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22話 ベルディアス伯爵邸にて 後編

 車は程なくしてベルディアス伯爵の別邸に到着した。全員が車から出るのを確認したラグナは『銀色の月光』を纏うと腰に下げたホルダーケースの中から『月錬機』を取り出そうとしたが――。


「待ちたまえラグナ君。その前にもう一度インターホンを鳴らしてみようじゃないか。先ほどは出なかったのかもしれないが今度は誰かが出るかもしれない。強行突破はその後だ」


「……わかりました」


 監視カメラの前に出た男爵に促されもう一度インターホンを鳴らす。どうせ出ないだろうとラグナ達は思っていたが、予想外の事態が起こる。


『……はい、こちらベルディアス伯爵邸です。ご用件はなんでしょうか』


「えッ!?」


 先ほどとは打って変わりすぐにインターホンから声が聞こえ思わずラグナは驚きの声をあげてしまう。しばらく目を瞬かせてしまったがインターホンから再び声が聞こえて来た。


『……ご用件はなんでしょうか』


「え、あ、す、すみません! えっと、ベルディアス伯爵様にお取次ぎ願えないでしょうか。キングフロー伯爵家のリリス様とボルクス男爵様が緊急の用件で伯爵様にお会いしたいと仰っているのですが……」


『……かしこまりました。今迎えの車を手配します』


 その言葉に対して男爵が横から口を挟む。


「いや、車で来ているので大丈夫だ。門を開けてくれるだけで構わない」


『……失礼しました。では、急いで門をお開けします』


 するとすぐに門が開き、一行は車に乗り込むとベルディアス家の敷地の中に入って行った。そして屋敷に到着すると一人のメイドに出迎えられる。


「ようこそおいでくださいました。広間にご案内いたします」


 声から先ほどインターホン越しに会話した人物ではないかとラグナは推察した。黒い前髪を切りそろえ後ろ髪をお団子状にした三白眼のメイドは一礼した後に玄関から広間へと一行を案内する。玄関からして豪華絢爛な造りだったが、大広間も凄まじかった。家具を取り除けばそのままダンスパーティを開けそうな広い部屋の中にある巨大な縦長のテーブルを始め、頭上のシャンデリアや金色の額縁に入れられ壁に張り付けられた高価そうな絵画、棚に並べられた骨董品など――それはまさに貴族の屋敷らしい部屋だった。


 その後ラグナとジョイを除く全員が巨大なテーブルを囲むように並べられた豪華な椅子に着席すると紅茶とクッキーが並べられる。


「どうぞお召し上がりください。今この屋敷の代表者をお連れします」


 そう言ってメイドが広間から出て行ったのを見たラグナは頭の中で疑問符を浮かべる。


(……代表者? 変わった言い方をするなぁ。こういう時って旦那様とかご主人様っていうんじゃなかったけ? ……まあでも俺もそんなに詳しいわけじゃないし。これが普通なのかもしれない。……それにしても普通に招き入れてもらえるなんて……さっきは本当にただ留守だっただけなのか? 連絡がつかなかったのもただ単に何か用事があって家を出ていたからってだけなんだろうか……)


 そんな自問自答をしていたラグナに突然ボルクス男爵が顔を向けて来た。


「ラグナ君、君も座ったらどうかね?」


「……いえ、自分は招かれた客としてではなく任務で来ているので。伯爵家のリリ――リリス様はともかく着席する権利が自分にはありません」


 ラグナは現在防衛の観点からリリスとボルクス男爵が並んで座っている椅子の後ろに立っていた。


「まあ護衛の騎士としては確かにその通りなのかもしれないが……しかしリリス様は立っている君が気になって仕方が無いようでね」


 言われてリリスの方を見ると、無表情ながらもじっとこちらを見つめていることに気づく。その瞳からは申し訳ないという気持ちが感じられたため苦笑した。


「……お気遣いはとても嬉しいのですが、屋敷の中に入れたとはいえベルディアス伯爵様のお顔を確認するまではこの場所が完璧に安全とは言い切れません。いざという時にいつでも動けるようにしておかなければいけないのです。お二人の安全を守るのが何よりも優先されることなので」


「そうか……そう言われてしまうと何も言えないな。悪かった、しっかりと私たちを守ってくれたまえ」


「はい!」


 男爵は前を向いたが、なおもこちらを見続けるリリスに小声で伝える。


「ありがとう、でも大丈夫だから」


 笑顔でそう伝えると、リリスは不満げながらも納得したように頷くと前を向いた。それから一分もしないうちに大広間の扉が開く。ベルディアス伯爵が現れたのかとそちらを向くと、予想外の人物が先ほどのメイドと共に現れたため友人二人は思わずその名を声に出してしまう。


