30話 意外な提案
ボルクスは周囲を見渡した後、フェイクを睨む。
「……ずいぶんと楽しく遊んでいたようだが、会議は終わったのか?」
「まだ途中だ。もう少し待て」
「いいや、悪いが先に私の話を済ませたい。安心しろ、お前たちの会議ごっこよりも早く終わる。まず明日の亡命についてだが、誰が私の警護につくことになっている?」
「……モルーという男を筆頭に30名ほど警護につける」
「モルー……? 誰だ、それは」
「ベラルの部隊で副隊長をやっている男だ」
「ふざけるな。護衛は幹部か幹部補佐、最低でも三人の部隊長のうちの誰かがやれ。他は認めない」
それを聞いたロンツェは表情を怒りに染め上げボルクスに詰め寄り襟首をつかむ。
「おいコラ爺さん! さっきから黙って聞いてればフェイク様に向かってなんつー口の利き方しやがる! つーかガキみたいな無茶苦茶な文句言ってんじゃねえ! 護衛30人に副隊長までつけるんだぜ、十分すぎるだろうが! これ以上ふざけたこと抜かすと締め上げんぞ!」
「よせロンツェ」
「し、しかしフェイク様……」
「別に私は構わないよ。好きなだけ締め上げるといい。だがこの細い老人の首がへし折られれば君達の重要な資金源の一つが消えるという事をよく覚えて置け」
「ぐッ……!」
毅然とした態度を崩さないボルクスにロンツェの顔は悔しそうに歪む。
「手を離せロンツェ」
「わ、わかりました……」
フェイクに言われ渋々と言った具合にロンツェは手を離した。その後ボルクスは襟を正すと仮面の男を再び睨み付ける。
「部下の教育がなっていないな。この調子で王都の制圧など本当に出来るのか? 先が思いやられるぞ」
「すまなかった。部下にはよく言って聞かせる。お前の要求も呑もう。ベラル、ボルクス男爵の護衛についてくれ」
「かしこまりました。では魔獣の運搬と解放はモルーにやらせます。細かい指示などはアタシが無線で行いつつ進める、という形でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。ボルクス男爵、これでいいか……?」
「問題ない。それと護衛の数は30人も必要ない。そんな数をぞろぞろと引きつれていては移動の邪魔になるからな。ベラルの他に2、3人ほどいればいい」
「わかった。他には何かあるか……?」
「今日行われる騎士派遣の会議――まだ結果は出ていないが、ほぼ間違いなく大量の騎士が派遣されるだろう。なにせ七大貴族のベルディアス家当主が『ラクロアの月』が潜伏している場所の近くで病に伏しているのだからな。まあ派遣の許可が下りる理由は場所が王都から比較的に近いこのアルシェであることも大きいがね。とにかく騎士が動けば王都の警備は手薄になるだろう。そこが狙い時だ。タイミングを見誤るなよ」
「ああ。だが騎士に計画が漏れている可能性がある。派遣まで何もせずに長々とは待っていられない。作戦の第一段階である魔獣の輸送は明日始めるが構わないな?」
「好きにしろ。私が言ったタイミングとは作戦の第二段階である王都に攻め入るタイミングだ。魔獣の輸送自体は明日でも構わんよ。どのみち明日か明後日には騎士たちがアルシェに到着するだろうからな。魔獣の存在が露見する前に場所を移した方がいい。そこから先はお前たちに任せよう。そして明日の護衛は時間厳守だ、それだけは忘れるな。……私の話は以上だ。後は好きなだけ会議とやらを続けるといい」
そう言うとボルクスは大広間の扉を開け出て行った。それを忌々しそうに見ていたロンツェは開口一番に吐き捨てる。
「……ジジイが、調子づきやがって! 何が資金源だ、財布の分際でッ!」
「いい加減にしろ、ロンツェ」
「ふぇ、フェイク様……し、しかしあの野郎はフェイク様に対していくらなんでも無礼すぎます……!」
「……ロンツェ、私に忠誠を誓ってくれるのは嬉しいがお前は軽率すぎる。場合によっては強気に出るのもいいだろう、だが時と場所と相手を考えろ。あの男は我々の重要な支援者の一人だ。今後は出来るだけ丁重に扱え。いいな……?」
「う……は、はい……す、すみませんでした……」
