18話 湖畔での戦い 後編
検問を突破したラグナ達は木々に再び隠れ進んでいたが、やがて大自然の中に巨大な施設を見つける。どうやらその施設を拠点として湖の捜索を行っているようだ。巡回している『ラクロアの月』の構成員の隙を見てはやり過ごし、それが不可能ならば気絶させながら建物の内部に侵入する。建物内は薄暗く、なぜか巡回している敵はいなかった。さらに無数のコンテナが内部に置かれており中には檻に入れられた魔獣が多数収容されていた。しかし入れられていたのはただの魔獣ではない。
「ブレイディアさんッ! これッ……」
「……変異体……だね」
巨大なコンテナの中にはこれまた巨大な魔獣が収容されていた。熊や狼、虎など、どれもこの国に存在する種類の魔獣であるが大きさや体毛の色などが明らかに違う――俗に言う変異体である。その中にはラグナが昨日戦い仕留めたカマキリもいた。
「……もしかして、この国で変異体が多数出現してるのって……」
「うん……それも『ラクロアの月』が関わってたっぽいね。……まったく、ホントにロクなことしない連中だよ。……でもどうやって変異体をこれだけ……。とりあえず写真だけ撮っとこうか」
ブレイディアはそう言いながらリュックから取り出したカメラでコンテナに収容されていた魔獣の写真をいくつか撮影し始める。コンテナを巡り、一通り撮り終えると最後のコンテナに向かう。そして二人はその仲の檻に収容されていた魔獣を見て驚いた。そこには今までに見たことのないようなおかしな巨獣が収まっていたのだ。
「ぶ、ブレイディアさん……これ……」
「……なんなんだろうね……この生き物……気色悪い」
その四足獣は非常に奇妙な形をしていた。頭部は角の生えた熊、胴体と後ろ脚は黒い虎、前足は巨大な蟹のハサミ、それはまさに複数の魔獣のパーツを強引に組み合わせた生物。それこそがラグナ達を驚愕させ、それと同時に生理的な嫌悪感を与えた。ブレイディアはその奇妙な生物の写真を撮ると、目を見開いてそれを見ていた少年の手を引きコンテナを出た。
「……なんだったんでしょうか……アレは……」
「わからない……けど、あの魔獣のそれぞれの体の部位自体は見覚えがあるよ。頭はホーングリズリー、胴体と後ろ脚はブラックタイガー、前足はジャイアントクラブのものだね」
「三体の魔獣の特徴を持った生物ってことですよね……本当にあれはいったい――」
『教えてやろうか? あれは合成魔獣って言うんだよ』
「……ッ!」
コンテナ群を抜けて広いエリアを歩いていると不意に男の声が響いて来た。と同時に薄暗かった内部の照明が点き明るくなる。途端に視界が良くなり、前方の上の方――二階と思しき場所に人がいることに気が付く。施設の制御室と思しき場所で、ガラス張りの大きな窓からこちらを見下ろす黒い皮のジャンパーを羽織った金髪のモヒカン頭の男――それこそが声の主らしい。マイクに口を近づけているところを見るに音響設備を使っているのだろう。ラグナはモヒカン男を凝視しながら考えた。
(……ジョイから聞いていた幹部の特徴とは違う。もしかしてあらたに判明した幹――)
ラグナはモヒカン男のモヒカンと肩パットに付いたトゲを見た後考察をやめる。
(――いや、無いか……)
どう好意的に見ても幹部には見えないモヒカン男は驚くラグナ達を笑いながら見下す。
『ぷくく、どうしてバレたんだって面してるな。この施設内部には無数の小型カメラと集音マイクが設置されてるんだよ。もちろんコンテナの中もな。だからテメエらがこの施設に入った時点でアウト、責任者であるこの俺に筒抜けなわけよ。わかったかマヌケ。で、今度はこっちが聞きてえんだが――テメエらはいったい何者だ?』
