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108話 ユートピア

 アルフレッドからジェダたちに関する情報を得るも依然として居場所に関してはわからなかったためブレイディアは別の伝手を当たってみると言い、ラグナと別れた。その後少年はこれから戦うであろう二十年前の事件の犯人を調べるためにジョイと共に資料室で『ザックウォンパーの殺人鬼』に関する資料を探していた。


「――お、あったぜラグナ! こっちだ!」


「ありがとうジョイ」


 感謝したラグナは広大な資料室の中を移動し、無数の棚の中にあった分厚いファイル数冊をジョイと共に机まで運び備え付けられた椅子に座る。


「ごめんねジョイ。付き合ってもらっちゃって。まだここの資料室使い慣れてなくて……」


「気にすんな。どうせ午後の偵察任務まで暇だしな。それにここの資料室はマジでデカい。慣れるまでは目的のブツを探すのに時間かかるだろうよ。つーか資料全部データ化しちまえばいいのになぁ。いちいち探すのマジめんどいぜ」


「データにしちゃうと外部に流失するかもしれないからね。たぶんそういうことを考えて紙の資料として保管してるんじゃないかな」


「だったらせめてどこにどの資料があるか検索できるようにするべきだろ。せっかくパソコンがあるんだからよ」


「アハハ、そうかもね」


 ラグナは苦笑しながらファイルを開きジョイと共に資料に眼を通し始める。そしてぺージをめくっていくとある文章のところで手が止まる。


「最後に殺人があったのが十七年前……二十年前から約三年間続いた猟奇殺人がそれ以降ピタリと止まり殺人鬼は完全に消息を絶ったって書いてあるけど……どうしてだろう……」


「ああ、それか。どうしてか未だにわかってないらしいな。殺しに飽きたのか、それともこれ以上はヤバイと思って身を隠したのか。真相は闇の中だ」


「でも……その理由もジェダを捕まえればわかるかもね。……最後に殺人鬼と戦ったのはエマ・フィルスフィさんっていう新人の女騎士さんだったんだ……けど……」


「……殺されちまったみたいだな」


「……うん。それに……エマさんだけじゃなく他の騎士もずいぶん犠牲になったんだね」


「みたいだな。この『ザックウォンパーの殺人鬼』って呼ばれてるイカレ野郎は慎重で頭がキレるだけじゃなかったらしいぜ。滅茶苦茶強かったって話だ。その証拠に騎士団本部から派遣された指折りの実力者たちも犠牲になってる。アルフレッドの旦那の同僚や知り合いも奴の手にかかったんだとよ。だから旦那にとってもこの殺人鬼の存在は看過できないんだろうな」


「そうか……それであんな鬼気迫る顔だったんだね……」


 アルフレッドの厳しい表情を思い出しながら資料を再びめくり再び手を止める。


「……被害者の殺され方がみんなバラバラなんだね。それに騎士と戦った痕跡……焼けた焦げた地面、水分が付着し切断された外灯、残された土のような物体……これってもしかしてこの殺人鬼は複数の『月痕』を所持してるってことなのかな……」


「どうだろうな。可能性はあると思うが、いかんせんこの殺人鬼が単独犯か複数犯かわかってないからな」


「そうか……複数犯なら一人一人が違う『月痕』を持ってたってだけになるからね」


「ああ。だが……もし単独犯なら相当やべえだろうな。複数の『月痕』全てをここまで使いこなすなんざ普通じゃねえ」


「……確かに……セオリー通りの戦いをする相手ではなさそうだね。『月詠』は普通複数の『月痕』を持っていても得意なものを一つか多くても二つに絞って鍛えるっていうのが世間一般の常識だし」


「お前の『黒月の月痕』みたいに使えば一発逆転みたいな力は通常の『月痕』にはないからな。最初はみんな横並び。そのうえ『月痕』の一番伸びる成長期は十代後半から二十代前半程度までって短い期間だけだ。そこからは徐々に伸びしろは下がっていく。だから複数『月痕』を持っていても得意な『月痕』一本に絞って鍛えて残りは放置する。これが今の『月詠』の一般的な訓練方法だ。騎士訓練学校なんかでも同じようにやってるしな」


