27話 紅髪の少年
翌朝目覚めたラグナは朝食を食べ諸々の支度を整えると時間を確認した後自分の部屋からアルフレッドに連絡を入れる。朝の挨拶を軽く済ませると早々に先日の話になった。
『昨日の疲れは取れたか……?』
「ええ、まだ少しダルい感じがありますけど戦う分には問題ありません」
『そうか。では昨日お前が手に入れた情報について話し合おう。まずお前の考えが聞きたいのだが、森にあるという館には何人で、いつ向かうつもりだ……?』
ラグナは昨日の夜から朝まで考えた結果を口にする。
「……ベテランの騎士の方々がいない以上町の警備をこれ以上割くわけにはいかないと思います。リリス様にも町の警備に回ってもらおうかと。だから館には俺一人で……そして今日向かおうと思います」
『……今日騎士派遣の会議が開かれる。ベルディアス伯爵が病床に伏している以上ほぼ確実に騎士は派遣されるだろう。館への突入はアルシェに騎士が派遣されたその後でもいいのだぞ……?』
「俺もそれは考えたんですが……同時にそれでは遅いと思いました」
『理由を聞かせてくれ』
「セガール隊長たちによって廃工場への奇襲は一度成功しています。しかしベラルを取り逃がしてしまいました。当然ベラルは奇襲されたことをフェイクに報告するでしょう。そうなると敵はもう一つの拠点――すなわち森にある館の場所も俺達にバレてると考えると思うんです」
『……拠点を移す可能性がある――お前はそう考えているわけか』
「はい。そうなるともう俺達は後を追えなくなる。だから出来るだけ早く行動に移すべきだと思うんです。奴らの痕跡が少しでも残っているうちに」
『確かにな。情報は鮮度が命とも言う。しかし……無理をしていないか……?』
「……本音を言えば増援が来てから向かいたいです。経験の浅い俺一人では対処に困ることもあると思いますから」
『ならば――』
「でも……それは甘えです」
アルフレッドの言葉を遮るようにラグナはハッキリとした口調で答えた。そして自分の考えを話すべく一呼吸置いた後喋り続ける。
「……ベラルを逃がしたのは俺の責任です。そのうえ殺されかける始末……シスターさんがいなければ俺も含めて全滅していました。本来ならシスターさんがやったことは俺がしなきゃいけないことだったのに……俺は主戦力として派遣されたはずなのにまだ何も出来ていない。何の義務も果たしていないんです。だからせめて今回手に入れた情報だけは活かしたい。なんとしても」
『ラグナ……』
「大丈夫です、無茶はするかもしれませんが無理はしません。それにいざとなれば俺には『黒い月光』があります。だから……お願いしますアルフレッド様。行かせてください。シスターさんが託してくれたこの情報を無駄にしたくないんです。それに病院で寝ているセガール隊長たちのためにも、奴らに一矢報いたいんです」
ラグナの熱意に押されたアルフレッドは少し黙った後、口を開いた。
『……いいだろう。お前の熱意を買おうラグナ』
「ありがとうございます!」
『……だが一人で行動する以上決して無理はするな。お前の黒い月光は確かに強力無比な力だが、制限時間があるうえ一日一度しか使えないという欠点もある。作戦続行が不可能と判断したなら即撤退しろ。情報も手に入れられるものだけでいい。身の安全が最優先だ。いいな?』
「了解しました。身の安全を第一に考えます」
『よし。そして次に館でフェイクをもし発見した場合についてだが……それを話す前に一つ聞きたい。お前はフェイクについてどれくらいブレイディアから聞いている……?』
「えっと……強力な電撃系の『月光術』を使うってことと……まだ実力を隠してること……あと、ドラゴンと戦っていると思えと言われました」
『ドラゴンか……言い得て妙だと言うべきか、それとも弱いと言うべきか』
「あの……どういうことでしょうか……」
