110話 壊し屋
デカートの言葉を受けたブレイディアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「本当に久しぶりだね、デカート。今度会うのはアンタを捕まえる時だと思ってたけど」
「ハハ、相変わらずだなてめえは。騎士団に入って少しは品行方正になるかと思ってたが、結局じゃじゃ馬のままみてえじゃねえか。色々とてめえの噂は聞いてるぜ」
「どんな噂聞いてるか知らないけど、私は私のままだよ。これまでもこれからもね。変わる気なんてサラサラない。そんなことより私たちを呼んだ理由をさっさと教えてくれる? あいにくこっちはアンタと違って暇じゃないの」
「まあそう焦るな。どうだ、一服」
デカートは葉巻の入ったシガーケースを差し出すも、ブレイディアはそれを一瞥した後眼を細める。
「……ただのタバコじゃないでしょこれ。どうせ中身はマリファナかなんかとすり替えられてるんでしょ」
「ご名答。ただし普通のやつとは違う。俺が開発したちぃと特別な品種でな、少し吸っただけで文字通りぶっ飛ぶような快感が得られる。セックスなんか目じゃねえほどのな。一度やったらもうこいつの虜よ。本当なら数十万の根がつくところだが、俺とお前の仲だ。特別にタダでやらせてやる」
「……相変わらずなのはそっちも同じみたいだね。また中毒性の高い違法薬物開発して金儲け、そしてばらまかれた町の人たちはそれによって苦しむことになる。前と一緒。反吐が出る」
「おいおい俺はただ欲しい奴に欲しいものを売ってやってるだけだぜ。これも立派な商売だ。俺は暇を持て余してる金持ち連中や薬にしか縋ることの出来ない連中が楽しい時間をおくれるように救いの手を差し伸べてるのさ」
「救いの手? 地獄への手招きの間違いでしょ」
「手を出してるだけマシだろ。何もしない偽善よりも誰かの役に立つ悪を行うべきだと俺は思うがね」
「その悪で本当に人が救われるなら私も賛同するよ。でもアンタの悪行は確実にアンタ以外を不幸にする。だからタチが悪いんだよ」
「不幸になった奴は全部俺のせいだとでも言いたげだな。だがそれは勘違いだ。俺はあくまで選択肢を与えただけだぜ。だいたいドラッグをやるかやらないかは本人次第だろ?」
「……ドラッグに限った話じゃないんだけどね。アンタはいつもそう。他人に全ての責任を負わせて自分だけが良い思いをする。本当に、心の底から軽蔑するよデカート」
「軽蔑する、か、ギャハハハハ! そういうとこは変わんねえなおめえは! お前が俺と組むのをやめた時を思い出すぜ!」
吐き捨てたブレイディアを見て爆笑したデカートはラグナの方に葉巻を差し出す。
「ブレイディアにはフラれちまったが、アンタはどうだい兄ちゃん」
「いえ……遠慮します」
ラグナの隠し切れない嫌悪の表情を見てデカートは再び笑い出しそうになるのを堪える。
「くく、どうやら初対面で盛大に嫌われちまったみたいだな。王都を救ったあの英雄殿とせっかくお会いできたってのに第一印象は最悪になっちまったぜ。ちょっとしたおふざけだったんだが、ま、仕方ねえか。そんじゃ本題といこう」
シガーケースを引っ込めたデカートはようやく本題に入る。
「お前らを呼んだ理由だが、ある頼み事を聞いてもらおうと思ってな」
「アンタの頼みごとを聞く義理なんてないんだけど」
「いきなり話の腰を折るなよ。……ったく。それはそうと――お前がコソコソと連れ出そうとした奴はエディールだよな? アイツの情報が欲しいからお前は馬鹿やってケツに火が付いたあの豚野郎をわざわざ引き取りに来たんだろ?」
「……アイツが他所のシマでドラッグ売ってたこと、気づいてたわけね……」
「当然だろ。俺はこの町のボスだぜ。ここにいるバカどもの行動は常に把握してるんだよ。あのバカにどう落とし前付けさせるか悩んでたんだが、そんな時にお前が現れたってわけだ」
「……そう。でもエディールを取引の材料にしたいなら町を出る前に止めるべきだったね。もうとっくにアイツはこの町を離れてるよ」
「それはどうかな」
二ヤケ面のデカートがそう言った瞬間、ブレイディアの携帯が突然鳴り始めた。
「構わねえぜ。電話に出てみろよ」
ブレイディアが部下からの電話に出ると、男性騎士が切羽詰まった声でしゃべり始める。
