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12話 呪われた過去

 ラグナは荒い息を整えながら汗を袖で拭う。ハロルドは急いで駆けつけてきたであろう少年のそんな様子を悲しそうに見ながら話しかけて来た。


「ここに来たということは……やはり私に復讐するつもりなの……?」


「え……復讐って……どうして先生にそんなこと……確かに今まで嘘をつかれていたことや今回の事件の真相はショックでしたけど、だからって復讐なんてしませんよ……! 俺は先生の復讐を止めるために来たんです……!」


 ラグナの話を聞いたハロルドは顎に手を当てて少し考えた後とある質問を口にする。


「……ラグナ。あなた、動画は最後まで見た……?」


「動画ですか……? いえ、実は途中で見るのをやめて備え付けられていた脱出カプセルを使って王都まで戻ってきたんです。先生の正体がハロルドで、この国に復讐しようとしてるって聞いたらもう我慢できなくて……それで先生の携帯のGPSを辿ってここまで来ました」


「やっぱり……まあ最後まで動画を見ていたらこんなに早くここに戻って来れるはずないものね。でも……私を止めに来たことに変わりはないか……」


「はい。先生、もうやめましょう。確かにあなたのやり方ならこの国を変えられるかもしれない。でもその代わり多くの人がきっと死んでしまいます。それに多くの屍の上に革命を成し遂げたとしても、急速な改革の歪はいずれ必ず起こります。そうなったら今以上に酷い国になってしまうかもしれないんですよッ!」


「それでも、現状に甘んじているだけでは結果は変わらないのよラグナ。多少強引であろうと、将来に歪みを作ろうと、今変えなければ一生この国は変わらない。そして大きな流れを変えるためには大きな代償を支払わなけれならない」


「その代償が、罪の無い人々の命だったとしてもですか……!?」


「そうよ」


 即答したハロルドの眼は冷酷な光を宿していた。また、その眼には揺るぎない覚悟も同居している。もう決して譲ることはないという固い決意。だからこそラグナは叫んだ。


「ッ……! あなたは間違ってるッ! それじゃあアルロンの街で実験を強行しようとした奴らと一緒じゃないですか! 自分の目的のために他の人を犠牲にするなんて……」


「そうね、あなたの言う通りだわ。ハッキリ言って私は悪人。でもね気づいてしまったのよ。この十七年の潜伏期間ずっとこの国の情報を集め観察していた結果、この国で正義を行おうとする者はこの国の悪と呼べるものにことごとく消されていたってことに。どんな正論や綺麗ごとを並べようと正義では悪を正せない。だから決めたの。たとえ悪人になろうと必ずこの国を変えるってね」


「そんな……先生ッ……!」


「無駄よラグナ。あなたが何を言おうと私はやり遂げる。止めたいのなら戦って私を殺すしかないわ」


「やめてください、先生と戦いたくなんてない……戦う理由だってないのに……」


「ならここを去りなさい。私は計画を始動する、ブレイディアを殺したあとにね」


「ッ……!」


 その言葉を聞いた瞬間、ここに来て初めてラグナの眼が鋭いものに変わる。ハロルドはそれを見ると薄く笑った。


「ラグナ、私も出来る事ならば貴方と戦いたくない。だけど私の悲願を邪魔するというなら話は別よ」


「……どうしてもやるって言うんですか……?」


「ええ。十秒待つわ。その間にブレイディアの前からどきなさい。そうすれば抗戦の意思は無いと認めるわ。ただどかなければ、たとえあなたでも容赦はしない。いいわね? 10、9、8――」


「…………」


 ハロルドは数えながら手のひらに赤い光を溜めていった。しだいに大きくなっていく赤い光の玉を見ながらラグナは悲し気な顔で眼を伏せる。そしてとうとう数字は0に近づいて行った。


「――3、2、1……0…………本当に残念だわラグナ。あなただけは傷つけたくなかった。でも私は止まれない。もう止まることなんて出来ない……」


 そう言うと手の平から十メートル近い巨大な炎のエネルギー弾が放たれた。その直後ラグナはハロルドとの距離を詰めるように歩き始める。その結果巨大な炎弾にも近づくことになってしまい、数秒と経たず接触する。


「ラグナ君ッ!?」


 ブレイディアの悲鳴が空に響く前だった――黒い光が天より舞い降り炎弾が接触する瞬間にラグナの体を覆った。と同時に天には『黒い月』が現れる。真紅の大玉はその衝撃波で相殺され、その様子を見ていたハロルドは思わず目を見張る。


「……驚いたわ。『黒い月光』の使い方がうまくなったわねラグナ。本来周囲に甚大な影響を与えるはずの落下の際に発生するエネルギー波を利用して私の攻撃を相殺するとは。なるほど、どうやらディルムンド達との戦いがあなたを成長させたようね。ここまでその力を使いこなせるようになるとは正直予想外だったわ」


「……先生。あなたなら知ってると思います。この力がどれだけ危険で強力なのかを。だからもうやめましょう。これ以上は……」


「……確かにね。このまま続けたところでその漆黒の光に包まれたあなたを倒すことなど今の私には出来ないでしょう。……仕方ないわ、こちらも奥の手を使うしかなさそうね」


「先生ッ……! もうやめてくださいッ……! さっきも言ったじゃないですか、俺にはあなたとは戦う理由が無いし、戦いたくもないってッ……!」


「そうね、でもそれはあなたが知らないだけ。本当はあるのよ、あなたが私と戦うだけの確固たる理由が」


「え……?」


 ポカンと口を開けるラグナに対してハロルドは左手の袖をめくりあげる。すると手首で黒光りするブレスレッドが現れた。そしてディルムンドから奪ったコアを中央に穴の開いたそれにはめ込む。


