33話 正体
敵に取り囲まれたラグナは突破口を開こうと周囲に目を向ける。
(……マズイな……このままじゃ袋叩きにされる。陽動するにしても、その前にこの包囲を突破しないと。でも『黒い月光』の力は使えない。それを踏まえたうえでどうにかしないと)
ラグナが身構えていると、集団の中から赤いハチマキを巻いた男が出て来た。
「……おいてめえ、もう一人の仲間と人質はどこにいったんだ……?」
「……聞かれて素直に話すと思うのか」
「だよな。つってもどうせこの近くにある安全地帯っつったらアルシェくらいだしどうせそこに向かったんだろ? 半分はアルシェに続く道を探せ、道中に必ずいるはずだ。残りの半分はそこの兄ちゃんの相手をしてやんな。死なない程度にぶっ殺して拷問にでもかけろ。いろいろ聞きたいしな。……さてと――ダン、クイン、後はまかせたぞ。俺は姉御に明日の指揮を任されたんでな。いろいろ準備があるんだよ。あと絶対ヘマすんなよ。まあこれだけ人数いりゃ大丈夫だと思うが。くれぐれも頼むぞ」
「ああ、平気だぜ副隊長」
「任せといてくれ」
集団の中にいたグレーの短髪の男ダンと黒い坊主頭のクインは自信ありげに返した。それを見たハチマキの男は満足げに頷くと踵を返し館に戻って行こうとしたが、その前にゴーレムの近くに行き小さな声で話しかける。
「人質が逃げたからって妙な考えを起こすなよ。てめえを縛る鎖は一本じゃねえんだからな」
『……わかっている』
ゴーレムの無機質な返答を聞いたハチマキの男は鼻を鳴らすと今度こそ館に戻って行った。それを見届けた男たちは指示通り動き始める。まず役割分担を決めようとしたのか、ダンはクインを見ながら親指を森の出口の方に向けた。
「そんじゃあ俺らは人質を追う。てめえらはそこの兄ちゃんと遊んでくれや」
「ああ、別にいいぜ。だがガキだからって油断すんなよ。すでに五人やられてんだからな。返り討ちに遭うなよ?」
「へッ、てめえらこそな」
軽口を言い合うや否やダンを含む男たちの半分が包囲を離れアルシェに続く道に向かおうとする。当然そんなことを許せるはずも無くラグナはアルシェに向かう男たちの前に飛び出そうとしたが――。
「待てッ! 行かせ――」
「おーっと。そこまでだ。お前の相手は俺らだぜ兄ちゃん。たっぷり可愛がってやるから安心しな」
「ぐッ……!」
――緑色の『月光』を纏ったクインを含む敵たちに阻まれてしまう。その結果半分の敵を取り逃がしてしまった。この時点で敵を引き付けその隙にリリスたちを逃がすという当初の目論見は崩れさる。もはやラグナに残された選択肢は一つだけ。周りにいる五十人の敵を素早く倒し、この場からいなくなった敵を追うしかない。しかし発せられる強い『月光』から推察するに周りを取り囲む『月詠』達の実力はかなり高そうだった。真正面から白兵戦を挑めば苦戦することは目に見えている。
「さあ、始めようか兄ちゃん」
『待て』
男達がラグナに飛びかかろうとした瞬間、後方で待機していたゴーレムが他の敵を押しのけて前に出て来た。それを見て戦いを始めようとしていたクインが岩の巨人を睨み付ける。
「……なんだよ。邪魔する気か? 副隊長に言いつけちまうぞてめえ」
『邪魔をする気は無い』
「じゃあなんのつもりだ。こちとらテメエがおかしな真似したら副隊長に即報告するよう命令されてんだぜ。チクられたくなきゃさっさと理由を言いな」
『……私が奴を仕留める。お前たちは手を出すな』
「へえ……おもしれーじゃん。おいてめえら、こいつがあの兄ちゃんとタイマン張るってよ!」
『月光』を消した二ヤケ面のクインがそう言った瞬間、周りからドッと歓声が沸き起った。と同時に光を纏っていた他の『月詠』達も『月光』を解除し戦いに巻き込まれないように包囲網を広げ距離を取り始める。どちらが勝つか賭けを始める者や盛り上げるために口笛を吹く者まで現れた。どうやら命懸けの戦いを見世物にでもするつもりらしい。開催された悪趣味な行事に顔をしかめているとゴーレムが間合いを詰めて来た。ラグナは両手で剣を構え腰を落とすと意識を岩の巨人に集中させる。互いに間合いをジリジリと縮めていき、やがて騎士と魔獣は激突した。
