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106話 黒騎士

 おぼろげな意識の中、ラグナは夢を見ていた。


 夢の中で少年はある人物に憑依するようにしてその人物の光景を実際に目の当たりにしていた。目の前に広がる荒野を歩くその人物は黒い鎧と兜で全身を覆っており顔や体型などまったくわからない姿をしている。唯一わかることはその瞳が真紅に発光していることくらいであった。その後、どれくらい歩いたかもわからないほど長時間ただ前に進んでいくとやがて眼前にあった小高い丘で馬に乗った大軍が待ち構えている様子が眼に入る。殺気立ったその集団もまた鎧や兜を身に着けており、掲げられた軍旗からどこからの国の軍隊であることは容易に理解できた。それを見た黒騎士はここでようやく歩みを止める。


 そして黒騎士を見ていた軍団の中から青と赤の兜を被り同色の鎧をそれぞれ着た端正な顔の二人の男が前に出て来る。身なりから軍団の大将たちであることはすぐにわかった。男たちは眼下にいる敵に盛大に名乗りを上げる。


「――我が名はアイリンド・フォン・シュラーガベルク! そして隣の者は――」


「――ベルモンド・フォン・シュラーガベルクだ! 我らの名、冥途の土産に覚えておくといい!」


 だが高らかに名乗りを上げた二人を見つめる黒騎士の眼は冷めていた。それを察したのかアイリンドは鼻を鳴らし言い放つ。


「……貴様も名乗ったらどうだ! それとも名乗りを上げる知性もないか! この悪魔め!」


「…………」


 アイリンドの罵倒も無言で受け流した黒騎士を見たベルモンドは蔑むように言う。


「……兄者。戦の前の礼儀を獣に説いたところで意味などない。そもそも知性と理性があるのならば、あんな非道は行わないだろう」


「……そうだな。もはや言葉は不要か」


 ベルモンドの言葉に頷いたアイリンドは赤い鎧の上から背負った黒い大剣を引き抜き黒騎士に向ける。


「――では……故郷を滅ぼされた皆の怒りと憎しみ、その身に受けてもらうぞ!!! 全軍、攻撃開始!!!」


 一斉に『月光』を軍団は『月光術』や弓、投石などで黒騎士に一斉に攻撃を始める。だが最初の攻撃が直撃する寸前、ゆっくりとその黒い左腕を掲げた瞬間――天より黒い雷が落下し全ての攻撃を弾き飛ばした。それを見たアイリンドは忌々し気に呟く。


「……『黒い月光』」


 その身に纏った黒い光の衣を見ながら歯噛みするアイリンドにベルモンドは言う。


「兄者!」


「……ああ、わかっているとも! 正面の部隊はそのまま攻撃を継続、『月光術』を打ち終わった部隊は両翼に展開しつつ『月光』が回復次第攻撃を再開せよ!!! 奴をその場にとどまらせるのだ!!!」


 展開された部隊による嵐のような波状攻撃にさらされた黒騎士だったが、まるで通用していないかのように前に進み始める。それを見たアイリンドは術で後方の部隊へ伝える役割を持った通信兵に聞こえるよう叫んだ。


「――第一陣! 『複合月光術』発動!!!」


 アイリンド叫びに呼応するように全てを押しつぶし破壊するかのような重力波が上から黒騎士とその周囲に降りかかる。それを受けて黒騎士周辺の地形が下に沈み始めた。その強力な重圧を受け流石の黒い怪物も動きを止め地面に膝をついた。




 アイリンドは動きを止めた黒騎士を見ながら眉間にシワを寄せる。


(……後方で待機している部隊――彼らが行う数千人規模の『戦略級複合月光術』でさえ片膝をつかせるのがやっとか……本来これは敵国の軍勢を押しつぶすための術だというのに……しかも範囲を絞り重力を集中させてなおこの結果……化け物め……)


 動きを止めた後も、攻撃は続き黒騎士周辺の地面は抉れ吹き飛び続けた。しかし肝心かなめの獲物は未だに健在。ゆえにアイリンドたちは手を緩めることは出来なかった。しばらくの間、膠着状態が続くも変化はやがて訪れる。突如黒い粒子で出来た風が吹き荒れ始めたのだ。それを受けて前方にいた味方が吹き飛ばされてしまう。


