25話 神速
廃工場に侵入した二人だったが、前に進もうとするラグナとは違い突然シスターが右脇に置かれていた錆びた掃除用具入れの方に向かった。
「……? どうしてそっちに行くんですか……?」
「ちょっとこれを見てくださいな~」
シスターが五つある掃除用具入れのうち三つを開けて中をラグナに見せる。そこには三人の男たちが気絶した状態で入れられていた。服装を見るに騎士ではないが――。
「これって……」
「この建物を見張っていた『ラクロアの月』の構成員でしょうね~。おそらく先行した騎士さんたちが倒してこの中に入れておいたのだと思いますよ~」
「じゃあこの拠点に見張りがいないのはセガールさんたちが倒してくれたからなんだ。ここに来るまでの廃墟群はともかく拠点に見張りが居ないことにずっと違和感があったんですけどスッキリしました。でも……ってことはもしかしたらもうここにいた『ラクロアの月』の構成員は全員セガールさんたちが倒してしまってるのかもしれませんね。さっき襲って来た奴はきっと隊長たちの取りこぼしかなにかでしょう。俺の嫌な予感は杞憂だったんだ。本当によかった」
「うーん……それはどうでしょうね~」
ホッと胸を撫で下ろすラグナとは対照的にシスターの眼は鋭く光り建物の奥を見つめる。
「え、なんでですか?」
「……ちょっと走りますね~」
「え、ちょ……ッ!?」
突然走り出したシスターに驚きながらも急いで追いかけた。凄まじい速度に思わず取り残されそうになるも必死に食らいつく。さっき休んでいなければ不可能だったかもしれないが、休息のおかげで紺色の修道服が立ち止まるまで走り続けようやくその背中に追いつく。荒い息を吐きながらラグナは全力疾走のわけを地面を見ながら問いかけた。
「な……なんで急に走り出したんですか……?」
「周りを見てくださいな~」
「ま、周り……? ――なッ……!?」
ようやく顔を上げたラグナの眼に飛び込んできたのは衝撃的な景色。まず目についたのは血、そして次に入ってきたのは広い空間を埋め尽くす傷つき倒れた男たちの姿だった。数は二十人ほどで、生きてはいるがそこそこ重傷のようで身をよじることも出来ずにうめいている。その服装は騎士の軍服では無く、先ほど掃除用具入れに入れられていた男達と似た野卑な格好。
「……『ラクロアの月』の構成員……ってことはやっぱりセガール隊長たちが制圧に成功して――」
「また走りますね~」
「なんでですかッ!? せめて理由を――って、ああ、もうッ!」
また始まった追いかけっこに頭をかきむしりながらも追いかける。そして一つ部屋を跨いだその先に広がるさらに広い部屋で修道女は再び立ち止まった。今度は周囲の状況を見ながら走っていたため部屋に入るなりラグナは異常に気付く。
「ッ!? ……な、ん……で……こんな……」
床に倒れ伏した三十人近い男達の顔に見覚えはなかった――だがその黒い軍服はまごうことなく自分が着ている物と同じ物。ラグナは倒れ伏した騎士たちに急いで駆け寄り近くにいた一人を抱き起す。
「しっかりしてください! 今治療を――」
「待ってください~」
バックから救急キットを取り出したラグナをシスターは制止する。
「その救急キット一つでは人数分には足りないし治療が間に合わないと思いますよ~」
シスターの言う通り、深く切り刻まれた騎士たちからはおびただしい血が流れ出ており、下手をすれば先ほど倒れていた男達よりも遥かに重傷であり事態は一刻を争うような状態だった。
「でもこれ以外に方法なんて……」