ゴーレムは両腕をドリルに変えると攻撃を開始した。しかし岩の巨人の挙動を見たラグナはかわしながらも違和感を覚える。
(……なんだ……? 攻撃が遅い……コイツの攻撃はもっと早かったはず……)
最初に接敵した時の素早い動きを思い出していると――。
『……なぜ黒い月光を使わない……? あの凄まじい力を使えば周りの連中を一掃できるだろう』
「ッ……!」
――ドリルで地面に大穴を開けながら突然ゴーレムが小声で話しかけて来たのだ。
(……こいつ……俺が『黒い月光』を使えるって知っているのかッ……!? しかもこの言い方、まるで見たことがあるみたいに……こいつの前ではまだ一度も使ってないのに……)
ディルムンドの反乱を鎮圧しメディアにその顔と能力を取り上げられたラグナだったが、世間にはまだ彼の能力も顔も浸透しきってはいなかった。それどころか館でロンツェが言っていたように未だに『黒い月光』の情報は政府のプロパガンダだと思われているフシがあるためその能力を疑う者も大勢いる。しかし目の前のゴーレムはまるでその存在を確信しているかのように言うのだ。だからこそ思わず眉根を寄せた。
『……答えろ。なぜ使わないんだ……?』
「……お前には関係の無い事だ」
同じように小声で返すと再びかわしやすい大ぶりの攻撃がきたのでひらりと避ける。
『……何か使えない理由でもあるのか? このままではお前も、お前の仲間も危険だぞ』
「…………」
『もし……黒い月光を使えないのなら……私に作戦がある。聞け――』
表面上では激しい戦いを演じながらもゴーレムの作戦を聞いたラグナは大きく目を見開いた。
「……正気か……? そんなことをしてお前になんのメリットがあるんだ……」
『悪いが問答している時間は無い。追手が人質とお前の仲間に追いつくのは時間の問題だ。ラグナ・グランウッド――私に協力するか今ここで決断しろ』
(……滅茶苦茶なことを言うゴーレムだな……だいたい敵であるこいつの言う事なんて信用できない。……でもこのままじゃこいつの言う通りリリ達は追いつかれるだろう。なにしろ『月光』を使っているとはいえリリは負傷しているうえに人一人担いでいるんだから。けど……こいつの話を鵜呑みにするのは危険すぎる……)
ラグナが迷っていると攻撃しながら岩の巨人が小さな声をあげた。
『……信用できないか。それも仕方がないことだ。……私は表立ってラクロアの月を裏切ることが出来ない。だからこうして内密に話を持ちかけている。自分でもバカな事を言っているという自覚はあるが、信じてくれと言うほかはないんだ。頼む――私は……あの子たちを救いたいんだ』
「…………」
泣きそうな声でリリスたちを親し気に呼ぶゴーレムにラグナは内心驚く。
(あの子たち……? まるで知り合いみたいな言い方だ。……もしかしてリリやサリアさんのことを知っているのか……? だとしたらさっきの提案は本当に…………正直完全には信用出来ない。でも今朝、あの時コイツは俺を助けてくれた。それは事実。このゴーレムは周りの連中とはどこか違うのかもしれない。……どのみちこれ以外に道も時間も無いんだ。このわずかな可能性に賭けてみよう)
ラグナは決断すると同時に小さな声で話しかける。
「……わかった。お前の作戦に乗る。ただ完全に信用したわけじゃない。もしさっき言った作戦とは違う動きを少しでもしたら迷わずお前を攻撃する。……それでいいか……?」
『ああ、それでいい……ありがとう。……では――タイミングはお前に任せる』
「……了解」