 その黒い粒子の影響を受けつつも身を低く屈め剣を地面に突き刺し堪えたアイリンドは、同じように堪えているベルモンドたちを横目に通信兵に叫ぶ。


「――第二陣!!! 『複合月光術』発動準備を急げ!!!」


 言い終わる前に圧縮された黒い光を身に纏った黒騎士は重圧の中立ち上がり進み始める。先ほどと違い苦も無く進み始めたその怪物を見て歯噛みするアイリンドたちだったが、すぐに安堵の表情に変わる。


「……間に合ったな、兄者」


「……ああ、なんとかな……」


 黒騎士を囲うように六角形の青い結界のようなものが突如現れ、それを見たアイリンドたちは表情を崩すもすぐに引き締め眼前の敵の様子を窺った。閉じ込められた黒い獣は先ほどよりも動きを鈍らせながらも六角形の檻の端にたどり着くと、背負っていた鉄製の剣を引き抜き勢いよく結界に叩き付けた。しかしその瞬間、剣は砕けその衝撃を放った者に跳ね返るとその体を吹き飛ばす。


 アイリンドはその様子を見てわずかに口元を緩ませた。


(……どうやら成功のようだな。貴様を殺すためだけに他国と協力し数万人規模の術者を用いることで作り上げた『戦略級複合月光術』だ。発動までに時間がかかるところが唯一の難点だが、それを差し引いてもその能力は破格。その結界内部にいる限りあらゆる力は跳ね返り貴様に襲いかかる。たとえ貴様の『神月の光』だったとしても突破は不可能だ。そのうえその結界は外部からの術や攻撃は通し、その威力を何十倍にも高める)


 それを証明するように黒騎士の手から放たれた黒いエネルギー波は全て跳ね返りその身に襲いかかる。己の力に吹き飛ばされた敵を見据えながらアイリンドは再び命令を出す。


「――重力波の威力を上げろ!!! そして術を撃てる者は全力で放ち続けるのだ!!! ……ベルモンド」     


「ああ、時は満ちたな兄者。……適合者は前へ出ろ!」


 ベルモンドの声に応じるように数十人の騎士たちが前に出て来る。それを確認したアイリンドは頷き声を張り上げる。


「――選ばれし精鋭たちよ! お前たちの力を見せる時が来た! 準備はいいな!」


 騎士たちは頷き、その瞳は瑠璃色に輝き始める。そしてアイリンドとベルモンドの瞳も騎士たちと同様の色に変化すると一瞬にしてその身に圧縮された光の衣を身に纏う。赤と青の『神月の光』を一瞬で纏った二人に倣うように騎士たちも粒子の嵐を発生させながらも色とりどりの圧縮された光を纏う。その後、指揮官である二人を中心に騎士たちは黒騎士を囲むように展開した。


 展開が完了するとアイリンドは黒い大剣に灼熱の炎を纏わせながら切っ先を黒騎士に向け言う。


「――これで終わりにしよう。この無益な戦に終止符を打つ。皆、全ての力を解放せよ。そしてあの黒き月の悪魔を滅ぼすのだ。いくぞッ……!!!」


 アイリンドの掛け声に合わせ『神月の光』を纏った騎士たちはそれぞれの手に巨大なエネルギーを溜め始める。そして――。


「――放てぇぇぇッ……!!!」


 アイリンドの掛け声と共に一斉に放たれた。当然指揮官である二人もそれに合わせ黒騎士に全力の攻撃を浴びせ始める。ただでさえ『神月の光』で強化されているうえ結界によりさらに増幅された術は黒騎士の体を容赦なく襲った。だがやはり『黒い月光』の『神月の光』をそう易々とは突破できずに膠着状態がここでも続く。しかし確実に追い詰めていることはその鎧にヒビが入り始めたことで理解できた。


「――もう少しだ!!! 全員力を上げろ!!! 奴を押しつぶせぇぇぇッ!!!」


 全員が叫びながら出力を上げ黒騎士を押しつぶすように四方八方からエネルギーがぶつかり結界内部に充満する。それを見ながらアイリンドは勝利を確信した。だが――。


(……状況は圧倒的にこちらが有利。この状況で負けるはずはない。……だがなぜだ……この胸の内にある不安はいったいなんなんだ……)