「私に考えがありますよ~。だからこの場は私に任せて貴方は先に進んでくださいな~」
「いや任せてって言われても――」
「聞いてください」
「え……」
今までとは明らかに違う清らかで迫力のある静かな声がシスターから突然発せられたためラグナは思わず固まってしまう。
「この先でまだ戦っている人がいます。そしてその方は今生死の境を彷徨っているのです。助けに行きたいのですが私はこの方たちを救わねばなりません。行けるのは貴方だけ。だからどうか私を信じて先に」
「――ッ!」
間延びした口調を辞め真剣な表情で話すシスターに気圧されながらも、その凛とした表情から暖かい何かを感じ取ったラグナは拳を握りしめながら頷く。
「……わかりました。この人たちをお願いします」
微笑み頷いたシスターを見たラグナは全力で走り始めた。
セガールはうめき声をあげて膝立ちになる。切り刻まれた体から噴き出す血を見て、遠のく意識の中思い浮かんだのはとある少年の顔。
(……すまないラグナ……本来ならば君を待ってからアジトに向かうべきだったにもかかわらず……急ぎ先に進んだ結果がこのザマ……笑い話にもならない……)
周囲に張られた五メートルほどのドーム状の風の結界内部――凄まじい風圧の中セガールは命の危機に直面していた。敵は目にも止まらぬ速度で、疾風の如く結界内を縦横無尽に飛び回り騎士の体を何度も何度も小さく切り裂きながら今も動き続けている。そして目で捉えることも不可能なほどの速度で動き回っていた敵が突然笑いながら語り掛けて来た。
「あははぁ~! 他の騎士は大したことなかったけど貴方はなかなか強かったわよおじさん! ずいぶんと楽しませてもらったわぁ! でもそろそろお開きにしましょうかぁ!」
口調こそ女のものだがその声は野太いものであり男性の声帯だった。見えないその声の主に敵意を向けながらセガールは己の死を覚悟する。
(……ここまでか……ディルムンドに操られ醜態をさらし、忠誠を誓った国に刃を向けた……思い返せばこの急いた行動もその汚名を晴らすために無意識にやってしまったのかもしれないな……とんだ未熟者だ……)
「じゃあねえ――おじさんッ……!!!」
(……君の負担を少しでも減らせればよかったのだが……本当にすまない――ラグナ……)
トドメの一撃がセガールの首に向けて放たれた瞬間――外から巨大な銀色のエネルギーがぶつかり風の結界を消し飛ばす。その衝撃で瀕死の体は倒れた。吹き荒れていた暴風が晴れ銀色の粒子が漂う中で瀕死の騎士が見たのはこちらに駆け寄ってくる泣きそうな顔の少年。力ない声でその名を呼ぶ。
「ら……ぐ、な……」
ラグナはズタズタに切り裂かれ血まみれのセガールを抱き起す。
「セガール隊長! 待っててください! 今救急キットで――」
「う、え……だ、ラグナ」
「……ッ!」
言葉の意味に気づき上を見る。すると上から降ってくると同時に、柄が鎖で繋がれた鉈のような緑色の双剣を持った人物が斬りかかってきた。ラグナはこの部屋に入ると同時に展開していた『月錬機』でそれを受け止めると力任せに切り払う。攻撃を妨害されたその人物は切り払われた勢いをそのまま利用すると、後方へ大きく跳び着地する。そして不敵な笑みでこちらを見つめて来た。
「残念。不意打ち失敗ねぇ。おじさんが余計なことを言わなきゃ仲良くあの世に逝けたのに。でも……貴方結構可愛い顔してるじゃな~い。好みのタイプよ、ウフフ♪」
(……こいつがセガール隊長を……急いで治療したいけど、目を離せばまた攻撃してくるだろう……くそッ!)
