114話 依頼主
ブレイディアと相談したラグナは彼女と別れ先ほど出会ったばかりのシュルトと行動を共にしていた。早急に壊し屋を探し倒さなければならないと判断した結果、二組に分かれて敵の情報収集を始めたのだ。そのため現在はとある町の一区画を歩いていた。
「……あの……シュルト先輩。ちょっといいですか?」
「あ? なんだよ」
「俺達は今どこに向かっているんでしょうか……」
ブレイディアやベサニーと別れた後、シュルトに『壊し屋』の情報について心当たりがあると言われたラグナはしばらく黙ってついて行ったのだが、流石にニ十分以上歩きとおしだったため堪えきれず問いかけたのだった。
「……そういえば話してなかったか。これから向かう場所はカルダバレーの中にある貧民街って言われてる区画だ」
「貧民街……そこに『壊し屋』につながる手掛かりが?」
「ああ。そこに『壊し屋』に依頼して貴族を殺させた奴がいるらしい」
「そうですか。どんな些細な情報でもありがた――え?」
ラグナはせいぜい『壊し屋』についてわずかな手掛かりが得られる程度の認識しかなかった。だからこそシュルトの言葉を聞き驚くと同時に立ち止まってしまう。
「……す、すみません。聞き間違いでしょうか……今、『壊し屋』に依頼して貴族を殺させた犯人がそこにいると聞こえたのですが……」
「聞き間違えじゃねえよ。『壊し屋』に依頼した野郎が今から行く貧民街にいる」
「なッ……!?」
ラグナは思わず絶句してしまう。そんな重要な情報はロウウェルから聞いていなかったのだ。
「そ、そんな重要な情報、ロウウェルさんから聞いていなかったのですが……」
そんな重要な話を聞いていればブレイディアたちと別れることもなかった。全員で向かい対象を捕縛するための作戦が立てられたはずである。依頼した犯人を捕えられれば『壊し屋』を捕まえる重要な手掛かりになるのだ。だからこそラグナは意味がわからないといった様子で問いかけ、それに対してシュルトは悪びれずに言う。
「そりゃそうだろ。支部長には言ってない情報だからな」
「い、言ってない……ど、どうしてですか!? そんな重要な情報だったら共有しないとでしょう!?」
「おいおい馬鹿言うなよ。情報の共有なんかしたら手柄を取られかねないだろうが」
一瞬何を言われたのか理解できなかったラグナは絶句するも、数秒後、絞り出すように呟く。
「て、手柄……?」
「そうだよ。俺は王都の本部に移りたいんだよ。こんな地方にある田舎町の騎士で終わるつもりはない。そのためには功績を挙げなきゃいけないだろ。今回の事件なんかまさにうってつけだ」
「な、何言ってるんですか!? こんな状況で手柄なんて……仲間の騎士が死にかけてるんですよ!?」
「やられたのはアイツらが弱いからだ。自己責任ってやつだな。俺の知ったことじゃない」
「……本気で言ってるんですか」
ラグナの目に怒気にも似た感情が宿り、周囲の空気が張りつめる。だがシュルトはそれを意にも介さず涼しい顔で挑発するように言う。
「そんな怖い顔するなよ。犯人捕まえれば万事解決するだろ。昏睡状態の騎士も回復するだろうさ」
反省することなくそう言い切ったシュルトを見て、もはや怒りを通り越して呆れたのかラグナは深々とため息をついた。
「……ブレイディアさん達に連絡します。いいですね?」
「マジかよお前……つまんねー。せっかく手柄を分けてやろうと思ったのによ。とんだ期待外れだぜ」
「どうとでも言ってください。今は任務を確実に達成することの方が重要です」
シュルトに背を向けたラグナが持っていた携帯でブレイディアに連絡しようとした時、背後から小さな声が響く。
「伝説の『黒い月光』とやらを拝んで見たかったんだがな。仕方ない――『はぐれる』か」
『はぐれる』という言葉を聞き嫌な予感を覚えたラグナが振り返ると、そこにシュルトの姿はなかった。驚き辺りを見回すもやはりどこにもいない。
(……どこに……『月光』を纏って走ったとしてもこんなに速くいなくなるなんて不可能のはず……)
ラグナがいた場所は町中にある大通り。路地裏などの道もなく、見晴らしのいい一本道だったのだ。にもかかわらずシュルトの姿が忽然と消えてしまったため混乱してしまう。
(……落ち着け……とにかく周囲を一望できる場所に……)
銀色の月光を纏ったラグナが周囲にある建物の壁を蹴って高速で建物の上にのぼると、屋根伝いに一番高い建物の上にやってくる。
(ここならと思ったけど……やっぱりどにも見当たらない……)
それならばと『月光』で聴力を強化しシュルトの痕跡を探ろうとする。だが手がかりを見つけることは出来なかった。
(……仕方ない……力は温存しておきたかったけど……)
ラグナはその眼を真紅に変えるとその身に膨大な銀光を纏った。そして性質変化によって光を翼に変えると空を飛び、さらに『使徒の血』による相乗効果で聴覚を大幅に強化する。
(……さっきは貧民街って言ってたけど……俺を遠ざけるための嘘かもしれない。自分の聴覚を信じるしかないな)
すると数キロ先にある建物の内部で戦闘音らしきものを捉えることに成功する。
(……あそこか……確かに見た目通り貧民街って感じだ……ってことは本当のことを言ってたんだな……)
ラグナはそうして貧民街と呼ばれる巨大な町の区画に向かって飛び始めた。