104話 過ぎたる力
ラグナは空を飛びながらゲルギウスを探していたがやはりなかなか見つけられずにいた。そんな時、見知った顔が空を飛ぶ自身に向かって両手を振っていることに気づきその場所に降り立つ。少年はいるはずがない人物が城の近くにいることに対して疑問に思いつつ名を呼びながら駆け寄る。
「クロームさん、どうしてここに……!? 後方の部隊だったはずじゃ……」
「じ、実は後方の部隊が敵に襲撃されてしまって……ほ、他の部隊に合流しようにもどこも乱戦状態で……そ、それで……に、逃げてまわっているうちにここまで来てしまったんです……」
「そうだったんですか……大変でしたね。でも無事でよかった。……ところで無線って持ってますか? 俺が持っていたのは戦闘中に壊れてしまって。味方の状況とかを知りたいんですが……」
「じ、実は私も逃げているうちに落としてしまいまして……さ、探していたんです。こ、この辺りに落としたはずなんですが……」
「わかりました。俺も一緒に探しますね」
ラグナが眼をつむり集中していると微かに草むらから音がすることに気づく。その場所に近づいていくと無線を見つけ拾い上げる。
「クロームさん、見つけました」
「ほ、ほんとうですか!? あ、ありがとうございます」
「いえ、見つかってよかったです。どこも壊れてはいないようですし」
ラグナが無線機を調べていると無線から声が漏れていることに気づく。
「……クロームさん、申し訳ないんですが先に聞いてもいいでしょうか?」
「え、ええ、もちろんです!」
「ありがとうございます」
クロームの許可を取ったラグナは無線を耳に付ける。
『――こちらα1、λ(ラムダ)1至急応答せよ!』
(……ブレイディアさんが俺に……?)
ラグナはすぐさま応答する。
「――こちらλ1」
『――ラグナ君! よかった! 無事だったんだね!』
「ええ、すみません。無線が壊れてしまって。今別の人のを貸していただいてるんです」
『そうだったんだ。……ところで今の状況はどこまで聞いてる? この島の正体とか聞いた?』
「……聞いてはいないんですが……この島が魔獣だったってところまでは知っています」
『そっか。それじゃあその魔獣がどこへ向かってるかは知ってる?』
「いえ……どこかへ向かってるんですか?」
『……その辺も含めて説明したいんだけど……一度合流しない?』
「わかりました。そっちに向かいます」
ラグナは無線を切るとクロームに返そうとする。
「ありがとうございます。助かりました」
「い、いえ……そ、その……も、もしよろしければその無線はラグナさんがお使いください」
「え、でも……」
「わ、私よりも貴方が持っていた方が役に立つと思いますので。わ、私は大丈夫です。い、今から近くにいる味方に合流しますから。せ、戦闘音も今はほとんど聞こえていませんし、これならスムーズに合流できると思いますので」
クロームの言葉を受け今更ながら辺りが静寂に包まれていることにラグナは気づく。
(……さっきはゲルギウスを探すことに夢中で気づかなかったけど……確かに戦闘音がほとんど聞こえない……味方の位置は……ブレイディアさん以外ある三つの場所に集中してる……これは……戦いが終わったってことなのか?)
