39話 親友
ベルディアス伯爵別邸の寝室にて、執事服とメイド服を着た十人ほどの男女がベッドに横たわったベルディアス伯爵家族を見下ろしていた。その中のリーダーらしき執事の男が周囲にいた使用人たちに落ち着いた声で話し始める。
「……サリア・フォン・ベルディアスが騎士に奪還されたらしい。我々の動向も騎士連中にバレているかもしれないと姉御から連絡があった。だがサリアが姉の事を含めて全ての情報を騎士に開示したかはまだわからない。姉を国の為に売る決断がサリアに出来るとは思えないというのが姉御の見解だ。ゆえにもうしばらく様子を見ることになった。もし今日騎士たちが大勢この町に来るようならこのまま計画を続行。しかし少数精鋭でベルディアス家の面々を奪還するような動きを見せた場合は人質を放棄して撤退しろと言われている。今日は予定通りに動きつつ様子を見ることになった。今の話を胸に留め各自注意してくれ」
その後リーダー役の執事は傍にいたメイドに指示を出す。
「ではサラ――治療薬を打て。治療薬を打った後は彼らの回復を早急に行い、またすぐにウイルスを感染させる」
「かしこまりました」
注射器を持った三白眼のメイド――サラはベルディアス伯爵家族の腕に次々と治療薬や体力を回復させる特殊な薬を打っていった。そして全員の注射が終わると、別の執事が紫の光を纏い『月光術』を発動させる。すると苦しんでいた伯爵たちの顔が安らかなものに変化した。どうやらある程度体力が回復したようだ。それを確認したリーダーの執事は緑色の薬剤が入った別の注射器を伯爵家族に注射していった。
「……よし、これで問題ない。これなら後五日程度はもつだろう。騎士をこの町にとどめておくには十分な日数だ。サラ、ウイルスの入った注射器を持ってこい」
「…………」
「……サラ、どうした? 早くしろ」
「…………」
しかし三白眼のメイドは命令に従わず無言で伯爵家族の顔色や脈、瞳孔などを次々と確認した後、手ぶらでリーダーの執事の前にやって来た。
「……なにをしている。早くウイルスを持って来てこいつらを感染させろ」
至極当然の命令だったが、サラの返答は周りにとって予想外のものだった。
「申し訳ありませんがそれは出来かねます」
「……なんだと?」
「伯爵家族の安全が確認できたので、ここでの私の仕事はここまでとなります――お世話になりました」
そう言うと緑色の光をサラは纏う。それを見たリーダーの執事と他の執事やメイドたちは放たれる微かな殺気から仲間の裏切りを感じ取り、それぞれが『月光』を纏うと三白眼のメイドを取り囲もうとしたが――。
「〈イル・スライサー〉」
サラが小さく呟いた瞬間――三白眼のメイドを中心に風の刃が四方八方に飛び交う。その直後、術を受けた者たちの体に変化はなかったが――。
「……が……ぱ……」
奇妙なうめき声をあげたリーダーの執事を皮切りに、数秒と経たず『ラクロアの月』の構成員たちの体はバラバラの肉片となり崩れ落ちた。サラは肉と臓物が混じった血の海の中心にいたが、それを気にも留めずに無表情のままポケットから携帯を取り出すと電話をかけた。
「……任務完了しました――レイナード様」
『ご苦労様。屋敷にいたラクロアの月は全員始末できたかな?』
「ご命令通り屋敷にいた『ラクロアの月』の構成員は全て始末しました」
『ありがとう。これでジュリアさんのことを知っているのはフェイク、ベラル、モルー、ボルクス男爵、ボルクス男爵たちの護衛だけだ。それにしても他の下っ端には素性や面が割れてなくてよかったよ。全員始末するのは流石に手間がかかる。まあ貴族の娘が近くにいるなんてことが知れたらよからぬことを考える輩が現れるかもしれないし素性や顔を隠すのは当然の処置と言えるか。ゴーレム状態でいさせるのも納得だよ。あっと、時間が無いのにまた無駄話してしまったね、ごめんごめん。……じゃあ長い間潜伏してもらっておいてなんなんだけど、次の仕事に入ってくれ』
「かしこまりました」
『悪いね。それと、足止めしておいた騎士が後ニ十分くらいしたら屋敷に突入してくるから気をつけて脱出してくれ。証拠の隠滅も忘れずに頼むよ』
「心得ております。それでは失礼します」
電話を切ったサラはお団子状に結った後頭部の髪をほどくと、仕事に取り掛かった。
