10話 黒幕
ラグナ達による決死の反抗作戦は奇跡的な勝利に終わった。その後、洗脳が解けた騎士たちによって事後処理が行われ事態は一週間ほどで収束する。あれほどの事件があったにもかかわらずなぜこれだけ早く混乱が収まったのか。それは一部を除き操られていた者たちの大半がすぐに自我を取り戻し健康状態も極めて良好だったというのが理由の一つである。またディルムンドの計画自体がまだ準備段階だったため、他国や一般市民を害したということも無く、事件そのものが明るみにでていなかったという点もある。
そのため関わった王侯貴族、騎士の間で緘口令が敷かれ事件は関係者たちだけで内密に処理された。国に名が轟く三騎士の一人がクーデターを起こし、成功寸前までいったなどということが知られればこの国は未曽有の大混乱に陥り他国にも付け入る隙を与えかねない。というのが理由だそうだ。
そして事件の原因となった肝心の『ルナシステム』は機能停止状態で見つかったらしい。結局ラグナの『黒月の月光術』をもってしてもバリアは打ち破れなかったのだ。つまりシステムは無傷の状態にもかかわらず勝手に停止したことになる。さらにディルムンドが言っていた同志の存在もわからずじまい。システムの初期化や停止、ディルムンドの同志など、最大の謎を残したまま不完全燃焼で事件は幕を閉じたらしい――ということを目が覚めた後、ラグナは病院のベッドで寝た状態のままランスローに聞かされていた。
「――ということダ。事件の顛末は理解できたかイ?」
「はい、教えてくださってありがとうございました。先生もご無事そうで安心しました」
「あア。なんとか無事にアジトからは脱出出来たヨ。だがその後騎士に見つかってしまってネ。そして逃げ回っていたのだが、追跡者たちが急に気絶してしまっタ。それでもしやと思い本部に行ってみたんダ――そして君たちの勝利を知っタ。よく頑張ったねラグナ、この国を救ったのは間違いなく君達ダ」
「いえそんな……みなさんの頑張りがあったおかげですよ。俺はちょっと手伝っただけです。あの、ところでブレイディアさんやジュリアとリリ、アルフレッド様たちが今どうなってるかっていうのはわかりますか……?」
「ジュリアさんとリリスさん、団長はドラゴンに襲われた他の受験生と一緒でまだ入院中ダ。だがジュリアさんとリリスさんを含む受験生たちは今週中には退院できるらしイ。団長は退院までもう少し時間がかかるらしいがそれでも今月中には治るだろウ。で肝心のブレイディアだが、君より早く目を覚まして仕事に戻っていったヨ。見舞いに来たがっていたが仕事が立て込んでいるらしいネ」
「そうですか、じゃあアルフレッド様やジュリアたちはもう大丈夫なんですね。よかった。でも、ブレイディアさんの怪我って結構酷かったような……こんなに早く仕事に戻っても大丈夫だったんですか……?」
「大丈夫ではないナ。だが騎士団長が先の戦いで負傷し入院しているからネ。騎士たちを指揮する者が不足しているらしイ」
「そうなんですか……」
ラグナの心配そうな顔を見たランスロ―は深々とため息をついた。
「他人の心配ばかりしているが、君も人の事は言えないゾ。一週間寝たままだったのだからナ。少しは自分の心配もしなさイ」
「す、すみません。でもこの通り怪我もないですし、もう俺は元気ですから。先生、俺にも何かこの街で手伝えることは――」
言いかけた途中でラグナの腹の虫が鳴った。一週間何も食べていなかったため、当然と言えば当然と言える。その音を聞いてランスローは二度目のため息をついた。
「人助けも結構だがネ。まずは食事をして体力を取り戻しなさイ。一週間点滴だけだったからネ。君が目を覚ましたと聞いてスープを作ってきタ。これならば消化にもいいだろウ。医師にも許可は貰っているから安心して食べるといイ」
「あ、ありがとうございます。本当にすみません、ご迷惑をおかけして……」
「気にするナ。さあ、食べてくレ」
