37話 下準備
レイナードから自分のやるべき仕事の詳細な内容やジュリアの説得方法を含めた明日の計画を聞かされたラグナはそれを了承すると通話を切った。その後計画の下準備の為に悲痛な表情である番号に電話をかける。
「……アルフレッド様、ラグナです。先ほど騎士団支部に帰還しました」
『そうか、よく帰って来てくれた。怪我は無いか?』
「大丈夫です。しかし……すみません、フェイクを倒すことが出来ませんでした」
『構わないさ。お前が無事に戻って来てくれたことの方が重要だ。それで、何か奴らに関する情報は手に入れることが出来たか?』
「…………」
『……ラグナ? どうかしたのか?』
自身の身を心から案じてくれていたであろう上司に対してラグナはこれから虚偽の報告をしなければならない。それは少年の心を激しくかき乱した。
(……アルフレッド様……本当に……すみません……)
携帯電話を強く握りしめ心の中で謝罪すると、ラグナは口を開いた。
「……そのことなんですが――」
ラグナは魔獣の王都襲撃やベルディアス伯爵家を『ラクロアの月』が人質に取っていることなどを搔い摘んで説明した。ただしジュリアの本意やボルクス男爵が関わっていることは伏せての説明である。それがレイナードからの指示であった。
『……それは……本当なのか……』
「……ええ。ですから王都からアルシェへの騎士派遣は中止してください。それからベルディアス伯爵家族についてなんですが――」
『ああ、わかっている。今すぐ隠密行動に長けた精鋭部隊を派遣しよう。すぐにでも伯爵やそのご家族を救出できるはずだ』
「いえ、制圧は明日まで待っていただけないでしょうか?」
『……なぜだ……? 一刻を争う事態だとお前もわかっているだろう? お前の話によれば伯爵家族がウイルスに感染させられてからすでに一週間以上経っていることになる。もうすでにかなり衰弱しているはずだ。救出するなら急いだ方がいい』
「おっしゃる通りです。しかし明日まで待った方が伯爵家族を安全に救出できると思います。その理由は――明日『ラクロアの月』が伯爵家族にウイルスの治療薬を打つ予定になっているからです」
レイナードから得た情報をさも敵から得たように話すとアルフレッドは再び驚く。
『……治療薬を……ラクロアの月がか……?』
「はい。明日治療薬が伯爵邸に届けられるという情報を手に入れました。アルフレッド様がおっしゃったように伯爵家族の体力はすでに限界、ですから一度治療薬を打ってから『月光術』や薬剤などを使って全員の体力を回復させるつもりのようです。死なせてしまっては元も子もないですから」
『……なるほどな。確かに殺してしまえば人質として使うことは出来ない。騎士を呼び出すためには必要な措置か。……お前の言いたいことはわかった。つまり制圧するタイミングは奴らに治療薬を打たせた後、もう一度ウイルスに感染させられるまでの間――そういうことだな?』
「そうです。どんなウイルスを打たれたかまではわからないですし、仮に今屋敷を制圧した後伯爵家族の体を調べて未知のウイルスだった場合対処に苦慮するのは目に見えています」
『それならばウイルスを打った相手に治療させた方が確実か……わかった。では治療薬が屋敷に届く時刻を教えてくれ。それに合わせて屋敷の制圧にかかる』
「了解です。それで治療薬が届く時刻なのですが、すみません。正確な時間の情報は入手できませんでした。ただ明日の午前中というのは間違いないです」
『午前中か……わかった。では制圧は明日の午前中から午後を目標に行う事にしよう。騎士派遣についてはお前の言う通り中止するが、表向きには騎士派遣は行うという形で進める。そのうえで騎士を輸送する軍用車両が当日になって突然故障したということにしよう。進めていた騎士派遣を急遽中止すれば敵に感づかれるかもしれない。伯爵家族を救出するまでは敵に警戒されたくないのでな』
「わかりました。それで、明日のことなんですが……俺は『黒い月光』の力で王都に攻め入る魔獣の数を減らそうと考えているのですが……よろしいでしょうか?」
『いや、少し待て。魔獣は千体もいるのだろう? お前が黒い月光の力を使えると言っても一人ではいくらなんでも危険すぎる。それにその力には制限時間や使用回数と言った制約があるはずだ。もしもの時に備えて本部から戦闘能力の高い騎士をそちらに派遣させる。だからそれまで待て』