男の問いかけにブレイディアはため息をつくと、返答した。
「私達が何者でもどうせやることは変わらないんでしょう?」
『クク、まあな。この施設を見られた以上死んでもらうしかねえよ』
モヒカン男がそう言うと背後から『ラクロアの月』の構成員と見られる男たちが現れた。数は五十人ほどで一斉に周りを取り囲まれる。しかも全員が『月詠』のようで肉体に『月光』を纏っていた。手には当然のように武器に変形した『月錬機』が握られている。
(マズいな……数が多い)
敵の多さからラグナが顔を歪めていると、腕の中のジョイが突然目を覚ます。
「……ん……あ、あれ? 俺は……そうだ嬢ちゃんに締め上げられて気絶して――ってなんだこりゃッ!!?? なんで取り囲まれてんだッ!!??」
「……目が覚めてよかったよジョイ。今から戦うことになりそうだからどこかに避難してて」
「わ、わわわ、わかったぜ……!」
ジョイは上空に飛び上がりそれを見届けたラグナはブレイディアに小声で話しかける。
「ブレイディアさん。『黒い月光』を使うので急いで俺のそばから離れてください」
そして左手を掲げようとしたが――ブレイディアに手を握られるようにして止められる。
「ブレイディアさんッ……!?」
ブレイディアはこちらを見ずに小声で話しかけて来た。
「待ってラグナ君。その力って一日一回、しかも十数分程度しかもたないんだよね?」
「……はい、そうですけど……」
それがこの一か月の間に調べた『黒い月光』の回数制限と使用時間の限界だった。
「だったら幹部が現れた時までその力は取っておいて」
「けどッ……」
「大丈夫。見たところこいつら全然強くないよ。ラグナ君なら左手の力を使わなくても十分戦えるはず」
ブレイディアは安心させるようにそう言うと、モヒカン男がしびれを切らしたようにこちらに語り掛けて来た。
『さて、別れの言葉は済ませたか? あの赤い鳥みたいな奴もすぐに後を追わせてやるから安心しな。 じゃあ――さっさと死ねや』
モヒカン男がそう言うと周りの男たちが一斉に襲いかかってきた。ラグナとブレイディアは『月光』を纏うと攻撃をかわす。そしてリュックを肩から外すと同時に『月錬機』を取り出し武器へ変形させた。その後乱戦が始まり女騎士の方は順調に相手を蹴散らしていたが、少年の方は防戦一方になっていた。
(くッ……騎士になって一か月経つけどこんな大勢を相手取るのは初めてだ。俺みたいな経験の無い新米騎士が『黒い月光』無しでこんな大勢と本当に戦えるのか……)
敵の攻撃をなんとか銀の剣で受け止めるも後方に弾き飛ばされたラグナは弱気になっていたが、ブレイディアはそれを見て戦いながら声を張り上げる。
「落ち着いてラグナ君ッ! 数に惑わされちゃ駄目ッ! ゲイズや団長と戦った時のことを思い出してッ! 君は左手の力を使わなくとも強敵を二人も倒してるんだよッ! 特別な力に頼らなくとも君は強い! 自信を持って!」
(ブレイディアさん……そうだ――『月詠』は心によって『月光』を制御している。俺の心が弱い方に傾けば『月光』の力も弱くなる。弱気になっちゃ駄目だッ……!)
絶え間なく襲ってくる敵の攻撃をなんとかかわしながらラグナは呼吸を整え心を落ち着かせる。
(思い出せ。ゲイズやアルフレッド様と戦った時の事を――あの二人の動きと今襲ってきている敵の動き、どっちが速かった? どっちが強かった? どっちが怖かった? そうだ……そんなこと――考えるまでもないッ!!!)
