16話 渦巻く陰謀
早朝、団長室に集まったラグナ、ブレイディア、ジョイは椅子に座ったアルフレッドの前で昨夜の話の続きを始める。最初に言葉を発したのは赤い鳥。
「そんじゃあ昨日の続きを話すぜ。俺が半年の調査によって得た情報ってのは『ラクロアの月』がある探し物をしてるって事だったんだ」
ジョイの言葉を聞いたブレイディアは首をかしげる。
「なんなの、その探し物って」
「詳細は不明だが『方舟』って呼ばれてるものらしい。それともう一つ、その『方舟』を起動するための『鍵』ってやつも探してるんだとよ」
「ふーん、『方舟』に『鍵』ねぇ。でも昨日ヤバイ情報がどうとうか言ってなかった? それだけだとたいしてヤバイ情報に聞こえないんだけど」
「慌てんなよ。ここからが本題だ。問題は『ラクロアの月』がその『方舟』ってやつを手に入れた後やろうとしてることなんだよ」
「何しようとしてるっての?」
「世界のリセット――そう言ってたぜ」
「……は……?」
間の抜けた声を発したブレイディアと同じようにラグナとアルフレッドも固まる。その後いち早く硬直の解けた女騎士は顔を引きつらせた。
「ちょ、ちょっと待ってッ……何言ってるのッ!? り、セットッ!? どういうことッ!?」
「そのまんまの意味だ。この世界の生きとし生けるもの全てを抹消するそうだぜ」
「…………」
あまりにもスケールの大き過ぎる与太話に思わずブレイディアは絶句した。ラグナとアルフレッドも同様のようで、ジョイは思わずため息をつく。
「……まあ覚悟はしてたけどそういう反応になるよなぁ。俺も最初に聞いた時はあまりにも馬鹿馬鹿しすぎて自分の耳を疑ったぜ。だがこの情報は下っ端が言ってたことじゃねえんだよ。『ラクロアの月』の頂点に君臨してる幹部が言ってたことなんだぜ」
幹部と言った瞬間、三人の顔が険しいものに変わる。アルフレッドは口に手を当てながらジョイに問いかける。
「……確かなのか?」
「ああ、間違いねえぜ旦那。殺される覚悟で奴らの拠点の一つに侵入して粘ってたら聞こえてきた話だ。ちなみにこの話をしてた幹部は二人。一人はブルゴエラっつう新しく判明した幹部で――右目と両足、長い黒髪を除いて顔や体が見えないほど全身に鎖をギッチリ巻いた上から赤いボロ布を羽織った気色の悪い女だ。そしてもう一人は――俺らがよく知ってる例の仮面野郎だぜ」
ジョイが言った瞬間、ブレイディアとアルフレッドの眼が鋭いものに変わった。ただ一人ラグナだけはその人物のことがわからず眉をひそめる。
「……仮面野郎……?」
ラグナの言葉を受けて机の引き出しからアルフレッドは一枚の写真を取り出し見えるように机に置く。その写真は遠くから横顔と姿を一瞬捉えたもののようで、黒いつば広のハットを被った全身黒づくめの人物が写っていた。黒いマントのようなロングコートで全身を包んでいるだけでも相当怪しかったがさらに問題だったのは顔。その人物は包帯で顔をグルグル巻きにしたその上から、目の部分だけ穴の開いた白い仮面を被っていたのだ。それを見ながら騎士団長は重々しく口を開く。
「この男……フェイクのことだな」
「ああ、そうだ」
「…………」
アルフレッド、ジョイ、ブレイディアは三者三様の反応をしていたが、どうやらこの仮面の男とは浅からぬ因縁があるようだった。
「あの、この仮面の男――フェイクと何があったんですか……?」
「……ラグナ君、私が昨日『ラクロアの月』の幹部に殺されかけたって言ったの覚えてる……?」
「ええ、覚えてますけど――え、もしかして……」
「うん、それをやったのがこいつ。……半年前に『ラクロアの月』の幹部であるフェイクの居場所を特定した私と団長は王都をディルムンドに任せて百人ほどの騎士を引きつれ潜伏場所と思われる洞窟を強襲したんだ。……けど私たちはその場でフェイクたった一人に壊滅させられた」
「ええ、そんなッ!? アルフレッド様とブレイディアさんに加えて百人も騎士がいたのに……信じられません……」