先ほど仲間割れを止めた時よりは弱いが、フェイクから発せられる威圧感に屈したロンツェはうなだれるように首を振った。その様子を見ていたレインは噴き出す。
「っぷ……脳金ゴリラすぎるぜロンツェちゃんよぉ。そんなんじゃ出世は無理だな」
「こ、この野郎レインッ……!!!」
「コラコラすぐキレんなって注意されたばかりだろ? フェイクが見てんぜ」
「ッ……!」
じっとこちらを見つめるフェイクに気づいたロンツェは悔しそうに歯噛みしながら振り上げた拳を下ろした。その様子を見たレインはさらに笑う。
「そうそう、いい子だぜロンツェちゃんは」
「レイン、挑発はやめろ。お前も少し口が過ぎる。自制を覚えろ」
「へいへい」
フェイクに注意され、つまならそうに言うとレインはソファーにドカッと座った。その直後全員が再びソファーに座り会議が始まる。最初に口を開いたのはベラルだった。
「フェイク様、一つ聞いてよろしいでしょうか……? ボルクス男爵の亡命の手引き、いくらなんでも時期尚早すぎませんか? 計画が騎士に漏れているとしても、まだ我々と男爵の関係まで気づいているとは思えないのですが……」
「確かにな。だが、どうも最近我々とボルクスの関係を疑い探りを入れてきている輩がいるらしい。おそらくボルクスはそいつを警戒して亡命を早めたのだろう」
「探りを……いったい誰なのですか……?」
「レイナード・フォン・キングフロー。キングフロー家次期当主に内定している男だ」
「レイナード……確か長兄たちを押しのけて家督を奪い取った男ですよね。類い稀な才覚の持ち主と以前風の噂で聞いたことがあります」
「ああ。優秀でしたたかな男らしいな。ディルムンドの反乱の際もアルフレッドを含むほぼすべての騎士や王侯貴族たちが洗脳される中で影武者を立てることにより洗脳を免れ、行方をくらまし反乱鎮圧後に人知れず戻って来たそうだ。おそらく独自の情報源を駆使してディルムンドの行動をいち早く予期し己に降りかかる悲劇を未然に防いだのだろう。ボルクスが警戒するのも頷ける。話を聞く限り器は現当主のガシュードよりも上だろうな」
「なるほど。そんな男が探りを……では亡命の件も感づかれている可能性がありますね」
「そうだな。護衛の際は細心の注意を払ってくれ」
「了解しました」
ベラルがそう言うと、レインがふと何かに気づいたように口を開く。
「そういえばよ、あの爺さん家族いねーの? 亡命の準備も一人だけだったしさ」
「ボルクスは十七年前に家族を失って以来天涯孤独の身だ。養子や後妻の話も全て断ってきたらしい」
「へえ……そりゃまたなんで」
「この国に復讐するためだろうな。そもそも奴が我々と手を組んだのは家族を失ったことに起因する」
「え、なになに、もしかして不幸話か? 面白そうだな教えてくれよ!」
嬉しそうに聞いてくれるレインにフェイクはため息をつく。
「……興味本位だけで聞きたいのなら話すつもりは無い」
「なんだよそんなケチくせえこと言うなよー!」
「……皆、他に何か確認事項はないか……? なければこれで会議を終わろうと思うが」
「はいはーい! ボルクス男爵の不幸話が聞きたいですせんせー!」
「……それでは皆、これで会議は終わりだ。全員明日の準備に取り掛かれ」
「おい無視すんなよコラ!」
ブーイングをあげるレインをさらに無視したフェイクは話を切り上げると立ち上がり、頷いた他の部下達も立ち上がった。そんな中、天井裏で息を殺していたラグナは携帯の録画モードを停止すると震える手で端末をポケットにしまう。ボルクス男爵が登場したことで思考が止まっていたものの体は証拠を押さえるべく勝手に動いていたのだ。だが未だにその脳内は混乱していた。
(……ボルクス男爵が……『ラクロアの月』と通じていたなんて……それに奴らの会話にも出て来たレイナード様……探りを入れていたってことは、あの人はこのことを知っていたのか……? ……でも俺達やリリにはそのことを伝えていない……どうして……それに奴らの計画……王都に攻め入るってどういうことなんだッ……!?)