「…………」
諭すように言ったアルフレッドの言葉には自身を気づかう思いやりが感じられた。しかしそれを理解しながらもラグナは口を開く。
「……でも王都から強い騎士を派遣させるのは危険だと思います。……王都の防衛機能に深刻な障害が発生してるんですよね……?」
『ッ…! ……なぜそれを……』
「……敵が言っていたのを聞きました。兵器をコントロールする人工知能『メイガス』がウイルスにおかされてプログラムが書き換えられているため現在使用できる兵器は全体の四割程度だと」
レイナードとの関係を知られるわけにはいかなかったためラグナは再び事実を捏造した。それを知らないアルフレッドは電話越しにため息をこぼす。
『……そうか……こんな形で知られてしまうとはな……私の口から直接伝えられずすまないと思っている……その事実を騎士たちに知らせればディルムンドのようによからぬことを企む輩が現れかねないと上から緘口令が敷かれていたのだが、やはりお前やブレイディアには伝えておくべきだったのかもしれない……』
「いえ、気にしないでください。アルフレッド様にも事情があったのはよくわかりました。ブレイディアさんもきっと同じことを言うと思います」
『……そう言ってもらえると助かる。本当にすまなかった』
その言葉からは後悔の念が感じられた。このままならば自身の提案にも乗ってもらえる、そう思っていた。だが次にアルフレッドから発せられた言葉はラグナの予想外のものだった。
『……だが、聞いてくれラグナ。たとえ王都の防衛機能が低下していたとしても私はお前の手助けとなる騎士を派遣したいと考えている』
「え……いや……で、でもそれは……上の意向に逆らうことになるんじゃ……」
『確かにな……しかしどのみち魔獣は倒さなければいけない。それならば王都でただ待っているよりも地下道で迎え撃つ方が得策だ。地上に出てしまえば方々に散らばり対処が難しくなるからな。地下ならばいくら広くとも限度がある、対策も立てやすいだろう。……それに……お前一人にこれ以上負担を強いるような真似をしたくはないんだ。もうお前は十分すぎるほどよくやってくれた。味方もほとんどいないこの状況でこれだけの情報を命がけで手に入れてくれたんだ。現状、私自身はお前やブレイディアには何も出来ていない。だからこそ、せめてこれくらいはさせてくれ」
「けどそれをやるとアルフレッド様が処罰されるじゃないですかッ……!?」
『覚悟の上だ。今回の件は王都の存亡がかかっている。だからこそ騎士たちが一丸となって対処しなければならないんだ。それにお前一人に全ての責任を負わせることなど私には到底できない。お前は騎士団の一員であり大切な仲間なのだから』
「アルフレッド様……」
アルフレッドの心中を聞いたラグナは心の中が暖かくなるのを感じた。
(……優しい人だ……この人は俺の事を『兵器』としてではなく一人の『人間』として見てくれてるんだろう……本当に嬉しいよ……だけど……その提案は飲めない……)
実際味方がいてくれた方が助かるのは事実だった。フェイクと出会ったことで『黒い月痕』になにかしらの影響が出て一時的に『黒い月光』が使用不能の状態になったのはつい数時間前の出来事。今でこそ使えるようになっているがまた突然使用不能になるかもしれない。それを考えればサポートについてくれる騎士がいてくれた方が不測の事態に備えることが出来る。しかし今回に限ってはそういうわけにもいかなかった。
(……レイナード様の話によればジュリアの素性を知っている『ラクロアの月』の構成員はごく少数。そして魔獣を率いて王都に向かう予定のベラルの副官であるモルーという男はその数少ない一人。だからもしモルーが他の騎士と接敵して、その際に彼女の事を話したりすれば全てお終いだ。敵の戯言と片付けられるかもしれないけど、他の七大貴族の息のかかった騎士がその場にいれば報告され追及される恐れもある。レイナード様によれば七大貴族は常に互いのあら捜しをしてるみたいだし。……それに仮にジュリアの事を話さなかったとしても、モルーがこちら側に囚われる可能性だってある。そうなれば記憶を読まれて全ての事実が明らかになってしまう。だからこそ王都に向かう魔獣を含めてモルーたち『ラクロアの月』の構成員たちは俺一人で倒さなければいけない――心苦しいけどここは納得してもらえるような嘘をつくしかないな……)
