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二章 エピローグ 誓い

 ジュリアとレイナードが話した次の日。退院したラグナは騎士団本部にある団長室で椅子に座ったアルフレッドと机を挟み会話していた。


「ご心配おかけしました。ですがこうして無事退院することが出来ました」


「ああ、よく戻って来てくれた。お前が病院に担ぎ込まれたと聞いた時は気が気ではなかったが、本当に無事で良かった。そして今回の事件――よくやってくれたな。お前のおかげでまた王都は救われた。国民や他の騎士を代表して感謝する」


「いえ……魔獣を倒せたのは『黒い月光』のおかげです。俺の実力ではありません」


「そう謙遜するな。不利な状況の中で本当によくやり遂げてくれた。まさに勲章ものの働きだ。胸を張るといい」


「…………」


 褒められて嬉しかったものの、ラグナには後ろめたい気持ちがあった。


(……俺はアルフレッド様に虚偽の報告をしてしまった。俺の事を信頼し心配してくれていたこの人を騙してしまったんだ……自分で選んだことだけど……最低の事をしてしまったな……)


 ラグナが後悔の念に駆られているとアルフレッドが心配そうに声をかけてきた。


「ラグナ、どうした?」


「……いえ、何でもありません」


「……そうか。では私はそろそろ会議の時間なので行かせてもらうが、お前はゆっくり休むといい。治ったと言っても体もまだ本調子ではないだろうしな」


「……はい、わかりました」


「それからブレイディアが明日ブルトンからこちらに戻る。向こうも死傷者は出ず全員無事のようだ。民間人の犠牲も出ていない。まあ戦いによって町の一部が吹き飛びそれの処理に追われているようではあるが」


「町の一部が吹き飛んだんですか……向こうも凄い戦いだったんですね。でも無事で良かった」


「そうだな。それとブレイディアにお前が病院に運ばれたことを伝えたら、向こうでの事後処理の仕事を放り投げてこちらに来ようとしていたよ。ジャスリンに止められて流石に来れなかったようだがな」


「アハハ……」


 まだ見ぬ女騎士がブレイディアを羽交い絞めしている姿が思い浮かび思わず苦笑していると、アルフレッドが椅子から立ち上がった。


「ブレイディアはお前の事を本当に心配していた。明日は元気な姿をみせてやれ」


「はい、そうします」


 その後アルフレッドについていく形で部屋を出たラグナは廊下で別れの挨拶を交わす。


「では今日から三日ほど休みを取ってくれ。そして三日後にブレイディアと共に再び団長室に来てほしい。……すまないな。本音を言えばお前やブレイディアには三日と言わずもっと休息して欲しいのだが……」


「大丈夫です。ラフェール鉱山の件がまだ解決していないことはよくわかっていますから。ブレイディアさんもきっと同じことを言うと思います」


「……すまない。苦労をかけることになるが引き続きよろしく頼む。ではな」


 アルフレッドは軽く会釈した後、こちらに背を向け歩き出した。ラグナはその遠ざかっていく背中を見て不意に再び己の背信行為を思い出してしまう。そして――。


「……アルフレッド様ッ!」


 ――思わず声を張り上げていた。


 その声を聞いたアルフレッドは立ち止まると、再びこちらに向かって歩いて来た。


「どうした? まだ何かあるのか?」


「…………」


「ラグナ……?」


「……アルフレッド様……俺は……俺は……」


 しかしそれ以上の言葉は出て来なかった。というよりも出すわけにはいかなかったのだ。喋ればジュリアだけでなくリリスまで危険にさらしてしまう。ゆえに罪悪感と友情のジレンマに苦しんだ少年は何も言うことが出来なくなってしまっていた。そんなラグナを見たアルフレッドは少年の肩に優しく手を置く。


「言いづらいのならば何も言わなくともいい。そのことを後ろめたく思う必要も無い。……それに任務の途中からお前の様子がおかしいのは気づいていた」


「ッ!?」


 ラグナはアルフレッドの言葉を聞き目を剥いて驚く。


(……気づかれていたのか……)


 しかし驚くラグナにアルフレッドは詰問することなく穏やかな口調で語り掛ける。 


「お前は今回魔獣を倒しただけでなく、ベラルを含む『ラクロアの月』の構成員を多数討ち取り王都を救った。それが真実だ。たとえどんな過程を経ていようともそれは変わらない。お前が私に言わなくともいいと判断したならそれは胸の内に留めておけ」


「……いいのですか……?」


「まあこの国を守る騎士団長の立場としては聞き出すべきことなのかもしれないな。だが私個人としてはお前の判断を尊重したいと考えている」


「……でも……どうして……」


「お前を信頼しているからだ」


「ッ……!」


 その言葉を聞いたラグナは驚いた。まさかそこまでハッキリと言葉にして信頼を伝えられるとは思ってはいなかったからだ。それを見たアルフレッドは苦笑すると、補足するように話し始める。