「それは確か……研究室のシリンダーに入っていた……」


「そう。あなたには失敗作と説明したけどアレは嘘。これこそが私が長年の研究の末に完成させた真の『ルナシステム』よ。そしてこれから見せるものがあなたが私と戦う動機に直結することになる。だから――その目に焼き付けなさいッ……!」


 ハロルドは叫ぶと左手を天に掲げた。その瞬間――腕輪から黒い電流が天に向けて放たれる。その直後、腕輪は形を徐々に変えながら装着者の体を包みこんでいき、やがて顔を含めた全身を覆い隠す黒い鎧に変形する。その姿はまるでおとぎ話に出てくるヴァルファレスの敵であるクロウツを彷彿とさせた。だが本当の驚きはその後に訪れる。変身の後、上空に稲光が走り六つの月たちが呼応するように輝き始めたのだ。ラグナはその現象を知っていた。それは自身が呪いの力と忌み嫌っていたモノが発現する兆候。


「……まさか……」


 ラグナが呟いた時だった――巨大な黒い光の柱が天より落下した。


「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!?」


「ブレイディアさんッ……! く、ディルムンド様もッ……!」


 驚く間もなくその衝撃波で時計塔は大きく揺れ動く。その際に吹き飛ばされそうになっていたブレイディアとディルムンドの体を間一髪捕まえると揺れと衝撃が収まるまで二人を抱えて地面にうずくまる。やがて光が消え、揺れも収まるとラグナは立ち上がった。どうやら倒壊せずに済んだらしい。だが屋上の床は大きく陥没し、柵は壊れ壁や床には大きく亀裂が入っている。完全に壊れずとも時計塔はすでにボロボロになっていた。


「ブレイディアさん、ディルムンド様、大丈夫ですか……?」


「う、うん……私は平気だよ。ありがとう守ってくれて。ディルムンドも気絶してるけど一応生きてる。でも状況は――最悪みたいだね」


 ブレイディアが見つめる先には『黒い月光』を纏った黒騎士がいた。先ほどよりも大きくなり輝きを増した『黒い三日月』の下、二人の『黒い月光』の使い手が互いに見つめ合い対峙する。


「先生……どうしてあなたがその力を……」


「教えてあげるわラグナ。私がどうやってこの力を手に入れたのか。『黒い月』と『黒い月光』とはいったいなんなのか。そしてなぜあなたが生まれながらにその力を手にすることになったのか。そのすべてをね。でもその前に――」


 ハロルドは手のひらをラグナよりやや左に向けると、手から黒い閃光が走り横を通り過ぎて行った。すぐ後ろを振り返ると、風景に違和感を覚える。直後異変に気付いた。『双子山』の岩山の方が影も形も無くなっていたのだ。


「……先生……今のは……まさか……山を……」


「この力は強力過ぎるのよ。だから場所を変えましょうラグナ」


「……ッ!」


 息を飲んだ瞬間――空中にハロルドの体が浮き、その背中のブースターが漆黒の火を吹くとラグナに向かって突進してきた。その後音速を超える速さでぶつかると屋上のフェンスを突き破りそのまま、残った『双子山』の森の方角に連れ去られる。空中でもがくも意味は無く、数十秒と経たずに山に到着。と同時に投げ飛ばされ森の木々をなぎ倒しながら巨大な岩に激突することで勢いのついていた少年の肉体はようやく止まる。なんとか立ち上がったその直後に黒騎士は天から舞い降りて来た。


「ここでならゆっくり話が出来そうね。そして戦いも」


「……戦うつもりは……ありませんッ……!」


「私の話を聞けばきっと気が変わるわ。復讐するべき相手が目の前にいるのだもの」


「復讐って……さっきも言いましたけど俺は――」


「違うわ。それとは別の話。飛空艇であなたが見逃した、あなたの過去の話よ」


「俺の……過去……?」


「そうよ。あなたが孤児院に預けられる前の話。あなたの生まれ故郷の話よ」


 空中から地上に降り立ったハロルドは静かに語り始めた。


「実はねラグナ、あなたが生まれた場所と私の故郷は同じなのよ。そこは田舎の小さな町だったわ。大した名産品や観光地もなかったけど穏やかで暮らしやすい町でね、皆で助け合いながら暮らしてた。私はそんな思いやりに溢れた町が大好きだった。でもなんの産業もなかったから町の人たちはあまり裕福とは言えなかったの。だから科学者になった後、そこに何か大きな産業を作れればってずっと考えていた……今思えば浅はかな考えだったわ。周囲から天才ともてはやされて、色々な発明品を作るうちに天狗になっていたんでしょうね。私なら故郷を豊かに出来ると思ってた――でもその思い上がりが悲劇を生んだ」


「悲劇、って……どういうことですか……?」


「……私がその町の産業に、と考えていたものは機械の動力をも含んだ様々な用途に使えるものだったの。でもそれは希少価値がとても高いうえ、人が生み出すことなど出来ないと言われているものだった。ここまで言えばもうだいたい察しはつくんじゃない?」


