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29話 仮面の下の赤き眼光

ラグナは屋根裏で息を殺しながらどうするか決められずにいた。


(……どうする……『黒い月光』を使って突入するか……それともこのまま様子を見るか…………いや、決めるまえにとりあえずいったん落ち着こう。焦ってもしょうがない……とにかく一度状況を整理した方がいい)


 ラグナは音を立てないように深く息を吸うとゆっくりと吐き出した。


(……眼下には討伐目標のフェイクがいる。アルフレッド様の話によればフェイクの実力は『黒い月光』を使った俺と互角かそれ以上。しかもそれはフェイク単体での話、現在そばには直属の部下が四人控えている。わかっているのはベラルの力のみ。他の三人の実力は未知数。そのうえ肝心要の『黒月の月痕』がフェイクに共鳴するように異常な反応を見せてる。そのことを踏まえると、ここは――)


 ラグナは未だに熱を帯びて異常な光を発する左手を右手で握りしめ決断した。


(――様子を見るしかないな……敵の数や実力もそうだけど『黒月の月痕』がこんな反応を見せたことがなによりも不気味すぎる……情けない話だけど討伐は諦めて情報収集に切り替えよう。このまま不用意に突っ込んでも返り討ちに遭う可能性が高そうだ)


 目的を情報収集に切り替えたラグナはソファーに座った五人を見据えながら耳を澄ませた。するとフェイクがベラルの方を向いて何かを話し始める。


「ベラル、開発した『変異体』と『合成魔獣』の様子はどうなっている?」


「万全の状態です。いつでも計画を始められます。しかしカーネル湖からこの町に運び込まれるはずだった個体がまだ届いていないのですが……」


「カーネル湖で開発していた個体は輸送前に全て騎士によって殺された」


「なッ……!?」


 それを聞いたベラルは声を上げて顔を引きつらせ、レインは敵を称賛するように口笛を吹く。他の者も声こそあげなかったがその顔から驚いているのが見て取れた。しかしフェイクはそんな部下の様子など気にも留めず淡々と話し続ける。


「ゆえにここにいる個体だけで計画を行う。そのつもりで準備を進めてくれ」


「わ、わかりました……し、しかし本当なのですか……? 騎士によって皆殺しにされたというのは……あそこでは『リヴァイアサン』をはじめとする戦闘能力の高い個体が数多く開発されていたと思うのですが……とても騎士如きに対処できるものとは……」


「事実だ。詳細は不明だが様子を見に行った部下の一人が報告をあげている。屋外にあった魔獣の惨殺死体とそれを調べる数人の騎士を目撃したそうだ」


「そ、そうですか……では大部隊で制圧したか、何らかの薬品か機械、もしくは爆撃などをを用いた方法で魔獣を殺した、と見るべきですね」


「そうかぁ? 俺はどれも違うと思うがな」


 ベラルの意見に対して間髪入れずレインは否定した。当然即座に意見を否定された本人は面白いはずもなく睨み付けると同時に食って掛かる。


「……何、否定する根拠でもあるわけ?」


「もちろんだ。まず大部隊での制圧っていうのはあり得ない。なんでもディルムンドの反乱後、王都に住む位の高い王侯貴族共はビビりまくって王都の騎士団本部から他の町や地域に騎士を派遣することを渋ってるらしいぜ。まあ王都をディルムンド一人に任せて大部隊でフェイク討伐に向かった結果、この国の中枢は制圧されかかったわけだし疑心暗鬼になるのもわかるがな。だからカーネル湖みたいな王都から離れた場所にそんな大人数を派遣するとは思えないね」


「……だとしても航空機を使った爆撃の可能性はあるでしょ。アタシたちの知らないなんらかの装置や毒ガスなんかが使用されたことだって十分考えられるわ」


「爆撃っつーのは明らかに痕跡が残る方法だ。そんな手段を取ったなら様子を見に行ったって奴が詳細不明なんて報告はしないだろう。あとなんらかの装置を使うってのも現実味が無いな。あの大量のデカブツどもを皆殺しにするほどの大掛かりな装置を起動するにはそれ相応の人員が必要だろうし、王都から騎士を派遣できない以上これも可能性は低いだろう。毒ガスはまあ魔獣が檻に入ってる状態でかつ室内って条件付きなら可能なんだろうが魔獣の死体が発見されたのは屋外なんだろ? つまり魔獣どもは外に出た状態で殺されたことになる。だからそれも不可能だな」