ラグナが出発し、リリスも同様にいなくなった騎士団支部の周りを七つの人影が取り囲んでいた。行動だけでもかなり怪しいが、そのうえいくら今が早朝と言えど騎士団支部が高い塀で囲まれていなければ確実に騒ぎになっているであろう格好を全員がしていた。七人は黒い眼出し帽の上からガスマスクを付けており、上半身と下半身も黒い服装で統一していたのだ。ワイヤーのようなものを屋根から垂らしそれにぶら下がる状態で二階の窓から中を窺っていた七人の中のリーダーが持っていた無線で部下に通信を始める。
「チャーリー、一階の様子はどうなっている?」
『受付のところに一人いるだけだ。他の奴はいないみたいだぜ』
「……受付にいるそいつはお前の眼から見てどうだ? 手練れに見えるか……?」
『いいや。黒髪短髪で気が弱そうな若い男さ。見た感じ新米騎士ってところだな。雑魚そうだぜ。しかもなんか通行人Bって感じのモブ顔だしよ、ブクク。これならいつでもいけそうだ』
「……そうか。二階にも人影らしきものはない。……では手はず通りにいくぞ。俺は二階から目標を拉致する。お前たちは一階から順に制圧しろ。中にいる騎士の生死は問わない。油断するなよ」
『了解』
それぞれの隊員の名と共に了解の声が聞こえ『ラクロアの月』の奪還部隊は動き始める。一階と二階の窓が割られガス弾が室内に投入されると煙が騎士団支部の内部を満たし始めた。それを確認した七人はそれぞれ『月光』を纏うと内部に侵入を開始する。
騎士団支部内部――サリアのいる寝室のドアの前で携帯が鳴っていた。それは一人の男性騎士の携帯の着信音。右ポケットからせわしなく鳴るそれを左手で取り出そうとしているのは受付をしていた男性騎士。利き腕である右手は現在使えない状態にあったため少し手間取ったもののなんとか取り出すことに成功する。先ほどまでの気弱な仮面をすでに脱ぎ捨てていた騎士は無表情のまま通話のボタンを押した。
『あ、何回もコールしちゃってごめんね。もしかして取り込んでたかな?』
「いえ、大丈夫です。すみません、今まで息を止めていたので定期連絡をすることが出来ませんでした」
『息を止めてたって……もしかして支部にガスでも流し込まれたのかい?』
「はい、催眠ガスの類かと。ですがガスもほとんど室外に流れていったのでもう平気です」
『でも襲撃されていたってことだろう? 本当に電話してて大丈夫なのかなバッシュ君』
「大丈夫です。もう――終わりましたから」
男性騎士――バッシュは先ほどから右手で掴んでいたガスマスクの男の首をへし折るとその場に捨てた。同じように倒れ死んでいた六人を一瞥した後自らの主に報告する。
「サリア様を取り戻そうとしていた連中は全て処理しました――レイナード様」
『ご苦労だったね。そういえば君の他にも何人か若い騎士が支部にいたと思うけど彼らは無事かい?」
「問題ありません。ただ戦力としては正直足手まといだったので薬で眠らせて倉庫に居てもらっています。今日一日は目覚めないでしょう」
『そうか、まあ彼らの事を想えば仕方ないかもね。それじゃあ引き続きサリアさんの護衛を頼むよ』
「了解しました」
携帯を切ったバッシュは気弱そうな表情に戻ると死体の後片付けを始めた。
車から降りたベラルはボルクス男爵と向かい合い今後の方針について話し合っていた。他の者は車の中で待機中である。
「……男爵。王都に向かっていたモルーとの連絡が途絶しました。状況から察するに魔獣を含めて全滅したとみるべきかと……」
「……ラグナ・グランウッド、か……」
「……ええ、おそらく……しかしどこから計画の情報が漏れたのかがわかりません……お嬢さんの妹さんはモルーが通る地下のルートまでは知らなかったはずですから、彼女ではないと思うのですが……」
「……おそらくレイナードだろう……奴は私の周りを執拗に調べていた……奴がラグナ・グランウッドに情報を流した可能性が高い……もしくは『ラクロアの月』に内通者がいたか……いずれにしろ困ったことになったな……まったく……」
頭上に浮かんでいた『黒い月』を見上げていたボルクスは視線をベラルに戻した。
「……ディルムンドの反乱後、ラグナ・グランウッドの力に関して正確な情報を集めようとしたのだがね……そのたびに邪魔が入り今日までまともな情報を手に入れることが出来なかった」
「邪魔、ですか……いったい誰が……まさかそれも……」
