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28話 共鳴

 バスに揺られる事一時間、ラグナ達はとうとう目的地に到着した。バス停に降り立ち辺りを見回す。道路こそ舗装されていたものの周囲は見渡す限りほとんど木しか存在しない。貰った三枚の紙のうち二枚目をめくるとそれは森の周辺の地図になっていた。見てみると、地図上のバス停から森の真ん中まで赤い線が引かれており、館のある場所には赤い丸が付けられている。さらに館から北に青い線が伸びているのだがこれは館についてから使う目印なので今はいいだろう。


「……行こう。ここから東にまっすぐ八キロほど進むと館があるみたいだから」


「……了解……ところで鳥さんは連れて来なくて良かったの……?」


「うん。本当は偵察役として来てほしかったけど……病院で話し合った結果、指揮官役としてジョイには町に残ってもらったんだ。今町には全体の指揮を執れる騎士がいないからね。彼ならアルフレッド様やブレイディアさんと長く一緒にいただろうから指示の出し方なんかもわかるだろうし、現状俺なんかよりもよっぽど指揮官に向いてると思うよ」


「……そっか……でも……鳥さんが……先輩たちの指揮を執る……なんだかシュール……」


「あはは……」


 ラグナは苦笑しながらバックからコンパスを取り出すと方角を確認して進み始めた。それから周囲を警戒しながら五十分ほど歩いてみたものの周りにそれらしき建造物は未だ見当たらない。少年は額に嫌な汗をかき始める。方角こそ間違ってはいないものの、周りは似たような木ばかりで進んでいる方向が合っているか不安になってきたのだ。


「……リリ、周囲に何か建物は見え――」


「……ッ!? ……ラグナ、危ないッ……!!!」


 突如飛びかかって来たリリスに押し倒されると、ラグナが先ほど立っていた場所に五十センチほどの丸い岩が飛んで来た。岩は木々をなぎ倒しながら進みそのままも森の奥に消える。死角から飛んで来た攻撃に愕然としながらも少年はゆっくりと立ち上がると身を屈め、少女もそれに続いた。


「……リリ、ありがとう。助かったよ。それと迷惑かけてごめんね」


「……ううん……仕方ない……今のはラグナから見て完全に死角だった……気づかなくてもしょうがない……それよりどうする……?」


「……このまま身を屈めながら岩の飛んで来た方向に向かおう。とにかく相手を見つけなきゃ戦うこともできないから。リリは左側から回り込んで。俺は右から行く。あと『月光』は目立つから相手を見つけてから纏うことにしよう」


「……了解……」


 二人は屈んだ状態で動き出し岩が飛んで来た方向に向かう。ラグナは進んでいる最中に己の失態を恥じた。


(……もっと気を張っておくべきだった。たとえ死角からの攻撃だとしても注意していれば岩が飛んでくる音くらい聞き逃さなかったはずなのに……館を見つけられない焦りで集中力が切れるなんて……本当に駄目だな、俺は……でも落ち込んでる場合じゃない。一刻も早く俺達を見つけた相手を倒さなきゃ、他の敵に知らされる前にッ……!)


 落ち込む心に喝を入れ、中腰のまま出来るだけ素早く進む。途中何度か岩が放たれたようだが、全てあらぬ方向に飛んで行った。敵はこちらを見失っているのかもしれない。これを好機と捉えたラグナはさらに速度を上げていった。進み続けていると、やがて木々の少ない開けた場所に出る。


(……敵の姿が見えない。確かこっちの方向だったはずなのに……もう少し先か……?)


 低い姿勢のまま視線を彷徨わせていると、不意に小石のようなものが頭上からポロポロと落ちて来た。その瞬間、背筋に寒気を感じ咄嗟に横に転がる。すると――ドスンという大きな地響きと共に、先ほどいた場所に巨大な岩の塊が降ってきた。舞い上がった土煙の中で唖然としていると、三メートルほどの丸い岩から手足と中央にくぼみが一つ空いた頭が生え人型に姿を変える。潰される寸前でなんとか攻撃を避けたラグナは、冷や汗をかきながらも変形した五メートルの巨人を観察し始めた。


(あ、危なかった……でも、あれは前に図鑑で見たことがある……えっと、名前は、ゴーレム……だよな……確か植物タイプの魔獣が岩や泥に寄生して作られるっていう特殊な魔獣だったはず……もしかしてさっきの攻撃は敵に見つかったんじゃなくてこいつのものなのか……?)


