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19話 勝利と拷問と新たな月光術

 カーネル湖で男の絶叫が響き渡っていた。


「やめろおおおおおおお――おぼぼぼぼぼぼぼぼッ!!??」


 植物の蔓で作った即席ロープで体中をグルグルに巻き逆さづりにしたモックを湖の水の中に投入していたブレイディアは溺れるタイミングを見計らって手に持っていたロープを下に引きモヒカン男を水の中からひっぱりあげた。現在は拷問の真っ最中。湖の近くに生えていた木の太い枝に現地調達した蔓で出来たロープをひっかけることで簡易拷問器具を制作した女騎士は死にかけの男に問いかける。


「そろそろ情報吐く気になった?」


「ふざけんな誰が――おぼぼぼぼぼぼぼぼッ!!??」


 再びブレイディアがロープを持っていた手を緩めると、自らの体重によってモックは水の中に落下する。そして先ほどと同じように息が続くギリギリのタイミングで引き上げる。


「で、まだ続ける? 私はそれでもいいけどね」


「て、てめえそれでも騎士かッ!? こんな悪趣味な拷問なんて騎士はしねえだろッ!? 騎士ってのは清く正しい騎士道ってやつを持ってるんじゃねえのかよッ!?」


「清く正しい騎士道? 悪いけど、どんな手を使ってでも悪人を地獄に叩き落すのが私の騎士道なんだよねぇ。というわけで――あそーれ♪」


「ちょ、やめ――おぼぼぼぼぼぼぼぼぼおぼぼぼぼぼぼぼぼえぶぼおおおおおおおおおおお!!??」


 モックが情報を吐くまでブレイディアの拷問は続いた。



 ラグナとジョイが魔獣を全て始末し戻って来たため、拷問を切り上げたブレイディアは手に入れた情報について話し始める。


「モヒカンの情報によるとここではやっぱり『方舟』やその『鍵』を探してたみたい。それで『方舟』は見つからなかったみたいけど『鍵』は見つけたみたいよ。だけど聞いた話だとどうも『鍵』っていうのは複数あるみたいなんだよね。まあ正確な数は下っ端のモヒカンには知らされてないらいしいけど。それで『鍵』が見つかった後、ついでに人気がないからっていう理由で『変異体』や『合成魔獣』の開発も行ってたらしいよ。ただモヒカンは開発に関わってなかったから大した情報を持ってなかったよ。どうやって通常の魔獣を『変異体』や『合成魔獣』にしてたかは結局わからずじまいだね。重要な機材や道具はもうとっくに運び出されたみたいだし。なんかモヒカンたちはただ完成した『魔獣』を運び出すだけの後処理部隊みたいなものらしいの。どうりで弱いわけだよね、あはは」


「あ、あはは……そ、そうなんですね……」


 ブレイディアの話を聞きながらもラグナは白目を剥きながら青い顔で口から水を流し倒れているモックに注意が向いていた。惨状を見るにどうも水を使った凄まじい拷問を受けたようだ。そんな様子を見かねたジョイは少年の肩に飛び乗る。そして耳元でささやいた。


「困ったことに嬢ちゃんは悪人ドツきまわすの大好きなんだよ。度々やり過ぎることがあるが、今回はまだマシなほうなんだぜ」


「な、なるほど……ま、マシなほうなんだ……」


 マシじゃない奴はどうなるのだろうと思い顔を引きつらせながらもラグナは気になっていたことを聞くべく口を開く。


「そ、そういえば幹部の行方はわかったんですか……?」


「うん一応ね。ただ幹部二人は別々の町に向かったみたい。だから向かった町については団長も交えて話したいから騎士団本部に戻ってからでもいいかな? モヒカンの話した情報が正しいかどうか対象の脳内を読める『月詠』に調べてもらって裏付けも取りたいし」


「そうですね。じゃあいったん戻って――あれ?」


「どしたの?」


 ラグナは右手首が銀色に光り輝いていることに気づく。そしてよく見ると〈アル・グロウ〉の月文字が書かれたすぐ下に新たな月文字が浮かび上がってきていたのだ。やがて完全に手首に刻まれるとブレイディアは興奮したように口を開く。