通常ならば小声でも会話などしていればすぐにバレてしまうだろうが、飛び交うヤジや歓声によって幸いにも気づかれなかった。そのため戦闘を継続しながら小声で両者は密談を続けることが出来た。そしてタイミングを見計らったラグナはゴーレムの作戦に乗るべく行動を開始した。まず銀色の光の力を強め岩石で出来たドリルによる攻撃を全てかわすと、その両腕を剣で切断する。その後間髪入れずに力強く踏み込み巨人の胴体目がけ全力で剣を振り下ろした。
勢いのついた剣が岩にめり込むとゴーレム全体にヒビが入り、次の瞬間その巨体は後方に吹き飛んだ。当然取り囲んでいた男たちは慌てて避けるも、すぐに包囲を元に戻す。そして岩の巨人は木に衝突すると、完全に動きを止め物言わぬ巨石となった。それを見た男たちは半分が落胆し、半分が狂喜する。どうやら賭けに負けた者と勝った者で反応が分れているようだ。
喧騒の中、男達とは別に冷たい目で戦いの敗者を見ていたクインは唾を吐き捨てる。
「んだよ。呆気ない幕切れだぜ。自分から志願しておいてこのザマとはな。クソだっせえ――ん?」
ゴーレムを罵倒していたクインだったが、周囲の状況を見て表情を一変させる。突然辺りが土煙に覆われ始めたのだ。煙の出所を探していると先ほど斬り落とされた巨人の腕が目に入る。ドリル状のそれはボロボロと崩れ落ちながら土で出来た煙を絶え間なく上げていたのだ。土煙はやがて包囲していた少年の姿さえも覆い隠してしまう。
土煙が周りを覆い隠す中で一つの足音が遠ざかっていくのが聞こえたラグナは眉間にシワを寄せる。
(……この足音……もしかして……アイツは……いや、今はいい……)
集中し直したラグナは舞い上がる土煙の中思考を巡らせていた。
(……ここまでは予定通りだ。後はアイツを信じるしかないな。……とにかく今はこの包囲を崩す方法を考えよう。俺の使えるカードはそう多くない。その中で最良の選択肢は――)
限られた時間の中で脳を最大限働かせたラグナは、ゴーレムが先ほど地面に開けた大穴を見てある方法を思いつく。
(――よし、これでいこう。成功するかはわからないけど、うまくいけば敵を全滅させられるはず)
決めると同時に剣を天高く放り投げたラグナは続けざまに呟く。
「〈アル・ラプト〉」
その瞬間、膨れ上がった銀色の光は無数の球体へと変化した。
土煙で視界が遮られた男たちはパニックに陥っていた。
「おい、周りが見えねえぞッ!?」
「ど、どうなってやがるッ!? 侵入者はどうなったッ!? もしかしてこの粉塵に紛れて逃げたんじゃ……」
「ま、マジかよッ!? そういえばさっき足音が聞こえたような……急いで探さねえとッ! 逃がしたなんて知られたら副隊長や姉御にぶち殺されちまうぞッ!?」
逃げたのでは――その可能性を思い浮かべた男たちは騒ぎ出し包囲が崩れそうになるが――クインがその前に大声を出す。
「馬鹿野郎ッ!!! 包囲は絶対に崩すんじゃねえッ!!! ここで包囲が崩れればそれこそ奴の思うつぼだろうがッ!!!」
その怒声を聞いた男たちはハッとした顔で動きを止める。間一髪のところで包囲網は維持された。ため息を吐いたクインは続いて新たな指示を出すべく口を開く。
「いいか、落ち着けテメエら。取り囲んでいる以上奴はどこにも逃げられやしねえ。それと『月光術』を使って煙を晴らそうとするのもやめろ。発動後の隙をつかれて包囲を突破されるかもしれねえ。土煙はすぐに晴れるんだ、くれぐれも先走るなよ。『月詠』は『月光』を纏った状態を維持して戦える準備を整えて置け。奴がいつ飛び出してきてもいいようにな」
指揮官である自身が手本を見せるように『月光』を纏うと同時に周囲の男達も指示に従い次々に光を纏っていく。冷静に指示を出しながらもクインは心の中で毒づく。
(ったく、全部あの糞ゴーレムのせいだぜッ! 姉御が急に戦力として連れてきたから多少はやるのかと思ったがてんで使えねえじゃねえかッ! それどころか足引っ張りやがるしよお!)