『――ふ、副団長! も、申し訳ありません! 対象を護送中におかしな集団に襲われ、現在車の周りを取り囲まれています!』
それを聞いたブレイディアはデカートを睨み付けながら電話の主と話し始める。
「……突破は難しそう?」
『我々だけならば強引に突破しようと思えばできますが……護衛を引きつれた状態では厳しいかと……』
「……わかった。抵抗はせずにそのまま動かないで。敵の狙いはわかってるから。下手なことをしなければ攻撃は受けないはずだよ」
『りょ、了解しました』
通話を切り葉巻を吸う男をブレイディアは睨み付けた。
「……待ち伏せしてたってわけね。私たちの後をコソコソ付けてきてる連中がアンタの部下だってわかった時点で警戒するべきだったよ。……アイツの身柄と引き換えに取引しようってことね」
「そういうことだ。文句はねえよな? 騎士団とこの町は不可侵ってのが暗黙の了解になってること忘れちゃいねえだろ? だから騎士の権限で強引にエディールの身柄を引き渡すってことは出来ねえ。なにせエディールはこの町の住民で俺らの仲間。そしてルールを破った仲間にはボスである俺自ら制裁を下さなきゃいけねえ。それがボスとして責任を果たすってことだ。アイツには死んでもらわなきゃいけねえ。向こうのシマのボスとはそれで話が付いてる。だがそれを曲げてお前らに渡すとなるとそれ相応の理由が必要だ、そうだろ? もしアイツが生きてると向こうのボスに知られてみろ。約束を違えたってことで今度は俺が掟を破ることになっちまう。そうなったら下手したら組織同士の戦争になる。そういうリスクを孕んでるわけだ」
「……何をすればいいの」
不機嫌そうなブレイディアのその言葉を聞いたデカートは笑いを噛み殺すと話し始める。
「そんじゃあ話の続きといこうか。で、お前たちに頼みたいことだが……その前にお前ら『壊し屋』って知ってるか?」
「……『壊し屋』? なにそれ」
「最近有名になってきてる殺し屋の通り名だ。自分たちでそう名乗ってるらしい。違法なインタネットサイト――いわゆるダークウェブで依頼を受け莫大な金と引き換えにターゲットを不可解な方法で殺すんだとよ。なんでも外傷はねえのに発狂したように死ぬとかなんとか」
「ふーん……で、その殺し屋がなんなの?」
「どうもその殺し屋に俺は狙われてるらしいんだよ。敵対してる組織の幹部を偶然とっ捕まえることに成功してな。拷問してたら色々ゲロってくれたんだが、そん時知った情報だ」
「へえ命狙われてるんだ、ざまあないね。阿漕な商売ばっかりしてるからだよ」
「そう言うなよ。本気でまいってんだぜ。なにせ顔や名前、性別、数も含めて相手のことがまったくわからないときてる」
デカートがお手上げとでも言うように両手を挙げているさまを見たブレイディアは頼みの内容を察すると嫌そうな顔で問いかける。
「……もしかしてアンタを護衛しろとかそういう話?」
「そんな心底嫌そうな顔するなよ。傷つくぜ。まあ……だがそうじゃねえから安心しろ。いや、だが結果的に俺を守ることになるわけだしあながち間違ってもいないのか。だが表現的にはちぃとばっかし違うか……」
「……なんなの? 回りくどい言い方しないでハッキリ言いなよ」
ブレイディアが若干語気を荒げて言うと、一服した後デカートは呟いた。
「――この『壊し屋』を消してくれ」
「……騎士に殺し屋殺せって……? 冗談キツイんだけど」
「無理なら『壊し屋』の身元を突き止めるか、とっ捕まえて身柄をこっちに引き渡してくれりゃあいい。そうすりゃエディールを引き渡してやるよ。それも嫌だってんなら今回の取引は無しだ」
それを聞いたブレイディアはため息をついた。
「……ってゆーか消せって言われても正体不明なんでしょ? そもそもの話、この『壊し屋』とかいうのの居場所がわからないと流石にどうしようもないんだけど。もしかしてそれもこっちで知らべて何とかしろとか言う気?」
「流石にそこまで性悪じゃねえさ。居場所は掴んでる。拷問した敵対組織の幹部によると、なんでも俺を始末する話を受ける前に別の依頼を受けてたようでな。それを達成するためにある町に滞在してるらしい。ちなみにそこで俺を殺す報酬を受け渡す予定だったんだとよ。なに、お前らにとっても行くのに都合のいい場所だぜ」