ラグナが腕に付けていたデバイスは無線と違い奇跡的に壊れておらずそれを見て考えを巡らせていたが、すぐにクロームの方に顔を向ける。
「……それじゃあせめて味方が集まっている場所に送らせてください。人一人くらいなら持ち上げて飛べると思いますので」
「い、いえお気になさらず! そ、それよりも誰かから連絡を受けていたのですよね? ど、どこかへ向かうという言葉を聞こえましたし急いで向かった方がいいかと。こ、この通り味方の位置がわかるデバイスも健在ですし、わ、私なら本当に大丈夫ですので。ど、どうか行ってください。お、お願いします」
「…………」
気弱ながらも譲らない姿勢を見せたクロームを見てラグナは根負けする。
「……わかりました。無線、ありがとうございます。……どうかお気をつけて」
「は、はい。ら、ラグナさんも」
「必ずまたお会いしましょうね」
「え、ええ、もちろんです」
笑顔で頷いたクロームを見たラグナは再び翼を生やすと空を舞いブレイディアのいる場所まで飛んで行った。
ラグナが飛んでいると大きく手を振るブレイディアに気づき焦土と化した場所に降り立った。
「ブレイディアさん! ……無事みたいで安心しました」
「なんとかね。君も怪我とかないみたいでよかったよ。……それで、ゲルギウスは?」
「……すみません。取り逃がしました。本当にすみません」
「謝らないで。君のせいじゃない。……じゃあまずさっきの会話の続き。状況を説明するけどまず何が聞きたい?」
「戦闘はどうなったんですか? まったく戦闘音が聞こえなくなったんですが……もしかして敵を全部倒したとか、ですか?」
「ううん、違う。突然敵が攻撃をやめて退いたの。だから戦いの音が聞こえなくなったんだと思う」
「そうだったんですか……でもどうして突然……」
「わからない。でもたぶん島を乗せていた魔獣が動き出したことに何か関係があるんだと思う」
「……そういえば魔獣がどこかへ向かってるってさっきブレイディアさんは言ってましたけど……いったいどこへ向かってるんですか?」
その問いに対してブレディアは表情を曇らせた後、口を開く。
「……この魔獣の進行方向にはね、町があるんだ」
「……町……って……まさかッ……!?」
「……うん、ブルーエイスだよ。このままの速度を維持した場合あと一時間かからずに到着するみたい」
「な……」
ラグナは眼を見開いて絶句してしてしまうもブレイディアは言葉を続ける。
「だから騎士たちを全員島から脱出させた後、艦隊や爆撃機による集中砲火を浴びせることになったんだ。私も一応空を飛べる術を持ってるから攻撃に参加するつもり。正直生身の私じゃ陽動になるかもわからないけどね。……それで、ね……砲撃をしたとしても仕留められるかはわからない。もしかしたら君にも協力してもらうことになるかもしれないんだ……」
「もちろんです! やります! やらせてください!」
「……提案しておいてアレだけど……疲れてない? その状態ってすごく疲れるんでしょ? それにゲルギウスや他の連中とも戦ったんだろうし……」
「平気です。確かに体力は消耗しましたけどまだまだ戦えます」
「……ラグナ君……せめてバイクが壊れてなきゃなぁ……君の負担を減らせるのに……」
ブレイディアが呟くと突如天から巨大なミサイルのような形をした小型の飛空艇がラグナ達がいる場所付近に落下してきた。
「うひゃあ!? なな、なにッ……!?」
「こ、これは飛空艇……でしょうか……」
驚く二人を置き去りにして飛空艇の扉が開き中に収納されていた銀色のカプセル状の物体が射出される。警戒していた二人はいつでも退避できるように構えつつも事の成り行きを見守っていたが、カプセルに搭載されていたモニターに突然映った人物を見て再び驚愕する。
「は、ハロルド!?」
「先生……!」
驚く二人を見てハロルドが操るアンドロイドは喋り始める。
『二人とも無事みたいで安心したヨ』
「いや、なんで貴方が……っていうかこのヘンテコなカプセルなに……」
『ヘンテコとは失礼だナ。君がバイクを壊して困ってるんじゃないかと思って月錬機が発する位置情報を元に急ぎ送ったというの二』