「……だったらどうやって魔獣は殺されたっていうのよ」


「戦闘で皆殺しにされたんだろうな」


「……アンタ、言ってること滅茶苦茶よ。大部隊は派遣できないって言ったのはアンタでしょうが」


「別に滅茶苦茶なことは言ってないぜ。大部隊の派遣は無理でも少人数なら派遣も可能だろうしな」


「ハッ……何を言い出すかと思えば。馬鹿馬鹿しい。少人数であれだけの『変異体』と『合成魔獣』を皆殺しに出来るわけないでしょう。あの中には戦略級の生物兵器である『リヴァイアサン』もいたのよ。どうやって戦ったらあんな怪物たちを数人で倒せるっていうのよ」


 吐き捨てたベラルに対してレインは含み笑いをするとズボンのポケットから折りたたまれた一枚の雑誌の切り抜きを取り出した。そこには大仰な謳い文句と共にある一人の少年の姿が写っていた。 


「お前らもディルムンドとハロルドの反乱を制圧した英雄様の話くらい聞いた事あんだろ? この雑誌に載ってる奴がそうらしいぜ。なんでも千年前にクロウツが使ったとかいう伝説の『黒い月光』を使えるんだとさ。そんで、俺の推測だが、カーネル湖で魔獣を殺した件はこいつが関わってると思うんだよ。……おい聞いてっかベラル」


 手で口を覆い隠しながら大きく目を見開いたベラルにレインは訝しげな表情を向ける。


「……この写真の坊や……廃工場を襲撃してきた騎士の中にいたわ」


 ベラルのその言葉を聞きフェイク以外の全員の顔が驚愕に染まり、レインは愉快そうに笑う。


「おいおいマジかよ。まあ俺も実はさっき町で会ったんだけどな。つっても会った時はこいつだってわからなかったんだけどよ。どっかでみたことあんなぁって思ってはいたんだが……会った後、前見た雑誌読んでる時にこの記事見つけて思い出したわけよ。で、ベラルさんよぉ、襲撃してきたってことは戦ったんだよな? どうだった? 伝説の力は拝めたのかい?」


「……いいえ。この坊やは『黒い月光』なんて使わなかったわ。使ったのは普通の『銀月の月光』よ。実力自体もそこまで突出してはいなかった。ただ……」


「ただ……?」


「……それが『黒い月光』の力かどうかはわからないけど……戦っていて得体の知れない力を一瞬感じたわ。まるで怪物と対峙してるような……そんな奇妙な感じを」


「へぇ……それはそれは……あーあ……俺もあん時、戦っときゃよかったな」


 レインが髪の毛を弄んで悔しがっているとそれまで黙ってたロンツェがテーブルを叩いた。


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺もそいつの記事は読んだことあるが、それはディルムンドの失脚っていう問題から世間の目を逸らさせるためのプロパガンダみたいなもんだろッ!? 実際のところは『黒い月光』なんてものは無くてよ、ディルムンドとハロルドがへまして生き残ってた騎士たちに逆襲されて負けただけなんじゃないのか!? 信じられるかよそんな話! だいたいそんなすげえ力があるんならなんでベラルと戦った時にその力を使わなかったんだよ! おかしいだろうがッ!」


 ロンツェの言葉を聞いたレインは頬杖をついてあくびをしながら答える。


「まあ確かにな。けどネットじゃ『黒い月光』を使った時に出るっていう『黒い三日月』を見たっていう連中が結構いるぜ」


「ネットの情報なんざあてになるかよ。あんなもん話題に便乗してあることない事書かれまくる無法地帯だろうが。それこそディルムンドの件をうやむやにしたいこの国の宣伝担当者が素人に成りすまして適当な情報流して一般人をけむに巻こうとしてるんじゃねえの。もっとはっきりとした証拠だせよ証拠」