相対した相手は三十代前半ほどの男性。下半身は黒い皮のズボンを履き、上半身は筋肉質な肌の上から直接桜色の着物を着た長身のその人物は蛇のような目でラグナを舐めるように観察し始める。こちらも負けじとその顔を睨みながら凝視した。右目を隠すように垂らされた長い緑色の前髪と後ろで結ばれた背中にかかる長い襟足を除いて丸刈りになった頭、ピアスの付けられた唇と鼻など非常に奇抜なその人物は突然嬉しそうに笑い始める。
「フフ、あら~そんなにアタシの顔をジッと見つめて……もしかして貴方もアタシに興味津々なのかしら♪」
「……お前は何者だ……!」
「アタシ? アタシの名はベラル。『ラクロアの月』の構成員でフェイク様直属の部下よ」
「フェイクッ……!?」
「あら、フェイク様の事は知ってるの? でもアタシのことは知らないのねぇ、悲しいわぁ。アタシも結構騎士を殺してるんだけどねぇ、ウフフ」
「フェイクはどこにいるッ……!」
「どこにいるって聞かれてもねぇ、教えるわけにはいかないのよぉ。だってアタシたち敵でしょう? 聞きたいなら力づくでやってごらんなさい」
(……どのみちアイツを倒さなきゃ治療は出来ない。『月光術』発動から時間も経った、そろそろ『月光』が呼び出せるはず。だけどそれは奴も同じ……)
ラグナはベラルから目を離さずセガールをゆっくり地面に横たえると立ち上がり敵に向かって行く。やがてある程度距離が詰まった時――二人の体に銀と緑の光が出現する。その後一秒と経たず二人の体は高速の世界に入る。息もつかせないほどの剣技の応酬は空気を切り裂き、剣がぶつかり合うたびに火花を散らす。一分ほどで千を超える斬撃を放った二人は互いに後ろへ跳び一時的に剣戟は中断された。
「へえ~、やるじゃな~い。見た感じ新米騎士なのに、さっき戦った連中よりもずっといい筋してるわぁ。アタシのスピードにもついて来れるみたいだし、これは楽しめそうねぇ」
「…………」
余裕そうなベラルとは対照的にラグナの息は上がっていた。
(……速い……でもなんとかついていける。それよりも問題は時間だ。早く奴を倒さないとセガール隊長が危ないッ……!)
深く息を吸って剣を構え直したラグナは足を一歩踏み出すも、その前にベラルが声を発する。
「これなら――もうちょっとスピード上げてもよさそうねぇ♪」
その声が聞こえた瞬間だった――目の前に一瞬でベラルが現れる。
「――なッ!?」
「行くわよぉッ!!!」
驚きのあまりのけ反るラグナにベラルの鋭い斬撃が迫るも体を強引に横に倒し難を逃れる。その後は体勢を立て直すも先ほどよりも二倍以上速度を上げた敵に対して防戦一方になる。致命傷になる攻撃こそなんとか回避できたものの浅い切り傷が体中に刻まれ鈍い痛みに思わず顔を歪める。
「あははぁ! まだなんとかついてこれるみたいねぇ! なら次は四倍速でいってみましょうかぁ!」
「よ、四倍速ッ……!?」
驚くラグナをよそにベラルは宣言通り加速していき、もはやラグナは一方的に刻まれるだけの哀れな肉人形と化していた。だがそれでは足らないと言わんばかりにベラルは少年を嘲笑う。
「さあ次は六倍速よぉ! あははぁ! 楽しいわぁ! やっぱり刻むなら若い男の子よねぇ! 輝かしい未来を信じている子ほど死が近づくにつれ絶望と恐怖で顔がグチャグチャになるのぉ! あなたはどうかしらねぇ、アハハハハ!!!」
(く、こいつッ! わざと急所を外してる! 遊びのつもりかッ!? ……だけどこれはマズイ、セガール隊長を助けるどころかこのままじゃ俺が出血死する……)
傷自体は浅いが何度も斬りつけられた無数の傷からは血が滴っており、ラグナの足元にはすでに小さな血溜まりが出来ていた。だがなんとか反撃に出ようとしても攻撃は全て空振りに終わる。スピードの差は歴然だったのだ。そんな少年の様子を見たベラルは興奮したように喋り続ける。
「残念ねぇ! どんなに貴方が頑張ってもアタシがちょっと本気を出せばついて来れなくなっちゃう! 可哀想ねぇ! さあもっとアタシに見せてぇ! 貴方の苦悶の表情をねぇ! どうしようかしらぁ、次は脇腹あたりを刻んじゃおうかし――」
ベラルが双剣でラグナの左わき腹を後ろから斬り裂こうとしたその時だった。少年の左手から黒いオーラのようなものが周囲に発せられる。
ベラルはそれを見た瞬間、自身がバラバラの肉片になって殺される姿が脳裏に浮かんだ。嫌な予感に攻撃を中断すると全力で後方へ跳び少年から距離を取る。
(……何……今の……今もし攻撃してたら……アタシ……死んでた……確実に……アタシの本能がそう言ってる……あの坊や……危険な香りがする……)
ベラルは冷や汗が頬を伝うのを感じた。そして剣を捨て左手を右手で必死に押さえる少年を見ながら両手の双剣を固く握った。
