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二章 プロローグ 楽しい昆虫採集

 時刻は昼下がり――鬱葱とした森の中、騎士たちの悲鳴が木霊していた。


「う、うわああああああああッ!?」


「な、なんだあれはッ!?」


「ば、化け物ッ!?」


 目の前に現れた全長十メートル近い巨大なカマキリのような虫が突然騎士団一個小隊に襲いかかってきたのだ。当然騎士たちは驚くが、小隊長のセガールは『緑月の月光』を纏うと迅速に指示を出した。


「落ち着けッ! 全員『月光』を呼び出し散開! 一か所に固まるなッ!」


 指示を受けた騎士たちは言われた通りに動く。一方カマキリの方は『月光』を纏った騎士たちの動きについて来れないのか目をあちこちに向けて得物を補足しようとしていた。セガールはそれを好機と思うや、すぐに次の指示を出す。


「奴は我々の動きについて来れていないッ! 隙を見て『月錬機』を展開しつつデカブツの正面にいる騎士はそのまま動き回り奴をかく乱しろ! 側面と背後にいる騎士は『月光術』を放てッ! 『月光術』を撃った奴は再び『月光』が呼び出せるまでは下がって木陰に隠れていろッ! 他の騎士はそいつのカバーも忘れるなッ!」


 騎士たちは『月錬機』を展開しながら指示に従い、陽動と攻撃を繰り返す。しかしスピード自体はこちらが上ではあるものの、『月光術』をいくら撃ってもカマキリに傷一つ付けられないでいた。セガールも隙をついて短剣型の『月錬機』を魔獣の足に突き刺してみたが鋼でも斬りつけたような硬さに思わず顔をしかめてしまう。


(……硬いな。しかもあんなサイズの昆虫型の魔獣を見るのは初めてだ。……今いる人数では倒せないか。せめて遅れている後続の集団が合流してくれれば勝ち目もあるんだが……)


 現在先行しているこの部隊はとある理由で副隊長を含む半数の騎士と別れて行動していた。魔獣から距離を取りながらセガールはため息をつく。


(……まったく……嫌になってくる。しかし愚痴ったところで意味などないか。なんとかしてこの状況を切り抜けなくては)


 セガールは部下達にあらためて指示を出すべく口を開いた。


「……一時撤退するッ! 煙幕射出と同時に反転、来た道を戻り後続の部隊と合流しろッ! 殿は私が務めるッ! 今からカウントを始めるぞ、準備に取り掛かれッ! 10、9、8、7、6、5――」


 ベルトに取り付けられた煙幕を射出する小型の銃を魔獣に向けてセガールは構えた。


「――4、3、2、1、ぜ――」


「待つのであーるッ!」

  

 セガールの声を遮ったのは、後ろから聞こえた甲高い中年の男性の声だった。思わず振り返ると、そこには金の刺繍と宝石がちりばめられた緑色の燕尾服を来た小柄な男性が腕を組んで立っていた。


「え、エラーゾ男爵ッ!? な、なぜここにッ!? 後方で休んでおられたのでは……」


「ふん。もう疲れも取れたのでこうして歩いて来たのであーる」


「し、しかし護衛に付けていた私の部下の姿が見えませんが……」


「ああ、あの役立たず共なら来る途中で置いて来たのであーる。まったく、情けない奴らであーる。あんな魔獣の群れ程度すぐに蹴散らしてほしいものであーる」


「ま、魔獣の群れッ……!?」


「そうであーる。しかし戦力としては焼役立たずもいいとこだったであーるが、餌としてはそこそこ役に立ったのであーる。クズの割には、であーるが。まあ僕は無事だったからどうでもいいのであーる」


(こ、こいつはッ、私の部下を囮にして逃げて来たのかッ!?)


 歯を食いしばりながら怒りを抑え、必死に耐える。


「だいたい最近は騎士の質が落ちているのであーる。ここまで来るのにもずいぶん時間がかかったのであーる。そんなことだからディルムンドの反乱の際にもお前たちは何も――」


(ここに来るのが遅れたのはお前のせいだろうがッ!!! 自分から無理に来たいと言っておきながら、やれ疲れたの、やれ腹が空いただの、やれつまらないだの、なんのかんのなんのかんの言っては進行の邪魔をしてッ!!!)


