20話 旅立ちの朝
ラグナ、ブレイディア、ジョイの三名はいつものように団長室でアルフレッドを前にして会議を始める。まず最初の内容は昨日捕まったモックの供述が正しかったかどうかだ。
「――昨日お前たちが捕らえたモヒカン頭の男――モックの証言だが、記憶を読んだところブレイディアが自白させたものと内容はほぼ同じだった。だが新たな事実も判明した。フェイクとブルゴエラの他に幹部補佐と呼ばれる副官や二人の直属の部下も二人の向かった町にいるらしい。名前や顔、能力まではわからなかったが、いずれも昨日お前たちが戦ったモック達よりも遥かに強いようだ」
アルフレッドの話に対して三名は眉間にシワを寄せる。得体の知れない幹部に加えてさらなる強敵が現れたのだ、無理もない。しかしすぐに切り替えたブレイディアは問いかける。
「……なるほど、要注意ってことね。それで、フェイクとブルゴエラが二つの町のうちどっちに向かったかはわかったの?」
「……いいや。どちらがアルシェとブルトンに向かったのかはモックもわからないようだ。しかも昨日のうちにアルシェとブルトンに駐留している騎士に連絡を取ってみたが二人の幹部やその部下を見たものは誰一人いないようだった。どうやら巧妙に隠れているらしい」
「そっか……ってことは結局どっちがどっちにいるかわかんないわけね。でもどっちかはわからないけど幹部二人は確実にアルシェとブルトンにいる。なら行くしかないでしょ」
「ああ……そうだな。そこで――ブレイディア、ラグナ、お前たちにはそれぞれ分かれてアルシェとブルトンに向かってもらいたい。ジョイは二人のうちどちらかのサポートを頼む。正直派遣できる数少ない戦力の分散は危険だが、二人の幹部のうち一人でも放置すれば何が起きるか想像するのも恐ろしいのでな。戦闘能力の高いお前たちには戦力の要として現地に向かい駐留している騎士と協力して事に当たって欲しい。非常に危険な任務になるが、どうか頼む」
「私は全然大丈夫。……だけど、ラグナ君は平気……? ラグナ君が強いのは知ってるけど、まだ色々不安なこととかあるんじゃないかなーって思ってさ。どうかな? もしそうなら無理しないで言って」
おそらくカーネル湖で負けそうになった時のような事態を心配しているのだろう。どれだけ強かろうとラグナの精神は年相応、経験の無さはどうしても戦いの中で出てしまう。だが心配そうに見上げてくるブレイディアを安心させるように少年は穏やかに笑う。
「俺なら大丈夫です。まだまだ未熟者ですけど、ちゃんと戦えます。確かにカーネル湖では弱気になってしまいましたが、今度は平気です。ブレイディアさんに言われた通り心を強く持って頑張りますから。それに現地には駐屯騎士の方たちもいますし、困ったときはその人たちを頼りますよ」
「そう? ……ラグナ君がそういうなら私は何も言わないけど。本当に無理はしないでね」
「ありがとうございます。ところで、行くにしても、どっちがどっちに行きましょうか?」
「どっちにしようか。ラグナ君は希望ある?」
「俺はどちらでも構いません。どの町も行くのは初めてなので。ブレイディアさんはどうですか?」
「うーん……私はどっちかというとブルトンかな。あそこは一時期任務で住んでたことがあるんだ。だから町の構造とかよく知ってるし」
「じゃあ決まりですね。俺がアルシェに向かいますよ」
「わかった。あとジョイはラグナ君について行って。頼んだよ、ラグナ君を守ってあげて――」
「おう、まかせ――」
「――弾避けとして」
「ふざけんなッ!?」
ジョイのツッコミを華麗にスルーしたブレイディアは団長に向き直る。
「団長、そういうわけで私はブルトン、ラグナ君とジョイはアルシェに向かうよ」
「了解した。三人とも気を付けて行ってきてくれ。それとアルシェにはセガールを、ブルトンにはジャスリンを昨日のうちに向かわせてある。彼らとも協力して任務に当たってくれ」
「え、セガールさんとジャスリンちゃんを? 貴族たちがよく許可したね。二人とも騎士団で上位の戦闘能力の持ち主なのに」
「ああ、あるお方の口添えのおかげでな」
「あるお方? ……まあいいや。とにかく決まったしちゃっちゃと準備を始め――」
ブレイディアが言いかけた時だった、その言葉を遮るように団長室の扉がノックされる。来客の予定などは無く、アルフレッドは朝早くに何事かと思いながらもドアに呼びかける。