「おめでとうラグナ君! 新しい『月光術』を君は手に入れたみたい!」


「新しい『月光術』……」


 ラグナは手首に腕輪のように刻まれた新たな力を見て強くなれるという期待と共に新たな戦いの前兆なのではないか、と不吉なものも同時に感じていた。  



 その後モックを連行し王都に帰還したラグナ達は団長室で事後報告を行っていた。アルフレッドはそれを聞きながら深刻そうな顔で腕を組む。


「……そうか。どうやら一足遅かったようだな。しかし変異体を人工的に作り出していたうえに『合成魔獣』などというものまで作っていたとはな。何に使おうとしているかはわからないが、間違いなくロクな使い方はしないだろう。まったく……争いの種を生むのが好きな連中だ」


「ホントにね。で、どうする? フェイクとブルゴエラはそれぞれ別の町に向かったみたいだよ。一つは東にある町アルシェ。もう一つ西にある町ブルトン。どうも作ってた魔獣はそれぞれその二つの町に運ばれる予定だったみたい」


「……まずあのモヒカン男の話が本当がどうか確かめる必要がある。話はそれからだ。今日中に奴の記憶を調べ供述と正しいか照合する。明日8時にまたここに集まってくれ。今日はもう帰ってくれて構わない。それと――三人とも本当によくやってくれた。お前たちのおかげで『ラクロアの月』にまた一歩迫れる」


 アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべ、三名も同じように硬かった表情を崩した。その後ラグナ、ブレイディア、ジョイの三名は部屋から退室した。少年はそのまま帰ろうとしたが、女騎士が突然声をあげる。


「あ、ごめんラグナ君。明日忙しくなりそうだから今のうちに書類整理しておきたいんだ。だから先に帰っててくれる?」


「え、それなら手伝いましょうか?」


「平気だよ。そんな大した仕事じゃないから。すぐ終わらせて帰れると思う。だから先に戻ってて」


「わかりました。じゃあ夕飯作って待ってますね」


「ありがとう! ちなみに今日のメニューは?」


「クリームシチューと牡蠣のムニエルです。サラダはシーザーサラダにしようかと思ってます」


「わー、おいしそう! すっごく楽しみ! じゃあちゃっちゃと終わらせてくるね! ふんふーん♪」


 ブレイディアは鼻歌を歌い無邪気にスキップしながら廊下の奥に消えて行った。ラグナの肩にとまっていたジョイはそれを見ながらつぶやく。


「……信じられるか? あれ二十一歳の騎士団副団長なんだぜ?」


「あはは……。でもああいう可愛らしいところがブレイディアさんの良いところだよ。さ、帰ろうか」


「そうだな」


 夜道を歩き真っ直ぐ家に向かっているとジョイが何かを思い出したように話しかけて来た。


「そういえばお前新しい『月光術』覚えたんだよな? だったら今のうちにどんな術か確かめといた方がいいんじゃね? 明日になったら多分そのまま任務に直行させられると思うぜ」


「あー……確かに。でも街中で『月光術』なんて使ったら危ないんじゃないかな」


「人気のないところなら大丈夫だろ。時間も時間だし、ほらあの公園なんかいいんじゃないか」


 ジョイが羽で示した公園には見覚えがあった。ラグナが最初にブレイディアと出会い、ドルドと戦った例の公園である。戦闘の痕跡は流石に消えていたが、その時のことは未だに鮮明に思い出すことが出来る。立ち尽くす少年に赤い鳥は不思議そうに問いかける。