「六色の『月光』はそれぞれ色が違うだけじゃなくて纏う時の感覚も違うみたいだしね。だから複数の『月痕』を持っていても纏う時の感覚に違和感を覚えてしまうんだよね。俺も『黒い月光』と『銀色の月光』の違いに慣れるまで結構戸惑ったよ。そしてその違和感によって得手不得手が出来てしまう。それが大昔にわかってからはジョイの言うやり方が一般的になった。……でも世の中にはそういう常識を破って複数の『月痕』を使いこなす人もいるよね。たとえばレスヴァルさんとか」


「あー、あの姉ちゃんか。嬢ちゃんも滅茶苦茶褒めてたな。タイマンで戦ったら勝てるかどうかわからないとか。ああいうすげーセンスのある奴ならバランスよく鍛えて実戦でも使いこなせるのかもしれねえけど大抵はどっちつかずの器用貧乏になるだけだぜ。術の威力にしたって得意な『月痕』一つを徹底的に鍛えた方が効率良いしな。まあ『紫月の月痕』みたいな特殊能力を扱う術ならサブで鍛えてもいいかもしれねえが」


「そうだね。けど、もし単独犯ならジョイの言う通りかなりの戦闘センスを持った常識破りの相手ってことになる。俺は複数の『月痕』持ちと戦ったことないし……この殺人鬼……ジェダが複数の『月痕』を使いこなせるなら何か対策を考えないと……複数の『月痕』を持っていて使いこなしてる人に話を聞ければなぁ……でもレスヴァルさんにさっき連絡してみたけど繋がらなかったし……どうしよう……」


 それを聞いたジョイは眼を瞬かせると首を傾げる。


「いやいや、複数の『月痕』を使いこなせる奴の話が聞きてえなら嬢ちゃんに聞けばいいじゃねえか」


「……? なんでブレイディアさんに聞くの? ブレイディアさんは『緑月の月痕』しか持ってないんじゃ……あ、もしかしてブレイディアさんの知り合いにそういう人がいるとか?」


「いや……そうじゃねえけど……あれ、お前嬢ちゃんから何も聞いてないのか……?」


「え、何を……?」


 心底意味がわからないといった風のラグナを見てジョイは気まずそうな顔をすると眼を逸らす。


「……いや、悪い。聞かなかったことにしてくれ。嬢ちゃんが自分から話してねえのに俺が勝手に喋るわけにはいかないからな。まあお前にならいつか喋ると思うぜ。だからよ、俺から言っておいてなんだけど、これ以上の追及は勘弁してくれ」


「う、うん……よくわからないけど……聞くなっていうならやめておくよ」


「助かるぜ。よし、そんじゃさっさと資料読んじまおう」


「……そうだね、そうしよう」


 ジョイの言葉が気になったもののラグナは資料に集中し再び読み始めた。


   

 やがて資料を読み終えたラグナたちはブレイディアと騎士団本部内部のカフェテリアで合流する。


「――ラグナ君達はザックウォンパーの殺人鬼について書かれた資料は読み終わった?」


「ええ、一通り眼を通しておきました」


 そう言ったラグナは不意に目の前のブレイディアをじっと見つめてしまう。先ほどのジョイとのやり取りが蘇ったのだ。


(……さっきジョイが言ってたことが気になる。それにラッセルさんが言っていた殺戮とかいうことについても。……けどブレイディアさんが自分から言わないってことは話したくない事なんだろうし。気軽に聞いていいものじゃないんだろうな。誰にだって触れられたくない過去はある。……でも……思い返してみると俺ってブレイディアさんのことほとんど何も知らないんだよな……昔何をしてたのかとか、どうして騎士になったのか、とか……)


 ラグナが考え込んでいるとブレイディアが首を傾げた。


「……? どうしたのラグナ君」


「……いえ、なんでもないです。すみません。それよりブレイディアさんの方は何か収穫があったんでしょうか?」


「うん、一応ね。王都の情報屋には何の情報もなかったんだけど、実は団長がくれた目撃情報のデータを調べたらその付近に小さな町があってさ。そこには別の情報屋が住んでるんだけど、昔からの知り合いがいるんだ。かなりの情報通だから何か知ってるんじゃないかと思って。これから行くつもりなんだけど、ラグナ君達も一緒に行く?」