「……ああ、レイナードだ。奴が私とお前たちの関係を嗅ぎまわってくれたおかげで私はまともに動くことさえ出来なかった。計画を始動する前に捕まるわけにはいかなかったからな。……だが詰めが甘かった。こんなことになるのなら多少危険を冒してでもラグナ・グランウッドについて調べ対策を講じるべきだったよ……ハハハ……計画がこんなにも早く破綻するとはな……」
「……しかし完全に予想外だった、というわけではないのですよね?」
「…………」
「この作戦が破綻する可能性があると貴方は考えた。だから亡命を早め、王都制圧作戦に参加する予定だったお嬢さんを連れて亡命することにしたのではないですか?」
「……確かにな……嫌な予感はしていた。ディルムンドの反乱が失敗し、レイナードの動きが露骨になり、ラグナ・グランウッドがこの町を訪れた時、何か予想外の事が起きるかもしれないという不安が私の胸に芽生え始めていた。だが、まさかこんなことになるとは……」
「……男爵、過ぎたことを言っても仕方がありません。それよりもこれからのことを検討しましょう」
「……そうだな。まずお前の意見を聞かせてくれ」
「男爵とお嬢さんは一刻も早くガルシィア帝国に亡命するべきかと。今回のモルーの件、タイミングが良すぎます。貴方と我々の関係だけでなくこの王都制圧作戦そのものが敵に漏れている可能性がある。そうなるともはや作戦続行は不可能です。ただ貴方やお嬢さんの亡命だけは確実に成功させます。貴方は我々の重要なスポンサーだ、失う事は出来ません。それにもしもの時は男爵だけでもお守りするようにとフェイク様から言い渡されてもいますので」
ベラルの提案に対してボルクス男爵は力無くため息をこぼした。
「……致し方ないな……ラフェール鉱山の第二陣に賭けるか……」
「それが賢明かと。それで帝国までの道のりなのですが……」
「地下は使えないと言いたいのだろう? 確かに『黒い月光』を纏った怪物と遭遇する可能性を考えれば、自殺行為だな」
「ええ。……我々の行くルートとモルーが進んでいたルートは距離的に考えれば遠い。通常なら遭遇する可能性は低いです、しかし『黒い月光』がどの程度のポテンシャルを秘めているのかは未知数。地下が横穴で繋がっている以上絶対ないとは言い切れない。ですから念のために用意しておいた地上のルートを選択するべきだと思います」
「私もそれで異論はない。……では急ごう。時間が惜しい」
「了解しました」
方針を確認し合った二人は急ぎ車に乗り込むと目的地に向かって発進した。車中でベラルは眉間にシワを寄せながら盛大にため息をつく。
(……もし騎士連中が今回の魔獣による王都制圧計画を全て知っているならベルディアス家の人質の件や男爵の亡命にも気づいているはず……だけど全てを知っていると言うなら王都の精鋭を大勢動かすなんてことは出来ない……王都の防衛に全てを費やすはず……そこが付け入る隙になる……)
ベラルは無線で二つの地点にいた部下達にそれぞれ伝える。
「……囮用の魔獣を開放しなさい」
聞こえてきた『了解』の言葉を聞きベラルは無線を助手席に置いた。
(……状況から察するにそれほど多くの騎士はアルシェに派遣されないでしょう。来るとすれば少数精鋭によるベルディアス家奪還の部隊のみ。モルーはおそらくもう死んでいる……なら待つ理由は無いわ。少しでも敵の注意を逸らしてその隙にガルシィア帝国に入る。……心苦しいけどベルディアス家に残っていた部隊と妹さんを奪い返すために差し向けた部隊は諦めるしかなさそうね……それにたぶん……アタシの推測が正しければ彼らもモルー同様すでに……)
ベラルは血がにじむほど下唇を噛みながら車の速度を上げた。
ボルクス男爵は車内で横に座っていた不機嫌そうなジュリアに苦笑した。
「……申し訳ありませんジュリア様。よもやこのようなことになってしまうとは……しかし、この結果には内心喜んでいるのではないですか?」
「……どういう意味ですか?」
ギロリと鋭い視線で睨みつけてきたジュリアに物おじすることなく男爵は優しく微笑む。
「今回の一件、私が仕組まなければ貴方はこのようなクーデターに加わらなかったでしょう。『王都の防衛機能に深刻な障害がある今、どこかに身を隠したほうがいい』などと言って貴方たちをアルシェに呼び寄せたのは他ならぬ私。ですから私のことを恨んでいるのではないかと思いましてね。私の目論見が外れて嬉しいのではないかと」