「私も信じたくないけどね……事実なんだ。そして傷を負いながらもなんとか王都に戻ってきたら……ディルムンドによって大半の騎士や貴族は洗脳状態に陥ってたってわけさ。でも王都に残ってた騎士の中にも洗脳から逃れた人がわずかにいて王族を守りながら逃げてたんだ。私達はその人たちと合流して三か月ほど王都の地下に潜伏して作戦を練った後、助けを求めるべく同盟国まで逃げた。後は君も知っての通りだよ」
「そうだったんですか……そんな経緯があったなんて……けど、なんていうか……その、タイミングが良すぎませんか? これじゃあまるでアルフレッド様やブレイディアさんを王都から連れ出して……ディルムンド様の反乱を手助けするみたいに……」
「……もし『ラクロアの月』がハロルドの計画を裏から操っていたのなら計画を進めやすいように手助けしたのかもね。私と団長が王都に残っていたら大掛かりな洗脳はできないだろうし。……まあ王都陥落までの手際の良さから考えれば、私と団長が王都にいた頃からすでに騎士や貴族の何割かは洗脳してたんだろうけど……」
「ってことは……本当に、フェイクは……『ラクロアの月』はあの反乱の全ての元凶……」
ラグナは仮面の穴から覗く赤い瞳を見ながら、その男に不思議な因縁を感じていた。一同が静まり返っていると、ジョイが再び口火を切る。
「そろそろ続き話すぜ……この問題のフェイクとブルゴエラが度々向かってる場所があるんだとさ。下っ端が言ってたぜ。そこはカーネル湖っつってパルテンから南東にある人気のない湖らしい。どうもそこにあるカーネル湖の中で何かを探してるらしいぜ。出来れば俺一人で調査したかったんだが、近くまで行ってみて無理だとわかったぜ。警備が厳重過ぎて文字通りネズミ一匹通れやしねえ。ちょっとでも近づいたら野生動物でも皆殺しにしてるみたいなんだよ。まあそれだけ重要な何かを探してるって事だな」
ジョイの言葉にブレイディアはすぐ切り返した。
「さしずめ『方舟』か、その『鍵』を探してるってことだね」
「たぶんな。さて、これで俺の知ってる情報は全部だ。……で、これからどうするよ旦那」
ジョイの問いかけに対して、一呼吸置いた後アルフレッドは口を開いた。
「……ブレイディア、ラグナ、ジョイ、お前達にはカーネル湖に行って『ラクロアの月』が何を行っているか調査してきてほしい。可能ならば幹部の捕縛も作戦目標にしてくれ。……頼めるか?」
「もちろん」
「わかりました」
「任せとけ」
ブレイディア、ラグナ、ジョイが迷いなく頷くとアルフレッドは続ける。
「それと、もしお前たち以外に連れて行きたい者がいれば遠慮なく連れて行ってくれて構わない」
「私達だけでいいよ。下手な騎士を連れて行ったら危ないし、かと言ってベテランの騎士を何人も連れて行くわけにはいかないでしょ。王侯貴族が王都の守りをもっと固めろって団長にきつく言ってるの知ってるよ。そのせいでディルムンドの反乱以降、騎士を外に派遣しづらくなってるんでしょ?」
「…………」
アルフレッドは無言で返す、おそらくその通りなのだろう。だからこそブレイディアは明るく言う。
「私達だけでも大丈夫だよ。こういう調査任務は少数精鋭って相場が決まってるしね」
「しかし……」
「それになんと言ってもこっちには一騎当千の最強戦力がいるからさ」
ブレイディアはラグナの腰をポンと軽く叩き、突然の事に少年は顔を引きつらせながらも笑う。
「あはは……が、頑張ります」
「うんうん、流石ラグナ君。そういうわけだからさ、いいでしょ団長」
「……すまないな」
「謝んなくてもいいって。よし、じゃあ早速支度しちゃおっか」
そう言うとブレイディアは団長室を出て行った。ラグナもアルフレッドに一礼した後、肩に乗ったジョイと共に部屋を出て行く。そして共に歩いていると不意に小さな女騎士は立ち止まる。
「……ごめんね、ラグナ君。君の事をダシに使っちゃって」