『これはハロルドの証言から得られた情報なのだが……ディルムンドが操っていたドラゴン、あれはハロルドやディルムンドが自力で手に入れたものではないらしい』
「え、じゃあ誰が……」
考え始めたラグナだったがすぐにアルフレッドの意図に気づく。
「……もしかして……」
『そうだ、奴――フェイクが一人で全て捕まえてきたらしい』
「ひ、一人でッ!? あんなたくさんのドラゴンをッ!? ど、どうやってですかッ!?」
『力づくで、らしいな。凄まじい数のドラゴンを全て半殺しの状態で引き渡してきたらしい。ディルムンドが操りやすくするためにな』
「…………」
ラグナはそれを聞いて絶句してしまう。
(……捕まえるっていうのは殺すことよりもずっと難しい……それは手加減できるだけの余裕がある証拠……仮に『黒い月光』を使った状態の俺でもドラゴンを生け捕るのは難しい……戦ってみてわかったけど、ドラゴンはそんな生易しい相手じゃなかった……最強の魔獣と呼ばれるだけあって全力で相手をしなきゃとても倒せなかった……そんな余裕、俺にはなかったのに……)
通話の途切れた相手を気遣うようにアルフレッドは話し始める。
『……おそらくブレイディアがその話をしなかったのはお前に過度の緊張を与えないためだろう。廃工場の時はセガールたちがお前のサポートに回ってくれると思い言わなかった。だが今回はお前が一人で敵に接触する可能性が高い。ゆえに不測の事態に備えてこの話をあえてした。敵はおそらく黒い月光を使ったお前と同格。注意しすぎるくらいでちょうどいい。いいかラグナ、さっき言った無理をするなという言葉はフェイクと出会った時のことも言っている。倒せそうならば戦っても構わない。それが今回のお前の任務なのだから。……だがもし、少しでも危険と感じたのならその時は戦闘を避けろ。フェイクの力は未知数。最悪返り討ちに遭うかもしれん。危ないと思ったその時は情報収集に徹するんだ』
「……わかりました。フェイクの事、肝に銘じておきます。でも……そんなに強いならどうしてフェイクは直接こちらに攻めてこないんでしょうか?」
『わからないが……お前の黒い月光と同じで何かしらの制約があるのかもしれないな。強力な力にはリスクが伴うものだ。まあ敵のことをあれこれと予測しすぎるのも良くない。このくらいにしておこう。とにかく館の調査、注意を怠るな。お前はまだこれからの騎士なんだ。こんなところで命を散らす必要はない』
「はい、気を付けます」
『ならばいい。……もう言うことは何もないな。では私の言ったことくれぐれも忘れず任務に臨んでくれ』
「了解しました。失礼します」
ラグナは通信を切るとため息をついた。
(……フェイク……あんなにたくさんのドラゴンをたった一人で戦闘不能にするなんて……ブレイディアさんから聞いてた以上に手強い相手だ……今回の仕事……俺が想像していたものより遥かに危険なものなのかもしれない……仮にフェイクと『黒い月光』を使った俺が互角だとしたら……ベラルやその他の『ラクロアの月』の構成員がフェイクに加勢した時点で俺は負ける……アルフレッド様には啖呵を切ったけど……本当に俺一人でやれるんだろうか……)
これから向かう場所にいるであろう強敵を想像し拳を硬く握りしめていると、ドアが突然ノックされる。返事をし急いでドアを開けるとそこにはリリスが立っていた。
「ああ、リリだったんだ。おはよう」
「……おはよう……それで、ごめんなさい……」
「え、なんで謝るの……?」
「……ラグナの電話、立ち聞きしちゃったから……だから、ごめんなさい……」
「ううん、いいよ。気にしないで」
と言いつつも聞かれてマズイことは話さなかったか思い出そうとする。そうしているうちにリリスが再び口を開いた。
「……一人で行くの……?」
「……え……?」
「……任務……さっき聞こえてきた……」
「……うん、実はそうなんだ。町には今ベテランの騎士が一人もいないからさ。これ以上戦力は割けないよ」
「……私もここに残すって言ってた……どうして……?」