悪態をついているうちに土煙は晴れていき視界も良好になっていく。そして煙が完全に無くなると予想外の光景を見てクインは驚愕した。
「な、や、奴が、いねえッ!? ば、バカな……ってか……なんだ、この浮かんでんのは……」
目標の少年が忽然と姿を消したことも十分驚くべきことなのだが、それ以上に驚くべき光景が広がっていた。奇妙なモノが空中を浮遊していたのだ。それはニ十センチほどの大きさをした銀色の球体で、シャボン玉のように空中にプカプカと浮いていた。それも中央から包囲網の端まで余すことなくびっしりと無数の球体が浮かんでいたのだ。クインたちが状況を理解できずに困惑していると、天から何かが包囲の中心――ちょうどラグナがいた辺りに降って来た。
「あ、ありゃ確か……奴の使ってた――」
クインは目を細めながら落下してきた物体を見た。太陽に照らされ銀色に光り輝いたそれは回転しながら落下すると中心に浮かんでいた銀色の球体を貫き地面に突き刺さる。
「――銀色の……剣――」
クインがそう言った瞬間、辺り一面が銀色の光に包まれた。
地面に出来たクレーターのような場所の中心――その地面がモゾモゾと動き始める。やがて土を手で払いのけたラグナが地面に開いた穴から這いだした。
「……はぁ……なんとか、成功したみたいでよかった。それにしても――」
安堵したのも束の間、周囲の惨状を見て顔をしかめる。そこはラグナが立っている場所を中心にした爆心地と化していた。周りには吹き飛んで粉々になった木々や屍となった男たちが倒れ伏している。剣で貫かれた球体の爆発を引き金として、周囲に散らばった球体も次々に誘爆した結果――それがこの惨状の正体である。正直ここまでとは思っていなかったため少年の顔には冷や汗が浮かんでいた。
(――凄まじい威力だな……全力で使ったのは初めてだけど――〈アル・ラプト〉――これは想像以上に危険な術だ……もし穴の深さがあと数センチ浅ければ俺も巻き添えを食っていただろう。この術……使いどころを誤れば術者である俺も死ぬ可能性がある……もっとこの術について実験しておいた方がいいのかもしれない。……でも勝てたのはこの術のおかげだけとも言い切れないな。土煙が上がっていたあの時、もしこいつらがパニックになって包囲を崩していたら一網打尽には出来なかっただろう)
ラグナは目を開いた状態で血を吐き死んでいるボロボロの指揮官――クインを厳しい顔で見下ろす。
(……今回は指揮官の優秀さに救われた)
クインの開かれた目を手で閉じたラグナは遠くの木に深々と刺さっていた剣を回収する。その後『月光』を纏って駆け出そうとしたが、その前に気になったことを確かめるために壊れた巨人に近づいて行った。
森の中を銀の光を纏いながら走っていたラグナはアルシェに続く道中、倒れている死体を見ながら持っていた剣を握りしめ速度を上げて行った。そしてある程度進んだ後、突然立ち止まり口を開く。
「……そこにいるんだろう。出てきてくれ」
右斜め先の木々に向かってそう言った瞬間、奥から木々を薙ぎ倒してゴーレムが現れた。
「……敵は倒したのか……?」
『ああ。追手は全て片付けた』
確かに道中で見た死体の数と先ほど離れた敵の数はほぼ同じようだった。あの場を離れたもう一人の指揮官であるダンもここに来る少し前に死体で発見できたためおそらく本当に殲滅できたのだろう。ラグナは安堵のため息をつきゴーレムを見やる。
「……わざと俺の攻撃をくらいやられたフリをして煙幕を張る。俺はその隙を利用し敵を倒すか逃げ、お前はあの場を抜け出し追手を始末する、か――最初聞いた時は耳を疑ったけど本当に実行したんだな」
『ああ。協力してくれたこと――感謝する』
「……なんで俺達を助けてくれたんだ……?」
『…………』
「……言う気はないか。なら質問を変える。お前は何者だ……? ……さっきまで俺はお前を『ラクロアの月』が開発した魔獣だと思っていた。でも土煙が発生した後聞こえて来た遠ざかっていく足音と煙が晴れた後あの場に残っていたゴーレムを見てそれが勘違いだと分かったよ」