しかし情報処理の追いつかないラグナを置き去りにして眼下の敵たちは大広間の扉に向かって動き始める――ただ一人、ソファーに座った赤毛の少年を除いて。
「……レイン、何をやっている。行くぞ」
「ああ、先行っててくれ。疲れたんでちょっと休んでから行くわ」
入口近くで振り返ったフェイクに促されたレインだったが、手をひらひらと振って拒否する。それを見たロンツェは額に青筋を浮かべながらドスドスと足音を立てて赤毛の少年に近づいて行った。
「てめえ! フェイク様の命令が聞こえなかったのか!」
「聞こえたぜ。そのうえで拒否したんだっつーの。つーかお前まーたキレてないか?」
「時と場所と相手を考慮してるから問題ねーんだよ今はな!」
「いや相手は考慮してねーだろ。幹部補佐の俺の方がお前より格上なんだからよ」
「格上だっつーなら格上らしい態度を取れや! いつもふざけた態度取ってるてめえなんざ、どんなに強かろーがただのクソガキにしか見えねーんだよ! それにフェイク様の命令がこの場ではなによりも優先されるに決まってんだろーが! いいからさっさと来い!」
ロンツェがレインの肩を勢いよく掴んだ瞬間、赤毛の少年はおちゃらけた雰囲気を一変させ自らを掴む相手をギロリと睨み付ける。
「おい――俺に触るな」
「ッ……!」
少年から発せられる威圧感に驚いたロンツェは思わず手を離してしまう。それからすぐに雰囲気をいつも通りに戻したレインは愉快そうに言い放つ。
「安心しろって。少し休んだらすぐに追いかけっからよ。先行ってろって。な?」
フェイクはそんなレインを一瞥した後、部屋に背を向け一言つぶやく。
「あまり遊びすぎるなよ」
「……わーってるよ」
二人が何を言っているか理解できない他三人は怪訝そうな顔をするもフェイクが部屋を出ていったため、ワディはすぐに追いかけロンツェもレインを睨み舌打ちしてその後を追った。ベラルも出て行った三人と同じように部屋を出ようとするも、その前に赤毛の少年に向かって言う。
「……レイン、今回はアタシの負けよ。けどいつか必ずアタシはアンタを殺して幹部補佐の座を取り戻す。覚えておきなさい」
「ああ、せいぜい頑張れや。だけどな、スピードばっか鍛えても永久に俺には勝てねーぜ。それとこれは忠告だ。お前の『神速』とかいう通り名の由来になった『月光術』――ありゃ欠陥技だから使わねー方がいいと思うぜ」
「な――欠陥技……ですって……そ、そんなわけないでしょう! あれはアタシの持つ術の中で最速のスピードを持つ最強の術よ! あの風の結界の中に囚われた敵は身動きも取れず切り刻まれ最終的には首を斬り落とされ死ぬッ! 三分間、あの空間でのアタシは無敵なのよ! 例外は無――ッ……」
ベラルはそこで言葉を止め表情を苦々しいものに変えると、その様子を見たレインが代わりに話し続ける。
「そう――例外がここにいるよな。幹部補佐の座を賭けて前戦った時、あの術は俺に破られてる。使用法を改良しない限りいづれ俺以外の誰かにも見切られて突破されるぜ、確実にな。お前だって本当は気づいてるんじゃないか、術の欠陥に。あの術を自分の必勝法と思ってるみたいだが、現実直視した方がいいと思うぜ」
「ッ……!」
大きく目を開いて口を一度開けたベラルだったが、何も言わずに口を閉じ悔し気な顔になる。どうやらレインの言う『欠陥』について心当たりがあるようだ。その一分後、黙ってこちらをにらみ続ける男に嫌気がさしたのか、少年は入口に手をやった。
「俺からの忠告は以上だ。この助言を生かすも殺すもお前次第だぜ。ほれ、仕事があるんだろ? さっさと行けよ。愛しのフェイク直々の命令だぜ」
「……ふん。アンタに言われなくともわかってるわよ」
フェイクの名を聞きハッとした表情になったベラルは忌々しそうに吐き捨てると大広間を出て行く。残されたのはレインただ一人だけ。ラグナはここから先どうするか悩んでいた。
(この場に残ったのはレインだけ……フェイクたちは行ってしまった。この先、どうするべきか……ここに残ってレインの様子を見るか……それともフェイクたちを追うか……地下に行ってリリと合流するっていう手もある……というかリリは大丈夫だろうか……まだそれほど時間は経ってないけど……うん、やっぱり、リリが心配だ。ここは地下に――)
ラグナがそう決断した瞬間――レインがゆっくりと立ち上がり独り言にしては大きい声でしゃべり始める。
「しっかしここカビくせーよな。ま、古い木造建築だから仕方ねーけどよ。だけどよぉ、この建物の中で比較的マシなここでさえこんだけくせーとなると――屋根裏はどんだけくせーんだろうなぁ……?」