「へ? なんでバイクが壊れたって知ってるの?」
『そのバイクは常に私のところに信号を送っているんダ。だから破壊されれば信号は途絶すル』
「……なるほど。それでか……でも……じゃあこれって……」
ブレイディアの問いかけにハロルドが頷くと横向きにカプセルの扉が開き赤いバイクモドキが姿を見せる。
『実は試作品も含めて二台作っておいたんダ。君に渡したのは完成した機体。そしてこれは試作機の方だヨ。こちらは出力が高い分安定性にかけるため君には渡さなかったが、一応機体としては完成していル。機能は君が使っていたバイクとほぼ同じだから問題なく操縦できると思うヨ』
それを聞いたブレイディアは表情を輝かせる。
「ありがとうハロルド! 助かるよ!」
『礼なら私だけでは無くアルフレッドとレイナードにも言うんだネ。アルフレッドが私に連絡を寄越したんダ。君が止めるのも聞かずに生身で陽動をすると言って聞かないからなんでもいいから代わりの装備を送ってやってくれ、とネ。そしてその高速飛空艇を用意したのはレイナードなんダ。どうも上と掛け合ってくれたらしいヨ』
「へぇ……団長はともかくレイナードがねぇ……」
(……ありがとうございますレイナード様)
胡散臭げな表情をするブレイディアだったがラグナは心の中で素直に感謝した。
『とにかくもう壊さないでくれヨ。流石に予備はもうないのでネ』
「わかってるって。ホントにありがとう」
『どういたしましテ。……それにしてもずいぶんと切羽つまっているようだガ……』
ハロルドはラグナをちらりと見てからブレイディアに視線を移す。
『…………』
無言で数秒ブレイディアを見つめた後、首を横の振る。
『……いや、なんでもなイ。二人とも気を付けてくレ。健闘を祈ル』
そう言うと通信は切れた。それを見たブレイディアは小さく呟く。
「……わかってるよハロルド。大丈夫、使わせないように全力を尽くすから」
「使わせないように? どういうことですか?」
首を傾げるラグナにブレイディアは笑顔で首を振る。
「ううん、なんでもない。……それじゃあ遅れちゃったけど作戦の手順を説明するね」
誤魔化すようにブレイディアは説明を始め、ラグナは気にはなったものの作戦中ということを思い出し雑念を振り払った。
一方、アイランドタートルに近づこうとするヘリの姿がそこにはあった。騎士団の物とは違うヘリの中にはパイロットと開いたドアからビデオカメラを構えるラッセルの姿。
「おい! もっと近づけよ! あの化け物を近くで撮りてえんだ!」
「ふざけんな! これ以上は無理だ! あの艦隊や爆撃機が見えねえのか!? 騎士共はあの化け物に集中砲火を浴びせる気だぞ! 近づいたら俺らまで巻き込まれる!」
「なら巻き込まれねえようにうまく飛べ! もう少し近くでいい!」
「無理っだって言ってんだろ!」
「いいから黙って俺のいう事を聞け! それともお前が麻薬使ってることを騎士団にチクってやろうか?」
「く……このクソッタレが!!! 死んでも知らねえからな!!!」
(命かけなきゃスクープなんて撮れるかよ。せっかく騎士共を苦労して撒いてここまで来たんだ。にしても……『ラクロアの月』のアジトに侵入して撮影を試みるって当初の予定は狂ったが、騎士共と『ラクロアの月』の戦いを撮るって計画に変更して正解だったな。引き続き最高のスクープを撮ってやるぜ)
ラッセルは狂気じみた笑顔を浮かべて撮影を始めた。
騎士が脱出した後、艦隊や爆撃機による攻撃が始まり航空機に乗った騎士たちも『月光術』を放つなど、アイランドタートルへの総攻撃が始まった。しかし魔獣の肉体に傷一つ付けることは出来ず、作戦指令室のアルフレッドは歯噛みする。
(……なんという硬さだ……これだけ攻撃しているというのに牽制や足止めにすらなっていない……そのうえ巨体に似合わないこの移動速度……)
アルフレッドは眉間にシワを寄せながら声を上げる。
「ブルーエイスの住民の避難はどうなっている」
「避難誘導は開始されましたが……まだほとんど完了していません……」
「……そうか。集中砲火は継続させろ。煙幕や催涙弾も含め魔獣の眼や頭部に集中的に浴びせるんだ。そして全艦隊に搭載されているワイヤーガンを魔獣に撃ち込み逆方向へ引っ張れ」
