109話 麻薬王
ラグナ達は共にユートピアタウンの一角にある小屋に近い家の中に入って行った。大量の武器が入った箱やドラッグの原料と思しき白い粉が入った袋が積み上げられた狭い家の中に入って行くとカウンター席で新聞を読んでいる店主らしき人物の場所にたどり着く。到着してすぐにブレイディアは新聞を読んでいる男性に声をかけた。
「――ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
「ああ? 話したいことだぁ? ここは店だぜ。なんか聞きたきゃまず物を買えって……げえ!!??」
新聞をどけてブレイディアの顔を見た金髪の坊主頭の中年男性は悲鳴をあげ嫌そうに顔を歪める。
「ぶ、ブレイディア……」
「久しぶりだね、エディール」
満面の笑みで中年男性――エディールを見たブレイディアは続けて言う。
「いやはや元気そうで何よりだよ。再会を喜びたいところだけど、それより先に聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「……そりゃ情報が欲しいってことでいいのか?」
「そんなところ。実はある男たちを追っていてね。そいつらに関する情報が欲しいの」
「ある男たち……?」
ブレイディアは事情を説明しエディールは納得したように頷く。
「……なるほどな。『ラクロアの月』の構成員を探してるわけか……そういえば今お前が言ったような怪しげな奴を見かけたって話を聞いたな」
「ホント!? 詳しく教えて!」
「別に構わねえが……この情報は高いぜ?」
二ヤケながらそう言うエディールにブレイディアは少し考えた後、答えを言う。
「そっか……わかった、タダで頂戴」
「お、話が早くて助か……ん? 今なんて言った?」
「タダで頂戴」
「なんでだよ!? 話聞いてたか!?」
「うん聞いてたよ。だからタダで頂戴」
「何が『だから』なんだよ!? 高いっつったんだけど!?」
「だからそれは聞いたよ。どうせぼったくるつもりなんでしょ? それで取引しようって言ってるの」
「と、取引だと……」
「そう。もし情報をタダでくれるなら助けてあげる」
「な、なんだそりゃ……た、助けるだと……ま、まさか俺のことをパクるつもりなのか!? ……い、言っとくがこの町で銃器やドラッグを売りさばいてるのは俺だけじゃないぜ! そのことで俺をパクるってんならこの町の住人の半数以上もとっ捕まえなきゃいけなくなる! そうなったら確実にこの町と騎士団で全面戦争になるだろうよ! この町を取り仕切ってる重鎮たちは裏社会では名を馳せた有名人ばかり! 横のつながりも半端ねえんだ! 当然俺のバックにもボスはいる! この町に手を出せば騎士団だってタダではすまねえことくらいお前だって知ってるだろうが!」
「もちろん知ってるよ。けど勘違いしないで。別に騎士が手を出すなんて私は一言も言ってないでしょ」
「……は? じゃ、じゃあどういうつもりで……」
ブレイディアはポシェットから数枚の写真を取り出しカウンターに置いた。そこにはエディール本人が映っており、どこかの町の路地裏で麻薬を売っている様子が撮影されていた。それを見た当の本人は口を開け青ざめた様子で震えはじめる。
「こ、これは……」
「やらかしちゃったねぇ、エディール。他所のシマでドラッグ売っちゃ駄目でしょう。確かに裏社会は無法地帯だけど、でもだからこそ絶対に破っちゃいけないルールがある。アンタはその鉄の掟の一つを破った。これをこの縄張りを仕切ってるボスが知ったらどうなるのかなぁ。それにアンタのバックにいるボスもアンタの勝手な行動に見切りをつけていわゆる『ケジメ』ってやつをつけさせるかも。組織同士の抗争になるのは避けたいだろうしね」
「ッ……!」
エディールは顔面蒼白になりながらガクガクと痙攣を始めた。そんな死にかけの男にブレイディアは追い打ちをかける。
「このことがバレるのは時間の問題だろうけど……まだ知られてないみたいだよ。今ならまだ逃げられるかもね。けど……私今踊りたい気分なんだよねぇ。この町でこの写真をばらまきながら歌って踊ってみんなの注意を引き付けちゃおうかなぁ」
「て、てめえッ……! 脅す気か!?」
「やだなぁ、人聞きの悪い事言わないでよ。私はただそうしたい気分だって言っただけだよ?」
「て、てめえそんなんだから町の住民ほぼ全員に恨みを買うんだよ!」
