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24話 謎の修道女

 ラグナは目の前で微笑む少女の肩を掴む。


「なんでついて来ちゃったんですかッ!? っていうかどうやって来たんですかッ!? いや、そんなことよりここは危険です! 今すぐ引き返してください!」


「いえ~、でもまだお礼が出来てませんし~。私としてはそれが非常に心残りでして~。服装を見るに貴方は騎士さんですよね~? ぜひお手伝いさせてください~」


「いやいやお礼とかそんなことホントにいいんで急いでここを離れ――」


 ラグナが真剣に言い聞かせようとした時だった――突然シスター服の少女はラグナの服を掴むとグイっと自分の方へ引き寄せたのだ。


「ちょ、何す――」


 言いかけた瞬間、ラグナのいた場所に凄まじい衝撃音と共に何かが落下してきた。その衝撃よって後方に吹き飛んだ二人は空中で態勢を立て直しうまく地面に着地する。その後落下場所で舞い上がった土煙が晴れると、ようやく真実が明らかになる。なんと緑色の『月光』を纏った男が緑色の剣を地面に突き立てていたのだ。どうやら少女はいち早く危険を察知しそれを未然に防いでくれたらしい。だがそれが気に入らないと言わんばかりに舌打ちした男は地面を蹴ると一目散にこちらに向かって来た。


「ッ!?」


 驚きながらも銀色の『月光』を纏ったラグナは急いで腰にある『月錬機』に手を伸ばすも、それより先に横から紫色の光を纏ったシスターが制止する間もなく飛び出して行った。飛び出した二人は数秒と経たずお互いの間合いに入る。まず最初に仕掛けたのは男で、袈裟斬りにしようと剣を高速で振り下ろした。しかしそれを最小限の動きでかわした少女は一歩さらに踏み込むと右の掌底で男の顎を打った。バキっという嫌な音が周囲に響くと、襲撃者の体は地面に倒れる。


 その様子を食い入るように見ていたラグナは心の中で独り言ちる。


(……あの太刀筋……相手は決して弱く無かった。なのに……たった一撃で……)


 剣裁きから敵の力量をおおよそ把握していたラグナは驚きを隠せなかった。仮に自分が真正面から戦ったとして苦戦する可能性の高い男を、目の前のシスターはあっさりと倒したのだ。だがそんな驚きなどまるで分らないかのように紫の『月光』を消した少女は小走りで駆けよって来た。


「大丈夫ですか~。怪我はないですよね~?」


「え、ええ……平気です。それより奴は……」


 死んだように動かない男の方を見ると少女は微笑みながら口を開く。  


「殺していないですよ~。というか私、宗教上の理由で殺人が出来ないんですよ~。あ、でも貴方があの方を殺したいというなら止めはしませんから安心してくださいね~。まあ一応顎の骨を砕いておいたのでしばらくは動けないと思うんですけど~」


「そ、そうなんですか……あの、さっきは助けていただいてありがとうございました」


「いえ~、お役に立てたなら嬉しいです~。それより殺さないなら~、この男の人は見つからないよう土でもかけておいて早く先に進みましょうよ~。また『ラクロアの月』の構成員に見つかったら面倒ですし~」


「え、ちょっと待ってください! なんで貴方が『ラクロアの月』の事を知ってるんですかッ!? 俺言ってないですよね!? それにさっきの動き、明らかに普通の人の動きじゃなかった……戦い慣れてる人の動きでしたよ……あの……貴方はいったい何者なんですか……?」


「私は貴方のお役に立ちたいただのシスターですよ~」


「いや、質問の答えになってな――」


「そんなことより~。早く早く~。行きましょ~」


 ラグナの言葉など聞こえていないかのように襲撃者に土をかけその体を隠した少女は早歩きで廃工場に歩いて近づいていってしまった。それを見て呆然とする少年にジョイは話しかける。


「俺らも早く行こうぜラグナ。シスターちゃんが先に行っちまうぜ」


「……うん」


 ガックリと項垂れたラグナは周囲に警戒しながらシスターの後を追いつつ飛んでいるジョイに語り掛ける。


「……どうしようジョイ。このままじゃ彼女が危険地帯に入っちゃうよ」


「もうここまで来たら連れて行くしかねえだろ。それにあのシスターちゃんは只者じゃないぜ。お前だってわかってんだろ? 力を貸してくれるってんなら喜んで貸してもらおう。こっちはただでさえ人手が足りねえんだ」