その瞬間体を覆っていた銀の光が強まる、と同時に敵が三人斬りかかって来た。先ほどまでの弱気になっていた少年ならピンチだったろう、しかし今は違う。ラグナが剣を構えながら踏み込むと、銀光一閃――三人の男達の胴体に一瞬で深い傷が刻まれその体は倒れ伏す。
(……わかる。相手の動き、呼吸、剣が空気を切る音、衣擦れ、全てが)
後ろから肩に斬りかかって来た男の剣を振り返らず銀の刃で受け止めると回し蹴りを見舞い、四方八方から攻撃してくる敵の攻撃を全てかわしきると目にも止まらぬスピードで剣を振るい最小限の動きで獲物を切り刻む。全ての動作が終わった瞬間、遅れて吹き出す鮮血と倒れる亡骸の中に佇む少年を見てブレイディアは安堵の笑みを浮かべ自身の戦闘に集中した。それからおよそ十分後――。
『ま、マジかよ……嘘だろ……』
――『ラクロアの月』の構成員たちはたった二人の騎士によって壊滅した。ブレイディアはこちらを見下ろすモヒカン男に剣を向ける。
「さあ、残るはアンタだけだよ。覚悟は出来てるんでしょうね?」
『……く、クク……ククク……いいや。残念ながら残ってるのは俺だけじゃねえよ。まだ、こいつらがいるッ!!!』
モヒカン男が何かのボタンを押すと警報が鳴り始め、箱状だったコンテナが開き始める。そして魔獣が檻から解放されると同時に施設のシャッターが閉まり始める。
『じゃあなッ! せいぜい頑張ってくれよ! ギャハハハハ!』
そう言うとモヒカン男は置いてあったリモコンのようなものを手に取ると、制御室の扉から走って出て行った。
「追いかけるよラグナ君ッ!」
「はいッ!」
「ちょ、置いてかないでくれぇぇぇッ!」
ブレイディアとラグナ、ジョイは魔獣の攻撃を避けつつ二人は『月錬機』を箱状に戻す。その後『月錬機』をベルトに下げたホルスターにしまいモヒカン男が走り去った方向に向かうと、シャッターが閉まり切る前に間一髪施設からの脱出に成功する。施設を抜け先ほどやってきた方向と逆側に出ると、草木が生い茂る森の湿地帯を駆ける。モヒカン男はどうやら非常階段を降りて湿地帯に出たらしく、階段の場所からすぐの湿った地面に足跡がくっきりと残っていた。それを追いかけているとやがて青い『月光』纏った男の姿を捉えることに成功する。
「ブレイディアさん、奴はどこに向かっているんでしょうか」
「わかんないけど……もしかしたら幹部のいるところかもしれない。用心してね」
「……はい」
その後、森を抜けると目の前に巨大な湖が広がった。どうやらここがカーネル湖らしい。モヒカン男は湖に備え付けられていたいくつのかモーターボートのうち、一つに乗り込むと湖の中を走らせ始めた。ブレイディアも同様にモーターボートに乗り込むとラグナ達が乗船したのを確認し手早く発進させた。そしてなぜかはわからないがモヒカン男のボートは湖の中央で止まり、十メートルほど離れた場所でボートはようやく目的の男に追いつく。女騎士は二ヤケ面を浮かべる眼前の敵に話しかけた。
「ここで止まったってことは、もう観念したってこと?」
「いいや、ちげえよ。ここで待ってればお前らを倒してくれる助っ人が来るんでな」
「助っ人? ……もしかして幹部の事? そういえばこれだけ暴れてるのにフェイクもブルゴエラもまだ出て来てないよね。どこにいるの?」
「……へえ幹部について知ってるのか。いや……そうかてめえらもしかして幹部目当てに来たのか?」
「だとしたらなんだっての?」
「残念だったな。ここにはもう幹部はいねえし、二度と戻って来ねえよ。目的は達成したんでな。さっき言ったろ、俺がここの責任者だってよ」
「……そう。ならいいよ。アンタから話を聞くから。でも幹部がいないなら助っ人って誰の事? 言っとくけど半端な奴じゃ相手になんてならないよ。さっきの戦いでわかったでしょ。大人しく投降したほうがいいんじゃない? そうすれば今は痛い目見ずに済むよ」
「はっ……確かにてめえらは強い。だがな……こいつほどじゃねえよ。さあ――来やがれッ!!!!!」