ラグナは考えをまとめているとアルフレッドが声をかけてきた。
『……どうかしたか、ラグナ?』
「……いえ、なんでもないです……アルフレッド様――騎士派遣のお話、ありがとうございます。お気持ちは本当に嬉しいです。しかし……やはり魔獣の数を減らすのは俺一人で十分です」
『なぜだ……? ……もしや何か理由があるのか……?』
「……はい。実は今日『ラクロアの月』と戦ってわかったことなのですが……『黒い月光』の力が以前よりも強力になっているんです。だから仮に俺から距離を取って戦っていたとしても味方に甚大な被害を与えるかもしれません。それに戦う場所は地下です。もし『黒い月光』を使って全力で戦えばいくら広い洞窟と言っても崩落させてしまうかもしれません。そうなれば俺はともかく味方の騎士たちを生き埋めにしてしまう可能性だってあります」
『……巨大な魔獣が容易に通れる地下道が崩落……それほどまでに力が増しているのか……?』
「……ええ。ですからここはどうか俺一人に任せていただけませんか?」
『……しかし……それは……またお前に全てを背負わせるという事だ……ディルムンドの時のように……』
「…………」
王侯貴族からの圧力によって何も出来ずアルフレッドが歯がゆい思いをしていることや自分を心の底から心配してくれていることをラグナは理解していた。だからこそ申し訳ないと思いながらも作戦に支障が出ない範囲で本心を打ち明ける。
「……アルフレッド様、俺は『黒い月光』っていう強力な力を持ってはいますが一人では何もできません。いろいろな人に支えられてようやく何か出来るっていう程度の未熟な人間です。だから俺は全てを背負える英雄のような器は持っていません」
『ならばもっと我々を頼ってくれ。今までは何も出来なかったが、今からなら出来るのだから』
「もう頼っています。アルフレッド様がこうして俺を心配してくれているということが何よりの支えになっているんです。アルフレッド様やブレイディアさん、セガール隊長、先生……ジュリアやリリ――そばにはいなくとも俺の心を支えてくれている人たちはたくさんいます。だから全てを一人で背負ってるなんて思いませんよ。みんながいてくれるんですから」
『ラグナ……』
「それに今回の作戦は王都の存亡がかかっています。そんな中で命令無視なんてしたらアルフレッド様が騎士団長の任を解かれてしまうかもしれません。俺はそんなの嫌です。ブレイディアさんやセガール隊長、他の騎士のみなさんもきっと同じことを思っているはずです。俺の帰りたい場所はただの騎士団本部じゃなくて、アルフレッド様がいてブレイディアさん達のいる騎士団本部なんです。誰一人欠けてほしくなんてありません。だからお願いします、俺の帰る場所を守ってください」
『…………』
「お願いしますアルフレッド様」
ラグナの真剣な声に押される形でアルフレッドはため息をついた。
『……そうまで言われてしまうと返す言葉がなくなってしまうな』
「じゃあ……」
『ああ。今回の魔獣討伐、お前に任せよう』
「ありがとうございますアルフレッド様ッ!」
『……礼を言うのはこちらの方だ。しかし……結局お前にまた無理をさせてしまうな……』
「そんなことありません。大丈夫です、魔獣全てを倒すわけじゃありませんから。無理も無茶もしませんよ」
『そうしてもらえると助かる。まあこちらは負い目があるので、あまり口うるさくは言えないがな』
「……負い目があるのは俺も一緒です……」
『……? 何か言ったか?』
「あ、い、いえ、なんでもないですッ……!」
小声でポツリと漏らした本音をアルフレッドの耳はとらえたらしくラグナは慌てて否定する。その甲斐あってなんとか誤魔化せた。
『そうか。だが本当に無理はするな。メイガスの機能が低下していると言っても兵器は四割使えるうえ騎士たちも万全の状態で待機している。市民の避難も迅速に行えるようにしておこう。だから出来うる限りで構わない。たとえ魔獣の数を減らさずとも負傷させるだけでもいいのだから』
「わかりました。もし難しそうならそうします」
『ああ、そうしてくれ。……では私は今聞いたことを上に報告してくるが……他に言いそびれていることはないか……?』
「…………」
その言葉を聞きラグナの表情が一瞬曇る。
『……ラグナ? もしやまだ何かあるのか?』
「……いえ……すみません。何も、ないです……」
