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四章 エピローグ 心の痛みとわずかな救い

 ラグナは病院の個室で上半身だけを起こし個室にあったテレビを見ていた。そこには自身の行なった術によって海が割れる映像が流されており、それを見てため息をつくとテレビを消す。そして何気なく朝陽に照らされた窓の風景を眺めていると不意に扉がノックされる。どうぞ、と軽く返事をするとブレイディアが中に入って来た。入ると同時にベッドの近くにあったパイク椅子に腰かけると少年の様子を窺うように問いかける。


「おはようラグナ君。……今日で退院する予定だけど、具合はどう?」


「ええ、もうすっかり平気です。それよりその……ブレイディアさんの方こそ大丈夫ですか……?」


 目の下に隈が出来ているブレイディアを心配そうに見ていると、それに気づいたのか元気であることを示すように女騎士は屈託の無い笑みを浮かべる。


「平気平気。徹夜は慣れてるからね。それよりゲルギウスが死んだ件で新しい情報が分かったんだ」


「……ゲルギウス……」


 ラグナは肉塊と化した敵の話や『ある話』を聞きショックを受けていたが数日経ったことである程度平静を保てるようになっていた。


「……大丈夫? 気分が悪いなら後で話すけど……」


「いえ、大丈夫です。お願いします。でもよく術でデップを調べられましたね……てっきりカーティス兄弟のようになるかと……」


「私もそう思って術で調べる前にレントゲン撮ってほしいってお願いしたんだ。でもアイツの体内には何もなかったんだよ。たぶんゲルギウスの『魔王種』であるアイランドタートルが消滅したことと何か関係があるのかもね」


「アイランドタートルの一部が肉片の正体で、本体が消えたから肉片も消滅したってことですか?」


「推測にすぎないけどね。……じゃあ続きを話すよ。これは捕らえたデップの脳内を術で調べた結果わかったことなんだけど、どうもゲルギウスの部下の中で死体が見つかって無い連中が数人いるみたいなんだ。……もしかしたらって段階なんだけどさ……姿を消したその連中がゲルギウスや他の部下達を殺したんじゃないかって私たちは推測してる。どうしてそいつらが味方を突然殺したかまではわかってないけど、ゲルギウスとマークって奴を除いてほぼ全員無抵抗で殺されてるし不意を突かれたのは間違いないと思うんだ」


「味方だと思って油断していたところを全滅させられた、ってことですね」


「うん。ただちょっと死んでる敵の数が多すぎるんだよね。いくら不意を突かれたって言ってもあれだけ数がいたら一人も逃がさずたった数人で殲滅なんて不可能のはずなのに。そこがちょっと不気味だけど……まあ考えてもわからないから今は置いておこう。で、消えた連中の中にいた奴なんだけど、たぶんそいつらのリーダー格だね。階級は部隊長で名前は――」


「もしかしてジェダ……って奴ですか?」


 話す前にラグナに言い当てられたブレイディアは驚く。


「え、ラグナ君知ってるの……?」


「はい。城に入った時に戦いました。そしてその時ジェダの両目が瑠璃色に輝いたのを見たんです」


「それって……」


「はい、おそらく奴も『使徒の血』を所有しているんだと思います。それに戦ってみてわかったんですが、ジェダから強力なプレッシャーを感じました。おそらくゲルギウス以上の力を持っていたんではないかと」


「じゃあもしかしてゲルギウスを倒したのはジェダ……。なるほどね、他の部下連中はともかく『神月の光』を使えるゲルギウスをどうやって倒したのかっていう疑問があったけどそれを聞いて解消したよ。力を隠して虎視眈々と何かを狙ってたっぽいね。目的はわからないけど、とにかくそいつらの捜索に今は全力を尽くそう。どうも連れて逃げようとしてた『魔王種』も持ち出されてるみたいだしね」