モヒカン男が先ほどの制御室から持ち出したリモコンの赤いボタンを押すと、水面に小さな気泡が浮かび始める。しだいに泡は大きくなり、それにつれて水面に波が立ち始めた。そして湖の底から巨大な黒い影が見えたと思った瞬間――巨大な水の柱がラグナ達の真下から上がりそれによってボートは破壊。騎士一行は湖に投げ出された。
「――ぶはッ!? ら、ラグナ君大丈夫ッ!? ついでにジョイも」
「俺は大丈夫です」
「ついでってなんだついでってッ!?」
水の中から先に頭を出したのはブレイディア、次にラグナとその肩に掴まったジョイが顔を出す。だが水面から顔を出していたのは三名だけではないことに気が付き、同時に驚愕する。
「な……何アレ……」
「こ、これは…………」
「ま、マジかよ……」
目的の男を遮るように前方に現れたのは巨大な魔獣――ブレイディア、ラグナ、ジョイの三名は水面から直立する巨大なヒレのついた青い大蛇を見て仰天した。長さ三十メートルほどの大蛇は金色の眼でこちらを見下ろしていたが、攻撃してくる様子は今のところは無い。文字通り蛇に睨まれたカエル状態のラグナ達をあざ笑うようにモヒカン男は口を開く。
「ぎゃはは! 見たかボケどもッ! こいつは『ラクロアの月』が開発した最強の『合成魔獣』第五号、その名も『リヴァイアサン』だッ! ドラゴンとウミヘビ型の魔獣を組み合わせた特別性だぜッ! 俺は追い詰められたんじゃねえ、てめえらをこいつの餌にするためにここまでおびき寄せただけなんだよバカがッ!」
モヒカン男は唾を飛ばしながら一通り喋ると、満足したのかボートのエンジンを再びかける。
「――そんじゃあばよッ! そいつの糞になったてめえらを拝めねえのは残念だが、俺は急いでるんでな!」
ボートを走らせながらモヒカン男がまたもリモコンのボタンを押すと途端に『リヴァイアサン』は目を血走らせ咆哮をあげた後、こちらに向かって来た。
「〈アル・グロウ〉!!!」
ラグナが『月光術』を唱えると銀色の大玉が『リヴァイアサン』の顔面に放たれ爆発した。倒せはしないだろうが水龍の動きは一時的に止められるだろう。その隙に隣のブレイディアに話しかける。
「ブレイディアさん! 確か空を飛べる『月光術』が使えるんですよね!? 時計塔から落ちた俺と先生を助ける時に使ってくれたやつです! それを使って奴を追ってください! ここは俺が引き受けます!」
「ラグナ君……」
「大丈夫。俺には左手の力があります。幹部がいない以上、もう出し惜しみする理由はありません」
「……わかった。くれぐれも気を付けてね。……〈イル・フライア〉!」
術を唱えるとブレイディアの体を空気の膜が包み込み、その体を水上へと運んだ。ラグナは肩に乗っていたジョイをそのまま空気の膜の中に入れる。
「ジョイもブレイディアさんと一緒に」
「わ、わかったぜ。マジで気を付けろよラグナ。ありゃ相当なバケモンだぜ」
「うん。二人ともどうか気を付けて」
ラグナの言葉を合図に空気の膜はシャボン玉のように上空へと舞い上がった。だが同時に爆破のショックから立ち直った『リヴァイアサン』は細長い体を使って逃げるブレイディアたちを追おうとする。それを見た少年は静かに左手を天に伸ばした。
陸に着くと同時にボートを乗り捨てたモヒカンの男――モックは『月光』を纏い森の中を必死に走っていた。背後でまるで落雷でも落ちたような大きな音がしたが、知ったことではないとひたすら視線を前に向けて走り続ける。脳内では自身の邪魔をした憎き二人の人物に対する悪態も忘れずに。
(くそッ! くそッ! くそッ! 全部アイツらのせいだ! 後は魔獣どもをコンテナに詰めて撤退するだけだったってのによ! 足止めの為とはいえ檻に入れてた言う事きかねえ失敗作の魔獣どもまで全部解放しちまった。檻に入れ直そうにも部下はほとんど全滅。人手が足りねえ。これじゃあそのうち魔獣どもがシャッターをぶち破りかねない。変異体や合成魔獣を逃がしたなんて知られたら幹部か幹部補佐あたりに俺は確実に殺される――どうする!? どうすりゃいい!? クソッタレッ! どうして俺がこんな目に――)