メイド型ロボットがベッドに備え付けられていたテーブルにスープの入った器とスプーンを置いた。ラグナは上半身だけ体を起こすと、スプーンを手に取りランスローに頭を下げた。
「いただきます先生――美味しい!」
「それは良かっタ。どんどん食べてくレ」
スプーンでスープを次々とすくい口に運ぶ。よく煮込まれ口の中で崩れていく肉や野菜、出汁のきいたスープの味に舌鼓を打ちつつも、ラグナは気になっていたことを思い出した。
「……ところでディルムンド様はどうなったんですか……?」
「投獄されたヨ。だが裁判が行われるのはしばらく先になるだろウ。今はディルムンドがどうやって『ルナシステム』などの機械を入手したのか本人に聞いて調べている最中のようでネ。だがディルムンドは尋問に対していっこうに口を割らなイ。そこで記憶を読み取る『月光術』が使える『月詠』の騎士が回復しだい奴を調べることになったらしイ。そうなれば全ての真相が明らかになル」
「……真相……そういえばディルムンド様が言ってたんです。同志が私に『ルナシステム』をもたらしたと。そして最後はその同志に裏切られたみたいなことも言ってました。その同志っていうのはいったい何者なんでしょうか。どうもゲイズが言っていた『あのお方』というのがその同志らしんですが……」
「……さあネ。だがいずれにしろ君が知る必要の無い事ダ。後は騎士たちが勝手に調べるサ。だから君はもう休メ」
「そんな! ここまできたら俺も最後まで――あ……れ……?」
言いかけて視界がぼやけてくるのを感じ、思わず手で眼を覆った。その後すぐに強烈な眠気を感じ前のめりに倒れてしまう。しかしメイドロボットの胸に抱きしめられることで倒れることはなんとか避けられた。薄れゆく意識の中でラグナは最後にランスロ―の言葉を聞く。
「最後くらいちゃんとした手料理を振る舞いたかったが、それも叶わなイ。つくづくボクは保護者失格だナ。だがすまないラグナ。君をこれ以上巻き込みたくないんダ。だから今はゆっくり眠レ――そして次に目覚めた時、君は全ての真実を知るだろウ。その後どうするかは、君にまかせるヨ。それじゃあ――サヨナラ……ワタシの愛しい最後の家族」
「先……生……」
ロボットとは思えないほど暖かで優しい手に頭を撫でられ、甘い香りに包まれながらラグナの意識は闇の中に落ちて行った。
団長室と書かれた部屋の中――書類の山に囲まれながら椅子に座りパソコンを高速で打っていたブレイディアは、手を止めると盛大にため息をついた。
(つ、疲れたー……もう三日も寝てないんだけど……団長が入院してるから私が色々やらなきゃいけないのはわかってるんだけどさ……しかも今日は原因不明の火災が突然本部で起こるし……踏んだり蹴ったりだよ)
ブレイディアが肩を落としていると、突然ドアが勢いよく開かれた。ノックもせずになんだ、と不機嫌そうにドアの方を見る。すると血相を変えた一人の若い男性騎士がこちらに向かって大声で叫んだ。
「ほ、報告します! ご、獄中のディルムンドが、だ、脱獄しました!」
「な、脱獄ッ!? う、嘘ッ!? どうやってッ!? いつッ!?」
「わ、わかりません! 現場に落ちていた瓶から察するに看守だった騎士五名はいづれも薬品のようなもので眠らされていた模様です! 今しがた監視の交代の時間になり事態が発覚しました! さ、さらに本部内にあった『月錬機』保管庫から『月錬機』がいくつか紛失しており……おそらく奴が持ち出したものと思われます……!」
「ええ〜……で、でも監視カメラはッ!? 独房の出口とか本部の廊下にいっぱいついてたよねッ!? 制御室のモニターから見れたでしょッ!」
「そ、それが……監視カメラのシステムがハッキングされていたようで……先ほどまで流れていた映像はどうやら先日の監視映像らしく……」
「んなッ……ハッ……キング……」
「も、申し訳ありません! 先ほど発覚したばかりでして……どうしてそんなことになったのかは誰にもわからず……本当に申し訳ありません!」