『……そうか、ではこれで終わろう。今回のこの情報、本当によく掴んでくれた。明日はくれぐれも気を付けて任務に当たってくれ』
「はい、失礼します……」
ラグナは通話を切ると目を閉じて再度謝る。
「……すみません……」
少年の懺悔の言葉が虚しく部屋に響いた。
それからすぐに自分の部屋に呼び出したリリスと向かい合い会話を始める。
「……こっちは報告が終わったよ。リリ、レイナード様から話は聞いた……?」
「……うん……全部聞いた……」
「さっきレイナード様から話を聞いて驚いたよ……まさかリリまで計画に巻き込むつもりだったなんて……しかもジュリアを説得する役目を任せるって……」
「……たぶんお兄様は最初からそのつもりだったんだと思う……話を聞く限りベルディアス家のことだって私に聞く前から知っていたはず……それどころか『ラクロアの月』がベルディアス家を人質にとることを知っていてそれを逆に利用する形で今回の計画を立てた可能性が高い……」
「……かもしれないね。……ところでジュリアを説得するのはリリに任せておけば問題ないみたいなことを言われたんだけど……本当に大丈夫……?」
「……うん……お兄様から指示を受けたとおりにやればたぶんうまくいくと思う……ただそれでもジュリとの戦いは避けられない……だから戦いながらジュリを説得する……そして勝って諦めさせる……」
「……君とジュリアは親友同士だよね……それなのに……あの、やっぱりレイナード様に別の方法はないか聞いてみようか……?」
「……ありがとう……でも平気……それに……むしろジュリをこの手で止められて嬉しい……たとえその手段が戦いだったとしても……」
「リリ……」
リリスはどうやら覚悟を決めているようだ、ならばこれ以上の説得は野暮だろう。だからラグナは別の方法で手助けできないかと考えた。
「……俺にも何か手伝えることないかな?」
「……気持ちは嬉しいけどラグナは魔獣の討伐に集中して欲しい……ラグナの方がずっと危険な仕事だから……」
「でも……ジュリアはかなり強かったよ……? ……一度森で戦ったけど、正直『黒い月光』無しでもう一回戦ったらやられるかもしれないって思うほどに……説得しながら戦うのはかなりきついんじゃ……」
「……ジュリが強いのはよく知ってる……騎士学校では一度もジュリに勝てなかったもん……」
「え、一度も……? でもリリって確か騎士学校を次席で卒業して…………あ、リリが次席ってことは……主席はもしかして……」
「……うん……ジュリが首席……」
「そうだったんだ……どうりで……」
この一か月の間に現役の騎士たちの戦いを少しだけ見て来たラグナだったが、ジュリアの戦いぶりは他の騎士と比べて見劣りするどころか頭一つ抜けているようにさえ思えた。ゆえに首席で卒業したと聞いて納得することはあれど驚くことはなかった。
「……ジュリは才能があって努力家……しかも物凄い頑固……生半可な気持ちと戦いではジュリを止めることはできない……よくわかってる……でも平気……必ず私が止めるから……だからラグナは自分の役目に専念して……それで今回の騒動を終わらせよう……」
「……そうだね。俺達で終わらせよう」
「……うん……それじゃあ私は明日の準備を始める……また明日……」
リリスはそう言うと部屋を出て行った。ラグナはそれを見届けた後ベッドに座り込む。
(……自分の役目に専念か……とは言ってもやっぱり心配だ……確かレイナード様が言うには明日のジュリアの予定が急遽変更になって王都の制圧には加わらずボルクス男爵と一緒にガルシィア帝国に向かうことになったらしいんだよな……どうして予定を変えたのかは疑問だけど今はそんなことはどうでもいい……問題はその護衛……)
ラグナは『神速』の異名を持つ因縁の敵を思い浮かべ苦虫を嚙み潰したような顔になる。
(……ベラル……奴が数人の部下と一緒にボルクス男爵やジュリアの護衛についてるんだよな……レイナード様は私兵や戦闘用アンドロイドみたいな兵器を使って邪魔者を倒すから問題ないって言ってたけど……ベラルの実力を考えると安心なんてできない……リリがジュリアの説得に当たる以上ベラルと接触する可能性は高いし……リリは確かに強いけどベラルは文字通り別格の強さだった……って言っても俺は明日『黒い月光』を使って魔獣の数を減らさなきゃいけないからなぁ……それに……仕事が終わって仮にリリの元に駆け付けられたとしても『黒い月光』は制限時間をとっくに過ぎて使えないだろう……左手の力が使えない以上、銀月の力を使うしかないけど……俺の素の実力では到底奴には及ばない……そのうえあの風の結界を作る術でも使われたらそれこそ一巻の終わりだ……何かないだろうか……格上の敵に勝つ方法……あ、そうだ――こんな時は――)