「……入って来てくれて構わない」
アルフレッドがそう言うと三人の男たちが団長室に入って来た。三人のうち二人は豪華な赤いコートを羽織った傭兵のようないでたちの男だった。そして男たちの真ん中にいた赤いネクタイを締め白いスーツの上から同色のフロックコートを着た長身の青年が一歩前に踏み出すとこちらに向かってにこやかな笑顔を向けて来た。
「おはようございます騎士団長殿と騎士諸君」
その青髪の美しい青年がこちらに声をかけた瞬間ラグナ以外の全員が驚き突如跪く。その後アルフレッドも急いで立ち上がるとブレイディアたちに並びながら跪いた。それを見た少年は慌てて全員に倣う。その様子に青髪の美青年は頬を掻きながら苦笑した。
「いやいや、そんな跪かなくても結構ですよ。公式の場ではないのですから」
それを聞いたアルフレッドは跪きながら頭を深く下げる。
「……申し訳ありません。知らなかったとはいえキングフロー家次期当主であるレイナード様に無礼を働いてしまいました。どうかお許しを」
「そんなこと気にしていませんよ。それにアポなしで突然来たのは私の方ですから。あとその格好のままだと話しにくいので出来れば普通に立っていただけないかと。次期当主に内定しているといってもまだ当主になったわけではないですからどうか硬くならずにお願いします」
「……かしこまりました」
アルフレッドがそう言いながら立ち上がると、ブレイディアたちも続いて一斉に立ち上がる。すると突然レイナードはラグナのそばに早歩きで駆けよってきた。そして笑顔で少年の手を握って来たのだ。
「おお! 君がラグナ・グランウッド君だね? 初めまして、レイナード・フォン・キングフローだ。どうぞよろしく」
「え、あ、はい。ラグナ・グランウッドです。よろしくお願いします」
「うんうん。レギン王国を救ってくれた英雄に一度会ってお礼をと思っていたんだ。だから言わせてくれ――ありがとう、君のおかげで我が国は救われたよ」
「そう言っていただけるのはありがたいのですが……自分一人でやったわけではないですから……」
「いやいや謙遜することは無い。君のその類まれな力のおかげさ。ところで君は白服ではないんだね。確か『英雄騎士』の称号を持つ者は団長、副団長と同じ騎士団全権を取り仕切ることの出来る白服を着る権利が与えられるはずだが……」
ラグナの黒い軍服を見ながらレイナードは首を傾げた。それに対して少年は首を横に振る。
「白服を着る権利が自分にあるとは思えません。自分には『英雄騎士』の称号だけでも荷が勝ちすぎています。それに騎士団を指揮するような能力は自分にはありません。まだ戦術のいろはもわからないので」
ラグナが困ったように言うと横からアルフレッドが助け舟を出す。
「ラグナの希望でもあるのですが、彼には順を追って騎士について学んでもらおうかと思っています。今はまだ騎士団に入って一か月しか経っていないのでまずは騎士の仕事に慣れてからと考えております」
「なるほど、確かにその方がいいかもしれませんね」
レイナードは再びラグナに向き直ると謝罪した。
「すまなかったね、余計なことを言ってしまって」
「い、いえ、そんなことは……」
それを聞いたレイナードは微笑みながらラグナの手を離すとアルフレッドの方を見た。
「そろそろここに来た要件を話した方が良さそうですね。長居しては邪魔になってしまいますから。ですがその前にエラーゾ男爵の件はどうでしたか? 一応こちらでうまく言っておいたのですが、何か苦情や処罰を求める連絡は来ましたか?」
「……いいえ、今のところは来ていません。エラーゾ男爵の件、穏便に済ませていただきありがとうございました」
「そんな、お礼を言われるようなことじゃありませんよ。優秀な仕事をしてくれた騎士を罰することなどあってはいけませんからね。それにあれはエラーゾ男爵にも非がありますから。だいたい貴族は騎士をぞんざいに扱いすぎなのですよ。しかもディルムンドの反乱によってそれに拍車がかかってしまった。もっと貴族と騎士の間には信頼関係が必要だと私は思います。今回の『ラクロアの月』の幹部がいると思しき二つの町への騎士派遣に我がキングフロー家が口添えしたのもその思いあってのことなのです」