「いや、でも民間人だよ……? これは明らかに規則違反だ……」


「多少の規則違反なんざ気にするなよ。嬢ちゃんなんてもうそれこそ息を吸うように規則違反しまくってるからな」


「え、う、嘘でしょ……!? ブレイディアさんに限ってそんなこと――」


 言いかけて湖でモックを楽しそうに拷問していたブレイディアを思い出す。そういえば拷問の類は規則で禁じられていた。ジョイは顔を引きつらせたラグナに再び告げる。


「お前も心当たりあんだろ? ま、そういうことだ。だが嬢ちゃんが罰せられないのは結果を出したうえで規則やぶりをうまく隠してるからだ。お前もうまく立ち回れる動き方ってやつを学んだ方がいいぜ。そうすりゃあどんな状況でも対応できるようになる。今回もイレギュラーな事態だが、動き方によっちゃいい結果を出せるはずだ」


「動き方って……それは、彼女を利用しろってこと……?」


「そう嫌そうな顔しなさんな。それに利用してるのは俺らだけじゃないかもだぜ。なぜかはわからねえが彼女は襲って来た男を『ラクロアの月』と断定した。野盗なんかの可能性だってあったのによ。つまり俺らと同様この廃工場に『ラクロアの月』が潜伏してるってことを予め知っていた可能性が高いわけだ。それらを踏まえると――ぶっちゃけ俺らが廃工場に向かう途中でシスターちゃんに出会ったのも偶然とは思えないぜ」


「……もしかして……元々彼女もこの廃工場に向かうつもりだった……?」


「ああ、たぶんな。あそこの道は普通に歩けば廃工場までの最短ルート。だがどうしてこの廃工場に行こうとしてたかっていう理由を話す気は無さそうだし、無理に問い詰めても吐かないだろう。だから傍にいて警戒しながらそれとなく探ってみろ。さっきの戦いを見るに敵ではないと思うが、それでも俺らを騙す演技の可能性もぬぐえない。……まあとにかくだ、これだけは言える――彼女はお前が心配してるただの民間人ではないと思うぜ。確実にな」


「……あまり人を疑うのは好きじゃないけど……わかったよ」


「よし、んじゃあ俺は空から廃工場地帯を見てくるから頼んだぜ」


 ジョイはそう言うと空に舞い上がった。ラグナはそれを見届けた後、廃工場群の中で一番手前にあった小さ目の工場近くでシスターと合流する。


「あれから襲ってきませんね~」


「確かに一人も出て来てないですね……どうしてだろう……」


「おそらく見張り役が手柄を独り占めするため味方に知らせず単独で行動したんでしょうね~。組織とはいえ所詮犯罪者の寄せ集め、騎士のように統制されてるとは言い難いですから~。独断専行する者がいてもおかしくはないですね~」


「なるほど……」


 ラグナは目の前で歩く修道女の動きを観察しながら舌を巻く。


(……すごい……こんなに静かに歩ける人初めて見た……しかもまったく隙が無い……仮に俺が敵で今背後を取っているこの状態でも、攻撃が成功するとは思えないほどに……さっきの戦闘もそうだけど、ジョイの言った通り只者じゃない……この人の正体はいったい……)


「――ですよね~? ……あの~聞いてますか~?」


「え!? あ、はい!? えっと……」


 達人にも似た動きに気を取られていたため反応に遅れ、彼女が何を言っていたか聞き逃してしまう。それを見た修道女は頬を膨らませ可愛く怒る。


「ちゃんと私の話を聞いてましたか~?」


「え、は、はい……聞いてました……」


「聞いてたんだったら私の考えに同意してくれますよね~?」


「は、はい、そうですね! 同意します!」


「よかった~、じゃあ貴方のお仕事が終わったらホテルで××××をしましょうね~」


「すいません聞いてませんでした!」


「え~。もう~」


 謝るとシスターは再び頬を膨らませた。申し訳ないと思ったが、それよりもラグナには気になることがあった。


「あの……こんな堂々と歩いて大丈夫なんでしょうか……もっと隠れて移動した方が……敵に見つかったら今度こそ大変ですよ……」


「大丈夫ですよ~。この辺には敵がまったくいませんから~」


「え、でも隠れるところもたくさんありますし……そんなのわからないんじゃ……」


「それがわかるんですよ~。私は『特異体質』なので~」


「『特異体質』……ですか……?」

 

 知らない言葉を聞き思わずオウム返ししてしまうが、シスターは気にせず笑顔で口を開く。


「『月詠』の中でごく稀に生まれる特殊能力持ちのことを『特異体質者』と呼ぶんですよ~。『特異体質者』は『月光』なんかの『月詠』が持つ能力とは別に固有の能力を持っているんです~。それで私の固有能力は~、人間がが放つ微弱な脳波を自分の脳でキャッチできるというものなんですよ~。だから周囲に人間がいればすぐに気がつくんです~」