 土煙の中で目を凝らしているとゴーレムが動き始める。魔獣の中でもかなり動きが遅いと言われている岩の怪物に対してラグナが取った行動は――。


(……逃げよう。もしこいつが『ラクロアの月』と関係ないなら今関わる必要は無い。幸いここは森の奥、人も滅多に立ち入らない。放置しても問題ないはずだ。それよりリリと合流して急がないと……)


 先ほどと同じように身を屈め土煙にまぎれてその場を立ち去ろうとした次の瞬間――。


「ッ!?」


 ゴーレムがこちらに向かって飛びかかってきたのだ。とっさに銀色の『月光』を纏いこれを回避しながら横に転がる。未だ土煙が上がり続ける中、ラグナの頭は混乱していた。


(どうなってるんだッ……!? ゴーレムはこんなに速く動ける魔獣じゃないはず……)


 ゴーレムは地響きを起こしながら煙の中を走り、腕を振り回しながらこちらを攻撃してくる。ラグナはそれをなんとか避けながら思考を巡らせた。


(……そういえば『ラクロアの月』は『変異体』や『合成魔獣』の開発を行っていた……もしかしてこいつもその一体なのか……?)


 『ラクロアの月』の拠点の近くにいることや通常のゴーレムでは考えられない速度で動いている点から推測を立てたが確証はない。どうすべきか考えていると、不意に岩で出来た右腕が分離しこちらに向かって飛んで来た。それをかわし横に跳ぼうとしたラグナだったが、切り離された右腕は地面に着弾すると同時に爆ぜる。細かい岩の粒が散弾のように少年の体にぶつかり激痛のあまり動きが止まってしまう。


「ッ!? マズイッ――」


 その隙を狙うようにゴーレムは残った左腕を振りかぶり真正面からラグナに攻撃を仕掛けようとしている。岩が爆発した結果、その風圧で土煙は晴れ少年の眼には自身を殴殺しようとせまる巨岩の怪物がハッキリと見えていた。『黒い月光』を呼び出す暇も無く迫る巨大な岩の拳を前に双眸は大きく見開かれる。やられる――そう思った時だった――殴られる直前に岩の拳が空中で停止する。


 攻撃を途中でやめる――それだけでもかなりの驚きだったが、更なる驚きがラグナを襲う。


『……どうして……ここに……』


「なッ!? しゃべ……った……ッ!?」


 ゴーレムがぐぐもった声で突然言葉を発したのだ。ラグナはそれを聞いてギョッとした顔になる。その後拳を下ろした岩の巨人は驚く少年の顔をジッと見始めた。そこでようやく動ける程度に体の痛みが少し引いたため急いで巨人と距離を取る。だがゴーレムは突然戦闘をやめ動きを止めてしまった。


(…………どうして攻撃してこない。それにさっき確かにしゃべっ……たよな……魔獣がしゃべるなんて……いやでもジョイもしゃべってたし。やっぱり……こいつも『変異体』なのか。でも……なんで突然動きを止めたんだろう。それに『どうしてここに』ってどういう意味だ……?)