「……この度のこと、感謝の念に堪えません」
「いいえ、当たり前のことをしたまでです。……ああ、また話がずれてしまいましたね。ここに来た要件を話そうとしたのに。すみません、実はあるお願いがあってここに来たのです」
「お願い……?」
「はい。実は今回の騎士派遣に同行させたい者がいるのです。……入って来なさい」
レイナードがそう言うと青いセミロングの髪を揺らしながら黒い軍服を着た少女が団長室に入って来た。ラグナはその姿を見て思わず口を開いてしまう。
「リリッ……!?」
「……久しぶり、ラグナ……」
リリスはいつもと同じように抑揚の無い声でラグナに挨拶するとアルフレッド達に一礼した。それを見届けたレイナードは話を続ける。
「この子――私の妹のリリスを今回の任務に連れて行ってほしいのです」
「……理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです。今回の問題となっている二つの町の一つ――アルシェで問題が起きているやも知れないのです。実は一週間ほど前にそのアルシェに休暇を利用しお忍びで向かったベルディアス伯爵やそのご家族とここ数日連絡が取れないのですよ。本来ならば数日連絡が取れなくなった程度で騒ぎ立てはしませんが、アルシェには『ラクロアの月』の幹部たちが潜伏しているらしいと聞いております。これでは心配するなという方が無理な話。そこでこのリリスに書状を持たせてベルディアス家に届ける役目を与えたいのです。まあ書状といっても安否を確認する簡単な手紙のようなものですが」
「ベルディアス伯爵がお忍びでアルシェに……わかりました。でしたら書状は我々が――」
アルフレッドの言葉をレイナードは首を振って否定する。
「いいえ、たとえ伯爵が無事だったとしてもおそらく騎士だけでは直接会ってくださらないと思います。今回アルシェに向かう際に騎士に護衛を頼まずお忍びで向かったのも騎士への不信感から来るものでしょう。昔から気難しい方でしたが、ディルムンドの反乱によって今回それが悪い方向に出てしまったようです。しかし騎士は駄目でも同格の貴族の娘が一緒ならば会ってくれるはず。そのうえうちのリリスは騎士学校を次席で卒業しています。有事の際は戦闘要員としても使えるでしょう。身内びいきを抜きにしてもこれほど適した人材はいないと思うのですが」
「しかし……リリス様は騎士訓練学校を出たといってもまだ採用試験を通過していません。正式な騎士とはいえない彼女を任務に連れて行くわけには……」
「確か訓練学校を卒業した生徒は緊急事態に限り騎士団長の許可があれば騎士として扱う事が出来ると法律で定められていたはず」
「…………それは緊急事態による一時的な措置です」
「テロリストの幹部がいるかもしれない町にこの国の名だたる七大貴族の当主がいる――十分緊急事態と言えるのではないですか?」
「…………」
厳しい表情で黙り込むアルフレッドにレイナードは微笑む。
「まあ最終的に判断するのは騎士団長殿です。いちおう父には話を通していますがこれは王族を通した正式な要請では無くあくまで私個人の『お願い』ですので。なにせ事実確認も何も取れていませんから。ベルディアス伯爵たちがアルシェに向かったという情報も私独自に得たものに過ぎません。それにもしかしたらベルディアス伯爵はこちらの連絡に気づいていないだけで、ただ休暇を純粋に楽しんでおられるだけなのかもしれないですしね」
ブレイディアはレイナードの言葉を聞きながら内心苛立っていた。
(なるほど……騎士派遣に口添えしたお方ってコイツか。それにしてもエラーゾ男爵の件をもみ消した話と騎士派遣に口添えしたって話をした後に『お願い』ね。……ホントいい性格してるよこの腹黒貴族様は。加えてこの状況、団長はレイナードの頼みを引き受けるしか道が無い。けど……いくら騎士学校を次席で卒業してるっていってもほとんど経験を積んでない新人騎士に『ラクロアの月』の相手は流石に荷が重すぎる。足手まといになるくらいならまだいいけど、下手すると死ぬかもしれない。ラグナ君みたいな特例を除けば騎士学校卒業から入隊三年目まではじっくり育てていかなきゃいけない時期なのに……ってゆーかそんな危険地帯に自分の妹放り込むってどういう神経してんの……!?)