「その産業って、もしかして……『月光石』……? じゃあ、先生が言ってる町って……ッ!?」


「そう。アルロンよ。あなたは十七年前にアルロンで産まれたの」


「俺が、アルロンで……え、でも、十七年前って……アルロンで『ルナシステム』の実験が行われた時じゃ……だ、だけど生存者はいなかったって昔の記事で見ましたよ……!?」


「ええ。国があなたを見つける前に私が保護したから記録には残っていないでしょうね。でもこれは事実。住民や家、町の全てが消え去ったあの町の、病院があった場所で私は赤ん坊だったあなたを見つけ、そしてお金と共に孤児院に預けた」


「せ……先生が俺を孤児院に……俺がアルロンの生き残り……じゃあ……俺が先生を恨む理由っていうのは……」


「そうよ。私が発明した『ルナシステム』があなたの親やいたかもしれない兄弟、家族を奪い去った。あの実験さえ無ければあなたは暖かい家庭で今も暮らしていたかもしれないのよ。しかもそれだけじゃない」


「それだけ……じゃない……?」


 ハロルドは拳を固く握った後、核心に迫る話を始める。


「……ラグナ。『黒い月光』がどうやって作られるか、原理を教えてあげるわ。普通『月詠』が『月光』を『セカンドムーン』から呼び出す際は人の眼には見えないほど高速で落下して『月詠』の肉体に降りてくるの。だけど『黒い月光』――アレは一般的な『月詠』による『月光』の召喚とはわけが違う。あれはね、本来単体で降りてくるはずのエネルギーが複数放たれた結果、空中で衝突して混ざり合った姿なのよ――空に浮かぶ六つの月から放たれる六色の『月光』が同時かつ寸分違わず同じ量でぶつかり混ざり合うことで黒い光に変色するの。通常、光は混ざり合っても黒くはならない。けど『月光』は違う。アレは特殊な光だからね、複数の絵の具を混ぜると黒くなるように、複数の『月光』が交わると黒く変色するのよ。そしてその現象が空中で起こることで黒いエネルギーの残骸が空中にとどまり、空に一時的に幻影の月が生まれる。それが『黒い月』と呼ばれるものよ。しばらくすると消えるのは空中で集まっていたエネルギーの残骸が時間の経過で霧散してしまうから」


「六つの『月光』が融合したもの、それが『黒い月光』と『黒い月』の正体……でも、どうして先生がそんなことを知ってるんですか……?」


「それは私が『黒い月』と『黒い月光』を現代に呼び起こした元凶だからよ。私はね、ラグナ。あなたが『黒い月光』を使うずっと以前から『黒い月光』の力を使用できたのよ。今使ってるのがその証拠。……十七年前私は千年の時を超えて『黒い月』を蘇らせてしまったの」


「よみがえ……らせた……?」


「……『ルナシステム』が『月光石』を作り出すためのシステムってことは知っているでしょう? 『月光石』を作り出す方法は大きく分けて二つ。一つは千年単位の長い時間をかけて鉱物に向けて『月光』を照射する方法。もう一つが、強力な『月光』を鉱物に短時間照射する方法。私は当然後者を選択した、けどそれには理論的にはありえないほどの強力な『月光』を必要とした」


「もしかして……その強力な『月光』っていうのが……」


「そう、それが『黒い月光』だった。当時の私は古代の文献からフィクションと言われていたクロウツや『黒い月』――『黒い月光』の存在を確信していたの。文献にはこう書かれていたわ。千年前、奇跡的な確率で起こる超自然的な現象によって六つの月の光が地上に同時に降り注ぎその結果、黒き月の悪魔は生まれたってね。その地上に向けて六つの月の光が放たれた現象を『六華合一りっかごういつ』と呼ぶらしいのだけれど、その時にも空に黒い月が浮かんでいたらしいわ。そこから私は『黒い月光』や『黒い月』の正体が六つの月から放たれる『月光』が融合した姿なんじゃないかと推測を立てた。六つの光が融合することによって莫大なエネルギーへと変化するってことも直感的に理解したわ。そしてその推測を理論でまとめて科学技術で再現し、出来たのが『ルナシステム』なのよ」


「じゃ、じゃあ……『ルナシステム』は『黒い月光』を呼ぶために作られたってことですかッ……!?」


「その通り。けど当時私が開発したプロトタイプの『ルナシステム』は普通の『月光』を無制限に呼び出すことは出来ても、『黒い月光』の召喚に耐えられるものじゃなかった。その結果システムは暴走、町は『黒い月光』に呑まれて消滅したわ。……でも結果だけ見れば大成功かもね。町や町の人間は犠牲になったけど実験場だった近郊の岩場や町中からは大量の『月光石』が発見されてこの国は大きく発展した。……けどね、それだけじゃないのよ。『ルナシステム』の暴走によって生み出された副産物は『月光石』だけじゃなかったの。もう一つあったのよ――そしてそれこそがあなたが私を恨むであろう最大の理由」


「……さっき言ってた、それだけじゃないっていう言葉と関係してるんですか……?」


「ええ。……ラグナ、私の作った『ルナシステム』の暴走はね……奇しくも千年前の状況をアルロンで再現してしまったのよ。……千年前――天文学的確率で発生する『六華合一』が偶然起り、『黒い月光』が地上に照射された際、その身にそれを浴びたことによって呪われた痣を左手に宿し、世界を滅ぼせるほどの力を手に入れてしまった人物がいた。あなたも、というかこの世界の人間なら誰でも知ってるでしょうね。その人物の名を」