「……リリにはここに残って先輩方と町の警備をお願いしたいんだ。リリは強いし、先輩方もきっと助かると思うしさ」
ラグナの言葉を聞いたリリスは首を横に振る。
「……私はラグナと一緒に行きたい……心配だから……」
「……いや、俺なら大丈夫だよ! ほら、俺には『黒い月光』の力だってあるしさ! どんな敵だってすぐに倒して見せるよ! 全然余裕、あははは!」
「…………」
袖をまくったラグナは力こぶを見せ元気よく笑う。リリスは無表情でそれをしばらくじっと見つめた後、やがて冷や汗をかき始めた少年に告げる。
「……嘘……ラグナ、すごく不安そうに見える……」
「…………」
から元気をあっさり見破られたラグナは黙り込んでしまうもリリスは追及をやめない。
「……私が弱いから、連れていけないの……?」
「……いや、そうじゃない。君は強いと思う。来てくれればありがたいよ」
「……じゃあ家が関係してる……? ……昨日、お兄様から連絡があって一時的に私の扱いが一般騎士と同じになったって連絡があった……だからもう普通に任務に行ける……心配無用……」
「……知ってる。俺も昨日電話でアルフレッド様から聞いたから」
「……じゃあどうして……?」
「…………」
再び黙り込んだラグナにリリスは首を傾げる。
「……ラグナ、本当の事教えて……?」
見つめ続けるリリスに根負けしたラグナはやがてゆっくりと口を開いた。
「……君が貴族同士の権力争いの道具みたいに扱われるのが嫌だったんだ。まだ事態の全容を把握したわけじゃないんだけど、君が利用されようとしてるっていうのはわかったからさ。だから今回の件には出来るだけ関わってほしくなかったんだ」
それを聞いたリリスは目を伏せた後、再び視線をラグナに戻す。
「……ありがとう……気持ちはすごく嬉しい……でも平気……こんなこと何度もあった……利用されるのには慣れてるから……それに――ラグナは友達……友達が困ってたら助けるのが普通……たとえ利用されてるとしても、大切な友達の助けになるなら私はやりたい……」
「……でも……」
「……ジュリも今困ってる……けど……なんで困ってるか話してくれない……助けてあげたいけど、できない……ジュリがそれを望んでないから……でも助けが必要って言ってる大切な友達がここにいる……だからせめてその人の力になりたい……そう、思うのは間違い……なのかな……?」
「リリ……」
「……力不足なのはわかってる……足手まといにならないよう頑張るから……それに……どんなにラグナが強くても一人じゃ危険……人手は必要……だから……お願い……連れてって……」
(……リリだって怖いはずだ。相手は『ラクロアの月』――一緒に来て欲しいと言えば普通は先輩たちと同じ反応になるはず。俺だって同じだ。きっと『黒い月光』なんてものが使えなければ震えて戦いの場に行くことさえ出来ないだろう。それなのに彼女は……俺なんかのためにこうして命を賭けてくれている)
ブレイディアやセガールなどの歴戦の猛者に比べれば目の前の少女の力は確かに劣るだろう。フェイクやベラルといった強敵の前では足を引っ張るかもしれない。だがその覚悟が、心意気が、思いやりがなによりも孤独な少年の心の支えとなった。ラグナは目頭が熱くなるのを感じながらもリリスに頭を下げる。
「……ありがとうリリ。本当のことを言うと、一人で任務をやり遂げられるか不安だったんだ。だから君の申し出はすごく嬉しい。あらためて俺からお願いするよ。リリ、俺と一緒に来てほしい。そして未熟な俺に手を貸して欲しいんだ。その代わり――何があろうと俺が絶対に君を全力で守ってみせるから」
「……うん、こちらこそお願いします……」
リリスは花のような笑顔を見せ、無表情の少女が見せた初めての笑顔にラグナは驚く。そしてその美しさに見惚れながらも同じように微笑んだ。
