ぐように緑色の光の糸が剣の形として残ってた途中部分から伸びていた。それはさながら二つに分断された剣の刃に糸を通したムチとでもいうべき形状に変化していたのだ。


「……えっと、これはムチ?」


「そうだヨ。伸縮自在の鞭サ。試しに振ってみるといいヨ。思っただけで自由自在に動かせるはずダ。的も用意しておいたからそれに向かってやってみてほしイ」


「いいの? それじゃあ失礼して――おりゃあ!」


 ブレイディアが勢いよく剣を振るうとムチが遠方に飛んで行った。その後ムチは五十メートルほど先に設置されていた複数の丸い的のうちの一つを貫きそのまま絡みつくと勢いよく対象を握りつぶした。


「すごーい! ホントに私の思った通りに動いた! どうなってるのこれ!?」


「『月詠』は通常の人間よりも強い脳波を常に発しているんダ。特に『月光』を呼び出す時や纏っている時にはさらに強力で特殊な脳波を発していル。それを利用したちょっとした仕掛けサ」


「なるほどねぇ~。脳波でコントロールしてるってことかぁ~」


「そういうことだネ。もう一度トリガーを引いてみてくレ」


 言われた通りに引くと今度は剣だった残りの部分も二つに分解され柄から光の糸が伸びるような形へと変形した。ハロルドは補足するように話し始める。


「一度引くと、五十メートルほどの距離まで伸びる鞭になル。さらにもう一度引けば最大距離が百メートルまで伸びる鞭になるんダ。そしてもう一度引くと――」


 ブレイディアがハロルドの言葉に合わせるようにトリガーを引くと――次の瞬間、光の糸が消え四つに分かれた刀剣が空へと舞い上がった。


「――それぞれが浮遊し思考によって動く剣となル。動かせる距離は使用者から半径五十メートル以内に限るがネ。今動かしていた鞭と同じように動かせるはずダ。やってみてくレ」


 言われた通りに念じると、四つの刃は空を自由自在に舞い高速で飛び始める。試しにもう一つの的を攻撃するように念じると、思い描いたように刃たちは動き的を斬り刻んで破壊した。その後一分ほど動かした後、ハルロドは次の指示を出す。


「では最後にもう一度トリガーを引いてくレ。そうすれば剣は最初の形状へと自動で戻ル。それで今の機能なんだが、使用者の『月光』を動力源としているから『月光』を纏っている限り鞭や遠隔操作の刃はほぼ無限に使うことが出来るヨ。まあ故障しなければだけド」


 引き金を引くと同時に刃たちは柄の部分に集合すると、一瞬でくっつき元の形状に戻った。それを見たブレイディアはプルプルと震えながら叫ぶ。


「すごーい! ハイテク! ハイテクだよラグナ君!」


「本当にすごいですね! これなら戦術の幅も広がりますよ!」 


 二人で新兵器の凄さに喜んでいると、ハロルドはラグナの方へ目をやった。

  

「次はラグナ。頼むヨ」


「あ、わかりました」


 次にラグナが銀色の『月光』を纏い『月錬機』を変形させると、やはり形状は今までと変わらない銀色の剣だったがブレイディアの物と同様柄の部分に巨大なトリガーが設けられていた。


「先生、俺もこのトリガーを引けばいいんですか?」


「そうだヨ。一度引いてみてくれ」


「はい」


 頷いたラグナがトリガーを親指を除く四本で引くと、その瞬間銀色の光の一部が剣の刀身纏わりつくようにして輝き始めた。


「えっと……先生。これは……?」


「その状態で的に向かって剣を振り下ろしてみてほしイ」


「この状態で……わかりました。やってみます――はぁッ……!」


 ラグナが気合を入れて剣を振り下ろしたその時、剣から銀色の小さな斬撃が放たれる。弧を描くように撃たれた三日月形の斬撃波はすさまじい速度で的へ激突すると対象に亀裂を入れた。それを見た少年はかつて双子山でハロルドと戦った時の事を思い出す。