「……都合がいいって……もしかして……カルダバレー?」
「大正解だ。お前らも『ラクロアの月』を追っかけてそこに行こうとしてるんだろ? ならちょうどいいじゃねえか」
「……エディールの店の中も盗聴してたわけね。本当に抜け目ない」
「副団長殿にお褒めの言葉をいただき恐悦至極、とでも言えばいいか? で、どうする? 引き受けてくれるか?」
「……その前に一つ聞かせて。なんで自分の部下を使ってやらないの? 居場所がわかってるならいくらでも方法があるでしょ。いつもみたいにアンタの部下を使って探らせたり、カタギじゃない連中に金をばら撒いてターゲットを探させたりとかさ。わざわざ私たちに頼む理由無くない?」
「お前の疑問は最もだ。そしてそれに対する答えは簡単――やったんだよ」
「え……」
「百人ほどの精鋭と呼べるレベルの部下と外部から殺し屋やら傭兵を高い金で雇って『壊し屋』を探させた。その結果、全員が見事に変死体で見つかったんだよ」
「そんな話初めて聞いたんだけど……そんな大規模な殺しがあったら本部に情報が来るはずなのに」
「金を使ってもみ消したからな。騎士団への報告もメディアによる報道もされてねえんだよ」
「へえ……にしてもアンタの部下が全滅、ねえ……命狙われるのなんてアンタにとってはいつものことなのに今回に限って頼って来た理由がようやくわかったよ。その殺し屋は相当厄介みたいだね」
「ああ、実力者とは聞いてたがここまでとは俺も思わなかった。さらに多くの部下たちをカルダバレーに送り込もうかとも考えたが最初の連中の二の舞になることは眼に見えてる。それにこれ以上部下を送り込んじまったら俺を守る手駒の数が減っちまうだろ? そうなりゃ敵の思う壺だ」
「……なんだったら同盟組んでる裏社会のお友達にでも手伝ってもらったら?」
「おいおい何寝ぼけたこと言ってやがる。てめえの命一つ守れねえなんて他の組織に知られてみろよ。完全に舐められるだろう。俺達の世界でメンツがどれだけ重要かなんざお前が一番よく知ってるだろうが。仮にそういう方法を使って助かったとしても俺の名に確実に傷がつくし、クソッタレ共に借りが出来ちまう。それが後々響くかもしれねえだろう? これは俺の沽券にかかわる問題なんだよ」
「そりゃそうか。まあ……銭ばら撒いて報道や騎士への報告もみ消してる時点でわかってたけどね」
「だったら聞くなよてめえ。……いよいよ本当にヤバくなりゃそれも視野に入れるが今はその時じゃねえってことだ。……で、答えは?」
ラグナの心配そうな視線を受けながらブレイディアは決断を下した。
「……わかったよ。引き受ける」
「ハハ、そう言ってくれると思ってたぜ! そんじゃさっそく取引の詳細について話し合おうじゃねえか!」
デカートが手を叩くと先ほど屋敷まで二人を案内した男がパソコンや資料を持って現れ話し合いが始まった。
話し合いが終わると二人は座っていたソファーから立ち上がる。そして鋭い眼でブレイディアはデカートに向けて言った。
「――『壊し屋』についてはこっちで何とかしてあげる。だからそっちも約束は守ってよね」
「ああ、もちろんだ。お前らが結果を出すまであの野郎は生かしておく」
「……それと捕縛してる騎士は解放して。エディールはともかく騎士をどうこうする権利はアンタにはないでしょ」
「わかってるさ。すぐに解放してやるから安心しろ」
それを聞いたブレイディアは鼻を鳴らすと背を向け来た扉から出ようとする。ラグナもそれに続き二人は部屋から出ようとしたが――。
「――なあブレイディア。騎士団は楽しいか?」
「……なに、急に」
不機嫌そうに振り返ったブレイディアにデカートは言う。
「つまらねえんじゃねえかと思ってな。窮屈だろ、実際。それに日の当たる場所なんざお前には似合わねえ」
「……何が言いたいの」
「この仕事が終わったらもう一度俺と組まねえか? 昔みたいによぉ」
それを聞いたブレイディアは呆れたように言う。
「いい? 取引は受けてあげる。けどね、アンタと組む気なんてこれっぽっちもないの。この仕事が終わったら金輪際関わりたくない。それにお生憎さま、私は騎士が気に入ってる。この仕事に就けたことを誇りに思うくらいにね」