「証拠ねぇ。なんか話によると『黒い月』はそっこーで消えるらしいから動画とか写真はあんまし出回ってないらしいぜ。一部では動画サイトとかで見れるらしいが」


「そんなもん加工でどうにでもなるだろ。その程度の証拠じゃ俺は信じねえ」


「お前どんな証拠出しても信じねえだろたぶん……じゃあカーネル湖の魔獣はどうやって殺されたっつーんだよ。俺の意見を否定するならお前の考え言ってみろや」


「そ、それは……あれだろ……なんか……そうだ! ハロルドだ! 向こうにはハロルドがいるんだろ? ハロルドがなんかすげえ発明品を作って、それを騎士が使って魔獣を殺したんだ! ハロルドなら小型で強力な兵器だって作れるはずだしな! 間違いねえぜ!」


「なんかすげえ発明品ってなんだよ……。具体性に欠けるうえに適当すぎんだろ……」


「うるせえ! 『黒い月光』なんつー与太話より俺の考えの方がよっぽど現実的だっつーの!」


「二人とも言い争いはよせ。もういい、この話は終わりだ。推測しかできない以上この話を続けても意味が無い」


 意見をぶつけ合うレインとロンツェを諌めたフェイクはベラルに目を向けた。


「ベラル。騎士にアジトの場所が知られていた以上計画も漏れている可能性がある。よって計画を前倒しして行う」


「わかりました。決行はいつ頃でしょうか?」


「明日だ。指揮はお前に任せる」


「……了解しました。フェイク様はどちらに?」


「私はラフェール鉱山で第二陣に備える。レインたちは連れて行くが、問題ないな?」


「はい。部下の数は十分にいるので問題ありません。ですが……一つだけよろしいでしょうか?」


「なんだ……?」


 フェイクの問いかけに対して大きく深呼吸したベラルは鋭い目つきでレインを睨む。


「この機会を逃せばこの全員で集まることはしばらくないと思うのです。ですから……無理を承知でお願いします。フェイク様がここを発つ前に……今、ここでレインと勝負させてほしいのです。そして……勝った暁にはアタシをもう一度貴方の幹部補佐に据えていただきたい」


 それを聞いたフェイクは無言になり、レインは口角を吊り上げ不敵に笑う。ワディは何も言わなかったもののその細い目は大きく見開かれていた。この中で異議を唱えようと口を開いたのはロンツェのみ。


「な、なに言ってやがるッ……!? この大事な時に――」


「俺は別に構わないぜ」


「んな、レイン! てめえまで何馬鹿言って――」


 答えると同時に肩を鳴らし始めたレインにロンツェは非難を浴びせるが、それを遮るように仮面の男の声が響く――。


「いいだろう」


「フェイク様ッ……!?」


 思わぬ返答にロンツェの声は上擦るも、フェイクは続けて話す。


「ただし条件がある。勝負は一回――相手に致命傷を負わせる攻撃は無しだ。当然『月光術』の使用は禁ずる。そのうえで一撃先に入れた者の勝ち――この条件を呑めるのなら勝負を認める」


「……承知しました」


「レイン、お前もそれでいいな?」


「ああ、オーケーだ」   


 その返答を皮切りに立ち上がった二人はテーブルから距離を取る。幸い大広間の中で戦える広いスペースがあったためそちらに移動したようだ。ラグナが身を潜めている天井裏とは真逆の方向である。十メートルほど間合いを取ったのちベラルは犬歯をむき出しにして狂暴な笑みを浮かべた。


「くふふ……レイン……二年前、突然現れたアンタに幹部補佐の座を奪われてからずっとこの時を夢見て来たわ。この日のためにひたすら己の技を鍛えて、鍛えて、鍛え上げた。そして『月光術』を使わずとも『神速』に限りなく近いスピードが出せるようになったの。今見せてあげるわ」


 闘志を燃やしながら『月光』を纏い、足に取りつけられたホルスターの中から『月錬機』を取り出し変形させる。だが柄の部分が鎖で繋がれた鉈のような双剣型『月錬機』を展開したベラルに対してレインの方は何のリアクションも無く、なぜか近くにあった戸棚の引き出しを開けるとゴソゴソと音を立てて漁り始める。