頼れる副団長の顔を思い出したラグナは電話をかける。確か今日は時間があると言っていた、きっと相談に乗ってくれるだろう。そしてすぐに電話が繋がる。
『――ハロハロー! 愛しのブレイディアお姉ちゃんだよ!』
「あ、すみません。またお電話しちゃったんですけど、今大丈夫ですか?」
『うん平気だよん。それよりどったの? また何かの相談?』
「はい、実はちょっと聞きたいことがありまして……ブレイディアさんは自分よりも強いって事前にわかってる敵と一対一で戦う時ってどうやって戦いますか?」
『自分より強い敵とのタイマンねぇ……そうだなぁ……事前に自分より強いってわかってるならまず敵の情報を集めるかな。能力や性格、あと必勝パターンみたいなものがわかるとなおいいと思う』
「必勝パターン、ですか……?」
『そうだよ。強い奴っていうのはね、必ず自分が安定して勝てる勝ち方ってやつを持ってるんだ。それが経験を積み重ねて生き残って来た強者の共通点。……でもね、絶対に勝てる方法なんて絶対に存在しない。私が知る限りそういうものには必ず穴がある』
「……情報を集めて正確に敵を分析しその穴を突く、そういうことですか?」
『その通り。でもそれはかなり難しいしセンスがいる。敵との実力に明白な差がある場合は特にね。場合によっては自分の命を賭ける必要さえ出てくるんだ。だから出来ればタイマンは避けた方がいいと思うけど……どうしても一対一でやらなきゃいけないならまあそこはやっぱり自分の持ってる能力や敵との相性なんかで成功の有無が大きく決まるね』
「なるほど……敵の能力と自分の能力の相性……」
ラグナが考え込んでいるとブレイディアが問いかけてきた。
『……私が言えるのはこの程度だけど、どうかな? 役に立ちそう?』
「あ――すみません、ありがとうございました。すごく参考になりました」
『ならよかったよ。それで……どうする? もう少しお話する?』
「いえ、もう平気です。本当にありがとうございました。ブレイディアさんもお疲れのはずなのにまた相談に乗っていただいてすみません」
『いいよいいよ。ラグナ君の役に立てるなら私も嬉しいし。それじゃあ切るね。また何かあったら遠慮せず電話してくれていいから』
「ありがとうございました。失礼します」
ラグナは電話を切ると同時にベラルについて考え始めた。
(……ベラルの必勝法……たぶんあの風の結界を作る術だろう……レインから『黒い月光』を含めて俺の話を聞いていたベラルなら俺をさらに警戒するはず。次に戦う時、またあの術を使ってくる可能性は高い。……けどあの術に弱点なんてあっただろうか?)
吹き荒れる暴風の中で身動きも取れず一方的に切り刻まれる恐怖と痛みを思い出し手に汗がにじむ。あの風の結界に入ってしまったが最後自力で抜け出すことなど出来ないのではないか、そういう考えが頭をもたげたその時――不意に赤毛の少年の言葉が頭をよぎる。
(……いや、そういえばレインが言っていた……あの術には弱点があるって……その弱点を突いて勝ったような言い方もしていた……っていうことはあるはずだ……あの術を突破する方法が……思い出せ……俺は一度あの術を食らっているじゃないか……何か不自然な点はなかったか? 何か……)
ラグナは必死に脳を働かせ風の結界内部で起きたことを思い出そうとしていた。そしてある不可解な点に気づく。
(……そういえばあの結界に入ってからベラルは致命傷になるような場所に攻撃をしてこなかった気がする……最初の攻撃は様子見としてなら理解できるけど、俺が速度に対応出来ないってわかってからもそれは続いた……遊んでいたのか? ……いや、奴はあの術を使う際に俺を全力で殺すようなことを言っていた……そんなことを言った直後に手を抜くなんてありえない……でも……それなら……どうして…………)
その後、ラグナは思考の果てにある可能性を思いつく。
(……もしかして……いや、でも俺の考えが正しいか確かめる方法が無い……せめて俺以外にあの術を食らった人の話を聞けたら……だけどそんな人に心当たりなんて……)