先ほど見たゴーレムの残骸を思い出す。その外見自体には何ら不審な点は無かったが、問題はその中にあった。背中から何かが這い出て来たような穴があったためそこから中を覗いてみたのだ。その結果驚愕することになった。巨人の中――そこには人型の空洞があったのだ。
「そもそもお前の作戦を聞いた時から疑問に思っていた。どうやってあの場を抜け出すのかっていう疑問だ。いくら煙幕を張っているとはいえゴーレムが動けばあの大きな足音で必ず周りに気づかれる。だがお前は抜け出した。あの岩で出来た体をあの場に残すことでだ。だがそれはおかしい」
『……何がおかしい……?』
「本来ゴーレムは植物型の魔獣が岩などに寄生して作られる特殊なタイプの魔獣だ。そして寄生した植物は死ぬまで鎧にした物体から離れることはない。にもかかわらずあの岩の鎧は脱ぎ捨てられていた。そのうえ決定的だったのはゴーレムの中だよ――あのゴーレムの中には人が入っていた形跡があったんだ。さらにゴーレム付近には奇妙な足跡まであった。ここまで証拠があればどんなバカでも流石に気づくさ。……単刀直入に聞く――お前は『月詠』だな……?」
『…………』
「そのゴーレムはおそらく『月光術』で作った鎧みたいなものなんだろう? だから脱ぎ捨てることも出来た。本体のお前は土煙に紛れてあの場を脱出し『月錬機』を使って追手を始末した。死体には鋭利な刃物で切られたような跡が残っていたよ。……俺の言っていること、間違っているか……?」
ラグナの問いかけに対して深いため息をついたゴーレムは観念したように話し始める。
『……お前の言う通りだ。私は月詠。この岩の肉体は私の月光術によって作られている』
「やっぱりそうだったのか……じゃあどうして俺達を助けてくれたのかってこととお前の正体についても教えてくれ。ここまできたらちゃんと知りたいんだ」
『私の正体や助けた理由か……教えてやってもいい。だがその前に私の願いをきいてもらいたい』
「願い……? ……どんな願いだ……?」
一呼吸置いた後にゴーレムは静かに言った。
『今回のラクロアの月が行う作戦、妨害せずに手を引いてほしい』
「……お前には助けられた。感謝もしている。だけど……それだけは絶対に出来ない。あんな危険な作戦を見過ごすことなんて出来るはずない」
ラグナのはっきりとした拒絶の言葉を聞きゴーレムは再びため息をつく。
『……そうだな。こんな頼み、騎士であるお前に聞き入れられるはずもないか。だが……私はお前に関わって欲しくないんだ。たとえどんな手を使ってでもお前にはこの件から手を引いてもらう。多少荒っぽいことになるが、しばらく動けない体になってもらおう。幸いにもお前は今黒い月光が使えないようだしな』
「ッ……!」
両腕をドリル状に変形させたゴーレムを見てラグナは後ろへ跳び剣を構える。
「……どうしてだッ……! どうしてそこまで俺に関わって欲しくないんだッ…!?」
『お前の為にならないからだッ……!』
ゴーレムは踏み込み先ほどよりも速いスピードで攻撃してきたがラグナはそれを間一髪かわす。
「俺の、為……?」
『そうだッ……! ラグナ・グランウッド、お前がこんな国の為に血を流す必要は無いッ……!』
「待ってくれッ……! どういう事なんだッ……!? 本当に意味がわからないッ……! それに二度も助けてくれたのに、どうして今になってこんな……」
『私だって本当はこんなことはしたくないッ……! 最初に警告した時に帰っていてくれればこんなことにはならなかったのにッ……! お前はあの時、仲間を連れて帰るべきだったッ……!』
「くッ……!」
ゴーレムのドリル攻撃が持っていた剣にぶつかり体ごと後方に弾き飛ばされる。転がりながらもなんとか態勢を立て直したラグナはしびれる手の平に力を入れ直し迫る巨人に剣を構える。
(……やるしかないのか)
若干躊躇いつつも覚悟を決めたラグナは切っ先をゴーレムに向け叫ぶ。
「〈アル・グロウ〉ッ……!」
その瞬間剣の先端から巨大な銀色の光弾が放たれゴーレムにぶつかると爆発した。だが――爆風をかき分けた岩の巨人は無傷のままこちらに突っ込んできたのだ。
「そんなッ……!? ――がはッ!?」