「ッ……!」
不気味な笑みがこちらに向けられ眼下の少年と目が合った時、背筋に鳥肌が立つ。そして青い光を纏ったレインが不意に蹴り上げたソファーがラグナのいた場所に激突し屋根裏部屋の一部が損壊した。当然屋根裏に居た侵入者は下に落下しその姿を白日の下にさらす。
(くッ……最悪だ。まさか気づかれるなんて……)
なんとか両足で着地出来たが、最悪の状況に表情はこわばる。さらに破壊音を聞きつけた『ラクロアの月』の構成員と思われる者達の足音が廊下から聞こえて来た。
「レイン様、今の音はいったいッ!?」
「大丈夫ですかッ!?」
「今、そちらに行きます!」
レインを心配した声と共に構成員たちによって扉が開けられそうになる。まさに万事休すというべき場面にラグナは息を飲むが、赤毛の少年は予想外の声をあげた。
「入ってくんな! なんでもねーよ!」
外に怒鳴るようにして言うと扉が開けられる直前で止まる。
「し、しかし今の音は……」
「ちょっとネズミを見つけたからモノを投げつけただけだ。心配ねーよ。お前らは持ち場に戻れ。これは命令だ」
「わ、わかりました……」
レインに言われた男たちは渋々と言った風にそう呟くと、扉から離れて行った。足音が遠ざかり何も聞こえなくなったタイミングで赤毛の少年はこちらに向けて楽しそうな笑みを浮かべて言う。
「さてと――町で会ってからそんなに時間も経たずにこうしてまた会えるとはな、嬉しいぜ。んじゃあちょっとお話しようか、でっかいネズミ君よぉ」
「……話? いったい何の話をするって言うんだ……?」
ラグナは静かに銀色の『月光』を纏うと腰のホルダーから『月錬機』を取り出そうとしたが、その前にレインが口を開く。
「待て待て。別にここでおっぱじめるためにお前を降ろしたわけじゃねえんだよ。お前どこかに行こうとしてたみたいだからそれを止めるためにやったんだ」
レインは『月光』を解除し戦闘する気は無いと態度で示すも、それを信じられないラグナは『月錬機』に手をかけた状態のまま『月光』も解かず警戒を強める。それを見た赤毛の少年はため息をついた。
「まあとにかく聞けって。お前あれだろ? 『黒い月光』の使い手のラグナ・グランウッドだよな? 屋根裏で俺らの話は聞いてたと思うけどよ、もしかしてカーネル湖の魔獣を殺した件ってお前が関わってたりする?」
(……こいつ……もしかして最初から俺が隠れていたことに気づいていたのか……? だとしたらどうしてあの場で何も言わなかったんだ……)
額に汗をかきながら思案に暮れるラグナに対してレインは急かすように言う。
「おい、どうなんだよ? お前が魔獣どもを殺したのか?」
「……だとしたらどうだっていうんだ」
「ふーん……そうかそうか、なるほどね。やっぱお前が犯人か。俺の推測が合ってたってことね」
うんうんと頷くレインの行動を訝し気にラグナは観察していた。なぜ問答無用で襲ってこないのかという疑問が頭をもたげる。だがその解を得る前に赤毛の少年はさらなる驚愕の一言を言い放った。
「なあお前、俺達の計画について詳しく知りたくないか……?」
「……なんだって……?」
「だから俺らが明日やろうとしている作戦について詳しく教えてやるって言ってんだよ。屋根裏で聞いてた情報だけじゃよくわからなかっただろ?」
「…………」
この一言には流石にラグナも絶句した。
(……何を……言ってるんだこいつは……意味がわからない……)
唖然とするラグナを置き去りにしたレインは勝手に話し始める。
「まず明日の計画についてだが――」
「ま、待てッ……! お前は何を言ってるんだッ……!? 俺はお前たちの敵だぞッ……!? なぜわざわざ情報を漏らすような真似をするんだッ……!? もしかして、投降するつもりなのかッ……!?」
「……投降……? いやいや、そんなわけねーだろ。お前が計画を邪魔してくれればそれが俺の利益になるからこうして教えてやってるだけだ。お前だって情報収集のためにあんなかび臭い場所で隠れてたんだろ? だったら黙って聞いとけよ。それにこれから俺が話す情報をどうしようがお前の自由だ。嘘だと思うなら使わなくてもいいし、本当だと思うなら活用しろよ。別にこの話を聞いたところでお前の不利益になるようなことは何もないんだからよ。黙って聞いとけって。んじゃあ話すぜ」
真意を測りかねていたラグナをよそにレインは一方的に話し始める――『ラクロアの月』が企てている王都制圧計画の全容が予想だにしない形で明らかになろうとしていた。