「……貴方を恨む点はただ一つだけ――父以外の家族も人質にしたことです。それ以外はむしろ感謝しているくらいですわ。真実を知らなければ私は今ものうのうとベルディアスの恩恵を受けていたでしょうしね。……ただ恨みとは関係なく貴方にはずっと聞きたいと思っていた事があります。この際ですから聞いてもよろしいでしょうか?」
「ほぉ……なんでしょうか?」
「……どうして『ラクロアの月』と手を組んでまで貴族社会を壊そうとしているのか、それが知りたいのです。……教えていただきますか?」
「…………」
ボルクスは遠い目をしながらしばらく黙っていたが不意に喋り始める。
「……そうですね。貴方には知る権利がある。お教えしましょう。……今でこそ私は一人身ですが、昔は五人の家族がいました。妻に、長女、次女、長男、次男と言ったありふれたどこにでもいる家族です。妻は優しく聡明で私にはもったいない女性でした。娘と息子たちはどこにやっても恥ずかしくない自慢の子供でしたよ。そんな家族に囲まれて私は毎日幸せな日々を送っていました――十七年前までは」
「……十七年前に何が起きたのですか……?」
「ある実験ですよ。私は実は十七年前にある派閥に所属していたのです。その派閥は天才的な科学者であったハロルド・エヴァンスを中心とした科学チームに資金援助と諸々のサポートをするという名目で結成されました。そして最高の頭脳と潤沢な資金源の下にとうとう画期的な発明がなされました。その後、人類史上類を見ない最高の発明の実験を行うためにとある町が候補に選ばれた」
「まさか……その町って……」
ジュリアの顔は青ざめて行き、ボルクスは頷く。
「そう――アルロンです。……私の妻や子供たちは私が援助して完成した『ルナシステム』の実験をどうしても見たいと十七年前アルロンに行きました。当時の私は仕事で立て込んでたため行くことは出来ませんでしたが、人類最高の発明が稼働するところを妻たちに見せてやりたいと思い止めることはしなかった。その結果は……御存じのとおりですよ」
「……なぜ貴方が他の七大貴族を差し置いて私たちベルディアス家に狙いを定めたのか、ようやくわかりましたわ……貴方は父を……ベルディアスを恨んでいるのですね……」
「ええ、恨んでいます。私はあの男――ログリオを学生時代からの友人だと思っていました。だから十七年前の事も、ハロルドが全ての元凶という奴の言葉を信じた。信じようとした。……だが実際は違った。あれは十年前の事です――王宮の晩餐会でしこたま酔った奴を介抱していた時、ログリオは突然笑いながら十七年前の真実を話し始めました。最初聞いた時は酔った時に奴がよく言うタチの悪い冗談か何かと思っていた。だがその事が胸に引っかかるようになった私は独自に調査を始めました。そして……とうとう真実にたどり着いた。……私の得た真実は貴方も知っている通りです」
「……ですが……なぜそれが貴族社会の崩壊を望むことにつながるのですか……? 貴方の恨みは父に対するものだけなのでしょう? ……でしたらベルディアス家だけに復讐すればいいのではないですか?」
「先ほど言ったではないですか、派閥による支援によって『ルナシステム』は作られたと。つまるところあの派閥内部の王族や上位貴族たちは全員ログリオの凶行に同意していたのですよ。知らされていなかったのは私を含めた下位の貴族たちだけ。奴らは被害が出るかもしれないとわかっていながら実験を行い、そしてシステムが暴走するや否や平民だった他の科学者や代表者のハロルドに全ての責任を押し付け隠ぺいを行った。事実を知って愕然としましたよ。同時にこれが貴族社会なのだとあらためて痛感しました。……これはもうベルディアスだけに復讐したところで意味は無いとも悟りました。貴族社会そのものを無くさなければ再び同じようなことが繰り返される。死んだ妻や子供たちを想って行動するならば、大きな視野を持たねばならないと思ったのです」
「……だから『ラクロアの月』と通じて国家の転覆を企てるようになったのですか……」
「その通りです。クーデターを画策する中でハロルドが生きていることを知った私は『ラクロアの月』と彼女が接触し手を結ぶように裏で仕組みました。そして私とフェイクによって三つの計画が立ち上がった」
「一つがディルムンドの反乱、二つ目が魔獣による王都制圧、三つ目がラフェール鉱山で進行させている計画ですわね。……しかし私は三つ目の計画についてまったく知らないのですが……」