 追い詰めているのは確実に自分たちのはずだが、アイリンドは奇妙な不安を感じていた。そんな中隣にいたベルモンドが声をあげる。


「兄者好機だ! 接近しよう! そうすれば術の威力も上がる!」


「い、いや……しかし……」


「何を躊躇っているのだ! このまま機を逸すればこちらも疲弊してしまうぞ! 見てみろ、奴は手も足も出ない! 叩くなら今しかない!」


「……だが……妙な胸騒ぎがするのだ。このまま近づくのは危険……そう私の直感が告げている。もう少し様子を見ようベルモンド」


「もう少しだとッ!? そんな悠長なことを言っている場合か!? 時間をかければかけるほどこちらの術の威力は落ちていくのだぞ!? 『戦力級複合月光術』の維持には術者の精神や体力を大幅に犠牲にする必要がある! それに我々はまだこの『神月の光』の力に慣れていないのだ、このまま長引けばこの力に我ら自身が食い殺されるぞ! それは兄者とてわかっているだろう!?」


「ああ、わかっている。だがこんな時だからこそ冷静になる必要がある。我らはあの『黒い月光』についてまだ何も知らぬのだ。たとえ追い詰めているように見えてもそれが真実とは限らない。ゆえに今は――」 


「ええい! もういい! 行くぞ! 我に続けぇぇぇ!」


「ま、待てベルモンド!」


 痺れを切らしたベルモンドは制止を振り切り『神月の光』を纏った騎士たちと共に術を放ちながら突撃していった。それを見たアイリンドは歯噛みする。

  



 ベルモンドたちはアイリンドから離れ黒騎士に接近すると攻撃の威力を強めた。


(……許せ兄者。兄者の慎重さは理解できるが今はこれが正解なのだ。今は攻撃あるのみ。……そう、皆の戦意を維持するにはひたすら苛烈に攻撃するしかない。たった一人にこれだけの人員を費やし未だに撃破できていないこの異常な状況に皆が怯え始めている。さらにその怯えに加え疲弊が重なれば術の威力が弱まるのは時間の問題だ。これ以上は待てない。戦線が瓦解する前に早急にケリを付けねばならない。……たとえそれが無謀な攻め方であろうとも)


 周りに展開した騎士たちの恐怖を押し殺したような顔を見ながらベルモンドは判断を下し叫ぶ。


「――我らは奴を圧倒している!!! 勝利まで目前だぞ!!! 皆、気張れぇぇぇ!!!」


 ベルモンドの鼓舞を受けて騎士たちは声を張り上げながら術を放ち続けた。



 黒騎士は術を受け続けながら声をここでようやく漏らす。だがそれは苦悶の声でも、命乞いでもなかった。数万を超える軍勢が束になってかかりようやくあげさせた声、それは――とても億劫で、面倒くさそうなため息だった。声が上がった瞬間、変化が訪れる。身に纏っていた圧縮された光が突如消えたのだ。だがそれはただ消えたというよりもまるで鎧の中に吸収されたとでもいうような消え方だった。それと同時に右手に黒いエネルギーが突如集まり固まると物質となる。


 黒いエネルギーがある武器の形をとると、黒騎士はそれを軽く振るった。自身にたかるハエを手で振り払うように振るった瞬間――それは訪れた。



 アイリンドは遠目で黒騎士が何かをやったことを確認するも何が起きたのかはわからず眼を瞬かせてしまう。


(……な、なんだ……今奴は……何を……)


 アイリンドは動揺しつつ事態の変化を見守った。そして突如接近していたベルモンドの部隊が攻撃を停止してしまう。その後、動きを止めた騎士たちは腕をだらんと下にさげ、直後最愛の家族である弟が何かを告げるべくゆっくりと兄の方を向いた。