ラグナはハロルドの言った人物がすぐにわかった。千年前、白銀の英雄に死闘の末に倒された災厄。世界を崩壊寸前まで追いやった悪魔の名。それは――。


「……クロウツ……」


 ラグナの呟きにハロルドは何も言わなかった、だがおそらく正解だろう。さらに少年はすでにその先の答えにまでたどり着きかけていた。


「……先生……俺は、アルロン……に十七年前に産まれたんですよね……? ……じゃあ、もしかして……『ルナシステム』の暴走による二つ目の副産物っていうのは……」


 ラグナの問いかけに対してハロルドは重い口を開く。


「そう――それはあなたよラグナ」


「ッ……!」


 明かされる真実にラグナは驚愕する。


「『ルナシステム』の暴走によって『黒い月光』を浴びたあなたは消滅していく町や町の人の中、ただ一人生き残りその黒い痣を左手に宿すことに成功した。千年前のクロウツと同じようにね。そしてその結果、『黒い月』と『黒い月光』を呼び出す力を手に入れてしまった」


「そんな……だ、だけど、どうして『黒い月光』を浴びただけでこんな力が俺に備わるんですかッ……!?」


「それを説明するには『月詠』という存在を紐解く必要があるわ。騎士を目指していたあなたなら知っていると思うけど――『月詠』というのは普通の人間が六つの月から個別に発せられる地上を照らす微弱な『月光』を赤子の時から幼少期に浴びることで変化する存在なのよ。そしてその結果『月痕』と呼ばれる六つの月達とアクセスするための印が右手から右肩にかけてのどこかに刻まれるの。この『月痕』は色に応じてそれぞれの月達と目には見えない魔法の回路のようなもので繋がっているため、その回路を使って『月詠』は強力な『月光』を目に見えないほどの速度で天から呼び出せるのよ」


「……『月詠』が生まれる理由や『月光』を呼び出す原理なら知っています。勉強しましたから。それに先生に昔知識の一部を教えてもらいました。でもそれが俺の体に『黒い月痕』が宿った事とどう関係してるっていうんですか……!?」


「慌てないで。あなたの左手に黒い痣が宿った原因は、普通の人間が右腕に『月痕』を宿し『月詠』になる過程と非常によく似ているの。まあ似て非なるものなのだけれどね――さあ続きよ。さっきの話が理解できるなら『月詠』の腕に刻まれる『月痕』の種類や数がランダムになることは当然知っているいるわよね?」


「……天から降り注ぐ『月光』の密度によって変化するんですよね? でもそれは数時間おきに変化するから同じ場所でまったく同じ『月痕』を持つ『月詠』は生まれない。さらに地上を照らす『月光』の種類は周期的に変化するうえ、常に地上を照らしているのは大抵二つか三つほどの『月光』で強弱もバラバラ。その中で地上に降り注いでいる最も強力な『月光』が人体に影響を与え、その月の『月痕』が体に刻まれ『月詠』となる……」


「ええ、その通り。結果『月詠』はそれぞれの『月痕』に対応した属性の『月光』と『月光術』を手に入れる。赤なら炎の能力。青なら水や冷気。黄色は土や岩、植物。緑は風や大気を操る力。銀は光や電気。紫はそれらの属性に該当しない特殊能力――さて、ここからが本題――さっきあなたが言ったけど通常セカンドムーンからは常に地上に向けて微弱な『月光』が照射されているの。そしてそれを浴びることで、六つの月のうち最も強く浴びた『月光』に対応した月の『月痕』を手に入れる事が出来る。けど『月光』の照射密度は絶えず変化しているうえ六つの月が同時に地上を照らすことはまず無い。仮に六つ同時に照らされ、それを浴びたとしても六つの月それぞれの『月痕』が体に刻まれるだけ。赤、青、緑、黄、銀、紫の『月痕』はそれぞれ個別に六つの月と異なる回路で繋がっている、だから『月詠』が『月光』を呼び出す際にそれらが交わることも無い」


 だが例外は常にあるものだとハロルドは続ける。


「でも十七年前『ルナシステム』の暴走によって六つのセカンドムーンから六つの『月光』が全て同じ出力で同時にアルロンへ照射され、空中で衝突し交わることで黒い月光へと変化した。そしてその融合した光を浴びたあなたは六つの月と同時に繋がる回路を偶発的に手に入れてしまったのよ。その結果、全ての月と同じ回路で繋がったその左手の『黒い月痕』が『月光』を呼び出す際は全ての月から同時かつ同じ量で『月光』を呼び出してしまえるようになってしまった。つまりあなたの左手の『黒い月痕』は『ルナシステム』の暴発によって生まれた副産物――ラグナ、あなたはハロルド・エヴァンスという愚かな科学者が作り出してしまった、いわば人造の『月詠』なのよ」


「…………じゃあ……本当に……『黒い月痕』が『ルナシステム』の副産物……俺が『ルナシステム』の暴走によって生まれた人造の『月詠』……」


「信じがたいと思うかもしれないけどそれが真実。十七年前『月詠』が『月光』を呼び出す際に月に向かって特殊な信号を発信することを突き止めた私はそれを機械で再現することに成功した。これが『ルナシステム』の基盤になったの。そして『月痕』と月の間をつないでいる見えない回路も人工的になんとか解析し作り出せた。その結果――私は全ての月から無尽蔵に『月光』を呼び出せるようになったわ。けどプロトタイプの『ルナシステム』は失敗作だった……だから必死に実験を止めた、止めようとしたの」


