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23話 淫乱聖女

 騎士団支部に到着したラグナ達は運転手に礼を言って降り、出発した車を見送る。その後騎士団支部をあらためて見上げた。王都にある本部ほどではないが、それなりに大きい白亜の建造物を見て気を引き締め正面入り口から中に入る。ロビーのような場所に出ると十人ほどの年若い騎士たちが事務仕事や雑務に励んでいる姿が確認できたため近づいて行き声をかけた。


「『ラクロアの月』の幹部討伐のため騎士団本部より応援にやってまいりましたラグナ・グランウッドと申します! 失礼ですがここの責任者はどなたでしょうか? お話をお聞きしたいのですが」


 ラグナの言葉を聞いた騎士たちは一瞬固まった後、困ったように顔を見合わせる。そして一番位置的に近かった男性騎士が話しかけて来た。


「あの……今ここに責任者はいないんです。実はついさっき『ラクロアの月』が町はずれの廃工場に潜伏しているという情報が入りまして、それでここの責任者である支部長のコットンさんを含め応援に来たセガール隊長や戦闘能力の高い騎士たちは廃工場に向かってしまったんです。我々は留守を任されただけで……」


「そうだったんですか……ではその廃工場の正確な場所を教えていただけないでしょうか?」


「わ、わかりました……。デバイスに位置情報を送りますので貸していただけますか?」 


「お願いします」


 デバイスを受け取った男性騎士はパソコンに繋がれたケーブルを繋げキーボードを操作する。すると数十秒後、完了したのかデバイスはラグナに返還された。


「デバイスのマップに赤い印で表示されているのが廃工場です。それと簡単なナビゲーションアプリも入れておきましたのでもし迷うようなことがあればご活用ください」


「ありがとうございました。これで現地に向かうことが出来ます」


「あ、あの……」


「はい……?」


「や、やはり……わ、我々も応援に向かった方が……いいでしょうか……?」


 男性騎士はそう問いかけて来たのだ。当然十人のうち何人かだけでも来てくれれば助かるが、ラグナは来て欲しいと即答できなかった。


「…………」


 黙って騎士たちの様子を窺った結果、その態度から胸の内は容易に読み取れたのだ。青い顔でうつむく者、冷や汗をかいて顔をこわばらせる者、両腕で体を抱きしめる者など、反応は千差万別であったが全員が例外なく怯えていたのだ。問いかけて来た男性騎士でさえよく見ると震えている。ラグナがどうするべきか考えているとジョイがそれを助けるように小声で耳打ちしてきた。


「連れて行くのはやめといた方がいいぜラグナ。見たところ全員入隊して三年以内の新人だ。コットンさんがこいつらをここに残していったのはそれが理由だろう。連れて行っても戦力にはならないと思うぜ、それより早く旦那に連絡して王都からベテランの騎士を派遣できるようになったか聞いたほうがいいだろうよ」


「……わかったよ」


 ラグナは小声でそう返すと男性騎士に向き直る。


「先輩方は引き続きここに残り町の警備をよろしくお願いします」


「りょ、了解しました……!」


 待機の言葉を聞いた騎士たちが一斉に安堵のため息をついた後、ラグナはリリスの元に近づいて行った。


「リリ、今から報告のためにアルフレッド様に連絡するね。君の今後についても聞いてみるから」


「……わかった……」


リリスの言葉を聞いたラグナはポケットから取り出したデバイスでアルフレッドに連絡する。すると、すぐに電話が繋がった。


『……ラグナか、何かあったのか?』 


「ベルディアス伯爵様の安否が確認できたため連絡しました。それで……伯爵様とそのご家族なんですが、ご息女のジュリア様とサリア様を除いて全員ご病気で寝込まれているようです。屋敷を訪ねましたところジュリア様にそう説明していただきました」


『……病気?』


「はい。珍しい感染症らしいのですがワクチンの手配も終わっているらしく三日後には全員完治するそうです。連絡がつかなかったのはご家族の看病に追われての事らしいです」


『……了解した。では『ラクロアの月』とは関係がなかったということか』


「そのようです。それで今伯爵邸を出てアルシェの騎士団支部にいるのですが、現地の支部長やセガール隊長たちが『ラクロアの月』の潜伏先とみられる廃工場を突き止めて向かったようです。自分もこれから向かおうと思うのですが、リリス様もお連れして大丈夫でしょうか……?」


『……いや、リリス様は支部に置いて行った方がいいだろう。伯爵家の問題が解決した以上、まだ正式な騎士になっていない彼女を無理に危険に晒すわけにもいくまい。騎士学校を次席で卒業したとはいえ彼女はまだ実戦を知らないからな、下手をするとお前が彼女を守りながら戦うということにもなりかねない。リリス様の今後についてはレイナード様に連絡を取って決めてもらうが、伯爵家の問題に『ラクロアの月』が関与していないのならばおそらく王都に戻ってきてもらうことになるだろう』