「わかりました。ところで捕らえたデップから『使徒の血』ついて何か情報は引き出せたんでしょうか?」


「それが私たちが知ってる効果以外は何も知らなかったみたい。ただアイツが『使徒の血』と思われるなんらかの赤い液体を長期間接種し続けたことでその力を獲得できたってことはわかった。けど結局『使徒の血』の正体がなんなのかっていうことまではゲルギウスに教えられてなかったみたいだよ」


「そう……ですか……残念です」


「でも消えたゲルギウスの部下――いや元部下のジェダをとっ捕まえれば必ず何かわかると思うよ。ゲルギウスが持ち逃げした『使徒の血』も現場から発見されてないみたいだし。たぶんそいつらが持ってると思うからさ」


「そう……ですね。一歩ずつ進んでいくしかないですもんね」


「その通り。あと『鍵』か『方舟』のどっちかはわからないけど、デップが遺跡から持ち出した物の行方も気になるしね。デップの記憶だとゲルギウスに送ってそれっきりっぽいし、それをジェダたちが奪ったのか別の場所に送ったのかもまだ定かじゃないんだよね。まあ奴から全ての記憶を引き出せたわけじゃないからゲルギウスが何をしようとしてたのかとか遺跡から盗ったものの正体とかも含めてまだ全貌はわかってないけど、追々色々とわかってくるとは思うよ。それに……ラグナ君が島で見たっていうピエロのことも気がかりだし」


「……ええ……」


 姿を消したピエロのことを思い出しラグナは眉をひそめる。それを見たブレイディアは心配そうな顔をした後、すぐに笑顔になり話題を変える。


「……よし、話はここまでにしようか。それじゃあ私は退院の手続きしちゃうから着替えちゃって。そしたらあのバイクモドキに乗って早く王都に戻ろう」


「あの……その前にお願いが……」


 ラグナはブルーエイスを出る前にやりたいことがあったためブレイディアに懇願した。



 軍服に着替えたラグナは騎士団支部に向かって足早に歩いていた。


(……確か死んだ騎士の弔いが騎士団支部で出来たはず……せめて線香くらいはあげていこう……)


 暗い表情のラグナは三日前に聞いたブレイディアの言葉を思い出していた。


『……落ち着いて聞いてね。作戦中に……その……味方に死傷者が出たんだ。それでその中に……』


 ラグナは死んだある人物のことを思い出し泣きそうになったが、それを堪えると足を進めた。そして騎士団支部にたどり着く。だがなぜか騎士団支部の前には人だかりが出来ていたため、その中の一人に話しかけてみた。


「あの……何かあったんですか?」


「何かだと? そりゃあ――うわあ!?」


 話しかけた男が驚き跳び上がると民衆の注目が一斉にラグナに向けられる。そして全員の表情が凍り付いた。少年が理由もわからず戸惑っていると、最初に話しかけた男が顔を引きつらせながら愛想を笑いを浮かべ話し始める。


「あ、アンタに礼を言うために集まったんだよ! ほ、ほら町を救ってくれた英雄だからさ! な?」


 男が隣の中年男性にそう振ると、中年男性もガクガクと震え頷きながら同意する。


「え、あ、ああそうなんだ! し、支部長にアンタへの礼を代表して伝えてくれるようにお願いしてたんだよ!」


「え、ええ、そうよ! なにせ私たちを助けてくれた恩人ですもの!」


「あ、ありがとう! き、君のおかげで町は救われた!」


「は、はぁ……恐縮です」


 震える手で握手を求めてくる老人の手を握り返す。口々に感謝の言葉を口にする人々だったが、よく見れば全員顔が引きつっており作り笑いの上から脂汗をかいていたのだ。そして最初に話しかけた男が上擦った声で叫ぶ。


「よ、よーし! 直接礼も言い終わったしみんな、そろそろ帰ろうぜ!」


「そ、そうだな! 帰ろう!」


「ほ、本当にありがとう! さようなら!」


 一人の男がその場を離れたことを皮切りに他の民衆も脱兎のごとくその場を離れついには誰もいなくなった。何がなんだかわからなかったものの、気を取り直すと騎士団支部の中に入って行った。その後、民衆と同じように顔を引きつらせる受付の騎士に案内され死者を弔うために用意された簡素な一室に向かい、中へ入ると線香をあげ手を合わせた。合わせながらも死んだ騎士の名を心の中で呟く。