「いや、俺は午後から偵察任務があるから無理だ。……ってか……もしかしてその昔馴染みのいる町って……」


「うん、ジョイも行ったことのある場所――『ユートピアタウン』だよ」


「……ッ!」


 ジョイは壮絶に顔を引きつらせるとブレイディアから目を逸らし言う。


「お、俺は絶対無理だ。うん、とにかく無理だ」


 声が裏返るのも気にせずそう言うとジョイはラグナを見つめる。


「……ラグナ。お前は……たぶん大丈夫だ。お前強いし。でも……無理はするなよ。ヤバくなったらすぐに逃げろ」


「え、ちょ、どういうこと……いったいどんな町なの……?」


「やめろお思い出したくないィィィィィそれじゃ俺はこれで失礼しますゥゥゥゥゥゥゥ!!!! 任務があるからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 トラウマを刺激されたようにヒステリックにそう叫ぶとジョイはカフェテリアから飛び去って行った。それを見たラグナは顔を引きつらせながらブレイディアを見る。


「あの……ブレイディアさん……?」


「アハハ。ジョイってば大げさなんだから。大丈夫、大丈夫。すごくいい場所だよ。ジョイは昔ユートピアタウンでちょっと酷い目にあっただけなんだ。だからそれがトラウマになっちゃってるだけだよ」


「そ、そうなんですか……」


 ジョイの尋常では無い様子に不安が募るも、その様子を察したブレイディアは心配そうに首を傾げる。


「もし不安なら私一人で行くけど、どうする?」


「……いえ、俺も一緒に行きます」


「大丈夫? ホントに無理しなくても平気だよ。情報聞きに行くだけなんだから」


「無理とかはしてないので大丈夫です。お願いします。一緒に連れて行ってください」


「……わかった。それじゃ一緒に行こ。団長には連絡してあるから安心して」


 ブレイディアが笑顔でそう言ったため、ラグナも笑顔で頷く。まだ若干少年の心に不安は残っていたが、それでも同行したいと思う理由があった。


(……ブレイディアさんはユートピアタウンを昔からの知り合いがいる場所と言った。これはブレイディアさんの過去を知るチャンスかもしれない)


 ラグナは決意を新たにすると共に騎士団本部を後にした。その後、動きやすい私服に着替えるよう言われたためそれに従う。家に戻り白いTシャツの上に黒いジャケットを羽織り、ジーンズに着替える外に出る。先に着替え終わったらしい黒い半袖のTシャツとベージュのハーフパンツに着替えていたとブレイディアと列車に乗り込む。


 列車の席に向かい合って座りながらラグナは気になっていたことを尋ねた。


「――そういえば今日はバイクに乗って行かないんですね」


「うん、アレ今整備中なんだよね。それにこれから行く場所では悪目立ちしちゃうかもしれないから」


「そ、そうなんですか……ところで……ユートピアタウンってどんなところなんですか……?」


「すっごく自由な場所だよ。なんていうか肩ひじ張らなくても過ごせる理想郷って感じかな」


「なるほど……」


 ブレイディアの話を聞いたラグナは口元に手を当てて考え始める。


(……話を聞く限りなんだかすごくいい場所のような気がする。……でもじゃあなんでジョイはあんなに怯えていたんだろう……)


 答えが出ることは無かったが、列車を乗り継ぎ自動運転のタクシーに揺られること数時間後、ラグナ達は問題の町の入口についに到着する。


「いやー、着いた着いた。ん~、懐かしい匂いがする」


「…………」


 腕を伸ばして満面の笑みを浮かべるブレイディアの横でラグナは絶句していた。


 目の前に広がる光景を見て口を開けて呆然としてしまう。ゴミで作られたようなボロボロの建物がひしめき合うその様子はまさに――。


(――す、スラム街ッ……!!??)