「……わかりました。ではそのようにお伝えします。それと、本部から援軍を派遣していただけそうでしょうか? 今支部にいるのですが、支部長のコットンさんを含め実戦経験のある方たちは軒並み廃工場に向かってしまったらしく支部に残っている方たちがとても不安そうで……ベテランの方たちが『ラクロアの月』の対応に追われているため、現状町の警備に若干不安もあるかと……」


『そうか……今、上と交渉しているのだがな、なかなか時間がかかりそうだ。すまないがもう少し待ってくれ。だがベルディアス伯爵がアルシェにいる以上、上層部も無視はできないだろう。必ず援軍を寄越す、それまではなんとか頼む』


「了解しました」


『しかしコットンも含めて戦闘能力の高い者たちを町に一人も残さず、ということは敵の数が多く質が高いという情報をセガールたちが掴んだということが予想できる。しかも私に連絡を入れる暇もなかったということは、急いで向かうだけの価値――つまり幹部や副官を含む直属の部下がいる可能性が高いということだ。向かうのならば細心の注意を払い任務に臨んでくれ』


「はい! では失礼します」


 ラグナは通話を切るとリリスの方を向いた。


「……リリ、君はここで待機するよう指示されたよ。ごめんね、君が強いのは俺も知ってるんだけど……」


「……ありがとう、でも平気……足手まといになる可能性があるって、自覚あるから……まだ私は新人騎士にもなってないし……今回来たのだってお兄様のゴリ押し……」


「リリ……」


 ラグナが悲しそうな顔をするとリリスは首を横に振る。


「……そんな顔しないで……本当に大丈夫……それにラグナの方が危険な場所に行く……だから自分のことだけ考えて……それで、必ず生きて戻ってきて……待ってる……」


「……わかった。必ず戻ってくるよ。だから待ってて」


 コクリと頷いたリリスを見たラグナはバックに中を整理した後、肩にかけ直し支部の入口に向かった。


「じゃあ、リリ。行ってくるね」


「……気をつけて……ジョイも……」


「おう、行ってくるぜリリちゃん」


 手を振るリリスに応えたラグナとジョイは騎士団支部を後にした。 



 その後廃工場に向かうべく町の中を走っていたラグナだったが衝撃の映像が飛び込んできた。目の前に立っていた修道服を着た少女が突然前のめりに倒れてきたのだ。とっさにその体を抱きとめると、安否を確認するため急いで呼びかける。


「ちょ、大丈夫ですかッ!? どこか具合が悪いんですかッ!?」


 死んだように体を預けてくる桃色の髪をした少女にラグナが必死に呼びかけると、きゅぅぅぅという可愛らしい腹の虫が聞こえてきた。


「……え……?」


「お……おなかが空きました~……」


「お、おなかが空いた……?」


 どうやら目の前の修道女はただ空腹で倒れそうになっていただけのようだ。 


 少女の死にそうな声を聞いたラグナは目を瞬かせた後に、バックから小さなバスケットを取り出した。中には今朝家を出る前に作っておいたサンドイッチが入っており、昼にでも食べようと思っていたのだが――。


「あの……もしよかったら食べますか……?」


「いただきます~!!!」


 バスケットを開けて見せるや否や少女は入っていたサンドイッチを右と左の手で一つずつ掴むと頬張り始める。そしてムシャムシャと咀嚼するたびに幸せそうな顔を見せた。


「おいしいです~! 卵の風味とふわふわ感が絶妙、クリーミーなタマゴサンド! 甘いテリヤキソースが絡んだ野菜とジューシューな鶏肉がたまらないテリヤキチキンサンド! ツナとマヨネーズが交互に持ち味を引き出しているツナマヨサンド! トマトの酸味とレタスのシャキシャキ感、そしてカリカリに焼かれたベーコンの香ばしさが決め手のBLTサンド! どれも最高です~!!!」


「そ、そうですか。よかったです……」


 苦笑いするラグナを尻目に少女は全てのサンドイッチ平らげ、満足げに息を吐いた。


「ふぅー……おいしかったです~」


「あはは……具合が悪いとかじゃなくてよかった。じゃあ俺は急ぐのでこれで失礼します」


「待ってください~!」


 立ち去ろうとするラグナの腕をがっしりと掴んだ少女はニッコリと微笑む。


「ご飯をご馳走になった以上キチンとお礼をさせてくださいな~。貴方はお金が無くてご飯も買えず餓死しそうになってた私の命の恩人ですよ~」


「あ、いえ、そんな気にしないでください。大したことはしてないですから」


「いやいや空腹で死にそうな私を助けてくださったじゃないですか~。十分たいしたこと――あら~? 貴方もしかして~」


「……はい……?」


 まじまじと顔を見てくる少女にラグナは困ったような顔をするが、少女はしばらく少年の顔を見続けた。


「あ、あのー……俺の顔に何か……?」


「あ、すいません~。なんでもないんですよ~。え~と、それでなんでしたっけ~、体でお礼すればいいんでしたっけ~」


「いやそんなこと言ってないですけどッ!?」


「そうでしたっけ~? でも私、今手持ちが何もなくて~、私の崇める神も『男は下半身で物事を考える生き物だ、礼がしたけりゃとりあえず一発やらせてやれ』って言ってますよ~」