「でも……実験は強行された……そして『黒い月』が生まれ『黒い月光』が町を……」


「そうよ……その結果あなたは生まれ変わってしまった。赤ちゃんだった貴方の小さな手には生来持っていたであろう『銀月の月痕』の他に黒い痣が刻まれていたわ。私が生み出した欠陥品によって植え付けられた呪い、それこそが貴方の持つ『黒い月痕』の正体。そして私が隠してきた貴方の過去」


「それが……真実……だけど、十七年前に『黒い月』が浮かんだなんて聞いた事無いですよ……」


「確かにね。でもそれにも理由があるの。失敗作のうえ暴走状態だった『ルナシステム』が生み出したそれは、今浮かんでるようなちゃんとした月ではなく黒いモヤに近かったのよ。加えて実験が行われた時は夜だったから黒いモヤが空に浮かんでも誰も気づかなかったのでしょうね」


 言い終わるとハロルドは話のシメに入った。


「千年前に超自然的な現象によって六つの『月光』が融合した『黒い月光』を浴びたクロウツが『黒い月痕』を左手に宿したようにまた貴方もその力を手に入れてしまった。私のせいでね。わかったでしょう? これが貴方が私を恨むもう一つの理由。貴方の家族は私の発明のせいで死に、孤児院の皆を殺してしまった力を与えたのも私。つまりあなたにとって私は究極の疫病神ってこと。……どう? 殺してやりたくなったでしょう? もしあなたが望むなら、私を殺してもいいわよ。あなたには私を殺す権利がある」


「……」


 ラグナはすぐに言葉を返さず考えるように少し目をつむった後、ゆっくりと両目を開いてハロルドを見つめた。


「……先生、聞いてください。俺の過去の話、聞いていてあまりいい気分にはならなかったです。正直複雑な気持ちにもなりました。だけど――それでも――」


「……」


 静かに聞き入るハロルドにラグナは笑顔で言う。


「――それでもやっぱり俺は先生が大好きです。……確かにあなたの言う通り『ルナシステム』は俺の家族を奪い、俺に呪いの痣を植えつけたのかもしれない。けどそれは不幸な事故だ。孤児院でのこともあなたのせいじゃない。それにあなたは孤児院での出来事の後、すぐに駆けつけてくれた。それって孤児院に預けた後も俺のことを気にかけてくれていたってことでしょう? 俺のことを気にしてくれていたから孤児院での異変にもすぐに気づいて駆けつけてくれた。その後もずっと俺のことを心配して肉親のように見守ってくれていたじゃないですか。あなたは仇なんかじゃない、俺の大切な人です。この気持ちだけは何があろうと変わりません。絶対に。だから――あなたとは戦いたくないんです」


「……」


 黒い兜に覆われた状態ではその素顔を窺い知ることは出来なかったが、ラグナは誠心誠意思いを伝えた。その数秒後、ハロルドは拳を固く握りしめると小さな声で何かをつぶやき始めた。


「……ど……し……て……」


「え……?」


 ラグナが聞き返した瞬間、ハロルドが突進しラグナの胸倉を掴み上げるとその体を近くの木に押し付け叫ぶ。


「どうしてッ!!! どうして私を恨まないのッ!? 私は貴方の全てを台無しにしたうえ、それを知りながら十七年物間黙っていた!!! それどころか貴方と一緒に住んで家族面さえしていたのよ!!! それなのにどうして……ッ!!!」


「か、家族面……なんかじゃないです……俺にとって先生は……本当の、家族です……」


「……ッ!」


 その言葉を聞いてハロルドはラグナを胸倉から手を離すと、体を震わせながら両手で顔を覆うように触った。


「……家族……真実を知って、なおそう呼んでくれるのね……」


「当たり前じゃないですかッ……! 先生は俺にとって親も同然ですッ……! それに、さっき先生は自分のせいって言いましたけどそれは違いますッ……! 先生はシステムの欠陥に気づいてそれを止めようとしていたんでしょうッ!? だったら先生だって被害者じゃないですかッ……! 先生だって自分の家族を奪われたんだッ……! 悪いのは実験を強行した連中ですッ……! 貴方じゃないッ……!」


「……原因を作ったのは私よ。それは揺るがない事実。私があんなものを作らなければ大勢の命は失われずに済んだ。私の罪は……重い」


「先生のせいじゃないッ……! だからこれ以上自分を責めるのはもうやめてくださいッ……! 今のあなたは自分を責めて自分を追い込んで、そして贖罪のために新しい罪を犯そうとしているッ……! 仮にそれでこの国を変えられたとしても、その罪で先生はさらに苦しむことになるッ……! そんなの放っておけないですよッ……! 血は繋がってなくとも俺は先生の家族ですッ……! そうでしょう……!? それとも……先生にとっては俺と過ごした時間さえ、全て演技だったんですか……!?」