その後アルフレッドに館へ潜入する人数の訂正に関する連絡を入れ、リリスにシスターからもらった三枚の紙や森の館について簡単に説明し終えると、二人は身支度を整えた。次は駐屯騎士に事情を話し支部を後にする。シスターからもらった紙を見ながら南西の森に向かうべく道を走っていると追随する少女が話しかけてきた。
「……今から行って平気……? ……奇襲は明け方がいいって教本には書いてあった……」
「そうしたいんだけど……『ラクロアの月』が明日の明け方まで館にとどまってくれるかわからないから」
「……そっか……『ラクロアの月』は神出鬼没だもんね……」
「うん、だから出来るだけ急ごう。この先にバスターミナルがあって、その中に南西の森の近くに行くバスが止まるみたいだからそれに乗って行こう」
「……バスで平気……? ……多少の距離なら『月光』使った方が早い……」
「書置きによるとバスで一時間くらいかかるみたいだから。流石に『月光』をそんなに長距離纏ってたら戦う前に体力が尽きちゃうと思うんだ」
「……了解……」
神出鬼没というリリスの言葉を聞いたラグナの脳裏にはアルフレッドの言葉がよぎっていた。
(『ラクロアの月』の情報は一流の情報屋でもなかなか持っていないってアルフレッド様は言ってたけど……たぶんそれは一か所にとどまっている期間が短いせいだろう。セガール隊長たちもそれがわかっていたからすぐに奇襲を仕掛けたんだ。本当なら昨日のうちに行くべきだったんだろうけど……流石に体力的にキツかったからなぁ。……頼むからまだ居てくれよ)
祈るようにして走っていたラグナだったが横を向いた状態で突然立ち止まる。立ち止まったのは疲れたからではなく別の理由があった。少年の視線の先には路地裏があり、そこには四つの人影が存在した。四人のうち二人はガラの悪い男、残りは小さな男の子とその父親らしき人物。耳をすませていると路地裏から怒号が聞こえて来た。見たところ父親が男二人に恫喝されているらしい。
「どうしてくれんだよテメエ!!! そのクソガキのせいで兄貴の高級ブランドのスーツが汚れちまったんだぞ!!! わかってんのか!?」
「そ、そんな……ぶつかって来たのは貴方たちじゃ……」
「うるせえボケがッ!!!」
男に殴られた父親らしき人物が倒れ子供が泣きながら駆け寄る。
「口答えするからだこのカスッ!!! マジでぶっ殺してやろうか!!! ああ!?」
「まあ待てよ。その辺で許してやろうじゃねえか」
「……兄貴。いいんすか?」
「もちろんだ。アイスで汚れた服のクリーニング代と慰謝料をもらえりゃそれで俺は満足だ。まあ諸々込みで五百万ってところか。耳をそろえてきっちり払ってくれれば大ごとにはしねえよ」
「さっすが兄貴! 優しいなあ! てめえら感謝しろよ! 兄貴のスーツは一千万はくだらねえ代物なんだからな!」
くだらない茶番を見ながらラグナはため息をついた。事のあらましを見ていたわけではないが大方の予想はつく。アイスを持った子供に男がわざとぶつかり因縁をつけ親から金を脅し取ろうとしているのだろう。
「……ごめんリリ。ちょっと待ってて」
「……手伝おうか……?」
「俺一人で大丈夫。すぐ終わらせるから。リリは携帯で支部にいる先輩を呼んでおいてほしい」
ラグナは路地裏に向かって走り出した。走行中でも男たちの不快な声は絶えず少年の耳に入ってくる。
「ほら、さっさと払えよ!!!」
「む、無理です! 五百万なんて大金持ってません……だいたい……こんなの理不尽すぎる……!」
「うるせえ!!! またぶん殴ってやろうかコラッ!!!」
「痛い目見ないうちに払っといた方がいいよお父さん。息子の前でボロ雑巾になりたくはねえだろ? それに理不尽って言うけどさあ、しょうがねえじゃん。アンタ弱いんだから。弱い奴はどんな理不尽な目に遭おうと文句なんて言う資格ないのよ。弱いってだけでそれはもう罪。弱者に生まれた自分を呪うんだな」
(アイツらッ……!!! ふざけたことをッ……!!!)