「しかしワイヤーガンを使うとなると魔獣に接近することになります。破壊される恐れが……」
「どのみち全て無人艦だ、破壊されても構わない。住民が避難できる時間を一秒でも多く稼がせろ。責任は全て私が取る」
「了解!」
指示を出した後、アルフレッドは心の中で嘆息する。
(……おそらく王都中の兵器をかき集めてもアレを一時間以内に倒すのは至難の業……今は時間を稼ぐより他に手は無い……そしてやはり今回もお前たちに頼ることになりそうだ……すまない……ラグナ、ブレイディア……)
アルフレッドは二人の騎士の顔を思い浮かべると謝罪した。
翼の生えたラグナとロボットの形態に変形しリミッターを外した機体に乗ったブレイディアはアイランドタートルの進行方向の空中で待機していた。それぞれ距離を開けながらある準備をしていたのだ。一人は空中に極限まで圧縮した無数の小さな黒い玉を展開し、もう一人は機体の両腕を合体させ作り出した巨大な砲門の中にエネルギーを溜め獲物を待ち構える。
『――ラグナ君、そろそろ来るよ。準備はいい?』
「――はい、いつでもいけます」
『こっちもみんなが時間を稼いでくれたおかげでエネルギーが暴走寸前まで溜まってる。この一撃で決めるよ。私が合図したら合わせてね』
「了解です」
無線でやり取りしているとやがて島を乗せた巨大な亀が戦艦を引っ張りながら現れた。それを見て魔獣を挟み込むように両翼に展開した二人は攻撃態勢に入る。
『――カウント始めるよ。10、9、8、7、6、5――』
ブレイディアのカウントを聞きながらラグナは狙いを定める。
(――狙いは魔獣の頭部。そこに全エネルギーをぶつける)
『――4、3、2――』
黒い球体がバチバチと音を立てて黒い放電を始めそして――。
『――1――ラグナ君!』
――一斉に放たれた。
ラグナの圧縮された黒いレーザーによる攻撃は魔獣の顔の右側面に直撃し、ブレイディアの操る機体から放たれた緑色のエネルギー波は顔の左側面にぶつけられる。膨大な二つのエネルギーに挟み込まれ流石のアイランドタートルも苦し気に悲鳴をあげ動きを止めてしまう。
『――効いてるよラグナ君! あと一息!』
「――はい! このまま消し飛べぇぇぇぇぇッ!!!!!」
ラグナとブレイディアはさらに出力を上げ魔獣の頭部を押しつぶすようにエネルギーを両翼からぶつけ合い、二つのエネルギーに焼かれた魔獣の断末魔の叫びが上がった瞬間――その頭部を押しつぶすように黒と緑のエネルギーが衝突しその巨体を巻き込む形で爆発した。エネルギーの奔流によって水しぶきが上がると同時に海面が蒸発し水蒸気で周辺は包まれる。やがてそれも晴れると攻撃の結果が明らかになる。そう――魔獣の頭部が消し飛んだ結末が。
『……やった……やったよラグナ君!』
「……はい……よ……よかった……」
荒い息をつき汗をかきながらラグナは安堵した。
一方作戦指令室でも歓声が上がる。モニターから見えた魔獣の最後にアルフレッドのしわの刻まれた厳しい表情もわずかに緩んだ。
(……よくやってくれた二人とも。これでブルーエイスは――)
航空機に乗っていた騎士たちも含め皆が歓喜に沸いた――。
『――よぉ、いい夢は見れたか?』
――その声を聞くまでは。
突如アイランドタートルから響いた大音量の声に全員の顔が喜びから戸惑いに変わる。そしてその直後、戸惑いは絶望に変わった。
ラグナは聞き覚えのある声に表情を凍り付かせる。
(……この声は……ゲルギウスッ……!?)
声が響いた後、アイランドタートルの頭部に異変が起きる。胴体から無くなった頭部が再び生え始め数十秒後には完全に元通りになってしまったのだ。
「……そんな……」
絶望するラグナを嘲笑うようにゲルギウスは再び喋り始める。
『――驚いたか? そいつの再生力は半端じゃなくてな。固ーい胴体に守られた中心にあるコアを破壊しない限り何度でも蘇る。そしてそいつの細胞を埋め込んである俺もその恩恵にあずかれるんだよ。まあこいつが起きている時に限るがな。てめえも見ただろラグナ・グランウッド』
(……『神月の光』を使っていても回復出来たのはそれが理由か……ッ!)