「…………」


「答えてくださいッ……!」


 ラグナの悲痛な叫びを受けたハロルドは何らかのシステムによって兜の部分のみ鎧にしまい込むと、素顔を露わにした。


「……最初はただの償いのつもりだった。でもアルロンがあった場所で最初にあなたを見つけた時、私ははあなたをうまく育てられる自信がなかった。だから孤児院に預けたの。でも孤児院に預けた貴方の様子は常に窺っていたからね、孤児院で事件が起こったことをすぐに知った私は貴方を拾ったわ。それが私の義務だと思ったし孤児院を巻き込んでしまったのは私があなたから目を背けた責任だと感じたから。それにアルロンの町の被害者である貴方をそばにおいておけば初心を忘れずにいられるとも思った。けどそれは違った。貴方と過ごした時間は私に安らぎを与えてしまった。許されるはずのない安寧を。このままずっと、復讐も償いも、全て忘れて貴方と一緒に平穏な日常を過ごしていきたい――そう心の底から思ってしまったのよ私は。許されるはずないのに、そんなことを考えた自分自身が許せなかったわ。だから私はあなたの元を離れたのよ。それが姿を消した本当の理由。今でも……私にとっても貴方は本当の家族と変わらない」


「だったら――」


「でもね……夜になると聞こえてくるの……アルロンの人々の嘆きと苦しみの声が……私に仇を取れと囁いてくる……日に日に大きくなっていくその声に私は導かれて来た……幻聴だっていうことはわかってる……私の罪の意識が生み出した幻……でもそれはきっとアルロンで聞こえたであろう悲鳴……地下牢に閉じ込められていた私には聞こえなかった助けを求める声……私にはそれを無視することが出来なかった…………そしてとうとうここまで来てしまったの……もう私は自分で自分を止められない……」


「ッ……!?」


 涙を流してやつれた顔で微笑むハロルドを前にラグナは言葉を失った。


(……ここまで……追い詰められていたのか。家族って言いながら……俺は先生のこと本当に何もわかっていなかったんだな……戦いたくないっていうのは俺の身勝手な願い……先生を本当に大切に思うのなら、俺がやるべきことは――)


 血がにじむほど強く握り拳を作ったラグナは鋭い視線をハロルドに向ける。


「……先生ッ! あなたを傷つけたくないって気持ちは変わりませんッ! でも、このまま俺が何もしなければあなたはもっと傷つくことになるッ! だから――もし先生が自分を止められないっていうのなら――俺が止めますッ! たとえ戦うことになろうとも、俺があなたをその呪縛から解放して見せますッ!」


 ラグナの意思の込められた言葉を聞いたハロルドは涙を止めると嬉しそうに笑った。


「……フフ……優しい子ねラグナ。でも……優しすぎるわ、貴方は」


 そう言った後ハロルドが再び頭部を兜で覆い隠すのを見たラグナは戦闘態勢を取る。両者が睨み合う中、風で木々が揺れ、木の葉が地面に落ちた瞬間――両者が激突した。その余波を受けて黒い光が周囲を覆い隠し、山の一部が消し飛ぶ。ぶつかった当初は互角に思える戦いだったが、徐々に優劣がつきはじめた。それを示すように黒騎士の拳による一撃をもらい盛大に吹き飛ぶと巨木に激突し倒れる。


 それでもなんとか立ち上がると駆け出し正面の黒騎士に全力の殴打を浴びせる――しかし。


「なッ……!?」


 ドラゴンを容易く殴殺した拳は、黒騎士の人差し指によって軽々と止められる。その後、拳を止めた指に黒い光が集まり始め――それは少年を吹き飛ばすように突然放たれた。


「ぐ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」


 ラグナを巻き込みながら放たれたそれは双子山の片方を消滅させた黒い光弾。山の木々や大地をえぐりながら進む巨大な漆黒の弾に押されながらも少年は弾の軌道を逸らせるべく両手に力を込めた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!!!!!!!」


 腹に力を込めて叫びながら光弾を両腕で抱きしめるように掴むと全力で空に投げ飛ばそうとする。反動からか、両腕から血しぶきが上がるも痛みをこらえながらラグナは力を込め続けた。


「ぐうううううううううアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」


 死力を尽くした結果、漆黒の弾の軌道を空に向ける事が出来た。だがその代償にラグナの上半身の服は消し飛び、腕と腹部には痛ましい火傷の痕が残る。


「ハァ……ハァ……ゲホッ……ゲホッ……」


 想像以上のダメージに思わず座り込んでしまいそうになるが、黒い月光を推進力としたブースターを使い一瞬で目の前に現れたハロルドを見て気力を振り絞り立ち続ける。 


「ぐ……」


「どうしたのラグナ……? あなたの力はそんなものではないでしょう……? 六つの月の光が融合した究極の『月光』こそ『黒い月光』の正体、そしてそれを浴びたものが『黒月の月痕こくげつのげっこん』の所有者となる。でも『黒い月光』を肉体に浴びたからと言って誰しもが『黒月の月痕』を体に宿せるわけじゃない。大半の人間はそのエネルギーに耐え切れず消滅してしまう。でもあなたは生き残った。それはあなたの生まれ持った『月詠』としての潜在能力の高さを示している。あなたは私が知る限り、間違いなく最強の『月詠』なのよ。かつて数万を超える軍勢を薙ぎ払ったクロウツ同様にね。それがこの程度で参ってしまうわけがない。まさかまだ手加減でもしているのかしら。それじゃあ私は止められないわよ……!」


 ハロルドはラグナに追撃を仕掛けた。倒れそうになっていた体を上空に蹴り飛ばすと、すかさずその上に回り込み胴体を拳で殴り飛ばされる。その後も先ほどと同様どこかにぶつかる前に先回りされ空中で殴打。それが何度も繰り返され、体は幾度となく宙を舞い、やがて重い蹴りを受けてようやく地面にめり込むように衝突し動きが止まる。度重なる凄まじい威力の攻撃に意識が飛びかけていたが、なんとか意志の力でそれを防ぐ。


(つ……強い……ドラゴンを遥かに上回るスピードとパワー……これが『黒い月光』の力……敵にするとここまで恐ろしいのか……でも同じ力なのにどうしてここまで差が開くんだ……もしかして先生の言う通り無意識に俺が手加減を……?)