身を翻したブレイディアの背にデカートは諭すように言う。
「気に入ってるならいいけどな……だが忘れるなよ。どんだけ着飾ろうが、どんだけすごい地位に就こうが過去は消せない。俺も、お前も所詮はドブネズミ。……きらびやかな人生なんざ俺らには歩めないんだぜ、ブレイディア」
「…………」
「言いたいことはそれだけだ。今の話考えておけよ。それとベルメリィザードにもよろしく言っといてくれ。最後に……てめえの右腕の包帯が取れることを祈ってるぜ元『相棒』さんよ」
「…………」
それを黙殺したブレイディアは部屋を出て行きラグナもそれに続いた。
ブレイディアたちが出て行った後、資料を持ってきた男がデカートに静かに話し始める。
「……お人が悪いですね」
「なんのことだ?」
「エディールの件はすでに金銭で解決済みのはずです。奴の生死などもはや貴方には関係ない。にもかかわらずわざわざ人質に取りブラッドレディスたちを巻き込むとは」
「利用できそうなもんはなんでも利用するのが俺のポリシーなんでな。てめえも知ってんだろ?」
「それは、まあ……しかしご自身の命を狙っている相手を彼女に任せて大丈夫なのですか? 貴方のことをとても嫌っているように見えたのですが……」
「わざと『壊し屋』を殺さず俺を殺させようとするってか? そりゃねえよ。アイツはバカじゃねえ。確かにブレイディアは俺のことを嫌っているがアイツだって切羽詰まってるみてえだし、仮にそんな真似して万一俺が死ななかったらエディールがどうなるかくらい予想してるさ」
「それはそうかもしれませんが……それに『壊し屋』の力を考えてみるといくらあの二人が名のある実力者と言えど、二人だけではやはり取り逃がす危険があるのではないでしょうか」
「いや、ブレイディアならやり遂げるさ」
デカートが断言すると部下の男はそれを聞いて苦笑する。
「彼女の力を信頼しているのですね」
その言葉を聞いたデカートは口元を緩める。
「――昔、五歳のガキにぶちのめされたことがある。最高に屈辱的な記憶だ。その忌々しい記憶を消すために何度となくそのガキを殺そうとしたが、ことごとく返り討ちにあった。あらゆる手を使ったのに、ことごとくだ」
「それが……彼女なのですね」
「そうだ。そしてぶっ飛ばされていくうちにアイツの力と悪運に魅せられていつの間にか手を組む仲になった。懐かしいぜ……昔の……アイツの氷のような冷たい眼は今でも覚えてる」
「冷たい眼ですか……しかし……」
「ああ、わかってるよ。今のアイツの眼にそれは無い。どうも騎士団に入ってから氷が溶けちまったみたいだ。だが、そんなもんは表面的な変化に過ぎねえ。アイツの本質は変わってないはずだぜ。クズはどこまでいってもクズなのさ。俺が良い手本だ。そして俺とアイツに共通してるところがもう一つある」
「はて、それはいったいなんなのでしょうか」
「ゴキブリみてえにしぶとく生き延びて、必ず目的を達成するところだよ。アイツは必ず『壊し屋』の尻尾を掴むだろう。それに……あの兄ちゃんも一緒ならなおさらうまくやってくれるだろうさ」
「兄ちゃん……ラグナ・グランウッドのことですか。確か……伝説の『黒い月光』を使うという話でしたね。それが本当なら確かに凄まじい戦力ですが……なんというか顔を見る限りまだ裏世界の住人と渡り合って行くには経験が少なそうな気がするのですが……いくら強くとも正道を征く者はことごとく邪道を歩む者に邪魔されるのが世の常。この世界に入り嫌というほど思い知らされてきました」
「まともじゃない連中相手にあの兄ちゃんが翻弄されて負けるかもしれねえことを心配してるのか。だがそれも杞憂だ」
「と、言いますと……」
デカートはラグナの顔を思い出しながら嬉しそうに呟く。
「一目でわかった――ありゃまともな人間じゃねえよ。下手すりゃあブレイディアよりやべえかもな」
「……そう、でしょうか……真面目な好青年にしか見えませんでしたが……」
「上っ面はな。だが俺にはわかる。なにせ俺もまともじゃないんでね」
そう言うとデカートは葉巻を吹かしながら虚空を見上げる。
「なかなか面白そうな奴だったぜ。今度じっくり話してみたいもんだ」
悪だくみをするようにデカートは口元を歪めた。