渾身の術を無傷で防がれ硬直状態のラグナの近くの地面にドリルが振り下ろされその衝撃で上空へ吹き飛ばされた。そのまま十メートルほど後ろの木々の上から落下し地面に叩き付けられる。痛みでうめいていると、どこからかゴーレムの声が聞こえて来た。
『……降伏して私の指示に従え。そうすればこんな無益な戦いを続けずに済むんだ』
「…………」
『……そうか……まだ続けなければいけないのか……』
降伏勧告を黙殺したラグナに対してゴーレムは悲しそうに呟くと近くの木々を攻撃し始めた。どうやらまだこちらの位置に気づいていないらしい。それならば、と這いつくばいながら近くの木の元までを行くと、それを背にして息を整える。
(……なんて硬い鎧なんだ。俺の全力の術をあんなにあっさり防ぐなんて……真正面からでは分が悪すぎるな。どうにかして攻撃が通りそうな場所を探さないと。……やってみるか)
とっさに思いついた作戦を実行するべく痛む体に鞭打って行動を開始した。
ゴーレムが木々をドリルでなぎ倒しながら進んでいると、木を背にして隠れるように黒いジャケットが目に入る。そのジャケットはまごうことなく騎士の服。それを見た瞬間巨人は地面が陥没するほど踏み込むとジャンプし目標との距離を一気に詰める。そして着地と同時にドリルをその黒い服の背中に突きつける。
『背後を取った。降伏しろ。……聞いているのか? ……もしやさっきの一撃で気絶してしまったのか? だからさっきの質問にも答えられ――ッ!?』
回り込んで顔を見ようとした瞬間言葉が止まる。そこにいたのは人間ではなかった。隠れているように見えたそれは言うなればカカシのようなもの。実際にそこにあったのは、地面に突き刺さった銀色の剣の柄にかけられた黒い上着のみ。驚くゴーレムの上から不意に声が響く。
「〈アル・ラプト〉」
その声が響いた瞬間上から銀色の球体が落下しゴーレムの全身を取り囲むように浮かび始める。
『な、なんだこれはッ……!?』
ゴーレムがとっさに身じろぎしたその時、ドリルの回転に球体の一つがぶつかりその結果銀色の閃光が迸り爆発した。同様にして他の球体も誘爆していき近くにあった木々を巻き込み大爆発が起こった。吹き飛ぶ木々の中、倒れる一本の木の上から人影が地面に向かって飛び降りる。
爆発が収まり一部が平野と化した地面の上に降り立ったラグナは土煙を上げる爆心地を一分ほど見つめていた。すると巨大な影がゆらりと立ち上がる。その瞬間、一陣の風が吹き砂ぼこりを吹き飛ばした。結果、姿を現したのは岩の巨人。一見すると無傷に見えるが、一か所だけ盛大にひび割れている場所があった。左後方の脇部分、そこだけが今にも崩れ落ちそうなほどに損壊していたのだ。さらによく見るとその場所から体全体に小さな亀裂が生じており、ゴーレムの構造上最ももろい部分だということは一目瞭然だった。
(……あそこが弱点か。あと軽く一撃入れればヒビが全身に行きわたりそうだ。けど――)
考えていると左腕を元の形状に戻したゴーレムが弱点部分をその手で覆い隠すと同時に右腕のドリルを回転させながら突撃してきた。『月光』を纏ったラグナはそれを横に避け、すれ違いざまに弱点を覆った手の上から蹴りを入れてみたが意味は無かった。それを確認した後、前方へ大きく跳ぶと先ほどの爆発によって吹き飛び木に突き刺さっていた剣を回収し岩の巨人と向かう合う。
ゴーレムはボロボロになった鎧を見て自嘲するように言った。
『……そうだったな。手加減して勝てる相手ではなかった。お前は強い。殺すつもりでやらなければ戦闘不能にすることなど到底不可能な相手だ。だから――ここからは全力で行く』
「……わかった。だけど……もし俺が勝ったら、その時はちゃんと事情を話して欲しい。お前の正体も含めたすべてを」
『……いいだろう。もし私が負けたら全てを話そう。では……行くぞッ!!!』
ゴーレムが地面を蹴ると砲弾のような速度でラグナに突っ込んできた。と同時にドリルが肉体に迫るもこれを回避し懐に潜り込む。そして両手持ちだった剣を左手に移し、右手を巨像の弱点に構えた――。
「〈アル・グロウ〉ッ……!」
(無駄だッ……! 至近距離から月光術で狙おうと、この岩の鎧の中で最も硬い腕に守られている限りダメージなど与えられないッ……! これで終わりだッ……!)