 発した言葉や行動の意図がわからず眉をひそめていると突然ゴーレムの背後から第三者の大きな声が響いた。


「おいッ! 敵はいたか!?」


 怒鳴り声に似た男の声はまだ距離的には遠かったが徐々に近づいて来ているようだった。その声が聞こえた瞬間、ゴーレムは突然動き出し左手をラグナに向けて来た。そしてその手から大量の土のようなものが放たれ少年の体は吹き飛ばされ木陰に追いやられると同時に土に埋もれ覆い隠される。


「ッく!」


 当然土から這い出ようとしたラグナだったが、ゴーレムはそれを制止するように左手で押さえつける。


『……動くな。もうすぐ奴らがここに来る。そこから出れば見つかるぞ』


 そしてその言葉の通りすぐにゴーレムの背後から野盗のような格好をした男達が現れた。ゆえに不本意ながらもラグナは指示に従い『月光』を消した後、大人しく土の中に身を隠す。直後現れた三人の男たちの一人――黒い短髪で赤いハチマキを額に巻いた男が口を開いた。


「……おい。侵入者はどうした?」


『……逃げた。バス停の方向に走って行った』


「なにぃ……てめえ、ちゃんと戦ったんだろうな?」


『当然だ。ただ敵の逃げ足が速かった。それだけのことだ』


「……チッ……おいてめえら。追いかけろ。逃がしたなんて言ったらベラルの姉御に殺されちまうぞ」


 男がそう言うと残りの二人が頷き赤と青の『月光』を纏い駆け出す。その場に残されたのはハチマキの男とゴーレムだけ。男は銀色の『月光』を纏うと岩の巨人を睨みながら横切る。そしてすれ違いざまに小さく呟いた。 

   

「……わかってると思うがよ。てめえは俺らに絶対服従の身なんだからな。もし妙な気を起こしたら……」


『……わかっている』


「ならいい。次はへまするなよ」


 そう言うとハチマキの男は地面を蹴り先行した男たちを追った。それから三分後、ゴーレムが土に埋もれていたラグナの方を見る。


『……もういいぞ。出てこい』


「…………」


 ラグナは言われた通りに土から這いだし木陰を出る。それを確認するとゴーレムはこちらに背を向けて歩き出した。


「ま、待てッ…! どうして俺を助けたんだッ……!?」


『……ここは危険だ。早急に立ち去れ』


 そう言うとこちらの問いかけを無視して森の奥に消えて行った。残されたラグナが呆然と立ち尽くしていると近くの茂みが揺れ始める。とっさに『月光』を呼び出し身構えると、茂みの中から見知った少女の顔が現れる。


「……リリ」


「……ごめん、来るのが遅れた……途中で魔獣が飛び出してきたから……戦ってたの……」


「そうだったんだ……でも無事でよかった」


「……うん……ラグナは、平気だった……?」


「そう、だね。なんとか……」


「……そういえば、敵は……?」


「……ここだと目立つからいったん木陰に行こう。そこで話すよ」


 『月光』を消した後、二人は敵に発見されないよう木陰に移動し、ラグナは先ほどあった出来事をリリスに話した。


「……そっか……そんなことがあったんだ……」


「うん。たぶんあのゴーレムは『ラクロアの月』が開発した『変異体』だと思うんだけど……どうして俺を助けるような真似をしたのかがわからないんだよね。それに最初は攻撃してきたのに、途中で攻撃を突然止めたこともわからない」


 ラグナが首を傾げていると、口元に手を当てて考えていたリリスが口を開く。


「……これは、推測なんだけど……最初、そのゴーレムは攻撃した相手がラグナだってわからなかったんじゃないかな……最初は遠くからの攻撃だったし、次は真上、その次は土煙が舞い上がってた……ラグナの顔を認識できなくてもおかしくはない……途中で攻撃を止めたのは土煙が晴れて攻撃した相手がラグナだってわかったから、じゃないかな……?」


「え……でもなんで俺が相手だと攻撃を止めるの……?」


「……知り合いだから、とか……?」


「ええ……ゴーレムの知り合いなんていないよ俺……」


「……そう、だよね……ごめん……今の推測は……忘れて……それより、これから……どうする……? ゴーレムに、警告されたんでしょ……? ……早急に立ち去れって……」


「うん……でも……」


 ラグナの脳裏にセガールやシスターの顔がよぎる。


「やっぱり進もう。このまま引き下がったらここまで来た意味が無いから」


「……うん……わかった……ラグナに従う……行こう……」


 リリスの言葉に頷いたラグナは先ほど以上に警戒し慎重に行動しながら館に向かった。



 その後、地面を這うように進んだため時間は先ほど以上にかかったものの、なんとか館が見える場所まで到着する。情報通り三階建ての館は発見できた、だが館に近づくにつれ警備が厳重になっていき、現在これ以上近づけば確実にバレると思われる位置で身動きが取れなくなっていた。茂みの中、這いつくばった状態で敵の警備を見ていたリリスは隣で同じように敵を観察していたラグナに小声で問いかける。