 圧倒的な戦力差に絶望していると、天からハロルドが降りて来た。ラグナは立ち上がろうとしたが体に力が入らず転んでしまう。


「……これで終わり? ずいぶん呆気ない幕切れね。あなたが戦えないのならブレイディアとディルムンドを先に始末するわ。あなたはそこで倒れて見ていなさい」


「や、やめてくださいッ……! 俺ならまだ戦えますッ……!」


「そういう言葉は私を一発でも殴ってから言いなさい。敵意の無い今のあなたでは私の敵にはなりえない。ブレイディアの方がまだ脅威だわ。脅威は先に排除しなければね」


「ッ!? やめ――」


 ハロルドが右手を時計塔の方に向けると手のひらが黒く光り始める。『双子山』の片方を消し飛ばした光弾を、先ほど自分を撃った時よりも出力を上げて撃つつもりであろうことはすぐに予測がついた。黒い光が強力になるにつれブレイディアの笑顔や言葉が脳裏に蘇り始める。


(俺は……もう失いたくないッ!!! 誰もッ!!! 決めたんだ――だったら――)


 そしてとうとう漆黒の光が放たれる、と思われた瞬間――ラグナの纏う『黒い月光』が爆発した。


「あああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」


 叫び声と共にさらに大きく膨張した『黒い月光』を帯びたラグナは踏んでいた地面がえぐれて吹き飛ぶほどの勢いで跳躍するとハロルドが反応できないほどのスピードで彼女の顔面を殴り飛ばす。その結果光弾の軌道は逸れて時計塔をかすめると天に昇って行った。一方で殴られた黒騎士は吹き飛びながらも態勢を立て直し地面を削りながらなんとか止まることに成功する。だが殴られた顔の縦半分の鎧は破壊され歪んだ笑顔が露わになった。


「……フフ……やれば出来るじゃない」


「……すみませんでした先生。あなたを止めると言いながら、俺には覚悟が足りていなかった。心のどこかであなたを傷つけることを恐れていた。でもそれではあなたの覚悟は壊せない。だから――全力で行きます。ここからが本番ですッ……! 今度こそあなたを止めてみせる、口だけじゃなく力でッ……!」


「やってみなさいッ……! 私は、この国を変えるッ……! たとえ貴方を倒すことになろうともッ……!」


 空中に浮かび上がったハロルドは両手を地上に向け、ラグナに向かって黒い光弾を連続で五つ発射した。先ほどまでならばそれで終わっていただろう――しかし今の少年は先ほどとは明らかに違っていた。


「ッ!」


 ハロルドが思わず絶句してしまうほどの力をラグナは見せる。なんと全ての光弾を片手で弾き返したのだ。弾かれた光弾の一つは黒騎士に返されるも、同じように漆黒の右腕の一振りで空中に軌道を変えられる。


「……確かに……今までとは違うみたいね。なら、これはどうかしらッ!!!!!」 


 ハロルドが突撃してきたのを見たラグナはそれを正面から受け止めると、その体を投げ飛ばした。空中ですぐに受け身を取られるも、追い打ちをかけるべくそのまま地面から跳び、全身全霊を込めた拳を胴体に叩き込む。そのパンチの破壊力は凄まじく、黒騎士が咄嗟に張った電磁バリアを貫通すると鎧に直撃し腹部から鎧全体にかけて亀裂が走った。


 その後半壊した黒い鎧ごとハロルドの肉体は森を破壊しながら進み、摩擦によってようやく止まった。


(……ディルムンド様と戦った時と同じかそれ以上の出力で『黒い月光』を呼び出してるのに、ちゃんと意識を保っていられる。体が慣れてくれたのか? それとも偶然? ……いやどっちでもいい。いづれにしろ今の俺なら先生を止められるはず。でも出来ればこれ以上先生を攻撃したくない、今の一撃で決まってくれ……)


 吹き飛んだハロルドのすぐに近くにやってきたラグナは願いを込めて粉塵の舞う先を見つめる。亀裂が入りバチバチと回路が火花を上げる音が聞こえる中、これで勝負は決まったかに思われた――だが土煙が空中に舞う中で黒騎士はゆらりと立ち上がった。


「くッ……!」


「……流石ね。これがオリジナルの『黒い月光』の力。伝説にもなるわけだわ。プロトタイプの『ルナシステム』を守っていた電磁バリアを上回る出力のバリアを貫通したうえダイヤモンドよりも固いはずの鎧がたった一撃でボロボロ。素晴らしいわラグナ。使えば使うほど、戦えば戦うほどあなたとその黒い光は強くなる。模倣できたと思ったけど、システムの力をもってしてもこの破壊力は再現できないわね……『黒い月光』を使う理論は同じはずなのにどうしてこうも違うのかしらね……でも――それでも私はッ、負けるわけにはいかないのよッ!」


 ハロルドは両手の手のひらから黒い光を発生させると、黒い光で出来た剣を二本作りだした。そしてそれをおもむろに振るうと光の斬撃がラグナの頬をかすめ、赤い血がわずかに流れ始めた。微かな痛みだがラグナは戦慄する。


(さっきより強力な『黒い月光』を纏っているのに肉体を切られた……ッ!? なんて密度のエネルギー……『黒い月光』のエネルギーを圧縮してるのか……アレは……直撃したらヤバイ……!)