ゴーレムが心の中で勝利宣言した後、右足を大きく踏み込みドリルを振り下ろそうとした瞬間、その視界が傾いた。そのまま巨大な体が前のめりになりバランスを崩して倒れそうになるのを感じながら混乱する。
『な、何が起き――』
そして気づく――少年の右の手の平が弱点では無くいつの間にか別の部分に向けられていたのだ。それはゴーレムの右足――さらに正確に言うならその足元の地面である。おそらくラグナが放った術は巨像の足元に放たれたのだ、結果その巨体を支える足場が吹き飛びバランスが取れなくなったのだろう。攻撃に意識が集中している隙を狙われたせいもあるが、弱点を攻撃してくるだろうという潜入感に付け込まれたのだ。このまま倒れれば自身の体重のせいで全身に入った細かいヒビから倒壊する恐れがある。そのため左足で踏ん張り両腕を使ってなんとかバランスを取った。おかげで難を逃れるも――。
『――ッ!? しまッ――た……』
ここで手を弱点部分から離してしまったことに気づくが時すでに遅く、勢いよく踏み込んだラグナの刺突が防御に戻そうとした手をすり抜け突き刺さる。その瞬間、全身に大きく亀裂が入りゴーレムの体がボロボロと崩れ始める。それを確認した少年は剣を引き抜くと、巨石の倒壊に巻き込まれぬように後ろに跳び距離を取った。岩の鎧が形を無くしていくと、やがて中にいた本体がその姿を現す。
青い光を帯びたリリスが人質だった少女を背負ってひた走っていると、背中の人物がモゾモゾと動き始める。どうやら目覚めたようだ。
「……ん……こ……こ……は……」
「……おはようサリちゃん……大丈夫……?」
「……え……リリ……さん……? どうして……ここ……に…………はッ!」
何かに気づいたのか寝起きの少女はガバっと走行中のリリスにしがみついて来たのだ。
「リ、リリさん! き、聞いてください! 大変なんです!」
「……ま、待って……今逃げてる最中……だから話は安全な場所で――」
しかし混乱しているのか興奮しているのかサリアはリリスの肩を揺さぶり喋り続ける。
「お姉ちゃんが――お姉ちゃんが大変なんです!」
「……え、ジュリ……? ……ジュリがどうしたの……?」
「お姉ちゃんが……いえ、お姉ちゃんを――」
サリアは大粒の涙をこぼして叫ぶ。
「お姉ちゃんを止めてくださいッ!」
ゴーレムが完全に崩さり中身の人間がその姿を露出させた瞬間ラグナは息を飲んだ。赤いブラウスに白いハーフパンツを履いたその少女は見知った顔をしていた。栗色のツインテールにつり目が特徴的なその美しい少女はこちらに向かって悲しそうに微笑む。
「……バレてしまいましたわね。出来れば顔を合わせたくはなかったのですが」
「なん……で……君が……」
ラグナはうわ言のようにその少女の名を呼ぶ。
「……ジュリア……」
ジュリア・フォン・ベルディアス――それこそがゴーレムの正体だった。