半ば諦めかけていると突然ドアがノックされたため応答しながら扉を開ける。
「はい、どちら様ですか」
「はぁー疲れたぜー……」
「あ、ジョイ」
赤い鳥が風を切って部屋のベッドに着地する。ラグナもそれを追って隣に座った。
「お疲れジョイ。ごめんねアルシェの騎士団支部の指揮を任せちゃって」
「気にすんな。指揮自体は嬢ちゃんや旦那のやり方見てっから余裕よ。つっても人手が足りねえから町の様子を空から見るために四六時中飛んでなきゃいけないのはすげえ疲れるけどな。まあ愚痴ったってしゃあねえけど……ところでお前はどうだった? 今日なんか収穫あったのか?」
「うん、色々あったよ……」
ラグナはジュリアやボルクス男爵の件を伏せたうえで状況を説明した。
「ま、マジかよッ……!? 超がつくほどの一大事じゃねーかッ……!?」
「そうだね。でもギリギリ対策は間に合いそうだからさ。ジョイは明日も同じようにこの町の治安を先輩たちと守って欲しい」
「わ、わかった……まあどのみち王都の危機なんて俺の手に余るしな。お前らに任せるしかねえけど……せめてセガールさんたちが復帰してくれりゃあなあ」
「そうだね、セガール隊長が……セガール隊長……あッ……!」
ラグナは何かを思いついたように立ち上がった。
「そうだセガール隊長ならベラルの術を受けているッ! 話を聞けば確かめられるかも!」
「お、おい、なんの話だッ? それに話を聞くって……セガールさんの意識はまだ戻ってないぜ?」
「あ……そう、だよね……」
途端に意気消沈したラグナはベッドに座えりこむ。
「なあ……大丈夫かラグナ?」
「……うん……平気だよ……ごめん突然……」
「いや、いいんだけどよ。そんじゃあ俺はまた見回りに行ってくるぜ」
「もう行くの?」
「ああ。休憩がてらちょっと寄ってお前に話でも聞こうと思っただけだからな。夜の町の方が治安悪いしよ、『ラクロアの月』が現れるかもしんねーからよ。なによりお前らが死ぬ気で頑張ってるんだ、俺もちっとは働かないとだろ。さて――それじゃあ俺は行くぜ」
「気を付けてね」
「おう、お前も明日は気を付けろよ」
窓を開けたラグナに向かってそう言うとジョイは夜空に消えて行った。
「……突破口が見えたと思ったけど……駄目だったか……」
ため息をついて俯くラグナの背後で再びドアがノックされる。今度は誰だろうと思いながらドアを開けるとそこには予想外の人物が立っていた。
「はい、どちら様――ってサリアちゃん」
「こんばんわ。ちょっとお話がしたいんですけどいいですか?」
「うん、どうぞ入って」
「お邪魔します」
遠慮がちに入ってきたサリアを机に備え付けられていた椅子に座らせ、自分はベッドに座る。
「……リリから全部聞いたんだよね?」
「はい、レイナードさんの事とか色々聞きました」
「……ごめんね、サリアちゃん。なんか……レイナード様の思惑に乗るような形になっちゃって……仮に今回の作戦がうまくいってもベルディアス家はレイナード様に……その……」
「いえ、いいんです。私は正直家のことなんかに興味はないんです。私が心配なのは家族やお姉ちゃんの事だけですから。多くは望みません。お姉ちゃんを破滅の未来から救えるならそれでいいんです」
「……全力を尽くすよ。俺も、リリも……それで話って言うのは?」
「あ、はい。実は私も何か協力できないかなって思って。それで……」
「……ありがとう。でも今回の作戦はすごく危険なんだ。だから君を巻き込むわけには――」
言っている途中でラグナの脳にある考えが浮かび、言葉が途中でとまる。
「……あの、ラグナさん……?」
「あ……ごめん。あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ええ、なんですか?」
「ジュリアから聞いたんだけどサリアちゃんは物に込められた残留思念や人の記憶を読み取って他の人に見せられる『月光術』を使えるんだよね?」
「はい、一応」
「……それって意識の無い人からも読み取ることは出来るの?」
「出来ますよ。ただ読み取るにはその人の近くに行かないといけないですけど」
ラグナはその答えを聞いてから真剣な表情で考え込むとサリアに向き直る。
「サリアちゃん、君に頼みたいことがあるんだ」
ラグナの真剣な顔を見たサリアは首を傾げた。