 部下の半数と別れざるを得なかったとある理由。それこそがこのエラーゾ男爵のせいであった。彼が疲れてもう一歩も動けないなどと言ったせいでセガールは副隊長を含む部下を半数残して森の調査を行わなければならなかったのである。


(……この森がこいつの領地だからといってわがままを聞き入れ、戦闘能力の無い足手まといの帯同を許してしまったこの私の責任だ。……すまないお前たち許してくれ……) 


 魔獣の餌になっているであろう部下達の事を想いながら拳を固く握っていると、エラーゾが怒鳴り散らしてきた。


「――聞いているであーるかッ!!!」


「……申し訳ありませんでした」


 怒りを鎮めながらうやうやしく頭を下げる。だが心の中には理不尽な身分の差への憤りが燻っていた。エラーゾはそんなことなど露知らず鼻を鳴らす。


「ふん! もういいのでーある! それよりも問題はアレであーるッ!」


「……アレ……?」


「あの魔獣のことであーるッ! 早く捕まえるのであーるッ!」


「な、何を仰っているのですかッ……? 貴方からの依頼は森の異常を調べることのはず……」


「だから森の異常の原因はあの子であーる。あの子を捕獲すれば異常は無くなるはずであーる」


(……こいつ……まさか……)


 セガールはエラーゾに対してある疑惑を抱いた。


「……男爵、もしや……あなたは最初から、アレがこの森にいることを知っていたのですか……?」


「だったらどうしたのであーるか?」


(……この男はッ……依頼を偽り我々の事を利用してあの化け物を捕まえさせようとしていたのかッ?)


 堪忍袋の緒が切れそうになるが騎士の矜持がそれを阻んだ。努めて冷静に口を開く。


「……申し訳ありませんが、男爵。不可能です。あの魔獣は我々の手には負えません。捕獲はおろか討伐もできないでしょう。ここは一刻も早く撤退を」


「ふざけるなであーるッ!!! なんのためにこんな森の奥までついて来たと思ってるのであーるかッ!!! あの子はなんとしても僕のペットにするのであーるッ!!! 泣き言を言ってる暇があったらもっと必死に戦って弱らせるのであーるッ!!! この税金泥棒がッ!!!」


「……しかしこれ以上戦えば部下に被害が出かねません。もうすでに半数の部下が死んでいるのです。後方にもその部下を食い殺したであろう魔獣の群れもいます。どうかこれ以上は……」


「そんなこと知ったことではないのであーるッ!!! 騎士など消耗品、死んだら死んだでまた補充すればいいのであーるッ!!! お前たちの命などあの珍しい魔獣の糞以下であーるッ!!! 死ぬ気で働くのであーる、この無能どもがッ!!!」


(……こいつッ……!!!!!!!)


 怒りを通り越し殺意が芽生え始めたその時だった、部下の声が響く。


「隊長ッ! 逃げてくださいッ! 魔獣がそっちにッ!」


「なッ!?」


 驚き魔獣の方を見るとなんとこちらに向かって走ってきている途中だった。かわそうにも、敵はもはや目と鼻の先。それを見るやエラーゾは小さく悲鳴をあげて腰を抜かす。


(……く、私だけならば今からでも逃げられるが……それは出来ない。こんなクズでも人は人だ。私は騎士、戦えない人々を守る存在。たとえどんな相手でも必ず守る)


 最悪エラーゾだけでも逃がそうと覚悟を決めたセガールだったが、魔獣は突然動きを止めると頭を地面に垂らししゃがみ込んでしまう。その姿はまるでこちらに絶対服従のポーズを取っているようにも見えた。


(……なんだ……何が起きた? なんのつもりだ……)


「……も、もしかして僕のペットに自分からなりにきたのであーるか……?」


 しかしセガールの思考はとんちんかんな事を言いながら自身の前に出ようとしたエラーゾの行動によって中断される。


「おやめください男爵ッ! 危険ですッ!」


「うるさいのであーるッ!!!」


 止めようとしたセガールの手を払いのけエラーゾは魔獣の前に躍り出る。するとカマキリの触角が触手のように伸びネズミのような小男の体に巻き付いた。


「おお、可愛い奴であーるなッ! スキンシップのつもりであーるか? にょほほほ――ぐ、ぐへええええええええええええええええええええッ!?」


 最初こそじゃれているように見えていた触手はエラーゾの体に巻き付くときつく締めあげながら上空へと持ち上げた。と同時に魔獣は立ち上がり咆哮を上げると他の騎士たちに攻撃を再開し始める。


(……あの魔獣こちらの油断を誘って罠を張ったのか。知能の高さも通常の魔獣を超えている。しかも最悪だ、人質を取られた。これでは『月光術』が使えないッ!)