「どんな神ですかそれッ!? 下品すぎるでしょッ!?」


 ラグナがツッコミを入れていると肩に乗っていたジョイが小声で囁いてきた。


「漫才の最中悪いが急いだ方がいいぜラグナ。幹部クラスが廃工場にいるのなら、今向かったメンツだけではさすがにキツイと思うからな」


「……そうだね。ごめん急ごう」


 ラグナは小声で謝罪すると修道女の方を向いた。


「あの、ホントに気にしないでください。それと本当に急いでいるので――それではッ!」


 相手の反応を待たず銀色の『月光』を纏ったラグナは近くにあった建物の壁を蹴り、屋上まで一気に登る。そしてそのまま連なったビルや店などの建物の上を跳び超えながら走り始める。


「いや、悪いなラグナ。任務の途中じゃ無ければあの可愛い姉ちゃんとくんずほぐれつしてても止めなかったんだが」


「いや任務中じゃなくてもくんずほぐれつなんてしないよッ!?」


「ゲへへ、どうだかなー。あの姉ちゃんリリちゃんと同じかそれ以上の爆乳だったぜ、お前だって気づいたろこのスケベめ」


「いや、美味しそうにご飯を食べてるところしか見てないからねッ!? ……美味しそうにご飯を食べると言えば――そういえばブルトンに向かったブレイディアさんは大丈夫かな……?」


「平気だろ。嬢ちゃんなら今頃お前の手製のサンドイッチでも美味そうに頬張ってるだろうぜ。だから安心しな」


「……そうだね。ブレイディアさんなら強いしきっと大丈夫だよね。よし、俺達は目の前のことに集中だ、全力疾走で向かおう!」


 ラグナはデバイスに表示されたマップを片手に町の頭上を跳び回りやがて町の外に出た。その後もしばらく『月光』を纏って走り続けやがて眼前の荒野の中に巨大な廃工場が立ち並ぶエリアに出る。目的地には最短で着いたものの少年の息は荒く、汗が頬を伝って流れ落ちた。


「はぁ……はぁ……つ、着いた……」


「いや、急いでとは言ったが何も『月光』まで使わなくてもよかったのによ。大丈夫かよ、『月光』って纏うと体力相当消耗するだろ」


「う、うん……でもなんかジョイの話を聞いたらセガールさんたちがピンチになってるような気が急にして……そしたら体に力が入っていつの間にか、ね……」


「直感ってやつか……じゃあマジで急いだ方がいいかもな。でも『月光』使ってこんだけ走ったんだ、疲れてるだろ……戦えそうか?」


「うん、平気だよ。でもちょっと喉が渇いたかな」


「じゃあこれをどうぞ~」


「あ、ありがとうございま――うわああああああああッ!?」


 少しでも体力を回復させるため『月光』を消したラグナは後ろから差し出された水入りにペットボトルを受け取り飲み干そうとした瞬間、悲鳴をあげた。なぜなら――引き離したはずの修道女がいつの間にか自分の後ろにいたうえ、どこで買ったのかわからない水入りのペットボトルを持っていたからだ。驚愕する少年に穏やかな笑みを少女は向ける。


「も~、急に私を置いて行っちゃうからビックリしましたよ~。あんなに急いで走ってるから喉が渇くだろうと思って追いかけながら自販機で飲み物を買っておいたんですが~、正解でしたね~。いや~でも小銭ポケットに入れてるのすっかり忘れてましたよ~。走ってたら気づいたんですけどね~」



 ジョイは目の前の少女を見ながら内心かなり驚いていた。


(ま、マジかよ……ラグナはかなり速かった。並みの騎士じゃ絶対追いつけないような速度で走ってたっつうのに……このお嬢ちゃんは自販機で飲み物を買いながら、しかも俺達にいっさい気配を悟られずに追跡してきたっつうのかよぉ~……!? 何者だよいったい……)


 ジョイはにこやかに笑う美少女を見ながら顔を引きつらせた。


 イレギュラーな人物の登場に驚きながらも眼前にそびえ立つ巨悪の根城から感じる恐ろしさにラグナは身を震わせる。再び『ラクロアの月』との戦いが少年に迫っていた。 

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