「……アンタ、何やってるのよ」


「んー……ちょっと待ってろよ。今探して……お、あったあった」


 そう言うとレインは戸棚から食事に使うステーキナイフを取り出しベラルに見せつけた。


「……それがどうしたのよ。さっさと戦いの準備をなさい」


「もう出来たぜ」


「……は……?」


 唖然とするベラルに対してレインはナイフを指でなぞりながら愉快そうに言い放つ。


「俺はこれ一本で戦ってやるよ。ああ、それと『月光』は使わないでおいてやる。なあに、気にするなって。頑張って修行したお前に対する俺からのご褒美だ」


「……ふ……ふ……」


 レインの言葉の意味を理解した瞬間、ベラルの体がカタカタと震えはじめる。その震えがどういう意味を孕んでいるかなど、言葉を交わさずともその場にいた全員はわかっていた。それはまごうことなく怒りによる震え。挑発を通り越した侮辱――それを受けた本人は、顔に血管を浮き立たせ目を血走らせながら吠える。


「ふ――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!」


 咆哮を上げたベラルは四足獣のように身を屈めると床板がえぐれるほどの勢いで踏み込み高速移動を開始した。それは平面上の動きではなく壁や天井などを利用した立体的な動き。しかも恐ろしく速いため壁、床、天井を蹴る音から居場所を察知することはほぼ不可能だった。だがそんな絶望的な状況の中でレインはつまらなさそうにあくびをし始める始末。一連の流れを見ていたラグナだったが、現在の赤毛の少年の行動を理解できずにいた。


(なんであんな態度を取っていられるんだ……このままじゃ一歩的に嬲られるだけなのに……)


 そして足場を蹴るたびに加速していったベラルの速度はついに音速を超えレインに襲いかかる。


「アタシを舐めたこと、後悔させてあげるわレインッ!!!!!!」


 叫ぶと同時に足場にしていた天井や壁、床がほぼ同時に吹き飛ぶ。


(あれじゃどこから来るのかわからない……)


 光の残滓が漂い、床板や天井、壁の残骸が宙を舞う刹那の瞬間――ラグナはレインが床に崩れ落ちる姿を想像した。だが赤毛の少年は薄く笑うと、体を少し横へずらすと同時におもむろにナイフをゆっくりと振り上げる。その直後、床に着地したベラルの姿が現れた。だがその表情は苦悶に満ちており、すぐに膝立ちで座り込んでしまう。よく見るとその右足には斜めの切り傷が付けられており血が溢れ出していた。


「はい残念。俺の勝ち」


「ぐ、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ……!!!!!!」


 軽く勝利宣言したレインに対して対してベラルは歯茎から血が出そうなほど悔しそうに歯を食いしばる。どうやら未だにこの酷い現実を直視できないようであった。


(……速度はベラルの方が上だったのに……なんで……)


 ラグナはつまらなそうに再びあくびをしたレインを注視する。


(フェイクだけじゃない……このレインという男……得体が知れない……)


 ラグナが認識をあらためているとレインが敗れたベラルの方へゆっくりと歩き始める。


「おいおいそんな悔しそうな顔すんなよ。そこまで悔しがるほど幹部補佐なんかに戻りたいのかお前はよ」


「……なんですって……」


「そう怖い顔すんなよ。なんだったら幹部補佐にしてやってもいいぜ」


 そう言うとレインはしゃがみ込みベラルに耳打ちする。


「俺はこのまま幹部補佐でいる気はねえ。いずれは幹部にのし上がる。そう、フェイクをぶっ殺して幹部の座をいただくつもりなんだよ。それで、俺が幹部になった後ならお前を幹部補佐にしてやってもいい。俺の為に馬車馬みたいに働く覚悟があるならなぁ」


「……れ……レインッ!!!!!!」


 邪悪な笑みを浮かべた赤い悪魔にフェイクを殺すとそう告げられた瞬間――完全にキレたベラルは殺すつもりで剣を横薙ぎに振るうも、レインに見切られ後ろへ跳ぶことで回避される。