(……クロームさん……)


 作戦中に死んだ騎士の名はクローム・ロクミッツ。クロームが死体で発見されたとそう聞かされたラグナは愕然とし、その事実を受け止めることに必死になっていた。わずかな間とは言え交流を深めた騎士との突然の別れは少年の心を深く傷つけたのだ。


(……また会おうって約束したのに……きっと味方と合流する際に敵と遭遇して……俺のせいだ……俺があの時クロームさんを味方のところへちゃんと送ってさえいれば……)


 唇を噛みながら少年は謝罪する。


(……ごめんなさい……クロームさん……)


 その懺悔はしばらくの間続いた。



 部屋を出た後、ラグナは支部を後にしようとしたが、その際通りかかった休憩室と思われる部屋の開いたドアから騎士たちの声が聞こえて来た。盗み聞きは悪いとは思いつつも町の住人の話題だったため、先ほどの妙な様子を思い出し立ち聞きしてしまう。


「――今日も町の連中来んのかなぁ」


「そりゃ来るだろ。アイツ――ラグナ・グランウッドが町から出て行くまで抗議集会は続くさ」


「しっかしひでえよなぁ。子供を助けた時はヒーローみたいな扱いだったのに。例の盗撮映像がネットやテレビで流れた途端出て行けとはねぇ」


「無理もねえよ。確かにアイツのおかげで町は救われたが、海を真っ二つに割るとかありゃ完全に化け物だ。あんな危険な力を持った奴の傍にはいたくねえだろうよ、みんな怖いのさ」


「だからって俺達に文句言われてもなぁ。自分で言えばいいじゃねえか」


「そんなこと出来ねえだろ。俺だって無理だ。もし面と向かってそんなこと言ってキレられでもしたら……あのヤバイ力で殺されかねねえよ」


「確かになぁ。しかもアイツは七大貴族のお気に入りみたいだし、一人か二人くらい殺してももみ消されるんじゃねえの?」


「あり得るな。いづれにしろアイツには近づかない方がいいだろうよ。触らぬ神に祟りなしってやつだ」


(……そうか。だからみんな……あんな顔をしてたのか……)


 顔に張りつけた笑顔から漏れる恐怖を必死に隠そうとした住民たちを思い出しため息をつくと、ラグナはその場を後にした。騎士団支部を出て、歩きながら町の住民に恐怖を与えてしまったことを悔いた少年は暗い顔をする。


(……悪い事しちゃったな。俺のせいでみんなを怖がらせてしまった。……そっか、ブレイディアさんが騎士団支部に俺が行くことを渋っていたのはこれが理由だったんだな。しかも俺がどうしてもってお願いした後は結局折れてくれてそれで俺と一緒に支部まできてくれようとしたんだよな……でも悪いと思って結局それも断っちゃったけど……ブレイディアさんにも気を遣わせちゃったみたいだ)


 支部に行く前にあったひと悶着を思い出し、ブレイディアの気遣いに感謝しながらもラグナは寂しそうな顔をする。


(……けど、覚悟していたこととはいえ……やっぱり少し寂しいなぁ……)


 そしてふと自身の故郷のことを思い出す。


(……もしデルレスカのみんなが俺の力を見たら……俺を……どんな目で見るんだろうか……)