「失礼だなぁ。そんなに恨みは買ってないと思うけど? 私を恨んでる人なんて……確か四ケタはいって無いはず」
(三桁はいってるのか……)
ラグナが心の奥でそう呟いているとブレイディアはエディールに畳みかけるように言う。
「ふふ、協力してくれるなら整形を含めた逃走の手助けとかアンタが死んだっていう偽装工作、新しい戸籍の用意をしてあげてもいいんだけどなぁ」
「ぐぅぅぅぅぅ……」
悔しそうに唸っていたエディールだったが、やがて諦めたようにうなだれる。
「……わかったよ……喋ればいいんだろ……タダで……」
「取引成立だね」
無邪気に笑うブレイディアの横顔を見てラグナは呆然とする。
(……ホントにすごいなブレイディアさん……こういう交渉事に関しては騎士団で右に出る人はいないんだろうな……)
ラグナがブレイディアの手腕に戦慄を覚えていると、エディールが写真を見ながら悔しそうに言葉を漏らし始める。
「チクショウ……絶対にバレねえように慎重にやったのによぉ……なんでこんなもんが……」
「迂闊だったね。っていうかこんなことしてバレたらどうなるかくらいアンタならわかってると思ってたんだけど。裏社会に入ったのだって昨日今日の話じゃないでしょうに」
「……ギャンブルの借金で首が回らなくなってたんだよ……だから仕方なく……クソッタレ……もういい。情報を話すからさっさと匿ってくれ。このことがボスにバレたらマジでやべえんだ」
「わかったよ。じゃあとりあえず質問するからそれに答えて。詳しい話は騎士団本部で聞かせてもらうから。まずさっき話した男たちがどこに向かったのか知ってる?」
「……カルダバレーだ。お前の言ってたうちの一人……ブリックだったか? それと合致する特徴の男がそこに入って行ったらしい。ただ複数ではなく単独で入って行ったみたいだぜ」
「カルダバレーか……他の奴の目撃情報は?」
「カルダバレーに入って行くところまでは見てねぇらしいが、エルドアって奴の特徴と同じ男も周辺で見かけたって話だ。ただジェダとゾルダンって野郎に関しては見てねぇようだぜ」
「……そっか。他に何か知ってることは……」
言いかけてエディールのそわそわと落ち着かない様子を見てブレイディアはため息をつく。
「……場所変えた方がいいみたいだね」
「そ、そうしてくれると助かる……」
ブレイディアは取り出した携帯を使いメールを素早く打ち終えるとエディールに向き直る。
「護衛を乗せた車を今呼んだ。車は騎士団本部に向かうことになってるからそこで詳しく話して。とりあえず到着するまでアンタのことは私たちが守ってあげる。まずここを出ようか」
「あ、ああ。わかった」
その後、ユートピアタウンを抜け出し荒野で待機していると黒塗りの車が現れた。中にいた黒スーツを着たサングラスの男たちにエディールを引き渡した後、二人は向かい合う。
「とりあえず情報は得られましたね」
「うん。まだわからないけど、エディールの言葉が正しいなら、敵はカルダバレーに潜伏しているってことになるね」
「カルダバレー……確か岩山に囲まれた町ですよね。付近には切り立った崖が結構あるとか……」
「そうだよ。昔はその崖付近を町に向かう列車が通ってたんだよね。今ではもっと安全な道が出来たからそっちを通ってるらしいけど。懐かしいなぁ」
「ブレイディアさんは行ったことあるんですか?」
「何度かね。最近は行ってないんだけどさ」
「そうなんですか。ところでよくエディールっていう人の薬物取引の写真が撮れましたね」
「アイツはぼったくり野郎だけどこの近辺じゃかなり優秀な情報屋だから常に動向を探らせてたんだ。弱みに付け込めばタダで有益な情報が手に入れられると思って」
「な、なるほど……それで、ちょっと聞いてもいいですか? あのエディールって人や町の人たちの様子から思ったんですけど……ブレイディアさんってもしかしてあの町の出身……なんでしょうか?」
「え? いや違う違う。ブルトンと一緒であの町には一時的に住んでたことがあるってだけだよ」
「あ、そうなんですか」
ラグナは返答を聞いて自分がバカなことを言ったことに気づく。
(……それはそうか……馬鹿なこと言っちゃったな……あんな町で子供が生活できるはず――)
「私の出身はあの町よりもっと自由で滅茶苦茶だったかなぁー」
(あれよりも酷い自由《無法地帯》がこの世にはあるっていうのか……)
ラグナが唖然としているとブレイディアは昔を懐かしむ表情から真剣なものに切り替わる。