 驚き絶句しながら後方に跳んだラグナに対してハロルドは黒い剣を向けた。


「確かに、普通に力比べをしても私の『ルナシステム』ではあなたには勝てない、けどね――工夫次第ではまだまだやりようはあるのよッ! さぁ、いくわよラグナッ……!」


 ハロルドが光の剣を振るうたびに黒い斬撃が、かまいたちのように無数に飛び交いラグナに襲いかかってきた。それを紙一重でかわしつつ反撃の機会を伺うも、中々チャンスを見つけられない。攻撃は最大の防御と言わんばかりに一方的攻められ、なすすべもなくただ体力だけが削られていった。


(くそ、近づけない……せめて俺にも同じような武器……『月錬機』があれば……)


 しかし病院から飛行機に乗せられ装備を整える暇が無かったためその腰に『月錬機』はなかった。状況を打開する方法が見つけられず回避に徹していたその時、黒い斬撃がラグナの足元に着弾する。その際の衝撃で転んでしまうと同時に砂ぼこりが舞い上がる。視界を塞がれたうえに身動きが一瞬取れなくなってしまったのだ。


(マズイ――)


 光の斬撃が砂塵を切り裂き進んでくる中、ラグナは絶体絶命の危機に陥る。そんな時だった、突然大きな風が吹いた。


 その風に導かれるように上空を見ると、黒色の発光する赤い線が入った四角い箱が落下してきた。それを咄嗟に受け止めた瞬間に黒い斬撃がラグナに直撃する。先ほどよりも大きな砂ぼこりが周囲一帯を包むのを見たハロルドは目を細めた。しばらくするとホコリは晴れ、先ほどの斬撃の結末がようやく現れる。


「……今ので終わり――ってわけにはいかないようね」


 黒いエネルギーで出来た大剣を携えた無傷のラグナを見てハロルドはため息をついた。風がもたらしたのは『月錬機』――そしてその風を起こした人物に心の中で感謝する。


(ブレイディアさん、ありがとうございます。助かりました)


 直後ハロルドが黒い斬撃を放つも、ラグナはあっさりとそれを黒い大剣で切り伏せる。


「……『月錬機』か。厄介なものを届けてくれたものね。あの風、ブレイディアの仕業かしら。なるほど、私と戦える武器を手に入れたというわけね。なら第二ラウンドと、行きましょうかッ!!!!!」


 ハロルドは高速で何度も斬撃を重ねて放つが全てラグナの剣の一撃で薙ぎ払われる。そして全ての斬撃を斬り落としながら高速で近づいた少年は黒騎士に切りかかる。当然黒い双剣によって防がれるが、エネルギー同士の衝突を制したのは黒い大剣だった。それにより黒いパワードスーツは弾き飛ばされる。だが背中のブースターによってすぐに態勢を立て直した黒騎士は先ほどよりも巨大な二対の黒い双剣を発生させた。


 二人は無言で剣を構え直すと、ほぼ同時に踏み込む。光速に近い斬撃の応酬は周りの木々を斬り飛ばし、岩を粉砕しながら山の地形を大きく変えていった。だが、やがてその攻防も終わりを告げる。ハロルドは二つの黒い剣を合わせて五メートル近い巨大な剣を作り出すと、それを用いて決着をつけようとした。跳びあがると、落下すると同時に全体重を乗せた斬撃を黒騎士は放つ。ラグナはそれを歯を食いしばりながら受け止め全力で斬り返した。その結果――二つを一つに束ねた剣は黒い大剣によって切断される。勝負に競り負けた黒騎士は胸に斜めの大きな切り傷を作りながら吹き飛ぶと岩にめり込んだ。それどころか少年の振るった斬撃で発生した衝撃波によって山の三分の一が崩落してしまう。


 しかし黒騎士――ハロルドは先ほどの一撃を以てしても倒れず、火花が散るボロボロのパワードスーツを着たままゆらりと立ちあがった。


「……なるほど。これ以上続けても無意味みたいね。まったく……自分の発明した物に自分の首を絞められるとは。これじゃあ十七年前と変わらない。笑い話にもならないわ。でも認めざるを得ないわね。白兵戦ではどうやってもあなたには勝てないみたい」


「……それは降伏する、と受け取っていいんですか……?」


 ラグナはそれを望んだが、ハロルドは首を横に振る。


「いいえ。残念ながら違うわ。手段を変える、ということよ」


 発言後、背中のブースターを起動したハロルドは上空へ移動した。


「ッ! 先生ッ! どこに行くつもりですかッ!」


「時計塔まで戻って来なさい。そこで決着をつけましょう」


 凄まじい速度で飛んで行ったハロルドを見ながら、ラグナは地面を蹴って大きく跳躍し時計塔の最上階を目指す。本当の意味での最後の戦いが始まろうとしていた。

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