「先生……これって確か……前に先生が『ルナシステム』を身に纏ってた時に使ってた技ですよね?」


「そうだヨ。アレはこのプロトタイプの技術を転用したものなのサ。撃ってみてわかったと思うが君の持ってるそれは『月光』の一部を高密度のエネルギーに変換しそのまま射出することが出来るんダ。もちろん『月光術』ほどの威力は無いが、それでも『月詠』を相手にした時に隙をつけば多少はダメージを与えることは出来るはずだヨ。それに『月光術』と違って発動後『月光』が消えるという最大のデメリットが無イ。つまり連続で撃つことが出来るわけダ。当然使うたびに『月光』の量は少しずつ減っていくからそれには注意しないといけないけどネ。では次はトリガーを引いた状態で少し待ってみてくレ」


「わかりました」


ハロルドの言う通りラグナはトリガーを引いた状態で待ってみた。すると薄い光が刀身に纏わりつき剣の刃を覆うような形で銀色の光の刃が形成される。


「その状態はさっきと同じように『月光』の一部を刃に集め、その後留めることで剣の切れ味を若干上げることが出来るんダ。その状態で的を斬ってみてくレ」


 ハロルドが白衣のポケットからリモコンを取り出し操作すると訓練場の床が開き数メートル先に人型の的が現れた。ラグナは指示通りその的目がけて飛びかかると、上から目的物を切り裂いた。


「……ラグナ、どうかナ?」


「……そ、そうですね。切れ味が若干上がってるような気がします」


 二人のやりとりを聞いていたブレイディアがここで眉をひそめながら口を開いた。


「……うーん、なんか今ラグナ君の持ってる『月錬機』って実用性に乏しくない? 確かに『月光術』みたいなデメリットはないかもだけど……さっきの飛ぶ斬撃波は的を真っ二つに出来ないほど威力が弱弱しいし、今の近接攻撃だって普通に『月錬機』で攻撃した時と大差ないような気がするんだよね。ねえラグナ君、君は使っててそう思わなかった?」


「え、いや、それは…………で、でも凄いですよ! ほとんど隙も無く斬撃を撃てますし、うまくやればきっとダメージを与えられる……かもしれないですから! それにエネルギーを纏って攻撃するやつだって、威力が……そこそこ上がってたような気が――」


「いや、無理にフォローしなくていいヨ。ブレイディアの言う通りだからネ」


「え、そ、そうなんですか……?」


 必死にフォローしようとしていた言葉をあっさり否定されたラグナは呆気に取られる。それを見たハロルドは説明を始めた。


「私は次世代型の『月錬機』を作るにあたって二種類のブロトタイプを作っタ。その二種類が君達の持っている可変型と放出型なのだが、可変型はともかく放出型は作っている時に失敗作だと気づいたヨ。理由はさっきブレイディアが指摘した通りのものダ。その放出型は『月光術』発動後のようなデメリットこそ無いが、とにかく威力が弱イ。原因は『月光』が消えないようにその光の一部だけをエネルギーに変換しているからなのだが、中途半端に『月光』の一部だけをエネルギーに変換したせいで起こった欠陥だと思われル。その後、何度も調整を繰り返したが、纏っている『月光』に支障が無いように作ろうとするとどうしても威力が弱くなってしまうんダ。それにこのシステムでは仮に全ての『月光』を放出出来るように調整しても通常の『月光術』には遠く及ばなかっタ。だから放出型を量産する計画はお蔵入りになったわけサ」


「じゃあ、どうして俺にこれを……?」


「確かにこの放出型は普通の『月詠』が使えば欠陥品と呼ばれるであろう失敗作ダ。だがラグナ、君が使うとなれば話は別なんだヨ。……さっき私がこの放出型の一部を『ルナシステム』に採用したと言ったのは覚えているかナ?」