『さて――てめえらの喜びに沸くマヌケなところも拝めたし。そろそろ本番といくか』
ゲルギウスの声に合わせるようにアイランドタートルは大きな口を開ける。すると口の中に水色の球体状のエネルギーが一瞬にして溜まり瞬く間に放たれた。エネルギーは海面を切り裂き一直線に進むと陸地を削り破壊する。
「……え……」
一瞬過ぎて何が起きたのかわからなかったラグナは後ろを振り返ると海の先にあった陸地、五キロほど先にあったブルーエイスのさらに先の山が消し飛んでいることに気づき青ざめる。
『――射程圏内に入ったぜラグナ・グランウッド』
「……ッ!」
その言葉を聞き動機が激しくなったラグナに追撃を加えるようにゲルギウスは言う。
『今のは小手調べ。こいつの全力はこんなもんじゃねえ。そして今から全エネルギーをブルーエイスに向けて放つ。そしたらよぉ、どうなると思う?』
ラグナの脳裏にブルーエイスが壊滅する様子が描かれ体がガクガクと震えはじめる。
『ヒャハハハハハ!!! いいねえその表情!!! そそるねえ!!! その顔が見たかった!!! この俺に恥をかかせたてめえに絶望して欲しかったんだ!!! だから悪いがブルーエイスのゴミどもには犠牲になってもらうことにする!!! 全部てめえのせいだからなクソ野郎!!! ヒャハハハハハ
!!!』
(……俺の……俺のせいで……俺が奴を仕留めきれなかったせいで……消える……消えてしまう……また……全部……)
孤児院で子供たちが目の前で消えたしまった記憶が蘇った後、病院で笑顔を浮かべていた子供たちの顔が浮かぶ。そして病院の子供たちがボロボロと崩れていく様を思い描きながらラグナは言う。
「……駄目だ……駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
狂ったように叫んだ後、うつむきやがて再び顔を上げる。
「そんなことは……させない」
静かに言いながらアイランドタートルを見つめる血走ったその赤い眼は狂気に満ちていた。
直後、ラグナはアルフレッドに無線で連絡を入れる。
「――アルフレッド様。例の術を――〈ゼル・シャウパ〉を使います」
『――ッ!? ま、待て! 確かにあの術ならば魔獣を倒せるかもしれないが……お前はアレを一度使って昏睡状態に陥っている! 体力が全快の状態で昏睡状態になったんだ! 今のような疲れ切ったコンディションでは……』
「心配してくださってありがとうございます。ですが今は俺の命よりも民間人の命を優先するべき状況です。お願いします。やらせてください」
ラグナの声から伝わってくる決意に根負けしたアルフレッドはため息をつく。
『……決意は変わらない……か』
「はい」
『……わかった。味方を下がらせる』
「お願いします」
アルフレッドはそう言ったが、割り込むようにブレイディアがラグナに無線を飛ばす。
『待ってラグナ君! まだそれは早いよ! この機体のエネルギー炉を暴走させて自爆させればあの魔獣の頭部をもう一度頭を吹き飛ばせる! そうしたら君がも一度――』
「もう、暴走させる時間も無いと思います。それにそれでも倒せるかはわかりません。これが確実です」
ラグナの視線の先にはエネルギーを溜め始めたアイランドタートルの姿があった。それを見たブレイディアは何も言えなくなってしまう。
「……ごめんなさい。使わせないようにしてくれていたのに。でもこれは奴を仕留めきれなかった俺の責任です。ケジメはつけなければいけない。……巻き込まれないように下がっていてください」
『……ラグナ君……ごめん……』
「ブレイディアさんのせいじゃないですよ」
『…………』
ブレイディアは無言でその場から遠ざかっていった。ラグナは魔獣の正面に移動すると左腕の袖をまくり上げ刻まれた字に意識を集中させた。すると月文字が黒く燃え上がり巨大な黒炎となって少年の体を呑み込み覆い隠すとやがて五十メートルほどの巨大な黒い球体に変化した。そしてその内側から殻を破るように漆黒の腕が突きでる。六本の腕が球体を破壊するとその全貌がようやく明らかとなった。赤い双眸を除き全てが黒く燃え盛る黒いエネルギーで構成されたその巨人は頭部に山羊のような黒い角、背中に六枚の翼を生やしており、歯茎をむき出しにしたその怒りの表情はまるで鬼のようにも見える。
その巨大な黒い悪魔を魔獣を通して見ていたゲルギウスは楽し気に言い放つ。
『お前ならそういう選択をしてくれると思ったぜ!!! 英雄だもんなぁ!!! 町を守るために立ちふさがってくれると信じてたよ!!! これで完全に消滅させてやれるぜ、アハハハハ!!!』
ゲルギウスはそういうとアイランドタートルを通してチャージの間、悪魔をまじまじと見始める。