エラーゾを盾にするように騎士たちを牽制し始めた魔獣を見て顔をしかめたセガールだったが、背後から突然聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「隊長ッ!」


「お、お前たちッ……!」


 とっさに後ろを振り向くと声の主がエラーゾの護衛に付けた副隊長であることに気づく。そして残してきた騎士たちも傷を負いながらも無事だったことが確認できた。


「い、生きていてくれたのか……魔獣の群れに襲われたと聞いて私はてっきり……」


「ええ、事実死にそうになったんですが――彼が救援に駆け付けてくれたんです」


「彼……?」


 副隊長の指差す方を見ると騎士たちの最奥、傷を負った騎士に肩を貸していた茶髪の少年が目に入った。黒い軍服を着ているところを見ると同じ騎士のようだがまだ年若い。しかし新人の割にはどこかで見たことのあるような顔をしていた。四方八方に跳ねたくせ毛をした少年は負傷した騎士をゆっくりと地面に下ろすとこちらにやってきた。


「セガール隊長で、よろしいのでしょうか?」


「あ、ああ、そうだが……」


「騎士団長アルフレッド・ペンドラゴン様より指令を受け援軍として参上しました。ラグナ・グランウッドと申します。以後お見知りおきを」


「ラグナ・グランウッドッ……!? そうか、君が……」


 レギン国を救った英雄にして、最年少で『英雄騎士』の称号を授かった傑物。そう新聞やメディアに取沙汰されていた天才騎士が突然現れたことにセガールは動揺してしまうもラグナはすぐに次の言葉を口にした。


「あの、状況を教えていただけないでしょうか? もしかしたら何かお手伝いができるかもしれません」


「あ、ああ。実はあの魔獣に襲われているんだが人質を取られ、防戦一方の状態だ」


 遠くで暴れている巨大な魔獣を指差すとラグナはその方角を見ながら目を細めた。


「人質……あッ! 本当だッ……! しかも服装を見るに騎士ではないですよね?」


「え、ああ、そうだな……」


「大変だッ! 善良な一般市民がッ!今すぐ助けないとッ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 魔獣の元まで駆け出そうとしていたラグナの肩を掴み制止する。


「一人で行く気かッ!? 奴は普通の魔獣とは違うッ! 動きこそのろいが大きさと硬さだけならドラゴンに匹敵するかもしれ――」


 言いかけて気づく、目の前の少年がやったとされる偉業を。


(いや……そうだった……にわかには信じがたいが、新聞やメディアが報道していることが本当ならば……彼はドラゴンを……)


 口をつぐんだセガールだったが、ラグナはそれを不審に思うことなく呟く。


「……ドラゴンですか。わかりました――なら出し惜しみ無く全力で戦わなければいけませんね」


 そう言うとラグナは左手のグローブを取り去り、黒い痣を露出させた。


「すみませんセガール隊長、他の騎士の方たちに魔獣から離れていただけるように指示を出して欲しいのですが……」


「あ、ああ――わ、わかった」


「ありがとうございます」


 頭を下げた少年はゆっくりと魔獣に近づいて行くと、不意に左手を天に掲げた。その瞬間、六つの月達が強く輝き始める。そして空に電流が走り月達の中央に黒いモヤのようなものが立ち込め始める。そしてモヤがもっともどす黒く変色した時だった。巨大な闇の柱が天から降りラグナを包み込むと、それ以外のものを全て消し飛ばした。巨大なクレーターの中で黒い光の衣をまとった騎士を見たセガールは思わず叫ぶ。


「全員魔獣から離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!!!!!!!」



 ラグナは騎士たちが退避したのを見ると地面を蹴って一直線で魔獣に向かった。


(『月錬機』は駄目だ。衝撃波で人質ごと斬ってしまうかもしれない。ここは打撃で弱らせてから動きを止めて頭部にいる人質を助け出す作戦でいこう。よしッ!)


 ラグナは一瞬にして魔獣の側面に回り込むと――。


(まずは軽く攻撃して態勢を崩してから――)


 ――軽く殴った、その瞬間――魔獣の全身がグチャグチャに吹き飛ぶ。


「あ、あれ……?」


 当然頭部にいた善良な一般市民(笑)は宙を舞って吹き飛ぶと――。


「ごぶざべええええええええええええええええええええええええええええッ!!??」


 百メートルほど離れた湖に落下した。それを見たラグナは顔を大きく歪ませると――。


「ごご、ごごごごめんなさああああああああああああああああああああいッ!!!!!!!!」


 森の木々を吹き飛ばしながら湖に向かう、全ては善良な一般市民(笑)を救うために。



 セガールは人智を超えたその凄まじい力を見て顔を引きつらせると、部下達と共に空を見上げた。


「く、黒い三日月……」


 再び黒い月が昇り、少年の物語は幕を開ける。


 

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