「ええ。俺と戦った時にもその力を見せて――あ……そうか。もしかして……」


 ラグナは何かに気づいたように手袋に覆われた左手の甲を見つめた。ハロルドも少年が察したことに気づき大きく頷く。


「そう、普通の『月詠』が呼び出す『月光』の一部を変換したところで大した威力は出なイ。だが君の呼び出す『黒い月光』ならば結論は変わってくル。あれは六つのエネルギーが融合した凄まじい力ダ。たとえ一部分だけでも攻撃するエネルギーに変換できればその威力は文字通り一撃必殺のものへと変わるだろウ」


「……確かに、双子山で先生と戦った時に受けた斬撃波は凄かったです」


「そうだろウ? それに君にとって『黒い月光』は一日一回、しかも十数分程度しか使えない貴重なものダ。にもかかわらず君の使うことのできる『黒月の月光術』はその貴重な一回を一発で終わらせてしまううえ、周りを全て巻き込みかねない危険性まで持っていル。ハッキリ言って使い勝手が悪いと言わざるを得なイ。しかも今の君にはその術しか遠距離攻撃の手段がないときていル。……だがそれでも普通の相手ならばたいした問題にはならないだろウ。『黒い月光』を纏った君ならばそこら辺の岩を適当に投げるだけで通常の『月光術』を超える威力を軽々出せるだろうしネ。しかし今回君が狙う獲物はわけが違ウ」


「……フェイク」


「そうダ。奴は強イ。聞いていると思うがディルムンドが操っていたドラゴンはフェイクが仕事の片手間に捕まえたものなんダ。しかも聞くところによると奴は遠距離用の強力な術をいくつか所持しているらしいんだヨ。だから奴を仕留めるためにも低リスクで有効な遠距離攻撃手段を身に着けておいた方がいイ。いくら『黒い月光』が無敵の力と言っても過信するのは危険だからネ。……説明は以上ダ。ではさっそく試してみてくレ。改良し『黒い月光』の物質化にも耐えられるようになったその放出型の真の力を発揮するんダ」


 ハロルドがリモコンを操作すると訓練場の天井が全て開ききった。そして次に地面が開くと五十メートル先と十メートル先に全長五十メートルほどの四角い長方形の的が出現する。それを見たラグナは恩師の意図を察し、銀色の光を消すと『月錬機』を箱状に戻した。


(……フェイク、奴との戦いは避けられない。先生もそれをわかっていたから俺にこれを持たせた)


 その後ブレイディアとハロルドから離れると天から黒い雷にも似たエネルギーを呼び出し身に纏う。直後黒い大剣が形作られた事を確認すると、柄のトリガーを一度引いた。すると、大剣が漆黒の光を放ち、黒い粒子が周囲に舞い始める。それを見たラグナは一番離れた的に仮面の男の姿を重ね、勢いよく振り下ろした。その瞬間――的に勝るとも劣らない大きさの三日月形の黒い斬撃が高速で放たれ対象を真っ二つにした。


(そしてそれをもらった以上俺に出来ることはたった一つだけ。新しいこの力で――)


 続いて駆け出したラグナは跳びあがると同時にトリガーを引いた状態で一番近い的に斬りかかった。その時、黒い光が強まると同時に剣に『月光』の一部が巻き付くと突如黒いオーラで出来ていた剣が大きく膨れ上がる。黒炎で出きたようなその剣は四十メートルほど膨張し大きくなると、巨大な的を実体がないかのように切り裂き粉みじんに変えた。


(――フェイクを倒して全てを終わらせる)


 少年は新たな力を実感しながら仮面の男への敵対心を高めていった。




 放出型の真の威力を見たブレイディアは驚愕していた。


「すっご……もう普通の『月光術』なんて目じゃないね。使えないなんて言っちゃったけど、アレはラグナ君専用の最強装備だよ。これならフェイクにも余裕で勝てちゃうんじゃないかな」


「……そうだネ。そう祈るヨ。……さあそれじゃあテストを続けようカ。出発までの間はずっと開発テストに協力してもらうからネ」


 一抹の不安を抱きながらもハロルドは二人の新装備の開発に全力を注ぐのだった。   

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