「……ううん。こっちこそ取り乱してごめん。看守の交代時間は確か一時間おきだったよね? なら脱獄したのは今から一時間前のはず。動ける騎士を総動員して街中を捜索して街の出入り口に検問を張ってくれるかな。あとディルムンドが捕まってるっていうのは大衆には知られてないから、検問の公の理由としては街に入り込んだお尋ね者を探してるってことでよろしく。それから病院にいる団長にはこのことを報告しないで。治療に専念してほしいからさ。お願いね」
「りょ、了解しましたッ!」
指示を受けた騎士はすぐにその場を離れた。ブレイディアはそれを見届けた後、誰もいないことを確認すると頭を抱えて本日二度目のため息をついた。
(……これじゃあ命懸けで協力してくれたラグナ君に顔向けできないよ。そろそろ目が覚めたかなー。会いたいなー……はぁ……そんなこと言ってる場合じゃないか……それにしてもどうやって逃げたんだろアイツ。鎖で体をグルグル巻きにして鋼鉄製の扉を何十二も重ねて幽閉してたのに。うーん……内部からの脱出はどう考えても不可能。考えられるとすれば外部から何者かが逃亡の手引きをしたってことだけど……『ルナシステム』が停止した以上もうアイツに操られている人はいない……いったい誰が……そういえばディルムンドの奴、同志がどうのこうのって言ってたな……もしかしてそいつが……)
悩むブレイディアの耳に突然携帯の着信音が鳴る。相手はランスローのようだ。
「ん? なんだランか――もしもし」
『突然連絡してすまないネ。今大丈夫だろうカ?』
「……今はちょっと大丈夫じゃないかも。さっき報告が入ったんだけど、ディルムンドが牢から逃げ出したみたいなんだよ。それで今騎士団総出で捜索中。出入り口にも検問張ってもらってる。けど、どうも逃げ出したのが一時間前みたいなんだよ。だからもしかしたら街から出てる可能性もあるわけさ。その事を視野に入れつつ作戦を考え中」
『なるほど、ではいいタイミングで電話できたみたいだネ。その逃げ出したディルムンドについて大事な話があル。至急時計塔の最上階まで君一人で来てくレ。ボクはもうそこにいるから』
「え、ディルムンドについて何か知ってるのッ!? だったら今すぐ教え――」
『では急いで来てくレ』
ブレイディアの言葉を強引に遮ったランスローは電話を切った。
「……切りやがりましたよ。もう……でも探す当てがあるわけじゃないし……行ってみるか。でもなんでこの場で教えてくれないかなー……それに時計塔か……どうしてかな、なんか嫌な予感がする」
三度目のため息の後、念のために新たに支給された『月錬機』を入れたホルスターを腰に付け、救急キットを入れたポシェットを持ち身支度を整えたブレイディアは団長室を後にしようとしたが机に置いてあったものに目が留まる。それは病院内武器持ち込み禁止と言われ看護師に押し付けられた物。まだ病院で寝ているであろうラグナの改良型『月錬機』だった。
(……ラグナ君、ちょっと借りるね。もしかしたらディルムンドともう一度戦うことになるかもしれないんだ)
ポシェットに改良型『月錬機』を入れた後部屋を後にする。その後騎士団本部を出て、バイクにまたがり時計塔の真下までやってくると、付属のエレベーターで最上階まで昇る。到着し、扉が開くと柵に囲まれた五十メートルほどの空間に見知った車椅子少女と大き目のボストンバッグを持ったフルフェイスのヘルメットを被ったメイドロボットの姿があった。
それを確認すると、四角い箱状の段ボールなどが置かれ半ば物置と化した屋上に足を踏み入れる。そういえばと思い後ろを見ると二つの山がハッキリ見えた。後方の遠くに見える巨大な岩山と、それにくっつくように緑が生い茂る山は二つ合わせて『双子山』と呼ばれるものだ。二つの山は観光名所というわけでもないが、ここまでハッキリ見えるのはここくらいのものだろう。かつて何度か来た時に見えたのを思い出し、思わず振り返ってしまったが、待たせては悪いと急ぎ待ち人の元に行く。たどり着くとブレイディアは半目でランスローを睨んだ。