「じゅ、ジュリアッ……!?」


「……ジュリッ……!」


 栗色のツインテールを揺らしながら現れたジュリアはラグナとリリスを悲しそうに見た後、いつものような凛とした表情に戻った。そして口を開く。


「ラグナ、リリ……なぜここに……?」


 親友の無事な姿を見て嬉しそうに涙を浮かべるリリスに代わりラグナが答える。


「なぜって……ベルディアス伯爵様がこのアルシェにご家族と一緒にいるはずなのに連絡が取れないって聞いてそれで来たんだ。この町近郊には『ラクロアの月』っていうテロリストグループの幹部が潜伏してるらしいしそれに関連して何か起こったんじゃないかと思って。リリも君にずっとメールしてたらしいけど返信がないからってずっと心配してたんだよ」


「そうだったのですか……心配をおかけして申し訳ありませんでした」


「でも無事でよかったよ。さっきもこの屋敷に来た時インターホンを鳴らしても誰も出ないからもしかして屋敷の中に監禁されてるのかと思ったんだ。それでボルクス男爵様のお力添えで強引に突入しようとしてたんだよ」


 ラグナの言葉を聞いたジュリアはボルクス男爵に目を向ける。心なしかその眼は鋭い気がしたが、杞憂だろう。なぜなら伯爵令嬢は男爵に対してすぐに恭しく礼をしたのだから。


「……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、ボルクス男爵」


「いいえ、ご無事な姿を拝見し私も安心いたしました」


 その後二人は不自然なほど何も言わなくなったのでラグナが再び話しかける。


「……ところで……ベルディアス伯爵様はどちらに? ……というかさっきメイドさんが屋敷の責任者を連れてくるって言ってたのにどうして君が?」


「……そうですわね。キチンと説明いたしますわ――実は今、私を除く家族の大半が病にかかっているのです」


「え、病気ッ……!?」


「ええ。連絡がつかなかったことや先ほど訪問していただいた時に出られなかったのはそのせいですわ。屋敷の使用人や私も看病に追われ気が付かなかったようです」


「そうだったんだ……だけど病気って……風邪とかじゃないよね?」


「違いますわ。かなり珍しい感染症らしく全員熱を出して寝込んでしまっているのです。ですがワクチンを取り寄せる手配を済ませたのであと三日もすれば届くと思いますわ。そうすれば家族全員すぐにでも元に戻るので安心してください」


「そっか……それならよかったよ。あ、でもベルディアス伯爵様の顔だけでも拝見出来ないかな? 実は任務で来ていて安否の確認をしなくちゃいけないんだ」


「……わかりましたわ。ただしうつるといけないのでマスクなどの最低限の装備はしていただきます。よろしいでしょうか?」


「うん、わかったよ」


 その後準備を整えたラグナ達は伯爵や婦人、その子供であるジュリアの兄弟が寝ている寝室に案内される。別段疑っていたわけでは無いが、説明された通り大量の汗をかいて苦しそうに寝ている彼らを見てジュリアの言ってることが正しかったのだとあらためて理解した。全員の症状を見た後、一行は再びリビングに戻ってくる。


「……これでわかっていただけたでしょうか? 今回の件は『ラクロアの月』とは関係ありませんわ」


「……うん。大変だったんだね」


 ラグナは苦しそうな伯爵たちを思い浮かべ顔を歪めた。そしてボルクス男爵も悲しそうに顔を手で覆う。


「おいたわしや。伯爵やご家族がこのような事態に陥っていたとは。そんなこととは露知らず……私は友人失格だ。つらい時になんのお助けも出来ず本当に申し訳ありませんでしたジュリア様」


「……いいえ。お気になさらずに」


 ジュリアがそう返した時だった、リリスが首を傾げながら口を開く。


「……ジュリ、サリちゃんは……? ……ベッドで寝てなかったから……」


「…………」


 ジュリアはその問いかけに一瞬、沈黙する。ラグナは聞きなれないその言葉を目を瞬かせながら繰り返すように言った。


「サリちゃん……?」


「……私の妹ですわ。サリアといいます。私と同じで感染症にかからなかったので今も元気ですわ。それで買い出しを頼みましたの。私や使用人は看病のためこの屋敷を出られないので」