「レギン王国を命がけで救ったにもかかわらず国に家族を人質に取られ、戦うことを強要されながらもお前は今日まで嫌な顔一つせずに任務をこなしてきた。この一か月、ずっとお前を見て来たが人柄、能力ともに申し分なかったよ。お前は私が認めた信頼に値する人間だ。そのお前が何かを隠すというのならそれはきっと相応の理由があるからなのだろう。だからこそ私は何も聞かなかったし、これから先も無理に聞き出すつもりはない」


「…………」


「ブレイディアほどお前と親しく付き合えてこなかったが、お前を支えたいという気持ちは私も彼女と変わらないんだ。……だがお前の言いかけた話を聞いてしまえば、内容によっては私は騎士団長として動かねばならなくなるかもしれない。そのことはわかってくれ」


「……はい」


「すまないな。お前の全てを肯定してやりたいところだが、私にも立場というものがある。……だからこれは騎士団長としてではなく独り言として言う」


「……え?」


「騎士とは厳しい規律に縛られた存在だ。上の命令には絶対服従、私情による隠し事や命令違反など言語道断。この社会において公に武力を持つことが許され、国民を守らねばならない以上規律が厳しくなってもこれは仕方がないことだ。だが騎士も人間だ。機械のように私情全てを捨て去ることなどできないだろう。それにたとえ命令通りに動き機械のように正直に生きても良い結果を手繰り寄せられるとは限らない。だからもし任務を遂行するうえで必要と思うなら時には命令通りではなく公私に折り合いをつけ動くことも必要だろう。……つまるところ――嘘をつこうと、隠し事をしようとそれが誰かを故意に傷つけるようなものでなければ己の胸の内に秘め、行動し達成するというのも一つの手ではないか、と私は思う」


「アルフレッド様……」


 アルフレッドが片目をつぶりイタズラっぽく微笑むのを見たラグナは呆気に取られた。


「ブレイディアが良い例だろう。あれはしょっちゅう命令違反や報告義務を無視した行動を取るが、それはいつも誰かを守るためのものだった。……まあそのたびに罰金やら始末書、果ては独房に入れられたこともあったがな」


「そ、そうなんですか……」


「ああ。正直副団長としては問題だらけの行動で褒められたものではない。だがそれでも相応の結果は残している。だからこそ今まで彼女は副団長で居続けられた。ブレイディアの悪癖を真似しろとまでは言わないが、もしこの先も同じことが起こるようならお前もうまく立ち回れるように考える必要がある」


(……廃工場に入る前……ジョイにも同じことを言われた気がする……)


 ラグナが考えているとアルフレッドが話の締めに入った。


「しかし嘘をついたり隠し事をするというのはあまり気分の良い事ではないし、そのことで結果的に失敗することもあるだろう。だからこそ全てをひっくるめて覚悟しなければならないんだ」


「……一人の人間として選択した以上、その責任も負わなければいけない……」


「そういうことだ。そしてお前は選択した。ならばお前がどうすべきかはもうわかるな? ……もう一度聞こう――ラグナ、私に何か言いたいことはあるか?」


 ラグナは拳を硬く握った後、静かにハッキリと言った。


「――何もありません」


 それを見たアルフレッドは満足げに頷いた。


「ならばいい。……少々しゃべり過ぎたな。そろそろ行くとしよう。ではまた三日後に」


「はい、お疲れさまでした」


 ラグナが軽く一礼すると、アルフレッドはその場を去った。


(……嘘をついた罪悪感も……隠し事をした嫌悪感も全て俺が背負わなければいけないこと……ここで全て話して楽になろうなんていうのは身勝手な理屈だ。アルフレッド様はそのことについて俺を気づかいながら諭してくれた。……でも……余計な気を使わせてしまったな。俺もまだまだ子供だ。もっとちゃんとしよう。これから先、騎士としてやっていく以上こういうことはまた起きるかもしれないんだ)


 ラグナは見えなくなったアルフレッドに向けて一言つぶやく。


「……ありがとうございました。アルフレッド様」


 そしてラグナは騎士団本部を後にした。


 約束の場所へ向かうために。


 


 ラグナが向かったのは騎士団本部の外にある訓練場。そこにはすでに軍服を着た二人の少女――ジュリアとリリスが待機していた。


「ごめん二人とも。待たせちゃったよね」


「いいえ。そんなことはありませんわ」


「……待ち合わせの時間には……まだなってない……」


「でも待たせっちゃったのは本当のことだから謝らせてほしい。……えっと……あの……ジュリア……入院中は聞けなかったんだけど……その後レイナード様から何かベルディアス家に接触はあった……?」