「それでラン、どういうつもり? 今が非常事態だってわかったうえで私をここに呼び出したってことはよっぽど重要な話なんだよね?」
「……ここは良い場所ダ。この街で一番空に近イ。もしかしたら空に浮かぶあの月たちに手が届くかもしれないと思わせてくれル。君もそう思わないかいブレイディア」
「そんなロマンチックな会話を楽しんでる場合じゃないでしょ今は。ディルムンドの情報があるんでしょ? 早く教えてよ」
「急かさずとも平気サ。奴ならもうすぐここに現れル」
「ちょっと待って……なんでそんなことがわかるの……?」
「奴を牢から脱獄させる時、メッセージを残したからサ。この時間、この場所に来るように、とね」
ランスローの言葉を聞き表情が固まるも、数秒後顔を引きつらせながらブレイディアは返答する。
「…………冗談にしては笑えないね」
「君とはそこそこ長い付き合いのつもりだったのだガ、今のボクが冗談を言っているように聞こえたのかイ?」
「…………」
そうなのだ。目の前の友人は決して不謹慎な冗談を言うタイプの人間ではない。ましてやこんな状況でふざけるような人物でもない。だが未だにブレイディアは何かの冗談ではないかと心の奥底で思っていた。しかしさらに驚きの言葉を聞く。
「その顔を見るに、どうやらまだ信じてくれていないようだネ。まあ確かに言葉だけでは信用に値しないカ。だが事実ダ――カメラをハッキングして昨日の映像を流し、看守全員を薬で眠らせたのは間違いなくボクだヨ。証拠はこのパソコンと、この薬品ダ。調べればこれら二つが犯行で使われたものかすぐにわかるだろウ」
メイドロボットがパソコンと薬品の入った瓶を持っていたバックから取り出し見せる。
(……ランには監視カメラがハッキングされたことや看守が薬品で眠らされていたことを伝えていない……それに今の事実が発覚したのはついさっき……ランが電話してきた時すでに彼女はこの時計塔にいた……知ることなんて出来るはずない……それなのに知っているってことは…………)
「君はこう思っているのだろウ。先ほど知った事実の数々を、どうしてこんなに離れた場所にいたボクが知っているのか、とネ。ではついでに新しい事実を追加しようカ――つい一時間前に本部で火災事故が発生しただろウ?」
「……まさか……」
「そう――それもボクがやっタ。ディルムンドを逃がす陽動に使ったのサ。証拠もある、がもう証明の必要は無さそうだネ」
ブレイディアの眼は怒りと戸惑いの色を帯びていた。ランスローがディルムンドを逃がしたということをここでようやく認めることが出来たのだ。だからこそ叫ぶ。
「……どうして……どうしてそんなことをッ! 何をやったかわかってるのッ!?」
「わかっているサ。だがどうしても奴を逃がす必要があっタ。なにせディルムンドの体にはボクが埋め込んだ『ルナシステム』に同調するためのエネルギーコアが入ったままだからネ。アレを取り出さなければボクの計画は始まらなイ」
「ちょっと待って……『ルナシステム』に同調するためのコアを埋め込んだ……? どういうこと……? どうしてそこで『ルナシステム』が出てくるの……?」
「ディルムンドに『ルナシステム』を含むハロルドの発明品を提供し、クーデターを起こすよう仕向けたのは、他ならぬボクだからサ。第三訓練場で奴が同志がどうのと言っていただろウ? アレはボクのことサ。そしてディルムンドが反乱を起こした後、君たちの行動がことごとく裏目に出たのはボクが情報を流していたからダ」
「……ッ!」
ブレイディアは一瞬頭が真っ白になったが、すぐに正常な思考に戻る。
「待って、つ、つまり……あ、アナタが今回の事件の黒幕だったっていうのッ……?」