「あ……兄……者……」


「べ、ベルモンド……?」


 ベルモンドの方に馬を走らせようとするも、それは弟の手による制止で止められる。


「く……来るな……奴に……近づく……な……」


 その言葉を最後にベルモンドは喋らなくなり馬から落下した――。


「……な……ベル……モンド……」


 ――その上半身だけが。


「べ、ベルモンドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」


 アイリンドの悲痛な叫びが周囲に轟いた瞬間、ベルモンド共に黒騎士に接近していた騎士たちの鎧にも線が入り鎧ごと上半身だけが血しぶきを上げながら地面に落下する。それと同時に黒騎士を囲っていた結界もまた切断された。そして解放された黒い獣がいかようにして自らを繋いでいた鎖を引き裂いたのかがここでようやくわかる。強固な鎖を切り裂いたその爪の正体、それは――。


「大鎌……だと……」


 ――その手に握られていた四メートルを超える大鎌を見てアイリンド表情をこわばらせた。


(……どこから取り出した……いつあんなものを……それに……なんだ……あれは……なんとおぞましい……)


 アイリンドが顔を引きつらせるほどその大鎌の形状は不気味なものだった。二メートル以上ある赤い刃を除き全体を覆っていたのは赤黒い肉片。そして鎌の上部、その肉片に埋め込まれた巨大な眼玉を中心に複数の小さな眼が散在し蠢いていたのだ。まるで生きているかのように赤い瞳を動かすその異形の武器は独特の威圧を周囲に放ち、その気配だけで騎士たちを圧倒していた。その鎌だけでも十分に異常と言えたが、問題はそれだけにとどまらなかった。


(……奴を覆っていた『黒い神月の光』が消えている……だが単純に消えたわけではない……それは奴から放たれる気迫からも感じ取れる……むしろ『神月の光』以上に危険な気配すら感じる……なんなのだ……あの鎌といい……いったい何が起きたというのだ……)


 『神月の光』が消えた黒騎士が鎌を携え歩き始めたのを見てアイリンドは考え始める。


(……どうする……一度退いて態勢を……)


 だがすぐに気づく、もう後戻りなど出来ないという事に。


(……退く……か……はは……いったいどこへ退くというのだ……これ以上下がれば避難している住民にも危害が及びかねない。ここが最終防衛ライン……退くことなど、出来ぬ……そして……)


 アイリンドは切断されたベルモンドや騎士の体を悲し気に見つめた後、眼を伏せる。


(……ベルモンドや死んでいった皆の仇を討たねばならないな……この命に代えても……そしてそれもかなわぬというのならせめて時間を稼ごう……もし私が死んだその時は……頼むぞ……ヴァルファレス)


 目を見開いたアイリンドは展開している騎士たちに聞こえるように声を張り上げる。


「――皆、聞いてくれ! 作戦は失敗した! だが知っての通り退くことは出来ぬ! 奴の力は強大だ、しかし私は最後の最後まで戦い抜くつもりでいる! このシュラーガベルクの名と共に誇り高い戦いをするつもりだ! そこで、皆に頼みがある! どうか私にその命を預けてくれないだろうか! もし共に来てくれるならば、その命果てようとも冥府まで必ず私が導こう!」


 その言葉を受け騎士たちもまた声を震わせながらそれに応じるように叫んだ。それを聞いたアイリンドは涙を流し言葉を紡いだ。


「……皆、感謝する。……では、共に行こう勇者たちよッ!!! 正義は我らにある!!! 勝利をこの手に掴むのだ!!! 家族を、故郷を、この世界を守れぇぇぇッ……!!!」


 アイリンドの叫びに呼応するように騎士たちも声をあげ、悠然と向かってくる不俱戴天の敵に攻撃を再開した。



 それからしばらくした後、骸の山と化した平地を進む黒騎士は大鎌を黒炎のように変化させ消すと、地面に倒れたある死体から黒い大剣を拾い上げ背負う。その様子を無機質な瞳が見つめていた――そう、五体がバラバラに切り裂かれ首だけになったアイリンドの瞳が。指揮官の持っていた剣を奪った黒き獣はひたすらに前へと進んだ。新たな血の海と惨劇を作る、ただそれだけのために。



 目を覚ましたラグナは口元を押さえ吐き気を堪える。


(……ひどい夢だ…………なんだか最近変な夢ばかり見る気がする……)


 ため息をついたラグナはベッドから上半身だけを起こし眼を細める。


 その頭には黒騎士の行なった殺戮と大鎌のイメージがいつまでもこびりついていた。   


 そして少年のその瞳は黒騎士と同じように真紅の光を放ち続けていた。 

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