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15話 神話

 ラグナはブレイディアと共に街中にあった大き目の屋敷へと帰って来た。


「ただいまー。ラグナ君、今日の晩御飯何にする?」


「今日は煮込みハンバーグにしようと思ってます」


「わーい煮込みハンバーグだー! 手洗いうがいしたらすぐに作ろう!」


「わかりました」


 互いに手洗いうがいをした後、広いシステムキッチンでさっそく晩御飯の作業に取り掛かる。ラグナは冷蔵庫から玉ねぎとひき肉、パン粉と卵を取り出した。そして慣れた手つきで玉ねぎを刻むとオリーブオイルのをひいたフライパンで飴色になるまで炒める。その後ボウルに移して置いたひき肉に炒めた玉ねぎと溶き卵、パン粉をくわえ軽く塩コショウを振りボウルの中の材料を手でこねた。


 ひとしきりこね終わると、食べやすい大きさのタネを手で作る。四つほど出来たところでフライパンで軽く両面を焼き、昨日から牛肉や玉ねぎと一緒に鍋で煮込んでいた特製のデミグラスソースの中に投入した。しばらく煮込んでいる間にジャガイモやニンジン、ブロッコリーなどを茹でて皿に盛り付ける。横でサラダを作っていたブレイディアは作業が終わったのかラグナに話しかけて来た。


「ラグナ君、サラダは作り終わったよ」


「こっちももうすぐできます」


「じゃあ先にサラダとパンだけテーブルまで運んでおくね」


「お願いします」


 その後2、3分ほど煮込むとハンバーグを取り出し皿に移し、仕上げにチーズを上に乗せた。デミグラスソースがたっぷりとかかったチーズハンバーグの乗った二枚の皿をテーブルまで持っていくと、ナイフやフォークを用意していたブレイディアは目を輝かせた。程なくして二人はテーブルを囲み食事を始める。 


「おいし~!」


 ブレイディアは余熱で溶けかかったチーズごとハンバーグをナイフで切ると、中から溢れる肉汁と濃厚なデミグラスソースを絡めながら口に運ぶという単純作業を絶え間なく続ける。美味しそうに食べる幼女のような二十一歳のそんな様子を眺めながらラグナは顔をほころばせた。


「お口に合ってよかったです」


「うん、ホント最高だよ! ……ってもうなくなっちゃった!」


「おかわりもあるので大丈夫ですよ。今持ってきます」


「やったー! ありがとー!」


 その後和やかに食事を終えると食器をかたずけ、二人で食後のティータイムを楽しむ。一杯目のお茶を飲み干したブレイディアは不意に声をかけて来た


「……ラグナ君、仕事もそうだけどこの家に住むようになってからちょうど一か月だね。何か不自由してることとかないかな?」


「いいえ、何もありません。こんなに素敵な家に住まわせていただけて感謝してます。逆に俺が何か迷惑をおかけしてるんじゃないかと心配になるんですけど……大丈夫でしょうか?」


「そんなこと全然ないって! 君が来てくれて嬉しいよ! この家一人で住むには広すぎるしね。……この国の上層部に君をこの屋敷に住まわせて監視しろって言われた時はムッときたけど、結果オーライかな。うぇへへへ。なにせラグナ君と二人っきりでラブラブ同居生活――」 


 ブレイディアがそう言った瞬間、家のチャイムが鳴らされる。どうやら誰か来たようだ。


「もー、誰ッ! 今いいとこなのにー!」


 そういうとブレイディアはドスドスと音を立てて玄関に向かった。自分が出ようとも思ったが、この家の家主であるブレイディアがいる以上彼女に任せた方がいいと思いこの場にとどまる。数十秒後、ドアが強引に閉められる音がしたと思うと、小さな女騎士は笑顔で戻って来た。


「ただのセールスだったよー。それでさっきの話の続きだけどね、お姉さんはラグナ君と二人っきりで暮らせてとっても嬉し――」


 だがまたしてもチャイムが鳴らされる。しかも今度は連続で何度もだ。どうやらベルを連打している様子。


「むー! しつこいッ! 邪魔させない! この幸せをッ!」


「あ、あのブレイディアさん……」


「待っててラグナ君! お姉さんが君との二人っきりの幸せを守ってみせるからッ!」


「いや、あの……」


 ラグナの言葉に耳も貸さずブレイディアは玄関にダッシュで向かった。そしてドアが開く音と共に言い争う声が聞こえてきたのだ。流石に心配になったラグナは恐る恐る廊下を覗き込む。