「ええ。昨日きっちり父を脅したようですわ。その結果私は父に睨まれることになりましたがね」


「大丈夫ッ……!? もしかして殴り飛ばされたりしたんじゃ……」


「いいえ。叱責はされましたが、それ以上は何もされませんでした。私がしでかしたことですし、正直勘当されることも覚悟していたのですが……どうもレイナードが何か言ったようですわね」


「レイナード様が……?」


「そうです。流石に何を言ったかまでは知りませんが、父がぶつくさと独り言を言っているのを聞きましたから。あの男の事です、どうせまだ私に利用価値があるからと放置させたのでしょう」


「そ、そうなんだ……でも酷い目に遭わずに済んだみたいでよかったよ」


「ご心配をおかけしたみたいですわね。ですが本当に大丈夫ですわ。……まあ父と今まで通りの関係を続けることは無理でしょうが」


「そう……だよね……」


 後味の悪さは流石に拭えなかったが、無理やり自分を納得させる。それにラグナには別に気になることがあった。


(……でもレイナード様がどうしてジュリアを助けたんだろう……うーん……わからない……)


 レイナードがなぜジュリアを助けたのかはわからなかったが、父親に酷い仕打ちを受けるよりはマシだろうと考えたラグナは思考を切り替えた。


「……それでここに俺達を呼び出したってことは――ジュリアから俺達に何か話があるんだよね?」


 ラグナとリリスが共にジュリアの方を向くと、ツインテールの少女は咳ばらいをした後、話し始める。


「まだ時間にはなっていませんが、二人ともそろっているので話させていただきます。まずは――この度の件、誠に申し訳ありませんでした。謝って許していただけるものとは思えませんが、どうか謝罪させてください」


 深々と頭を下げたジュリアを見て二人は驚く。


「……ジュリ……謝罪ならもう聞いているから大丈夫……」


「俺も同じだよジュリア。君がリリやサリアちゃんと一緒に来てくれたお見舞いの時に謝罪の言葉を何度も聞いた。というかお見舞いに来るたびに謝ってくれたじゃないか。本当に気にしてないし、そもそもあれはジュリアのせいじゃないって」


「……いいえ、あれは私の責任です。それにラグナの体が治り、二人がそろっている時にもう一度キチンと謝罪がしたかったのです。それと……不躾ながら二人にお願いがあるのです」


「……お願い……?」


「どんなお願いなの?」


 ジュリアは二人の顔を交互に見た後、再び頭を下げた。


「――私に協力していただきたいのです。やはり私は――この国を変えたい。ベルディアスの真実を知り、貴族の汚い歴史を垣間見てその気持ちが前より一層強くなりました。ですが、私一人ではまた失敗するかもしれない。ですから、二人の力を貸していただきたいのです。……勝手に動いて二人に迷惑をかけ、謝罪した直後にこんなことをお願いするのは大変失礼だと重々承知しています。……ですが、どうか、どうかお願いします!」


 ジュリアの懇願を受けた二人は顔を互いに見つめ合った後に苦笑した。


「……ジュリ……頭を上げて……」


 ジュリアが言う通りにすると、すかさずリリスが言い放つ。


「……そんなことお願いする必要なんてない……説得の時にも言った……協力するのは当たり前の事……」


「そうだよジュリア。頭なんて下げなくても、一言伝えてくれればいつでも手伝うよ。だって俺達は友達なんだから」


 笑顔で快く応じてくれたラグナとリリスを見たジュリアは感極まったのか、涙腺が緩み始める。


「……リリ、ラグナ……すみません……ありがとうございます」


 涙を浮かべるジュリアにハンカチを差し出したリリスは再び口を開く。


「……私もこの国を変えたいって言う気持ちはジュリと変わらない……ボルクス男爵の真意を聞いてその気持ちはもっと強くなった……それに……その場にいながら男爵の自殺を止められなかった後悔の念もある……私もこのまま終わりにするつもりなんてない……必ずこの国を良くしてみせる……」


「俺もこのレギン王国には変わって欲しいと思ってる。……俺の大切な人もボルクス男爵と同じようにこの国の暗い部分に触れて悲しい結末を迎えたから。だからその人を止めた責任として、出来る限りこの国を良くしたいと思ってるんだ。それが俺に出来るその人への恩返しでもあるんじゃないかって、最近感じるようにもなったしね」


 ラグナはそう言うと右手を前に突き出した。


「三人でこの国を変えよう。三人で無理ならもっと大勢の仲間を集めて、それでいつか――」


「……それがいい……時間はかかるかもしれないけど……いつか必ず……」


 リリスはラグナの手の上に自身の手を重ねジュリアを見つめた。


「……そうですわね。いつか、この国を素晴らしい国へと変えましょう」


 そして最後――二人の想いに応えるようにジュリアは二人の手の上に己の手を重ねた。


 三人は己の夢を抱きながらレギン王国の未来を見据え誓い合った。  

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