ラグナは内心かなり焦っていた。それはベラルに攻撃されることではなく別の要因である。
(あ、危なかった……もしあの時攻撃が中断されなければ『黒い月光』の力が暴発してたかもしれない……そんなことになれば建物は確実に倒壊して……みんなは……)
間一髪発動を阻止したラグナは荒い息をしながら右手で左手を握り続けた。そんな様子にベラルは鋭い視線を送り続ける。
「……貴方さっきアタシに何者かって聞いたわよね? その言葉そっくりそのままお返しするわ、貴方こそ何者? ただの新米騎士じゃないわよねぇ? 今、一瞬だけど、とんでもない怪物と相対したような恐怖を感じたわ。何か特別な力でも隠してるのかしら?」
「…………」
「……そう。喋る気はないのねぇ。まあいいわ。舐めちゃいけない相手だってことはよくわかったもの。だから――ここからは本気で行かせてもらうわぁ。アタシの全力のスピードはあんなものじゃない。どんな力を持っているか知らないけどもう貴方はアタシに追いつけない――見せてあげるわぁ――『神速』ってやつをねぇ――いくぞオラァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」
狂暴な雄叫びと共にベラルの纏っていた『月光』が膨れ上がる。そして前傾姿勢になると同時にこちらに向かって駆け出した。
「〈イル・シルフィ〉!!!」
走りながら発動した『月光術』は双剣から放たれる。それは小さな風の渦だったが数秒と経たずに五メートルほどの十二個の小さな竜巻に成長した。ベラルがその中の一つに入ると十二の風の渦はラグナを瞬時に取り囲みながら周囲を回り続け、隣り合う竜巻同士がぶつかり始める。衝突していた風たちはぶつかりながら混じり合いやがて十二の竜巻は回転する一つの巨大な風のドームへと姿を変える。
(これは……セガール隊長を閉じ込めていた風の結界……!)
「さあショーの始まりよぉ! 貴方はどれくらい持ちこたえられるかしらぁ!」
姿の見えないベラルの声が聞こえた瞬間――ラグナの腕から血が噴き出した。
「……ッ!」
何が起きたかわからず遅れてやってきた激痛に顔を歪める。腕の切り傷を見たことでようやく何が起こったのかラグナは理解した。
(斬られたのかッ……!? そんな、何も見えなかったのに……)
先ほどまでは攻撃でとらえることは出来ずとも姿だけは見えていた。だが今回はわけが違う、その姿さえとらえることが出来ないのだ。だがうろたえている間にも体に深い傷がついていく。
(くッ見えないんじゃ反撃のしようがないッ……! なんとかこの中から脱出しないとッ……! ……でも、う、動けないッ……!)
結界内部には凄まじい乱気流が発生しておりそれがドームの中央にいるラグナの動きを阻んでいた。
(だ、駄目だッ……! 動くのは不可能に近いッ……! でも、だったら――)
ラグナは斬られながらも右手を前に突き出すと、口を開く。
「〈アル・グロウ〉ッ……!」
叫ぶと銀の光弾が手の平から射出される。光球は前方ではなくあらぬ方向へと飛んでいったが、ラグナにとっては方向自体はどうでもいいことだった。
(さっきはこれで風の結界を破壊できたッ……! なら今度だってッ……!)
だがラグナの目論見は外れる。巨大な光弾は風の壁に激突すると、少しの間拮抗した後霧散したのだ。
「そんなッ……!?」
「あははぁ! 無駄よぉ! おじさんを閉じ込めた時よりも大量に『月光』を消費して発動したんだもの、さっきよりも遥かに頑丈になっているわぁ! その壁は貴方の術じゃ壊せないわよぉ! 言ったでしょぉ? 油断しないってねぇ!」
「ぐッ……!」
その上対抗手段を断たれたラグナの右手首に次の瞬間悲劇が襲いかかる。
「ぐッ、う、がぁぁぁッ……!」
右手首の腱が完全に切断され手に力が入らなくなったのだ。さらに次は左足の腱も切断されラグナは膝立ちで座り込んでしまう。しかも今まで失った出血の量もかなりのもので、ここにきて意識が朦朧とし始める。
(出血のせいか……い……意識が……)
「あらあらぁ? もうお眠の時間かしら坊や。そのまま目を閉じてしまいなさいな。そうすれば気持ちよく眠れるわよぉ。もう目覚めることは二度とないけどねぇ!」
(……このまま死ぬのか……いや……方法はある……『黒い月光』を使えば……)
――自分の命は助かる。だがそれは周りの人間を犠牲にするという事。ラグナは廃工場が倒壊し全員が押しつぶされる未来を幻視した。
(……絶対にあり得ない……自分さえ助かればそれでいいなんて俺には思えない……無駄かもしれない……無意味かもしれないけど、それでも最後まで抗ってやるッ……! きっとチャンスは来るはずだッ……!)