 そうとしか形容出来ないほどに酷い町だったのだ。顔を引きつらせるラグナとは対照的にブレイディアは懐かしそうに顔をほころばせると言う。


「それじゃ行こっか。案内するからついて来て」


「え、ちょ、ほ、ホントにここなんですか!?」


「うん、そうだよ。大丈夫大丈夫。見た目はちょっと汚いけどね」


「ちょ、ちょっと……?」


 だがラグナの躊躇などお構いなしにブレイディアは先に進んで行ってしまったためやむなく追いかける。だが、入口時点では少年の心にわずかながらも希望があった。


(……そ、そうだ……建物の外観はちょっとアレかもしれないけど町中はきっと清潔で……)


 動物の死骸やゴミで溢れていた。


(……で、でも、す、住んでる人たちの心はキレイに違いな……)


 罵詈雑言を言い叫びあいながら殴り合う人々で溢れていた。


(……き、きっとスキンシップみたいなものなんだ……喧嘩するほど仲がいいって言うし……そ、そうだ、その証拠に武器とは使って無い……)


 ラグナの真横を通り過ぎたバズーカの弾が家を一つ吹き飛ばした。


(……駄目だ現実逃避出来ない……)


 希望を粉みじんに打ち砕かれ白目を剥いて天を仰いだラグナは所々聞こえる銃声によって正気を取り戻すとブレイディアに駆け寄った。


「ぶ、ブレイディアさん……な、なんかマズくないですか……騎士として止めた方が……」


「ん? ああ、平気平気。ここに住んでる連中は普通の民間人とは違うから。それに取り締まろうとしたらこの町の住民全員豚箱に入れなきゃいけなくなっちゃうよアハハ」


「ええ……笑いごとではないような……」


 ラグナがドン引きしていると騒いでいた男たちが何かに気づいたようにブレイディアの方を一斉に見た。そして満面の笑みを浮かべて駆け寄って来たのだ。


「おい、ブラッドレディスだぜ!」


「本当だ、戻って来たのか!」


「久しぶりだな!」


 戦いを止め口々にそう言いながら駆け寄ってくる男たちを見てラグナはホッとする。


(……すごいなブレイディアさん。あんなに殺気立ってた人たちが戦いを止めて一斉に駆け寄ってきた。顔が広いとは思ってたけど、こういう人たちからも慕われ――)


「「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」」」


「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」


 怨嗟の声を上げながら銃火器やら刃物を持って襲いかかって来た住民たちを見てラグナは絶叫する。だが当事者は向かって来た先頭の数人を瞬時に叩きのめし頬を掻く。


「ん~、私服ならバレないと思ったんだけどやっぱダメか。まあいいや。全員倒しちゃえば問題ないよね。ごめんラグナ君、ちょっと手伝ってくれる?」


「いや突然そんなこと言われても――うわあッ!?」


 連れであるラグナにも容赦なく襲いかかってきたためとっさに避けて仕方なく『銀月の月光』を纏う。それに続くようにブレイディアも緑の光を纏い戦いは始まった。


 約一時間後――敵の中には『月詠』も混じっていたうえ多勢に無勢ではあったものの、二人の力によって襲いかかって来た町の住民たちはものの見事に鎮圧された。ラグナは無事に全員を殺さず倒せたことに安堵しつつもため息をつく。


「お、終わった……」


「そうだね。じゃあ行こうか」


「行こうかって――え、こ、この人たちはどうするんですかッ……!?」


「放っておいて平気だよ。ここの住んでる連中にとっては殺し合いなんて日常茶飯事だし、他の誰も気に留めないからさ。ここら辺一帯は国も諦めて半ば見放してる法律なんてないような場所なんだ。なんてったってここは身元が明かせないような犯罪者の巣窟だからね。いやぁ、後片付けとか隠蔽とかしなくて済むからホントいい場所だよ。というわけで行こう」


 笑顔でそう言って歩き始めたブレイディアの背中を見ながらラグナは再び盛大に顔を引きつらせた。


(……ジョイが行くのを嫌がってた理由がよくわかった……そうか……ここは犯罪者にとっての楽園ってことなのか……)


 うなだれたラグナだったが、すぐに首を横に振って気を取り直すとブレイディアの背を追いかけた。 

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