『……にしても……それが終焉の神の姿か。だがてめえはまだあの黒い月を満月に出来てねぇ。満月になんなきゃ神は完全体になれないって聞いてるぜ。つまり不完全な力しか使えねえってことだ。そんな中途半端な力、アイランドタートルに効くかよ。加えて――』
ゲルギウスの言葉と共にその体に青い球状のシールドをアイランドタートルは纏った。
『この俺を守り抜いたシールドの何十倍もの強度を誇るシールドまで張った。攻守ともに完璧になったわけだ。決着つけてやるぜ、俺の物にならねえ神の力なんざこの世から消し去ってやるよ!!! やっちまえ相棒ッ!!!!!!』
ゲルギウスの叫びと共にアイランドタートルは大きな口を開け溜めたエネルギーを膨張させる。それを見た悪魔は三本の右手の中に黒いエネルギーで出来た大鎌を生成すると、六本の腕全てで握り大きく後方に引いた。そしてほぼ同時に全エネルギーを解放するように攻撃は開始される。無数の輪で囲まれた青い極太の光線が放たれた瞬間、黒い大鎌から斬撃が放たれ轟音と共に激突する。しかし二つのエネルギーの見かけは亀と悪魔の体格同様対等ではなかった。魔獣の大きさは悪魔の大きさを遥かに上回っており黒い斬撃は放たれた青いエネルギーにほとんど呑み込まれてしまっていたのだ
『ヒャハハハハハ!!!! なんだそのショボい攻撃は!!!! やっぱり大したことねえじゃねえかこのボケカスが!!!! なーにが終焉の神だ!!!! 見かけ倒しの張りぼてかよ!!!! そんなチビじゃあこの俺の相棒には勝てな――』
だがここでゲルギウスは異変に気付いたように罵倒を止める。なんと黒い斬撃が光線を切り裂き進み始めたのだ。
『――んな……ば、馬鹿なッ……!? 出力を上げろアイランドタートル!!!! 押し返せ!!!!』
さらに口を限界まで開け体中のエネルギーを放出するも黒い斬撃波は徐々に巨大になりながらエネルギーの中をかき分け進み、やがて黒は青呑み込むとその体のシールドにぶつかる。
『た、耐えろ!!!! 耐えやがれ!!!!! 絶対に攻撃を通すんじゃねえぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
ゲルギウスのわめき声が周囲に響くも、その絶叫も虚しく青いシールドは切り裂かれ始める。
『――うう、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ………そんなはずはない……』
そしてシールドが切り裂かれ黒い斬撃がアイランドタートルに着弾した瞬間――。
『嘘だぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
アイランドタートルは中央から真っ二つに切り裂かれ爆発した膨大な黒いエネルギーの奔流により完全に消滅する。だがそれだけでは終わらなかった。
作戦指令室にいた騎士――というよりも作戦に参加した騎士たちはみな恐怖に顔を歪めアルフレッドもまた顔をしかめる。
(……報告で聞いていたよりも遥かに強力に見える……あの力を受け入れられるものは……おそらくごく少数だけだろう……本当に……なんという力だ……)
アルフレッドは画面に映る光景を見て歯噛みした。
ブレイディアは機体の中からある人物に謝罪を始める。
「……ごめんハロルド……結局こんな大勢の前でラグナ君にアレを使わせちゃったよ……私は……どうしてこんなに弱いのかなぁ……」
唇を噛んだブレイディアの口の中には鉄のような味が広がった。
ヘリに乗っていたラッセルはカメラを片手に狂ったように笑い始める。
「ぷ、アハハハハハハハハハ!!!!! マジかよ!!!!! これが、こんな状況を一人の人間が引き起こしたっていうのかよ!!!!! 信じられねえ!!!!! アハハハハヒャヒャヒヒャヒャヒャギャハハハハ!!!!! 何が英雄だよ、完全に化け物じゃねえか!!!!!」
咆哮をあげる悪魔とそれがもたらした惨状を見て嬉しそうに叫んだ後、ラッセルは海を見る。そこには――。
「――期待以上だぜ。お前は最高だよ英雄坊や」
――海底が見えるほどの深さまで真っ二つに切り裂かれた海が水平線の彼方まで続いていた。
役目を終えた黒い悪魔が消えると翼が生えた少年が姿を現す。その顔には笑みが浮かんでおり嬉しそうに笑い始めた。
「……ハハハ、やった! やったよみんな! これでみんなは消えない! みんな消えないんだ! アハハハハ――」
だが笑う少年の耳元で幻聴が響く。
『――ほら、やっぱり歪んでる』
そのピエロの幻聴が聞こえた瞬間、ラグナは眼を大きく見開きピタリと笑いを止める。
「……俺は……」
直後、苦痛に歪む顔を少年は片手で隠す。
それはまるで己の歪みを覆い隠そうとするようにも見えた。