「どうかしたか?」


「……ううん。なんでもない。確かにあの公園なら大丈夫かもね。行ってみようか」


 ラグナ達は公園に足を踏み入れた。そのまま川が見える場所まで向かうと早速銀色の『月光』を纏う。ただ周囲への配慮から量は少なめにしておく。


「ジョイ、一応離れてて。危ないかもしれない」


「了解だ」


 ジョイが離れたのを確認すると、深呼吸しながら夜空に向かって右腕を伸ばし新たに刻まれた月文字を詠みあげる。


「……〈アル・ラプト〉」


 唱えると『月光』が空に伸ばした右腕に集まり、やがて術の形となる。美しい銀色の光が周囲を照らしそれを見たジョイは声をあげた。


「おお、これは――」


 そしてとうとうラグナの新たな術の全貌が明らかになる。ジョイはそれを見てまたしても声をあげた。


「――これは……これ……は……なんだこれ……」


 それはふわふわと宙に浮かぶ銀色のピンポン玉程度の球体。宙に浮遊する用途不明の銀色のしゃぼん玉を見たラグナは困惑した顔を見せた。


「……なんだろう。これ……」


「いや、わかんねえけど……なんか効果があるんだろうな……たぶん」


「うーん……」


 ラグナはとりあえず銀色のシャボン玉を指でつついてみたが、プカプカと浮かぶだけで何の効果も発揮しない。だが曲がりなりにも自分の術だ、いちおう考察を述べてみた。


「……周囲に浮かんで相手の注意を引く術、とか……?」


「いや、そんなショボい術聞いたことないぜ……」


「だよね……」


 ラグナ達が困惑していると誰もいないと思っていた公園の中で声が響く。


「いやー、やめて! 離して!」


 声を聞いたラグナはジョイと顔を見合わせる。


「ジョイ、今の声ッ……!」


「ああ、悲鳴だ。行ってみようぜ!」


 ラグナ達は公園のトイレから聞こえた悲鳴を頼りに現場へ向かった。そして到着と同時に被害者と思しき人物に声をかけるも――。


「大丈夫で……す……か……」


「大丈……夫……か……」


 ――二名は衝撃的な場面を目撃する。


「いやーやめてー! 乱暴しないで!」


「うるせえ! 静かにしやがれ! そんなやらしいケツ振って歩きやがって! 誘ってんだろうが!」


「ち、違います! 私、そんなつもりありません!」


 その光景を見てラグナとジョイは絶句する。


「…………」


「…………」


 会話だけ見れば女性が乱暴されているように見える。しかし実際は――。


「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


「ゲへへ、そんなこと言ってよぉ! 体は正直じゃねえかぁ!」


 ――筋骨隆々とした男二人が絡み合っていた。


 二名は思わず固まってしまったが、やがて被害に合っていた青髭の角刈り男性と犯行に及んでいた坊主頭の男がこちらに気づく。 

   

「あ、た、助けてください! わ、私この人に乱暴されてるんです! こ、このままじゃえ、エッチなことされちゃうかもしれませんよぉ!」


「な、なんだテメエら! 人の楽しみを邪魔すんじゃねえよ! ぶち殺すぞ!」


 野太い声で助けを求められ、野太い声で脅される。それに対してフッと表情を崩したジョイがラグナに向かって爽やかに言う。


「さ、帰ろうかラグナ。明日も早いし、帰って晩飯作ろうZE☆」


「あ、そうだね――って駄目だよ!? た、助けを求められてるんだし、ちゃんと助け――」


「いやぁぁぁ、ど、どこに手を入れ――あんッ///」


「ゲへへ! 好きそうな声出してんじゃねえか! このドスケベめ///」


「――た、助け……助け……ないと……」


 顔を引きつらせたラグナがいちじるしく脱力しながらも声を絞り出したその時だった、ふわふわと浮かぶ銀色のシャボン玉が坊主頭の男の方へ飛んで行った。どうしてこちらに飛んで来たのかはわからないが、坊主頭の周りをプカプカと浮かびながら飛び始める。


「な、なんだこのウザってえシャボン玉は! あー、邪魔だ!!! どっかいきやがれッ!!!」


 坊主頭の男が角刈り男を離し、拳を振り回して邪魔なシャボン玉を先に追い払おうとした時――その拳がシャボン玉に勢いよく衝突した瞬間だった。銀色のまばゆい光が周囲を照らすと、その玉は――


「――おぼああああああああああああああああああああッ!!??」   


 ――爆発した。


 その衝撃で坊主頭の男はトイレの壁に激突し倒れる。それを見たラグナ達は口をあんぐりと開けて思わず声を漏らす。


「爆発……した……」


「……なるほどな。強い衝撃を受けると起爆するタイプの術か。これは使い方次第ではかなり有効な術になるかもな」


「そうだね――って感心してる場合じゃないよこれはッ!? だ、大丈夫ですかッ!? す、すみません! 今救急車呼びますねッ!」


 申し訳ないと思いつつも派手に吹き飛んだ男のおかげで術の性能を確かめることが出来た。病院まで付き添ったが、幸いにも『月光』の量を最小にしておいたおかげで坊主頭の男は軽傷で済んだ。しかし問題はその後だった。坊主頭の男が目を覚まし強姦容疑で逮捕されるのを見届けた後のことである。ラグナのおかげで助かった角刈りの男に惚れられ連絡先を渡されそうになりながらも必死に断って家に帰ったのは夜中。お腹を空かせたブレイディアに死にそうな顔で出迎えられ急いで夕食の支度をする羽目になったのだった。


 結局ラグナはいつも以上に疲れ就寝することになる。そして翌朝、新たな力を手に次の任務に挑むことになったが、それは想像以上に過酷な仕事の幕開けだった。

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