「つーかさっきからなんだよッ! 中に入れろよッ! 何のつもりだッ!」


「うっさい! 一か月前からここは私とラグナ君のスウィートホームになったんだよ! ゆえに何人たりともこの愛の空間に足を踏み入れることは許されないんだよ!」


「何わけわかんねえこと言ってんだッ!?」


 ブレイディアの他に男性と思われる声も混じっており、ラグナは思わず口を開いた。


「あ、あのー……」


「あ、ラグナ君!? ちょっと待っててこいつを今追い返し――」


「はッ、ワキが甘いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


 ブレイディアがこちらを向いた隙に赤い物体が扉を潜り抜けこちらに飛んで来た。その後、ラグナの眼の前で羽ばたきながらその生物は声をかけて来たのだ。


「へぇ、お前がラグナか。アルフレッドの旦那から話は聞いてるぜ。しっかしなかなかいい男じゃねえか。嬢ちゃんが俺を追い返そうとした理由がわかったぜ」


「と、鳥ッ!? 鳥が喋ったッ!?」


「はぁ~……二人っきりの幸せが……」


 赤いオウムに似た鳥が愉快そうに話し始め、ラグナは当然驚く。その光景を見てため息をついたブレイディアは観念したのかリビングに戻って来た。その後二人はあらためて席に着き、赤い鳥はテーブルにとまると自己紹介を始めた。  

 

「俺はジョイ。騎士団で偵察や潜入なんかの仕事を担ってんだ。よろしくな」


「俺はラグナ・グランウッド。よろしくねジョイ。さっきは驚いて大きな声出してごめんね」


「気にすんなって。最初俺を見るやつはだいたいそういう反応するからな。俺は普通の鳥じゃねえのさ、いわゆる魔獣ってやつだからな」


「え、魔獣ッ!? 魔獣ってあの、ドラゴンとかの魔獣……?」


「ああ。まあ魔獣つっても俺は普通の魔獣じゃねえけどな。変異体っていうやつな」


「変異体……」


 ラグナは今日の昼頃に出会った巨大で狂暴な昆虫型の魔獣を思いだした。しかし目の前の赤い鳥にはそう言った危険性は感じられない。


「ちなみに俺が魔獣の変異体ってことを知ってんのは旦那や嬢ちゃんなんかを含む騎士団上層部くらいだけどな。普通の騎士は俺の事は珍しい喋る鳥くらいにしか思ってねえよ。正体がバレれば気味悪がられる可能性が高いからな」


「じゃあどうして俺にそのことを……?」


「お前が『英雄騎士』の称号を持ってたからさ。『英雄騎士』の称号を持つ騎士は騎士団でも最高クラスの階級を与えられるからな。必然的にお前は旦那や嬢ちゃんと肩を並べて仕事をする機会も増えるわけだ、ってことは俺の正体なんぞすぐに知らされるだろう。だったら最初に言っておいた方が混乱が小さくて済むと思ってな」


「なるほど……」


「ま、仲良くしてくれると嬉しいぜ。最初のうちは気味悪いと思うがな」


「気味悪いなんてそんなことないよ。君からは他の魔獣のような狂暴性は全然感じられないしね。話しづらいことを話してくれてありがとう。それで今度は俺のことなんだけど……」


 秘密を教えてもらった以上、こちらの秘密も教えようとラグナが左手のグローブを取ろうとした際、その前にジョイが口を開く。


「大丈夫だ。旦那から全部聞いてるぜ。お前の左手の事もな」


「そっか、じゃあ説明しなくても大丈夫そうだね……。ところで君はどうしてこの家に来たの? ブレイディアさんに何か用事とか?」


「どうしても何も俺は元々この家に嬢ちゃんと住んでたのさ。だから普通に家に帰ってきたんだよ」


「えッ! そうなのッ!? そうだったんですか? ……ブレイディアさん?」


 ブレイディアの方を見て確認を取ろうとしたが、魂が抜けたように呆然としていた。うわ言で『二人だけの、二人だけの愛の巣が……鳥の巣に……』とつぶやいている。話せる状態ではなさそうなのであらためてジョイの方を向いた。すると赤い鳥は再び話し始める。