「……ラグナ、これ以上は進めない……絶対に見つかる……どうする……? ……強行突破……?」


「いや、館にはこれ以上近づかなくても大丈夫。ここから北に向かおう」


「……北……? ……なんで……?」


「ここから北に五キロほど進んだ場所に枯れ井戸があるらしいんだけど、井戸の底が館と通じる秘密の通路になってるんだって。だから館にはそこから入ろう」


「……そうなんだ……了解……」


 ラグナはリリスを伴うと這いつくばった状態で北へ向かう。しばらく進むと警戒網を抜けたのか見張りもほとんどいなくなったため、中腰で歩いているとひび割れた石造りの小さな井戸を見つけることが出来た。木の板で穴が塞がっていたためそれをどけると、近くにあった木に持ってきたロープを結び付け井戸の底に垂らす。そして託された三枚目の紙――館の見取り図とペンライトをバックから取り出した。


「それじゃあ俺から行くよ。俺が井戸の底に着いたら合図するから」


「……待って……その前にその見取り図、携帯で撮らせて……もしかしたら、はぐれるかもしれないし……」


「あ、そうだよね。じゃあ、はい」


「……ありがとう……」


 差し出された見取り図をリリスが携帯で写したことを確認するとラグナはロープを掴んで井戸の底へ降りて行った。十メートルほど下がったあたりで地下に到着し、ペンライトを点滅させ合図を送る。すると程なくして少女が上から降りて来た。その後、合流し左側に開いていた小さな石造りの横穴をペンライトを頼りに進んでいると、行き止まりと同時に鉄で出来た梯子を発見する。梯子の上には大きな縦穴が広がっていた。


「あれを上ると館内部に出られるらしいんだ。行こう」


「……館のどこに出るの……?」


「えっと……上り切ると屋根裏の隠し部屋に出るみたいだね。この隠し部屋は三階の部屋全部と繋がってて有事の際には避難経路として使われてたらしいよ。メモによるとどうもこの館は昔貴族の密会場所としていろいろな用途で使われてたみたいだね。だから結構変わった造りになってるとか」


「……そうなんだ……だけどそれは便利……見つからないうえに敵を一方的に観察できる……」


「だね。他にも色々隠し通路があるみたいだからそれを利用しよう。でもここ古い木造建築みたいだから注意したほうがいいかも。声が漏れるし、屋根裏部屋の床が抜ける可能性もあるから。ライトもここからは点けないようにしよう」


「……了解……」


 二人が梯子を登っていると、石造りの空洞がやがて木造の四角い縦穴に変わる。どうやら館内部に入ったようで、壁と壁の間に作られた空洞を通っているようだ。しばらく上っていると屋根裏部屋に出る。薄暗かったが目を凝らせばなんとか部屋全体を見渡すことが出来た。屋根までの高さも二メートルほどあり普通に歩いて進むことが出来そうだ。


 床は所々小さな穴が開いていたが、試しに少し踏んでみたところ一応問題はなさそうだった。ラグナは見取り図を取り出すと三階にある大広間の真上までリリスを伴い音を立てないよう慎重に進む。そこに行った理由は小さく穴の開いた床から明かりが漏れていたからだ。すなわち誰かがそこにいるという証拠。ゆえに耳を澄ましながら穴の開いた床下を二人は覗き込む。


 見づらかったものの、なんとか部屋全体の様子を伺い知ることが出来た。大広間ではテーブルを囲んでソファーに座った三人の男たちが険悪な空気の中会話をしていた。一人は黒いタンクトップに迷彩柄のズボン、黒いブーツを履き、ダークブラウンのドレッドヘアをしたガタイの良い色黒の男――その狂暴そうな顔にはサングラスがかけられている。もう一人は大き目のグレーのレインコートを着こみ同色の長靴を履きフードを被った痩せ型で、白いマスクをつけ口元を隠した糸目の男――狐のような狡賢そうな顔をしている。そして三人目――それは昨日仲間たちを瀕死の状態に追い込み自身にも重傷を負わせた因縁の相手。


(ベラルッ……!)