「そういうことになるネ。君たちに協力していたのは内部から君たちの動向を探るたメ。さらに言えば『ルナシステム』などのマシンをテストをするためだっタ。ボクが君たちを手伝わなければディルムンドの勝利で戦いがあっという間に終わりかねないからネ。しかしそれではテストにならなイ。ある程度は戦いを引き延ばしてもらわなければならなかった。だから前もってディルムンドやゲイズにもそう説明し、色々と水面下で調整しながらテストを続けたんダ。おかげで色々なデータを収集することが出来タ。感謝しているよブレイディア」
「ちょ、ちょっと待って、それならなんでディルムンドを最後の最後で裏切ったの……?」
「言っただろウ? テストをしていたト。それは『ルナシステム』だけではなく他のモノにも当てはまル。とどのつまりディルムンドやゲイズもボクの実験材料だったわけサ。役目を終えたその時は退場してもらうつもりだっタ」
「役目……?」
「あア。ディルムンドとゲイズにはボクの計画に必要なマシンのデータを取る役割があったのサ。まあ彼らには喋っていないがネ」
ランスロ―がそう言った瞬間、屋上のエレベーター近くの段ボールの箱が崩れ落ちる。その直後崩れた段ボールの間から人が現れた。どうやらずっとそこで息をひそめて隠れていたらしい。ブレイディアはその人物を見て驚く。
「ディルムンドッ!?」
だが当の本人はブレイディアなど眼中に入っていなかった。その血走った憎悪の瞳が見据える先は車椅子の少女。やつれた顔を歪ませ叫ぶ。
「き、貴様ッ……! 私やゲイズを利用していたのかッ……!」
「そうだヨ。『ルナシステム』の力を知った自己中心的で支配欲の強い君は王侯貴族を打ち倒し社会体制を変えるという夢物語にあっさり乗ってくれたネ。いやあ実に滑稽だったよ、君という男ハ。ゲイズに会ったのは偶然だったが、奴がラグナの仇だというのは事前に知っていたからネ。両腕と両足を失い野良犬のように生活していた奴に救いの手を差し伸べることでうまく騙して改良したハロルドの遺産の人体実験をさせてもらっタ。おかげでいいデータが取れたヨ。普通なら心が痛むところだが君たちのような性根の腐った人間を騙してもあまり心は痛まなかったナ」
「騙した、だとぉ、ふざ、ふざけるなァァァァァァァァァッ……!!!!」
「そんなに怒るなヨ。君だってボクを利用するつもりで計画に乗ったのだろウ? 君の事は常に監視していたからネ。君がこの国を掌握した後にボクを切り捨てるつもりだったことはとっくに知っていル」
「ぐッ……!」
「もういいだろウ? 十分夢は見られたはずダ。君の体内に埋め込んだ『ルナシステム』のエネルギーコアを回収させてもらおうカ。埋め込まれたコアのおかげで君は『ルナシステム』を介して大量の『月光』を得られていたわけだが、もう君には必要ないだろウ?」
「ふざけるなッ! これは私のモノだ! 世界を私の手中に治めるために、世界を変えるために必要なものなのだ!」
「他人から与えられた玩具で世界征服、カ。計画を持ちかけたボクがこんなことを言うのもなんだがネ。他者を見下し己の欲望に振り回された結果、騙され君は全てを失うことになったんダ。にもかかわらずまだ現実を直視できないとはネ――本当に愚かな男だヨ」
「……愚か……だと……?」
ディルムンドは無表情になった後、ブツブツと小声で何かをつぶやき始めた。
「……私が愚か……三騎士とまで言われたこの私が? 全ての頂点に立つはずのこの私が愚か……いいや、違う……そうだ……愚かなのは、真に愚かなのは――貴様だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
叫んだディルムンドは紫月の光を纏うと腰のホルダーから『月錬機』を取り出し、紫の太刀に変化させる。そしてそのままランスロー目がけて突進し、その華奢な体を車椅子ごと刃で貫いた。その様子を見てブレイディアは思わず悲鳴をあげ、ディルムンドは高笑いしながら天に向かって吠える。
「ら、ランッ……!?」
「く、くく、アハハハハハハ! どうだ! このザマ、どちらが愚かだと? 私の前にみすみす姿を現し、こうして反撃の機会を与えた貴様の方が愚かだろうが! それに貴様さえいなくなれば『ルナシステム』の制御はまた私に戻る! ここからだ、ここから逆転してみせる! まあどのみち貴様はここで終わりだがな! クハハ、アハハハハハハハ!」