重い目蓋を開けたラグナは見えない敵を睨み付けようとした。
「……可愛くないわねぇその顔。どんなに頑張って意識を保とうとしてもどのみち最後は死ぬんだから。さっさと楽になっちゃいなさいよぉ、そんなことしたって何の意味もないわよぉ?」
「いえいえ~、意味ならありますよ~」
聞き覚えのある間延びした声が響いた瞬間――風の結界を突き破り紫色のハルバートが飛んで来たのだ。飛来したそれは神速を捉えその肩へ的確に突き刺さる。
「ッ~~!?」
ベラルは声にならない声を出し、投擲されたハルバートの衝撃によって後方へと大きく弾き飛ばされると地面に着地する。直後穴の開いた風の結界は暴風と共に消失した。結界が消えたその場にいたのは四名。一人はセガール、二人目はベラル、三人目はラグナ、そして四人目は紫色の光を纏った修道女――。
「し……シスター……さん……」
「はい~、シスターさんですよ~。遅くなってすみませんでした~」
ラグナの呼びかけに微笑んだシスターは死にかけの少年の前までやって来るとかばうように敵の前に立ちふさがる。『月光』の消えたベラルはその様子を見て気に入らないとばかりに舌打ちした。
「……アタシ、女は嫌いなのよねぇ。特に――強い女は」
「お褒めにあずかり光栄です~。それで――続けますか?」
緩い雰囲気を一転させ静かながらも冷たい目で睨むシスターに対しベラルは武器を持ったまま両の手の平を上にあげる。
「……やめておくわぁ。流石に貴方たち二人を相手にする余力は残ってないし。……しっかし坊やを含めまた奇襲されるとはねぇ。アタシと生き残っていた部下一人以外おじさん達の奇襲で全滅させられちゃったから、もうこんなことがないようにって残った部下を外に出して敵が来たらアタシに真っ先に報告するよう言っておいたのに……どこで油売ってるのかしら」
「なるほど~。そういうことだったんですか~。ちなみに貴方の最後の部下は独断で私たちに襲いかかってきましたよ~。生きてはいますが顎を砕いたのでしばらく使い物にならないでしょうが~」
「……はぁ……まったく……部下の質が低くて困っちゃうわぁ。命令一つこなせないなんて……」
シスターから目を離さずハルバートを肩から引き抜いたベラルは止血もせずに『月光』を再び纏う。その後ハルバートを地面に放り投げるとラグナの方を見た。
「じゃあアタシは行くわ。命拾いしたわねぇ、坊や」
その言葉を最後にベラルは消えた。その後シスターはすぐさましゃがむとラグナの体に両手を添えた。
「待っていてくださいね~。今治療しますので~」
「ま、待ってください……お、俺より先に……セガール隊長を……」
ラグナの言葉を聞き微笑んだシスターは安心させるように優しく語り掛ける。
「安心してください~。彼の治療はすでに終わってますから~」
向けられた手の先には穏やかに眠るセガールの姿があったのだ。出血もすでにおさまっているらしく、寝息が聞こえて来た。それを見たラグナは安堵から地面に倒れ込むも、シスターによって受け止められる。
「頑張りましたね~。今はゆっくり休んでくださいな~――〈カル・ヒーリング〉」
シスターが術を唱えると紫色の暖かい光がラグナを包み込む。その光を受けて痛みが消えていくのを感じながら少年はゆっくりと眠りについた。