 今にも飛び出して行きたい衝動を堪え、男たちの会話に集中しているとドレッドヘアの男がベラルに対して挑発するように言い放った。


「おいおいベラルさんよ。とんだ失態だな。アジトに奇襲をかけられた挙句に部下を全滅させられるとはよぉ。あの『神速』が堕ちたもんだぜ」


「……部下を倒した連中は全滅させたわ」


「二人を除いて、だろ? なんでも尼さんにやられて逃げ帰ったらしいじゃねえか。情けねぇ」


 ドレッドヘアの男の言葉を聞き隣に座っていたレインコートの男が笑いを噛み殺すように体を震わせる。それを見たベラルは不愉快そうに鼻を鳴らした。


「……ロンツェ、アンタ随分とアタシに偉そうな口を利けるようになったもんね。誰がアンタたちに戦い方を教えたと思ってるのかしら」


「昔の話をほじくり返すなよ。だいたい偉そうも何も今アンタは俺の上司じゃねえだろ? 俺とアンタ、そしてワディは同じ部隊長だ。つまりは対等、こういう口の利き方をしても許されるわけだ。なぁ、ワディ」


「っぷ、くくくく」


 ドレッドヘアの男――ロンツェの問いかけに対してレインコートの男――ワディはバカにしたように笑い始める。ラグナはそれを聞き驚く。


(……ベラルが部隊長……幹部補佐じゃないのか……)


 その圧倒的な実力から勝手にナンバー2と思い込んでいたが、話を聞く限りどうやら違うらしい。困惑するラグナをよそにベラルは目を細め対面に座る二人を睨み付けた。


「そう……アンタたちそんなに死にたいの」


「そうキレるなよ。ちょっとした軽口だろ。それに俺らはかつての上司であるアンタを心配してんだぜ。廃工場のアジトがバレた以上ここもバレてるだろうし場所移すんだろ? 俺が別のアジトを手配してやってもいいぜ。人質も監禁出来る人目につかないいい場所を知ってんだ。今監禁してる地下牢と同じような構造がある建物でな。まあ、ちょっとばかし金は弾んでもらうが」


「余計なお世話よ。アジトならすでに目星をつけている場所があるもの。今日中に人質の移動は完了させるわ。アンタたちの手助けなんていらないの。おあいにく様」


「チッ、そうかよ」


 舌打ちしてソファーにもたれかかったロンツェを見ていると不意に袖が引っ張られた。そしていつの間に書いたのか、文字の書かれた一枚のメモがリリスから手渡される。薄暗いが下から漏れてくる明かりのおかげでなんとか読むことが出来た。


『地下にいるっていう人質が気になる。だからこれから探りに行ってくる』


 それを見てラグナは表情を曇らせる。確かに奴らの言う人質については気になるが単独行動はかなり危険な行為だ。受け取ったメモの裏側に走り書きでそれを伝えた。


『一人じゃ危険だよ。人質を見に行くなら俺も一緒に行く』


 それを見たリリスは新たに文字を書き加える。


『ラグナはこのままここにいて奴らの会話を聞いていて。重要な情報源になるはず。私なら大丈夫、館の見取り図も撮ってあるから。描いてある隠し通路をうまく使えば地下牢まで安全に行けるはず』