「……時期が来ればいづれお話ししましょう。……ともかく、これで私の貴族社会崩壊を願う気持ちは理解していただけたでしょうか?」
「……ええ。よくわかりましたわ」
「ならば結構。私の思想に共感してくれた貴方なら理解してくれると信じていましたよ。貴方の力があればガルシィア帝国でもきっとよりうまく立ち回れると思います。どうかこれから先もよろしくお願いします」
ボルクスの差し出してきた手を冷めた目で見つめていたジュリアはぼそりと呟く。
「……私の力ではなくレギン王国の七大貴族であるベルディアスの血筋を帝国で利用したいだけでしょう? だから貴方は私を連れて亡命することにした。違いますか?」
「ハハハ、これは手厳しいですね。まあ否定は出来ないのでこの手は引っ込めることにしましょう」
ボルクスが手を引いたその時だった――後方の『ラクロアの月』の護衛が乗っていた車が突如轟音と共に爆発し炎上する。さらに先頭にいたベラルの車もグレネード弾のようなものが真横から車体に炸裂し吹き飛ぶ。突然の事態に二人と運転手は驚いていたが、さらに驚くべき事態に遭遇する。周囲にあった木々の陰から次々と銃火器で武装したアンドロイドが飛翔し、こちらに向かって来たのだ。
さらに緑色のローブを羽織った『月詠』と思しき集団も『月光』を纏い森の中から現れ車を追随し始める。このままでは取り囲まれる、そう思った時だった――通り過ぎすでに後ろにあった炎上した車の中から緑色の光を纏った人物が車の天井を突き破ると同時に跳躍し、こちらに近づいてきていたアンドロイドの体を一刀両断した。その手には柄に鎖が付きつながった双剣が握られている。どうやら生き残ったベラルがアンドロイドを倒しジュリアたちが乗る車の上に着地したようだ。ボルクスは窓を開け火傷を負いながらも生き延びた護衛に話しかける。
「ベラル、大丈夫かッ……!?」
「……ええ、なんとか。それより聞いてください男爵。アタシが奴らを引き付けます。その隙にここを突破してください。時間は稼ぎます」
「……わかった。頼んだぞ」
「お任せを――かかって来い!!! ぶっ殺してやらぁぁぁッ!!!」
犬歯をむき出しにして闘争本能を露わにしたベラルは身に纏った光を強めると跳躍し次々にアンドロイドと『月詠』の追手を切り刻んでいった。それを横目にボルクスは『ラクロアの月』から派遣された運転手に強い口調で言う。
「スピードを上げろ! 急げッ!」
「わ、わかりました!」
ベラルの妨害のおかげもあってか、逃走は成功し車はすさまじい速度でその場を離れて行った。しばらくの間は追手の心配はないだろうと車中の誰もが思っていた。しかし十キロほど走ったその時、突然前方に人影が現れる。道路で待ち構えていたのは第二の刺客。青い光を纏い軍服を着たその人物は猛スピードで走って来た車のフロントガラスに飛び移ると、持っていた双剣でガラスごと運転手を貫き殺害する。
そして操縦者を失った車は進行方向を変えると、ガードレールを突き破り森の木に激突した。その後、頭から血を流しながらも辛うじて意識を保っていたボルクスは車から這いだす。うめき声をあげながらなんとか立ち上がるも、目の前には血に濡れた双剣を携えた刺客が迫っていた。怪我をしているうえに戦闘能力が皆無の老人に対して双剣は容赦なく向けられるが、向けてきたのは刃の部分ではなく柄。柄で殴って気絶させる気らしい。どうやら生け捕りにするつもりのようだ。
「っぐッ……!」
『月光』によって強化された手に握られた青い柄がボルクスの頭部に振るわれた瞬間――金属がぶつかったような甲高い音が鳴り響く。下から柄を受け止めていたのは黄色いバルディッシュ。そして金色の光を纏い、いつの間にか老人の前に出てその身を庇っていたのは自身が利用しようとした少女だった。
「……ジュリア様……」
「……男爵、早く逃げてくださいッ!」
「……しかし……」
「私も後から追いかけます! ですから早く!」
「……すみません……」
ボルクスはふらつく足で森の中に消えていこうとしたが、その前に追手がその背中に攻撃をくわえようとする。しかしこれもまたジュリアによって防がれた。追撃が再び失敗した刺客は距離を取るために後ろへ跳ぶと、邪魔をした少女を睨み付けながらここにきてようやく言葉を発する。
「……邪魔しないで……ジュリ……」
「……それはこちらのセリフですわ――リリ」
ジュリアとリリス――親友同士が刃を互いに向け合った。