「――にしても……ジェダの情報は手に入れられなかったね。……奴が私たちの想像通りの殺人鬼なら早急に見つけ出さないといけないのに……このまま放置すればきっと今までにない規模で人が死ぬことになるよ」
「……そうですね。何かが起きる前になんとしても……」
「うん。じゃあとりあえず団長に報告した後、カルダバレーに向かおうか。先にジェダの仲間をとっ捕まえて奴の居場所を吐かせよう。きっと知ってるはずだから。でもその前に……」
「……ええ」
二人は背後にあった岩に視線を移し銀と緑の『月光』を纏った。
「……いつまで隠れてるつもり? こっちはずっとアンタたちが仕掛けてくるのを待ってたんだけど」
ブレイディアはそう言うと『月錬機』を武器に変え、ラグナも同様にして構える。数秒後、黒服を着たサングラスの男たちが現れる。その中の代表と思しき短髪の男が前に出ると、恭しく頭を下げた。
「ご無礼お詫びいたします。私たちはデカート・カロンの使いで参りました」
それを聞いたブレイディアは顔をしかめるとため息をついた。
「……デカートね。なるほど……私たちを連れてこいって言われたわけか」
「お察しの通りです。ご同行いただけますでしょうか」
男の言葉は丁寧ではあったものの有無を言わせぬ迫力があり、どうすべきかとラグナはブレイディアに視線を向けた。その返答は――。
「――仕方ない、行こう。すっごく会いたくないけど、会わないと後々めんどくさいことになりそうだし」
「……わかりました」
二人が武装を解除し光を解くと、短髪の男は再び頭を下げた。
「ありがとうございます。では車を止めてありますので、そちらまで」
言うや否や男は歩き出しそれに続いた。歩いているとやがて白塗りの高級車と複数の車が止めてある場所にたどり着く。二人は運転席に座った短髪の男と共に高級車に乗り込み、他の者たちは通常の車に乗り込むと走り始める。そして再び町中に戻り大通りを走るも、その途端喧嘩をしていた住民たちが慌ててその場を離れ遠巻きに恐々とした様子でこちらを見始めたのだ。ラグナはそれを見てこの車の持ち主であろうデカートという男が只者では無い事を悟る。
(……手が付けられないような狂暴な町の住民たちが怯えている……デカートという男の使いって運転している人は言ってたけど……いったい何者なんだ……)
気になったラグナは後部座席で横に座るブレイディアに小声で問いかける。
「……ブレイディアさんはデカートって男のこと知ってるんですか?」
「まあね」
「どういう人物なんですか……?」
「一言で言うなら……うん、超ド級のクソ野郎だね」
「ええ……それってどういう……」
「デカート・カロン――この町を取り仕切ってるボス。そして裏社会の重鎮の一人。麻薬の製造によって巨万の富を築いた富豪であり犯罪者。主にドラッグの密造や密売に関わってる奴で薬物関連の事件の裏には常にこいつの存在があるんだ。けどどうも上位の貴族階級の連中と仲良しみたいでね、性根の腐ったお偉方からの圧力で騎士団がなかなか捕まえられずにいるのが現状。そしてその経歴から名前を知ってる奴からはあるあだ名をつけられてる――麻薬王っていうあだ名をね」
「……麻薬王……」
ラグナが不穏なその言葉を聞いて若干衝撃を受けていると、前方に町には似つかわしくない豪邸が見えて来た。そして車がその豪邸の駐車場に入ると、車を出て先ほどと同様に男の先導で歩き出す。絵画や壺などの高価な美術品が置かれた廊下を進むとやがて大きな扉の前にたどり着いた。扉の前で先頭にいた男がノックをした後、声をあげる。
「――デカート様。お二人をお連れしました」
「入れ」
野太い男性の声が扉の中から響き、男は扉を開けると二人に入るよう促す。それを受けブレイディアを先頭に中へ入ると、煙の臭いが充満する大広間と思しき場所に出た。そして豪華な椅子に座る巨漢が最初に眼に入った。紫色のズボンを履き高級な黒い毛皮で出来たコートを地肌の上から羽織ったその男を見てラグナは室内を覆う煙の正体を知る。黒い短髪に剃り込みを入れた浅黒い肌のその男は、宝石の付けられた複数の指輪をしたその指で優雅に葉巻を吸っていたのだ。その後、口から葉巻を取ると不気味な笑顔で言った。
「――ようこそお二人さん。そして――久しぶりだなブレイディア」
その言葉を受けてブレイディアの目つきがわずかに鋭くなった。