「じゃあもしかしてさっき不意打ちから俺を助けてくれたのって……」


「ええ、そうですよ~。敵の脳波を読み取ったからです~」


「そうだったんですか……でも『特異体質者』……初めて聞きました」


「無理もないですよ~。『月詠』の中でも百万人に一人いるかいないかっていう希少なものですからね~。魔獣に例えるなら『変異体』と似たようなものですから~。まあとにかく周囲に敵はいませんよ~。だから次の戦いに備えて今のうちに少しでも体を休めておいてくださいね~。歩きながらになってしまいますが~、それでも多少は体力が戻るでしょうし~」


「わ、わかりました……だけど……嫌な予感がするんです……さっき走ったのもそれが原因で……俺より先にこの廃墟群に向かった騎士の人たちになにかあったんじゃないかと思って……警戒する必要が無いなら出来るだけ急ぎたいんですけど……」


「ん~……では少しだけ急ぎましょうか~。でも焦りは禁物ですよ~。焦りは冷静さを失わせてしまいますからね~」


「はい、気を付けます」


「じゃあ行きましょうか~」


 シスターは歩く速度を速めた。ラグナは指示に従い、速めに歩きながら体をリラックスさせ『月光』を呼び出し万全の状態で戦えるように準備を進める。その後いくつかの廃工場を通り過ぎた時だった、前を歩いていた修道女が突如止まる。静止した彼女の視線はある一つの廃工場に向けられていた。


「……あそこに大勢いますね~。どうやら敵の拠点のようです~」


「本当ですかッ!? じゃああの中にセガール隊長たちも……」


「おそらくは~。どうしますか~?」


「あの……正確な人数とかってわかりますか……?」


「およそ五十人くらいですかね~」


「五十人……」


 ラグナは廃工場を見ながら考える。


(……おそらくセガール隊長たちもその五十人の中に入っているはず……ジョイが偵察からまだ戻ってきていないけど……駄目だ、待てない。胸騒ぎがする)


 ラグナは結論を下すとシスターの方を見た。


「……俺はこれから廃工場に入ります。貴方は……」


「もちろんついて行きますよ~。ご飯のお礼がまだできていないので~」


「……ですよね……すみません……本当なら無理にでも帰ってもらうところなんですけど、時間が惜しい。でも、もし身の危険を感じたらすぐにでも逃げてください。貴方が強いのはさっき見てわかってますけど、それでも貴方は民間人だ。もし俺がやられるようなことがあれば迷わず逃げてください」


「え~……ですが~……」


「お願いします」


 ラグナの有無を言わせない真剣な表情を見た修道女はため息をついて微笑んだ。


「……わかりました~。お約束しますね~」


「ありがとうございます」


 ラグナはその言葉を聞いて微笑むと廃工場に足を進めた。そして歩きながら再び思索にふける。


(……このシスターさんが何者かはわからない。ジョイは敵の可能性もあると言っていたけど、この人からは嫌な感じが全くしない。ただの民間人では無いのかもしれないけど、悪人ではないはずだ。それに俺を助けてくれた時のあの真剣な顔は本物だった、信じよう。……でもここが拠点ならどうして見張りが全然いないんだろう……さっき襲って来た奴を除いて全員拠点の中にいるのか? でも普通は拠点の周りに何人か待機させておくものなんじゃないのか? ……なんだか嫌な予感がする……今のうちに『黒い月光』を呼び出して――)


 ラグナは廃工場に入った亀裂や錆を見て首を横に振った。


(――駄目だ……あんな老朽化の進んだ建物の中で『黒い月光』を使って戦えば衝撃波だけで確実に倒壊する。俺一人ならともかくセガール隊長たちの安否が確認できていない以上この選択肢は無い)


 深呼吸したのち銀色の『月光』を呼び出したラグナは歩みを速める。


(……大丈夫、俺は大勢相手でも戦えた。油断しなければ『黒い月光』の力が無くともやれるはずだ。集中しろ。ブレイディアさんの言葉を思い出せ)


 入口付近で立ち止まり緊張から体を震わせていたラグナの肩にそっと手が置かれる。


「大丈夫ですよ~。貴方は一人じゃないです~。私がついてますから~」


「……すみません……ありがとうございます」


「いえいえ~」


 ラグナはもう一度大きく息を吸うと頬を張る。


(情けない……しっかりしろ! 本来なら俺が今の言葉を言わなければいけないはずだ! ブレイディアさんはこの場にいないし『黒い月光』は使えない、それでも絶対にやり遂げるんだ! これは自分から志願した任務、必ず成功させてみせる!)


 落ち着きを取り戻したラグナの顔からこわばりが消えたのを見たシスターは紫色の『月光』を纏った。そして二人は拠点と思しき廃工場に侵入する。   

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