「いいえ。アルフレッド様の心労やその他諸々のことを考えればこの選択がベストだと俺も思います」
「そう言ってもらえると助かるよ。本当にありがとね」
「いえ、そんなお礼を言われる事じゃありませんよ」
ラグナがそう言うと肩に乗ったジョイが盛大にため息をついた。
「……旦那、騎士団のトップだってのに王侯貴族と騎士に挟まれた中間管理職みたいになってんなホント……苦労しすぎて禿げなきゃいいけどよ……」
二人と一羽は禿げた騎士団長を想像しながらなんとも言えない気持ちで廊下を歩いて行った。
まだ書類仕事の残っていたブレイディアは支度の為家に戻ったラグナと別れると、書類を手早く片付ける。その後本部を出ようとしたが本部の入口で立っていたアルフレッドを見つけると首をかしげながら近づいて行った。
「どうしたの団長。こんなところで」
「いや、お前と少し話をしておこうと思ってな。……それと先ほどは気を使わせて悪かった」
「ああ、そんなことか。いいよ別に。ラグナ君やジョイもわかってたみたいだし」
「……そうか。……お前の言う通り今王都にいる本隊から騎士を派遣するのが厳しくなりつつあるのが現状だ。まあお前やラグナを王都にずっと置いておけと言われないのが唯一の救いだがな」
「私は王侯貴族に嫌われてるからね。ラグナ君は……たぶん彼の力に怯えてるっていうのもあるんだろうけど、さらに脅して強引に味方に引き込んだってのも大きいかもね。この国を救う力を持つってことは、同時にこの国を亡ぼせるってことも意味してるから。そしてその力が何かのはずみで自分たちに向けられるのを怖がってるんだよきっと」
「自分たちで彼の家族を人質にとっておきながら、勝手なものだな」
「ムカつくけど、昔からそんなもんでしょ権力者なんて」
「ああ、そうだったな。……私はな、ブレイディア。ラグナがそういった者たちの思惑に振り回されて己を見失わないか心配なんだ。大きすぎる力は次第に人を狂わせる。ディルムンドのようにな」
「団長……」
「あいつのそばに居ながら私は、歪んでいく奴の心に気づかなかった。それ自体は私の責任だが、歪みを作りだしたのはまごうことなくこの国の王侯貴族たちだ。……今のラグナならば、そういった連中の影響を受けることはないだろう。しかしお前が先ほど言ったように何かのはずみで彼の心に負の感情が芽生えれば、それは次第に大きくなり人格を歪めてしまうかもしれない。どれだけ強大な力を持っていようと彼はまだ十七の少年なのだから。我々大人が支えなければいけない。彼を……第二のディルムンドにしないためにも」
「……そうだね。あの子が汚いものを直視出来る大人になるまでは、出来るだけ悪意から守ってあげないとだよね。この国の汚い部分を見て来た大人として」
「ああ。お前にばかり彼のことを頼んで申し訳ないと思うが、これだけは話しておきたかった」
「大丈夫だよ団長。私はラグナ君のことが大好きだからね。彼がディルムンドみたいになるのなんて絶対嫌だし我慢できないもん」
「そうか……ならば安心だな。引き留めて悪かった、身支度を済ませてくれ。……ただくれぐれも無理だけはするな。ラグナとジョイにもそう伝えてくれ」
「うん伝えとく。じゃあ行くね」
「気をつけてな」
頷いたブレイディアはラグナが待っているであろう家に戻るべく歩き出した。しかし表情は険しい。なぜならば戦う相手をすでに見据えていたからだ。これから向かう場所にいるであろう敵はかつて自身を完膚なきまでに打ち負かした仮面の男。そのうえ、その男と同格の相手も待ち構えているやもしれない。しかし希望はある。『黒い月光』を操る最愛にして最強の『月詠』が味方にいるのだ。しかし同時に不安もあった。もし、その伝説の力をもってしても勝てなければ、という不安。それほどまでにフェイクは強かった。だが不安を振り払い女騎士走り出す。そう、いずれにしてもあの男を倒さなければ本当の意味でディルムンドの反乱は決着がつかないのだから。