「おっとと、あぶねえな」


「……レイン、やっぱりアンタはフェイク様の隣に相応しくないッ……! アタシがここで排除するッ……!」


「排除、ねえ。くくく、出来るのか? お前に? なら――見せてくれよ」


 青い『月光』を纏ったレインはここで初めて構えを取った。ベラルも同様に構えると、流れ出る血をものともせず眼前の相手に全神経を集中する。だがここで立ち上がったフェイクが声をあげた。


「お前たちやめろ。もう勝負はついた。これ以上無駄な戦いはよせ」


「フェイク様、確かにアタシは負けましたッ! ですが、こいつは危険です! 傍に置いておけばいずれ必ず貴方の身を脅かしますッ! だからここで消しておいた方がいいッ! 後生です、止めないでください!」


「そうだぜフェイク。お前に対するカマホモの熱い思いを汲んでやれよ。それにこんな中途半端な形で終わっちまうと欲求不満になるぜ。血が流れたんだ、納得いくまで斬り合うのが道理だろ。たとえどちらかが死ぬことになろうともな」


 フェイクの言葉を無視してジリジリと間合いを詰めていく二人を止めるべくワディは無言で立ち上がり、ロンツェも怒声を浴びせようとそれに続き口を開くも――。


「て、てめえらフェイク様の命令に……従えっ……て――ぐぅッ!」   


 しかし部屋を満たすほどの膨大な『月光』を纏い互いにぶつけ合うよう展開する二人に押され何も言えなくなってしまう。このままでは二人のうちどちらかが死ぬまで続く戦いの幕開けになる――誰もがそう思った矢先――ラグナの背筋が凍り付き体がガタガタと突然震えはじめる。そして赤黒く光っていた左手の『黒月の月痕』を黒炎のようなオーラが包み込んだ。続いて間髪入れずそれに呼応するように部屋の空気が凍り付き、空間が軋むような錯覚を覚える。押しつぶされるような重圧がある場所から放たれていた。どこからそれが発せられているのか,理解したのは仮面の男が呟いた後。


「聞こえなかったか?」


 静かながらも怒気を含んだその声が響いた瞬間――ラグナを含むすべての人間が息を飲んだ。


「やめろと言った。二度言わせるな」


 フェイクから放たれていた殺気は全員を委縮させ恐怖の渦へと叩き落した。仮面の穴から覗く、赤く発光した瞳を見たそれぞれが死のイメージを感じ取り冷や汗をかく。ラグナはまるで巨大で醜い怪物に食い殺される姿を思わず幻視してしまい体を震わせながら両腕で体を抱いて必死に耐えていた。眼下の人物たちもそれは同じようだ。ロンツェとワディは恐怖のあまりへたり込んでしまい黙って震えている。レインとベラルも動きを止めており、いつの間にか纏っていた光も消えていた。


「……チッ……!」


「も、申し訳ありません……ふぇ、フェイク様……アタシ、頭に血がのぼって……本当に申し訳ありませんでした……どうかお許しください……」


 舌打ちしたレインはナイフを下げ戦闘態勢を解除し、ベラルは震えながら平身低頭でひたすら謝る。赤毛の少年はフェイクの殺気に動じていない様子を見せていたが、その額にはじっとりと脂汗が浮き出ていた。あの悪態は恐怖を誤魔化すための手段だったのだろう。しばらくの間誰も動けなかったが、突然扉がノックされる。その音を聞き殺気を収めた仮面の男は扉に向かって短く呼びかける。


「入れ」


 すると部屋に一人の男が不機嫌そうに入って来た。未だ恐怖に打ち震えていたラグナだったが、入室したその男を見た瞬間冷水を頭にかけられたように大きく目を見開く。


(……そんな……どうして……あの人が……)   


 部屋に入って来た老紳士――それはアルシェで別れた人物だった。しかしその顔は以前見た優し気な紳士然とした風貌とはまるで別人。眉根を寄せ目を細めたその顔はひどく冷酷に見えた。そして驚くラグナの気持ちもお構いなしに老紳士はフェイクに言い放つ。


「いつまでやっている。私も暇ではないんだ」


「待っていて欲しいと言ったはずだ――ボルクス男爵」


 フェイクの言葉に対し――この町を統べる領主リカルド・フォン・ボルクスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

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