 ブルーエイスの住民の顔とデルレスカの住民の顔が重なりラグナは悲しそうな表情を浮かべる。そんな時だった――。


「――ラグナさーん!」


 トボトボと歩く背中に聞き覚えのある声が響き振り返るとエリーが右手に小さな箱を持ちながら左手で手を振り向かって来たのだ。


「……エリーちゃん? どうしたの、そんなに血相変えて」


「今日退院するって聞いて。その前に最後のお礼が言いたくて探してたんです。見つかってよかった」


「そんな……気にしなくてもいいのに」


 ラグナが苦笑しながらそう返すと、エリーはその笑顔に何かを感じ取ったのか表情を曇らせる。


「あの……何かありましたか? ……もしかしてテレビに流されたあの映像のことで町の人たちから何か言われたんじゃ……」


「……ううん、そんなことないよ。みんなにはお礼の言葉を言われたんだ。町を助けてくれてありがとうって」


 ラグナが嬉しそうな笑顔を浮かべると、エリーは安心したように胸を撫でおろす。


「そう……ですか。それならいいんですけど……あ、そうだ! それでこれをラグナさんに渡そうと思ってここまで来たんです」


 エリーは小さな箱をラグナに手渡した。


「……これは?」


「子供たちからの手紙が入ってます。私も書きました。お礼の手紙です。副団長さん宛ての手紙ももちろん入ってます」


 箱を開けるとギッシリと手紙が入っておりラグナは呆気に取られる。


 そんなラグナにエリーは続けて言った。


「テレビの映像のことで色々酷いことを言ってくる人もいると思いますけど……それでもラグナさんに感謝してる人たちもいるって覚えておいてください。私やその手紙を書いた子たちも一緒です。今日でお別れになっちゃいますけど最後に言わせてください――」


 エリーはラグナにあらためて向き直ると言った。


「――助けてくれて本当にありがとう」


「――ッ!」


 作り笑いではなく本当の笑顔でそう言ったエリーを見たラグナは一瞬固まった後、表情を崩した。


「…………」

 

 それは先ほど少女に見せた作り笑いでは無く、照れが入った少年の喜びの笑顔だった


「……手紙ありがとうエリーちゃん。俺が喜んでたって他の子たちにも伝えておいてくれるかな?」


「もちろんです。あの……また遊びに来てくれますよね?」


「必ず。その時は何かまたお菓子をご馳走するよ」


「本当ですか!? 楽しみにしてますね!」


「うん、それじゃあ……また」


「はい! またお会いできる日を楽しみにしています!」


 エリーの嬉しそうな顔を見ながらラグナは頷くと握手を交わす。


 そして両者共に名残惜しそうに別れたのだった。



 ブレイディアは待ち合わせ場所にバイクモドキを止めながらラグナを待っていた。するとしばらくして少年が現れる。


「すみませんブレイディアさん。遅くなっちゃって」


「ううん、それはいいんだけど……ラグナ君何かいいことあった?」


「ええ、とても。それと、これを預かりました。廃遊園地にさらわれた子供たちからのお礼の手紙です。俺とブレイディアさんに宛てて書いてくれたみたいですよ」


「へえ、それは嬉しいな。帰ってからゆっくり読ませてもらうよ。それじゃ――家に帰ろうか」


「はい」


 ヘルメットを被ったラグナがまたがったことを確認するとブレイディアもヘルメットを被りバイクを発進させる。


(……騎士団支部で抗議集会に鉢合わせて嫌な思いするんじゃないかと思ってたけど……杞憂だったみたいでよかった)


 ミラーに反射する少年の穏やかな顔を見ながらブレイディアは安心しつつバイクを走らせた。



 海を見つめるラグナの心は確かに暖かな気持ちで満たされていた。


 しかしその中にわずかな陰りもまた存在した。


(……エリーちゃんたちの気持ち本当に嬉しかった。俺のやったことで怖がらせてしまった人もいたけど、喜んでくれる人もいてくれた。……犠牲になった人もいるし完璧な結果とは言えないけどそれでも……一応やり遂げることは出来たんだ。……けど……)


 ピエロの言葉が未だに脳裏をよぎりわずかに眉間にしわが寄る。


(……俺はみんなの為じゃなく……自分のエゴのために戦っているんだろうか……奴の言う通り俺は……歪んでいるんだろうか……)


 少年の心に影を落としつつも、こうして戦いは幕を閉じたのだった。 

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