「俺は半年前にある組織を調査するために色んな国に飛んでたんだ。で、今日調査を終えてついさっきこの街に帰ってきたんだが、旦那から話を聞いて驚いたぜ。まさかディルムンドの野郎が反乱を起こしやがったとはな。前から腹に一物抱えてるとは思ってたが、まさかここまでやるとはな……。だがそれもお前によって阻止された。礼を言うぜラグナ、お前のおかげで俺の居場所は守られた。マジで感謝してる。だからお前とはホントに仲良くやってきたいと思ってるんだぜ」


「そんな、俺一人で解決したわけじゃないから……。でも俺も君とは仲良くしたいと思ってるよ。ここが君の家なら今日から俺と君は一緒に暮らすわけだしね。あらためてよろしくジョイ」


「ああ、よろしく頼むぜラグナ」


 ラグナの差し出した手を握るようにジョイは羽を伸ばした。こうして二人の自己紹介はつつがなく終わり円満な同居生活が始まると思いきや、未だに会話に入ってこない同居人が一人。


「おいコラ嬢ちゃん! いつまで呆けてんだ、っよッ!!!」


 飛び上がり勢いの突いたクチバシ攻撃が呆然自失のブレイディアの頭部に炸裂した。


「いったぁあああああああああああああああああッ!? 何すんのよこの鳥ッ!」


「いつまでもボケっとしてっからだろ。ラグナともとっくに挨拶すましちまったぜ。シャキッとしろよシャキッと。っていうかシャキッとしてもらわなきゃ困るんだよ。……俺が戻って来たのは調査していた組織のかなりヤバイ情報を掴んだからなんだぜ」


「……ヤバイ情報?」


「今日は遅いし詳しいことは明日旦那のいる前で話すが、半年前に嬢ちゃんを半殺しにした野郎の情報さ。奴がまた何かしでかそうとしてるらしいぜ」


「ッ……!」


 それを聞いた途端、ブレイディアの表情は険しいものに変わる。それを機にラグナは先ほどから気になっていたことを聞くべくジョイの方に視線を向けた。 


「ところで、ジョイが調査してた組織って……」


「ああ、言うの忘れてたな。組織の名は――」




「『ラクロアの月』か、今日だけでずいぶん聞いたな……」


 ラグナは自室で寝ころびながら携帯でその名を検索にかける。先ほどの話はもう遅いという事でお開きになったが、やはり気になって眠れなかったため今に至る。しかし検索をかけても当然出るはずもなく、出て来たのはラクロアという神についての神話だけだった。仕方なくその神話の一部を流し読みする。


(この世界を創造した最高神ラクロアは、六つの月を天に浮かべるのと同時に三体の神を生み出し、三神にこの世界の管理を任せた。終焉の神『シャウパ』、創造の神『エルデ』、そして支配の神『ガレス』――それぞれがこのムーンレイにおける最後の審判に携わる、か。駄目だ、さっぱりわからない。神様の名前がどうしてテロ組織の名前に使われてるんだろ? もしかして神様に代わって自分たちで最後の審判とかいうのを起こそうとしてるんだろうか……だとしたら説得とかは無理そうだなぁ……わけのわからない宗教観に染まってそうだし……)


 テロ組織+カルト組織=『ラクロアの月』という最悪の式が出来上がり思わず顔をしかめてしまう。いずれにしろロクでもない集団であることに変わりはないだろう。やはり普通にネットで調べられる程度の情報などたかが知れている、と調査を打ち切ることにする。ラグナは携帯を充電器に繋ぐと布団を被った。すると程なくして睡魔に襲われる。『黒い月光』を使ったせいかもしれないが、体がかなり疲れているようだった。これならばそう時間もかからずに眠りに落ちるだろう。


(……『ラクロアの月』か。出来れば会いたくない集団だけど……この先、もしかしたら早い段階で戦うことになるのかもしれないな……気を付けよう)


 まどろむラグナの予測は当たっていた。だが予想を遥かに上回る危険な存在が身近に迫っている事を少年が知るのはもう少し先の事であった。


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