「そうだよね、看病するにはいろいろ必要だから」  


「……ええ」


 ジュリアは答えた後、一度咳払いをしてから再び皆を見回した。


「皆さん、来ていただいてとても嬉しかったのですが、そろそろお引き取り願えないでしょうか。おもてなししたいところなのですが、この通り看病に追われる身なので」


「ジュリア、俺達も何か手伝おうか……?」


「……手伝う……」


「……ありがとうございます二人とも。ですが大丈夫ですわ。私や使用人……妹もいます。人手は十分に足りていますの」


「だけど……」


 渋るラグナの右肩に男爵が優しく手を置いた。


「ラグナ君、気持ちはわかるがジュリア様もこう言っている。それに君には『ラクロアの月』の幹部を倒すという使命があるのだろう?」


「ボルクス男爵様……」


 加えて左肩に乗っていたジョイも頷く。


「男爵様の言う通りだぜラグナ。伯爵様の安否が確認できた以上、俺達は次の仕事に取り掛からなきゃいけねえ。『ラクロアの月』の幹部を討伐することが俺達の元々の任務だったはずだ」


「……うん、確かにそうだけど……」


 理解は出来ても納得できないラグナにボルクス男爵は優しく微笑む。


「安心しなさいラグナ君。君の代わりに私がここに残ろう。ベルディアス伯爵は私の友人。今まで何も出来なかったのだ、今度こそ助けになろうと思う。だから君は君の出来ることをやりなさい。『ラクロアの月』を放置することがどれだけ危険か君ならばわかるだろう?」


「……わかりました。男爵様、後の事よろしくお願いします」


「ああ、まかせたまえ。ところでリリス様はこの後どうなさいますか?」


「……私は……」


 リリスはジュリアの顔を一瞬見た後、ゆっくりと口を開く。


「……ラグナについて行きます。ボルクス男爵、ジュリ達のことよろしくお願いします……」


「わかりました。お任せください」


 それを聞いた二人は再びジュリアを見つめる。


「任務が終わったらまた立ち寄るから。その時は必ず手伝うよ」


「……ジュリ、何かあったら携帯に連絡して……約束……それと、これ書状……渡しておくね……」


 リリスから書状を受け取ったジュリアはフッと表情を崩す。


「ラグナ、リリ……お心遣い感謝いたしますわ」


 ジュリアの穏やかな顔を見たラグナ達は屋敷の玄関口に向かったが、男爵に呼び止められる。


「待ちたまえ。これからどこに向かうつもりなのかな?」


「これから騎士団支部に向かおうと思っています」


「そうか、では乗って来た車を使うといい」


「ですが……それでは男爵様の足が無くなります」


「問題ない、私はどのみちここに残るのだ。それに騎士団支部に君達を送り届けた後はこちらに戻って来させる、いざとなれば伯爵家の車をお借りするという方法もあるんだ。だから心配する必要はない」


「いえ、しかし……」


 男爵はこちらの返答を待たずポケットから携帯を取り出すと運転手に話を取り付けた。ラグナはそれを見てもはや断れないと思ったのか深々と頭を下げる。リリスとジョイもそれに続いた。


「……ボルクス男爵様、ご配慮くださりありがとうございます」


「……今回の件、キチンと父にも伝えさせていただきますので……重ね重ねお礼申し上げます……」


「いえいえ、お気になさらず。リリス様、どうかお気をつけて。ラグナ君、リリス様を頼んだぞ」


「はいッ! それでは失礼します」


 再び頭を下げたラグナは大広間を出て行き、リリスもその後について行く形で屋敷を出た。その後、外に待機していた車に乗り込むと騎士団支部に向かって走り始める。ジョイは今後の予定について話すべく窓から外を眺めていたラグナに向かって口を開いた。


「ラグナ、とりあえず支部についたら旦那に連絡した方がいいぜ。伯爵の件についてずいぶんと気を揉んでるだろうからな。それにリリちゃんの今後についても相談する必要があるだろ」


「そうだね、そうするよ。あ、でもだったら今から連絡しても――」


 その言葉にジョイは首を横に振り運転手に羽を向ける。


(そうか……重要事項だから関係者以外の前じゃ話しちゃ駄目ってことか)


 ラグナは納得すると窓を見ていたリリスの方に目を向けた。


「……リリ、俺の気のせいかどうかわからないんだけど……ジュリア、様子がおかしくなかったかな?」


「……私もそう思う……」


「やっぱり……でも、だったらリリだけでも残ってた方が良かったんじゃ……」


「……ううん……ジュリはあのまま残っていてもきっと理由を話さなかったと思う……それに今のジュリは私達がそばにいるとすごく辛そうだったから……」


 リリスの言葉をなんとなく理解できたラグナはつらそうな顔をした後、真剣な顔つきになった。


「……リリ、もしジュリアが俺達に助けを求めてきたら、その時は必ず助けよう」


「……うん……」


 笑顔で頷いたリリスを見て微笑んだラグナは窓の外に視線を移す。これから向かう先は騎士団支部。そして最終的に向かい合うであろう敵の姿を想像しながら気を引き締めた。本当の意味でここからが任務の始まりなのだから。  

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