怒り心頭のラグナはそのまま飛び込もうとしたがその前に路地裏のさらに奥の方から拍手のような音が聞こえたため動きを止める。見るとリンゴが山ほど入った紙袋を右腕で抱えた赤い髪の少年が手を叩きながら四人の元に歩いて近づく姿が目に入ってきた。ラグナと同い年くらいだろうか――靴、ズボン、ワイシャツ、手袋と全て黒で統一された中で唯一その髪と同じ鮮やかな赤いコートを着た少年は嗤う。
「いやぁ~、まったくもってその通りだわ。弱い奴はことごとく全てを奪われる。弱肉強食は覆しようがないこの世の心理だよなぁ。強い奴は弱い奴を貶める権利を持ってる。けどな……それは本当の強者にのみ許された権利だ。お前らは……どうかなぁ?」
「な、なんだてめえは!!! こっちくんじゃねえ!!! ぶっ殺すぞッ!!!」
「へえ……やってみな」
「ふざけやがってッ!!! 死にさらせやッ!!!」
燃え立つ炎のような紅髪を揺らしながら近づいてくる少年に対して、チンピラの舎弟は我慢ならないといった様子でキレると乱入者に殴りかかって行った。だがその攻撃はあっさりと避けられ、かわされる際に重い左拳が男のみぞおちにめり込む。
「ごふぉッ!!??」
口から胃液をぶちまけて膝立ちになった男をそのまま蹴り飛ばし仰向けに倒した少年は容赦なくその顔を片足で踏みつけた。グシャっという嫌な音と共に舎弟の顔は潰れ血が周囲に飛び散る。踏まれた男は潰れた虫のように手足をピクピクと動かしていたがそれもやがて止まる。それを確認した炎髪の少年は顔に飛び散った血を拭うことなく再び歩き始めチンピラの兄貴分に不気味な笑顔を向けた。
「さあ、次はアンタの番だ」
「お、お前何者だッ!? こ、この親子の知り合いかッ!?」
「いやそんな親子知らねえけど」
「じゃ、じゃあなんで邪魔しやがるッ! ヒーローの真似事かッ!?」
「……ヒーロー? いやいや違う違う。俺はただ雑魚が強者を気取ってオラついてるのが気に入らねえだけなんだよ。ぶっちゃけその親子がどうなろうが知ったこっちゃないね。そんなことより、ほら。来いよ」
「こ、この野郎ッ!!! いい度胸じゃねえかッ!!!」
チンピラは懐から大型のナイフを取り出すと赤毛の少年に斬りかかる。しかしこれまたあっさりと得物を持った手首を掴まれ、そのまま手首の骨を折られる。
「ぐあああああああッ!? お、俺の、俺の手首が、あああ……」
痛みのあまりうずくまった男に対し間髪入れず少年は高く右足を上げ、そのまま脳天に強烈なかかと落としを叩き込んだ。痛烈な打撃を頭部に受けたチンピラは鼻から血を噴き出し白目を剥いて倒れる。ラグナはその様子を呆然と見ていたが赤毛の少年が落ちていたナイフを拾い上げる様子を見て我に返った。
「さて、お楽しみはこれからだ。クク」
赤毛の少年が白目を剥いた男の脳天に拾ったナイフを突き刺そうとした瞬間――火花が散った。
「……おいおい。邪魔すんなよ」
箱状の『月錬機』を下から差し込むように刃を止めた邪魔者を赤毛の少年は睨む。滑り込むように飛びかかることでなんとか間に合ったラグナはしゃがんだ状態でナイフを受け止めながら口を開く。
「……親子を助けたことは立派な行為だと思う。だけど……いくらなんでもやりすぎだッ……! 殺すつもりかッ!?」
「そうだけど? なんか問題あんの?」
「あるに決まっているだろうッ!」
即答したラグナに訝し気な視線を送っていた少年だったが黒い軍服を見て目を細める。
「……ん? ……ああ、なるほど。その格好……アンタ、騎士か……?」
「そうだ。だからこんなことは見過ごせない。悪いけど騎士団支部まで来てもらうぞ」
「いやー、それはマジで勘弁だわ」
ナイフを離した少年は後方に大きく跳び距離を取った。ラグナはその様子を見て身構える。
「悪いけど連行されるわけにはいかねーんだわ。そろそろ集合時間なんでな。代わりにそこに倒れてる奴らはくれてやるよ。ボーナスの点数稼ぎくらいにはなるだろ? じゃあな本物のヒーローさん」
「待てッ……!」
赤毛の少年は駆け出そうとしたラグナに向かって紙袋の中からリンゴを一つ取り出し放り投げる。顔に当たる直前でそれを受け止めると、少年はいつの間にか姿を消していた。
「……逃げられた」
親子の安否や男たちの生死を確認したラグナは救急車を手配した。親子は軽傷で男たちは重傷ながらも生きていたため、リリスの通報で駆けつけて来た騎士に事情を説明し後を任せる。少々遅れたもののバスには間に合ったためリリスと共に安堵のため息をつくと、手の中のリンゴに目を向けた。
(……アイツはなんだったんだろう……)
一時の出会いではあったものの、強烈な印象を残し去っていった赤毛の少年を思い出しながらもラグナ達はバスに揺られて南西の森に向かった。