アルフレッドは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「……わかりました。お引き受けいたします」
「おお、ありがとうございます。リリスの支度はもう出来ておりますのでいつでも出立できますよ。リリス、先に行って騎士団本部の入口で待っていなさい」
「……はい、お兄様……」
そう言うとリリスはこちらに再び一礼した後、団長室を出て行った。レイナードはそれを見た後、こちらに笑顔を向けて来た。
「こちらのわがままを聞いていただき本当にありがとうございました。では私はこれで失礼します。あまり長居しては出立の邪魔になりかねませんからね。皆さん、突然お邪魔して大変申し訳ありませんでした」
こちらに向かって恭しく礼をした後、護衛を連れたレイナードは出口に向かったが何かを思い出したように立ち止まり振り返る。
「ああ、そうだ。ラグナ君」
「え、は、はい」
「君は次の剣王杯にもちろん参加するよね?」
「けんおうはい……?」
ラグナが首を傾げるとアルフレッドが口を開く。
「入隊して三年以内の新人騎士が出場することになっている競技大会だ。レギン王国、ガルシィア帝国、ハルケルン聖国――の三大国によって共同で例年開催されている。開催場所は順番に変わるが、今年はレギン王国で五か月後に行われることになっている」
「そうなんですか……。じゃあ俺も参加すると思います。入隊して一か月なので」
「そうか。それじゃあその時に君の『黒い月光』が見られるのか。楽しみだよ」
「え、いや、競技大会であんな危険な力は使わないと思いますけど……」
「いいや。君はきっと使うと思うよ。なにせ今年他国から出場する者の中に君と同じ『特別』がいるらしいからね」
「俺と、同じ……?」
「フフ、それでは本当に失礼するよ。またなラグナ君」
護衛を引きつれたレイナードは楽しそうに笑いながら部屋から出て行った。残されたラグナ以外の者たちはその後一斉にため息をつく。そしてブレイディアが最初に口を開いた。
「……本当にいいの? 団長」
「……便宜を図っていただいた以上、こうなるのも致し方あるまい。それにベルディアス伯爵がアルシェにいるとわかった以上迅速に動かねばならん。ここでレイナード様と言い争っていても仕方ないだろう」
「まあね。でも……ラグナ君、私がやっぱりアルシェに行こうか……? なんかブルトンよりアルシェの方がヤバイことになってそうだし……」
「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫です。確かに大変なことになってるのかもしれませんが、俺だけじゃなくセガール隊長や駐屯騎士の皆さんもいますから。なにより俺自身『英雄騎士』の称号に恥じないよう少しでも多く経験を積んで早く一人前になりたいんです、だからやらせてください。お願いします」
「……わかった。でも無理しちゃだめだよ。約束」
「はい、わかりました」
ラグナとブレイディアが指切りしているとアルフレッドが口を開く。
「お前たちには苦労をかけるが、なんとか頼む。私はアルシェとブルトンにもっと多くの騎士を派遣できないか上ともう一度掛け合ってみる。ベルディアス伯爵がアルシェにいるとわかった今ならうまく交渉できるかもしれないからな。では――気を付けて行ってきてくれ。健闘を祈る」
アルフレッドの言葉に頷いた三名は団長室を出た。
「ラグナ君は列車で向かうの?」
「はい、そのつもりですけど……ブレイディアさんは違うんですか?」
「私はバイクで行くよ。ブルトンまでの近道を知ってるし、街中や外で移動するのに使うと思うからさ」
「そうですか……。じゃあここでいったんお別れですね」
「そうなるね。ラグナ君、仕事用のデバイス持ったよね? この任務は日帰りってわけにはいかないから一日一回は必ず団長に連絡を入れてね」
「はい、大丈夫です。ちゃんとわかってます」
「うん、よろしい。なにかあったら私に直接かけてきてもいいからね」
「わかりました。その時はお願いします」
「オッケー。ジョイもラグナ君のことをお願いね、助けてあげて――」
「ああ、わかって――」
「――捨て石として」
「だからざけんなよッ!? なんで俺が犠牲になることが前提になってんだッ!?」
ラグナの肩に乗っていたジョイを再び華麗にスルーしたブレイディアは少年に近づくとその体をそっと優しく抱きしめた。
「……本当に気を付けてね」
「……はい。ブレイディアさんもどうか気を付けて」
ラグナの言葉を聞いたブレイディアは抱擁を解くと、少年に笑いかける。
「――じゃあ任務が終わったらまた会おう」
そう言うとこちらを振り返らずに廊下の奥に消えて行った。
「じゃあ俺らもそろそろ行こうぜ、伯爵令嬢を待たせてるしな」
「そうだね。行こう」
ジョイの言葉に同意したラグナは用意していた黒いバックを肩にかけ直すとリリスの元に向かった。