モックが顔に脂汗をかいて走っていると不意に横の木々が揺れ、上から何かが高速で落下してきた。と同時に落下してきた人型の何かが風になびくモヒカン頭に蹴りを入れる。衝撃のあまり吹き飛び木に叩き付けられたことによってようやく事態を把握した。襲撃者が地面に降り立った姿を見てそれを睨み付ける。
「て……てめえ……」
「さっきぶりだね。会いたかったよ。でも幹部がいないなら最初に教えてよ。こっちは色々警戒して『月光術』を温存してたのにさ。ま、終わったことだからもういいけどね」
先ほど自身を追って来ていた金髪の幼女が緑色の光を纏いながら微笑む。
「な、なんでてめえがここに……そ、そうか! あの男の方を囮に使ったんだな!」
「……囮? ……っぷ、アハハハハハハハ!」
「な、なに笑ってやがるッ!?」
「だって的外れすぎなんだもん。私がここにいるのはラグナ君の邪魔をしないため。彼があの『リヴァイアサン』とかいう魔獣を倒す時に私がそばにいたら全力で戦えないでしょ」
「り――『リヴァイアサン』を倒すだァ!? 何馬鹿言ってやがるッ! あのバケモンは軍艦一隻くらいなら余裕で沈められる生物兵器だぞ! たった一人の人間になんか負けるわきゃねえだろ! いいかァ、『リヴァイアサン』は無敵の超生物――」
モックが言っている最中に太陽の光が何かに一瞬遮られ、その直後無敵の超生物が八分割された輪切りの状態で空から降ってきた。凄まじい落下音と共に八つの肉片がブレイディアたちを取り囲む。それを見たモヒカン男は目を大きく見開き口をパクパクさせながら驚きを露わにする。
「――む、無敵の……超生物……り、『リヴァイアサン』が……バラ、バラ……」
『リヴァイアサン』だったものが降ってきたすぐ後、黒い光を帯び、漆黒の剣を持った少年が同じようにすぐ近くに落ちてきた。ラグナは地面に着地すると同時にブレイディアが近くにいたことに気づき慌てる。
「あ、ブレディアさんッ!? ここにいたんですかッ!? す、すいません! 勢い余ってこっちの方にまで飛んでいってしまって……だ、大丈夫ですか!? あの、怪我とかは……」
「平気平気。それにあれくらないなら落ちてきても避けられるから気にしないで」
「ほ、ホントにすみません! それで、あの、手伝いましょうか?」
「ううん。ここは私一人でも平気だよ」
「そうですか? ……じゃあ俺は施設にいた魔獣をかたずけてきます。あのまま放置していたら外に出て行ってしまうかもしれないので」
「うん、お願いね。ジョイもラグナ君を手伝ってあげて。もう逃げ出してるのもいるかもしれないから空から施設周辺を見てきて」
「あいよ」
いつの間にか近くの木にとまっていたジョイは空に向かって羽ばたくと、ラグナもそれを追うように大きく地面を蹴り空高く跳びあがった。その光景を見ていたモックは思わず顔を引きつらせる。
「て、てめえら……いったい何者だッ!? あ、あの黒い光を纏った奴はなんなんだよッ!?」
「私達は騎士だよ。さっきの彼はラグナ・グランウッド君。つい一か月前に『英雄騎士』の称号をもらったんだけど、知らない? 結構メディアに取り上げられてたと思うんだけど」
「……ッ!? じゃ、じゃあ奴が……」
メディアに取り上げられていた『黒い月』の力を使う少年のことを思い出し空を見上げると、天には黒い三日月が浮かんでいる。モックが間抜けな顔で驚いているとブレイディアが近づいて来た。
「初めて見たならそりゃあ驚くよね。ラグナ君が騎士になってからあの力を使ったのってまだ二回くらいらしいし、そのうえすぐ消えちゃうもんねあの黒い月。空に浮かんでるの見た人も結構いるみたいだけど、まだ見てない人もいるみたいだし。その反応も仕方ないか。それにメディアに取り上げられたとはいえラグナ君自体の知名度もまだそれほど高くないみたいだね。ラグナ君頑張ってるのにお姉さん悲しい。……まあそれはさておき」
「っひッ……!?」
邪悪な笑みを浮かべたブレイディアを見てモックは恐怖する。
「別の――お・は・な・し☆ しようか?」
直後モックの悲鳴が森中に響き渡ったのは言うまでもない。