「……終わ……リ……?」
狂ったよう笑っていたディルムンドがその一言で止まった。だがそれも無理は無い。言葉を返したランスローは心臓を貫かれていたのだ。当然即死だと考える。しかし車椅子の少女は動きを止めずに喋り続ける。
「終わらないサ……ここからダ……ここから『私』の復讐が始まル」
「な、何を言って……は、離せッ!」
剣の柄を握る手を掴んできたランスローを振りほどこうとしたがなかなか振りほどけない。死にかけの体からは考えられないほどの力だ。苛立ったディルムンドは『月光』の力を強め強引に振り払うと、叫びながらその首に向かって横薙ぎで太刀を振るった。
「この、死にぞこないがァァァァァァッ!」
紫色に光る太刀がランスローのか細い首を捉えマフラーごと切り飛ばすと、ディルムンドは狂ったように笑った。
「ハハハハハハ! 殺してやったぞ! これで今度こそ終わ――り…………は……? ……な、なんだ、こ、れは……」
切り落としてからすぐに違和感に気づいたのかディルムンドは笑いを止め、驚きのあまり言葉を失ったようだ。そして驚愕していたのは首を切断した者だけではなかった。ブレイディアも同様に時間でも止まったかのように顔が固まってしまう。だがそれはランスローが凄惨な死に方をしたからというわけではない。
理由は別にあった。通常人間が首を刎ねられれば大量の血液が切断面から噴き出す。しかしそんなことにはならなかった。代わりに、切断された首の断面からバチバチと音を立てて電流が迸っていたのだ。首の中にギッシリと詰まった電線から放出される電気を見て我に返ったディルムンドは目の前にいる車椅子の少女の正体を口にする。
「こ、これは……アンドロイド……か……」
「正解ダ」
転がっていたランスローの首がそう言った瞬間。首を失った胴体から機械で出来た無数の触手が飛び出しディルムンドの腹を突き破った。
「が、はァ……ご、ぽぉ……」
触手に貫かれた状態で空中に浮き、苦しそうに口と腹から血を流すディルムンドのそばに近寄る影が一つ。メイド服に身を包み顔を含む頭全体を黒いヘルメットで覆い隠したそれは――ランスローのそば仕えの喋らないメイドロボット――のはずだった。
「油断大敵よ。ディルムンド」
だがそのロボットは今までの沈黙を破り、あろうことかまるで人間のような口調で話し始めたのだ。
「見事に挑発に乗ってくれて嬉しいわ。近づいてくれたおかげでサブアームをうまく君の腹に突き刺せた。これでコアを摘出できる」
「ど、どういうことだ……ランスローが……アンドロイド、だと……それに……お前はいったい……」
「ま、わけがわからないわよね。それじゃ――そろそろネタ晴らしといこうかしらね」
メイド型ロボットは可笑しそうに言うとヘルメットに手をかけゆっくりと脱ぎ去った。その結果ずっと隠れていた素顔が明らかになる。そしてその顔は誰もが予想だにしないものだった。ヘルメットの中から零れ落ちた腰まで届くオレンジ色の髪。縁の付いていない簡素な眼鏡。鋭くも美しい理知的な青い瞳。
ブレイディアはその人物を知っていた。というよりもこの国の人間ならば誰しもが知っている顔だったのだ。かつて偉大な発明を世に送り出し天才と称されながらも十七年前に行われた実験の結果、多くの人間を犠牲にしたことで一転して世紀の悪人とされた大罪人――今回の事件の渦中には常に彼女の発明品が関わっていた――ディルムンドは信じられないと言った顔でその人の名を呟く。
「ハ……ハロルド……エヴァンス……」
死んだはずのマッドサイエンティストの登場はディルムンドとブレイディアに衝撃を与えた。だがハロルドはそんなことは気にせず子供のように笑いながら言う。
「顔を見せるのはこれが最初になるし、初めまして――で、いいのかしら?」
十七年前の亡霊が今蘇った。