 リリスの言う事はもっともだが、やはり心配から決断できずにいるとさらに短い文字が書き込まれる。それを見てラグナは口を硬く結んだ。


『信じて』


 ジッと見つめるリリスの瞳を硬い表情で直視していたラグナだったが、やがて項垂れる。そして再びメモに走り書きをした。


『わかった。でも絶対に無理はしないでね。危ないと思ったらすぐに中断してここに戻ってきてほしい』

      

 字を読んだリリスは一回大きく頷くと中腰で歩きながら闇の中に消えて行った。それを心配そうな眼差しで見送っていると不意に大広間の扉が開かれる音がしたため覗き穴に視線を移す。するとロンツェが部屋に入って来たものに対してソファーから立ち上がり怒鳴るように声をかける様子が目に入って来た。


「てめえ、今までいったいどこに行ってやがった! 勝手に消えやがってッ!」


「うるせえなぁ。町だよ町。ここの飯がマズイから買い出しに行ってたんだよ。集合時間には間に合ったんだから別にいいだろーが」


 そう言って耳の穴を指でほじくる第四の男を見てラグナは息を飲んだ。その鮮やかな紅髪には見覚えがあった。今朝アルシェを発つ際に遭遇した少年がそこに立っていたのだ。


(アイツは……町でチンピラを殺そうとしてた奴……なんでここに……)


 驚くラグナをよそにロンツェは紅髪の少年に怒声を浴びせる。


「てめえ! なに勝手に町に行ってやがる! フェイク様に待機してろと言われただろうが! 何様のつもりだ!」


「こんなしみったれた場所で待機なんて出来るかよ。それにお前こそ何様のつもりだ? 誰に口きいてんだよ? お前より立場が上の人間に向かってよぉ」


「ぐッ……!」


 憎々しそうに睨みながらも押し黙ったロンツェを涼し気に見据えていた少年だったが、すぐに視線を移すと愉快そうに別の人物に話しかける。


「よお! 『元』幹部補佐のベラルさんじゃねえか。久しぶりだな、元気ぃ?」


「レインッ……!!!!!」


 強烈な殺気と怒気を含んだベラルの視線さえも容易く受け流した少年――レインは小馬鹿にしたように喋り始める。


「なんだよまだ根に持ってんのか? 俺がアンタから幹部補佐の座を奪ったことをよぉ。でもさぁ、しょーがねーじゃん。アンタより俺の方が強かったんだからさ」


 ラグナはその言葉を聞き顔が引きつる。


(あ、アイツが幹部補佐ッ……!? しかもベラルより強いって…………うぐッ!)


 驚愕していると突然左手の甲が熱く痺れ始める。何事かと思い手袋を取ると『黒月の月痕』が赤黒く発光している様子が目に入り思わず右手で痣を押さえつける。


(なんだッ……!? なにが起きてるッ……!?)


 ラグナは額に汗をかきながら原因を探った。


(どうなってるんだ……もしかして前みたいに暴発しそうになってるのか……いや……違う……以前のような暴発しそうな時の感じとは何かが違う……どちらかというと……これは、まるで……何かに反応してるような……そんな気がする……でもこんなこと今まで一度もなかったのに……一体何に反応してるっていうんだ……もしかしてあの赤毛の男――レインに反応して――)


 答えを出そうとした瞬間――すぐにその解答は間違いであるということに気が付いた。レインの後ろから前振りも無くゆっくりと現れた黒衣の男が静かに口を開いたその時である。


「全員集まっているな。席につけ、会議を始める」


(……違う……レインじゃない……)


 低い落ち着いた声がラグナの耳に届いた刹那、直感的に理解した。


(……アイツだ……)


 左手の甲に描かれた黒獅子がその男を認識した途端に大きくドクンと脈打つ。


(……理屈はわからない……でもアイツだ……それだけはわかる……『黒月の月痕』は奴に反応している……)


 ラグナは眼下にいる仮面の男を見据えながらギリッと歯を噛みしめた。そしてディルムンドの反乱、ひいてはハロルドの事件の中心にいたと目される男の名を心の中で呼ぶ。


(……フェイク……)


 ようやく巡り合えた倒すべき敵を必死に睨みながら少年は闘志を奮い立たせた。       

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